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30・はじめて牛を見た

 ウマゲからケッコナンへ行く道は一本しかない。しかし、目の前には複数の道がある。

 これが前世であればどれがどこへ向かうのかは山道でさえ何らかの標識があっただろう。いや、ファンタジー世界ですらあるはずだ。


 しかし、目の前の道には何ら行き先を記したものが無い。


 もちろん、森の民の識字率ウンヌンなどという問題でもない。そもそも、街を移動するものというのは相応の知識を持ち合わせたものが多い。何の知識もないというのは、つまり、外へ出ていく知識そのものが無いという事になる。

 例えば、文字が分からなくとも行き先となる街の紋章などがあれば、矢印と共にそれを記すだけで行き先を示すことが出来る。文字が読めなくとも、街の紋章くらいは多くの者にとって十分理解が可能なはずだ。が、その様なモノすらそこにはなかった。


 ホッコとケッコイは何ら立ち止まることなく一本の道を進んでいく。


「なぜ、分かれ道に行き先を書いていないんだ?」


 俺は当然のようにそう聞いた。が、ホッコは意味が理解できていないようで、首を傾げていた。ケッコイもよく分かっていなかった。分かっているのはイアンバヌだけらしい。


「道案内が無いのは、方角でそれを判断できるからだよ。草原や山の上ではちょっとした丘や峰で向かうべき方角へまっすぐ進めない場合があるけれど、この森は川や谷こそあるけど、大きく迂回して進むような峠が無いんだ。だから、街のある方角へ向いて進めば自然とその道が街へと通じている。方角さえ分かれば、道案内は必要ないんだ」


 イアンバヌによると、今向かっている北西がケッコナン、先ほどの分かれ道から北へ向かへば、ガイという、ガイニの近くの郷、南西へ向かへば、テンゴという郷、テンゴへの道を少し進んで南へ向かえばラッピへ行けるそうだ。


「森の民がほとんど使わない海沿いの道なら大公領へ一本道だよ。谷へ入らずに森の縁を通れば道は見つかると思う」


 そんな道があるとは知らなかった。いや、そう言えば大公領からナンションナーへの街道整備の話が出た事があったはずだが、きっとその道の拡充の事なんだろう。



「なんだ、山や草原というのは道すらまともに整備できないんだな」


 ホッコがどこかピントがずれた感想を言ってくるが、それは確かに人と牛が歩けたら良い広くても前世の歩道分の広さ程度でしかない道幅ならまっすぐ整備も出来るだろう。起伏も無理に迂回せずに登ってしまえばいいのだから。

 しかし、荷車があるとそうはいかない。迂回する必要が出てきてしまう。カルヤラ名でいえばラッピ高原と呼ばれる森の民の領域の大半は平たんな森で、極端な谷や山が無い。川や湖はあるが、それらは道沿いに進めば何らかの集落が結節点に存在するから何ら支障がない。

 ケッコナンへ向かう道もしばらく進むと川にぶつかり、そこからは川に沿って進むので、正確にはまっすぐとは言えないが、極端に迂回をしている場所はない。北西へ向かうはずが南へ回り込むというような湾曲した道ではないし、仮にそのような地形の場合、そこから別方向へ向かう道が分かれているという事も無い。

 その辺りはうまくできている様だ。



 そんな話をしながらしばらく進むと前方から何やら大きなものがやって来た。


「もしかして、アレが牛なのか?」


 次第に近づいてくるとその大きさが分かる。目の前で見たソレは、象ほどもはないけれど、俺の知る牛に比べて1.5倍は十分にあるだろう。そんな巨体だった。


 ホッコとケッコイは何言ってんだ?という顔で俺を見る。イアンバヌを見ると意図を理解してくれたらしい。


「アレはガイナンカに居る牛と比べるとかなり大きい。ガイナンカの牛はアレの半分より少し大きいくらいだと思う」


 それを聞いてホッコとケッコイもようやく理解が出来たようだ。


「そうなんだ、牛といえばコイツだから不思議なこと言うなと思ったんだけど、大きいんだね、この牛」


 ケッコイが妙に感心している。


「そう、こんな巨躯だから荷車が必要ないんだと思う」


 俺もそこに付け足して説明した。単に体高があるだけではなく脚も丈夫そうでかなり太い。サラブレッドと道産子みたいと言えばいいのかな?体つきはそんな感じだ。


 ノッシノッシ遠ざかる牛を見ながらホッコやケッコイに説明していた。


「あの牛なら二頭引き、いや、三頭引きの犂を軽々と曳くかもしれない」


 そう付け足した。


「スキとは何だ?」


 ホッコにそう聞かれたので犂の説明をしたが、イマイチ理解できていなかった。ピッピとかいうの作ってるんだよね?それなのに分からないのだろうか。


 そんな疑問を持ちながらも歩みを進める。今日はどうせ野宿だが出来るだけ先へ進むことはみんなの共通した意見だった。


 そこで初めておかしなことに気が付いた。そう言えば、3日か4日で着くのではなかったか。


「小株だけなら走らせればいいんだが、お前にはそれが無理そうだからな。余計に時間がかかっている」


 ホッコにそう言われた。そういう事だったのか。確かに、山の民の持久力は俺たちカルヤラ人より高い。力もあって持久力もある、身軽な森の民に付いて行けるのはそういう事か。ホッコがおんぶしてやってもいいというのをケッコイが蔑んだ目で見ていたが、それについては気にしないことにした。




 そして翌日、ようやくケッコナンへと到着することが出来た。

 そこは湖の開けた湖畔といった感じの場所だった。かなり広い。そして、湖を取り巻くように森の民の生活圏が広がっているのが見て取れた。牛もそれなりに居る。 


何故か森の民編がまだ終わらない。


どうしてこうなった?

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