20話:ダンジョン突入
「……到着しました。ここが目的地です」
サンルーナを一度出て、そこから馬車で数十分ほどの位置にある森林。
そこに存在するダンジョンの入り口まで、俺達はやってきていた。
「へぇ、これがダンジョンなの? なんだか遺跡みたいだね」
「ここは古代人が建てた遺跡で、数日前までは観光名所としても知られていました」
「ほう? そんな場所がどうしてダンジョンに?」
「この遺跡を研究していた考古学者が、最深部でスイッチを発見しまして。それを押した途端、遺跡内に仕掛けられていた全ての罠が起動したそうです」
「それでダンジョン化したってわけか」
「はい。しかも報告によると、遺跡の地下に封印されていたモンスターも蘇ったそうです。うちのギルドのメンバーが何人か、殺されています」
そう話すシアンスカの声には、わずかに怒りの色が滲んでいる。
仲間を殺した魔物を、必ず仕留めるという強い意志が感じられた。
「そいつは気を引き締めて掛からないとな」
「ええ。ですがその前に、一つ質問してもいいですか?」
「ん?」
「どうしてアナタは……聖剣を持っていないんですか?」
「「「!」」」
「アナタが今持っている剣からは、何の魔力も神性も感じません。勇者とは、聖剣に選ばれた者がなるのでは……?」
シアンスカが口にしたのは、真っ当な疑問だ。
勇者なのに聖剣を持っていないなんて、明らかにおかしい。
疑われるのも当然だ。
「それは……」
「わ、私のせい……だ」
「ガティ?」
「私が……借金を作って、その……担保として、だな」
唇の端を噛み締め、涙目のガティがプルプルと震えながら、そう説明する。
元々、嘘の吐けない正義の騎士であった彼女が、こうして嘘を吐くのは精神に相当な負担を強いるだろうに……
「聖剣を担保に? 正気ですか?」
「……他に値打ちのある物が無かったからな」
「だ、だから! 一刻も早く稼いで、聖剣を取り返さないとね!」
「うっ、ふぐっ……うぅぅ……っ!」
咄嗟にフォローに入るアイと、堪えきれずに泣き出すガティ。
俺は泣いているガティを自分の胸に抱き寄せると、彼女にそっと耳打ちをする。
「よしよし……よく頑張ってくれましたね」
「ネトレ……ポイントは?」
「じゃあ、10ポイントで」
「ふふふふっ……これで私も」
満足気に笑みをこぼすガティの頭を撫でてから、俺は彼女の肩を掴んで引き離す。
そんな光景を、シアンスカは遠巻きに眺めているようだった。
「……お優しいんですね。普通なら、見放してもおかしくはありませんが」
「まさか。俺は誰も切り捨てないし、見放したりはしない」
そう言いながら、俺の脳裏に浮かぶのは……かつて、俺を見放した3人の仲間達。
ゾーア、グアラ、ヘダ。俺が勇者の血筋でないと知った途端、すぐに本物の勇者へと鞍替えした……薄情な連中。
俺は、あんな奴らと同類にはなりたくない。
「アイもガティも、俺に必要な存在なんだ」
「お嫁さん!」
「伴侶だ!」
「……まぁ、少し妄言が過ぎる時があるけど」
「仲がいいのは、微笑ましいですね」
俺の返答に納得したのか、シアンスカはそれ以上何も言わなかった。
そして俺達を引き連れ、遺跡の中へと足を踏み入れていく。
「おや、早速お出ましですか」
「ウケケケケッー!」
「グロロロォーッ!」
遺跡の内部へ入り、ほんの少し進んだところで複数の魔物が姿を見せる。
古代のミイラ兵士が5体ほど、それとガタイのいい屈強なゴーレムが3体か。
「……では、お手並みを拝見しても?」
「無論だ。ふふっ、久しぶりの戦いだ……! 血が滾るっ!」
先陣を切ったのは紅蓮剣プロメテウスを抜いたガティ。
彼女は刀身に炎をまとわせながら、ゴーレムの一体へと突進していく。
「ゴーレムには弱点のコアがあります。そこを攻撃すれば……」
「そんなもの、関係ないっ!」
シアンスカの助言を聞き入れる事なく、ガティは燃え盛るプロメテウスの切っ先をゴーレムへと突き立てる。
「はぁぁぁぁぁっ! 燃え上がれ! 私の愛情っ!」
プロメテウスの炎が一際大きく波打ったかと思うと、次の瞬間にはゴーレムの体を丸ごと巨大な火柱が包み込んでいく。
そしてその炎が晴れた後には、ゴーレムの燃えカスだけが残されていた。
「なっ……!?」
ゴリ押しでゴーレムを仕留めたガティの実力に驚くシアンスカ。
しかし、彼女の驚愕はこれだけでは終わらない。
「あははっ。ガティの戦いはゴリ押しだね」
アイの笑い声が聞こえて、そちらへと視線を向けると……ちょうどそのタイミングで、残る二体のゴーレムが崩れ落ち、ただの石へと戻っていく。
「こういうスマートなやり方の方が疲れないよ?」
俺とシアンスカがガティに意識を奪われている一瞬の隙を狙って、ゴーレム二体のコアを破壊したのだろう。
流石は暗殺用スライム。なんとも鮮やかで、見事な手際だ。
「やるな、アイ。それでこそ、私と共にネトレを支える両翼だな」
「えへへっ。ぶいーっ!」
特にアイは形態変化を目撃されると厄介だからな。
シアンスカに見られないように戦うのは大切だ。
「強い……! 流石は勇者のパーティ、という事ですね」
「ああ。アイツらは本当に強いよ」
と、そんな会話をしている間に……俺とシアンスカの周囲を大量のミイラ兵達が取り囲んでいた。
おっと。流石に余裕をかましすぎたか。
「ネトレ、危ないっ!」
「いや、心配は要らんぞアイ。あのモンスターは【人型】だからな」
俺の身を案じて叫ぶアイに対して、ガティは余裕の微笑を崩さない。
「どういう……コト? だってネトレは、そんなに強く無いんじゃ……」
「ああ。ネトレは勇者として致命的だ。なぜならネトレの攻撃力、防御力はそこらの一般兵士と同レベル。タフな魔物との消耗戦が不可能なんだからな」
「じゃあ……!」
「だが、ネトレは私と長年……剣の腕を磨いてきた男だ。身体能力は低いが、強靭な精神力で厳しい特訓を乗り越えてきた、私の最愛の男は――私以上の剣の使い手なんだ」
何やら遠くでガティが、ドヤ顔をしながらヒソヒソとアイと話している。
そんな余裕があるなら、こっちを手伝って欲しいんだが仕方ない。
「……ネトレさん。手伝いましょうか? ミイラとはいえ、相手は古代の兵士。その剣技は相当のレベルが――」
「いや、必要ない」
「クケケケェーッ!」
まず、最初の1体。ミイラ兵士Aが俺の首筋を狙い、鋭い槍で突いてくる。
俺はそれを紙一重で回避すると、そこから体を半回転させながら鞘の剣を引き抜く。
そしてその動作のまま、抜いた剣の切っ先でミイラ兵士Aの首を切り飛ばす。
昔、文献で読んだ異国に伝わる古の剣技――居合による一閃だ。
「グ、ケッ……?」
「この程度なら、俺一人でなんとでもなるさ」
さて。久しぶりの本格的な戦闘だ。
腕がなまっていないか、存分に試させて貰うとしよう。




