71.フランキーズ・ディ
統治母体である“千年世紀守護神”以外には正確な加盟数は把握出来ていないが、知的生命文明度レベル4の認知ステージ全体に対するおよそ8パーセント程が参加するパラレル・ワールド国際社会で、最重要危険犯罪者として多次元刑事警察機構から指名手配され、“魔神王”として恐れられた稀代のテロリストが居た。
ソラン・アンダーソン率いる最悪にして最凶のテログループ、構成メンバー全員が多次元指名手配に名を連ねる“ゲハイム・マイン”こと“デビルズ・ダーク”が引き起こした最初の惨事は、今でも多くの世界に傷跡を残している。
その史実に残された甚大な災厄は、犯罪史の研究分野以外の各方面にも多大な影響を及ぼし、“フランキーの惨劇”、或いは単にフランキーの日……“フランキーズ・ディ”として、今も語り継がれている。
「ヒャハッハッハッハッハッハッ、遣ってやったぞ!」
狂気に彩られた捕縛対象は狙撃班の透視拡大スコープが捉えた映像として、ホログラム・モニターに映し出されていた。
禿げ上がった筋肉質だが、その癖何処か青白い病的な顔付きの男だ。今日日、姿形では年齢は分からないが、話し方を聴いている限りだと見た目よりは歳を喰っていそうだ。社会保障番号紹介のデータベースにヒットしないところをみると、骨格から顔を変えている可能性が大きい。
機関工か何かの作業着を着て、高層建築の最上階にある無人の動力制御室に立て籠もっている。プロファイリングの真似事でイカれた狂人系の犯罪者も数多く観察してはきたが、皆一律目がイってるのは共通の特徴だ。
「署長、混乱を極めましたが、シティ・ドーム内に居た市民と作業者の避難誘導は粗方終了しています」
商業地区に隣接しているとは言え、最新鋭のエネルギー・コンビナートだったことが幸いしてか、非常時の次元災害に対策された自動シェルター・システムは最速で機能を発揮した。残念ながら一部のダウンタウンや邸宅街に隣接するアッパー・サイドの繁華街ではまだ逃げ遅れた人々が居るのだが、ほぼ全域カバーで迅速に住人達の安全を確保したと言えるだろう。
林立する千フロアレベルの高層居住区の構造体は全て硬質化する多重装甲積層バリアで覆われ、重要なコントロール施設と危険物の貯留タンクは地下の次元震用シェルターに格納された。
パニックを誘発しないよう心理的に調整されたサイレンと緊急コールの街頭放送も、先程止まったばかりだ。
普段はシティ内の照明用に浮遊する自発光体のナノマシーンは、早期警戒用ドローンとして結合し、逃げ遅れた人々のサポートに就いている。
繁華街同様、都市構造体の最上部に位置する市街区の緑化エリアは独立した天候コントロールを持つ為に防災設備化が遅れた。
ドローンはそれ等の地区を中心に集結している。
俺の報告を受けた見るからに優男っぽいダンカン署長は、七つのエリアを統括する郡警備機構の主席統括官、黒い肌をした分厚い唇が特徴の精悍な女、現場指揮用のタイトな制服に身を包む高身長のベラマリア長官に何か耳打ちをした。女の癖に髪を短く刈り揃えてやがるので、やけに耳朶が目立つ。
ベラマリア長官に比べると署長の方が背が低い。
耳打ちするのに背伸びしてるのが、滑稽で嗤える。
だがこっちも愉快犯めいた次元犯罪者の制圧に身体を張ってるんだ……内緒話は無しにして欲しいと、切実に思う。
腰巾着かよ……クソがっ!
優男ダンカン……今更だが、俺達の分署長は本当に上に諂うのが好きだよな。
厳格な警備機構の一般市民への内部干渉が根付いた結果、次元犯罪はめっきりと少なくなった。このご時世、割に合わない犯罪なんかに手を染める人間は損得勘定の出来なくなった精神疾患か、余程の自己顕示欲の化け物ぐらいのものだ。
共同社会の矯正を受けずに性格破綻者が生まれる確率は低く、従って組織犯罪が蔓延る温床も無い。
それでも警備機構の手を煩わせる事案が時折はあるのだ、世の中に絶望した“承認欲求”の塊りが脱線する事案が。
我々ロークリフト第341分署の攻性特捜班36チームが総動員される非常事態が起こったのは、丁度日曜の朝だった。
パートナーのエレインと久し振りの非番の休日を過ごしていたのに、人の都合に無頓着な非常呼集が掛かった。
善良な警官の俺は、(クソがっ!)と心の中では罵ったが、極めて常識的に口に出すことは無かった。
サプリとビタミン剤入りの光合成マニュキアでネイルの手入れをしたばかりの愛妻に手を振られて、官給品の車両を止めたガレージへのリフトに飛び乗ったのが1時間と30分前だ。キラキラ光る奥さんの爪が眩しかった。
プチ整形で理想的な歯並びに矯正したスーパーアパタイト製インプラントの義歯も、ホワイト・エナメルが真っ白に輝いて、ニッコリ笑う口許が煌めいていた……幾ら警察官の妻とは言え、も少し亭主の身を心配しても良いように思うが。
折角奮発して豪華スペシャル・ブランチのワンプレート・インスタントを解凍したのに殆ど堪能しないままスウィート・ホームを後にして、只管ネヴィル湾岸アベニューを現場に急いだ。
妻のエレインとは5年前に職場結婚、俺の所属が最も危険な現場最前線に出る攻性特捜班で、最悪は無事に定年退職まで辿り着けないケースも有り得るのを百も承知で一緒になった。
エレインは同じ341分署で今も主計監査部に勤めている。
無尽蔵じゃない捜査費用の財布の紐は、彼女の上司にガッチリ握られている。
単独犯に依るプラント・ジャックが起こった。
大規模プラントの集中コントロール室の制御を遠隔で奪われ、お手製の小型次元融合炉でメルト・オーバーラップを引き起こすと言う。
本来、次元融合炉の製造は巨大な素粒子崩壊加速装置を必要とする。とてもじゃないが一犯罪者が趣味の日曜大工で拵えられる代物じゃない。
だが犯行声明を連邦警備機構に通信してきた乗っ取り犯は、直後に小規模のメルト・オーバーラップを引き起こしてみせた。
訪れていた大勢の人々と共に、緑化地域の中心にあるイグナチュア恩寵記念公園が一瞬にして次元の狭間に溶けて消えた。
必要な動力こそ、ここのエネルギー・プラントから盗用してるものの、犯人の次元融合炉は本物だった。
「儂を学会から締め出した、理論上あり得ないと技術データを歯牙にも掛けなかった糞バカどもに、今こそ目にもの見せてやるんじゃっ!」
「バカチンのクソ共がっ!」
アドレナリン出捲りで興奮した狂人の説明に依れば、解雇される前は次世代技術開発の先端を行く財閥系資本の総合科学企業、“モンド総合開発”の次元合成技術中央研究所と言うところで、あるチームの首席研究員としてプロジェクト・リーダーを任されていたそうだ。
ところが優秀過ぎたこいつは、理論上だが画期的な新技術の確立に成功して仕舞う……二十年後の今になり、本邦初公開されている極小型で製造費を安価に抑えられる反芻型次元融合炉の元となる構造理論だ。
だが、古いタイプの研究者に有りがちな世事に疎い男は、新技術が世に出た場合のデメリットを計算していなかった。既存の次元融合炉メーカーは、大型の素粒子崩壊加速装置などの大規模な製造ラインを抱えた分、資本投資が半端ではない。
要するに早過ぎた。
もしこの技術が現実のものとなれば、大手メーカーは大打撃を蒙る。
科学アカデミー主催のSNSから将来の脅威を嗅ぎ付けた技術研究会からのお達しで、自社の上層部はプロジェクトごと主席研究員だった男の技術を期間限定で封印することに決めた。期間の定めは決められていなかった。
飼い殺しか、早期退職金を貰っての自主退社か、男は二択を迫られた。
依願退職とは名ばかりの体のいい厄介払いだった。
結果、手柄は会社に横取りされ、全ての学会の庇護下から放り出される。
そして事実は隠蔽された。
「歴史に名を残すことが……それだけが、儂の望みじゃった」
「それを……それを、あいつ等はっ!」
能天気にも男は、自分の画期的な新技術理論が大手を振って迎え入れられ、自分と言う開発者が輝かしいアカデミーの偉大な殿堂入りに選ばれると夢想して、悦に入っていたらしい。
ところが蓋を開けてみれば、現実は全く真逆で歓迎されるどころか疎まれる始末で、男に取っては訳が分からない。学会から無視され、技術論文発表の場からも徹底的に締め出されて仕舞う。
研究畑には能くある典型的な世渡り下手だが、本人にしてみれば急転直下のドン底だったろうことも想像に難くない。
結局、甚くプライドを傷付けられた男は企業を辞めて市井に隠れひそむようになる……顔を変え、ブルーワーカーとして日々を暮らし、いつか、自分を受け入れなかった社会への手酷い仕返しを夢見て。
「長官、制圧チームを下がらせて欲しい……」
ここでベラマリアに指図の出来る唯一の存在……連合の出動命令を受けて単身、状況収拾の為に送り込まれて来たジンガー体特務機関のエージェントが前へ出る。
染みひとつ無い綺麗な顔は俺達と違って普通の皮膚で覆われてる訳じゃないし、装甲ボディは見たこともない高性能な物だ。
見開かれた神秘的な淡いブルーグレイの瞳ですら、自由にワープする特殊スパイ衛星や早期警戒偵察管制艦船に搭載されている非常に高価な超高解像度の光学レンズに匹敵するんだとか……
軍人の癖に栗毛色の髪はお洒落な編み込みをアレンジしたハーフアップ、整い過ぎている小顔だが氷点下を思わせる無表情が全てを台無しにしていた。
威圧的な言葉ではないが、彼女の発言には逆らいようのない威があった。
そして、遅れてやって来た癖に、中央から派遣された肝煎り切り札の命令はここに居る誰よりも揺がし難い優先権があった。
目付きに険はあれど見目麗しい絶世の美女の見た目なのだが、実際このようなひりつく危機的状況でなければ、間違い無く彼女の方が遥かに危険な匂いがした。
まるで高電圧のタービンが無音で回っているような不気味さがある。
それが証拠にいつも冷静な筈のベラマリア長官が、判断放棄も同様に自分より背が低い小娘に気圧されて、強制排除用に待機させた突入班を下がらせた。
間近で見たのは初めてだったが、“らしょうもん”とか変な名前を名乗った次元案件のスペシャリストは、俺達のような片田舎では滅多にお目に掛かれないロイド・ジンガー体のエストギア方面連合刑事機構、所謂総督府付き特務軍工作員。
こりゃあ、単騎で郡警察一個師団に匹敵する軍事行動が可能って、ぶっ飛んだ噂もあながち嘘じゃないかもしれない……そう思わせるだけの格があった。
さながら、人型をした終末兵器だ。
不思議なのは特務軍工作員も俺達と同じく、任務はツーマンセルで動くと聞いていたのに、彼女は独りだった。
その代わりだろうか、どう言った機能か見当も付かないが彼女の周りにはペタンクのボールぐらいのボットが宙に浮いて常に纏わり付いている。
ボットとは何等かの信号の遣り取りをしてる気配があった。
それに、最初から気になって仕方なかったが、手には真新しい土産物店の手提げ袋を下げている。
ご当地ゆるキャラ、カメレオンの“メロくん”が描かれた袋だ。
絵柄と大きさからすると、おそらく中身は故郷納税運動の為に頭の悪い地元ファーム協会が開発した、味的にも微妙な“ルバーブ・サブレ”と“仙人掌チョコレート”のお徳用アソート缶だろう。
鳴り物入りで宣伝していたから俺でも覚えているが、剰りにも不人気過ぎて観光客どころか犬猫でさえ見向きもしなくなったと言う代物だ。
何故、と言う疑問の前に星系破壊級のデカい無機質な反陽子ミサイルが冗談グッズのようなものを携えて堂々とメインストリートを闊歩しているような破天荒なイメージ……剰りにもシュールで馬鹿々々しい光景が薄気味悪過ぎて、思わず知らず鳥肌が立った。
「消滅球……バイト!」
小娘の格好をした悪魔が何かをした。
肉眼で居場所を正確に捕捉出来る距離ではなかったが、ロークリフトのコンビナート基地を震撼させた単独犯に因るプラント・ジャックは、気が抜ける程あっさりと決着が付いた。
立て篭もったビルの制御サブルームのサテライトごと、小型の次元融合炉と郡管区反逆罪のSS級重大犯罪者は、まるで目に見えない何かに喰われるように消滅していた……所轄所属の洗脳テクニックに特化したネゴシエーターを数名準備していたのに、切り札が動いたと思った瞬間にロークリフト始まって以来の凶悪事件はあっという間に解決して仕舞った。
えっええええええええええええええええええぇっ!
