りんご虫食い事件
「この壁に使われているのはイルナ材。現代建築に用いられる素材より堅牢で、耐用年数も桁違いです。何より匂いが素敵なのですよね。これは目地材に埋め込まれたリヴァモバルと反応して醸しだされる匂いなのですが、この匂いに囲まれていると幸せな気分になってくるのです」
通路を歩きながら、ティセリがつらつらと説明する。
その表情は幸せそうな笑顔に溢れている。
見ているだけでこちらも幸せになってくるような表情だ。
……この講義が30分近く続いていなければ、の話だが。
「責任を取れよ」
げんなりとした表情でシュージが呟く。
「いや、責任って言われても……」
こんな楽しそうな少女を止めることなど、誰ができようか。
「それにしても先ほどの皆さんは凄かったのです。遺跡のガーディアンを一瞬で片付けてしまうなんて」
などと思っていると、あらぬ方向を見て語っていたティセリが、ふいにこちらの世界へと戻ってきて俺達に笑いかける。
「ふん、たいした相手ではなかったからな」
褒められたからか。それともようやく彼女の講釈が終わったことを安心してか。シュージが不遜な笑顔で答えた。
10分ほど前のことである。俺達はこの遺跡内で戦闘を行っていた。
だがしかし、そこにいた自律機械らしき門番は何もする間もなくフユイチに細切れにされ、シュージに塵一つ残らぬほどに分解されてしまった。
……俺が活躍しなかったから描写しなかったわけではない。
「いえいえ、あのガーディアンは七六七型狭所殲滅用といって、かつて花の勇者ヤーケルを苦しめその仲間達を葬った極悪なシロモノなのです。その時ヤーケルが叫んだカメェというセリフがまた感涙モノで……」
考える俺を他所に、ティセリはつらつらとそう説明する。
彼女から言わせれば、あれもそれなりの強敵だったらしい。
先ほどから思っていたが、やはりこの遺跡は俺達、もといフユイチ達の適正レベルではない気がする。
おそらくは彼女の話に出たような、他の勇者が潜って力をつけるべき場所なのだろう。
勇者といってもピンキリであり、この間危惧したように俺達の行動が全て神に予測されているわけではないことの証左だ。
「遺跡以外のことにも詳しいんだな」
少々ホッとしながら、俺はティセリを褒めた。
未だに説明を続ける彼女をストップする意味もある。
「これも遺跡のことなのです。少しでも関係あることは全て覚えろというのがお爺ちゃんの教えだったのです」
するとティセリは、誇らしげにそう語った。
偏りすぎて満遍なくなっている、素晴らしいとしか言えない教育である。
……本当に爺さんの事が好きなんだな。
ほっこりしている俺の横で、シュージが「これ以上調子に乗せるな」みたいな顔をしているがまぁ些事だ。
そうやって隊列もぐだぐだになりながらしばらく歩くと、やがて次の部屋が見えてきた。
広さは最初の部屋と同じほど。
中央に一段高い台があるのも同じだ。
手抜き甚だしい。
違うのは一つ。台の上にはカマボコのような蓋がついた木箱が置いてあることだ。
「オー、ナイズタカラバコー!」
「学習せんのかお前は!?」
前とまったく同じ事を繰り返すシュージの首根っこを慌てて掴み、俺は奴を諌めた。
こんなボケ老人一歩手前の奴が国など治めて良いのだろうか。
「宝箱だぞ。テンションが上がっても仕方あるまい」
「気持ちはすごく分かるよ」
謎の理論を展開し、自ら頷くシュージ。
そしてそれに同調するフユイチ。
心なしかこいつもウキウキしているように見える。
「分かります。良いですよねコムド調蝶番開閉式宝箱! この木目と金具の色合いが……」
ティセリのほうは、若干ズレたポイントでやはり興奮している。
「いや、宝箱かどうかは分からないだろ」
暴走する魔王と勇者と遺跡娘に理性を取り戻させるべく、俺は奴らを宥めんとした。
「あの形は間違いなく宝箱だ!」
が、あのフォルムがシュージの中に眠る何かを刺激するらしく、奴は興奮した様子で俺の手を振り切る。
「ちょ、ちょっと待て! 宝箱だとしたら余計まずいだろ!」
宝箱なんて物は、迷宮において罠が仕掛けられていること間違いなしの代物である。
少なくとも、俺はTRPGでこいつらのシナリオにそう教えられた。
「分かっている。要するに罠を安全に処理すればいいのだろう?」
尚も止めようとする俺に、ニヤリと笑ってシュージが返す。
物凄く不安だが、しかしこの男も一国の王。無謀なことは繰り返すまい。
いやでも本当に大丈夫か? 相手はシュージだぞ?
