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新たな力

 室内に入ると、そこは今までで一番大きな部屋だった。

 野球でも出来そうなただっ広い部屋の中央に、ぽつんと祭壇のようなものが配置してある。

 

「罠はない……と思うけど気をつけて」

 

 フユイチの奴が、少々警戒した様子で広間の中を進んでいく。

 俺達もその後にゾロゾロと続いた。

 入り口で待っていても良いが、この広さではどちらかが罠にかかった場合のほうが面倒だ。


 そうして俺達が祭壇に近づくと、その上に長く平べったい物が置いてあるのが見えてきた。


「これは……」


 それは、抜き身の剣だった。

 伝説の勇者が入れる遺跡の奥にあるからと言って、別に台座に刺さったりはしていない。

 それどころか刀身は赤黒く、機能的にどうなのと思うような棘が所々に生えており、どう見ても呪われたアイテムとしか思えない。


「何だか分かるか?」


 ティセリに尋ねてみるが、彼女は首を横に振る。

 その禍々しさに、先ほどまでは宝と見るや飛び出してきたシュージも若干引いているぐらいだ。


「取ってみるよ」


 さすが伝説の勇者。フユイチが躊躇なくその剣へと手を伸ばす。

 しかし奴がそれに触れる直前、どくん、と剣が脈打った。


「え?」


 ティセリが呆けた声を出す。

 その間にもフユイチが片手に持った賢者の杖を構え、シュージが魔力の障壁を張り、俺はティセリを抱えた。

 一瞬でユニコーンの力が発動し、まるで足が四つに増えたような速度で俺の体は入り口まで跳ぶ。


 そして、着地とほぼ同時に爆発音。

 祭壇の辺りで土煙が巻き起こり、シュージ達の姿を覆い隠す。

 

「ええっと……?」


 腕の中でティセリが困惑の声をあげる。


「悪いな」


 彼女をさっと降ろした俺は、ティセリを後ろへ庇った。

 ユニコーンの力があの段階で発動したということは、それだけやばい相手だということだ。


 土煙が晴れ、祭壇周りの様子が明らかになる。

 構えたシュージとフユイチに相対しているそれは、浮遊する剣だった。


 先ほどの、禍々しい剣だ。

 切っ先が横に割れ、獣の歯のようなものが確認できる。


 リビングウェポン、インテリジェンスソード。

 ファンタジー世界に来て5年になるが、俺も初めて見る存在だった。


 ビュン。

 俺が考察している間に、剣が己の体を縦回転させる。

 するとその軌道に沿って床が切り裂かれ、衝撃波が発生する。


「ぬっ!」


 咄嗟にそれを避けたシュージとフユイチだが、左右に分かれた奴らのマントの端がすっぱりと切り裂かれる。

 しかも床の破壊は止まらず、まっすぐな線を描きながらこちらへ衝撃波が向かってくるではないか。


「ちょ!」


 俺まで避けるとティセリに当たってしまう。

 咄嗟に判断した俺は、体の前で杖を構え……ようとしてアレは今フユイチが持っているのだと思い出した。


 いや、あんなもん無くてもユニコーンの力は変わらないはずだ。

 変わら、ない!


「ユニコーンバリア!」


 自らに言い聞かせた俺は、前方へ両手を突き出した。

 頭に浮かんだ呪文はもうちょっと長いものだったが、口がついていかないので割愛。

 

