62・どうやら熊退治をしないといけないようだ
クフモ近郊の村に持参したハーベスターを設置した訳だが、さすがにここだけという訳にもいかない。
しかも、ハーベスターは未だ量産には至っていないので辺境の村々にばらまくことも出来ない。
が、足踏み式脱穀機と唐箕であれば地元の大工や鍛冶屋でも作ることが可能だろう。
ナンションナーではまるで必要が無かった脱穀機がようやく日の目を見ることに俺は喜びを感じていた。
なぜ、千歯扱きではないのかって?
それは簡単だ。たしかに、アレは扱ぎ箸に比べて能率を上げることは出来るのだが、木に叩きつけたり、叩き棒による脱穀など、すでに存在する方法に対して大きな優位性はない。
あくまで穀粒の状態をきれいに保つかどうかで考え方が別れたにすぎず、千歯扱きが革新的かというと、難しい。
足踏み式脱穀機はというと、これは非常に革新的な機械で間違いない。
その能率は叩き棒や扱ぎ箸、千歯扱きを大きく引き離してしまうモノで、まるで比べることが出来ない。しかも、それでいて高度な機械という訳ではない。
もちろん、ただ木で作ったのでは足踏みで回すのは苦労がいるかもしれないが、金属の軸受けを使えば随分マシになる。本来ならば転がり軸受が最適ではあるが、この世界でそこまでの技術があるのは山の民だけ。しかも、精度を言うのであればガイナン、ガイニ以外は論外と言って差し支えない。
「軸が納得できねぇが、こっちで全て用意するならこれでいくしかねぇ。泥炭の採取が始まれば十分その収入でナンションナーから軸を買えるからしばらくの辛抱だな」
と、ルヤンペが愚痴を言いながら昨日から声をかけて集めた辺境の村々の大工や鍛冶屋に対して脱穀機と唐箕の作り方を教えていた。
ルヤンペはアレで擬音やジェスチャーで教えるのではなく、ちゃんと仕組みを説明している。外見や常の行動からは少々想像がつかないが、やはり、ガイニの長だけの事はあるなと納得した。
さて、どうして辺境で脱穀機や唐箕をひろめているのかと言うと、単に善意ではない。目的は労働力の確保にある。
というのも、辺境には多くの湖畔や川が存在し、湿地も多いが何より泥炭も豊富に存在している。
しかし、現状では泥炭採取を行う労働力の確保が出来ないのだ。
クフモやムホスにも大勢の人が居るにはいるが、彼らは都市における商業を生業にしている。人が居るからと彼らを泥炭採取に駆り出す訳にはいかない。
それに対して農村では人余りと言える状態ではあるが、現状では畜耕はそれほど盛んではなく、単位当たりに必要な人手が多い。
耕起や収穫のときには人余りどころか人手不足と言ってもよく、泥炭採取を通年で行う労働力とはなり得ないのが現状だ。
耕起については運河の開通を待って、牛と犂の導入を待たなければ人手を減らす手段は無いが、収穫、脱穀についてはすぐにでも取り組める。
まずは冬の薪備蓄を泥炭に転換するために秋の労働力の確保から始めようと思っている。
そうすることで辺境の燃料事情が大きく改善し、森林伐採の抑制にもつながる。懸念される下草刈りや間引きが行われないことによって森があれる可能性だが、それはあまり心配しなくても良い。牛を飼うにはそれなりの木や草を必要とするので、牛が代わりにやってくれることになる。そして、森の民が居住するので、彼らの住処として森の整備をやってくれることだろう。
そんな事を考えていると、森の民が息を切らしてやって来た。
「熊が出やがった!」
周囲は森なんだから熊ぐらいいるだろうと思ったが、そう簡単な話ではないそうだ。
「今の時期に出てくる熊は危ないね。この辺りが人の領域だってことくらいは知ってるだろうに」
ケッコイも困惑気味だ。
「森が近いから出て来るのも当たり前ではないか?」
という俺の考えに首を横に振る。
「熊はウルホが考えるよりも慎重だ。いつぞの二頭にしても、ずっとつかず離れず機会を窺っていただろう?あいつらは警戒した相手を容易に狙ったりしない。ただ・・・・・・」
今回出没している熊は貴族軍の残党を食い荒らした可能性があるという。敗残兵が抱えていたであろう食糧や敗残兵を貪り食い、同じものを求めて森を出て来たのではないかという。
「郷でも時々牛や子供が襲われてしまう事がある。そうすると、しばらく周囲を熊が徘徊しだすんだが、大抵は私らの殺気を感じ取って遠巻きにする。だが、ウルホの様な弱そうな人間を見付けると執拗に付け狙ってくることがある」
なるほどな。そうなると、熊が出る周辺の村はかなり危ないことになりそうだ。
「森の民が退治すればすみそうだが?」
そう、なんとも手っ取り早い話だ。ケッコイは俺に微笑みかけてそれを否定した。
「熊は賢い、そして慎重だ。私らが出張ったら隠れて出て来ないよ。そして、目を離した隙に狙いに来る。今のまま放置するよりたちが悪いだろうね」
というはた迷惑な話を聞かされた。
「なんだ、だったら嬢ちゃんが討伐して来い。熊の1頭や2頭、今の嬢ちゃんならどうとでもなるだろう?」
これまで静かに聞いていたルヤンペがおもむろにそんなことを言い出す。
「ルヤンペ、確かにウルホはアンタや私らを従えるようになったが、彼自身の武技はそこまででもない。一緒に居ればそのくらいは分かる」
ケッコイが止めに入る。確かにケッコイの言う通り、俺は山の民や森の民の様な力も技も持ち合わせていない。熊は熟練者の持つ殺気を敏感に感じ取ることが出来るそうで、熟練者を避けて通るとさっきケッコイも言っていた。
「だからだ。嬢ちゃんは俺特製の弓を持ってるだろ。ふつうの弓じゃあ、嬢ちゃんのウデで熊を倒すなんて不可能だ。が、あの弓と矢があれば、熊だろうと騎士だろうとイチコロだ」
ルヤンペがニヤッと笑う。確かに、あの弓と戦矢ならば、騎士の鎧だって楽に貫通する。あげく、普通なら到達させる事すら難しい200メートルくらい飛ばせる上に、50メートル程度ならば容易に狙った的を射抜ける。
そこら辺の弓ではどうやっても真似ができない性能と威力が保証済みだ。しかも、そんなものの存在を熊が感じ取るのは不可能だろう。
「そうだな、僕がやってみよう」
俺もルヤンペの提案に乗る事にした。
「公!危ない事はおやめください。公にかわって私が!!」
ヘンナもそう言ってくるがそれも制した。
「近衛で上位にあったヘンナが殺気を出したら熊が逃げてしまう」
不満顔だが、弓の威力を知っているだけにそれ以上何も言えない。




