30話:クレイジーサイコ勇者
「待ってくれ。本当に、ヒイロ隊長……いや、ヒイロに会ったのか?」
俺に掛けられた呪いを解く為には、勇者ヒイロの持つ聖剣に触れなければならない。その話を聞いて、ガティが懐疑的な顔でダイルナに訊ねる。
「ええ。間違いないわよぉ」
「しかし、魔王討伐に旅立った連中が、なぜサンルーナに?」
「魔王城は反対方向だもんね。私もしばらく戻ってないなぁ」
魔王城産まれのアイが言うように、魔王軍の勢力はサンルーナとは真逆の位置に存在している。ヒイロ達が最短で魔王討伐に向かうなら、サンルーナは寄り道となる。
「それに関しては、ごめんなさい。サンルーナの秘密に関わる事だからぁ、私の一存では話せないのよぉ。ただ……」
「ただ?」
「私が会った勇者一行は……本当に最悪な連中だったわぁ」
「ふーん。ねぇねぇ、どうして本物の勇者と会う事になったの?」
不愉快そうに眉間にシワを寄せるダイルナにガティが訊ねる。
たしかにそこは俺も気になっていた。
「実はあの日……私はとある方の依頼で勇者に会いに行ったのぉ。サンルーナの王城に、勇者達が来ているって話を聞いてねぇ」
思い出すのも嫌なのか、ダイルナの顔には嫌悪の色しか浮かんでいない。
それほどまでに、酷い目に遭ったのだろうか。
「本当に、最悪なひと時だったわぁ……」
そうしてダイルナは語りだす。
あの日、ヒイロ達との間に何があったのかを。
【一日前 サンルーナ城】
「……ならぬ。いかに勇者の申し出と言えどな」
サンルーナにそびえる堅牢な城塞。
その最奥。皇帝が鎮座する間において、四人組の男女がサンルーナ皇帝に謁見していた。
「どうしても、お考え直しくださいませんか?」
玉座の前で跪いていた勇者ヒイロは顔を上げて、再度皇帝に願い出る。
しかし、皇帝の返事は変わらない。
「あの力は、サンルーナが誇る最大の武器である。それを貴様らに渡すなどと」
「魔王の打倒は全人類の悲願。なぜ、ご協力くださらないのですか?」
「戯言を申すな。お主達は所詮。エクリプスの飼い犬。魔王を倒した後は、このサンルーナを攻め込むつもりなのであろう?」
若き皇帝の痛烈な言葉に、ヒイロは押し黙る。
そのつもりは無い、と口から言うのは易いが、それを鵜呑みにするほど、眼前の皇帝が甘い男ではない事を悟っているからだ。
「旅の資金はやろう。サンルーナのあらゆる施設を無料で使わせてやろう。だが、余の目が黒い内は……この王城の何一つとして、貴様らには渡さん」
「……では、仕方ありませんね」
そう言って立ち上がるヒイロ。それに続く3人の仲間達。
「失礼致しました。魔王の討伐は、我らの力だけで果たしてみせましょう」
「そうするがよい」
玉座の間を出るヒイロ一行。
するとすぐに、女戦士であるゾーアが悪態を吐く。
「くそが。何様のつもりだよ、あの偉そうな男!」
「バカね。皇帝に決まってるじゃない」
そんな彼女に呆れたように言葉を返すのは、魔法使いのグアラ。
「だ、ダメですよ。こんな場所で……陛下の陰口など」
そしてオロオロと慌てるのは、僧侶のヘダであった。
「ふーん? ヘダも悪い女ね。こんな場所、じゃなければ陰口を言っていいんでしょ?」
「ちがっ……! 私はそのような意味で言ったのでは!」
からかうようなグアラの言葉に、顔を赤くするヘダ。
その一方で、ヒイロの表情は固く険しいままであった。
「……なんだっていい。欲しいものは得られなかった。なら、もうここに用は無い」
「はーい。ま、いいじゃないサンルーナの秘宝なんて! 聖剣使いのヒイロ様がいれば、アタシ達は最強なんだし!」
「こんな寄り道してないで、さっさと魔族共をぶっ殺しに行こうぜ!」
「……勇者に仕える者として、成すべき使命を果たすだけです」
グアラ、ゾーア、ヘダがそれぞれ話す中。
ヒイロは何かに気付いたように、視線を柱の陰へと向ける。
「そこにいるのは……誰だ?」
「あらぁ、気付かれちゃったかしらぁ」
ゆらりと、柱の陰から姿を見せたのはダイルナ。
いつものように、その豊満過ぎるバストをゆさゆさと揺らしての登場だったが……
「うわっ、でっけぇ胸だなぁ。お前、娼婦か?」
「はい?」