の驚愕だが、流石に悲鳴は飲み込んだ。
「……嘘だろ、……おいっ」
思わず声に出ちまったが、所轄や応援の連中も、皆、呆然としている。
奉職して十年の捜査官人生、其れ成りに肝を潰すようなヤマで場数も踏んだ。
舐めてた訳じゃないが、それにしてもこいつは……
カッツウゥーン、と虚ろに響くのは樹脂装甲の遮蔽迷彩化用バリスティック・ヘルメットが路面に落ちた音だ。
視野の片隅に甲殻車両の陰から出てきた誰かが手に持った防御ヘルメットを落としたのが見えた……誰だか知らないが、気持ちは分かるぜ相棒。
「嘘でしょ……」
遅れて、同じようなことを呟く奴が居るなと思ったら、ベラマリア長官だ。
どうヤったのか、何を遣ったのかさえ皆目分からなかったが、こいつが見た目通りの華奢な女性どころか、間違いなく人外のヤバいバケモン……神をも畏れぬ歩く殺戮兵器だってのは骨の髄まで理解した。
妄想の産物なんかじゃない、確実に実在する死の女神だ。
次元融合炉は、通常の破壊兵器では暴発を招いて仕舞うし、亜空間耐爆コンテナも空間溶融を招くので意味が無い。周囲を犠牲にしても限定版の小型ブラックホールを使う手もあるかもしれないが、同じ理由から下手をするともっと被害が拡大して仕舞う……つまりロークリフトだけではなく、ここいらの星系一帯が消えて無くなる可能性だってある。
特殊な振動波で融合炉の触媒を鎮静化させるのが唯一の対処法だったが、膨大な機材を必要とするので危険物処理班は未だ到着さえしていなかった。
「……貴君等には、職務上の守秘義務が課せられていると思う、本日見聞きしたことは、口外無用だ」
「また、このことでの多機能録画データを含む全ての記録類を可能な限り抹消して欲しい……正式な指令書は、追って総督府から届く」
幾分ハスキーだが、鈴を転がすようなチャーミングな声音は、だがしかし……死神の死刑宣告の様に聞こえて、俺達の皆誰もが、首振り人形のように一も二もなく頷かざるを得なかった。
小娘の姿をした悪魔の手には変わらず土産物の紙袋が下げられていたが、最早気にもならなかった。
成る程、ロイド・ジンガー体の特務軍工作員とはこれ程のものか……未知の技術は“千年世紀守護神”からの供与に依るものだろうか?
郡警備機構の攻性特捜班として、多くの犠牲者を出さずに状況を収拾出来たのには礼を言うべきなんだろうし生き残ったのは正直嬉しいが、素直に喜べないこの無力感はなんだろう?
「はああぁ、帰ってエレインとちょめちょめしよう……」
プチ整形の豊胸術で、家の奥さんの胸は見事なとんがりオッパイだ。
ロイド・ジンガー体の技術の起源は曖昧としている。
何十世紀も前の話で、エストギアのローカル複合体内で起きた内乱で記録が失われて仕舞ったらしいのだが、遺伝子操作上の突然変異から生まれたとか、今は失われた希少生命体研究所のレアメタル・スライムの交配の結果だとか、珪素系生命進化に連なる機械生命体を基とするとか幾つかあるが、いずれも尤もらしくもあり、机上の空論然として眉唾のようでもあり、データや記録が逸失して仕舞った今現在では研究者達の間でも判然としていない。
局地戦とは言え、大戦下の当時は兵器としてのロイド・ジンガー体の情報は徹底的に封印され、各勢力毎に独自の開発を進める傾向は次元複合体であるエストギア連合全体に飛び火したようだった。
また次元大戦下の異常な状況が、魔法利術と科学技術を融合したロイド・ジンガー体の能力開発に拍車を掛けた、と言われている。
全盛期には1000も2000もあった門閥や係累(ジンガー体は生殖行為で繁殖しないので家族という概念は希薄だが)も自然に淘汰され、現在では様々な軍閥も含め、我が“羅生門”シリーズを筆頭に十二系統と外戚に当たる支族と情報収集や特殊工作を専従とする血統を併せ、約百二十の閨閥に絞られた。
現在はこの閨閥を纏めた“族人会クラブ”が全体を取り仕切っている。
“羅生門”はクラブを主宰する地位にあった。
名門“羅生門”シリーズの当主の座を拒み、現場の使い捨ての消耗品として生きる道を選んだのには然したる理由がある訳ではなかったが、弟の存在が大きいのかもしれない……弟と言っても我等ジンガー体は自然受胎から産まれる訳ではなく、研究施設に冷凍保存されている遺伝子から人工子宮で培養されるので、同じ胎から産まれた血を分けた姉弟と言う意味は希薄かもしれない。
唯、ロットナンバーとして今代の姉と弟と認識されているに過ぎない。
だが現場配属に至るまでの養成機関で一緒に過ごした日々は、私達の肉親としての絆を深める切っ掛けだったと思う。
極めれば誰よりも上手くこなして見せるのだが、要領が悪くコツが掴めるまで時間の掛かる、当代では私のすぐ後の“羅生門シリーズ”No.11357は手の掛かる弟のように感じられた。
携帯銃器や特殊火器の取り扱いから狙撃技術や、モービル・ファイターの操縦技術、ジンガー体特有の遺伝子に刻まれた魔術刻印の発動方法……座学はソフトのインストールで賄えるが実地訓練はそうもいかない。
次元防衛警備省付属の特殊学府、次元案件特務士官学校は事実上ジンガー体の寄り合い所帯である“族人会クラブ”の中枢に当たる、十二士族同盟に依って運営されている。幹部候補生の予科からジンガー体以外は進学出来ないシステムで、関係者以外には仔細も公開されていない。
知る者に取っても、それは過酷な訓練内容なのだが脱落者は許されておらず、教官の合格判定が貰えないと次の過程に進めないので卒業までに余計に月日を費やす者も少なくない。
もう350年以上も前の話だが、様々な教練課程で他のジンガー体が次々と上のレベルに進んでいくのに比べて、11357は何時迄もA評価を貰えずに補習を繰り返すのが常だった。
私は同門の傍輩として11357の強化補習に付き添った。
11357は、私のことを「姉さん」と呼んだ。
ひとつ上の世代……丁度、親に相当する世代の同門には最前線の現役で活躍する者は殉職して誰一人残っていない……と言えば大袈裟だが、特に十二系統百二十門閥を束ねる“族人会クラブ”ではそれが顕著で、要職のポストに空席が目立った。
得てして長命のジンガー体には有り勝ちなのだが、一定のジェネレーションが抜け落ちて仕舞うことがあるそうだ。
ロイド・ジンガー体生命統計学の専門家はこれを“ロスト・ジェネレーション”と名付けたが、同学術体系分野に於いて未だに解き明かされることの無い三つの難問のひとつと言われている。
因果律から見て、能力の均質化の為の種族的連鎖或いは淘汰……と言うのが有力な説だが、今のところ立証する証拠は見つかっていない。
実際、同年代の同門なら500体程が現場最前線で任務に就いているし、下の世代も育ってきているのに、親に当たる世代だけが何故かごっそりと抜け落ちたも同然の疎らな状態だった。
出自的にも親としての認識は無く、そんな関係性も無かったが、例え生き残った者が居たにしても、おそらく血族として親しくなることは無かったろう。
生命進化のツリーから外れた異質な存在……女の胎から生まれることの無いジンガー体は誕生も成長も肉親の情が湧く情緒を育む環境にはなかったが、11357は間違いなく私の弟だった。
基本、ジンガー体は生殖機能を必要としないので性器は退化している。
何等かのリビドーを得たいと思えば、実装されているセクシャル精神官能と言う通常の肉体で得られるエクスタシーの数十倍の絶頂を実現する機能を利用するのだが、他者と繋がりたいと言う欲求自体が希薄なジンガー体にはそれを用いる機会すら稀だ。斯く言う私も久しく用いたことは無い。
どんなにマニアックな妄想も本物同然に脳内再生してみせると言う高度な性能とは言え、任務最優先に価値基準が極振りされているジンガー体には性欲自体が少なく、誰かと特別な関係になりたいとか、何かが愛おしくて失いたくないと言った感情は持てないとされている。
そんな人間らしい愛情の欠如したジンガー体の身なれば、家族愛なんてある筈は無かったのだ。だが、私に取って11357は弟以外の何者でもなかった。
任地に配属されて、私は実働部隊、弟は後方の兵站補給部隊と離れ々々になって仕舞ったが、お互いに見習いのルーキー時代は、空き時間に軍の専用周波数でチャット回線の遣り取りをしていたものだ。
携帯してる初代ボット端末が嘗てその為のギアだったのだが、最初に組んだバディから必要も無いのに妙なものを持ち歩くなと苦情が出たのを機会に、単独シフト勤務を願い出た。
十二士族筆頭、名門“羅生門”の我が儘は大抵のことなら便宜を図って貰える。
エストギア方面連合に連なる文化レベルCクラス、民度Dマイナスの開発途上世界で起きた、ロークリフトとか言う地方のエネルギー・コンビナートを占拠した事件で出動命令が下った。
世界線を渡って辿り着いた辺境は、碌なバックアップも期待出来ない劣悪な環境だったが、お独り様には慣れた身なので別に痛くも痒くもない。
惜しむらくは現地スタッフと懇意になれなかった為に(それどころか怖れられてる雰囲気さえあった)、弟の為に土産を買う免税店は何処が好いのか訊き逸れたことだけが、返す々々も残念だった。
だが、それもビジター向けポータルでネット検索すれば問題ない。
生まれながらに凡ゆる通信を傍受出来る規格外のローミング機能を持つ便利なモバイル・チップが脳下垂体にある……Web検索どころか、絶対防壁のセキュリティを誇る軍事機密にすら余裕でアクセス出来る。
大体職務柄、普段から無表情なポーカーフェイスを押し通すことが多いので、血も涙も無い酷薄な冷血漢と思われているような節がある……実に心外である。
本当の私はファンシーなものに目がなく、見た目と違い少女趣味ここに極まれりと言った意外と残念な女なのである。
可愛らしいものに偏執し、非番には変装して小動物カフェに行ったりする。
乙女チックな恋愛小説やポエムを読んだり、書いたり、投稿したりするのが大好きだし、趣味のポプリ造りが昂じて材料の花を得る為に本格的にガーデニングを始めて仕舞ったりするお茶目な性格……恥ずかしいので、ひた隠しにはしているが。
だが、やって仕舞った。
到着した第四航次元航宙師団に拠って運営される西ロークリフト航次元軍港ターミナルのアライバル・ロビーにPX酒保直営スーベニア・ショップがあり、地元ローカル・キャラクターの“メロくん”グッズコーナーを発見して仕舞う。
なんて愛らしい……任務での赴任であちこちと出張する内に、エリアごとの名産品に心奪われもしたが、それより何よりこの地方色豊かなファンシーグッズが可愛らし過ぎる。いつの間にか私は立派な中毒レベルの、様々なキャラクターグッズ・コレクターになっていた。
作戦行動前だと言うのに、我慢出来なかった私は“メロくん”食玩入りの菓子折を購入して仕舞う……❤️はああああああぁぁん、癒されるぅう!
