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96・さすがにすべてが思う通りとはいかないらしい

 ごぼう騒動の翌日、俺たちは畑へと視察に向かった。


「これは・・・」


 が、そこは畑というには少々語弊がある荒れ地であった。


「この周辺は雨が少なく、特に夏にはほとんど降りません。種まきに時期を少し間違えば少雨の影響で実が付かないことも稀ではないのです」


 割と低い山脈のくせに気候の境界をなす事もあって、この周辺で秋播きアマムが試されたことは無い。そもそも、辺境は春播きを主体にした生産が行われているため、流通の負担を考えても秋播きは生産して来なかったという。

 しかし、この地域の環境は他の辺境領に比べて特異だ。山脈の影響でこの地域だけは夏に少雨となりやすい。山脈から離れてしまえば次第にハルティ大山脈の影響を受けた気候帯になるので、雨量も大きく変化する。たった数日の差しかない距離でしかないが、クフモ周辺の北部穀倉地帯と山脈周辺では様相が異なり、手付かずの草原が広がって行く事になる。


 もちろん、長兄ら歴代の領主が無策であったわけではない。山脈から用水路を開設して春播きアマムの生産に適した水の供給体制を構築しようとしたのだが、それはそれで別の問題を引き起こすことになった。


「これまでの開墾事業や用水開削の結果、このように荒れ地が増えてしまった訳です。ここではほとんどの作物が育ちません」


 そこにあったのは見事な荒れ地だ。


 何が起きたかは明らかだろう。


 地球でも起こっていた事だ。そう、用水によって水を引き込んで自然環境以上の水を撒いた事による塩害。それが起きていると推測するのが妥当だった。幸いな事に、大規模ダムを造るような技術は無いので、湖の消失と言った事までは起きていないが。


 これは予定とは違う。この状況でゴマ系作物が育てられるかと言うと怪しいだろう。


「ミケエムシ、アレはここで育つのか?」


 状況を見たミケエムシも唸っている。


「そうだな。場所を選べば育たない事は無い。が、基本的にはピヤパを主体にした栽培にした方が良いだろう。これまで考えていた事をこの地でやるのは難しい」


 懸念した通りの事になっている様だ。ここで秋播きアマムやムネプイを栽培するのはリスクが高い。


 そして、また場所を移動して農地として利用されていない草原へと向かう事にした。


「この辺りは周辺より高いので用水も引けず、農地利用はされていません。主に牧草地として利用した過去はありますが、それ以外に利用されてきませんでした」


 そう説明を受けた土地はなだらかな丘陵地で、なるほど、放牧には適していそうだった。あくまで俺の中にある印象では。


「なら、あちらの荒れ地を牧草地にしてしまっても良いな。わざわざピヤパを育てても収量は知れたもんだろう。森が近いから牛を導入することも出来はするが、長期的に見れば馬の方が良い。流石に森の民の常駐は難しそうだからな」


 ミケエムシがそう言っている。


 確かに、この周辺の森というのはあの険しい山しかなく、牛や森の民が暮らすには不向きな土地と言えるだろう。


「そうなると、これらは無駄という事になるな」


 俺は今回運んできた農具を指してそう言う。


「いや、そうでもないぞ。犂や円盤馬鍬も改良していてな、馬を四頭立てくらいにすれば曳けるくらいにはしてある。何処でも牛を連れて行ける訳じゃないから、そこは考えてある」


 という答えが返ってきた。なるほど、そうすると、この辺りの放牧がうまく行けば牛が居なくともそのまま既存の農具が使えるというなら心配も無くなるな。


 そうしたやり取りあの後、今年の作付けについての話し合いが行われ、周辺の農家を動員しての開墾が行われることになった。


「こいつはすげぇ」


 牛による犂耕を見守る周辺の農家から感嘆の声が上がる。


 それもそうだろう。馬による耕起ではこれほどの速度でこれほどの深さはあり得ない。カルヤラに元来存在した犂は旧式のモノで、扱うのが難しい上にあまり深く耕起できるものではなかった。


 そもそも、前世の21世紀において知られている犂、或いは欧米のプラウというモノは主に中国で発展したもので、紀元前から使われていながら、その性能は中国以外においては18世紀まである程度の所で停滞を続けていた。

 欧州における農業革命の発端は、17世紀以降にもたらされた中国の犂を元に発展した近代プラウによるところが大きいという。その近代プラウを用いた耕起は一日の作業量が飛躍的に広がり、農業の発展に寄与した訳だ。

 今、農家が目にしているのはまさにそれだった。


「多少速度は落ちるが、馬を四頭立てで曳くことで同じ事が出来るぞ」


 持ち込んだ犂の一つをミケエムシがそう言って説明し、実際に馬を繋いで実演している。確かに、一頭で軽々曳く牛の姿ほど力強くはないが、馬でもほぼ同じ作業が行えている。


 そもそも、わざわざ改良したのは辺境で使うためではなく、本来は東の山の民に売るためだった。当初は一つの反転版を用いた犂だったが、牛が導入されたことで二連犂が作られたわけだが、誰でもそれを馬に曳かせたら他の地域でも使い勝手が上がると考えるだろう。


 それを実現したのが、ミケエムシが扱う犂だ。二連の反転板を車輪を用いて扱いやすい構造に仕上がっている。


 同時の持ち込んだ円盤馬鍬も改良され、パンタグラフ式の機構を車軸に組み込むことで深さの調整や移動を容易にしている。



 馬鍬については、反転後、すこし土を落ち着かせる関係で新しい圃場で使う事は出来ないが、代わりに昨日の塩害地域で作業を行う事になった。


「馬鍬だけで土を耕せるとは驚いた」


 集まった農家が驚くのも無理はない。本来、馬鍬とは犂耕によって反転した土塊を砕くために用いるものだからだ。

 しかし、この円盤馬鍬は違う。円盤、つまりはディスクを用いているのでそれ自体に重量があり、斜めに傾けることで自ら土に切り込んで抉る事が出来る。爪で地面や土塊を引っ掻く一般的な馬鍬、いわゆる方形ハローとは別物だ。

 あまり深く耕せはしないが、馬鍬を数度交差するように行き来させることで浅く耕せる。


「これで牧草の種を播いてレーキでならせば牧草地の出来上がりだ」


 ミケエムシがそう言って農家に説明し、実際に彼らが作業を行う。

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