 すると呪文と共に俺の前方に光り輝く壁が出現。

 衝撃波はそれに相殺され、壁はパリンと砕け散った。


 ……やっぱりあの杖はただの棒切れだったようだ。

 ホッとするとともに何やら虚しい気持ちになり、俺は背後を見た。

 ティセリは俺の服にしがみつき、まん丸とした瞳でこちらを見上げている。


「だ、大丈夫だ。多分」


 やはり勇者魔王に比べると、俺なんか頼りなく見えるのだろう。

 そう考えて彼女を安心させる……つもりが余計不安にさせるようなセリフを吐く俺に、ティセリはぶんぶんと首を横に振った。


「ハルゾーさん、兜から角が生えちゃってるのです!」


 そうして、自らの額に手を当てみょ―んと何かが伸びているようなジェスチャーをしてみせる。

 それに倣い俺が自らの額に手を当てると、確かにユニコーンの角が金メッキの兜を突き破って元気に伸びていた。


「あ、いや、これは……!」


 男としての羞恥心が妙に刺激される状態である。


「すごい機能の兜なのですね!」


 あたふたと言い訳をしようとする俺に、ティセリがにっこりと笑った。

 どうやらこの兜の特殊能力だと勘違いしたらしい。


「そ、そうだな」


 それはそれで心が痛むが、君のおかげでこんなになってしまったとか言うとセクハラに該当しそうなので俺はお茶を濁すことにした。


 そして一方、そんな背後などまるで省みてはいない前方の状況である。


「このっ! よくも俺様の服を!」


 シュージが、己のみの怒りで魔力を炸裂させようとする。

 奴の手に魔力の渦が集まり……。


「シュージ、待って!」


 しかしそれを、フユイチがすんでで止めた。


 そうだ、この男が感情のまま魔法を炸裂させたら仕掛けなど無くとも遺跡が崩壊しかねない。


「んぐっ!」


 シュージもそれに気づいたのか。

 吐きかけたものを飲み込むような声を出し、紫色の魔力の塊を収める。


「ここは、僕に任せて」


 一歩前へ出たフユイチが、珍しく真剣な口調でそう言い放った。


「ハルゾー。この杖借りておくよ!」


 それから、前を向いたまま離れている俺に呼びかける。


「え、あ、良いけど……」


 そんなただの棒切れ使わずとも、お前には立派な武器があるだろう。

 俺がそう言うよりも先に、再び魔剣が暴れだし、第2ラウンドが始まった。


 ブゥン。

 剣が自身を大きく回転させ、フユイチへ襲い掛かる。

 しかしそれを、フユイチは体をちょいと逸らして避ける。

 当然魔剣の振りで発生した衝撃波は、俺達へと襲い掛かる。


「ユニコーンバリア!」


 もう一度叫ぶとバリアが発生し、衝撃波を遮る。

 しかしすぐさま次が来るので、俺はひっきりなしに呪文を唱える羽目になった。


「バリア! バリア! バリア! バリア!」


 普通の人間が相手なら、このバリア一発で全ての攻撃を防ぎきれるはずなのだ。

 が、魔剣の放つ攻撃が桁違いに強烈な為、一回一回障壁を張りなおす羽目になる。


「……いつもの恥ずかしい呪文を唱えれば良いのではないか?」


 横で割れないバリアを張っているシュージが、自らの爪を眺めながら呟く。


「お前が前に立ってくれれば一発解決なんだけどな!」

 

 俺だっておかしな呪文一つで解決できるならそうしたい。

 しかし呪文を唱えるより先に衝撃波が飛んでくるのだ。

 先ほどティセリと話している間に張っておけば良かったのだが、すっかり失念してしまっていたことが悔やまれる。

 

「わ、私のせいでごめんなさいなのです」


 彼女に視線を送ったことで誤解が生まれたのか。

 しゅんとしたティセリが、俺の服を掴みながら呟く。


「良いんだ、よ。バリア! ティセリは石版を解読してくれただろバリアバリアバリア!」


 彼女を励ましながら、俺は目の前に多積層バリアを張る。

 そして余裕が出来たその隙に息を整えると呪文を唱えた。


「ユニコーン・ソフトシェル・バァリア!」


 パリンパリンパリン。直前に作ったバリアが次々に割れていく。

 しかし俺の叫びと共に、部屋の両端に跨るほどに巨大で透明な膜が出現し、衝撃波とぶつかるとぽよんと揺れた。

 表面が波打ち、衝撃を拡散させていくのが見て取れる。


「……ふぃー」


 これなら大丈夫そうだ。

 確信した俺は、呪文の維持に意識を残しつつ息を吐いた。

 衝撃波が連続で襲ってくるが、バァリアはそれを全て受け止め、波紋へと変える。


「どこぞの勇者も言ってたぞ、迷宮は役割分担だって。周りが勇者だろうが魔王だろうが、自分に出来ることをすれば良いんじゃないか?」

 

 それから、ティセリへと改めて告げる。

 そんな事言っていたか? というようなシュージの視線も飛んでくるが、この際無視である。


「ハルゾーさん……」


 ティセリが、潤んだ目で俺を見る。


「俺だって、君がいないと本当は役立たずなんだしな」


 その視線に気恥ずかしくなった俺は、そんな言葉を足した。


「あの、今なんて言ったのです?」


「いや、なんでもない」


 が、もちろん彼女には聞こえなかったようだ。

 聞こえても困るので適当に誤魔化した俺は、バァリア維持に意識を集中しなおした。

 

