94・何か違うが言葉を飲み込むことにした
前世においてカレープラントというハーブがあったが、アレは香りこそカレーだが、食べ物ではなかった。乾燥しても形が崩れないという変わった特性があったが、別にカレー味になる訳ではない。
しかし、この世界のキナというカレーの香りがする植物は乾燥させれば食べることが可能だ。
ただ、問題が無いわけではない。
乾燥させるからとずっと放置してしまうと熱を加えた時同様にエグみが出て来るそうで、乾燥させる時間もある程度決まっている。
そして、乾燥させたのちに炒めてしまわないといけない。炒めてしまえばあの香りの状態を持続して、更に食べる事が出来る。
キナ自体は辺境周辺ではありふれた植物で、少々森を探せば見つける事が出来るそうなのだが、わざわざ数日乾燥させて炒めるという手間が必要な事から利用はあまり行われてこなかった。それに、香り付け程度の香草としてならばより適した物がいくらでもある。手間暇かけてキナを処理したとしても、ちょっとした匂い消しや隠し味、風味付けというには強烈すぎる。単体で利用するくらいしか方法が無いのも理由だっただろう。
しかし、餅に混ぜればあの味気ないシヤマムが十分食べられるモノになる。
じゃあ、アマムを利用したパンやパンムに使えば良いではないかという話になるのだが、カレーを考えればわかるが、素材の風味や味を前面に出したい場合にはよろしくない。ピヤパを用いた場合でもそれは同じだ。
しかし、そもそもが味気ないシヤマムとなれば話は異なる。
しかも、シヤマムの利点は貧困食のように見えて実はかなりの栄養食らしい事だ。米は精米してしまうとせっかくの栄養素が糠として落とされてしまうが、シヤマムの場合は豆類のように実それ自体に豊富な栄養素があるらしい。流石にカルヤラやハルティ半島に前世の様な成分分析装置は無いが、辺境の人々をつぶさに見て見ればわかる。
アマムを主食としている都市部や富裕層とシヤマムを主食としている農村において、体格や健康に著しい差異は無い。どちらかと言うと農村の方が健康的なくらいだ。
そもそもが仕方なく食べられていたシヤマムだが、味を除いて、これと言ったデメリットは無い。
「他に食べ方は無いのか?」
そうは言っても、餅かさもなければシヤマム粥程度しかキナ料理が無いのは問題ではないだろうか?
いや、分からなくはない。
カレーの強烈な香りを放り込んでしまえば、塩や香草、一部の発酵調味料程度しかないこのご時世、どうしても「濃い味付け」になってしまい、誰もが喜んで食べる料理にはなり得ない。シヤマムが味気無さすぎるからキナが受け入れられている。
「他の食べ方と言われましても・・・」
まあ、そうだろうな。
そして、もう一つの問題が、カレーというのは粉として汁物に溶かし込むのに対し、キナはあくまでも葉物の位置づけなので、鍋物や煮込みに使おうにも、香りだけがきつくなってあまり有効に使えているとは言えない。
「そう言えば、キナは葉のまま餅に練り込んだり、粥に入れてあるんだったな」
そう言うと、相手は首を傾げていた。まあ、そうだろう。それが常識なのだから、再確認するほどの事ではない。
「はい。ですので、食べ方と言っても他に使いようがほぼ無いのです」
そう言う事だった。
「ならば、キナの葉をすりつぶして粉にしてはどうだ?」
俺はそう言った。
乾燥させて炒めてあるのだから、すり潰して粉にするのは容易なはずだ。実際、自分でやってみることにした。
クフモの館の調理場でキナを大量に用意して、あのニオイが充満する中で更にすり潰すんだ。どうなるかは分かるだろう?
ゴマすり鉢みたいなものは無いので乳鉢っぽいお椀を使って木の棒ですり潰していく。意外と力が居る作業なので途中で料理人と交代しながら用意した葉をすべてすり潰していった。
さて、どうしたものだろうか。そもそも、カレーってどうやって作ってたっけ?
粉の入ったボールを眺めながら考えて見た。
確か、カレーの材料になる香辛料を適量混ぜ合わせて、それを小麦粉と炒めていくんではなかったかな?玉ねぎは最初に入れるんだったか?そうだった気がしないでもないが、記憶は定かではない。
まあ、まずはカレー粉をぶち込むために必要な煮物というかブイヨンか?を、作って貰う。
そこには肉や野菜を水から煮ていく。煮物ならば塩や調味料、香草で味付けをするが、キナをぶち込む予定なので、まずは水から煮込んでおいて良いだろう。多分。きっと・・・
さて、このキナはどうしたもんか。
パンに使うアマム粉はある。シヤマムは硬いので粉にはほとんどしない。粉にしても使い道が少ないというのもある。何せ味気ないからフェンやパンムにすると言っても需要がない。ンビセンも結局、風味の問題で却下だろう。
という訳でアマムを使おうと思う。
玉ねぎを混ぜた方が良いのかも知れないが、キナが緑色なのでどんな色になるか分らないので止めた。もしかして、抹茶みたいにそのまま放り込んでも行けるんではないかと考えた。
そして、煮込んだ鍋に何もせず放り込んでみたが、見事に緑のスープが出来ただけに終わった。当然、香りはカレー。ただし、とろみはゼロで本当にスープ。
とろみって片栗粉だったよね?
「アピオの粉はあるか?」
聞いてみると、あるというので、水に溶いてみた。残念ながら、片栗粉ほどのとろみではない。が、無いよりはマシとぶち込んでみることした。
「うん、これならいけると思わないか?」
それは緑色に染まったポトフでしかないように見えるが、カレーの香りがして食えない訳ではなかった。
ついでに炊いたシヤマムにかけてみたが、カレーライスとはどこか違うナニカにしかならなかった。
いわゆる「これじゃない感」というやつだ。
そうは思ったが、どうやら周りは無理をしている風でもなく、新しい料理が出来たと言った感じで喜んでいる。
周りが喜んでいるならこれで良いのかもしれない。俺は思った言葉をそっと飲み込んだ。




