48・さすがにそれは想定外だった
兄が餐の間へとやって来た。
当然と言えば当然だが、護衛の騎士を引き連れていた。
「ウルホがどんな料理を出すのか楽しみだ」
護衛は空気の様に背景に溶け込んでいる。まあ、昔からそうだったから気にしてはいけない。
「では、お持ちいたします」
俺がコックに合図を出して、料理が運ばれてくる。大皿に盛られたそれを目の前で小分けにするのは一種の毒殺対策だ。こうすることで、皆が同じものを食べる。
当然だが、まずは毒見役が小皿にとってそれを食べた。
そして、席に付いた俺たちへと配膳される。
「ウルホ、これはフォークで食うのか?」
テーブルに置かれた食器を見て兄がそう問うてきた。
「はい、フォークで食べます。本来は棒二本で作られたチェというモノを使うんですが、カルヤラのマナーに合わせた食べ方を考えた結果、こうなりました」
俺がそう答えると、兄がフォークをもってフェンに差し込んだのだが、当然ながらそれでは食べ難い。
「兄上、こうやればとりやすいですよ」
俺がフォークをクルクル回してフェンを巻き付けて模範を見せる。兄もそれに倣って同じ動作をして、口へと運んだ。
「ほぉ、なかなか独特な歯ごたえと風味があるな」
今回使ったのはピヤパとアピオを混ぜたフェンだ。アピオのゴムの様なコシをピヤパで緩和し、さらに甘みや風味を加えている。
「もう一種類、用意しております」
俺が合図をするとそれが運ばれてくる。
「この色はなんだ?灰でも混ぜたみたいな色だな」
そう言ってなかなか食べようとしない。毒見役はというと、何でも食うのが役目なのか、無表情に食べていた。もっとおいしそうにしてくれたら兄も食べやすいだろうにと思うのだが、これは仕方がない。毒見役というのはそういうモノだから。
なので、俺が食べて兄を促した。
「これは森の民が食べているピッピという作物を粉にして作ったフェンです。色は食欲をそそりませんが風味は良いですよ。本来ならピッピのみで作ればさらに独特の風味が出るのですが、乾燥する関係上、アピオを混ぜてありますので、多少風味が弱いですが」
俺がそんな説明をし、隣ではイアンバヌやケッコナも食べている。
いつもならリスのような食べ方をするイアンバヌだが、こういう席ではちゃんと上品に食べることが出来るようだ。
いつもこんな上品にすれば良いのにとも思うが、アレはアレで可愛い。
そう思って二人を見ていると、兄も手を付ける気になったらしい。
「なるほどな。アマムとは根本的に違うなんとも言えん風味があるな。これはこれでよいかも知れんが、このソースがあるからだろうな」
どうやら兄は分かっているらしい。
「ピッピは独特な風味があるのでソースやスープを選びますが、風味が引き立つものを使えばそれはそれはおいしいですよ」
俺はニコニコそう説明した。
さて、これで終わりという訳ではなく、春まきも用意している。
「ほう、パンムを油で揚げたのか」
そう言って兄がピヤパで作った春まきを食べる。
「これならアマムでも作れそうだな。油で揚げるにはこのくらいの大きさが丁度良いだろう」
そう言いながら、兄がコックたちを見たという事は、今後もこれを出せという事なんだろう。
「はい、油で揚げる大きさはこのくらいが良いとお思います。余り大きすぎても後が食べられなくなりますし、おいしく食べる量というのもありますから」
カルヤラはオリーブが育つような温暖な気候とは言えない。湾内の島でなら育つかもしれないが、試してはいないようだ。
そのため、使える油は動物油脂が主流になる。ゴマや菜種と言った植物性油脂は搾油技術の問題もあって未だ高価で品質も動物油脂に劣る。
ナンションナーではミケエムシがかなり高度な搾油機や濾過器を作ってくれているので、ゴマ油や菜種油も安心して使えるんだが。
そもそも、ゴマや菜種を育てるには魚肥の量もかなり使う。ただ肥料にするのがもったいないので魚油も搾るようになった。ちょっと独特で使い道が少ないが、アレを機械の作動油に使うのは良い事なのかな?
