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誰かに選ばれし伝説の勇者

 五年半前。中二の夏ごろの話である。


「うぉーい。副会長ー」


 俺が後ろから声をかけると、副会長様は困り顔スマイルでそれに応える。


「もう、その呼び方やめてよ」


 相手はこの度無事に生徒会副会長へと就任した天城冬一だ。


「良いだろ事実なんだから」


 奴に追いつくと、俺はその横を歩きながら冷やかしてやる。


 うちの高校での選挙は、6月というやや中途半端な時期に行われる。

 で、それに対してクラスメイトと教師の両方から推薦され、特に対立候補もいないまま副会長に就任してしまったのがこの冬一という男だった。


「俺のことは次期会長と呼んでも良いぞ」


「うるせぇ会計」


 反対側を歩いている男が尊大に言い放つので、俺はそれを適当に流す。

 これが生徒会長に立候補しようとするもクラスメイトと教師の両方から諭され、結局会計というポジションに落ち着いた地雨秋二という哀れな男である。


 来年もどうせ冬一が会長でこいつは副会長になるだけだ。


「春三も一緒にやってくれれば良かったのに」


 俺が内心でほぼ確実な未来予測を立てていると、冬一の奴がぽつりとそう漏らす。


「帰ったらちびどもの面倒見ないとなんないから無理」


 それに対し、俺はそっけなくそう答えた。

 俺には帰って弟妹の世話をするという仕事があるのだ。

 それを理由に部活だってしていないのだから、生徒会活動なんぞしてはいられない。


「……また増えるらしいな」


「そうなんだよ。一昨年は増えなかったから油断してたのに」


 呆れた目でこちらを見てくる秋二に、ため息を吐きながら答える。

 俺が増やしてるわけではないのだから、そんな目で見られても困るところだ。


「でも、生徒会って言ってもそんなに難しい仕事はないよ」


 うちの親は何を目指しているのだろうと俺が不安になっていると、珍しく冬一の奴が食い下がってきた。


 秋二が所属していることを考えると悪の組織にしか見えない生徒会だが、実際には先生が組んだ行事や予算の書類を作ったりする地味な仕事らしい。

 らしいのだが……。 


「じゃぁその手に抱えた書類はなんだよ」


 何故か冬一の手には、積み上げられた大量のノートが抱えられていた。


「これは個人的に頼まれた分」


 俺のつっこみに、若干気まずそうな表情で冬一はそう答える。


 個人的な頼みで、何故ノートが積みあがるのだろう。

 複数人に頼まれたのなら少しは選別するべきだし、個人に頼まれてこうなるならお前は今すぐそいつを張っ倒すべきだ。


「……て言うかお前、お前そういうのは断れよ」


「そう思うんだけど、断りきれないんだよね」


 副会長もやっているのにそんなもんまで引き受けていたら身が持つまい。

 忠告してやるも、春三は眉根を寄せて笑うばかりだ。


「春三が生徒会に入ってくれれば、春三会長と僕ら副会長でバランスが取れるのに」


 しかも、脈絡無くそんな呟きまで漏らす。


「勝手に人を祭り上げるな!」


「何故俺がこいつの下なのだ」


「いやぁ、僕矢面に立つのって苦手なんだよね」


 更には俺達が矢継ぎ早に抗議するも、のほほんと受け流す。


「だから俺が会長で良いだろう。何故こいつが会長なのだ」


「つうか役職増やすなよ!」


 なんでこいつは他人の頼みは断れないくせに、俺達の話はまるで聞かないのか。

 今回はそんな、色々溜め込む男と役割分担に関してのお話である。



 ◇◆◇◆◇



「ぐぬ、まだ、着かんのか」


 生い茂った草をなぎ倒しながら、シュージが呟く。

 

「こっちが近道だっつったのお前だろうが」


 俺もまた目の前にぶら下がった蔓を除けながら、奴に言い返した。


「まぁまぁ。きっともうすぐ街道に出るよ」


 一方生えた草が避けているのではと思うような軽快な足取りで歩くフユイチが、ニコニコとそんな事をのたまう。


「根拠の無い慰めはやめろ!」


 叫ぶシュージにげんなりとなって、俺はため息を吐いた。


 事の起こりは一時間ほど前、珍しく地図を眺めていたシュージが「ここを突っ切ったほうが早いはずだ。

 などと言い出したことに起因する。


「こうなれば、いっそこの森をまっすぐ焼き払って……」


「人が直線にいる時に物騒な事言うな!」


 いい加減シュージの精神と、それを抑える俺の忍耐が限界を迎えかけている。

 そんな時だった。


「なんだろ、あれ」

 

