93・やはり、あのニオイは人々を魅了するらしい
一つ目の街で一夜を明かし、いつものように遡上するのだが、犂や馬鍬といった大物がある事から、その積み替えに時間がかかるだろうと考えていた。
「もう積み込みは終ったのか?特に急ぐ訳でもないから、夜通しなどしなくて良いが」
そう言ったら、ルヤンペがある物を指さした。
「アレだよ。嬢ちゃんが言っていたじゃねぇか、荷の積み替えにはあれを使った」
そこにあったのはかなり規模の大きなクレーンだった。しかも、木製の一般的なモノではなく、金属製だ。俺からすればそう大きくは無いのだが、この世界からすれば特大と言って良い。
そうだな、呉の潜水艦公園の歩道にあるクレーンと言えばわかるか。あの大きさはある。
呉のクレーンはあそこが軍港だった戦時中までは、やはり潜水艦施設として利用され、あのクレーンで潜水艦に魚雷の積み込みを行っていたらしい。それに近い規模の設備を山の民は造り上げてしまっている。
さらに、そのクレーンで下ろした先には木製レールが敷かれており、ソリでもって丘の上へと引き上げ、そこにも同様のクレーンが存在しており、容易に積み込みが出来るようになっていた。
「こんな設備があるなら水門は必要なかったかもしれないな」
俺がそう言うと、ルヤンペは笑いだした。
「ハッハッハ、スゲェだろう。だがな、こうした重量物は良いが、アマムの袋を一々降ろすぐらいなら、舟ごと移動させた方が早いだろ?あの吊り手だって、ここで必要なくなりゃあ、クフモに置けば良いんだ。無駄にはならねぇよ」
豪快にそんなことを言う。確かにそうだな。積み込みの作業があるムホスやクフモに配置すれば無駄なく使える。どうせ時季になれば数基のクレーンじゃ手が足りなくなるんだから、増やすことに何の問題もない。
そうしてクレーンやソリの軌道を見ながら上で待つ河舟へと乗り込み、出発した。
川を進んでいくと、所々で中洲や岸を掘り返す人たちがいる。そう言えば、ルヤンペがこの周辺で泥炭を見付けていたんだっけか。
泥炭は石炭になる初期段階ともいわれ、草や木が分解されることなく積み重なったモノの事を言う。この辺りは湿原状の中洲や河原が多く存在するのでその資源量は豊富だ。機械で掘削するような状態でもない限り、まずなくなる事も無い、準無限資源と言えるだろう。
利用法も多く存在し、シヤマムなどは水田ではなく、泥炭地で栽培可能なほどだ。それ以外の作物の肥料としてもつかわれるが、酸性なので作物によっては中和してやる必要があるとミケエムシが解説してくれた。
当然、炭というだけあって、切り出して乾燥させれば燃料としても使える。薪拾いに森に入る必要もなく、木の伐採も必要ない。
森林の規模によって薪代が木炭需要と競合しやすいのと比べて泥炭であればほぼ一定した値段で取引できる。すでにカルヤラへ向けての販売も行われている様で、薪と違ってすべてを同じ規格で成形できるので非常に重宝しているらしい。薪で同じことをやればまるで売価に見合わない労力を要するが、泥炭であれば、切り出しや成形の段階で揃えてしまえば良いので、問題ない。
そんな作業が行われる場所にも木製の簡易クレーンが桟橋には設置されて積み下ろしの利便性を向上させている。
そして、昼下がりには第二の滝へと到着したが、こちらは閘門工事は進んでいなかった。
「この周辺は見ての通り、沼や湿原だらけで周りから石を採って来るのが難しい。石質の問題もあるから、一番良いのは、下の滝を片付けてから、石を運び込んで一気に作った方が早いな」
そんな解説を受けた。なるほど。だから、まずは下を作って、こちらへ石を運ぶ手順だから、手付かずなのか。
そして、ここにも鉄製クレーンが鎮座している。運河開通まではこのクレーンが大活躍することだろう。他にも木製クレーンが建てられてはいるが、やはり、主力は鉄製だろうな。
「この吊り手にゃぁな、嬢ちゃんが考案した弓の滑車を応用してるんだ。見て見ろ、縄を三列巻きにしてあるから実際に引っ張る力は半分も要らねぇ。おかげで人夫を減らせてる。その分、他に手がまわせるから大助かりだ」
そう言ってまた景気よく笑いだす。
二つ目の滝は高低差はほとんど無く、余地もないため、閘門建設はこちらの方が難しいのかもしれない。
「こっちは水中に石を積み上げて土台を作る必要があるからな、確かに難しいがその分腕が鳴ると喜んでたぜ」
ルヤンペがそう言っているのでそれ以上何も言う事は無い。
そしてとうとうクフモに到着である。
クフモはそう変わってはいなかったが、波止場にはクレーンが数基並んでいる。人力で積み込んでいたこれまでよりも効率は良くなっている様だ。
クフモの街に入るとあのニオイが漂ってきた。アレは村の食べ物でクフモには広まっていなかったはずだが、俺が持ち帰ったことでクフモにも入ってきているのだろうか。
「キナの香りがするが、クフモでも広まっているのか?」
出迎えた騎士に聞いてみる。
「はい、元来、村で細々と食べられていたモノでしたが、公が持ち帰ってより、この街でも広まりまして、今ではアマムよりシヤマムを食べる機会が多くなっているほどですよ」
騎士ですらそうなのだというから相当だな。いや、カレーの威力を考えるとそうなるのも当然か?




