14話:俺の女に手を出すな
「ここが、サンルーナか」
エクリプス王国から馬車を使い、2日ほど移動して。
俺達3人はサンルーナの城下町――その入り口までたどり着いていた。
「やっぱり、それなりに警戒はしているよな」
入口となる門前には、複数の兵士達が立っており、街へ入ろうとする者の身分や持ち物のチェックを行っている。
敵国であるエクリプスの国民が侵入しようとすれば、すぐに捕まってしまうだろう。
「わぁー……人がゴミのように多いね。私が減らしてこようか?」
「そんな物騒な事をしなくても、大丈夫だよ。俺達は普通に入れるから」
そう言って、俺は服の中にしまい込んでいたペンダントを取り出す。
それは、青い輝きを放つ水晶で……かつて、エクリプスの王女から賜ったものだ。
「なるほど、勇者証か。捕えられた際に、没収されたと思ったが」
「どうせ処刑するつもりだったから、そのまま持たせていたのかもしれませんね」
「ありえるな。陛下はどう転んでも、お前を殺すつもりだったようだし」
眉間に深い皺を刻み、忌々しげに呟くガティ。
その一方で、アイは頭にはてなマークを浮かべて、小首を傾げていた。
「勇者証って、なに?」
「選ばれし勇者に与えられる特権だ。魔王討伐に必要だと判断されれば、いかなる行為も許される……というものだ」
勇者証を知らないアイに、丁寧な解説を行うガティ。
彼女の言うように、この勇者証は勇者に対して、ありとあらゆる権限を与える。
「極論を言えば、これがある限り、勝手に他人の家に入って、宝箱の中身を取ったり、タンスの中身を漁ったりしても許されるんだ」
「へぇ……人間も色々と考えるんだね」
納得したように頷いて、しげしげと俺の取り出した勇者証を見つめるアイ。
どさくさに紛れて俺の腰に抱きついて来ているのは、置いておくとして。
「いずれ、俺の勇者証が無効になった事は伝わるだろうけど。まだ今なら、勇者のフリをしてサンルーナへと忍び込めるはずだ」
「「っ……!」」
「ん? 怖い顔をしてどうした? 無事に忍び込めるなら、良い方法だろ?」
「……ネトレは、辛くないの?」
「勇者のフリをするなど……お前にとっては、屈辱でしかないだろうに」
「ああ、そういう事か」
本物の勇者になるはずだった俺が、ニセ勇者へと落ちぶれ。
そして今度は、勇者のフリをして、コソコソと他国へと忍び込もうとしている。
たしかに周りから見れば、屈辱の極みかもしれない。
「……バカだな。俺はもう、ただの勇者になんか未練は無いよ」
俺はそう答えてから、ガティとアイの二人をそっと抱き寄せる。
「勇者のままなら、俺はアイと戦わなきゃいけなかった」
「あっ……」
「勇者のままなら、ガティはイヴィルと結婚していたかもしれない」
「……っ!」
「でも、俺はニセ勇者だった。だからこうして、お前達と愛し合う事が出来たんだ」
俺は強く二人を抱きしめながら、飾らない胸の内を言葉にする。
「俺にとっては勇者として世界を救う事よりも、こっちの方が何十倍も嬉しい」
「……ネトレ!」
「お前という奴は……!」
二人もまた、俺の体を強く抱きしめてくる。
そしてどちらも目を瞑り、唇を突き出すようにしてキスを催促してきた。
「「ちゅーっ」」
「……ダメだ。ここでキスしたら、我慢できなくなるからな」
こんな道の往来で、3Pをおっぱじめるわけにもいかない。
だから俺は必死に理性を抑え込み、二人を引き剥がした。
「むぅっ……ネトレはもっとケダモノになるべき」
「その通りだ。どこでも構わず、衆目など気にせず、欲望を開放するべきだ」
「あはははっ。世界の全てを手に入れたら、それもいいかもな」