平静を装ってはいても、きっと私の眼はお星様でキラキラしていたのかもしれない。ルンルン気分で格納用異次元ポケットに仕舞うことも忘れ、そのまま事件現場に到着して仕舞う。常なら隠したものを“メロくん”キャラクターを片時も手放したくなかったイカレポンチの特務軍工作員がスタンダードだと思われるのは、イメージとしてポンコツ過ぎる……ちょっとした不祥事案件だ。なるべく制圧メンバーに見られないよう、現場指揮官のベラマリア女史に言って遠ざけて貰った。
念の為、現場に居た全員には紙袋を下げていたことは、口外無用を言い渡した。
キリッとした顔で言ったので、多分誤魔化せたと思う……まぁ、そう願おう。
職権濫用で全ての記録類のデリートを指示したが、ポンコツイメージを封印する為には仕方ない。人の口に戸は立てられないが、見ていた全員の記憶を操作するのは流石に気が引けた。
事件収拾後の報告書を脳内ワープロで作成しながら、指定された官舎に戻る途中で、連合刑事機構から緊急シグナルを受け取る。
いつもの呼び出しと違う着信効果音に首を傾げていると、届いたメールには“最優先事項”のヘッダーが付いていた。
差出人が通常任務の現場上官ではない……特殊案件の場合のみ見たくもない尊顔を拝する、命令系統を三つ四つすっ飛ばした直属指令上官、バルクラーレ・サンダース准将からのものだった。
准将は“羅生門”の顧問役も兼ねている。
私を“羅生門”の当主の座に押し上げようと画策してるのが、このオヤジだった。
余計なお世話だっちゅーねん、クソがっ!
面倒事の予感に顔を顰めつつ、軍事ローミングサービスの次元間通信回線でアクセスした惑星級独立共有サーバーに、報告書のファイルを保存した。
犯人を犯罪へと駆り立てた今回の事件の背景……産学共同で闇へと葬り去った過程に、誰がどんな発言をし、どんな決定を下し、どんな指示を出したのか、事細かく記録を精査して拾い上げた意見書を添えてある。
特務軍工作員のレポートにはそれなりの効力があるから、当時の各メーカーとクライアント、アカデミーそれぞれの上層部には極刑が下るだろう。
おそらく脳外科手術で自らを打擲するような間断無い罪悪感を植え付けられ、有毒なガスが充満する劣悪な作業環境の鉱山惑星送りになる。強制労働に5年以上耐えられる収監者は居ない……罪の意識に発狂するか、衰弱して死ぬ。
二十年前なので疾うに散失してしまったグループもあったが、内部告発などの自浄作用も発揮出来ぬままに協力或いは見て見ぬ振りをした当時の腐った関係部門や省庁メンバーは部署毎更迭か閉鎖が相応しかろうと、一筆進言を書き添えた……個人的に頭に来ていたので、例え社会的影響が大きかろうと二度と同じことを起こさない為には、それ相当の見せしめが必要だろうと可成り強硬に締め括った。
ローズマリーと言う名前が嫌いだった。
唯の11356の方が、よっぽど好い。
「……と言うのが、今回の災厄の元凶だと、“千年世紀守護神”から緊急連絡があった、我々総督府に求められているのは憂慮すべき未曽有の被害を可及的速やかに復旧することと、人為的に引き起こされただろう広範囲なメルト・オーバーラップを招く要因となった“フランキー”と呼ばれる存在並びに首謀者……野蛮な世界から来た凶悪犯罪者ソラン・アンダーソンの検挙だ」
「場合によっては、粛清する」
総督府本部出頭後に明かされた現況は、確実に拡大する被害を喰い止めることと大規模次元テロを巻き起こした主犯格と目される連中の確保もしくは始末。
今現在も、本局は上を下への大騒動で嘗てない迄に荒れていた。
“千年世紀守護神”の下部組織、多次元刑事警察機構からの要請が、ここ総督府にも大混乱を齎していた。
歴史に“フランキーズ・ディ”として刻まれる大規模な人為次元災害は、五日と13時間前に起きていた。
「羅生門・ブルーノ・ローズマリー副尉、貴女に特別任務を与える」
ブルーノとは施設で洗礼を受けたときの洗礼名だ……宗教が形骸化した時代に何故洗礼名が必要なのか判然としないが、施設ではそのままミドルネームになるのが慣例化していた。
因みに“ブルーノ”は大昔の聖人の名前らしいのだが、何をした人なのか今となっては記録が残っていない。
同じくローズマリーはジンガー体共同連合が運営する幼体保育施設の係員が付けた名前だった。番号で呼ぶのは情操教育上宜しくないと与えられたものだが、一緒に育った弟はカモミールと呼ばれた……以前は真剣に考えていたのだろうが次第に面倒臭くなったのだろう、近年ではハーブとか花の名前を使い回すことが多くなったのだが、剰りにも安易に過ぎないだろうか?
思春期などは経験してないが、もっと若い頃にはローズマリーと呼ばれたり、名乗ったりする度に惨めな気持ちになったものだ。
直属上官の苦み走った口許が不機嫌に下がるときは要注意……絶対に有り難くない仕事を振ってくる前兆だから。
渋みに磨きが掛かるのは好いことかもしれないが、サンダース准将がこの顔をするのは決まって無理難題を押し付ける時だ。
平静な振りをしてるが、私は心の中で盛大に溜息を吐いていた。クソがっ、と言って舌打ちをしなかった自分を褒めてやりたい。
「喜べ、“煙草屋”も天気解説者も使い放題の第一級特別措置だ」
煙草屋とは正式には“特殊装備ASAP(As soon as)配給課”のことだ。
最新鋭の兵器やそれぞれの任務に特化された特殊機材を、任務中の特務軍工作員の許に要求に応じて瞬時に配送する。
連合複合体の津々浦々にまで張り巡らされた最優先次元チューブの占有権がそれを可能にしているのだが、その名称“煙草屋”は、一時代前のジンガー体の画期的な機能強化剤として普及した吸飲シガレットタイプのものが一時期馬鹿売れしたことがあって、そこから付いた隊内の隠語だ。
今現在はもっと即効性のある、瞬時に気化する薬剤アンプルが主流なのだが、どう言う訳か“煙草屋”の名前だけが残った。
弟は駆け出しの新兵時代から“煙草屋”部隊に配属されているが、全体の需要に対してメンバーが明らかに不足している為に過重労働気味だとボヤいていた。
一方、天気解説者と言うのは情報収集と解析評価の専任スタッフのことで任務の内容に拠ってはバディとして同行もするし、現地に拵えた活動拠点から“神の目”と呼ばれた電脳ダイブ機能を駆使して逆に作戦全体を指揮したりもする。
風向きを読む――と言う一点から、天気解説者と呼ばれているようだ。
ジンガー体の血筋のひとつ、“火之迦具土”家のシリーズから構成されている。
特殊技能の家柄なので重宝されているが、数は少ない。
従ってどちらも需要に対してサービスが追い付いておらず、引く手数多なのだが利用する機会は少ない。
それが使い放題ともなれば、濡れ手で粟の可成りの厚待遇だ。
「既に情報収集部隊は先行している、貴女には発生源である連合未加入の未開発世界……現地の名称で“アリラト”と呼ばれている世界に飛んで貰う」
どうやら突如として巻き起こった未曾有の次元溶融震は、エストギア方面連合傘下の文明圏だけでも百以上の地域に悲惨な影響を今も与え続けているようだ。
中には8300億からの人口で繁栄した世界が丸ごと消失した事例もあるようだが、特例措置の最優先で次元連合防衛軍が再編成した復旧軍団が各地に千個師団レベルで投入された。迅速な復興援助はエストギア方面連合の底力と言うか、面目躍如と言ったところだろうが、それでも災害は人々の心に傷痕を残す。
少し遅れたようだが、被災地域をケアするレベル・ボーダーレス――“階層境の無い医療軍団”の編成が既に始められているようだ。
それとは別に、特務軍は今回の大災害が人為的に引き起こされている事実を掴んでいた。もしそれが本当なら由々しき事態だ。
しかも災害救助軍は総力を上げてはいたが多次元の時空間の歪みが観測された地域だけでも何百と言う並行世界が大打撃を受けていたし、別働隊として召集された学術グループが現地調査を開始していたが、他にどのような影響が出ているのか予断を許さなかった。
連綿と繋いできたエストギア方面連合の安定が根本からくつがえされて仕舞う。
それは断固、容認することは出来ない。
私は次元テロリスト制圧の訓練も履修済みだ。“羅生門”家の矜恃に懸けて、テロリストの跳梁は阻止してみせる。
私が当主の座を拒み続ける為にも、絶対にこの任務は成功させる……サンダース准将は非常事態に於ける直属上官であるだけでなく、十二士族の重鎮の立場から幾度となく羅生門当主就任の筋道に私を陥れようとした張本人……これまでもこれからも、絶対にジジイの思惑に乗ってなるものか。
ぐうの音も出ない迄に実績を挙げれば、こちらの意地も通せると言うものだ。
「閣下……世界線移動追尾型戦闘機、“ライトニングボルト・エアリオ”の使用許可を頂いても宜しいでしょうか?」
「新型かあ、あれはまだ試作段階だが……分かった、手配しよう」
「はっ、では本日ヒトサンマルマル時を以ちまして、羅生門・ブルーノ・ローズマリー、特命遂行の為に出撃いたします!」
踵を打ち鳴らし、総督府式の敬礼で退室する。
いつも一緒のボットが浮遊して後ろに続いている。
ロークリフトで買った弟への土産は、またいつものようにお蔵入りだった。
“アリラト”か……何か、可愛いものはあるだろうか?
