92・それはまるで城壁のようだった
王都での行事はなんだかんだで一週間も続いた。
そして、ぺルナの栽培指導のために山の民をラガーへと派遣することになった。つか、誰か知ってるのが居るのかと思ったら、わざわざ東から呼ぶらしい。
「ウルホ、言ったよね?ぺルナのでんぷんで作ったフェンはコシがすごくあるって。乾物には出来なくともちょうど初夏に収穫して食べるんだから問題ないよ。ナンションナーでも作ろう!」
理由はそれである。詳しいレシピまでは知らんが、冷麺がジャガイモでんぷんを用いてものすごいコシのある麺が出来上がる。あれを再現できたらいいなと考えている。イアンバヌなら食うための努力は惜しまないだろう。
その流れでぺルナの栽培促進を行う話になってしまった。結果、俺が断ろうとしていたラガーでの栽培指導にまで指導員を送ると言い出したのはイアンバヌその人だった。
「ぺルナの食べ方は色々ある。蒸しても良いし、野菜や腸詰と煮ても良い。スライスして油で揚げても良い。いろいろな食べ方がある」
最低限の取り扱い方法と共に神盾兵団の団長にその様に説明しておく。
「油と言われましても、我らにはなかなか手が届きません。それ以外の事ならすぐにでも出来ますが・・・」
そう言うので、ナンションナー産の獣脂と植物油を勧めておく。
「その点は問題ない。すでに王都には縁辺産の獣脂や植物油が広く出回っている。来年にはガネオでの植物油生産も始まるだろうからさらに手が届きやすくなるだろう」
そう言うと何やら喜んでいた。
というのも、謁見後に行われたパーティで出された芋料理を彼が食べているからだ。ジャガイモの毒性とその対処法を教え、その後に油で揚げることも教えたので、一部駄目になった料理にかわってフライドポテトが出されていた。どうやらそれを気に入ったのだろう。
ただ、シェフは何を思ったのか、その場にフィッシュアンドチップスモドキを用意していた。あれが世に出るのは産業革命後の忙しくて時間がない人が手っ取り早く食べるためではなかったのか?
今回の場合、ジャガイモの毒性を知らず、手の込んだ料理に芽を充分に取り除かなかったり、緑化したジャガイモを使用したがために、時間内に必要量の皿を用意しようととにかく単純作業で大量に作れるからと山盛りにした結果だったが。ウケがよくて良かったな。ホント。
カルヤラにおいてはあのパーティーメニューがきっかけとなってジャガイモ人気が出てきている。更に救荒作物であることもあってこれから開拓を始めるラガー外縁での栽培が検討されている。もともとラガーの外縁はアマムには不向きな環境であり、防御も谷を基準にしていたほどだ。新たに神盾兵団と共にさらに領域を広げるとなれば、そこで育つ作物としてぺルナは有効だろう。地球の地理でいえばレニングラードからバルト三国辺りであろう地域で、フライドポテトが主食になるのか。ちょっと、思うところがないではないが、異世界なのだから気にしないでおこう。
「因みにだ、風味をつけるなら植物油だけで揚げるのではなく、獣脂を混ぜた方が良い。さらに、一度低温で揚げ、冷ました後に高温の油に通せば、宴席の揚げ芋より上質なモノが出来ると思う」
そうアドバイスしておいた。某メーカーのお菓子や本場ベルギーフリッツの製法だ。
そんな日々を終え、イモに期待を膨らますイアンバヌとガネオ開発で義母と意気投合してしまったケッコナを連れてナンションナーに着いたのは粳種のシヤマム収穫も終わった後だった。
ただ、忘れてはいけないことがある。今年、試験的に秋播きアマムをクフモで試験栽培するんだ。
俺はミケエムシにコンバインの状況を聞いた後、彼を引き連れてクフモへと向かった。
人間だけの移動ならば森の民の連絡路を通る事も出来るが、犂や馬鍬の搬入も行うので、船でムホスへと向かい、河舟で遡上していく。
「もうここまで出来たのか」
一つ目の滝の隣には重厚な石垣が築かれていた。それはまるで城の城門を思わせるほどの作りをしている。
「落差はそこまでねぇから前後に扉を付けて一気に上へ上げる仕組みにするそうだ。夏は戦で手が止まってたそうだが、これから来年の春までに粗方作ってしまうそうだぞ」
概要はミケエムシも知っている様だ。たしか、そんな報告を受けた気がしないでもないが、これまでそれどころではなかった。
「相当な費用が掛かっただろうな」
そう聞いてみたが、鼻で笑われた。
「東にお前の兄の国へ売る焼き石や農具だけでも結構な収入だ。おまけに食い物を売ってるじゃないか。森の連中の作物を作ってやってるのだって見返りはデカイ。ここの水門の費用なんざ大した出費でもないだろう」
そう言えばそんな気がする。森の民と言えばガネオ周辺にも生活圏が広がることになる。一応アホカス領だが、その防衛を考えるとアホカスの騎士だけでは守り切れず、点在する林を森の民が管理することで彼らにも常駐してもらい、戦力となって貰っている。
アホカス家が開墾した畑には森の民の牛を導入し、そこで使う農具はナンションナーから販売している。
辺境南部やカルヤラの穀倉地帯にも唐箕や脱穀機は導入が進んでおり、売り上げは相当伸びている。唐箕や脱穀機自体は大工が簡単に作れる代物だが、軸受けはナンションナーの鍛冶工房から買い付けなければスムーズに動き、長持ちするモノが作れない。犂の反転板にしたってそうだ。ナンションナー製の爪があるのとないのではその保ちがまるで違う。
犂の歴史は古いのだが、最も優れた犂を開発した中国のモノが欧州に伝わるには随分と時間を要し、欧州では中世前期から何百年もその改良は停滞していた。近世、産業革命直前頃にようやく中国の犂が入り、一気に改良が進んだという。
これはカルヤラでも似たような状況だった。
深耕が出来て反転能力に優れた犂はナンションナーで俺が初めて作り、カルヤラにも広まりだしている。その爪に使う鋼鉄を作れるのは、ガイナンを除けば今のところナンションナーだけだ。しかも、乾麺の売り上げもある。そりゃあ、いくらでも収益が上がるってもんだ。




