16・想定外だよ、それは
ミケエムシが持ってきた中耕機で草取りが非常に楽になった。ヒトリビキがあるので魚肥を播いてコンコを播くのはどうかと言ったら、すでに種まきの時期を過ぎてしまったらしい。元からある畑で栽培している分しか収穫は無理だという。しかし、夏に播けば冬にちょうど収穫期を迎えるそうで、そちらに期待している。
全滅も覚悟したアピオは半分に届かない程度だがツルが伸びてきている。枝を組んでツルを伸ばせるように作った棚が無駄にならずに済んでよかった。
そう言えば、ルヤンペが帰ってそろそろひと月ではなかろうか?準備があるというのでそれなりの期間は掛かると思ったが、ガイニというのはそんなに遠いのだろうか。
来ないモノについて暢気に考える余裕はない。
今更だが、ナンションナーの村は中世ヨーロッパと違ってトイレがある。僅かな期間であったが、砦や王宮、当然ながら例の牢屋にすらトイレは存在しなかった。
その中で一番マシだったのは牢屋だな。裏が川だから天然水洗トイレだった。砦や王宮はよく聞いたアレだ、語るほどのモノではない。
ではなぜナンションナーにはトイレがあるのか?
ここは冬にはかなり雪が積もるし寒くもなる。寒さのレベルがカルヤラとは比較にならんわけで、ちょっと外でだとか、コレを外へなんて事が冬は難しい。そこで、山の民に倣って穴を掘ってトイレを作っているんだそうだ。俺にはうれしい措置だったが、決まった場所で用を足す習慣が無い移住者には戸惑いがあったのは確かだ。だが、慣れてしまえばそれまでで、はじめはトラブルがあったものの、今では皆がここの習慣に馴染んでいる。そのおかげで村は綺麗だ。食習慣の違いと冬の低温も影響しているのか、肥溜めは存在しない。ただ、ポニーの糞については堆肥としている。もっと家畜が居れば堆肥も増やせると思うのだが、家畜を飼うには飼料が必要になる。人間すらまともに食えるか怪しいこの村で、必要以上の家畜を育てるなど、出来た相談ではない。
狩猟採集以上の意味での牧畜なんてのは、相応の面積と飼料の確保が無きゃできない。
この村で牛や馬を飼うとなると、冬場の飼料を確保しないといけない。雪に閉ざされるので飼育小屋も作らなければいけない。当然ながら、世話する人員も必要になる。冬なら人手はあるだろうが、春から秋にかけて、皆それどころではないのに、誰が世話をするというのか?
畜耕が出来れば生産量が上がるし余裕も出来るんだろうが、そのためには世話をする人手が居るし、飼育するための飼料も必要になる。まさに卵が先か鶏が先かの話になってしまう訳だ。
ラノベだとこの辺りをパパっと主人公のチートや魔法で解決するんだろうが、俺にはこの世界じゃほとんど役に立たない前世記憶しかないし、少なくともカルヤラに魔法使いは居なかった。前世記憶で多少の改善は可能だが、記憶があるからと言って何でも作れるわけではない。俺には記憶はあってもその機械の構造や材質に関する知識が足りない、ましてや自分で作り出す技術など持ち合わせてはない。これでは「記憶チート」なんて呼べないよな。
仮に、これでチートと言うには、周りに相当な技術集団を抱えていなければならない。もし、ルヤンペがコークスを作り、製鉄技術が進んだとしても、すぐさま蒸気機関が作れたりはしない。基礎となる仕組みは分かるが、俺には蒸気機関の知識も技術もないのだから。
仕事の合間にそんなことを考えていた。領主なんだから領主らしい仕事があるだろうって?ないない。村長の方がそういう仕事には長けている。そもそも、流刑の言い訳として縁辺公などと呼んでいるだけで、実質、何かをやる権力もない。
そんなある日、見た事も無いほどの一団が現れた。
「おい、嬢ちゃん、遅くなったな。これからよろしく頼む」
やってきたのはルヤンペだった。そろそろ存在を忘れることが出来ると思ったのに・・・
しかもなんだその大群は。
「その連中は全てルヤンペに付いて来たのか?」
「おう、採掘組と石焼組だ。本当は警備の戦士とガイナンまでの輸送組も連れてきたかったんだがな、さすがに無理だろうとこれだけに抑えた」
これで抑えた、だと?
「何人連れてきたんだ?百人は居るように見えるが?」
「おうよ、120人ばかりな」
こいつは何を考えているんだ?ここに新たに120人も養う食糧は無いんだが。
「ここにはそんなに養うほどの食料はないぞ?」
まさか、そんな事も考えてなかったんだろうか。
「心配するな、10日程度の食料は持ってきた。それだけあれば石を焼いてガイナンまで荷を運べる。食料はその時に仕入れることも出来るし、石炭の一部は場所代として嬢ちゃんにも分けてやるから、うまく使うと良い。谷周辺で炭を焼いてる連中の中から希望があれば教えてやるし、悪い話じゃないだろう」
確かに悪い話ではないが、そういうのは事前に調整してから始める事じゃないのだろうか?それに、住むところはどうすんだろうか?
「住むところか?夏の間はテントがある。大工も連れてきたから冬までには家を建てるさ。炭焼き衆の居るあたりで良いか?一通りできる連中だから心配は要らんし手助けもいらん」
うちは人手が足りてないから手助けは出来んがな。
「わかった、こちらは何も出来ないが、それで良いんだな?」
「おう、石を掘らしてもらって窯も作らせてもらうんだ、文句はねぇよ。場所代分の石炭も渡す。それで良いだろう?」
すべて決定事項らしい。なるほど、ミケエムシが怒っていた訳だ。
翌日、噂をすればミケエムシがやってきた。
「済まない。何とか説得したんだが、あそこから数を減らす事が出来なかった」
彼によると、ガイニへ帰ったルヤンペは当初、郷から相当な人数を引き連れてこようとしたらしい。しかし、さすがにガイニでの生活もあるし、ガイニには彼の作る合金鋼の材料となる鉱物も産出するとかで大反対にあったらしい。そこで人数を300人規模に絞り込んでようやく出発したんだという。それでも300人だ。
ガイナンにその人数でやってきたが、さすがにウテレキやミケエムシが止めに入った。そりゃあそうだ、ようやく1000人になるかどうかの村に300人でやってくるのは無茶というもの。何とか警備要員と輸送要員をガイナンで受け持つこととして、さらに必要最低限に人数を抑えた結果が120人なんだそうだ。
「我々としては30人程度まで減らしたかったが、アレが120人から減らすことに同意しなくてな。主要な人員を先に出発させて、自分は後から追いかけることで人数を誤魔化された」
あのオッサン、そんな妙なところで頭使わず、もっと状況を理解してほしいもんだ。