 遠くにある異物に真っ先に気づくのは、いつでもフユイチの役割だ。

 今回も奴に言われた方向に俺達が目を向けると、そこには巨大な扉があった。


 描写を忘れていたかもしれないからもう一度言っておこう。

 俺達が今いるのは、うっそうと茂った森の中だ。

 しかも、おそらく街道を外れ獣道の真ん中にいる。


 そんな場所に、見上げるほど大きな黄金の扉があった。

 ……どう考えても不自然だ。


 ついでに、遠目にその扉の巨大さが分かるのは、扉の前に一人の少女が立っているからだった。


「ちょうど良い。あの女に道を尋ねるぞ」


 パン、ツー、マル、ミエの詠唱で遠見の呪文を発動したシュージが、意気揚々と俺を追い抜く。


「いや扉は無視かよ」


 とはいえ、渡りに船だと感じたのは俺も同じだ。

 我ながら少々浮かれた歩調で、俺もその後を追う。

 そして――。


「これでもダメ……じゃぁ、これなら……!」


 早足で辿りついた少女の背中は、扉を弄りながら何やらぶつぶつと呟いていた。

 俺達に気づく様子も無い。


「えーと、すみませ……」


「よしなのです!」


 俺が声をかけようとした途端、彼女はいきなりその場からダッシュした。

 何事かと彼女が弄っていた扉の方を見ると、そこには導火線のついた筒がくくりつけられている。

 

「なっ!?」


「爆弾!?」


 あまりに唐突な出来事に、体が硬直してしまう俺とシュージ。


「失礼」


 そんな俺達の腰をまとめて薙ぐように、背後から光の刃が通過する。


「「ぎゃー!」」


 光は導火線を切り取ったが、俺達の体には傷一つつけていない。

 お互いに真っ二つになっていないことを確かめて背後を向くと、そこには光の刃を振りぬいて息を吐くフユイチの姿があった。


 グラヌセイバー。斬りたいものは何でも斬り、そうでないものには傷一つつけないと言う、フユイチの愛刀である。


「し、心臓に悪いことをするな!」


 とはいえもちろん、刃を通された方は気が気でない。


「ごめんね。緊急事態だったから」


 俺の想いをも載せたシュージの抗議に、フユイチはいっぺんの悪気もなさそうな笑顔で答える。

 それから奴は、木の陰からこちらを窺っている少女へと顔を向けた。


「いけませんよ。森で発破なんてしちゃ。生態系が乱れてしまいますから」


 やはりこいつは、俺達の心配なんて微塵もしていない……。


 森の動物達への配慮に溢れた優しいセリフが効いたのか。

 少女のほうはとてとてとこちらへ寄ってくる。


 眉を八の字に曲げた、気弱そうな少女だ。

 長く伸びた髪と夏にしては厚着の服は野暮ったいが、顔立ち自体は整っており厚着の上からでも分かるほど体には凹凸がある。

 

