63・熊退治がこんなにあっさり行くわけがない
ヘンナが付いて来ると言い、ケッコイは当然のようについて来た。
俺には二人を振り切る術もなく、どちらかと言うと二人に助けられながら現地へと向かった。
そこはクフモから北上したところにあって、より一層森も深くなっていた。
「そろそろヒョウゲの境に近いかもしれないね。こんなところまで逃げてきた連中が居たとは、うっかりしていた。ホッコを連れて来なかったから広範囲に手が回ってなかったんだね」
ケッコイは腕組みしてそんな事を言っている。
「仕方がない。何でも完璧に行うことは出来ない」
俺がそう言うと、優しく微笑んでいた。
ここに来る間、クフモを出てしばらくは畑が続いており、アマムが青々と育っていた。すでに実をつけだしているようだが、色が変わっていないところを見ると、まだようやく穂が出てきたところなんだろうと思えた。
シヤマムはかなり米に近い、それも古代米と呼ばれる類の作物に見えたが、アマムはやっぱり麦に近い様だった。しかし、麦にあるはずの髭が見えないのは、異世界作物だからだろうか?
シヤマムが製粉ではなく、餅に向いているのも、米に近い、それも糯種だからだ。それに対してアマムは麦に近い。そのまま粥には出来るが、食材として使うには基本的に「殻を割る」必要がある。
米と麦の大きな違いがここだろう。
米の殻は薄くて柔らかい。そして、実が硬く出来ている。それに対して麦は殻が硬くて実は柔らかく、粉として使うのに向いている。米もすりつぶして粉に出来なくはないが、硬い実をすりつぶすのは非常に難しい。
そのため、米の場合は加工せずにそのまま粥やごはん、或いは糯種ならば餅にして食べるのが一般的だ。
麦の場合は殻が硬いので、まずは殻を割らないと有効な食材とはならない。麦粥なども殻を割った麦が使われる。そうしないと消化にもよろしくないからな。
これが米類と麦類で大きくその利用法が違っている要因だろうと思う。詳しくは知らないが。
カルヤラでは前世の麦にあたるアマムが主要穀物なので、加工して食べるのが主流だ。対して辺境ではシヤマムが主要穀物なので、粥が主流だったらしい。
より北方の森の民がピッピを粥で食べて、木の実を団子にしていたのは何故なんだろうか?そこんところはよく分からないが、部族や地域の文化かもしれない、ピッピの麺を渡すと一気に普及していたくらいだからな。
多分、木の実で麺を作る事にも挑戦しているはずだ。出来たかどうかは知らないし、わざわざ聞こうと思っていない。
「ウルホ、あの村らしいよ」
川べりの開けた場所に家々が見えてきている。そんなに大きな村ではないらしい。
「ほかの村が襲われたりはしていないのか?」
そう聞いてみたが、今のところは無事らしい。
この村ではシヤマムではなく、木の実が主食として使われている様だった。
「もう、この辺りになると森の民の領域に近いからね。入ってきているのは木こりや猟師が大半だ。彼らは農作業をあまり得意としていないし、そんな時間も無いんだろうね。結局、そういう所では私らと近い生活になるんだよ」
ケッコイがそう教えてくれた。
なるほどと思うとともに疑問もあった。
「木こりや猟師が主な村なら、熊が襲ってくるのはおかしくないか?」
そう、慎重で冷静な思考が出来る熊がなぜ危険を冒そうとするのか?そこが不思議でならない。
「イアンバヌの矢が何とか心臓を射抜いていたのを覚えている?草原の弓ではイアンバヌと同等の威力を出せれば名人と言えるんだ。大抵の猟師だと、大熊の心臓を射抜くのは至難の業だろうね」
つまるところ、猟師が居るからと言ってそこまで大きな危険がある訳ではないというのだろうか?
