78・とうとうヘンナの出産が近づいているようだ
田植えを終えた田んぼは順調に育っていると思う。すでに10日になるがまるで代わり映えしない。いや、多少、茎が太くなったかな?
水田に水を引き入れているのは随分上流から取水した用水なのだが、念には念を入れてさらに水温が上がる様に、無駄に水路を伸ばしたり蛇行させたり、挙句は無意味に水田周りをまわる様に配置している。おかげで無駄な手間がかかった。作った村人や山の民も不思議がっていたが、そもそも辺境の作物を雪解け水で育てようとしているので、水温を少しでも上げておきたいことを説明して納得してもらった。
ただ、問題はこれからだ。
辺境におけるシヤマム栽培は播種から収穫までずっと水を張っている。正確にはそうした湿地や沼地で栽培しているといった方が良いだろう。
しかし、俺が試そうとしているのは稲作のやり方だ。シヤマム栽培でも全く例が無いわけではない。辺境におけるアマムや野菜などの栽培の大半は天水栽培だ。つまり、灌漑による水やりではなく、ほぼ雨任せ、お天気次第というやり方をしている。
そのため、シヤマム栽培地においても、春の増水期には水があるが収穫を行う夏になると田の水がほぼなくなる地域もあるという。それならばと、ナンションナーでは稲作に従った栽培をやってみようと思い立ったわけだ。
そのため、まずは田植えを15~20日目までは常に田に水を張るが、それ以後、水が引いたら水を入れるという状態を一月ほど行う事にする。穂が出だしたら、そこから10~15日は常に水を張った状態にする。
倒伏を過敏に気にする気候ではないが、適度に分げつを止め、そして根張りを良くして収量が上がるようにしたい。もちろん、この方法がシヤマムに適しているのかどうかはやってみないと分からないところがある。
そうそう、辺境での種蒔きから発芽、生育を考えると、ナンションナーの方が数日から15日ほど早いように思うだろうが、収穫時期はほぼ同時になるだろうと予想している。
それというのも、気温によって生育がまるで異なるからだ。
例えば、ある品種の稲を4月末に植えた場合、収穫はお盆、8月15日頃だが、6月半ばに植えた場合、9月15日頃には収穫が可能になる。半月ほど生育が早いのだ。
それと似たように、田植えからひと月程度の気温が低いナンションナーとより高い辺境では生育に10~15日の差が出ると見込んでいる。
ただ、問題は春の気温の低さだけでなく、穂が出る夏場の気温だろう。温度計が無いので正確なことは分からないが、体感でも明らかに気温が違う。実際、クフモへ行ってみて分かったが、昼間の気温は似通っていると思えるが、夜の気温がまるで違う。そうなると、ただ日が照っているから暑いと感じるだけで、ナンションナーとクフモでは数度の気温差があるとみて良いだろう。
それはつまり、場合によってはナンションナーでは穂が出ないとか、実が熟さないといった障害につながる恐れもあるという事だ。
そう考えると、今年だけでなく今後数年は試験と種の選別を中心にやった方が良いのかもしれない。それを見るためにも栽培を行う訳だが、今年の状況次第では、本格的にナンションナーに適した種だけを数年かけて選抜していくという作業が必要になるかもしれない。ホント、農業試験というのは5年、10年かかるのは当たり前、下手をしたら20年ぐらいかかってようやくって可能性すらあるわけだ。
遺伝子操作したくなる気持ちが分かるだろう?
ある目的をもって品種改良を行う場合、従来の方法ならば、品種を掛け合わせて数千、数万の中から目的とした種を選び出すという作業が必要になる。納得できる種が出来るのは5年後か10年後か、はたまた20年かかるのかは分からない。
しかし、どこの遺伝子を弄れば良いか分かっているなら、そこを弄ればホラ。ね?
一般から見ると得体のしれないイカガワシイ技術かも知れないが、携わる者にしてみれば、それが使えるというならこれほど簡単に結果を出せる技術は無いという事になる。
枯葉剤耐性なんてのだって、薬品で用いる物質を受け付けない構造を付与するって話だから、巷でいわれる遺伝子組み換えの危険性ってのがどうにも良く理解できなかったりする。品種改良だって突然変異や自然界では稀にしか起きない交雑を意図的に利用してるんだから、ある種の遺伝子操作なんだけどなぁ~
もちろん、前世の様な道具や資料が無い現状では、高度な事なんかやりようが無いんだけど。
試験を兼ねているので、水田のうち一枚は収穫までずっと水を張ることにして、それ以外の水張り時期を変えてみることにした。
結果が見えてるって?
それはどうか分からない。稲も分げつ数を水を張らない期間を設けて調整してるんだから、適度に乾かした方が収量が上がるかもしれないんだよ。それはやってみないと分からない話だ。
俺が水田の水張りと除草について考えていると、そろそろヘンナの子供が生まれるかもしれない時期だという話になった。兄が産婆を寄こしたと思ったらケッコナもケッコナンから産婆を招いて来たという。何でそこまで対抗意識燃やすんだろうね。
そう言えばイアンバヌは自ら医者や産婆を呼ばないなと思っていたら、そもそも山の民は体が丈夫だからヘンナの参考にはならないそうだ。イアンバヌの母親も森の民だから、森の民がイアンバヌの出産に立ち会ったとか。まあ、どうでも良いが、なんだか子供が出来ると喜んでる感じじゃないこの雰囲気は何だろうか。君ら、一体何と戦ってるの?