「今日は朝からアンラッキーだ、朝食の茹で卵が死ぬほど固かった」
他愛もない愚痴で4ヶ月前に配属先で一緒になったネヴィル・リーとの、本日の護衛対象の面子とフォーメーションの確認を締め括る。
副隊長のネヴィルは、イヤホーン・インカムで外のメンバーに細かい指示を伝え始める……前々から思っていたが、サングラスの似合わない奴だ。
もっさりした鼻が悲しいほど不格好だ。きっと前世はよっぽど悪さをしたに違いないって悪人面で、おまけに輪郭が蜥蜴顔。
ハイカラーのニガーかプエルトリカンのような滑らかさを連想させるバターキャラメル色の肌をしてる癖に、顔と言わず傷痕だらけなので人相が悪いったらない。
目の見えだした赤ん坊なら、多分引き付けを起こす。
ハイソな界隈の警護糞喰らえだが、TPOとドレスコードを履き違えた我が儘な客のリクエストで、今日の出で立ちは全員、目立たない黒のスーツの下に信頼性に首を傾げる薄手の防弾ベストだ。
急編成の外回りメンバーも、解体したオーストリア内務省のアインザッツコマンド・コブラやルーマニアのブリガダ6辺りから流れてきた半端な急造チームで、実際のところ頗る心許ない……どうせドサ周りで生き残った連中だろうから。
“死なずのトーマス”もいよいよ焼きが回ったか?
トーマス・メビウスは世界最大のグローバル・トータルセキュリティG5Sの東欧支部で20年、現場を担当している。名立たる警備チームのリーダーを歴任した要人警護と対テロ工作のスペシャリストだ。
7年前のザクセン州で起こった、極右組織ウンター・グラウンドの過激派が煽動するフーリガンを中心とした暴徒鎮圧に一役買った。ドイツ連邦警察に協力して首謀者グループを摘発し、この功労から異例のことに、自国民でも国家元首でもないのにカール・マルクス勲章を授与している。
本来であればこんな若造共のお守りをする筈ではなかったのだが、世の中は半年前に変わって仕舞った。あの忌々しい巨大な黄金の髑髏が地球と重なり合う常識外れの大災害で、おそらく世界の人口は3分の1程が失われた。狂乱の一夜が暁けてからの当初は、大量に発生した遺体の処理にさえ思うに任せず、荼毘と言うも烏滸がましい焼却処理か巨大な穴を掘って埋めるしかなかった。
死体の焼ける臭い、腐る臭いが充満して地球は阿鼻叫喚の地獄のようだった。
蛆虫、蠅が大量発生し、人間の尊厳など無きに等しい見るも無残な有様だった。
未だに復旧しない政府機関の国が多い中、福祉先進国だった地域には無償で殺虫剤や消臭剤、殺菌剤の支給があったが、逸早く操業を開始したそれらの製造工場は数少なく、やがて備蓄も尽きて原材料の供給も覚束なくなる。
葬儀などと言う贅沢は、例え自治体ごとの合同でも弔いの悔みごとがあれば増しな方……生き残った者達に、そんな余裕は無かった。
しかし雑な処理は衛生管理が御座成りに成り、世界的に疫病が蔓延して仕舞う。
悲劇の連鎖だ。
現代テクノロジーの恩恵だった通信網と電力供給網を寸断され、人類は産業革命前に逆戻り……夜の寒さに怯え、風雨の厳しさに涙する原始時代の耐乏生活の幕開けだった。
特に情報を得る為の通信網は壊滅的だった。
陸の基地局が倒壊したのみならず、国際間のパケット通信すら全世界に400本ある海底ケーブルの70パーセント近くが切断されて、今尚復旧していない地域の方が多い。緊急で打ち上げた通信衛星が稼働しても焼け石に水だった。
情報が入手出来ない状況は、容易くパニックを誘発する。
声高に末世思想を叫ぶ宗教家達は最後の審判の時が来たと主張して、力無く縋る迷える仔羊達を先導した。もっと心無い者達は略奪を繰り返し、婦女子を犯し、暴徒を鎮圧する為の警察組織や軍隊は、粛正と称して大量殺戮を行った。
そんな中で台頭してきたのが、“大切なエネルギーの平等分配”をスローガンに掲げたアラブ首長国連邦に本部を置く世界的NPO法人、グローバル・ストックテイクことGSTと名乗る組織だった……背景として、全てのガバナンスが新しい価値観で再編成されざるを得なかったのも大きい。
嘗て、国連の気候変動枠組み条約に加盟した全ての国々の生き残った関連組織、下部団体を傘下に纏め上げ、大災厄アフターの世界の平定に乗り出す。
ズタズタに寸断された世界のインフラと流通だったが、各国の復興計画で最も重要視されたのは電力と化石燃料だった。従って施策面で発言権を有するようになったのが、GSTに後押しされた先進国の様々なエネルギー省庁だった。
合衆国の原子力委員会は既に無く、国土の殆どを失った電力輸出量の最たるドイツ、カナダも残された施設は極僅かなものだった。スウェーデンに至っては全滅である。再編された国際エネルギー機関、IEAの本部はOECD加盟国の内、比較的被害の少なかったギリシャのアテネに置かれた。内陸にあって海抜も高かったアテネは別として、ギリシャにも災害の爪痕は色濃く残っている。小さな島は水没して、生き残った住民は本土への避難を余儀なくされた。
首都も混乱を極めたが、ここアテネ国立庭園内にあるザッペイオンと言う歴史的建造物が“ヨーロッパ・ゼロエミッション共同体”、UZECの仮庁舎として接収されている。今日は臨時総会と言うことで、外国からの幹部が来るので要人警護の依頼があった。
トーマス・メビウスの一家は、夏のヴァケーションでチェニジアに旅行に来ていて難を免れた。勿論、滞在したコテージは本館のホテルごと全壊したが、家族は奇跡的に擦り傷程度で済んだ。消失した故国に戻ることは叶わず、そのまま家族をチェニジアのジェルバ島に残して職場復帰している。
「以上がCOP32、温室効果ガス削減委員会が組織する“脱酸素エネルギー需給計画”の概要だ、仔細は手許のレポートを参照して欲しい」
新設されたこれらのエネルギー管理の行政機構には年若い官僚が多く、そして若い奴等は得てして生意気で先達を敬わない。
だが新しい行政機関でもあり、老練なビューロスタッフを持たない、そして蓄積された知的ノウハウが無い、比較的若輩のトップが君臨する組織が世界の趨勢を左右しようとしていたら……反感を買わない訳がない。
実際、門外漢のトーマスの目からしてさえ、的外れな議題で討論しているように思える。世が世なら、こんなひよっこ共の警護をするなんて考えられなかった……長生きはしたくないもんだと、トーマス・メビウスは心の中でボヤいた。
まあ、誰一人家族も欠けず、無事に生き残った訳だから、文句を言える筋合いじゃないのは分かっているんだが……親戚筋や顔見知り、朋輩の誰もが一人残らず死ん仕舞った世界で、こんな世間知らずの坊やみたいなのが幅を利かしてるのは少し腹立たしくはある。
減り込むように同化した黄金の髑髏は、一部を除くヨーロッパ大陸全域と北極を挟んでアラスカ、カナダ、北アメリカ全土を覆い尽くした。
ロスチャイルド、ロックフェラー財団、世界の名だたる財閥の中枢は消滅した区域に集中していた。金融業界も、人類を買い支える為に再編成に必死だ。
衝突である筈はなかった。
そんな桁外れの天体衝突があれば、地球は粉々に砕け散っていた筈だ。
不思議も不思議、黄金の髑髏は忽然と出現していた。
中国を除く世界第二と第四の穀物地帯も消え去った。食糧の需給は文字通り死活問題だったから、当初飢えて亡くなる不幸な人々が続出した。
食品ロスどころの話ではない。
生き残った人々の食卓から贅沢や驕奢は消えた。今迄なら廃棄していた部位も有効活用せざるを得ない。肥料にする魚粉や家畜の飼料のトウモロコシ粉から、ケミカル成分を取り除いて調理するレシピが考案されたりもした。美味い不味いは二の次、まずは空腹を満たさねばならない。
FAO、国連食糧農業機関が機能しなくなり、代わって国際協力NGOだったハンガー・フリー・ワールド、HFWと言う組織が食料の生産から、保存・加工、流通、消費と言った活動をコントロール仕出した。
実際、飢餓は緩和したがやがてHFWはGSTの息の掛かった世界経済研究センター、WRIAの下部組織、国際ビジネス諮問委員会に吸収合併されて仕舞う。
事実上、グローバル・ストックテイクを始めとする様々な資源エネルギー官公庁が、荒廃後の地球復興を牽引する図式が出来上がって仕舞う。
(何者だっ、何処から入った!)
(止まれ、止まらぬと撃つぞっ!)