「と、言うわけで」
俺が悩んでいる内に、シュージの奴が体の前で両手を回しだす。
それと共に、奴の前に何やら破壊的な魔力の渦が集っていく。
「やっぱ待て!」
「はーーーー!!」
慌てて止めるがもう遅い。
シュージの手からナントカ波が放たれ、宝箱に直撃した。
トラックが正面衝突したような轟音がして、視界が一瞬光に包まれる。
それが治まった時、そこには黒焦げの宝箱があった。
「お、お前なぁ……」
抗議しようとした俺だが、その直後、バン! という音と共にもう一度宝箱が爆発。
「うぉう!」
どうやら、宝箱自体にも爆発するような罠が仕掛けられていたらしい。
それがおさまったとき、そこには哀れにもぱっくりと口を開け、煙を吐いている宝箱があった。
「はっはっは! 罠が仕掛けられているならぶち壊してしまえば良い! これぞ俺様の知恵だ!」
「結局力技じゃねーか!」
「何を言う。これは男鑑定という正しい解除法だ」
つっ込むものの、奴は譲らず胸を張る。
こういう悪びれないところは王の器だと賞賛できるな……。
「あぁ! コムド調蝶番開閉式宝箱が!」
無残な姿になった宝箱を見て、ティセリが悲鳴を上げる。
よくそんな名称一息で言えるものだ。
「ふん、大事なのは外見ではない。中身だ」
聞こえの良い言葉を嘯きつつ、シュージは腕を組んだ。
そんなシュージ達をよそに、フユイチが宝箱へと近寄る。
「うわ……」
そうして、奴にしては珍しい声を上げた。
「黒焦げになったマンイーターでも入っていたか」
自らの正当性をまるで疑わないシュージが尋ねる。
が、それに対しフユイチは首を左右に振ると、「よっこらせ」と宝箱を持ち上げる。
バキン! という音がしたところから察するに、固定してあった金具までぶっちぎったらしい。
まぁそれは置いといて、奴は宝箱の中身をこちらに開いて見せる。
「シュージ。中身は薬と巻物だったみたいだよ」
宝箱の中身――パリンパリンになったフラスコの欠片と、びしゃびしゃに零れた液体で読めなくなった紙巻を見せながら、フユイチが困り眉で笑う。
シュージの唇が、ぴくりと引き攣った。
「お前、これから宝箱に触るの禁止」
そんな言葉を奴に投げ、俺達はまた先へと進んだ。
◇◆◇◆◇
どれほど進んだだろうか。
遺跡に浮かれていたティセリの顔にも疲れが見え始めたその時である。
「あ、あれ……」
先頭を歩くフユイチが、前方を指差し声を上げた。
釣られて俺達がそちらを見ると、そこにあったのは黄金に輝く強大な門、そして、そこに嵌め込まれた石板だった。
「いよいよボス部屋……といった雰囲気だな」
不敵な笑みを浮かべたシュージが、指をペキポキと鳴らす。
「吹っ飛ばすなよその扉! 崩落とか洒落になんないかんな!」
その様子を見てビビった俺は、奴に忠告をした。
「分かっとるわ。どうせこの石版の謎を解いて扉を開けるとかいう展開だろう。見せてみろ」
心なしか。多分俺が奴に対し偏見を持っているからだろうが、シュージは残念そうな顔をし、フユイチを押しのけると扉の前に立つ。
「うむ? うーむむむ」
しかし奴は石板の文字を見ると突如唸り声を発し、そのまま固まってしまった。
「なんだよ。また視力が落ちたか?」
遠見の呪文にばかりに頼っているからそうなるのだ。
からかいながら俺もその石版へ近づいて内容を読もうとしたのだが……これが読めない。
本来ならば俺達は、この異世界の文字を特別な勉強無しで読むことが出来る。
読むというより、象形文字に似た異世界の文字を見ると、その意味が頭の中に浮かぶというのが正しいか、
