80・とある国王の画策
「陛下!ウゴルの騎兵が現れました!!」
そろそろ夏になろうかという頃、幾分予測より早くウゴルが来襲した。
「そうか。で、手はず通りだな?」
俺は報告に現れた騎士にそう尋ねた。
「ハ!ぬかりありません」
そう返答が来た。
南部で栽培する秋播きアマムの収穫をすでに終えている。そして、ラガーの谷より西、或いは南の地域の収穫物は戦費の為としてすでに徴発済みである。もちろん、家畜もほぼ根こそぎ引きはがしている。
「谷の関所は指示通りに開放しているな?」
当然だが、食料を奪えば村人共は生活できない。食料を求めて谷を越えてこちらにやって来るしかない。
「ハッ!ご指示のとおり、税を取らずに自由に入ってこれます」
だが、当然ながら、全員が移動する事は無い。しかしだ。
「ウゴルに追われた民共の収容も進んでいるな?」
結局、村に居残る者の数もそれなりに多い。
相手は遊牧民だ。まず、食料を求める。もし、それらが出せないとなれば村を襲うのは何時もの事だ。そもそも、我が国は谷と湖を境に向こうはウゴルの領域。時折ラガーの谷やガネオ湖沿岸にウゴルの連中が現れるのは昔からだった。
ここ最近、連中が山の民が入り込んだ半島を攻めていたのは連中の主食であるイモに病気が蔓延したからだと言われる。病気に侵されていないイモと土地を探して半島へと攻め込んでいたようだ。
山の民が半島から退いたことで戦いは終わっているが、山の民が負けて叩き出されたという訳ではないだろう。神盾を持ち、馬すら一刀両断に斬り伏す戦斧を使う連中だ。何らかの思慮あってのことに違いない。
カルヤラ海沿岸での交易を主とする我が国と違い、山の民はハルティの外にも交易都市を持つ。
半島という結節点はウゴル配下の海賊や交易商との争いの地ではあった。が、山の民はさらに東の島国とすら交易を行う。
ならば、半島に頼らずに交易を行う手段と拠点を既に得たという事なんだろう。或いは、島に反攻拠点を構築したのち、半島奪回に動く腹積もりなのかもしれない。
連中の海賊では山の民の水軍には勝てない。たかが一隻に百隻近い軍船を手玉に取られるほどだ。半島を得たところで、実利は小さかったことだろう。
そうなると、他に目を向けるのは必然だ。なにせ、目の前にはカルヤラという肥沃な土地と、そして、ウゴルに組しない沿岸諸都市群の首領が居るのだ。ウゴルの連中もイモ以外も食えるのだから、イモが病気なら、沿岸都市やカルヤラからアマムやピヤパを買い付けて飢えをしのぐのは当然の帰結だ。
が、それでは自らの持ち出しばかりが多くなる。我らは山の民とも交易しているのだから、ウゴルから得るべきものはそう多くない。
そう、連中にとって、持ち出しが多いカルヤラを手中にしてしまえば、出費も減る。いや、懐に入るものが増えると考えるのも当然ではないか。
なにせ、ウゴル族自身は騎馬民族であり、自らが農耕や海運を行っている訳ではない。攻め込んで服従させた農民や海賊を使役している。
連中がカルヤラに攻め込めば、当然ながらカルヤラも連中の奴隷となる訳だ。今でさえ境界に近い村では略奪や人さらいは時折起きている。
本格的に侵攻してきたという事は、これまでの様な盗賊程度の所業ではなく、本格的な物色を行っている事だろう。
「避難民の収容は進んでおりますが、若い女があまり居りません。ウゴルに連れ去られたり、慰みものにされ殺されたとのことです」
俺はそれを聞いてニヤリとしている事だろう。何せ予定通りだ。
それは想定されていた。沿岸都市群においても、襲撃してきたウゴルの連中は食料を奪う以上に女を物色していた。
当然、カルヤラでもそうすると考えて当然だ。その習性を利用しない手はない。
「ならば、例の募集は順調だな?」
俺は騎士に問うた。
「ハッ、すでに予定数を超えております」
「そうかそうか。で、その中で弓を扱えるものは?」
