表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
10/15

お騒がせタイム

結論から言うと、俺の悪い予感はもちろん的中した。


「商人の手下が、勝手に鉱山へ入ったらしい!」

 

 酒場でのんびりと朝食を摂っていた俺たちに、そんなニュースがもたらされる。

 前回はチンピラの暴走だったが、今回は間違いなくシュージの計画的暴走だろう。

 俺たちにはその予想がついていた。


「わ、私が様子を見てくる! 皆はそこにいてくれ!」


 鉱山の前に集合した村民達。

 動転した様子の村長が、そんな無茶を言い出す。

 村民に宝の存在を知られるわけにはいかないのだろう。


「あの黒ずくめの陰険そうな男は、無辜の村人にであろうと容赦はしません。僕も行きましょう」


 アルカイックスマイル勇者が、にこやかに風評被害を撒き散らしながら村長へ同行を申し出る。


「そ、そうですか……。分かりましたお願いします」


 部外者などもちろん鉱山の中に入れたくはないだろう。

 しかしシュージの恐ろしい魔法のことは聞いているのか、村長はフユイチの同行を許した。


「それじゃぁ急ぎましょう!」


 二人が連れ立って鉱山の中に入り、後には心配そうな様子の鉱山夫やら老人やらが残される。


 ――と言うわけで、とんとん拍子のあっという間に俺は騒動から蚊帳の外となった。


「一緒に行かないの?」


 同じく蚊帳の外のミスカが俺に尋ねる。


「俺はいいの」


 ガヤの集団から抜け出した俺は、彼女に答えた。

 昨日あられもない姿を見てしまったせいで、顔を合わせるのが妙に恥ずかしい。


「んー」


 しかしそんな俺とは対照的に、ミスカは俺の側面へと回り込むとこちらの顔をじっと見つめてくる。


「な、何か?」


「何か引っかかるのよねぇ」


 尋ねると、彼女はあいまいな答え方をして首を傾げた。

 ……もしや、昨日の馬が俺だと気づきかけているのだろうか。

 いや、俺はあんな馬面とは程遠いはずだ。

 セーフセーフ。


 ともかく俺はミスカが何かに気づいてしまわない内に、適当な切り株を見つけ腰を下ろすと、お腰につけた袋からある物を取り出した。


 手のひらから少しこぼれるサイズの水晶玉。これは昨日の夜、シュージから受け取ったものだ。


「あー、あー、シュージサマカッコイー」


 屈辱的な呪文をできるだけ機械的に唱えると、水晶が煌いて男の尻を映し出す。


「何これ」


「特等席だと」


 俺の肩越しに水晶を覗き込み、その景色に顔をしかめるミスカ。

 確かにこれでは特等席と言い難い。


 俺は水晶玉に軽く指を当て、表面をなぞる様に下へと動かした。

 すると視点が上へと動き、男の後頭部を映し出す。


 レトロな見た目のくせにタッチ操作とは。やはりあいつの趣味は分からん。


「パパ……?」


 ともかく視点の変わった映像を見て、ミスカが呟く。


 そう、そこに映っていたのは彼女のパパ――先ほど洞窟に入った村長だったのだ。

 薄くなった後頭部が、それを示している。

 俺が水晶を操作すると、隣を歩くフユイチの姿も確認できた。

 

 しばし無言で歩く二人。

 やがて村長が、腰ほどの高さにあるしめ縄を苦労してまたぐ。

 その縄のほうに視点を移してみると、そこには立ち入り禁止という木札がぶらさげてあった。


『良いんですか?』


 水晶の中から、くぐもったフユイチの声が響く。


『緊急事態です』


 それに対応したのは、やはり籠もった調子の村長の声だ。

 そんな村長が、一見何の変哲も無い壁の前で足を止める。


 彼はそこに一枚の紙が張られているのを確認すると、ほっと息を吐いた。

 おそらく、あの奥に宝が隠されているのだろう。


『杞憂だったようです。さぁ、彼らを探しましょう』


 愛おしげに紙を撫でる村長。

 ――そんな時。


『なるほど。そこに隠してあったのか』


 彼の背後。水晶玉の極近くから、そんな声が響いた。


『誰だ!?』


 背中を向けていた村長達がこちらを向く。

 が、視線が水晶へ向いていないことに気づいた俺は、表面をなぞって視点を反転させた。

 だが、それでも映るのは岩壁のみである。ということはこの水晶、一体誰の視点なんだ?

