76・田植えを前に色々見て回ることにした
田植えを始めるまでの間、ホンデノが居る工房を覗いてみると、すでに複数の弓が完成していた。
確かに俺の弓より重いが、持てない訳ではない。引いてみると引き始めが少し重かった。
「これは僕のより少し重いな」
手を休めてこちらを見ていたホンデノに聞いてみた。
「それが重く感じるのは滑車のせいだ。量産するから滑車も妥協して作ってると言ってだな。あの二つとは根本から違う。山の民の盾を一枚射抜く程度の威力は出してるから十分役に立つんだが、威力という点では少し劣るだろうな」
俺の弓より少し劣るという。
「それで熊を倒せるのか?」
そう聞くと少し不思議がっていたが
「熊?倒せない事は無いと思うが、矢も通常の戦矢を使うことになるから一撃ってのは難しいかもな。騎兵相手なら間違いなく一撃だろう」
なるほど、一撃は無理か。しかし、その分数を作るからカヤーニの騎士たちでも複数で当たれば倒せるって事だろうな。
そりゃあそうだ、熊が出たからと言って毎年俺やケッコイたちが出向くわけにもいかんわけだから、カヤーニたちには自ら熊狩りが可能な武器が必要になるもんな。
俺はホンデノの話に満足して残りを頑張る様に言って工房を後にした。
弓にも短弓、長弓と種類がある。当然、さらに使用する材質でも分けることが出来る。さらに、矢も種類がある。
俺たちが戦矢と呼んでいるものは矢じりが鋭く尖ったモノで、硬い皮膚や鎧を貫通できるようになっている。
例の熊に対して使用したのは、皮膚が硬い上に脂肪層があるため、急所にダメージを与えようと思うとこれしかないからだ。
ただ、急所を外してしまうと矢鴨状態になる危険性もある。本来は戦において、鎧を着た相手に使用するために作られたものだ。
狩猟用で主に使うのは、もっと大きな矢じりを持ったモノを使い、筋肉や血管をぶった切って動物の息の根を止めたり動けなくして捕獲しやすくするために使う。
例えば、鹿に戦矢を撃ち込んでも、正確に急所を射ぬかない限りは矢鹿になってしまい取り逃がすことになる。猪だと襲われる危険性が高い。
そのため、一撃で得物の動きを止めるために、大きく平たく、剃刀の様に切れる矢じりを使う。
狩猟用の矢を戦で使っても、鉄や木の鎧や盾を貫通することは難しく、多重に重ねた皮鎧も熊の表皮の様に受け止められかねない。何より、獲物は確実に仕留めないと意味は無いが、戦では矢が刺さって戦意を失いさえすれば戦力を削れる。
矢を作る工房では多数の戦矢が作られていた。普通の矢は矢じり以外は木で作るのだが、コンパウンドボウの場合、引く力を通常の弓より強くできるので、金属製の矢を使うことになっている。そうすることで同じ射距離で重たい矢を当てることで、相手によりダメージを与えるためだ。こんな物でも使わなければ、あの大熊を倒すことは難しい。人間に使えば、鉄の鎧を着た重装騎兵と言えど、深々と矢が刺さってまともに動けなくなることだろう。近距離ならホッコの真似事だって出来るんじゃないだろうか?
しかし、僅か60程度の弓に対して作る矢の本数が多い。まさか、60人で囲んで熊をめった刺しにでもする気なんだろうか?不思議で仕方がない。
そんな謎を残しながら工房群を後にして、大工の下へと向かった。
頼んでいた田植え定規を見に行く。
「これで良い」
実物などテレビの農業アイドル番組でしか見たことが無い。田植え機が出来てこんなものは完全にすたれてしまったから、民俗資料館にでも行かない限り見る機会は無いだろう。
同じ、昔からある道具と言っても、唐箕なら今だに動力式になっただけで構造は同じだし、脱穀機に至っては小型の蕎麦や種収獲用はいまだ現役で販売されている。何より、ほぼ構造そのままの装置がコンバインやハーベスターに搭載されているのだからそこら中に溢れている。
田植えだけは機械化で本当に変わってしまった。手押し式田植え機なんてのもあったらしいが、正直、いきなりそれを作ろうとまでは思っていない。
そもそも、手植えでの1日当たりの作業面積が一反らしく、今ある苗程度ならば、数人で植えてしまえる。本当に実験としての栽培しかしない訳だから、あまり多く栽培して失敗しても困る訳だ。
この田植え定規を使う稲作というのは稲作の歴史から言うと相当に新しい。普及したのは明治も後半になってからだという。
それまでは地域ごとにそれぞれの植え方をしていたのだが、明治の農業改革によって新しい農法が確立するとともに弘められていったのだという。
時代劇では機械植えの田畑を使うし、漫画やアニメだってわざわざ乱雑植えを描写するより、画像から取り込んだ今の田畑を画にする方が早いだろう。
たしかに、今の感覚からすると乱雑植えなどは収量も低くて作業性も悪く思える。しかし、今の収量の多い品種で農薬や除草器具を用いた作業と昔の農作業には大きな隔たりがあった。
機械や農薬のない昔の農作業の方が大変だった。
一面ではそうなのだが、実際に作業を行う時間で見ると、明治以降の方が断然増えることになる。実は、昔の人は今ほど勤勉には働いていなかった。
夜は明かりが無い。灯火油は非常に高価なシロモノだったので夜なべなんてのはしたくても出来なかったし、日中の作業も暑さを避けて行う程度だったので、昼前までで終わるか、せいぜい夕暮れ前にもう少しという感じだったらしい。江戸時代のどこかの藩が出したお触れでも一日8時間も働けとは言ってないらしいから、現代社会という奴がどれだけ働き過ぎているのかがよく分かる。
勤勉な日本人?それって明治以降に作られた日本人像であって、本来の姿ではないんだそうな。
そうは言っても、俺の場合は除草機を使った除草や刈り取り機を使った収穫を考えているので、畑作で播種機を使っているように、水田においても正条植えを行う理由が存在している。
風通しだ何だと理由を付けているが、結局のところ、農業を産業として効率化するには機械化とそれに合わせた栽培法を必要とした。その結果が正条植えだったと言われた方が納得できる。
なにせ、乱雑植えでは除草の機械化すら難しいし、機械による刈り倒しなんかもってのほかだからね。