だが、この文字に関してはどう目を凝らしても、その意味が頭の中に入ってこないのだ。
「読めるか?」
押しのけられたままのフユイチに尋ねるも、奴も首を横に振る。
なんだろう。ティセリの言葉と同じくここでも翻訳ミスが適用されているというのだろうか。
「わぁ、これは超古代ミスガリア真語なのですね」
俺達が唸っていると、背後にいたティセリが嬉しそうにそう言った。
「えーと、普通に読めるもの?」
「古代の遺跡で使われているものが古代ミスガリア語。更に古い物が超古代ミスガリア語。更にその原型となったのが超古代ミスガリア真語なので、読める人は中々いないのです……」
期待して尋ねると、彼女は指遊びをしながらそんな解説をした。
「ええい。貴様は読めるのか!?」
短気なシュージが声を荒げてティセリに詰め寄る。
にょきり。
乙女のピンチに反応して、兜の下でユニコーンが疼いた。
人のピンチには反応しないくせに何とも極端な駄馬だ。
どうどうと心の中で呟くと、角は徐々に引っ込んでいく。
「脅かすな。突き刺すぞ」
ていうかそもそもこいつが悪い。
女子を無闇に脅すシュージを、俺はこらと叱った。
「ぐぬ……」
俺の兜がひとりでにくわんくわんと揺れているのを見、あまりの不気味さからかシュージは矛を収める。
奴の勢いが治まったのを確認すると、俺の角も完全に頭の中に収まった。
「わ、私も超古代ミスガリア語までしか……でも、使っている単語はある程度一緒ですから、時間をいただければ解読できるかも……なのです」
シュージと同じく俺の頭の動きを丸い目で見ていたティセリだが、少々して落ち着いたのか、まだビクビクはしていたがゆっくりとそう語った。
「そっか。それじゃぁ頼んだよ」
フユイチが笑顔で彼女に託す。
「は、はい!」
気をつけの姿勢で返事をしたティセリが、がっぷりよつと石版に向き合った。
やることがなくなった俺達は、誰からともなく壁際に寄って、ずるりと腰を下ろす。
「こうなると俺達ボンクラの集まりだな」
「何故お前が誇らしげなのだ」
笑みを浮かべる俺を、シュージがやぶ睨みする。
「ふっふっふ、勇者でも魔王でも解決できない事があるということさ」
それに対し、俺は余裕の笑みを奴に返した。
こうなれば魔王も勇者もない。俺がいつも味わっている所在無さを自分達も味わえば良いのだ。
「それは当たり前だよ」
そんな事を考えている俺に対し、フユイチはあっさりとそう返した。
なんだ。こいつもそんな気分になることがあるのか。
「僕に出来ないことなんて沢山ある。僕にできるのは、魔王を倒すことぐらいさ」
などと思っていると、奴は真顔でそんな事を言い放つ。
……どこまでも傲慢な奴である。
「協力して潜る。これが迷宮探索の醍醐味だよね」
「それは何もしてない俺と被害だけデカくしてるこいつへの嫌みか」
その上のほほんとフユイチがおっしゃるので、俺は自分とシュージを順番に指さし抗議した。
「お前が役立たずなのは認めるが俺を巻き込むな」
何やらシュージが俺に対しても抗議しているが、そんなもんの一切はまるっと無視である。
「……崩壊、永遠に死……凶暴?」
俺たちがそんな阿呆な会話を続けている間にも、ティセリは黙々と石板を解読している。
彼女が時折漏らす単語は、妙に剣呑なものばかりだ。
大丈夫なのだろうか。解読が終わった途端『この石版を読んだ人は三日後に死にます』なんて文章が完成したりはしないだろうか。
「分かったのです!」
俺が勝手な心配をしていると、やがてティセリがそう叫んでこちらを見た。
手早いものだ。