 俺が疑問に思ったその時、バチリと何かを弾くような音がした。


 その瞬間、岩壁がゆらりと揺れ、そこから二つの人影が浮かび上がる。


『ふっふっふ、案内ありがとう村長』


 尊大にのたまうのは黒衣の男、シュージ。

 そしてその横には、あわあわと慌てる商人の姿があった。


『な、何故姿を現すのですか!?』


 彼の疑問はもっともだ。

 あのまま隠れていれば、奴らもいなくなって悠々と宝を探せただろうに。


『村長の隣にいる男はボンクラではない。奴は我々の尾行に気づいていた』


 だがシュージは、腕を組み難しい顔でそう告げた。


『な、何故尾行されていると言ってくれなかったんですか!?』


 すると今度は村長のほうが悲鳴を上げる。


『彼らの目的が分からなかったものですから』


 そんな村長に、フユイチはにこやかに答えた。

 昨日打ち合わせをしていたのだ。勿論そんなはずはない。

 この勇者、内面はシュージに劣らず黒い。


『ともかく、目的の物はここにあるのだ』


 同類の匂いにシュージはニタリと笑い、仕切りなおすように黒衣を翻して見せる。

 坑道の澱んだ空気を吹き飛ばすように、その体から風が発生し、吹き荒れた。


『目撃者などふっ飛ばしてしまえば良い』


 そうして奴は、物騒極まりないことを言い出す。

 掲げた手のひらに紫色の渦……すなわち魔力の塊が出現した。


『ふふふ吹っ飛!?』


『ふふふふ吹っ飛ばすのはまずいです! ここは坑道ですよ!?』


 確かに、こんな狭い場所で爆発など起きたら、崩落しかねない。

 互いにふふふとどもりながら、商人村長両方がシュージを止める。


『仕方ない。応戦します』


 だが勇者フユはそんな脅しにも屈せず前へ進み出ると、鳳凰剣の柄を懐から取り出した。


『ふ、今度はマシュマロでは済まんぞ!』


 魔王シュージの叫びに呼応し、魔力玉が人間の頭大まで肥大。

 二人は同時に構える。


『『せぇの!』』


 そして、色々と台無しな掛け声とともに両者の力が振るわれた。

 魔力が狭い坑道を揺らし、炎が壁を嘗め尽くす。

 紫と赤の光がぶつかり合い、世界を真っ白に染める。

 

