82・色々心配されているのでちゃんと根回しすることにした
「ウルホ様」
ヘンナが深刻そうな顔で俺を呼ぶ。
「どうした」
俺が声をかけると非常に困った顔をしている。一体何をしたんだろうか。それとも、俺が何かしてしまったのだろうか。
「先ほどの使者ですが、父の、アホカス家の寄子となっている子爵です。ゼロの谷への支援は陛下に疑念を与えかねないものと・・・」
言いにくそうにそんな事を言ってくる。そんなに心配するようなことだろうか?ケッコナもだが、何をそこまで心配しているのかよく分からない。
「ヘンナの実家だ。そして、辺境と境を接している。支援することに何ら不都合もない。動く前にこちらから兄に知らせておけば問題ないだろう」
「たしかに、ウルホ様はそれで良いかもしれませんが、父や寄子の貴族たちがどう受け止めるかは話が別です。森の民や山の民の協力を得る我々が負ける事は無いでしょう。ただ、そうなれば、ウゴルを撃退したのち、その余勢をかって陛下に刃を向けないとも限りません」
ヘンナが何を言い出したのか分からない。なぜ、ウゴルを撃退したら兄へ刃を向ける必要があるんだ?
どうやら顔に出ていたらしい。
「もちろん、ウルホ様にその意志が無いのは存じておりますが、父や寄子の考えは分かりません。陛下ではなく、ウルホ様を立てる事を考えかねません」
「なぜだ?アホカス家はカルヤラ王国の忠臣ではないか」
そう言うと、ヘンナは困った顔をする。
「確かに、その通りです。父にはウルホ様のお考えも伝えては居ります。しかし、ウゴルを相手にしては近衛と言えども犠牲は大きくなりましょう。そうなれば、陛下の周りに隙が出来ます。そうなれば、良からぬことを考える輩が必ず出て来るのは必定、しかも、陛下はアホカス家への支援は遠回しに拒否しているのです。『アホカスは縁辺にコネがあるのだから』と、王都ではそのような話が飛び交っているとの話です。もし、こちらが動けば、その噂は王都への反乱という尾ひれがつきかねません」
対外防衛戦をやっている最中に何とも暢気な話だ。しかし、話を聞く限り、ウゴルはそれほど容易い相手ではない。王都の貴族連中というのはそこまで浮世離れしているというのだろうか。あきれてものが言えない。
「もし、父がその様な噂に乗せられるのであれば、私自ら父の前に立ちはだかる所存ではありますが、ウルホ様も父への連絡には注意を払ってください」
ヘンナはそんなことを思いつめていたのか。
「心配しなくとも、その辺りは考慮して連絡を取る。兄との間にも十分な連絡体制を敷いたうえで行動しよう」
ヘンナにそう言って、まずは兄へ手紙を書いた。当然だが、事前に俺がカルヤラ北部での対ウゴル戦を行う事への許可をもらう事と、兄からも義父へ、俺が兄の要請の下で支援する事を伝えてもらうためだ。
義父にもあくまで、王都防衛で戦力が不足する分の補完として、俺がゼロの谷の防衛に当たる旨の手紙を出すことにした。
その話をしたら、ヘンナも肩の荷が下りたのだろう。ホッとしていた。
「ところで、ゼロではどんなものが作られている?」
ゼロは谷間、最大都市のスッコゼロも地峡に位置しているという知識はあるが、それ以上の物は無い。地峡というのだから、薄い林と草原や沼地に湖が広がるラガードの光景に近いモノを思い浮かべてしまう。そして、書物でもその様に解説されていたはずだ。
「はい、畑になる土地は少ないので、主にヤギの放牧を行っています。初夏には毛を刈り、毛糸としています」
「そうすると、食べるのもヤギの肉が多いか」
「そうですね。祝いの席などでは生のヤギ肉も振舞われます。日常的には乳やその加工食品が多く食べられています」
ヤギの刺身か。昔の日本では馬刺し以外にもいろんな肉が生で食べられていたが、食中毒事件で死者が出たことから多くの生食が禁止されている。随分食べていないな、馬刺しやユッケ。
生食文化も日本では魚介類の刺身は普通だが、欧米では寄生虫が問題視されて冷凍して寄生虫を死滅させないといけない地域があったりする。日本だと肉について同じような厳しい規制があり、昨今では馬や特定の地域を除いて、肉の刺身はほとんど食べられていないが、食中毒が半ば日常化している牡蠣は生で食べるのだから、これはもう「文化の違い」というしかないだろう。そうか、ヤギか。食ったことないな。
機会があればヤギを食べてみるのも良いかもしれない。近々行く事になるが、そんな時間があるとも思えないので、またの機会になりそうだが、頭の片隅に置いておこう。
手紙はいつものようにナンションナーにやって来るカルヤラ商人に託したら、案外迅速に兄から返事が来た。
「ヘンナ、兄は承諾してくれた。王都で正式にゼロの支援を僕が行う決定が近々出るらしい。ウゴルの侵攻が確認され次第、スッコゼロへ向かうことになった」
それを伝えると、ようやく普段のヘンナに戻った気がした。さて、また戦になるようなのでホッコにも連絡を取る必要があるだろうな。すでにケッコナが色々話を付けている気がしないでもないが、一応聞いてみるに越したことはない。なぜか、そんな話をイアンバヌにしたらニヤニヤしていたが、何でなんだろうね。