 一方俺達のやり取りにも関わらず、フユイチと魔剣は死闘を繰り広げている。

 魔剣の繰り出す攻撃を、フユイチは踊るように回避。

 すぐさま人間の手では不可能な軌道で追撃が来るが、それも奴はあっさりと避けた。


「はははっ、惜しい!」


 その顔にはいつも以上の笑みが浮かび、死闘というよりはじゃれあっているかのように見えてくる。


「勇者様、何か楽しそうなのですね……」


「色々溜まってんだろ、あいつも」


 ティセリが呆気に取られながら呟くので、なるべく穏当な表現で俺はそれに応えた。

 俺が思っている以上に、 勇者というのはストレスの溜まる職業なのかもしれない。

 今度カウンセリングでもしてやった方が良いのだろうか。

 そう思うほど、今のフユイチは浮かれきっている。


 奴は魔剣の攻撃をホップ、ステップ、ジャンプでかわすと、くるりとターンして、こちらを向く。

 そして手に持った杖を振りかぶると――。


「ほぅら、取ってこーい!」


 あろうことか、勇者は賢者の杖をこちらに向かって投げ捨てた。

 しかも魔剣の奴は、それを追って一目散にこちらへ飛来してくるではないか。


「な、な!?」


 混乱しながら迎撃体勢を取る俺。


「ガゥ!」


 しかし、戦いは俺対魔剣へは移行しなかった。

 魔剣は俺には目もくれず賢者の杖という名の棒切れに切っ先にある歯で噛み付くと、それをがじがじとやり始めたのだ。


「お、お?」


 そして一通りかじって満足すると、それを咥えてフユイチのほうへ帰っていく。

 奴の前に棒切れを置いた魔剣は、刃を上に向けごろりと転がった。


 ……完全に野生を捨てた犬である。


「おーよしよし。みんなもういいよ」


 その剣の腹を撫でながら、フユイチが俺達を呼ぶ。

 恐る恐る近づくと、奴は指で挟んだ刀身を上下にさすりつつ説明した。


「ずっと閉じ込められてストレスが溜まってたみたい。本当は優しい子なんだよ」


 血管のような赤黒い刀身を見ると冗談にしか思えない。

 が、フユイチの愛撫に魔剣は金属の体をふにゃふにゃにし悶えている。


「すっかり懐かれたようだな……」


「よく好かれるんだよね。犬とか猫とか魔剣とか」


「いや、普通同列に並ばないからな、それ」


 呆れ顔の俺達を前に、フユイチはのほほんと笑う。

 こいつからしてみれば、魔剣などその程度の脅威度なのかもしれない。


「さ、さすが勇者様です」


 おっとり平和思考のティセリも、ちょっと引き気味である。


「それで、結局宝はその駄剣だけか?」


 いち早くつっこむ事を諦めた様子のシュージが、駄犬もとい駄剣を見下ろして尋ねる。

 馬鹿にされていることは分かるのか、魔剣はガルルとシュージに牙を剥き出したが、フユイチに撫でられると再びぐにゃりとなった。


「みたいだね」


 答えるフユイチと共に俺も周囲を見回すが、宝とか異世界脱出機の類は見つからない。


「とんだ無駄骨だったな」


「そ、そんなことないのですよ。この遺跡は歴史的価値が満載なのです」


 シュージが鼻を鳴らすと、ティセリは懸命に抗議する。

 俺には遺跡の価値など計りようがないが、頭に被った穴あき金メッキを鑑みるに、あまり期待できそうにない要素だ。


「で、そいつはどうするんだ?」


 しかしそれを追求するのも酷だろう。

 そう判断して、俺はフユイチに尋ねた。


「んー、懐はもういっぱいだしなぁ」


 すると言って、フユイチは普段剣を取り出している自らの懐を開けて見せる。

 四次元的なものだと思われていたそこには、確かに剣の柄のようなものがごろごろと収納されていた。


 心なしかその魔剣聖剣達も、新参者を威嚇しているように見える。


「きゅ、きゅふーんきゅふーん!」


 懐の入居者達を見、魔剣の奴が情けない声を上げる。

 まぁ運命の相手だと思っていた男がハーレムなんぞ築いていたのだ。

 責めるのは酷というものだろう。


「君、小さくなれる?」


 その様子に眉だけ困り顔をしたフユイチが、魔剣に尋ねる。

 すると魔剣の奴は元気に跳ね上がり、自らの刀身をしゅるしゅると縮ませていく。

 そうして短剣サイズになった魔剣は、体に生えている棘を足のように使ってフユイチの回りをぐるぐると回った。