 また爆破されるのではないか。

 俺とシュージがぎょっと身を引く中、彼女はぺこりと俺達に頭を下げた。


「ご、ごめんなさいなのです。私、どうしてもこの扉を開きたくて……」


「扉って……」


 言われ、俺は改めて件の扉とやらを見た。

 黄金色に輝き、細かい装飾が為されており、岩が積み重なり出来た小山に当たり前のように据え付けられている。

 周囲は苔むしているというのに、そいつはまるでうちのフユイチのように、空気を読まずピカピカと輝いていた。


「見るからに怪しい、な!」


 そんな見るからに怪しい物体を、シュージの奴が躊躇せず開けようとする。

 が、押しても引いても黄金の扉はびくともしないようだった。


「おのれ! こうなれば山ごと吹っ飛ばしてやる!」


 即座に癇癪を起こしたシュージが、自らのわき腹辺りに両手をやり魔力を練り始める。


「さっきもやったろそれ!」


「ダ、ダメなのです。その扉は、伝説の勇者様にしか開けられないのです」


 それを慌てて止める俺。

 爆弾魔の少女もまた、自らのやったことを忘れてそんな事を叫んだ。


 ぴたり。

 その言葉でシュージの動きが止まり、手の中にあった魔力が霧散する。


「伝説の……」


「勇者……」


 俺とシュージの視線が、のほほんと俺達のやり取りを眺めていたフユイチに向く。


「僕?」


 相変わらずとぼけた表情で、フユイチは自らを指差す。


「「おう」」


 俺達が同時に頷くと、首を傾げたフユイチはシュージと入れ替わって扉の前へ立つ。

 そして、そいつを軽く押した。

 すると――。


 ゴゴゴゴゴ。いやに重苦しい音と共に、扉が開いていく。

 現れたのは、かびの臭いを振りまく苔むした階段だ。


「え? え……?」


 待望だっただろうに、目の前の光景が衝撃的過ぎたせいか少女は目を丸めたまま動けないでいる。


「あ、開いたね」


 自らが起こした現象にも関わらず、フユイチのほうは平素と大して変わらない。


「本当に開くとはな……」


 呆れ顔のシュージ。

 やらせておいてひどい反応だとは思うが、俺も同じ気持ちなのでなんとも言えない。


「たまにあるんだよね。皆が開かないっていう扉が開いたり、抜けないっていう剣が抜けたりすること」


「……今度ジャムの蓋が開かないときは、お前に任すわ」


 なんとかの勇者様用みたいなギミックは、大体こいつ一人で間に合うのだろう。

 当たり前のようにフユイチ様がおっしゃるので、俺は色々諦めて投げた。


「で、これは何なのだ?」


 俺と同じ境地に至ったらしいシュージが、硬直したままの少女に尋ねる。


「あ、ええとそれは、女神ティンダロッドが遺したと言われる古代の遺跡なのです。私は古文書を解読して、この場所を見つけたなのですが……」


 すると彼女はようやく電源が入ったようで、であわあわと説明しだした。


 一部に言葉の乱れがあるのは、混乱のせいか。

 普段あまり意識はしていないが彼女らが日本語を喋っているはずもないので、翻訳機能的なものがバグっているだけなのかもしれない。


「なるほど。面白そうだ。入ってみるか」


 俺がぼんやりと考えていると、シュージの奴がにやりと口を歪めてそんな事を言い出した。


「こんな所で油売ってる暇無いだろ。俺達の目的覚えてるか?」


 ただでさえ色んな事件に巻き込まれ、日程が遅れ気味なのである。

 俺が半眼を向けると、シュージの奴は邪悪な笑みを崩さず言葉を返した。


「お前の目的は地球に帰るための方法探しだろう。神の残した遺跡ならば、それに関する情報も得られるかも知れんぞ」


「それは、まぁ……」


 その理屈には確かに惹かれるものがあり、俺は口篭った。

 おそらく今まで誰も入ったことがない場所だ。未知の情報だって眠っている可能性がある。


「僕たちも入って良いのかな?」


 俺が惑っていると、フユイチの奴がピクニックのような気軽さで少女に尋ねる。


「あ、はい。そうしていただけるなら助かるなのですが……でも危険なのですよ」


 少女も不安に思ったのか。上目遣いの奇妙な口調でフユイチに問いかけ返した。


「それじゃぁ尚更同行しないとね。行こう」


 するとフユイチの奴は、さらりイケメンセリフを吐いて階段を下りていってしまった。


「あ、ま、待ってください」


 勇者スマイルに一瞬ぽぉっとなった少女が、慌てて奴の後を追う。


 二人が降りた後、俺とシュージは示し合わせたように、開いた扉の取っ手を掴む。

 引いてみるが、やはりびくともしない。


 伝説の勇者とやらに憧れているわけではないが……何か納得いかない。

 もう片方の扉に手をかけたシュージも、俺と同じような表情をしていた。


「行くか」


「おう……」


 何か釈然としない気持ちを抱えたまま、俺達はフユイチたちの後に続いたのであった。

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