「見るからに好きモノって顔だしな。どうだ? 当たりだろ?」
初対面だというのに、失礼な言葉を得意げに浴びせてくるゾーア。
しかしダイルナも大人だ。これくらいの暴言、涼しく流せる余裕があった。
「違うんじゃない? 前に噂に聞いたけど……ギルド・フロンティアのマスターが、サンルーナで1番のデカ乳を持っているらしいわ」
「ああ、あの……男性を毎晩のように誑かしているという」
女として、明らかに侮蔑の籠もった視線がグアラとヘダから浴びせられる。
それでも、ムカつきはすれども……ダイルナは我を忘れず、自分の使命を優先した。
「そうよぉ。私はギルド・フロンティアのマスター、ダイルナと申します。勇者様達が王城にいらっしゃると聞いて、お待ちしていましたぁ」
「そのギルドマスターが俺達に何の用だ?」
「実は……とある貴族の令嬢が。少し、困った事になっていまして。かの有名な聖剣の力を、お貸し願えないかと」
「断る」
ペコリと頭を下げて、助力を願うダイルナ。
しかし、勇者であるヒイロからの返答は……冷淡なものであった。
「……魔王討伐で、お忙しいというのは損じていますわぁ。ですが……」
「いや、そういうわけじゃない」
「では、謝礼についてですかぁ? それならぁ、可能な限りの金額を……」
「違う。金なんか、どうだっていい」
ヒイロは淡々とした態度を崩す事なく、言葉を続ける。
「興味無いんだ。君にも、その令嬢とやらにも」
「……は?」
「確かに聖剣の力を使えば、大抵の問題は解決出来る。おそらくはその令嬢が抱える問題も……そして、君に掛けられている呪いも」
「っ!?」
「自分を抱いた男を死なせる力。強力な呪術のようだが、聖剣の前では無に等しい」
腰に差した聖剣の柄を、ねっとりと撫でるヒイロ。
それを見てダイルナは思う。もし、この男をその気にさせれば……
「だが、それが私とどう関係するのかな? 私がサンルーナに来た目的はただ1つ。この国に眠る力を手に入れたかっただけだ」
「でしたら、私から陛下にお願いして……」
「なら、今すぐ皇帝を殺してきてくれないか?」
「なっ……!?」
「噂に名高い、君の呪術なら容易いだろう? さぁ、やってみせてくれ」
「そ、そんな事……できるわけが!」
「ほら、所詮君の覚悟はそんなものだ。どんな手を使ってでも目的を果たすという覚悟も、信念も存在しない」
ジリジリとダイルナとの距離を詰めながらも、ヒイロの顔色は変わらない。
一見すると爽やかに見える微笑の仮面を貼り付けたまま、なんの感情も籠もっていない声で……囁く。
「私は見たいんだ。どれだけ深い絶望の底に叩き落されても、輝きを失わず、這い上がってくる……そんな人間の希望を」
「な、何を言って……?」
「君では彼にはなれない。私はね、待っているんだ。彼がいつか真実に気付き、そして――その手で私を……」
話しながら、ヒイロの股間ははちきれんばかりに膨張していた。
ただしそれは、目の前にいるダイルナに対する欲情ではない。
ヒイロが彼と呼ぶ何者か。その男性に対する、狂愛からくるものに違いなかった。
「ひっ……!?」
これまでギルドマスターとして、多くの悪人や狂人を見てきたダイルナであった。
しかし、彼女は一瞬にして感じ取った。
目の前の男は、これまでに出会ったどんな人間よりも……心が歪んでいる。
そしてその歪みを治せる力を持つ者は……どこにも存在しない。
「ねぇ、勇者様ぁ! いつまでそんなビッチと話してるのよぉ?」
「早く行こうぜぇ!」
「えっと……その、あの……」
後ろに控える勇者の仲間達は、それに気付いているのだろうか。
知っていて見ないフリをしているのか、それとも――
「そういうわけだから、私達は失礼するよ」
「あ、ぁ……」
ヒイロが振り返り、去っていった瞬間。
ダイルナの全身からドバッと滝のような汗が溢れ出す。
「何よ……アレ」
人の皮を被った化け物。そうとしか思えなかった。
彼が何を望み、何を願うのかは分からない。
だが、ダイルナは思う。
今、人類の命運を握る勇者が……聖剣の女神が選び出した勇者が、あんな男だというのなら。
きっと神様は人類の味方なんて、するつもりは無いのだろう……と。