連中が女を襲い、慰みものにし、連れ去るのであれば、残された夫や親、子供はどうするだろうか?簡単な事だ。
「約400ほどです」
「では、弓を扱えない者が1000といったところか。我が紋のある神盾の数は?」
一瞬、騎士が固まり、考える。
「神盾でございますか?」
念を押すように聞いてくる。
「そうだ、神盾だ。紋の入った奴だぞ?」
騎士は少し考え、渋々といった感じで答える。
「およそ800程度はあるかと」
「そいつらにくれてやれ。すべてだ。素人でも扱える短槍を付けてやれ。無ければ、800そこらならばウルホに作らせた紋入りの奴があったな。それで構わん」
そう言うと、騎士は口をパクパクさて、発言を渋る。
「陛下!!神盾と軽槍は下賤共に渡すようなものではございません!!!」
騎士の代わりに叫んだのは宰相だった。
こいつは何を言ってるんだ?俺の紋入りというだけで、中身はウルホがヘンナへの医師団の謝礼やら俺への贈答に寄こしたものだ。最近は半島での戦いも終わり、山の民へ送るはずの武器がだぶついて、乾物代わりに寄こした事さえある。
「だから、何だ?所詮はただの盾と槍だ。我が紋の入ったモノを我がやると言うのだ。何処に間違いがある?」
「いえ、間違いなどでは無く・・・」
宰相は言いよどんだ。
「それにだ。近衛や王国騎士団には専用の武器を揃えている。ごく一部の騎士や兵に神盾や軽槍を渡したとてどれだけ役に立つ?一人や二人、ウゴルの槍を防いだとして、隊列が維持できるわけではない。ならば、ウゴルに恨みを持つ死兵に渡して壁になってもらう方が良いではないか。奴らは死の間際でもウゴルの連中に槍を突き出し、意識が刈り取られるまで盾を離しはしまい。一人でもウゴルを倒せるなら、自らの命よりウゴルを狩る事を優先する。そう訓練もさせる」
宰相はじめ、大臣連中は何やら言いたいらしい。が、口に出すものは居ない。そして、騎士を見る。
「お前はどうだ?」
問いかけられ、内なる迷いを振り払うように直立し、宣誓する。
「ハッ、陛下の仰る通りかと!我らの盾となり、カルヤラを守る壁として連中を調練いたします」
それで良い。
「畏れながら陛下。もし、その連中が生き残った場合、どうなさるおつもりか」
ようやく反論を見付けたように一人の貴族が問うてきた。
「何、そのまま盾や槍はくれてやる。我らがウゴルを撃退したのちは村へ帰し、国境の守りに就かせればよかろう。我が紋を持つ栄誉をやるのだ。不満は無かろう。不平が出ん程度の支援はするがな」
どうやら、予想外の返答だったらしい。もしかして、今度の戦に出陣し、お前が紋入りの盾や槍を欲していたのか?さぞ価値が下がって悔しかろう。バカな奴だ。
「しかし、神盾ともなれば・・・」
「我が紋を売り買いするか。やれるものならやれば良いではないか。覚悟があるならな」
得意げに発言しようとした大臣の言を封じる。王紋入りの品を売買すれば、死罪だ。知らんのかこいつは。いや、神盾の紋が山の民の腕と道具なしには潰せない事実はごく一部しか知らぬ話だったな。
「畏れながら、ラガードの守りを固め過ぎては、ゼロの谷へウゴルが向かいましょう。ゼロの防備はどういたしましょうか?」
アホカスに近い貴族がそう言う。
「まずは王都への進入を全力で食い止めるのが先だ。王都が陥ちればカルヤラ王国そのものが無くなる。ゼロの守りはそれからの話になるだろう」
貴族が落胆している。そうだ、そうやってウルホに泣きついて行けば良い。そうすれば奴が、山の民が、森の民がゼロへと出て来るだろう。少なくとも、ヘンナの懇願でスッコゼロの防備に出てくる。お前も今のうちにウルホへ媚を売っておけ。さて、アホカス家はどう動く?
「他にはないな?では、計画通りパーヤネンにラガードの防備を任せる。周辺貴族はパーヤネンの要請に応じ兵と糧秣、金銭を供出せよ。以上だ」