確かに、狩猟を行うならあんまり強力な毒を使う訳にもいかない。つまり、熊が耐えられる程度の毒しか使わないなら猟師は大きな脅威ではないという事なんだろう。
対して森の民の場合、その辺の平凡な弓使いであってもイアンバヌ並みのことは出来てしまう。危険性を考慮すれば、森の民を狙うのは下策という事だろう。
「それなら、僕がここで熊を狙っても、熊は全く気にせず出てくるな。ヘンナだと警戒されそうだ」
ヘンナを見ながらそう言う。このイケメン、いわゆる細マッチョタイプなんだよね。パッと見どう見てもイケメンにしか見えないんだし。俺なんかまるで敵わない怪力だしな。襲われて抵抗できないのも当然だ。
「公!」
どうやら察したヘンナが俺を睨む。
「そう怒るな。実力者と言いたいんだ」
そう言っても全く表情が変わらなかった。
「確かに、ヘンナならば熊の心臓を射抜けるだろう」
ケッコイも俺に追随している。
「それに、気配を消せない。熊は僅かな匂いや気配で相手を察知することが出来る。相手が強いかどうかを判断できるけど、私ならそれを狂わすことも出来る」
俺に付いて来たがるヘンナに真顔でそう言っているケッコイはちょっと怖かった。
「わかりました・・・」
納得はしていないようだが、何とか了承してくれたらしい。
その夜には早くも周辺を探索していた森の民から熊を発見したという知らせが入ったので、その周辺へ向かう事にした。
「どうやらあの向こうらしいね」
同行しているのはケッコイともう一人だけ。
俺はルヤンペ製のコンパウンドボウと戦矢をもって二人の間に挟まれている。
コンパウンドボウは言わずと知れた滑車を用いた特殊な弓だ。森の民もそれを見た時には驚いていた。
戦矢もルヤンペ製の特殊な矢を使っている。ルヤンペによると、弓に使う軽鉄とは別の特殊な鉄で、普通の鉄より質量があって非常に堅くて重いらしい。そもそも、矢の本体は木を使うのが普通だから、こんな重い矢は普通は使わない。そもそも、鉄材ではうまく重心を取るのが難しいが、そこはルヤンペ、重いにもかかわらずまっすぐ飛ぶ矢を作ってくれている。
「居たね」
ふいに前方から声がした。気が付いたらケッコイの姿が見えなかった。きっと気配を消しているんだろう。
「ウルホ、私たちは少し離れてるから、普通の矢をまっすぐ前方に射てみな」
ケッコイがそう言うので頷いて用意していた普通の矢を番えて引ききらずに放ってみた。
すると、俺でも分かるところに熊が現れたではないか。
事前にケッコイに言われていたように、手にはすでに次の矢を持っていたのでそれを番える。当然、戦矢だ。
思いっきり引き絞って待つ。
普通の弓なら長々と引き絞って待つなど出来ないのだが、コンパウンドボウは引き絞った時が一番力を必要としない構造になっている。だから狙いやすく、命中率が良いのだ。
熊は仁王立ちになって威嚇するポーズをとったので矢を放つ。
熊が腕を動かしたのが分かった。どうやら矢を払い落とす気らしいが、さっきの矢の感覚でそれを行ったせいでまるでタイミングがあっていなかった。
「グゥウ・・・」
短くそう唸って倒れてしまった。
「やるね、ウルホ」
ケッコイがすぐ隣にいた。
「やった・・のか?」
「ルヤンペが胸を張ってウルホならできるって言うはずだよ。何、その弓。私の弓と変わらない矢のスピード出てるんじゃない?」
そんな事を言ってくる。
「一撃で仕留めたならそうかもしれない。射距離だけならホッコの言った距離も飛ばせる」
そういうとケッコイは微笑んでいた。
「ケッコナの夫だもの。そのくらいはやって貰わないとね」
熊を倒すのこんな簡単で良かったんだろうか?俺には疑問な光景だった。




