66・イケメン騎士はやはり強すぎる
山の民が抱えている熊は見事にバッサリ切られている。話には聞いていたが本当にここまでとは思わなかった。
「それはお前たちがやったのか?」
「おうさ、コソコソしてたから追い立ててやったら向かってきたからこの通りさ」
誇らしげにそう言う。
山の民の怪力もあるが、何より得物がアレだもんな。
戦斧というと柄の長い小型斧が付いた槍だとか、ファンタジーでいえば本当にドデカい両斧を想像すると思うが、山の民が持っているのは柄を頑丈にした薙刀だな。
そうだな、薙刀と言うには語弊があるか。東欧で使われたバルデッシュという戦斧が一番近いのかもしれない。
なにせ、ロシアや東欧で使われていたバルデッシュは教皇庁から使用禁止の通達が出たなんて話もあるほど強力な武器で、人間を両断できたという。
今まさに、目の前にはほぼ両断された雪男クラスの大熊が抱えられている。
「あ~あ、そんなにしたら燻し肉にしかできないじゃないか。腸詰に使うにはもっと丁寧に扱わないと内臓がグチャグチャになってあっという間に食えなくなるんだぞ」
ホンデノが驚いた顔をして山の民を見ていると思ったら、そっちかよ!
「いや、ワリィ。凶暴でな、そこまで加減する余裕が無かったんだ」
山の民は熊の事を食料としか考えていないらしい。確かに、鍋はあんまりだったが、燻し肉なら問題ない。熊の腸を使った腸詰はデカくて食べ応えがある。猪の肉も入ってるから味もずいぶん良くなっているしな。これで、辺境で飼育している羊の肉なんかも使いだしたらさらに良くなるかもしれん。
ふと、俺らが倒した熊を見ると、見張り役の森の民が解体を始めていた。
彼らが喜々として熊狩りを言い出す理由はやっぱりこれだったようだ。
しかし、それから3日ほど周囲を捜索したが、熊の痕跡は見つかるのだが、熊にはまるで遭遇しなかった。
「公、熊が警戒して隠れてしまったのではないかと思われます」
森の民の情報を集約しているヘンナがそう言いだした。そして、
「クフモに連絡しましたところ、捜索地域を後退した方が良いと、ケッコイ殿が提案しているそうです。一度、クフモに戻られませんか?」
ケッコイがそう言ってるなら戻った方が良いだろう。熊の生態については森の民の方が詳しい。ホンデノにも聞いてみた。
「ああ、長と山の連中がほぼ同時に2頭を襲った訳だ。しかもどちらも瞬殺だろ?俺たちも上手く見つけようとしてるが、かなり警戒されたかもしれない。貴族軍を襲った連中は相当に頭が良いみたいだな。森でならこの辺りで襲いに来なくなるんだが、ここいらの住人が弱いと知ってるから俺らの隙を窺ってるんだぜ」
という話だった。
「そうなると、ここを離れるわけにはいかないと思うが?」
ヘンナがクフモへ帰ろうというが、この状態で俺たちが居なくなればこの周辺の村が襲われることになりかねない。
最悪の事態を考えて、柵や城壁のある街や村へと大半の住民を避難させてはいるが、それもいつまでもという訳にはいかない。
幸い、アマムはこれから収穫まではほぼ何もしなくて良い時期だから助かったが、シヤマムは今が収穫の最盛期だ。このまま放置を続けるわけにはいかない。
その日のうちに森の民の伝令によって俺の懸念がクフモに伝わり、翌日には回答が返ってきた。
「明日にはルヤンペ殿がこちらに到着するそうです。それを待って、我々はケッコイ殿が居る地域へと向かいます」
ヘンナがそう言ってきた。なるほど。しかし、では、ルヤンペが居た地域は?