「他に特技は? 今時衝撃波だけだと厳しいよ」


 しかしフユイチは、そんな可愛さには騙されない。

 ていうかよく見れば赤黒い体にズラリと牙が並んでいるのは変わらないのだから可愛くもない。


 奴が魔剣に手で止まれと指示すると、お座りポーズをした駄犬は刀身をぐにょりと捻る。


「……なんか無性に胃が痛む光景だな」


「あぁ……」


 無事地球で暮らしていたなら、俺達もあぁいう質問を浴びせられる側だっただろう。

 それを想い、少々遠くを見てしまう俺とシュージ。


「ええとフユイチ……」


「ワン!」


 なんかもうちょっと手助けしてやろうかと思い、俺が声を出しかけたところで魔剣が鳴いた。

 ワンてお前完全に犬ではないか。


 俺の内心でのつっこみはもちろん伝わることなく、立ち上がった魔剣は切っ先をクンクンと動かすと部屋の隅へと走っていく。

 自分の言語能力に不安を覚えるが、そうとしか表現できないのだからしょうがない。


 ともかく魔剣はそこで止まると、もう一度クンクンとやり床をてしてしと叩いた。


「ど、どういう意味なのでしょう?」


「まさか、ここ掘れワンワンではあるまいな」


 戸惑うティセリに、嫌ぁな顔をするシュージ。

 日本の童話など知るはずもないティセリが、「のです?」と首を傾げた。


 俺がフユイチに視線をやると、奴は頷いてそこまで歩いていく。

 そして懐から魔剣グラヌセイバーを取り出すと、犬型魔剣をどかし。


「せいっ!」


 と、遺跡の床を一瞬で切り刻んだ。


 はじけ飛ぶ瓦礫。その中にひときわ大きく、しかも光り輝く物体が混じっている。

 フユイチは空中でそいつだけを正確に掴むと、こちらへ戻ってきた。


「何だったんだ?」


 俺が尋ねると、奴は脇に抱えたそれを俺達へ晒す。

 それは黄金長方形の薄っぺらい板。石版ならぬ金版であった。石版の金版と言い換えても良い。


 そしてそこにはまたも、俺には読めない文字が書いてある。


「こ、これ、超々古代ミスガリア原語です!」


 同じように件の板を覗いたティセリが、ハニワのような顔になって声を上げる。


「察するに、さっきの石版より古い言葉?」


「はい! というか神様が最初に使われた言葉といわれる、全ての言語のルーツなのです!」


 俺が尋ねると、がらんどうだった彼女の瞳に星が灯り、キラキラと輝きだす。

 世界創造のような壮大さだ。


「つまりお宝な訳だな……ふむ、これはメッキではないな」


 そんなティセリの言葉を自分の興味ある部分だけざっくりと切り取ったシュージが、金版と俺の被った兜を交互に叩いて聞き比べる。


「やめんかい」


 耳の中でくわんくわんと鳴る音に抗議の声を上げる俺だが、シュージの奴は構わずティセリに尋ねた。


「読めるのか?」


「と、とんでもない!」


 奴の質問に、ティセリはパタパタと手を振る。

 シュージは大きくため息を吐いたが、先ほどユニコーン俺に咎められたのを思い出してかそれ以上何も言わない。


「解読は?」


「すごく、時間がかかると思うのです……」


 今度は俺が尋ねると、彼女は悔しそうに俯く。

 専門分野で役立てないのが歯がゆいのだろう。

 

「いや、まぁでも大発見な事には変わりないだろ」


 不用意な質問で、また彼女を落ち込ませてしまった。

 慌ててフォローしながら、お前もなんか言ってやってくれとフユイチに視線を送る俺。


 しかし奴は我関せずとばかりに、俺達ではなく魔犬もとい魔剣のほうを向いていた。


「なるほど、君は鼻が利くんだね」


 膝をついた奴は魔剣の切っ先、犬で言う喉の辺りを撫でて魔剣を労っている。

 先ほどのは本当に魔剣の力なのだろうか。

 ただ単に、あそこに誰かがモノを隠したのを見ていただけではないのだろうか。

 そもそも鼻などあの鋭利な先端には備わっていないではないか。


 だが、魔剣が柄の先にある飾り布を振って、フユイチの愛撫を享受している様を見ていると、そんな事は言えない雰囲気になってくる。

 そうしてしばらく蜜月を続けていたフユイチだが、やがて魔剣を正面から見て尋ねた。


「僕達の旅は過酷だ。途中で命を落とすかもしれない。それでも来るかい?」


「うぉん!」


 魔剣が吼える。

 おれも魔剣だ。そんなことは覚悟の上だ!