伊達で遺跡好きを自称していたわけではないのは先ほどからの講釈で分かっていたが、翻訳なんて作業をこんなにすぐこなしてしまうとは。
……俺なんて古文すらまともに読めなかったのに。
なんて考えながら俺達が石版の元へ再び集うと、彼女はどこからか指し棒のような物を取り出し解説を始めた。
「まず、この石版に傷をつけると迷宮が崩壊する仕組みだそうです」
告げられた俺とフユイチは、二人してシュージを見る。
「危なかったね」
「誰かさんのせいで生き埋めになるところだったな」
「その時はお前らを巨大モグラに変身させて地上まで掘らせるから平気だ」
が、当の本人はまるで反省した様子も無くふんぞり返る。
「あ、それなら僕は鼻にドリルついてるやつがいいな」
「両手につけて俺の分まで掘ってくれ。……で、この扉を開けるにはどうすれば良いんだ」
フユイチまでそれに乗っておかしな事を言い出したので、アホは放っておくことにした俺はティセリに尋ねた。
「はい。この石版の問いに正しい解答をすれば良いみたいなのです」
律儀に俺達のやり取りを見守っていたティセリだが、やはり話したくてうずうずしていたのか促されると嬉しそうにそう答えた。
「リドルって奴だね」
こちらも嬉しそうに、フユイチが頷く。
リドルとはつまり、体力だけで何事もを切り抜けようとする不届き物を、知恵試しという罠で拘束する仕掛けである。
内容は言葉遊びからパズルまで様々であり、フユイチがGMを務めるTRPG内でもたまに登場しては俺とシュージを進行不能に陥らせていた。
「それで、その石板にはなんと書いてあるのだ」
同じ事を思い出したのか。苦い顔でシュージが尋ねる。
するとティセリは、こほんと咳払いをして朗読を始めた。
「問い。ここに6つのりんごがあります。ロッテちゃんはこの中の一つを食べたいと思いました」
「可愛い問題だね」
「算数かよ」
「女神ティンダロットが自分でロッテちゃんと名乗ってる訳ではあるまいな」
「あ、あの……」
途端に俺ら三人がかりで突っ込まれるハメになり、ティセリは困惑の声を出す。
「ごめん、続けてくれ」
これは俺たちの性分みたいな物なのだ。
彼女に謝って、続きを促す。
「ロッテちゃんのお友達の森の賢者が言います。左端のりんごはトムくんの物です。右端のりんごは実がスカスカです」
すると、ティセリが問題の続きを話しだした。
「太陽の賢者が言います。左から二番目のりんごは痛んでいます。右から四番目のりんごはサラちゃんの物です」
いきなり賢者とやらが出てきて面食らう。しかも一人じゃない。
「大地の賢者が言います。左から三番目のりんごは腐っています。右から三番目のりんごは大きな傷が付いています」
森の賢者と大地の賢者って被ってないだろうか。いろいろとつっこみを入れたい俺の隣では、シュージも似たような顔をしている。
「海の賢者が言います。左端のりんごが食べられそうです。右から二番目のりんごは沢山の虫にかじられています」
怖ぇーよ。なんだよ沢山の虫が沸いてるりんごって。早く捨てろよ。
「さて、ロッテちゃんはどの林檎を選べばいいでしょう」
俺がさまざまな発言を我慢しながら見守っていると、ようやくティセリの朗読が終わった。
「……自分で手にとって調べればいいだろう」
もはや面倒くさくなったのか。シュージがそれだけぼそりとつっこむ。
「何かの例え話じゃないのかな?」
勇者フユイチは偉いので、こんな話を考える奴のフォローを真面目に行う。
「こういうの苦手だ」
その無駄な例えとやらのせいで、余計に苦手意識が高まる。
しかも出題者が俺たちをこの世界に呼んだと目される例の女神だとしたら、倍率ドンだ。