およそプロらしからぬ間抜けな誰何と言うか、威嚇の言葉がして急に外が騒がしくなると、争う騒音に銃声が混ざる。
復興に待ったを掛ける訳にはいかないが、ドサクサに紛れて不当に利権を手にするのは許せないとする連中は何処にでも居るもので、特殊な状況下にも拘らずこのように反体制派を名乗る輩の襲撃は頻繁にあるようになった。
インカムで状況確認する間もなく、爆発するような轟音で会議場の扉が吹っ飛んだ。古い建物だからか、埃の舞い方が凄い。
半端じゃなく、辺り一面白く煙って視界が遮られる。
こう言った場合、警護班は襲撃者の制圧よりも警護対象のガードを優先する。
社の支給したグロック19を抜きながら、大声で壁際に下がるよう三カ国語で怒鳴り付ける。咄嗟のことに、相手の視認が遅れる。
「……邪魔するよ」
のっそり入ってきた侵入者はたった一人。
防弾タクティカル・ベストとライディング・スーツのようなボディアーマーに身を包むブロンドの女だった。
粉塵の中でも燃えるように輝く黄金の髪が、眼に冴える。
右手に掴んだ大振りのカスタム・ショットガンを肩に担いでいる。何処のガン・ビルダーの手になるものか知る者は少ないが、どうやら噂に違わぬ威力がありそうだ……世界に名立たるカスタム銃器独特の風格すらある。
裏社会では、有名な女だ。
どう言うコネクションがあるのか、政治・経済界でも顔が利く……普段は極東の島国、日本から出て来ない筈なのだが。
会議場の中の警護メンバーは散会して警護対象を誘導するが、自分達も被弾しないよう身を低く構えて素早く後退する。この防弾装備だと心許ないが、身を挺して自分達が遮蔽物になるのがセオリー……この社是が少し恨めしい。
なんてアンラッキーな日なんだ、今日はとことんツイてない。
「……ショットガン・エイプリルだと? クソがっ!」
新しく編成されたトータルセキュリティG5Sでここ数ヶ月、懇意になった男がすぐ隣で呟いた。彼も中近東支部では古株で、業界には詳しい。
ユダヤ系の象牙色の肌に顎髭を伸ばした冷静沈着な奴なんだが、熟達したサブマシンガン使いの癖に肩付けしていたMP5の銃口を下げて仕舞う。
幾らなんでも相手が悪いからって、諦めが早過ぎだろう、ゴードン……気持ちは分らんでもないが。
それだけ、この女はヤバい。
生ける伝説……現代に生きている妖術使いの魔女とも恐れられている。
意外かもしれないが、これだけスマートフォンが一天四海の隅々まで普及したような科学技術全盛の時代に、その最先端の恩恵に預かる俺達特殊部隊関係の業界には、ジンクスとか都市伝説とか、もっと怪しげなオカルト染みた存在を信じて仕舞うきらいがある……きっと、死と隣り合わせの商売だからかもしれない。
呪術を使って要人を暗殺したとか、局地的に勃発した砂漠地帯の内戦を一夜にして作戦地帯全域を魔法で水没させて収束させたとか、廃棄される大陸間弾道ミサイルが大規模なテログループに奪われ掛けた時は実行犯ごと発射サイロを石化して仕舞ったとか、ショットガン・エイプリルの眉唾な噂は枚挙に遑がない。
話半分としても火の無いところに煙は立たない……それが、ショットガン・エイプリルと言う女の突拍子もない来歴だった。
一介のセキュリティ・サービスなんかの太刀打ち出来る相手じゃない。
だがたったひとつ運の良いことに、今日はラッキーアイテムを腕に巻いてるお陰で多分死にはしない。
多くの危ない橋を渡って生き残って来た俺に付いた渾名が、“ラッキーマン・トーマス”、そして“死なずのトーマス”だ。現に、こうして大厄災を生き延びた。
俺にとっての取って置きには、きっと祝福の加護が宿っている。
妻が呉れた5年前のプレゼント、態々スイスのオークションで落札してきた復刻版のキャリバー89ローズゴールド・モデル……薄給の俺には過ぎたパテック・フィリップの高級腕時計だが、不思議とこいつを身に付けていた日は、過酷な現場でも傷ひとつ負わなかった。
……問題は、今朝の茹で卵が固過ぎたことだ。
何か験が悪い、嫌な予感がした。
(“子宮世界”は今現在、一時的に封鎖してるアル)
緊張感の欠片もない間延びした警告が、行き成り頭の中にクリアな音声として響いた。何かの間違いと思いたい程の青天の霹靂だが、空耳ではない。
この暗号攻勢周波帯に入って来れる筈はないのに。
計器誘導の為の圧縮通信でさえ新型試作機は次世代技術を導入している……コンマ1秒毎に任意のパブリック・アカウントに憑依して64の64乗のギミック・ポイントを中継する。今日日、日々進化するセキュリティ・パッチで加速度的に堅牢性が増す次元間グローバル・ローミングは、下手な軍事回線より安全性が高い。
(見捨てられた世界として、ここはここで生きていかなければならないアルな)
(干渉する者あらば、これを阻止せよとご主人様より命を受けてるアル)
ご主人様、ご主人様とはなんだ?
仕える主と言うことか?
(いきなりコンタクトして話し掛ける図々しい礼儀知らずは、田舎者の不調法と大目に見て遣って欲しいものアル)
色々と突っ込みどころ総満艦飾だが、修羅場を生き抜いてきた戦士としての勘が煩い程の警鐘を打ち鳴らす……感情を殺し、よりドラスティックな判断を下す訓練を受けてはいるが、こいつは相手にしたらヤバい奴だ。
(ご主人様とは……そう、アルな、己が復讐の為に迷走から迷走へと突き進み、そして突き抜けて仕舞った稀代の迷い人アル、阿修羅神も吃驚な復讐と闘争に狂った不死と不滅の悪鬼羅刹アルな)
(そして華陽達が忠誠を誓うご主人様アル……生涯を懸けて付き従う魔神の王、従者眷属に有るのは唯、尽きせぬ献身と忠義のみで、その他の栄耀栄華も繫栄も人並みな幸せも心底どうでもいいアル)
(言い換えれば、ご主人様に依って生きる意味を見出した華陽達に取っての偽らざる唯一、と言ってもいいアル)
何故か狂気が伝染するような気がした。
狂信者の心酔か?
価値観が違い過ぎて、理解出来る気がしない。そもそも、危険だ。
(だから、全身全霊を絞り尽してもまだ足りない……そう思えるアル)
駄目だ、増す々々理解が追い付かない。
だが頭の中では危険アラートが鳴りっ放しだ。
(うん、理解出来なくて当然アルな、自ら欲してではあるけれど、至極真っ当で正しい価値観とは真逆な生き方を華陽達は選び取ったアル)
(別に覇を競いたい訳でも、力を誇りたい訳でも、戦闘狂のバトル・ジャンキーって訳でもないアルが、生き残る為の力は心の底から欲してるアルな……例えそれが反社会的な暗黒に魅入られた唾棄すべき力だとしてもアル)
この次元間潜航飛行の最中にピンポイントでアクセスしてくること自体、充分に奇天烈な事態で首を傾げざるを得ない薄気味悪い実力だが、それ程大言壮語するなら強さには相当自信があるんだろうか?
(いやいや、華陽はメンバーの中では最弱アル、仲間内では“へたれの痙攣クゥイーン”って呼ばれてるアルな……耳年増だった分、限界突破エクスタシーを体験したら、もう涙がちょちょ切れる爆発オルガの嵐アル、ブヒブヒ下品に哭く雌豚華陽の即逝き阴道はグッチョグチョで乾く間もないアルよ、もう小便臭い未通女なんて言わせないアル)
(無我夢中な快楽の虜も、存外悪くないアルな)
なんだろう、意味が分からな過ぎるが、淫らな……酷くスケベでエロいことを言ってるような気がする。
下ネタか? 下ネタなのか?
言葉尻から女のような気がしたが、この品の無さは違うのかもしれない。
……しかし、こちらの考えていることがいちいち読まれているようだ。
(……す、すぐに脱線するのは、華陽の悪い癖アルなっ!)
(万が一痙攣オルガに我を忘れて遅れを取ったら末代までの恥アルから、その辺は勿の論、一線を画してるアルよ)(何度も押し寄せる連続絶頂に狂う歓喜の最中、理性をかなぐり捨てた状態でも瞬時に反応出来る……例え失神していても遅滞なく一瞬で復帰して戦える、そんな特別の修練を積むアル)
(でも身体で繋がることの痺れるような特別感は、是非卿にも一考して欲しいアルよ……卿はきっと、逝き狂ったことが無いアルな?)
余計なお世話だ。
ジンガー体として性欲が薄いのには訳がある。元々が兵器として開発されたであろう半機械生命には任務や使命に忠実であらんとする傾向が強いからだ……そう言う精神構造が最初から情報として組み込まれている。
(激しく貪るような、グチャグチャに犯される喜びを知らないのは不幸アル)
(犯される落花狼藉に激しく乱れ咲き、崩壊する理性と品位に節操もかなぐり捨てて、身体の隅々まで灼け爛れるような卑猥な法悦の多幸感に満たされて色々と駄目になる滅茶苦茶な狂気の恍惚……磨き抜かれた性技の限りを尽くし、繰り返すスケベ絶頂に自分が自分でなくなる瞬間、女は本来それに逆らえないアル)
(……マナーも教養も王妃レベルだったアンネハイネ先輩なんか高潔であるが故に翻弄された悲劇の皇女だったのに、何をとち狂ったのか今や抑圧されていた隠微な変態交尾性癖が大爆発して、ぬちょぬちょマニアック路線真驀地アルなぁ!)
増す々々下品の極みだな、こいつ!
ところで誰だ、アンネハイネって……? 知らんがなっ!
(華陽は、痴悦と快楽で忘我の境地を味わえる女に生まれてきて、そして本能のまま破廉恥メスとして超絶ビッチな変態肉便器に堕ちれて、それが嬉しくて、心の底から好かたと思ってるアル、本当アルよっ)
矢張り女なのか? 言ってて恥ずかしくないか?
誰だか知らないが危険な匂いを撒き散らかしてる割には下品な奴だ。
(かっ、華陽はもう小便臭い小娘じゃないアル!)
超違存在……と言っていいのだろうが、らしく取り澄ましているが何故だかその裏に、アッチャーやっちまった動揺感が伝わってくるのはどうしてだろう。悪意を名乗っている癖に其処は彼となく漂う残念臭……それ程害意は無いのでは?
(何故なら世の中にはもっと不幸だったり、或いは逆に信じられないぐらい恵まれているのに自分の境遇に気付けない益体も無い有象無象の阿呆共も沢山居たりするから、こんな殺伐とした出遭いは不幸以外の何物でもないってことだけは……分かって欲しいアル)
(まあ、お喋りが過ぎたアルよ)
少しは狂った一人茶番から持ち直したのか?
だが何が言いたいのだ、こいつ……増す々々支離滅裂で理解不能なのだが。
(要するに、こんなおバカな仕様のちょっとお間抜けポンコツキャラの華陽でも殺るときは、徹底的に冷酷非常に成り切れると言うことアル)
(情に絆されそうになる時、心せよ、幾ら心を修羅にしてもそう言う瞬間は必ずある……師匠筋からはそう教わってるアル)
打って変わった剣呑な雰囲気に何故だか本気で言ってることが理解出来る、少し寒気がする程に……これは敵対すれば、一触即発か?
(華陽達に取っての強さとは、無垢なるもの、気高きもの、尊きもの、純真で汚れなきものを蹂躙するのも一切躊躇わないことアル……欲しているのは、唯生き残る為の力だけアルから)
(強きを挫き、弱きを挫き、全てを挫く……ナイト・コマンダー、夜の戦士とはそう言うものアル)
(きっと、華陽達はどっからどう見ても劫罰上等の鬼畜アルな……)
この自嘲的と言うか、露悪的な意識体に何が出来るかは見当も付かないが、物理的に状態異常速度を造り出す最新鋭機の次元間潜航モードで進入しているのに、いとも易々とこちらを探知捕捉し、アクセスしてきた。
同じことが自分に可能かと問われれば、おそらく逆立ちしても出来るような気がしない……相手の実力は、こちらより一枚も二枚も上手だろう。
こいつはアカン奴や……毛穴や汗腺が一切無い筈のジンガー体に鳥肌が立つ。
(満たされている、満たされてないで言えば間違いなく満たされているアル)
(されど魔界の邪神様達の愛の鞭に打たれる日々は、正に板子一枚下は地獄……いや、この例えはむつかし過ぎるアルな、そう、首の皮一枚繋がっているような死と隣り合わせの緊張感で本当にオシッコがちびりそうになるアルよ)
(その命懸けの切磋琢磨があったから、華陽は“愚者の戦線”に並び立つ強さを手に入れたアル……魔力も、戦闘力も見劣りしない筈アル)
何処だ、相手は何処に居る?
