90・とある国王の困惑
ウルホから手紙が来た。
内容は何とも調子が良いものだった。曰く、ガネオ川まで侵攻するから占領地をアホカスにくれてやれというのだ。それがダメなら王領でどうだという。まるで自分のモノにする気が無いような書きぶりだった。
これは俺を試しているのか?
ガネオ川まで侵攻すると簡単に言うが、その手紙が届いた時にはゼロの谷の勝敗すら伝わっていない時期だった。砦を一つ防衛したという段階でこんなものを送って何を考えているのかと呆れたモノだ。
しかし、状況は手紙の通りとなっていく。ラガーの谷の守りが堅いとみたウゴルがガネオへと向かう事を察知していたのだろうか。ウルホが考えたわけでは無かろう。キエロ、或いは山の民や森の民の軍師かもしれない。
いずれであっても、ウルホは変態のオホトではなく、元近衛騎士のキエロに近づいたようだ。それだけは確かだ。ウルホが言えばキエロはオホトに従うしかなかっただろうが、事もあろうにまずキエロに近づいたか。
キエロは近衛騎士であっただけあって王家への忠誠に疑いはない。それは子のヘンナも同様だ。まさか、ウルホを抑えるために送り込んだはずのヘンナが取り込まれてしまい、挙句にはキエロまで取り込まれるとは思いもしなかった。
今現在、ウルホがどう動こうとしているのか分からないが、忠臣として名高いアホカス家の、それも元近衛騎士であるキエロの発言や行動は国事にすら影響を与えかねない。つまり、本当にガネオ川まで切り取ってきた場合、試されるのは俺という事になる。
ウルホが切り取った土地を王領として召し上げるのか、それとも、褒美としてアホカスに与えるのかだ。
アホカスに与えれば、アホカスの力はより強固になるだろう。
だが、確かに、俺に利益が無いわけではない。ウルホがゼロの防衛を越え、生存圏確保に動いた以上、こちらでもラガーを越え、ラガー湖畔を完全な支配下に置く、ラガー、ガネオの間に広がるボーレの谷も手中にしてしまえばウゴルに対する守りはさらに強固になる。ウルホが侵攻軍の主力を引き受けてくれるというのであればこれほどやり易い事は無かろう。そう考えた。
アホカスを強固にしてなお、俺にも利がある。
ウルホの誘いに乗って、その方向で手紙を書いて商人に渡したのだが、15日で早くも返信が来た。アイツは何処にいるんだ?王都からスッコゼロまで普通に20日、仮に、直接ムホスに入港してクフモ経由で向かっても15日程度ではなかったか。
ウルホがどこに居るのか気にはなるが、内容からすれば、少なくともスッコゼロ、場合によってはゼロの谷に居ることになる。こちらに来る伝令とさして違わない状況が手紙に書かれているのは不思議で仕方が無かったが、戦況は確かに手紙の通りだった。
ウルホからの手紙にはさらに占領後の詳細な話が記載されていた。
どうやら、森の民も山の民も完全に統制できているらしく、今回の戦いにもケッコナン族やガイナンの戦士を投入しているという。普通に聞けば荒唐無稽と笑いたくなるが、ガイナンとケッコナンから嫁を取っているウルホが言うと、笑い話では済まされない。潜在的脅威ととらえていたモノが現実のモノとなっている様だ。
東の山の民がウゴルに敗退して半島を去ったのでない事はこれで確定した。負けたのではない。半島を必要としない理由が出来たから無駄に労力を使う半島から去っただけだ。
そして、予想通りカルヤラへと攻め入ったところを見ると、半島に大きなうま味も肥沃な土地も無かったのだろう。
山の民の戦斧は馬ごと騎兵を断ち切るようだ。そんなものが我らに向いたらひとたまりもないだろう。森の弓も強力らしい。山の民に作らせたという熊を倒すウルホを超える強力な弓らしく、その使い手も数多いという。辺境を攻めて餌食となった貴族のバカどもが哀れでならん。ウゴルに憐れみは無いが、同じ状況という事だ。いや、密偵によればそれ以上に酷いらしいな。密偵が密偵になっていないことはウルホの手紙に書かれていた。ケッコナン族とは恐ろしすぎる。予想はしていたが、ウルホと争えば王都と言えど何日持ちこたえるか分からない。王都以外など数週間で全土が陥落している事だろう。街の防衛を考えるだけ無駄ではないか。アホカスの事など、ウルホの後ろに控える勢力に比べれば些末な話という事か。
それからしばらくすればウゴルの主力を撃滅したという知らせが舞い込んできた。こともあろうにウルホから直接だ。伝令は未だ来ていない。
「伝令!!」
「申し上げます!ゼロの谷外縁、セゲジャにてウゴル騎兵主力を撃滅いたしました!!現在、ガネオ川を目指し西進中。今日あたりには河畔に到着の見込み!!」
伝令がウルホの手紙より5日も遅かった。一体どういう手段で手紙を出しているのだろうか?
「陛下、縁辺公はガネオの地を事実上我がものとしようとしておりますぞ。アホカスの版図を拡げ、王都への対抗としようとしているのかもしれません!」
既に宰相にも先の手紙の内容は伝えてある。その時は笑っていたが、伝令の話を聞いて、青ざめた顔でそんな事を言いだした。
「で、どうするというのだ?我らはまず、ボーレへと攻め入る。当地を抑え、ラガー、ガネオ間の谷に新たな防衛線を築く」
宰相を半ば無視して将軍たちにそう告げ、早速作戦の検討を指示する。
「さて、ガネオの件だが、アホカス家に与える。開墾に森の民やその家畜を使役する話もアホカスの裁量に任せる」
「陛下!それでは縁辺公・・」
「黙れ。ボーレを抑えた後、ウルホと争った場合に王都が何日持つか近衛に検討させる。話はそれからでも遅くはない」
宰相にはそう言ったが、俺の予想では、ガイナンやケッコナンを総動員された場合、カルヤラ全土は僅か一月、王都も籠城できて半月程度と見ている。幸い、ヘンナやキエロの忠誠心は疑いの余地がない。ウルホがオホトではなくキエロを取り込もうとした時点で、俺への叛意はほぼ無いと見て良いだろう。少なくとも現段階では。