『『ひいいいいいぃぃぃ!』』


 この世の終わりを告げるような、おっさん達の悲鳴の合唱。


 ――だが、危惧されていたような崩落は起きなかった。


『大丈夫ですよ』


 水晶の視界がゆっくりと復活するとともに、終末天使を思わせるようなフユイチの声が聞こえる、

 すると、同じように頭を抱えていた商人と村長が恐る恐る顔を上げ、お互いの無事を確認した。


『ふっふっふ、安心しろ。この坑道内の全ては先ほど俺の魔力バリアで覆った。崩れることは無い』


 復活した水晶を動かしよく見れば、確かに岩壁には薄いラップのようなものが張り巡らされている。

 さっきシュージがマントを翻したとき設置されたのだろう。

 これが、二人の衝突の破壊力から坑道……もしかしたら鉱山までをも守ったのだ。


 ……無駄な力を使わず、手加減するという発想は沸かないのだろうか。


『だが、一箇所だけバリアを張り忘れてしまってな』


 そんなシュージが、したり顔で呟く。


『『ま、まさか!?』』


 商人と村長が同時に背後を向く。

 すると確かに壁の一部分、『崩落注意!』の張り紙が張られている場所だけに、シュージが言うところのバリアが張られていないのが見えた。


 そして次の瞬間。

 ピシッ、ピシリと亀裂が走り、あいつ曰くバリアの張られていない箇所の岩壁が割れていく。


『ふっはっはっはっはっは! 俺様の前に出でよお宝!』


 哄笑を上げるシュージ。視界の隅で何故かフユイチが一歩引く。


 そして壁の中から――すさまじい勢いの水が噴出した。


『な、なんとぉーーー!?』


 シュージの悲鳴が聞こえる。続いて水晶球にも水が押し寄せ、その勢いのせいか映像は途絶えた。


「ど、どうなってるの? パパは!?」


 ミスカが恐る恐るといった調子で俺に尋ねるが、俺も混乱していて事情が飲み込めない。

 ただ、あの映像の直後から、水晶を通してではなく俺の耳へと直に水が押し寄せる音が届いている。


「とりあえず……やばい!」


 ここからでもそれが聞こえるということは、あの水流はとんでもない勢いだ。

 村長たちだけの心配をしてる場合ではない。


「みんな! ここから離れろ!」


 判断した俺は、未だに入り口へ集っている村人達へ呼びかけた。


「あぁ、あんだって?」


「あいたた、また腰が……」


 しかし彼らはもちろん事情を把握しておらず、今から避難させたとしても間に合わないような爺さん達が混じっている。


「くっ! とにかくちょっと下がれ!」


 あいつらといるといつもこうだ!

 歯噛みした俺は、とにかくおっさん達の前に立って杖を構えた。


「ど、どうする気!?」


「ミスカ! 俺の後ろに来てくれ!」


 しかしどうにかしようにも、俺一人ではこのうちに眠る駄馬が言うことを聞かない。

 情けないが、俺はミスカに助けを求める。


「いやですけど!?」


 それをミスカは即座に拒否。

 いや分かるよ?

 これから水が押し寄せてくるというのに。その真ん前に立てと言われても嫌なことは。

 しかしこれは、君の村が全滅するか否かの瀬戸際なのだ。

 とにかく俺はミスカを説得することにした。


「大丈夫だって! 危なくないから!」


「何が危なくないのよ!?」


「お、俺の持ってる不思議パワーが君を守るから!」


「バカじゃないの!?」


 が、俺の語彙もとい手札はあまりに貧弱である。

 俺が喋れば喋るほど、ミスカの不信は強くなっていく。

 

 しかし正直に言ったとして、乙女が後ろにいると超パワーが使えるなどという話を誰が信じるものか。

 しかも丁寧に説明している時間もない。


「な、なんかヤバくねぇか!?」


「地鳴り……ほ、崩落するぞーーー!!」


 背後のおっさんが叫び声をあげ、それを皮切りに間違った情報での阿鼻叫喚が始まる。

 予期せず事態はピンチである。 


 やはり俺も逃げ出すべきではないか。

 そんな考えが本格的に頭を過ぎる。


 そもそも俺は悪くない。これはシュージ達が引き起こしたことだし、俺は奴らを止めようともした。

 それに、力があるからと言って便利に使われてはならない。

 昨日俺がミスカに言ったことではないか。

 「力をくれてやったんだから仕事しろ」とでもいうような、そういう誰かさんの思惑をぶっちぎる為、俺は地球に帰ろうとしているのだ。


 だから俺は悪くない!

 理論武装は完璧だ。

 しかしこの足は動きだそうとしない。

 

 あぁ、やはり俺も力を与えられたら責務を果たさねばと考えるようなお人好しなのか!?

 あれ? 今回の場合はその力すら持っていないんだから、もっと性質が悪いのか?

 地鳴りが大きくなって、俺は全ての終わりを覚悟した。

 その時ーー。

 

 トン。

 と、俺の背中に何かがぶつかる感触がした。

 後を見るとミスカが俺の背中に顔をうずめしがみついている。


「ミスカ……なんで!?」


「あ、あんまり震えてて、可哀想だったから」


 俺が驚愕しながら尋ねると、彼女はひきつった笑顔でそう答えた。

 俺の服を握る彼女の手は、俺以上に震えている。

 