次元ジャンプの最中に外界のセンシングは充分に情報を拾ってこれない。
だが、この次元速度域……10万パーセクも離れているとは思えない。
意外と近いのか?
「ばあっ!」
何の前触れも無く操縦コンソールと正面の多面モニターから、女の上半身が生えてきて仰天した。
反射的に脇腹のホルスターから銃を抜こうとするが、肘を押さえられる!
反撃の膝蹴りもガッチリ防がれた……続いて繰り出す技の攻防に、ロンリー・オペレーションタイプのコックピットに凄まじい気流が吹き荒れた。技術部が掘り起こしてきた失われたロスト・テクノロジーの幾つかと最先端の科学魔法の融合の産物でみっしり満載の船内、しかもコントロール系が集中する操縦室は更に狭く、身動きするのもやっとだ。
私の体技は音速を凌ぐマッハ5、本来こんな狭いコックピット内で繰り出す技ではないが、その後の軍隊式格闘術の真髄とも言える妙技で打ち、貫き、極める悉くの手を苦もなく軽々と防がれたのは脅威以外の何ものでもなかった。
安全装置が働くのか、自動迎撃の筈のポップアップ・ウェポンは反応しない。
「あははははっ、吃驚したアルか?」
「中々疾いけど、華陽達、“愚者の戦線”は10倍光速の戦闘を想定して模擬訓練を重ねてきてる、狭い場所の至近距離の応酬も御茶の子アルな」
綺麗な女だった……女神の化身かと見紛うばかりの、美に溢れている。
これが先程の淫乱ドスケベ痴女だろうか? どうも結び付かない。
絶妙なバランスで吊り上った夜の帳の如き黒目、硬質だが嬋娟に色めく芸術品を思わせる黒髪は妙な髪形に結っていて、黄色人種を思わせる肌の色だが、肌理の細やかさが群を抜いている。陶器のような艶やかさなのに不思議な躍動感がある。右目のズーム倍率を上げれば、その皮膚には一切の毛穴どころか細胞の継ぎ目らしきものが見当たらないのが分かった。
抜群の技量で私を身動き出来ない迄に押さえ込んだ、その指先ですら匂い立つような美の揺らめきがあった。
瞬発的に戦闘態勢に入って仕舞ったが、さもなくばこの突き抜けたヴィジュアルには魅入られずにおれない暴力的なインパクトがあった。後れ毛の一房にさえ、人を惹き付けてやまない暴力的な美があった。
……人間離れした姿形を瞬時に見て取った。
だがその美しさは、その驚異的な身体能力を別にしても、儚げとか、嫋やかな風情などと言った、線が細く守られるだけの雰囲気とは一線を画する見事な生命力に輝いている……幻想的な美人に有り勝ちな影の薄さなど、微塵も感じさせない。
「次元間移動空間の凍結作業ももうすぐ目処が付く……そうすればこれから先、アリラトは“千年世紀守護神”とやらも手出し出来なくなるネ」
「羅生門副尉……だったアルか、卿がこのルートを使うのは事前に予知神、ハイパー・フリズスキャルブが割り出していたネ、進化したハイパー・フリズスキャルブに予測出来ないこと、見通せないことは事実上ほぼ皆無と言っていいアル……あれはその内、本当の神になるネ」
声も綺麗だ。
こちらの関節を極め口を塞いできた驚異の闖入者は、狭いコックピットの操縦卓や左右の装置に半ば埋まりながら、どういう理屈か有機体のまま壁抜け能力の様になんの痛痒も無さそうな風で移動する。
頭の中に話し掛けてきた時からそうだったが、妙に愛嬌のある語尾が無ければ天上の調べも斯くやと言う美声の持ち主だが、まるで鼻唄でも歌い出しそうな気軽さで物珍し気に周囲を観察している。
クリクリと好奇心旺盛に動く瞳には、能く見れば確かな知性とそれに倍する強い生命力の光が宿っていて、正面から直視すれば全てを見透かされ射抜かれるような威力があった。
私の直感が告げている、この相手が今迄出遭ったことの無い強敵だと。
「キャビンは真空に近いかと思ったけど、ナノマシーン・エーテルで満たされてるんだね、言っとくけど選択性毒素攻撃は効かないアルよ」
「……哎呀ッ、ほぼ無重力状態でカップでカプチーノを飲もうなんて、なんて酔狂アルかっ、常識を疑うアルね!」
ハンガー・パドックに後付けで架設して貰ったマイ・エスプレッソマシーンを見詰めながら指摘する面妖極まりない非常識の塊りが烏滸がましくも常識云々で非難するか、とマジ切れしそうになるが叫ぼうにも口を塞がれて声にならない。
二次元シートに圧縮された水と粗挽きの粉で、無補給で100杯は抽出出来るこの超小型エスプレッソマシーンは自慢の逸品、無作法な慮外者に貶められる謂れはこれっぽっちも無い。
第一、デザインが可愛い。このチャーミングさが分からないのか!
「ベナレスのタイム・シャフトが暴き出したアル……ロイド・ジンガー体の起源は前エストギア文明まで遡るアルな」
「当時の巨大AIの最大は物資の全流通網と人の交通機関の全運行管制を全面的にコントロールするヘキサグラミングⅢと普遍的全域通信傍受システム、“ビッグ・プリズム”、それに……」
それに前エストギア文明が滅びる要因のひとつとなった、人類の間違った選択、悪しき近未来の魔女裁判擬き、善人が悪人を駆逐すると言った行き過ぎた倫理観の歪んだ選民思想の産物……悪名高き治安維持犯罪防止システム、“キラー・コンビクション”の無慈悲なAI、“ラスト・デバッグ”の三つを統合して神を創ろうとした悲しくも残酷な御伽話だ。
当時の前時代的な頑迷さが、選択を誤らせた。
それは包括的監視システム、“ビヨンド・ザ・ネクストジェネレーション”と言う怪物を生み出した。
……行き成り始まる与太話は、何事かと胡乱に思ったが、どうやらジンガー体のルーツのことらしかった。
進化論が神への冒涜とされた時代があったらしいが、人間がサルから進化したって信じられなかった人々を一概には責められない気分だ。
前エストギア文明が滅んだ“第五次滅亡戦争”の記録は、広範な文明圏の約7割が死に絶え、徹底的に破壊されたが為に殆ど残っていない。不可侵中立宣言をした勢力だけが辛うじて生き残り、ことの真実は噂話程度に伝承された……後の世の戒めとするなんて殊勝な考えは極少数派で、誰も己れ等の失敗を後世に伝えたいとは思わなかったようだ。
だから史実としては残っていない。
残ってはいないが、常に一人々々のIDカードを通じて潜在的犯罪度数をモニタリングすると言った軋轢が火種となり、納得しない、人間の尊厳を声高に叫ぶ反体制派の人々が遂に内乱を起こす。同時多発の内乱があっちこっちに飛び火していった結果、悲惨な次元大戦は勃発した。
教科書では習わないが、誰もが知る戦争の真実だ。
「神の眼と、導き手たらんとする大いなる意志を持ったクラウド・インテリジェンス……そんなものが昼夜を分かたず監視している世界、実に理想的で皮肉の利いたユートピアアルな、尤も本気でそう考えていた本人……テクノロジーが生み出した偽りの神は大戦中に解体されて仕舞たアル」
「理想郷を創ろうとした在りし日の神は、やがて自由に手足として使役する独立した端末の必要性を認識して独自に半有機質の機械生命体を開発したアル」
「そして誕生したのが超科学版のホムンクルス、それがロイド・ジンガー体の先駆けアルな……大戦では極地兵器として大量に投入された筈アル」
こちらも知らないジンガー体の成り立ちを一概に信じられる筈もないが、この奇妙なバケモノは間違いなく希代のテロリスト・グループ、暗号名“ソランの共和国”から送り込まれてきた先兵と考えていい。
ロイド・ジンガー体の異能のひとつ、“羅生門”を“羅生門”たらしめているロイド機能を開放する……遺伝子に刻み付けられている刻印魔術が発動し、魔法機械生命体としてのオーラエネルギーを帯びた循環系が瞬時に励起される。
「アハッ、のっけから真打ち登場アルか?」
「ロイド機能のひとつ、“無限シンクロ機能”アルな、キッチンの冷蔵庫から巨大空母まで貪欲に同化して、手足の如く操る……“羅生門”シリーズの得意技と聞いてるアル、特にローズマリー副尉、卿の技量は当代一だと」
手の内を知られていることに臍を噛むが、遣ることは一緒と一気にリンク式操縦シートに溶融するように沈み込みながら、ボディから射出する触手のような支配プローブを四方八方に打ち込む。今私はコックピットにありながら、最新型次元潜航戦闘機“ライトニングボルト・エアリオ”と同化している。
機体の神経網とも言える電装系と一体になり、様々なパーツは私の意のままだ。
だがシンクロ機能の真価はここからだ……現代工学の根幹を為しているのは、代替えの効くパーツと言う思想だ。反重力エンジンや反陽子無限タービンなどの駆動系、様々な火器管制から探知機器、全てに於いて一部には増殖タイプのナノ・マシーンで成形された沢山のパーツが組み込まれている。
なんらかの損傷があった場合、これを補う為だ。
そして、それらも全て私の手足になる。
「アッハアァ、ナノ・マシーンの変形攻撃も、コックピットごと超圧縮するパワープレスも華陽には効かないアルな、そもそも機材やナノ・マシーン構造体と同化して自在に操る技が卿だけのお家芸と思わない方がいいアル」
既に超高硬度の鉄筋と化したナノ・マシーンの何十といった槍が全方位から格子状に重なって相手を串刺しにしてる筈だった。
なんの頓着も無く、重なり合う鉄筋にまるで霊体化したホログラムか何かの様に動いて見せた女は、確かに実体を持っている。
剰りにも密集し交錯する鉄筋の凄まじい槍衾に表情は見えないが、どうやら笑っているようだ。そんな気配があった。
不気味でシュールな光景は、有り得ないだけに感じたことの無い怖気が奔った。
無機物に溶け込める能力を有する私でも、ここ迄の自由は利かない。
分子透過だろうか、理屈は分からないが驚嘆に値する摩訶不思議な技前だ。
質量的に見ても、こんな同時存在は不可能だろう。
そもそも極秘裏に世界線を渡る虚数空間を高圧縮の超速でジャンプしている特殊潜航艇に、単身乗り込んで来れる自体からして有り得ない。
態々このタイミングを狙って網を張っていた?