俺は軽く笑って、冗談混じりにそう返したのだが。
二人はその言葉を、割と本気に受け取ったようで。
「……決まりだね。ネトレと一緒に世界を支配して、毎日、毎時間、毎分、毎秒……えっちしまくる!」
「世界の支配者が、民衆の前で公開セックスだと! なんという……たまらんプレイだ!」
「おーい。置いてくぞー」
メラメラと闘志を燃やすアイとガティに半ば呆れつつ、俺はサンルーナの門へと向かう。
我に返ったらしい二人がトコトコと小走りで追い付いてきたのは、それから少ししてからだった。
「おい! そこのお前達、止まれ!」
「通行証はあるか? 無ければ、身分証を出せ!」
そして早速、二人組の門番に引き止められる。
俺は予定通り、首から下げている勇者証を門番達へと提示した。
「これは……勇者証か?」
「ええ。なんなら、聖教会で確認して貰っても構いませんが」
「その必要は無い……が、なんだか妙だな」
門番の一人が、ジロジロと俺を見てから……今度は背後の二人の方を見つめる。
俺に対しては疑惑の眼差し。そして、アイ達に対しては――どこかいやらしい視線を。
「……勇者の仲間が、こんな少女達なのか? 魔物と戦うより、男の上で腰を振る方が得意そうに見えるぜ」
「世界を救う英雄さんは余裕だねぇ。女連れで、魔王を倒そうっていうのかい?」
ひとしきり、そう言ってからゲラゲラと笑う門番達。
そしてさらに、追い打ちを掛けるように……続けてこんな言葉を口にする。
「勇者様なら、通さないわけにはいかねぇな。でもよ、お仲間は別だ」
「ちゃーんとボディチェックしねぇとなぁ? そのデケェおっぱいや、ケツに、何を隠しているか分かったもんじゃねぇよ」
両手をワキワキさせながら、ジリジリとアイ達に近寄ろうとする門番達。
それを受けて、当然のように二人は怒りを顕にする。
「ねぇ、コイツらは殺してもいいよね?」
「当然だ。こういう事があるなら、ネトレ以外の男は全て殺すべきかもな」
戦闘態勢を取ろうとする二人。
やれやれ、穏便に終わらせたかったのに……困った連中だ。
「おい、お前ら」
「あ~ん? どうせ毎晩のように楽しんでるんだろ?」
「だったら、ちょっとくらい俺らにもヤらせ……かぺぇっ!?」
俺はまず、握った拳で左の門番の頬にストレートをぶち込む。
すると男の頭はグルグルと4周ほど周り、そのまま地面へと崩れ落ちていく。
「えっ?」
「次はお前だ」
相棒が死んだ事を理解する間も与えず、俺は残ったもう一人の頭を掴み、そのまま勢いよく門前の石畳へと叩きつける。
グシャッと鈍い音と共に、辺り一面に血痕が飛び散っていく。
ああ、なんとも汚い花火である。
「……俺の女に手を出すんじゃねぇよ」
生まれて初めて、俺は人を殺した。
勇者として、人を守るようにと育てられてきた、この俺が……
「……ネトレ?」
「お前……」
俺がやらかした行動を見て、アイ達は唖然としているようだった。
そりゃあ、俺がいきなり門番を殺すだなんて思いもしなかっただろう。
「あー……悪い、二人とも。我慢できなかった」
「ううんっ! すっごく嬉しいっ! 私達を守ろうとしてくれたんだもんね!」
「フフッ。躊躇の無い、素晴らしい動きだったぞ」
足元に転がる死体を無視して、喜色満面のアイとガティ。
この二人が喜んでくれたのなら、俺も嬉しいのだが……
「さて、問題はここからだな」
「貴様ら! 何をしているっ!?」
「応援を呼べ! 門番が二人も殺されたぞ!」
当然、こんな場所で門番を始末すれば、大騒ぎになる。
門の内側から現れた大勢の兵士達が、俺達をあっという間に取り囲んでしまった。




