9話:制裁の炎に焼かれて
「ち、違う! さっきのは……!」
「ああ……私はなんて愚かだったんだ。家族の仇を恩人だと信じ込み、婚約しただけではなく……愛する男の言葉を疑ってしまった」
ガティは立ち上がり、ベッドの下に隠していた剣を取り出す。
紅蓮剣プロメテウス。持ち主の感情に応じて、その火力を増すといわれる魔剣の一種ではあるが……俺はその刀身がこんなにも赤く染まっているのを見るのは初めてだった。
「くっ……! バレてしまったからには仕方ない。無理矢理にでも――」
「何か言ったか?」
「へっ?」
キンッと剣戟が煌めく音がした直後。
ブシュゥゥゥッと鮮血が地下牢に振りまかれる。
その出血の出どころは、イヴィルの股間からであった。
「ぎゃああああああああああああっ!? お、俺のぉぉぉぉぉっ!?」
「そんなもの、もはや必要無いだろう」
ガティが軽く剣を振るうだけで、ドロリと鉄格子が飴細工のように溶けていく。
「あっ、あがっ……俺の、俺の……大事な、おちん……」
「消え失せろ」
転がっていた自分のイチモツに手を伸ばそうとするイヴィルだが、ソレはガティの剣が放った炎で一瞬にして灰と化す。
「ああああああああああああっ!」
「黙れぇぇぇっ! お前の全てが不愉快だっ!」
そして絶望に満ちた慟哭を叫ぶイヴィルの喉元に燃え盛る剣を突き立てるガティ。
紅蓮の炎はイヴィルの体をあっという間に包み込み、その圧倒的な火力は灰すらも残さずにイヴィルという存在を焼き尽くしてしまった。
「はぁ、はぁっ……はぁ、はぁ……!」
その余りにも酷い殺し方から、ガティの怒りが伝わってくる。
肩で息をしながら、震えるガティを見て……俺は躊躇わずに彼女を抱きしめた。
「やめ、ろ……ネトレ。お前も、焼けてしまう」
未だに熱を発するプロメテウスの炎が、俺の腕をわずかに焦がす。
しかしそれでも、俺は腕の力を緩めない。
「これくらい、どうって事ありませんよ。アナタの受けた心の傷に比べれば」
「う、うぅぁぁ……うわああああああああっ!」
泣きながら、ガティはプロメテウスを放り捨てて俺にしがみつく。
そして、大粒の涙を流しながら……ただひたすらに、叫び続けた。
悲しい記憶から逃れるように。辛い記憶から目を背けるかのように。
「……行きましょう、ガティ。このままじゃ、アナタは捕まってしまう」
俺はガティの手を強く握る。
そして、彼女の手を引いて歩き出す。
「俺と一緒に逃げるんです。そして……俺と生きてください」
「でも、私は……」
「ガティ、お願いですから」
「……うん」
ギュッと、ガティは俺の手を握り返す。
俺はその手を離さないように、愛おしい人を連れて……階段を上がる。
「もし、城内でお前の姿が見られたら……」
「大丈夫。今、見張り達は全員……眠っている筈ですので」
あらかじめ、アイに頼んで逃走ルートの確保は済ませてある。
後はこのまま郊外の宿屋まで逃げるだけだ。
「ネトレ、それはどういう……」
「全ては後で話します。そして、それから――」
本音を言えば、俺の寝取りの力で……ガティを虜にするのは気が進まない。
でも、そうでもしなければ、彼女の受けた心の傷は癒せないだろう。
だから俺は、悪魔のような所業だとしても、最低な男の烙印を押されるとしても。
「アナタの全てを、俺が貰います」
この人を抱く。
抱いて、俺のモノにしてみせる。