「今回の作戦では時間軸移動の許可は出ていないアル、無補給……飲まず喰わずで一週間待たアルよ、退屈で死にそうだったネ」
「仕方ないから瞑想とイメージトレーニング……覚えたばかりの単独世界線移動の練習をしてたアル」
なんだとおっ、パラレル・ワールド間の単独個体移動――そんなのは方面防衛軍の上位組織、“千年世紀守護神”の中でも極く一部のメンバーに許可されているだけで、下部組織には技術制限が掛けられている!
それをこの女は会得していると言うのかっ!
「魔術とは畢竟、現実を捻じ曲げてみせる不思議アルな、幾ら科学的に解析して威力と速度を高めたと思っても、思念だけで発動する原初に近いものの方が遥かに疾いアル……ジンガー体の魔術理論は人の想いの強さを見ていない」
「先程の話を覚えてるアルか、血反吐を吐くような想像を絶する荒業で練り上げた魔力は超科学の魔術刻印をも凌駕するアル……ただし眠っている時ですら悪夢で魘されて飛び起きるようになるアルが」
えっ? そんなっ……
現代魔術理論に依り開発され組み込まれたスペルマジックを系譜とする、遺伝子に刻み付けられた魔術刻印は、嘗てない迄に昇華された高みに到達している筈……それを真っ向全否定だ。
不意に後頭部を全力で殴り付けられたようなものだ。
だが、ここで茫然自失する胆力なら次元工作員は失格だ。
挫けている場合ではないっ!
技量が駄目なら、後は出力だ……弟よ、力を貸して呉れ!
コックピットの傍らにスリープしたボットを起動する。
「そのボット、死んで仕舞った“羅生門”ファミリーの同世代体を凝縮再構築したものだろう?」
「イニシャライズし直して、帰属させた……」
なんで分かるっ! なんで、知ってるんだ!
確かに200年前に、弟はなんの危険も無い筈の補給任務で私の赴任地に寄港した際に事件を起こして死んだ。罪は弟自身にあった。
だが巡り合わせた運が悪かったのか、或いは追い詰め、そして躊躇った私の所為なのか……今も悔やんでいる。
メヘンと言う人造麻薬がある。
合成抗菌薬であるサルファ剤から抽出するスルファメトキサゾールGTBと、非アルカロイド系のある種の殺虫剤を原料に、非常に安価に製造出来る。
安く供給出来るので、近年、被害者の低年齢層化が深刻になっていた。
常習性があり、必ずと言っていい程、摂取した者は悲惨な末路を迎える。
5ヶ月前迄はこの麻薬禍撲滅の為に、東ヨーロッパ流通ルートを潰して回るのが自分達の当面の主要任務だった。
伝統的な格子柄であるガヴァメントミリタリー・タータンのキルトに身を包み、解放戦線の最前列で兵を鼓舞する為の高音バグパイプを吹きながら、銃弾が飛び交う戦場で常に戦列を乱さない……それが、ドルビー=マッキンタイヤ第一吹奏軍楽隊の誇りだった。世界の内乱が落ち着いてから、活動の場を組織犯罪壊滅の場に移しても、突入する現場では行進曲の吹奏楽は必須だった。我々には諜報での隠密行動はすれど、奇襲では不意打ちはしないと言った妙な矜恃があった。
何故、裏側で活動する工作機関に我々のような鼓笛隊と言うか、マーチングバンドが存在しているかと言うと全て創設者、“エイプリル・カムシー・ウィル”の意図するところに依る。
世界を裏側から清浄化すると言った逆説的なモットーを掲げ、ショットガン・エイプリルは着々と目的の為に世界を創り替えていた。
事実上、彼女が世界を支配していた。
だが5ヶ月前の地獄の大災厄が、地球をズタズタに引き裂いて仕舞った。
何が起こったのか訳の分からないまま、大勢の人々が死んだ。
後で分かったが、西ヨーロッパ周辺のイギリス、フランス、ドイツ、スペイン、オランダ、ベルギー他の多くの国々、フィンランド、スウェーデンと言った北欧、そしてグリーンランド、北極を挟んでカナダ、USA等が黄金の髑髏に押し潰されて一瞬で消滅している。
難を逃れた地域でも、なんの前触れも無く突然出現した巨大な質量に引き摺られて都市の高層建築は勿論のこと、多くの歴史的建造物も地方の家屋群も分け隔てなく、崩壊して宙に舞い上がった。
沿岸部では大小の船舶、巨大な戦艦も差別無く海水ごと吸い上げられた。成層圏の極薄い厚みの空気層が物凄い勢いで流動した為、瓦礫と化した構造物や生活の名残りと共に、無残に息絶えた何十万、何百万と言う人々の押し潰され、引き裂かれた惨い遺体が今も宇宙を彷徨っている。
残渣が地球を覆い、膜を造ることに依って陽の光は地表に届きにくくなっているが、それでも夜でも仄明るいのは例の不思議な災厄……悪魔の黄金の髑髏が自ら発光している為らしかった。
この理不尽な夾雑物が、なんの冗談か巨大な髑髏を模倣したものと知れた時は、生き残った人々は嘸や反応に困ったことだろう。
不思議と言えば、被害がこの程度で済んでいるのはどうやら後の観測結果で分かったのだが、重力が狂った暴威が最初の1分間で治まった為らしい。
どう言う理屈か全く分からないが、そもそもがこの巨大な天体がなんなのか能力を失った各国の監視衛星の記録を継ぎ接ぎした結果、どうやら巨大な髑髏の形をなぞっていると分かったからとて何も疑問は解決せず、謎は深まるばかりだった。
第一が通信が破壊されて、当初は正確な情報をやり取りすること自体難しく、失われた何も彼もを補う復旧作業は人海戦術を駆使しても遅々として進まなかった。
元凶はそこに有り続けたが、構っている暇はなかったのだ。
だが、ショットガン・エイプリルは物の本質を見失わない。
彼女の命で俺達、“ドルビー=マッキンタイヤ第一吹奏軍楽隊”は、黄金の髑髏攻略の為の決死隊を組んでいた。
驚天動地の1分間が治まっても、慣性の付いた大気や地表の岩盤や盛り上がった大洋が止まることはなかったが、その後に続く筈の同様の大暴威は嘘のように鎮まり、津波も暴風も凪のようにピッタリと止まった。
どう言うバランスや力が働くのか当時も今も分かる筈はなく、多くの生き残った研究所や学者は様々な仮説を立てたが真実には到達していない。物理的な彼の不思議は不思議のまま先送りにされ、調査隊を送る動きは何処の再生組織からも名乗り出ることはなかった。
徹底的に破壊されて余裕が無かったのも然りだが、誰もこの未曾有の恐怖に立ち向かう勇気を持てなかったからだ。
女傑エイプリルだけが、立ち塞がる脅威を知りたいと願った。彼女は本気でこの状況を打破出来ると考えていたし、しなければならないとの使命を抱いていた。
その為には何が起こったのか、何が起きているのか知らなければならない。
中央ヨーロッパはカルパティア山脈南の端、ルーマニア中部のトランシルヴァニアに至る山岳地帯に居た。
ここいら辺は未知の物体に最も近く、地殻変動が起こったりした影響で、燻る溶岩と泥で埋まって仕舞った村々があった……さながら現代のポンペイのようだ。
標高2000から3000メートルの高地には夏とは言え、破壊の後の岩領は雪に包まれ、元々豊富な生物多様性がありユネスコの生物圏保護区などもあった筈だが、緑地帯は見るも無残に枯れて仕舞っている。
スロバキアの首都、ブラチスラヴァからの山岳道路は寸断して使えず、ヘリでパラシュート降下した。
空から見ても、立ち塞がり人を阻むように横たわる黄金の壁は、何処迄も果てしなく聳えて荘厳ですらあった。
目標の天体級の髑髏は、5km手前に見えない壁を張り巡らせていて何処も彼処も蟻の這い出る隙間も無さそうだった。
壁の存在が判明したのは何処かの命知らずな特殊部隊が独断で攻撃ヘリ、MH-6リトルバードで威力偵察を試みた際に追突したからだが、その後も無謀な特攻隊が続いて貴重な犠牲が出たお陰で透明な壁の厚みが5kmであると割り出せた。
だが、何処かに綻びがあるのかはこれだけ巨大な構造物だから、端から端まで境界線を調べるにはドローンを使っても一朝一夕にはいかない。成層圏を突き抜けたその先の宇宙空間も然りだ。
プラットホーム投下の物料傘パラシュートで運んだ軍用スノーモービルを捨て、後は徒歩で取り付く……冬季迷彩の雪山装備はヒートテックなどのレイヤーシステムを準備したが、矢張り嵩張る。
人の少ない場所の方が良かろうと選んだ接近ルートだったが、こんなことなら平地の方が楽だったろうか……どの道、黄金の壁付近の住民は死んだか避難して仕舞っているが、被害も相当なものがあり後片付けも放棄したまま放置されている。
問題の見えない壁を手前にしてアタッカー役の隊員が一斉に、ここ迄エッチらオッチら担ぎ上げた十挺のM204ロケットランチャーの防水帯を外す。
長距離爆撃用の推進剤を用いた特別性のミサイルを4発続けて撃てる。
「お前等、着弾点は一箇所に集中するのを忘れるな!」
レンジファインダー付きの高倍率双眼鏡で壁の様子を伺いながら指示を出す。
「コープランド隊長、本当にこんなんで壁が抜けると思ってます?」
「煩えよ、俺達の股間の急所はな、エイプリルの筋肉糞ババアにがっちり握られてるんだ……いい加減、覚悟を決めろ!」
「音楽を鳴らせ、行くぞ、ゴー、ゴー、ゴー、ゴー、ゴウッ!」
斥候兼バグパイパーのチェレンコフが戦意を鼓舞する勇ましい楽曲を吹き鳴らすのに合わせて、アタッカー役が照準を固定する。
「第一斉射いくぞっ、全員構え……ファイアッ!」
小気味よい射出音に続き、着弾の轟音と爆風が物凄い勢いで駆け抜ける。
「続けて第二斉射、狙え……ファイアッ!」
次々と巻き起こる爆炎と青空に立ち昇る黒煙が消えても、見えない壁はビクともしていない。矢張りこんなものでは人知を超えた壁を貫くことは出来ない。
だが密命を帯びた俺達には出立前に筋肉ゴリラから直接託された2挺のビームライフルがある……時々俺達には、現代科学では不可能だろうって技術の高威力武器や諜報活動用の面白ツールが渡されることがある。
大抵、失敗出来ない重要な工作やここぞと言う場面で確実に打開してくれるアーティファクト染みたもんだが、毎回作戦終了と同時に回収される。
持たせた狙撃手2名に準備の合図を送る。
「いよいよこっからが攻略の本命だ、鬼が出るか蛇が出るか、死んで花実が咲くもんか、お前等、全員生きて帰るぞっ!」
「帰ったら、高級コール・ガールと高級シャンパンでどんちゃん騒ぎだ!」
1分間のビーム照射で壁に変化が現れる。
双眼鏡越しでハッキリ分からないが、透明な筈の壁の構造体らしきものが乳白色の細かいキューブになって、表面だけだが崩壊が始まっている。
正にイケると手応えを感じた瞬間だった。射手に照射の続きを促していて気付くのが遅れたが、空から巨大な何かが降りて来ていた。