閑話休題
そして、ピヤパだけでなく、ピッピのパンムも作って貰って、カルヤラ料理をパンムで挟んで食べている。
なるほど、王が率先してこんな庶民料理をたべるんじゃあ、フォークとナイフで食べるのが高貴という考えにも疑問が持たれるわけだ。
「うん、このピッピというのはなかなかに良いな。フェンという奴よりもパンムに向いているのかもしれん」
と、兄は言うが、パンムはピヤパとピッピの粉を混ぜている。そして、その割合も試行錯誤して今のパンムがある。ピッピの風味を楽しみながら、包む具材も生かす割合。これは意外と難しかった。当然、企業秘密だ。教えられない。
「このパンムは多くの具材に合う様に作っております。パンム粉は何時でも縁辺に在庫がありますので、買い付けに寄こしていただければお売りしますよ」
「商売上手になりおって」
兄がそう言って笑った。
俺が餐の間を選んだのは、ここが限られた人しか入れない場所だからだ。晩さん会などという事になればこんな会話は出来ない。とにかくすべてが格式と形式の中で決められている。そんなところで縁辺料理を食べてもおいしいはずがない。
難しい顔をした貴族たちがお互いの格式や権勢、派閥などのバランスを見ながら会話する、本当に味を評価しているかどうかも分からない賛辞は本当の意味でただの賛辞だと思う。きっと、縁辺に取り入ろうとする貴族ならば、魚油と葉野菜のすりおろし汁と魚醤で生臭く青臭いスープを作って出しても、嫌な顔一つせずに褒めちぎるだろう。俺はそんな賛辞に参加したくはない。そうだ、燻し肉の焦げた部分をそのスープに放り込んで、香辛料を混ぜて飲ませば・・・、きっと結果は変わらないな。翌日の体調がどうなるかを考えなければだが。
「ウルホ、お前はなかなか強かだな」
しばらく食事をしていて、不意に兄がそう言った。
「何がですか?」
意図が分からないので聞き返す。
「貴族連中を相手にせずに、俺だけに的を絞った。そして見事に俺の胃袋を掴んだ訳だ」
そう言って笑った。目が笑っていないが。
「特にそのような意図はありませんが?食事の味より相手の顔色を見ることが優先する貴族の晩さん会には、この料理は合わないと思ったまでです」
そう言うと、兄は笑った。
「そうだろうな。この料理は眼前のいけ好かない貴族の言葉に耳を傾けて意図を掴むなどという席には向かん。味の分からんモノを食いながらだからこそ、ああした折衝が出来るんだ。この料理は特定の相手を自らの思惑へ引き込むために使うモノ」
どうだという顔をするが、なるほど、胃袋を掴むという奴かと今ようやく納得した。
「そう言えばそうですね」
兄は何も言わずに微笑んだ。今度は目も笑っていた。
「さて、気が付いているだろうが、お前にはカルヤラからも人を差し出すことになっている」
そう言って兄が騎士の一人を見た。え?男?
「ヘンナ」
兄が名前を呼ぶと一歩前に出た。騎士の中では少し背が低い気がするが、ケッコナと同じくらいはあると思う。イケメンではあるが、俺、そんな趣味はないし、カルヤラにそんな慣習もないはずだ。
「ウルホは知らなかったか?アホカス侯爵家のヘンナだ。男勝りで近衛騎士なんぞやっているおかげで、王国有数の侯爵家令嬢にもかかわらず、どこからも声が掛からん問題児だ」
そう言われてみれば、なるほど、関西の歌劇団でトップスターが務まりそうではある。あのイケメンぶりならその人気は絶大だろう。イケメンアイドルだって裸足で逃げ出すこと間違いない。まあ、なんだ。男が自信を失いかねないほどにイケメンだしな。
「そう硬くなるな。今日見て分かっただろう?こいつは昔のウルホではない。お似合いの美男美女じゃないか?」
うん、あえて弄ってるよね?イケメンもどう答えて良いか困ってるよ。
「ウルホ、お前は美女の中に居てもまるで目立たないが、あの美丈夫がはいれば、少しは場が引き締まるかもな」
俺にもそんな事を言う。いや、どう返せばいいんだよ、それ。