 そんな風に吼えているように、俺には聞こえた。


 フユイチの奴もそう受け取ったのだろうか。優しく微笑むと自らの胸元に手をかける。

 

「おいで。君の名前は魔剣タロだよ」


「ひゃん!」


 そうして奴が懐を開けると、魔剣タロは嬉しそうにそこへと飛び込んだ。

 普通なら心臓を一突きでジエンドのはずだが、特にそういったことは起こらず、フユイチが胸元を閉めてもそこが膨らんでいる様子も無い。


 やはり奴の懐はちょっとした異次元になっているようだ。


「そんな過酷な旅だったか?」


「タロって何だタロって」


 シュージと俺が別々につっこんだが、もちろんフユイチは聞いていない。


「さて、それじゃぁ帰ろうか」


 フユイチに音頭を取られ、俺達は帰路につくことにした。


 シュージは帰る途中も未練がましくその辺の岩をひっくり返したりしていたが、結局何も見つからず、俺達は遺跡の外へと帰還した。



 ◇◆◇◆◇



「くぅー、やっと外だ!」


 遺跡から出た俺は、空に向かって思い切り伸びをした。

 地下に数時間籠もりきりというのは、やはり精神的に堪える。


 フユイチの奴は一ヶ月ほど遺跡の中で過ごした事があるらしいが、よく正気を保っていられたものだ。


 しばらく道に迷っていたこともあり、既に日は落ちきり、夜空には星が光っていた。


「あ、あの」


 そんな風に俺が地上を満喫していると、不意にティセリが控えめな声を出した。

 一斉に彼女のほうを向く俺たち三人。


「報酬の、件なのですが……」


 その迫力に怯えたのか。おずおずと、肩を限界まですぼめながらティセリが切り出す。


「報酬?」


「え、あ、その、私の体を捧げる! という約束なのです……」


 フユイチが首を傾げると、彼女は慌ててそう答えた後、薮蛇だったのを察してか声を小さくする。

 もはや消え入りそうな様子である。


「あの、やっぱり私……!」


 だがしかし、ティセリはぐっと握り拳を作るとフユイチに何か申し出ようとする。


「……誰? そんなひどい約束したの」


「はぇ?」


 が、肝心の奴が首を傾げ、彼女のなけなしの勇気もぽっきりと折られた。


「お前だお前」


「結果的にはな」


 意地の悪い笑みを浮かべるシュージと、言葉を選びつつも賛同する俺。

 笑顔で周囲に勘違いをばら撒くこの男は、一度言葉の重みというものを思い知るべきだ。


「えー、どうしよう。ハルゾーもらう?」


「なんで俺に振る!? いや、良いからな!?」


 だが、矛先はあっさりとこちらに返され、俺のほうが狼狽する羽目になった。


「ふぇ、え、えっと……」


 もちろんティセリのほうも頬を赤らめ「ハルゾーさんになら私……なのです」とはならない。

 ……別に残念とかではないが、うん。

 

「じゃぁ、報酬はいらないよ。僕らも楽しめたしね」


 ティセリがふぇっとしている間に、勇者スマイルを浮かべたフユイチがそんな事を言って報酬を断る。


「そ、そんな訳には行かないのです!」


「それならその板を解読して、後で結果を俺たちに教えてくれ。それが報酬だ」


 彼女がどうしても報酬に拘るようなので、俺はそう重ねてチャラにしてもらうことにした。

 この金板に、もしかしたら帰る為のヒントが書いてあるかもしれないし。


「う……ううん」


 中々良い案だと思っていた俺だが、ティセリは俯いたまま中々返事をしない。

 どうしたのかと彼女の顔色を伺うと、ティセリは顔を上げ、そろそろと言葉を紡いだ。


「あの……私も皆さんと一緒に」


 だが、そのセリフも俺たちの表情を見て止まる。


「いえ、何でもないのです」


 そうして、ティセリは普通なら消化不良とも思えるような態度で前言を引っ込めた。


「そっか」


 全てを飲み込んだような笑顔で、フユイチが呟く。


 彼女がなんと言おうとしていたか、俺達はみんな察していた。

 しかし先は促さない。

 

 促しても、結局断る羽目になると理解していたからだ。

 

