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57・一難去ってまた一難らしいが、俺は兄を信じている

 長い夜が明ける。と言っても俺自身はヘンナが襲ってこないのでぐっすり寝ていた。


「敵らしき軍勢は周辺にはいないようですね」


 そもそも、地上での移動はかなり大変だし、千人もが展開できる場所など限られてくる。地の利を知る者が居れば案外少人数でも対処できるのではないかとも思えるが、それは明るくなってはじめて出てきた発想だった。

 ルヤンペは昨日の時点でそこまで分かっていたのかもしれない。


 そして、もう一つ厄介な問題が存在している事に今更ながらに思い至ることとなる。


「迂回して待伏せされているという可能性は無いのだろうか?」


 俺がそう言うと皆が深刻な顔をして議論を始めた。


 まず、俺が来ている事を包囲軍が知っているのかどうかだ。単に主要交通路の水運中継地を掌握しようとしているだけならば、敵は僅かな手勢でここへやって来ることも考えられる。が、俺が来ている事を知れば、所在を確認するために今も動き回っているかもしれない。下手に屋形船みたいなもので移動しては発見されやすくなるのではないか。


 そのような検討がなされているが、そもそも情報が少なすぎる。俺自体は全く軍備を有していないのでカヤーニの部下たちだけしか動かせる要員が存在しない。情報収集や連絡手段で明らかに劣勢と言って良いだろう。


 昼近くになったがまるで結論が出ない堂々巡りばかりしている。なんせ、数が少なすぎる。ここに森の民でも居れば状況はまるで変って来るのだろうが・・・


「ウルホ、居る?」


 ふと、聴き覚えのある声がした方を向くと、ケッコイが居た。今まで居なかったように見えたが、森の民だからいつから居たのかははっきりとしない。


「ケッコイ。どうしたんだ?」


 俺としてもあまりに突然な登場についつい場違いな返答をしてしまった。


「カヤーニが困っていたから助けて来たよ。この辺りをうろついていた兵も捕まえてるけど、どうする?」


 どうすると言われても困る。それに、ホッコは来ているのだろうか。


「あ、ホッコ?それなら大丈夫。今回は郷に置いて来たから」


 そう言ってニコニコしている。いや、なんか怖いんですけどね?


「そうか、置いて来たのか。それより、捕らえた兵はどのくらいだ?」


 まずはそこだろう。果たしてこの辺りにはどれほどの兵が居たのか。


「千人程度かな。何グループにも分かれていたけど、全部捕まえたからね」


 こともなげにそう言うのだった。

 

 なぜそんなことが出来たのかと聞いたら、カヤーニの帰還事業と同時にその監視を行っていたのだという。

 たしかに、元敵なのだから、本当に俺に従うかどうか分からない。監視の必要はあるんだろう。


 監視対象のカヤーニはまるで不審なところは無かったらしいが、辺境軍ではない一群がカヤーニの領地へやって来たので詳細を偵察すると、どうにもおかしいことが分かったという。


 そして、クフモへやって来た一群はカヤーニへと助勢の申告に来たらしい。


 しかし、すでに事件は終わり、自身が俺に降り、さらには王の裁定で辺境北部が縁辺に編入されたという話を聞いて激怒。クフモの砦を攻撃しだしたのだという。


 その事態に、ケッコナ率いる森の民の部隊は包囲軍を攻撃するとともに、一部を分離した支隊の捕捉へと向かわせ、全員を拘束したのだという。


 なるほど、ホッコがナンションナーへ来て以後、森の民はそんなことをやっていたとは知らなかった。ちなみに、ホッコなのだが、本来、本人が来る必要が無かったのにナンションナーへやって来たために、ケッコナンでかなり怒られたのだとケッコイは言う。誰に怒られたのかを聞く勇気が俺には無かったが。


「そうだったのか。すまないな」


 俺がそう言うと、ケッコイはニコニコしている。先ほどの恐怖心はない、本当の笑顔だった。


「どういたしまして。妹の夫がこんなところで死んだら大変だからね。このくらいの手助けなら構わないよ」


 そういうが、これはそんなお手軽な話ではない様な気がするんだが。まあ、気にしても仕方がない。


「ところで、捕らえた兵だが、どこから来ているんだ?」


 そう、それが気になるところだ。


「辺境周辺の貴族領から来たみたいだね」


 という事だった。それなら通達が回っていないはずはないのだが、いまいちよく分からない。


「そうか。ならば、その兵たちも一旦クフモへ連れて行こう。僕たちもこれから向かいたいが、すでに安全なんだな?」


 相当と大きく頷いている。


「もちろん」


 ケッコイがそう言うので、不安そうな伝令の騎士をよそに、俺たちはクフモへと向かう事にした。


 クフモまでの船旅は非常に順調だった。


 状況に変化があったのはクフモが見えてきたころだっただろう。幾筋かの煙が立ち上っていた。


 それを見て随分不安になったのだが、クフモの街自体に被害はほとんど無いらしい。


 なんでも、交渉が決裂して貴族軍が攻めだした途端、指揮官ばかりを正確に射倒されて統制が取れなくなったところを森の民によって動きを封じたのだという。


「ところで、敵兵はどうしている?」


 俺のそんな問いにケッコイが不思議そうな顔をする。


「敵兵?腰に紐を付けて繋いでいる。監視を付けているから逃げ出す事はまず無い」


 と自信ありげに言った。


「そろそろ寒暖差が出てくるころだ、出来れば早めに帰還させてやりたいが」


 そう言うと、ケッコイも微笑んでいた。


「大変だ!」


 波止場につくと同時に、森の民がこちらへと駆け寄ってきた。


「どうした!」


 ケッコイがその森の民を誰何する。


「港町に草原の軍船が現れております!一部は港町へ上陸、先遣隊、もしくは使節と思われる一団がこちらへ向かっております、到着は明後日!」


 兄の侵攻の際にも思ったが、森の民の能力は本当にすごい。今回の場合、伝令と手旗信号のようなものを組み合わせているらしいが、ほぼその日のうちにこうして情報が入ってくるのはさすがにチートだ。カルヤラには未だに手旗信号なんて存在しない。ちょっとした合図だけなら大声やいく種類かの旗の組み合わせでどうにかなるので、それで間に合わせている。詳細な情報伝達術は未だ未発達と言って良い。


「ウルホ、本当に草原の王は信用できるの?」


 ケッコイがそう聞いてくる。確かにタイミングが良すぎる気もする。だが、兄はそこまでバカなはずがない。


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