「小卒には難しい問題だな」
「うるせぇ小卒」
まぁしたり顔のシュージの中傷には言い返しておく。
この世界でお前とフユイチだけには、学歴のことをとやかく言われたくない。
「まぁまぁ。とりあえず表にしてみようよ」
同じく小卒のフユイチが俺たちを宥め、リドル回答に積極的な姿勢を見せる。
「あ、チョークをどうぞなのです」
ティセリが指し棒の先からチョークを外すとフユイチに手渡した。
「ありがとう」
奴は笑顔でそれを受け取って、床に数字を書いていく。
「一番左端が1で右端が6としよう。えーと、右から四番目ってことは左から三番目と一緒だね」
「となるとサラちゃん腐ったの掴まされてるな」
「ふと思ったのだが、このりんごというのは世界自体を指しているのではないか? 俺たちが元居た世界とこの世界の他に4つ世界があり、既に神がいる世界は得られないという……」
「元居た世界が腐ってるとか虫食いとか嫌だっての」
「皆さん高次元なお話をしているのです……」
「気のせい」
などと言っている内に、表がまとまった。
結果は一番左のりんごを1としてこうなる。
1、トムのもの 食べられそう
2、痛んでいる
3、サラのもの 腐っている
4、傷ついている
5、沢山の虫にかじられている
6、スカスカ
「……こうなるとマシなのはトムの物だけだな。欲しければ奪い取れと言う訓辞か。俺好みだ」
結果を見たシュージが、腕を組み不敵に笑う。
「いやいやトムにめっちゃ怒られるだろ。こいつすげぇマッチョだったらどうすんだよ」
お前がさっき例えたりんご世界説がマジだったら、異世界戦争に発展してしまうではないか。
んなぶっそうなことを奨励されても困る。
「その時は黙って食ってサラのせいにしてしまえ」
「これ以上サラをかわいそうな目にあわすなよ!?」
ついには発想が三大異世界大戦にまで飛躍しだしたので、俺はその引き金を慌てて止めた。
今日ほどこいつを魔王だと思った日はない。
「虫に食べられてるってことは良いリンゴじゃない?」
「いや沢山食われてるのはダメだろ……良いりんごだったとしても過去形だろ」
こちらはこちらでボケた事を言うフユイチ。
「私は、虫に食べられてるりんごだと思うのです」
だが、なんとティセリがそんな勇者の意見を支持する。
大航海時代には蛆入りクッキーがご馳走だったというが、異世界人も同じなのだろうか。
「ち、違うのです! 虫入りが良いんじゃなくて、ちゃんと理由があるのです!」
異世界人の感性に俺が絶望の目で彼女を見ると、ティセリは慌ててそれを否定した。
それから佇まいを直して呟く。
「……海の賢者は嘘つきなのです」
「は?」
「詐欺にでも遭ったのか」
彼女の言葉を、俺たちは正確に理解できない。
シュージが言うように、リアル海の賢者に騙されでもしたのだろうか。
「違うのです! もっかい違うのです!」
いぶかしむ俺たちを前に、ティセリはもう一度二度ぶるぶると首を振ると、俯いて語り出した。
「これより少し後の資料になるのですが、4賢者は様々な神話にたびたび登場するのです。でも海の賢者は決まって嘘つきとして描写されるのです」
「いやいや嘘つきの賢者って」
ツッコミを入れるが、ティセリの表情は真剣そのものである。
「つまりこれはリドルじゃなくて、海の賢者が嘘つきだっていうことを知ってるか試す問題だってティセリは言いたいんだね?」
顔を見合わせる俺とシュージの代わりに、フユイチが彼女に尋ねる。
改めて問われるとやはり不安になるのか、ティセリは少々顔を曇らせながら頷いた。