 ティセリも、それは分かっていたのだろう。

 しばらく黙っていた彼女だが、やがて笑顔を見せて言った。


「皆さんの旅が終わったら、是非私のところへ来て欲しいのです!」


「そうさせてもらうよ」


「無論だ」


「あぁ、楽しみにしてる」


 それには、俺達も即座にそう答える。

 例え聖都ガラムランで地球に帰る方法が見つかっても、その前にきっと彼女の元へは寄らせてもらおう。

 ついでに今回間接的に世話になった彼女のお爺さんの墓にお参りでも……。


「はい。お爺ちゃんと一緒に待ってるのです!」


 などと考えていた俺の前で、ティセリは笑顔で言い放つ。


「生きてたのかよ爺さん!」


 想定していた訪問プランが即座に崩れ、俺は驚愕の声を上げた。


「死んだとは言っていなかったな」


「過去形だったけどね」


 一方シュージとフユイチは、さほど驚いていない様子で口々にのたまう。


「い、生きてたらダメなのです?」


「いや生きてるのはめでたい! ただ、意表を突かれたって言うかなんというかだな!」


 ティセリが戸惑いながら尋ねてくるので、俺は慌ててそう返した。

 そんな俺の姿を見て、彼女はくすりと笑う。


「ふふ、それじゃぁ」


「あぁ、じゃぁな」


 こうして、俺達は彼女の元を去った。

 星空輝く夜の中、ティセリはずっと手を振っていた。



 ◇◆◇◆◇


 

 ティセリと別れた俺達は、再び男むさい三人旅へと戻った。


「なんだったら連れてきても良かったのだぞ」


 シュージの奴が、今更そんな事を抜かす。

 

「彼女を危険な目に遭わす訳にはいかないだろ」


 当たり前のことを確認させるな。

 一瞬考えた自分を恥じつつ、俺はシュージに答える。


「風呂だろうがトイレだろうが、お前が常に背負っていれば良かろう。ごく潰しが減ってこちらも万々歳だ」


「戦闘だろうが経済面だろうが、お前に頼ったことなんてねぇよ!」


 すると奴は更に阿呆な言い出したので、今度は叫んでそれを否定した。

 こいつはいつだって俺に構うことなく魔法をぶっ放すし、金持ちのくせに一銭だって奢ったことがない。


 風呂だろうがトイレだろうがに関して、ちょっと光景を想像したのは秘密だ。


 第一彼女には尊敬する爺さんもいるのだ。

 連れてくるわけにはいかないだろう。


「でも、町までには案内してもらっても良かったかもね」


 俺達のやり取りを微笑ましげに見守っていたフユイチが、もっと今更なことを言う。

 現在俺達の腰には、高く育った雑草たちがまとわりついており、もはや街道から遠く離れてしまったことは明白である。


「あ、あんな風に別れたのにそんなこと頼めねーよ!」


 お互い今は別の道を歩こう。

 みたいな締めをしたのに、今更「その道を見失ってました」などと言えるものか。


「妙なところでプライドの高い奴め……」


「まぁハルゾーらしいよね」


「お前らだって忘れてただろうが!」


 自分を棚上げして勝手なことを言う二人組に叫んで、俺はむぅと考え込んだ。

 確かにこのままでは、この辺をぐるぐる回ったまま一ヶ月が経ってしまう事だって有り得る。

 

 何か打開策は……。


「そういえばお前が拾った犬……じゃなかった魔剣、探し物が得意なんだよな?」


 そう考えて、ふと思いついた俺はフユイチに問いかけた。


「うん、だと思うよ」


 勇者様は頼りない返事をして、袂を開ける。

 するとその中から、びよんと赤黒い切っ先が飛び出した。


「心臓に悪いなそれ」


「ははっ、体の中から出てきてる訳じゃないし、心臓に影響はないよ」


 俺の呟きに、ズレた答えを返すフユイチ。

 どう返したもんかと俺が考えあぐねていると、待ってましたとばかりに切っ先を振る魔剣に奴は話しかけた。


「タロ、頼めるかな?」


「ワン!」


 声だけ聞くと完全に犬である。

 魔剣タロは威勢よく返事をすると、鼻もとい切っ先をクンクンと動かしてからズルリとフユイチの懐から抜け出す。


 奴を引っ張るようにして、魔剣タロは意気揚々と飛んでいった。


 世の中は役割分担。勇者だろうが魔王だろうが、役立たずな時は役立たずである。


「あ、おいそっち足場がねーぞ! おーい!」


 頼れる仲間を一匹得た俺達は、今日も旅を続けるのであった。

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