「ルヤンペ殿が担当していた地域には、辺境騎士団の精鋭が出向いている様です。うまく行けば彼らが。少なくとも数日耐えればケッコイ殿が向かうことになると思います」
なるほど。そう言う体制にしたのか。
翌日、俺たちはルヤンペ一行と入れ替わる様にその場をあとにし、ケッコイが担当していた地域へと向かった。
当然だが、俺が歩いては足手まといなので、ホンデノに担がれている。ヘンナは驚いたことに山の民と同じ速度で同行している。そりゃあ、こんな近衛のエリートイケメン騎士に俺みたいなのが敵う訳が無いよな。
二日後、ケッコイの担当地域に入ったが、挨拶もそこそこにケッコイは出発していった。
情報の引継ぎは伝令役の森の民同士で行われており、ヘンナがその話を分析している。近衛の実働部隊に居たヘンナの能力は非常に高く、どこのイケメン軍師だと言いたくなるが、それだけ俺とは頭の出来が違うという事だ。
到着初日は引継ぎをした熊の推定位置を元に捜索したが見つけることは出来なかった。
ケッコイが言ったように、到着初日は派手に動くことなく、探索だけに留め、二日目も同様だった。
こうやって熊を安心させるのだという。
「では、公とホンデノ殿は村人と共に移動してください、私と山の民は護衛隊の一部としてついてまいります」
探索を続けて熊の動向を探っていると、四日目にようやく動き出したというので、村人を囮に熊をおびき寄せることになった。
確かに、村人を囮と言うと聞こえは悪いが、犠牲を出す気はない。あらかじめ向かう集落を決めて置き、最低限の村人だけを連れて行く。
街を出てしばらく歩いていると、ホンデノが熊の気配を察知したという。
「長、熊だ。ただ、そんなに近くはない。慎重に様子を窺ってるみたいだな」
最低限の村人の中には、子供や赤ん坊を抱いた女性もいる。敢えて、弱そうに見せることにしている訳だ。
護衛もヘンナと山の民以外は最低限しか居ない。潜伏している可能性がある熊は二頭。ホンデノによると、一頭だけらしい。今朝までの捜索でもこの一頭しか見つけることは出来ていない。
熊に警戒心を与えないように行動する。連れてきた子供は物分かりの良い子を選んでもらった。そうでないと死人が出かねないからな。
そのまま昼の休息となったが、熊は未だに一定の距離を開けて付け回すだけに留まっているらしい。山の民を見たが、どうやら知らぬふりに徹しているようだ。
昼の休憩を終わり、さらに歩みを進めることになったが、熊は未だ襲ってくる気配はない。
「本来なら元締めの弓隊を連れて来たら一発だったんだろうが、姐さんの率いているのは弓が上手いのは元締めの隊の半分程度だ。その代わり、気配を消すのは巧い。姐さん並みの連中がわんさといる。俺?俺は弓が上手いぞ。長には敵わないがな」
気配察知をしながらも、ホンデノは陽気に話しかけてくる。熊に気取られない為なんだろう。
森の民基準で弓が上手いってのは、弓の名手と天才程度の差であって、俺たちの基準でいえば皆化け物だ。
しかし、熊を相手どれるのは、それこそ一握りだという。俺はコンパウンドボウと戦矢で大幅なバフが掛かっている訳だが・・・
「そうだな。俺らでも山の軽盾を射抜くのは余ほど近づいてからだ。下手をしたら山の連中の矢が届くし、投げ槍だって飛んでくる距離だな。長、隊長が山の連中と手合わせしてたが、一体何もんだ?いや、長の妃って話じゃなくてな」
ホンデノがそう聞いて来たので、カルヤラ第二騎士団の有力者だったことを伝えると納得していた。
「なるどな。そりゃあ、実力はあるな。ウマゲの連中が恐れてるのがその騎士団みたいだしな。しかも、有力貴族の娘とは、長、草原の王に返り咲く気か?」
何気なくホンデノが聞いて来た。
「ヘンナは確かに、アホカス家の者だが、それだけだ。兄なら同格の貴族から妃を迎えるだろう。僕が返り咲く隙は無いと思うぞ?それに、せっかく自然の中で自由気ままにやっていけるんだ。今更、毎日権力闘争に追われる場所に戻ろうとは思わない」
そう言うと、ホンデノは肩をすくめていたが、何も言ってはこなかった。そして次の瞬間、ホンデノの表情が変わった。
「隊長!右だ!!」
くるっとヘンナの方を向くとそう叫んだ。
次の瞬間、それに反応してヘンナが右を向き、素早い動作で槍を動かした。
すると、急に藪から熊が躍り出てきてヘンナに襲い掛かる。
ヘンナはその攻撃をすべて凌いでいるようだ。山の民は恐怖に慄く村人の保護へと向かう。
ふと横を見るとホンデノが矢を番えて放つところだった。
が、ホンデノの矢はまるで当然の様にヘンナを襲う動きの一部として弾かれる。
「くそ、なんて奴だ!」
ホンデノが二射目を射るが、熊はまるで動じない。
俺はそこで熊の動きに見惚れている自分に気が付き、矢を番えた。
「長、冷静にな」
ホンデノが声をかけてくる。そうだな。どうせ気を散らしてヘンナの手助けしかできない訳だし、下手に力んでも仕方がないと思いなおすことが出来た。
幾分リラックスして矢を射ることが出来た。
ほら、ヘンナに合わせるかのような動きの中に、矢を弾く動作が上手く組み込まれ・・・・・・
「腕に刺さった・・・」
弾こうとする動作が微妙に遅れ、俺の矢が熊の腕に深々と刺さる。
一瞬、こちらへ気を取られる熊。
当然だが、ヘンナがそれを見逃す訳もなく、「ハッ!」と、いう掛け声とともに槍が熊の胸に吸い込まれてった。
熊は素早く腕を振り上げたが、勢いはそこで無くなり、ゆっくり腕を下ろすような動作をしたかと思うと、その軌道はヘンナへは向かわず、力なくダラッと垂れ下がってしまった。
「長もスゲェが、隊長もスゲェじゃないか。そのうえ、ケッコナと山の長の娘だろ?本当に欲が無さ過ぎだな」
呆れを含んだ目で俺を見て来るホンデノ。
俺は改めてヘンナの凄さを思い知らされた。熊殺しの騎士に組み伏されてたのか?俺。そんなの敵う訳ないだろ。ホンデノの言いたいことが分かる気がする。俺は龍や虎に囲まれた幼気な生贄って言いたいんだろう?
あれ?欲が無いってどういう意味?




