2話:さぁ、世界を寝取りに行こうか
脱走を決意してから数日後。
俺に転機が訪れたのは、真夜中の事であった。
「やっと見つけた」
「んっ?」
見張り番すらサボっていなくなり、静寂だけが包み込んでいた地下牢。
そこに、こんな薄汚い場所とは不釣り合いの……可愛らしい少女の声が響く。
「誰かいるのか?」
「……うん。ここにいる」
俺が声を掛けると、スゥッと暗がりの中から一人の少女が姿を現す。
青色の髪を首元で切り揃えているかなりの美人。特に、闇夜の中でもギラリと輝く真紅の瞳は……まるで吸い込まれそうな魅力を秘めている。
「……アナタが、ネトレ・チャラオ?」
「ああ。そうだよ」
綺麗な顔をしているのに、まるで人形のような無表情で話す少女。
俺はなんとなくだが、彼女の正体に察しが付いていた。
「もしかしてお前は、俺を殺しに来た……魔族か?」
「っ!」
少女の顔に初めて、驚愕の色が浮かぶ。
しかしすぐに元の無表情に戻ると、彼女は小さくコクリと頷いた。
「そう。でも、どうして分かったの?」
「そりゃあ、こんな場所に全裸で来る人間はいないよ」
彼女が人間ではないと気付いた理由。
それは彼女が衣服を一切身に纏っていない、すっぽんぽんだったからだ。
たゆんたゆんと大きな胸を惜しみもなく揺らし、女の子の大切な場所まで、それはもうハッキリと見えてしまうほどに。
「……それは失念していた。これで、大丈夫?」
少女がそう呟いた瞬間、彼女の肌がぐにゅりと波打ち……みるみる内に冒険者のような服装へと変化していく。
一瞬しか見えなかったが、今のはまさか――
「お前はスライムなのか。喋れるスライムなんて、初めて見たよ」
「当然。私は、勇者ネトレを殺す為だけに魔王様に生み出された……特殊な暗殺用スライム」
「勇者ネトレを……? ぷっ、くくくっ……! はははははっ!」
得意げに右手でVサインをしてみせるスライム少女。
俺はそんな彼女の姿を見て、思わず爆笑してしまった。
「……なぜ、笑うの?」
「ははははっ……笑うしかないさ。だって、お前が生まれた意味である【勇者】ネトレなんて、この世界に存在しないんだから」
「え?」
俺の返事を聞いたスライム少女は、キョトンとした顔で目をパチクリさせる。
無理もない。彼女はまだ、真実を知らないのだから。
「教えてやるよ。お前が殺すべきはずのターゲットが、殺す価値も無い上に……少し待てば勝手に処刑されるという事を」
「……聞かせて」
そして俺は、スライム少女に語る。
俺の母親が犯した罪。そしてその結果、どうなってしまったのか。
何も包み隠さず、それら全てを。
「……というわけで。俺を殺しても、【勇者】ネトレを殺した事にはならないってわけさ」
「……」
スライム少女は俺の話を黙って聞いていた。
そして、ほんの少しの沈黙の後……唐突に、こんな事を言い始めた。
「どうしよう」
「は?」
「私は魔王様に、勇者ネトレを殺せとしか言われていない。だから、勇者でないアナタを殺す意味は無いし……この後、どうすればいいかも分からない」
俯き、悲しそうに呟くスライム少女。
なるほど。まだ生まれたばかりの彼女は、自分の意思というものが希薄なんだ。
だとすれば……これは千載一遇のチャンスかもしれない。
「それなら、俺と取引しないか?」
「……取引?」
俺は頭をフル回転させ、自らの目的へと近付ける為のルートを考える。
どう話し、どう言葉にして、どう導けば、彼女は俺に乗ってくるのか。
これは俺にとって、初めての挑戦。
魔王の支配下にあるスライム少女を奪えるかどうか……言うなれば寝取り勝負だ。
「よく考えてみろ。お前の存在意義、果たすべき目標は【勇者】になった俺を殺す事だろ?」
「うん」
「だったら、俺がこのまま処刑されれば……お前の目標は永遠に叶わなくなる」
「それは……困る」
「じゃあ話は簡単だ。お前が目標を叶えるには、まずは俺を本物の勇者にすればいい」
慎重に言葉を選ぶんだ。
信感を与えないように優しい微笑を浮かべながら、柔らかな声色で語りかけろ。
相手の心を少しずつ、確実にこちらへと靡かせる為に。
「本物の、勇者?」
「よく考えてみろよ。最初に誕生した勇者は、勇者の血筋を引いちゃいない。そいつ自身の力で、勇者と呼ばれるようになったわけだ」
「……確かに」
「だから勇者の血筋ではない俺にも、勇者になれる可能性がある。仮にそれが実現すれば、お前はめでたく……本物の勇者になったネトレを殺せる」
「あっ!」
俺の話したロジックに気付き、スライム少女の顔にほんの少し喜びの色が混じる。
さて、問題はここからだが……
「じゃあ今すぐ、勇者になって」
「それは無理だ。勇者になるには、それなりの偉業を成し遂げて、人々に認められないといけないからな」
「……むぅ。じゃあ、それまで待つ」
頬を膨らませ、不満げに眉間にシワを寄せるスライム少女。
攻めるなら、ここが勝負どころだな。
「でも、このままじゃ俺……処刑されちゃうんだよ」
「だったら、私が救い出してあげる」
「脱走しても、俺は弱いからな。勇者になる前に野垂れ死ぬかも」
「そうはさせない。私が傍にいて、貴方が勇者になるまで守る」
「……ワーオ」
まさかここまで、俺の思い通りの展開に動くなんて。
まだ生まれたてのスライムが相手だから、というのが大きいのだろうが。
いずれにせよ、これで俺は……まず一つ目の手駒を手にした。
「ふーん? でもさ、申し訳ないんだけど……俺、勇者になるつもりは無いよ」
「え? どうして?」
「今回の一件で勇者が嫌いになったし。やる気もなんか出ないし」
「……そんなこと、言わないで」
スライム少女が鉄格子を両手で掴み、俺に向かって懇願してくる。
牢屋の内と外。いつの間にか立場が逆転している事に……彼女は気付いていない。
「じゃあさ、俺の目標にも協力してくれよ」
「……目標?」
「俺をコケにしたあの聖剣の女神。俺を裏切った仲間達。俺を殺そうとしているクソッタレな国……その何もかもに、俺は復讐したい」
「それに協力すれば……勇者になってくれる?」
「ああ。考えてやるよ」
「分かった。なら、協力する」
他に選択肢が無い以上、スライム少女はそう答えるしかない。
ここまで来ればもはや、彼女は俺の言いなりである。
「じゃあ、まずは……牢屋から、出せばいいの?」
「いや、それは後だ。脱走する前に、堕としておきたい人がいる」
勇者ではない俺に残された……世界を変える為に必要な才能。
「だからお前には、俺の修行を手伝って貰う」
「……なんでも言って。どんな事でもする」
「そうか。じゃあ、遠慮なく言わせて貰うぞ」
どんな女でも籠絡し、俺の虜にする【寝取り】の力を手に入れる為に。
やるべき事は――たった一つ。
「今から俺とセックスしろ」
ここが全ての始まり。俺の復讐のスタートライン。
さぁ、世界を【寝取り】に行こうか。




