98・やはり鹿が美味いというのは本当だった
俺が矢を引き抜いて戻ると、なぜか森の民が笑っていた。
「本当にスゲェや、コレが草の民の領主の仕業ってか。森の民でもこんなやつを一矢で仕留めるような技量持ちはホッコやケッコイ以外じゃ数えるほどしか居やしねぇ。ハハハ」
そう言って俺に気が付いてこちらを向く。
「そんなに凄い事なのなら、それはコレを作ったルヤンペがすごいんだろう」
そう言って弓を見せる。
だが、森の民は首を横に振る。
「確かに、そいつの矢速が無ければ仕留められなかったのは確かだ。だが、アレは偶然か?」
何を言いたいのかは分かった。矢を放つタイミングの事だと思う。確かに偶然の産物と言ってしまえばそうなのだが、俺自身、「今だ」という感覚があったのは確かだ。弓道をやっていた感覚がそうさせた。いくら和弓に比べて格段に命中しやすいコンパウンドボウを手にしたとは言っても、これから動くことが分かっている得物に対してただ漠然と矢を放てばいいとは思っていない。弓道でも「今なら当たる」というのが自然と分かる。いや、そう言うタイミングを作っていると言った方が良いだろうか。
よく言われる言い方をすれば、ゾーンとか言うヤツだ。一瞬の判断力を手に出来る集中の時。そういうモノが確かに俺にはある。
「偶然と言うか、幸運ではある。だが、確かに狙っていたのは確かだ」
それを聞いた森の民が笑う。
「だろうな。ほんの一瞬遅れていても早すぎても当たっちゃいなかった。コイツはそれだけ素早かった。まさか、そんな事が出来る草原の民がこんな所に居るとはな。どうせ他を探しても十指もいるかどうかの逸材だろうに」
そう言って褒めちぎるが、俺はそんな優秀な部員ではなかった。所詮はただの平部員レベルだった。例えば、大学の大会決勝クラスの連中なんかだと、的に刺さった矢を更に射抜くとかいう意味不明なレベルの怪物が居るそうだ。
俺がそんなレベルだって?冗談はよしてほしい。
「そんな事は無いだろう。なんなら、明日はこれと同じ弓を持つ護衛も連れて来よう」
そう言って鹿を持って帰ることにした。
実際、翌日も狩りに出向き、鹿を探し求めたのだが、なかなか出くわさなかった。
痕跡が無いわけではない。痕跡はいくつも森の民が見つけるのだが、すべて空振りだった。
「今日は居ないのか?」
俺がそう言って帰る様に促す。一行もそれに逆らうことなく向きを変え、帰ろうとした時だった。
「出た」
それを見付けたのは俺だった。そして弓を構え、矢を番えた。どうやら鹿は俺が矢を放つのを待っているように見えて仕方がない。射れるもんならやってみろと、まるでそんな態度に見えた。
なので、期待に応えて呼吸と腕の動きのタイミングを計って矢を放つ。
鹿はそれを見て避ける様に飛び跳ねた。
昨日と同じく矢は鹿には刺さらず地面へと刺さったように見えたのだが、飛んだ鹿は着地して逃げることなくその場に倒れ込んでしまった。
「やるじゃないか。今日は見事に心臓を射抜いている」
なぜ見えるのか知らないが、どうやら森の民には見えていたらしい。近づくと確かに昨日と同じく体に貫通痕がある。
「多分、お前でも出来ると思うぞ」
俺は連れて来た弓兵にそう言う。どうやら弓兵もそれに応えようと気合を入れたようだ。が、場所が場所のため、大きな声は出さなかったが。
昨日同様、その鹿を処理して持ち帰るのだが、なぜか行きは全く現れなかった鹿が帰りには再度現れた。さっきの奴同様、どうにも挑戦的だ。
俺は弓兵に視線で合図する。弓兵も意図に気づいて弓を構えた。
パンと弦の鳴る音がし、鹿が跳ねる。どうやら外れたらしく、再度その場から挑むようにこちらを見ている。
「申し訳ありません」
弓兵が謝罪してきたが、誰にでも失敗はある。再度射るように言うと、新たな矢を番えて射った。
やはり、鹿はこともなげに跳んだのだが、射ったのは弓兵だけではなく、森の民も素早く番えて射っていた。
二本の矢を避けることは難しかったらしく、弓兵の一本が後ろ脚に刺さり、着地のバランスを崩し、そこに速射で二射目を射た森の民の矢が急所に刺さったらしい。少し逃げようともがいたが、数歩動いたところで倒れ込んでしまった。
「いくら優秀な弓使いでも、普通はこの程度だ」
森の民が俺と弓兵を見ながらそう言う。
その日は二頭を持ち帰ることになった。
そして、三日目。話を聞きつけた地元の弓使いも連れて森に入ったのだが、今日は早速鹿が現れ、弓使いが挑んだが、見事に失敗した。
昨日の事があったので弓兵も彼と一緒に射てまずは牽制を行い、見事な速射を行ったが、いわゆる半矢、仕留め損ねてしまう。そこへ森の民が止めを刺して何とか一頭仕留める事が出来た。
三人で何とか仕留めたわけだが、弓兵や森の民の技量に弓使いは驚いていた。
「あなた方は一体・・・・・・、いや、さすが領主さまの側仕えの腕前ですな」
そんなことを言っていた。
なぜか深く分け入らずに他の鹿を見付ける事が出来た。
「すでに四頭仕留めてますんで、鹿の奴らも脚自慢が姿を見せてるんでしょう。毎度のことで、鹿を仕留めた後にはこうやってしばらく姿を見せるんです。しかし、アイツらは尋常ではなく素早いので、仕留めることは無理ですよ」
弓使いは諦め顔でそう言っている。
「そうか、ならば、今日は僕でも無理だな」
一頭、挑発的に弓の射程内でこちらを見ている鹿が居たので俺は弓を構えた。鹿はそれを見付けて俺へと視線を向けてくる。まさしく、挑発的な態度だ。昨日のボンクラとは違う。そう言っている気がした。
俺が矢を放つと上ではなく横へ躱した。流石に今回は外しただろうと思ったのだが、明らかに鹿に矢が刺さったままだ。何が起きたんだ?
「何やってんだ、こんなことってあるんだな。他に出来る奴はホッコしか知らねぇ」
森の民が大声でそう言って笑いだした。
よく見ると鹿はまだ息があるらしいが、身動きが取れていない。よく見ると、木に打ち付けられていて倒れ込む事すらできなくなっている様だった。
弓使いと弓兵は唖然とした顔で俺を見ていた。どうやら、言葉に出来るものではない。そんな顔をしている。やはり、これは偶然ではないという事なんだろうか?
木に打ち付けられた姿を見た他の鹿は、いつの間やら音もなく消え去っていた。
その夜、ようやく最初に仕留めた鹿肉が食卓に並んだ。日を置いて熟成させる必要があるのは手間だが、今日の鹿は非常においしかった。もしかしたらイノシシに勝るかもしれない。
聞いてみると、干し肉にしても他の肉よりはるかな高値で取引されるほどの貴重品という事で、干し肉にして兄への贈り物にすることにした。そんな貴重品ならきっと喜んでくれるはずだ。そうだ、俺が獲った事も手紙に書いて送ろう。