「何したんだよ海の賢者……」
「それは、分からないのです……」
散々ディスられた上、「こいつが嘘つきだって事は知ってるね?」とばかりの問題を作られるとは恐ろしいまでに好感度の低い輩である海の賢者。
こうなると、もはや賢者と呼ばれていることさえ褒め殺しのいじめに思えてくる。
「そうなったら、確かに答えは虫食いっぽいな」
いろいろ納得いかないながらも、他の答えも浮かばず俺はそう呟いた。
虫食いの奴だって無事な保証はないが、戦争が起こるような物よりはマシなはずだ。
「美しくないな。盤外の常識が必要な答えなど」
釈然としないのはシュージも同じなようで、奴は憮然と呟く。
そうだよなぁ。そんな当時の流行ネタみたいなもので問題を作られても困る。
珍しくシュージに同意する俺だが、ふと思いついて奴に尋ねた。
「……お前がさっき吹っ飛ばした宝箱の中に、ヒントがあったんじゃねぇの?」
確かあの中には、薬瓶と巻物が収められていた。
あれに件の海の賢者に関する挿話が書かれていたなら、そこまで唐突な問題でもないはずだ。
「憶測で語っても仕方が無かろう。とにかくそれで解答してみろ」
が、俺の疑問にシュージの奴は露骨に目を逸らすと、その視線の先にいたティセリを促した。
「い、良いんですか?」
自分で言いだしておきながら、ティセリはびっくりしてこちらに聞き返す。
「失敗したらドリルモグラが誕生するだけだ」
「それも楽しみだけどね」
地球であればマントル近くまで埋められても自力で戻ってこられるようなシュージとフユイチは気楽なものである。
「爺さんに教わった知識だろ? きっと大丈夫さ」
こうなると、俺ばかりがビビっているわけにも行くまい。
こういう余計な強がりが貧乏くじを引く原因だよなぁと自分を省みつつも、俺はティセリに笑いかけた。
「は、はい。皆さん、ありがとうなのです」
すると、覚悟を決めた様子のティセリは目を潤ませ俺たちに礼を言う。
それから彼女は石版に向かい合い、石版の下部へと震える人差し指を伸ばした。
先ほどまではただの装飾だと思っていたが、そこには6つのりんごを象ったレリーフが施されており、微妙な凹凸がついている。
そしてティセリは、その中の右から二番目をそっと押した。
ごとり。ごごごご。
りんごのレリーフが引っ込み、扉が揺れ始める。
シュージが呪文の準備をし、フユイチが土掘るモグラのポーズを取る。
俺はといえばティセリを庇うように立ち、成り行きを見守っていた。
そんな中、隙間から苔を払い落としながら重厚な扉がゆっくりと開いていく。
「正解だったようだな」
魔法を中断し、はっと息を吐いたシュージが不遜に呟く。
「やっぱり海の賢者は嘘つき扱いなんだね」
心なしいつもの笑顔に残念さをプラスしながら、フユイチも奇妙な踊りをやめる。
「はぁぁぁ……いつか海の賢者に関しても調べてみたいのです」
生き埋めにならなかったことに胸をなで下ろしながら、ティセリの気持ちは次の研究へと向いているようだった。
「とにかく助かった。ありがとうな」
娘さん良い研究者になるよ。
ちょっと感動しながら、俺は彼女に礼を言った。
「い、いえ、皆さんのお役に立てたのなら、嬉しいのです!」
それに対し、ティセリはぎく、しゃく、といった感じで返事をする。
やはり彼女は、あまり誉められ慣れていないようだ。
もっと自分を誇っても良いと思うのだが……。
「行くぞ」
俺がそんな風に考えている間に、シュージはさっさと先へ進んでしまう。
「あ、おい一人で入るな!」
それを追って、俺たちも部屋の中へと入ったのであった。




