100・とある国王の舌鼓
燻製肉をひとつ摘まんでみる。
通常の燻製肉よりも味わい深さが噛めば噛むほど口の中に広がっていくのが分かる。なるほど、その上でコレを飲むと確かにより一層美味い。
ウルホが送ってくる酒が美味いのは今更驚く事ではないが、この燻製肉はこれまでとは段違いだ。
ウルホが森の民を従え、その干し肉作りの技術を使い、この燻製肉を作らせているようなのだが、今回はその中でもひと際異彩を放つ。ウルホ自身、なかなか手に入らない鹿だと言って手紙を寄こしているほどだから、相当なのだろう。
しかし美味いな。
「陛下、その様に縁辺公からの贈答を食している場合ではありませんぞ」
手紙を渡し、読み終えた宰相が苦虫を噛み潰したような顔でそんなことを抜かす。
「お前も食えばわかる」
そう言って燻製肉をひとかけら渡してやったのだが、食おうともしない。勿体無い話だ。
「その肉が何の肉かご存じなのですか?」
忌々しそうに肉を睨みながらそんな事を言う。
「鹿の肉だそうではないか」
そう言ってもう一つ口にする。これは止まらん。
なんでも、生息域が狭い特別な鹿だそうだが、なるほど、それでこれまで食べたことがなかったのか。
「はい、鹿は鹿ですが、どこにでもいる鹿ではありません。辺境中央の産地に生息する跳ね鹿の肉ですぞ」
宰相は何がそこまで気に入らないのか、一向に顔のしわが取れていかない。早期に知ることも無いというのに。
「跳ね鹿を狩るのは、王国でも一級の腕を持つ者でなければ、弓で仕留める事はかないません。年に数頭も獲れるかどうかです。それを一人で複数仕留めるなど、熊を仕留めたことに匹敵しますぞ」
それこそ今更だ。ゼロへ侵入したウゴル騎兵を撃退するにとどまらず、ガネオ川まで逆に侵攻し、自らの功を誇ることなくアホカスへ譲るような奴だ。国内でどれほどウルホへの評価が上がった事だろうか。
それに比べれば個人の武勇など今更取るに足らん。
何も言わないのをどう受け取ったのか、宰相はさらに続ける。
「アホカス侯の件もございます。反乱を起こして流罪に処したはずの縁辺公が今や陛下と勢力を二分する勢いですぞ、下手をすれば追い落とされるのは我々王都かもしれません」
などと力説しているが、今すぐにそんな事態に陥る可能性などない。なにせ、ウルホ自身にその気が無いのだから。
「ウルホの周りにはヘンナもいる。キエロも助言することだろう。今すぐどうなる訳でもない。考えても見ろ、ここまで寛大な処置をして来た我が何の理由もなくウルホを取り潰しにでもすれば、森の民や山の民どころか、どれほどの貴族が我から離反すると思う?多くの貴族は疑心暗鬼に陥り、出来もしない画策を始め、我へと刃を向けるものも出るだろう。ようやくあの戦乱から無粋な連中の選別と掃除が終わったところだぞ。新たな争いを起こすにはあまりにも時期が悪い。そうだろう?」
宰相へと問いかけると、どうやら返す言葉が無いらしい。
当然だ。ようやく国を安定させたにもかかわらず、新たな争いを起こすなど愚策。それこそ、統治能力を疑われ、せっかく築いたものを失うだけだ。
しばらく何か考え事をしていた宰相が口を開いた。
「しかし、縁辺公ばかりが力を持ちすぎております。今のところ、陛下や王都への叛意が無いと言っても、いつ、どう心変わりするかはわかりません」
まあ、それは当然考えられる話だ。
「だがな、ウルホには縁辺を自由にしてよいという約定を渡している。我に刃を向けないのであれば、国を建てようと、山の民や森の民を取り込もうと我はどうすることも出来ん」
実際のところ、こうなるとは思いもしなかったが、ウルホ自身があの約定の通りに王都への干渉に興味が無いのだから、こちらから下手に突くのは下策というモノ。その程度の事は宰相であれば理解しているはずだが。
「それにだ、考えても見ろ。縁辺の産物、辺境の穀物は何処へ運ばれ、どこで売り買いされている?わが国ではないのか?いくらウルホに才があろうとも、我が国ほど買い込んでいる国は無かろう」
カルヤラが縁辺から買う品々は他の地域との交易に勝る。そもそも、東の森の民もその多くは自活出来ており、縁辺から買うモノは同じ山の民が作る鍛冶品が主だ。そして、辺境北部はそもそもが我が国の穀倉地帯であり、その大半はそのまま旧来の交易路に乗っている。簡単に路を変えることなど出来はしない。さらに、いくら縁辺で新たな食品を作り出したところで、我が国が無ければその多くは売れない、いや、辺境の穀物なしには作ることも出来ない品まである。
「陛下ほど聡明であれば、理解なさるでしょうが、多くの貴族はそうではございません。目先の欲、階位欲しさに何をやるかわかりかねます。いえ、御しかねる者も中には居ります」
なるほど、刃がどこを向くかはわからんという事か。
「なるほどな、ならば、我のあずかり知らぬところで、我に危険が無いならどうなろうと感知はせぬ」
ならば、我に向く刃のみを叩き落し、御しかねる無能をウルホに向けさせれば、更に綺麗な国が出来上がるというわけだ。
宰相は意図を理解した様だ。
「では、その様に取り計らいます」
そう言って今更に手にした燻製肉を口に入れる。ソレ、自分の汗が染み込んでしまってないか?