 ……見てるか、感じてるかユニコーン。

 こんな怪しげな男の為に体を張ってくれる、すばらしい乙女がここにいるぞ。


 俺が心の中で呼びかけた途端、「分かってるわい」とでも言うように、体に力が漲ってくる。

 その熱量に、俺は頭の手ぬぐいを剥ぎ取った。

 額に不愉快な、にょきにょきと角が生える感触が伝わってくる。


「は、ハルゾー! 頭が!?」


 俺の頭から光が溢れ、まるで日の出のように見えているのだろう。

 ミスカが悲鳴に近い驚愕の声を上げる。


 だが、説明している暇はない。

 前を向き直した俺の目には、 既に暗闇の奥から押し寄せてきた濁流が見えているのだ。


 ――落ち着け。今の俺なら、大丈夫。

 体の前で構えた棒をバトンのごとく回転させながら心を落ち着かせた俺は、目を見開いて叫んだ。


「ユニコーン・プリズマ・レインボー・ウォール!」


 同時に、声をかき消すような水の奔流が俺へと覆いかぶさろうとする。


 だがその瞬間、坑道の入り口を覆うように、緩やかなカーブを描く七色の壁が出現。

 逆向きの滑り台のようなそれに、水は勢い良く跳ね上げられた。


「おぉ……」


 誰のとも知れない感嘆の声。

 跳ね上げられた水は上空で飛散し、空に大きな虹を描く。


 そうして細かく分解されたそれは、雨となりまもなく地上へと降り注いだ。


「温かい……」


「なんじゃこれは」


「お湯?」


 炭鉱夫や爺様方が、降り注いだ水滴に不思議そうな顔をする。

 そうして辺りは暖かい霧――いや、湯気に包まれた。


 どうやら、あそこから噴出したのは熱湯だったらしい。

 そういえば、ミスカの浸かっていた泉も妙に暖かかった。

 まさか……温泉なのか?


「あの、あなたは一体……」


 考えていると、件のミスカから声がかかる。

 ぼんやりと考察している今の俺は、棒を回しながら光っているかなり怪しい男だ。


「……君人ハルゾー。前に自己紹介しただろ?」


 顔だけ振り向いて、俺は彼女に答えた。

 異世界から来ただとか、ユニコーンに取り付かれているとか、そんな紹介は意味が無い。ありがたくもない。

 

 俺が俺で、他の何者でもない。

 この確信こそが、俺がいるかも分からない神に反抗することで得た唯一の称号だった。


「うわー! ユニコーンだー!」


 だがしかし、俺の角を見て周囲の人間達がにわかに叫びだす。


「ミスカを、ミスカを隠せー!」


 この世界では、額の一本角を見ると鬼などよりあの駄馬を連想するらしい。

 そして奴は、鬼などよりもずっと人間に恐れられている。


 周囲の人間が慌てた様子でこちらへ駆け寄り、ミスカを俺の背中から引き剥がす。

 

「……あんまり良いもんじゃないだろ? 特別な力って」


 炭鉱夫達に隠されようとしているミスカに、俺は笑いかけた。

 こんなもん、無闇矢鱈に望むものじゃない。

 受け入れる準備の無かった力なんてもらっても、迷惑なだけだ。


「あなたが、ユニコーン?」


 目を丸くし、ミスカが呟く。


「いや、俺は別にユニコーンじゃなくて、あの駄馬に一方的に憑りつかれていると言うか……」


 俺自身があの迷惑獣だと勘違いしているような彼女の発言に、どう答えたら良いのか迷いながら俺は言葉を返す。

 説明は面倒だが、あれと同一視されるのだけは避けたい。


「じゃぁ、昨日泉で私と話したのは、あなたじゃないの?」


「それは俺です」


 避けたい――のだが、今回ばかりはあの馬と俺は同一人物……人馬一体だ。

 俺の返事を聞くと、ミスカが炭鉱夫たちを押しのけて俺の前へ出る。


「つまり私の裸を見たのも……ハルゾーなのね」


 ミスカの目が、きゅっと鋭くなる。


「えーと、それは、その……」


 あ、まずい流れだ。

 察した俺は、何とか言い訳をしようとする。

 しかし、確かに見たのは俺で間違いない。

 しっかりと覚えているから間違いない。


 自然と俺の頬が緩む。

 そして――。


 パシーーーン!

 ミスカのビンタ音が、虹かかる空へと高らかに響いた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