87・とうとう戦闘が始まる
作戦決行の日が来た。
俺たちはいくつかの障害物を使って敵をおびき寄せる役割を担う。すでに昨日の夜から一部の砦は意図的に撤退して街道へウゴルの騎兵が侵入出来る様に穴を開けているのだそうだ。
「来たよ」
気を抜くと見えなくなるケッコナがそう言った。騎馬隊が来ているのならば音がしそうなものだが、まだ何も聞こえない。
しかし、山の戦士も気が付いたらしい。弓の準備を始めている。
今、俺たちの目の前には馬防柵がある。前へ向いて先端の尖った杭が突きだし、なぜか柵のこちら側にも幾重にも同じような杭が並んでいる。
そして、とうとう俺にも分かる音が聞こえてきた。
ちょうど街道の開けた部分に騎馬隊が見えてきた。どうやら一気につっこんで来る気はないらしい。流石に、その構造を見て罠だと気が付いたんだろう。
俺は矢を番えて放った。
「あっ」
馬の頸を狙うつもりが騎兵に命中してしまった。
本来の攻撃距離ではない。戦矢は矢じりだけでなくシャフト自体も金属製なので非常に重い。その分、威力が高く、神盾であっても貫通する威力を持っている。当然だが、重い分飛距離は短くなってしまい、通常のカルヤラの長弓と同等程度の飛距離しかない。山の民の短弓よりは多少長いといった程度だ。
しかし、狩猟用の矢はシャフトが木製なので軽く、矢じりも貫く事より切り裂くことに特化した構造なので、比較的大きい。矢じりが重いので重心が前に行き、軽いわりに安定して飛ぶことから、戦矢より初速が上がった分、遠くまで飛ぶ。
一般的な弓であれば、その張り強さに比例しているのだが、コンパウンドボウの場合、初速は張りの強さではなく、その滑車による絞りに関係してくるので、通常の弓より速くなる。俺の和弓モドキの場合、カルヤラの一般的な長弓並みの大きさで、引っ張り強さが常識の範囲にも拘らず、ホッコに伍する初速を獲得している。
ちなみに、山の民の標準より小ぶりのイアンバヌの弓であっても、山の民の猛者クラスの威力と射程がある。それはつまり、森の民並という異常レベルと言って良い。
ちなみに、ウゴル騎兵が安全距離と思っていたのはカルヤラ騎士の弓の距離であって、俺の弓の殺傷範囲の中に居ることに違いは無い。
しかし、まさか狩猟用の矢で騎兵を倒せるとは思っていなかった。命中した騎兵が崩れ落ちていく。
「ウルホ、まだ号令出してない。それに、ウルホ以外届かないよ」
俺は馬を見て、今見える中で一番大きくて旨そうに見えた馬を射ただけだった。が、いまさらそんな事を言える雰囲気ではない。
ウゴルはというと、崩れ落ちた騎兵を守る様に囲んで動こうとしない。
仕方ないので倒せると分かった狩猟用の矢を取り囲んだ騎兵にも射かけていく。
ほとんどは敵の騎兵に命中し、腕や脚に刺さった者が引き抜いては慌てふためいている。きっと助からないだろう。
狩猟用の矢は獣の肉や健、血管を断ち切って殺してしまうために作られているので、その刃は広く鋭い。手や足に刺さってしまうと血管や筋肉を断ち切り手足が動かなくなる。すぐに医学的知識を持って止血しない限り、失血死は免れない。
胴に刺さると獣と同じだ。内臓を傷つけるので長く生きてはいけない。この矢が刺さるという事は、騎兵の鎧は皮鎧なんだろうな。森の猪を前提にした俺の矢の場合、最大距離であっても、薄い木や革の鎧なら貫通することは分かっている。カルヤラの矢であれば、弓隊の曲射を受け流しながら懐まで飛び込めることからそんな鎧でも十分なのかもしれないが、俺の矢や山の民の矢ではそれはただの衣服と変わらない。
どうやら数人が致命傷を負った時点で突撃して黙らせないと無理だと判断したらしい。誰かの号令を待つでもなく次々に柵へと突撃を開始した。
「来たぞ!射かけろ!!」
山の民が応戦してイアンバヌも撃ちだした。俺も休まず撃ち続けた。
連中、柵を跳躍してきやがった。
が、山の民が仕込んだ杭に着地して馬が致命傷を受けていく。そもそも騎乗した騎兵はそれ以前に射殺されている場合が多いんだが。
柵飛びが無理と判断したグループが森を抜けようとしているが、当然ながらそこにも杭が撃ち込まれているので各所で馬が躓き、とうとう突撃が止んだ。
「連中は数を頼んで柵を倒しに来るぞ、ある程度撃ち減らしたら後退だ」
事前の打ち合わせ通り、盾を持った騎馬を先頭に突撃してくる中へ戦矢を撃ち込んでいくらか倒した後、山の民に抱えられるようにして撤退していく。
柵を見ていると犠牲を出しながらも柵にとりつき、馬を降りて回り込んで縄を切ったり鎹を引き抜いたりして柵を壊したり、馬ごと体当たりして倒しているのが見えた。
横に広がったグループも犠牲を出しながら徐々に杭を引き抜いたり切ったりしながら前進して来る。
それらを見ながら徐々に速度を落としながら後退する。
ちなみにだが、山の戦士たちには戦斧ではなくカルヤラの盾と槍を配布している。鎧もカルヤラ兵に見えるように偽装しているのも当然だ。
敵の先陣が追い付いてきだした。はっきりと顔が見える。
「おい見ろ!女だ!女がいるぞ!!」
森の民から複数の女性兵を借りてケッコナやイアンバヌだけでなく、部隊に複数の女性が存在するのを目撃させている。
俺を見た騎兵が女女と叫んでさらに馬を駆けさせ、周りも勢いに乗っている。
「一人じゃねぇぞ!さっさと追いついてモノにしようぜ!!」
馬以上に鼻息を荒くしている騎兵たちが馬を急かしている。
もうすぐ追いつくというところで先頭の騎兵が視界から消えた。止まり切れずに後続も次々消えていく。
視線を下げると大穴が開いており、未だに止まり切れなかった騎兵が落ちていくのが見える。ふと森を見ても、同じ光景が目に入った。中には木の間に張られた綱に引っかかって首が飛ぶ馬もいる。
少し走るととうとう砦だ。
「そこそこ減らしたらしいな。だが、ウルホ、どうしていきなり射かけたりした?」
砦の目の前でホッコが待っていた。俺を見付けるなりそう聞いてくる。
「旨そうな馬が居たからだ」
俺がそう言うと呆れている。
「おいおい、こんなところまで遠征してきた馬が旨いわけ無いだろう?最低限の草と水だけで鞭打たれてんだ、まずいに決まってるだろう。替え馬や荷駄に旨そうなのが居たら確保しといてやるよ」
ものすごく顔が近いんだが、それを指摘するのも気が引けた。確かにそうだ。後方の替え馬とかならともかく、今乗っている馬が旨いわけが無いよな。ちょっと考えが甘かったようだ。
「まあ良い、ウルホと母親と綺麗どころを並べて馬賊を引き付けるぞ」
俺が目を逸らすとそう言って離れていった。あたりを見回すと近場の木に弓を持った森の民が一瞬見えた。どうやらすでに準備は進んでいるらしい。しっかし、壮大な釣り野伏だよな。きっとウゴルの騎兵たちは女が守る砦だと言って侵攻してきた主力が吸い寄せられることだろう。そのあとで何が起きるかは容易に想像がつく。




