46・カルヤラへやって来た
船内の生活は特に不便はなかった。内航船なので食事が塩漬け保存食という事も無く、生鮮品を食べることが出来た。
「船長、船員たちにもこれを」
俺は夕食前に船長に乾麺を渡した。すでに船の上でも乾麺は食べられてはいるが、生産量が少ないので高級品だ。
「これはありがたい。縁辺公が持って行けばさらに喜ぶ」
そう言って俺を連れて厨房へと乾麺を持って行く事になった。
「おい、お前ら!縁辺公からフェンを賜ったぞ!」
船長はまず甲板でそう言い、さらに厨房でも同じように叫んでいた。
「さすが、縁辺の守り神だ」
「おお、ただ美形なだけじゃないところはさすがだな」
「カルヤラの貴族って、あんな感じなのか?」
「ンな訳ないだろう。縁辺公は特別だ。顔だちも気遣いもな」
そんな会話が聞こえてきた。特別な事はしていないが?ナンションナーでは何時もの事だ。
渡した乾麺は春雨状のモノ。アピオの粉から作る糸みたいな麺を茹でて冷気に晒して乾燥させたものだ。通常は素麺や冷や麦程度の太さで作るのだが、ルヤンペに頼んで専用の糸状の押し出し器を作って貰っていた。
「このフェンは通常の物より細い、湯にさらしてある程度置いたら透明になる。そうなれば煮炊きした鍋に入れて食べることが出来る」
そう言って説明しておいた。夕食は春雨入りの鍋だった。
そして、次の朝にはすでに目指すべき陸地が見えだしていた。
「昼過ぎには着く」
甲板で陸を見ていたら船長にそう言われた。
ただ、俺はその時少し落ち込んでいた。細麺を持ち込んでいたので揚げ麺にして使えないかと思ったのだ。
しかし、船上で揚げ物は危ないと言われてしまった。もう少し早く思いついていれば王宮で作ることも出来たのだろうが、春雨は船上での食事にと持ってきたので既にない。
それから数時間、とうとう上陸となった。カルヤラは前世の記憶からすれば小さな町に見えるが、ナンションナーと比べれば大きな街だ。ちょっとした丘に城塞がそびえているが、アレが王宮だったはずだ。
港には丸っこい船がたくさん停泊している。ガイナンカでもカルヤラでも、基本的に船と言えばあの丸っこい帆船だ。
しかし、俺が乗って来たのはそれらとは様相が異なる。
乗る前の印象は細長い船だったが、当然だが、幅を切り詰めて細くしている訳ではない。通常の船よりかなり全長が長いのが特徴で、マストも通常の二本に対して三本ある。
「あの丘にあるのが王宮だよね?あそこからもこの船が見えてるだろうね」
イアンバヌが横で王宮を見ている。
「見えるだろうな」
船が掲げる旗はガイナンカの印ではなく、縁辺の旗が翻っている。その下にガイナンカの旗もあるようだが大きさはその半分程度だろうか。
「この船を見て、旗を見れば、ウルホを殺そうなんて気も起きないと思うよ」
イアンバヌがそう言う。殺される心配なんて無いと思うが。
港に碇を下ろすと、まずは小舟を下ろして俺が来たことを伝えに行くという。
小舟が陸へと到着したのが見える。船員が浜の建物へ何かを伝えたのだろう。動きが慌ただしくなった。
しばらくすると小舟が帰ってきた。
「縁辺公への上陸許可が出たぞ」
小舟からそう叫んでくる。
「俺たちはここで待ってるから、行ってきな」
小舟が接舷すると、船長が促すようにそう言った。
「行ってくる」
俺はそう言って小舟へと降りて行った。
浜では仰々しくたくさんの兵士や役人が出迎えてくれた。
ここを出て縁辺へ行くときのアレがまるで嘘の様だ。
「縁辺公、お早いお着きで」
どこか厭味ったらしく偉そうなオッサンがそう言う。
「先ぶれの船が今朝着いたところでしたので、数日先の事と思っておりました。迎えの馬車を呼んでおりますので、しばらくこちらでも待ちください」
そう重ねて言う。
一般人が使う建物ではなく、貴族用の建物へと案内された。昨年の春は隠れる様に船まで連れていかれたのに、この違いは何だろうか。
イアンバヌは俺の隣で余裕そうな顔をしている。ケッコナは俺でもわかるほど警戒している。
あまり待つことなく馬車がやって来て、さっきの偉そうなオッサンに促されて馬車に乗り込んだ。イアンバヌとケッコナもそれに続く。
「本当に大丈夫なの?」
馬車に乗り込むなり、ケッコナがそう聞いてくる。
「そんなに警戒しなくていいよ。アレで来たんだよ?ガイナンカの誇る大型船『カメアシ・ライケ』はウゴルの軍船団をたった一隻で翻弄した伝説の船だよ。カルヤラでも知られてるよ。それにほら、縁辺の旗のすぐ下にあるのはケッコナンの旗だよ」
おいおい、なんちゅう船を呼んだんだよ、イアンバヌ。しかも、カルヤラが恐れるケッコナンの旗とか。それ、砲艦外交って言うんじゃないの?
俺は唖然とした。
「それなら大丈夫かな」
ケッコナもそれでどうやら安心しているらしいが、この異常事態に気が付いた方が良くないか?
俺がそんなことを思っている間にも馬車は進み、とうとう王宮へとやってきてしまった。
記憶の中でよく知る場所だけに、俺は何とも思わなかったが、ガイナンやケッコナンには存在しない建物に二人は驚きを隠せないようだった。
「石を組んでこんな大きな建物造るんだ。すごいな」
表面上、冷静さを装いながらイアンバヌがそう言う。
「石積みで丈夫そうな建物だね。でも、私たちはこういう所はダメかな」
ケッコナは辺りを見回して、木で出来たモノが扉程度しかないことに落胆していた。森の民は木で作られた建物でないと落ち着かないのかもしれない。
「こちらでしばらくお待ちください」
王宮では俺の顔見知りが案内してくれている。確かこの人は大臣だったはずだ。
「縁辺公のごとうちゃぁ~く」
暫くすると、そんな掛け声とともに王の間へと案内された。
俺にとっては良く見知った王の間。だだっ広い部屋に、人の背丈ほどのひな壇があって、大きな椅子がそのてっぺんに据えられている部屋だ。
「よく来た。ウルホ」
一年ぶりの兄だった。兄の周りにいる面々も代わり映えしない。




