第23話 「完全にコラテラルダメージ」
少女らと青衣の死神が地下で合意に至ったころ、まさしく地上は阿鼻叫喚の地獄であった。地下から吐き出された行き場のない霊たちが、あちらへこちらへと荒れ狂っている。
幸い……と言っていいのか、いまだ混乱は闘技場のなかだけ。
魔術的にいえば、真円に「閉じる」構造であるこの建物は一種の結界であり、ただの人間霊ではそうカンタンに突破できない。
その混沌のただなかで、無心に弓を放つ大男の姿。
肌は強い日差しで褐色に輝き、流れる汗もキラキラと。
鍛え上げられた右腕で力強く弓を引くと、そこから3本、同時に矢が放たれた。
「……ふむ」
弓使いカイランは『霊視』の目を持たない。
ゆえに、いまこの時起きている惨状の理由など皆目検討もつかない。
突然気が触れたように叫び声をあげた老人も、
突然気が狂ったかのように隣人を殴る青年も、
突然気をやったかのように失神した貴婦人も。
「……意味がわからんな」
そう、ひとことで切り捨てた。
……恐らくこれも魔法だか魔術だか己の預かり知らぬ事象であろう。
……しかし、己のすべきことはなんとなくわかる。
なにかよからぬ気配がする。
そちらへ無心に弓を引く。
ただただ、ソレを繰り返していた。
カイラン本人は気がついていないが、彼の放つモノはまさしく破魔の矢である。
聖なる守護霊の加護を得た、神聖なる一撃。
軌道上にあるすべての死霊は刈り取られていくだろう。
それを同時に3射、また3射。
ただただ、祖霊の導きのままに。
彼はこの場の、まさしく守護者であった。
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リディアの左腕を治癒した後、ソレは実行に移された。
術式の回収、死霊の譲渡。
すべてはレーベンホルムの左手で淀みなく執行された。
徴の移植だけは僕が担当。
なにしろ、この手法は現代のニンゲンからは失われた古代のものだ。
あいての同意が必要だから、そうそう機会はないけどね。
「……なるほど、なかなか優秀ですねあなたの徴は」
「ハナから私はそんなもんいらない」
エディスから増設されたモノにより、リディアの扱える魔力量はおおよそ5割増しされた。
うーん、チート。
まさにチート。
……って、僕もまれびと語がすこし伝染ってきたなぁ。
「これであなたは晴れてただの凡人です」
「せいせいする」
「……はあ、まったく理解できないですね」
「これでイカれた奴らからオサラバできたんだ。……あとはこの痛みから解放されればなぁ」
そう。
エディスに掛かった『強制』の術は解けるものではない。
魂と魂を直接繋ぐこの魔術……いや『呪い』に解除方法はまず存在しない。
……昔の僕なら……そう。あの奪われた現能ならそれが可能なんだけど。
歯がゆい。
くびきから開放された少女はしかし、一生痛みに苛まれるのだ。
「ゴメン、キミのその呪いは……」
「手を貸してやろうか、旧友よ。群青色の風、月を喰らいし同胞よ」
気がつけば、僕の背後に影。
清浄なる湧き水のような、覚めるように透き通るその気配。
――ハッ。
思わず乾いた笑みが溢れる。
ここまでか……と。
僕と、リディアの旅路はここで終わりか。
腹を決め、振り返り……そうしてかつての親友を正面から捉えた。
透き通った水色の衣。
圧倒的なまでの存在濃度。
いまこの世界で、最強最悪のチカラを持つ死神。
「フォンティーヌ、久しぶりだね」
「ああ月喰らい。くだんの件よりだいぶ経つな。とても、とても懐かしい」
「僕もだよ」
旧友……フォンティーヌはリラックスした様子で僕との会話に興じる。
ほんとうに、ただただ友人との会話のように。
しかし……僕のほうが気が気でない。
最強の彼から逃れるすべも、もちろん勝ち得るすべも、まったく絶望的なまでに存在しない。
スピードも、力も、すべてが僕以上。
そして最高の現能を僕から奪った。
……ゴメン、リディア。
キミを守りとおすことが僕には……、
「して旧友よ、そこな少女の痛み。私なら除いてやることができるのだがどうだろうか」
「……へっ?」
僕は死神らしかぬ、間抜けな声を上げた。
「『死想の鎌』、アレであればいけるのだろう?」
「……あっ、ああ……いや間違いなくいけるけど……」
「そうか」
水色衣のフォンティーヌは、悠然とした歩みでエディスへと。
そうして手にした鎌で一閃、少女の体を袈裟に薙いだ。
エディスはすでに魔術師ではないので、当然彼を見ることができず、ゆえに避けようともしなかった。
「―――えっ」
死神の大鎌を振られ、しかし少女は輪切りにはならなかった。
それどころか、常に痛みに耐えていたのであろう彼女の表情は、このとき初めて平静を得ていた。
「どうして?痛くない……痛くないよ!!」
「よかったな、娘」
フォンティーヌは静かに、しかしたしかに笑みをこぼしている。
ぼろぼろと涙を流すエディスへ、間違いなく慈しみの眼差しでもって。
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「そろそろ警戒を解いてはくれぬか、旧友よ」
「……いや、ううん……」
リディアへはさきほどから、限界まで『眼』をひらきその死期に備えている。
しかし、いくら睨んでも彼女にソレは視えない。
……つまり、旧友に彼女を攻撃する意思はないということだ。
そして、リディアを真っ直ぐ見つめながら彼は切り出した。
「イクリプス、そしてリディアよ。どうかどうか、私の頼み……いや依頼を請けてくれぬか。報酬は……ぬしらを見逃すこと、それでどうかな冒険者よ?」