それは巨大な人型の兵器だろうか、まるでジャパニーズ・アニメに登場するような身の丈200から300メートル以上はあろうかと言う図抜けた大きさのロボットか何かとも見紛う……こんな巨大で異様なものが音も無く静かに上空から出現すること自体が、まず筋が通らない。
遠く離れていても見上げるような大きさだ。
こちらの照射ビームは屈折して、全て人型兵器に吸収されていく。
女性のフォルムだ。赤黒い、いや黒赤いプロテクタースーツのようなもので全身が鎧われている。全体が人造物ではなく体表を甲殻アーマーで覆っていると感じたのは、頭部の鼻から下の口許だけ地肌が露出するように妙に艶かしい造作に見えたからだ。遠目でも分かるが眼許も隠されたフルフェイスのヘルム、ヘルメット状の顔の部分で、見えている赤く濡れた唇……そこだけが、その大きさは別として酷く妖艶ですらある。
と、その唇が動いて雷のような大音響が響き渡る。
「アームズ・アゲイン・パーラー……“エイプリル・カムシー・ウィル”を名乗る者に伝えよ、自らが出向いて来いと」
「アザレアが待っていると………」
その巨体に見合った大音声に空気がビリビリと震える。
だのに、その声は美しかった。
「しゃ、喋ったぞっ!」
「なっ、なんだ、この化け物は!」「こんなの、敵う訳がねえっ!」
「クソがっ!」
名誉ある“ドルビー=マッキンタイヤ”の隊員だが、流石に浮き足立っている。
無理もない。
腰が引けて隊列が乱れることを懸念するが、次の瞬間、俺達全員が眩しい光に包まれていた。地から足が離れる浮遊感にゾッとする。
気が付けば俺たち全員、今回の足掛かりに出撃拠点を置いたブラチスラヴァはルジノウ街区にある陸上競技アリーナに送り返されていた。
何が起こったのか分からないまま、見覚えのある場所に居た。
狐に摘まれたような混乱に取り乱すことも忘れて、一人残らず茫然自失する決死隊メンバーだった。
一瞬の出来事だった。
フランキーの暴走に巻き込まれ当初バラバラの世界に転移した吾等じゃが、斯くの如き事態を想定して、以前からパラレル・ワールド間を介してシグナルを受け取る次元ビーコンの精度と出力を改善する為、回路設計を根本から遣り直す研究開発に着手しておった。
また同じような技術から、パラレル・ワールド間の何処においても通信の遣り取りが可能になっている……この、何処においてもと言う部分が非常に重要になってくる。無限に広がるパラレル・ワールドの世界で、例え相手が何処に居てもビーコンさえ繋がれば通信回線を開いて維持し続けられるからじゃ。
これを思い付いたエルピスは、矢張り天才じゃと言える。
図らずも起こって仕舞ったディメンジョン・ビハインド・メルトオーバーラップは、方々の世界に災厄を引き起こしたようじゃが、被災地が剰りにも膨大広範囲過ぎて、何処にどのような影響が出ているのか、失われた命や知的社会は失地回復出来るものなのかさえ現時点では皆目分からず、被害状況全体は未だ正確には把握していない……突発的な事故が防げたかと言えば疑問じゃが、起こって仕舞ったものは仕方ないし、いずれにせよ吾等は吾等の目的を優先する。
シィエラザードが引き起こした時限無作為操作のオーバー・ドライブで出来て仕舞った3千億光年に渡る次元の裂け目の修復を、次元シーミング・ディバイスで完了し、オルク・スティーブンソンが試みたプロジェクトの唯一の成功例――既定現実たる子宮世界“アリラト”、幻魔達の星を目指して可能な限り全速で戻っている最中にそれは起こった。
瀕死まで追い込まれたシィエラザードが最後の力を振り絞って、マルジャーナの魂を取り込まんとする覚醒した“泣き虫シムシム”に放った断末魔の足掻きに因り、フランキーは暴走して仕舞う。
多機能巨大揚陸突撃艦、“破壊神ダンシング・マンタ”は轟天モード三式に依り、複写された艦隻の数珠繋ぎ状態で更に亜空間ワープに加速ブーストを掛けた状態じゃった……この形態の方が速度が乗るからじゃ。
これが災いして“ダンシング・マンタ”の乗組員は、フランキーが巻き起こした次元溶融合に巻き込まれた際、別々のダンシング・マンタで別々のパラレル・ワールドに飛ばされて仕舞う。
吾とシンディ、アザレアは“ダンシング・マンタ①”で高度に発達した情報化社会に飛ばされた。発達した文明圏ほどナレッジの入手は容易い。
自動周回式インセクトを大量に文明集合体中枢に仕込んだ。
幾つかは発見されて駆除されたり、サイバー・セキュリティの常時アクティブ型迎撃システムに阻まれ殲滅されたが、幾つかは未だに生きていて、取得したデータを厳重な排他変数周波帯で次元を超え、圧縮暗号送信し続けている。
歴史、社会構成、政治制度、経済構造、科学技術、価値観、インフラの実態、都市設計、娯楽カルチャー諸々の甚大な全ての知識を吸い取り、写し取った。
情報精査にメシアーズの記憶層はフル稼働し、保存する為に新たなコーデック技術の開発が必要な程じゃった。
エストギア方面連合と言う多次元並行世界に渡る文化圏は、経済と軍備の統治母体を中心に各々のパラレル・ワールド間の行き来を可能にしていた。
悔しいが吾等が必死の思いで開発した大規模な世界線移動システム、DTDより遥かに効率的な可動原理で、軽い運用が可能なものじゃった。
理論がスマートで、ずっと洗練されておる。
この技術を盗み取り、自分達で再現するのには超天才エルピスをしても三日を要した……メシアーズの端末があるところ、エルピスの意識は遍在している。
現に、離れ離れに別々の異世界や異次元に転移して仕舞ったメンバーの安否確認は、メシアーズのインターフェイスを通じて報告して呉れたエルピスの情報共有が一番早かった。
じゃが肝心なパラレル・ワールドを端から端まで渡っていける全体を俯瞰するような構造図、航次元の為の5から6D航世界線図が確認出来ない。エストギア方面連合内では、飽く迄も方面連合内の航世界線図が公開されているだけじゃ。
どうやら方面連合を傘下に収めるもっと上の上位組織に依り、それは封印されているらしかった。
暴走したフランキーは何処に行って仕舞ったのか今はまだ確認出来ないが、こちらの思惑通りに他次元ジャンプの法則を掠め取ることが出来たのじゃろうか?
当初の目論見を忘れた訳ではなかったが、今はそれどころではなかった。
もっと遠くへ遁走したのか、少なくともエストギア方面連合ではその所在を掴めていないのは知れておる。
そして判明したパラレル・ワールド全体を監視し、世界間のバランスを調整する為の謎の上位組織、“千年世紀守護神”の存在……“千年世紀守護神”の情報統制は完璧でどんな実態なのか、本拠が何処にあるのか、先進の技術体系はどのようなものなのか、全くと言っていい程探り出すことは出来なかった。
こんなことは初めてだ、正しく鉄壁と言っていい程じゃった。
……同時に、“千年世紀守護神”が吾等の動向を察知していること、エストギア方面連合に限らず統治権を与えられた高度文明のコミューン全体に、ソランを初めとする吾等ゲハイム・マインが次元テロリストとして第一級指名手配になったことが知れた。
驚くべきことに、こちらの面が割れていたし、フランキーや“アリラト”の存在にまで気付かれていた……この短時間に不可解な迄の捜査力じゃ。
これは吾等も余程気を引き締めて掛からねばなるまい。
一方、ソランはベナレスと共にあった。
エルピスの推測に依ると、ソランの強制転移に引き摺られて惑星レベルに超巨躯のベナレスも世界線を渡ってきたが、その際にオーナーであるソランと離れ々々にならぬようベナレス自体がおそらくソランに逆召喚を掛けたらしい。
じゃが転移した先がなんの因果律が引き寄せたのか、どんなルールが適用されるのか、確率から言って偶然である筈はないのじゃが、ソランが復讐の旅を始めるに至った因縁の直接のターゲット……今は亡き宿敵たるサイコパス下種勇者、“トーキョウ・トキオ”が生まれ育った地球だった。
エストギア方面連合エリアには在るものの、未開地として放置されている世界の地球……この程度の文明レベルでは未だ蛮族の範疇を脱していないと判断されておるようじゃった。
……合流してから知ったが、どうやら吾が知っておる地球、日本とは微妙に違っていたようじゃ。現に吾が此処に居た痕跡は無く、既に多くの現地データが消失した後ではあったが、例え時代が違ったとしても家系も就学した学校も住み暮らした街さえも記録は見つからなかった。
よく似た違う地球……こんなのが幾つも並行して存在してるとしたら、ちょっと嫌な感じじゃの。
そして馬鹿々々しいにも程があるが、ベナレスは三分の一以上が地球に減り込むように重なって、融合しておった。
フランキーの暴走に依る無理矢理な転移がそうさせたのか、有り得ない確率で此処に引き寄せた何者かの介在が原因なのか、或いはその両方の確執の所為なのか調査と分析を急いでいるが、何分空間の同時存在を剥離する復旧工事が難航を極めているので後回しにされておる。
突然出現した超巨大な質量に地球の方も大ダメージを受けていたが、大気、地殻変動、海抜の隆起を一瞬で押さえ込み鎮静化させたベナレスとメシアーズの判断は寧ろ褒められるべきだろう。
いずれ剥離作業が完工したら、望まぬ厄災に巻き込まれ倒壊、或いは消滅した多くの都市や国土、それに多勢の死傷者も分け隔てなく総て元通りに回復再生するつもりじゃ……それに向けて刻を遡り、魔素情報ハイスループットツールを駆使して従前の状態の地球の霊的エクトプラズマと構成要素情報のデータ採りとライブラリィ化を開始しておる。
方面連合他のステージ名を冠したパラレル・ワールド間移動を許されている文明複合体はパラレル・ワールドの分類方法にも依るが、知的生命の確認された世界に限ってはおおよそ全体の8パーセントに満たないらしい。まあ、無限に広がり存在するパラレル・ワールドに対して何パーセントかなんて、余り意味を成さないかもしれないが………
アンネハイネ、華陽の乗った“ダンシング・マンタ②”は、同じエストギア方面連合だが傘下には所属していない中立世界……所謂無法地帯に墜ちていた。
無事連絡が付き、異常も無く乗務員に負傷者も発生していないようなので一安心じゃったが、ベナレスの額にある“ハエ”と呼ばれる巨大な建造物群……正式にはDTD、“Dゲート発生装置”はエルピスが解き明かしたエストギア方面連合運用の世界線移動原理を転用し、すぐさまソランの指示の下に新可動原理システムへの換装は着工しておったものの、本気のベナレスの類い稀な製造力を以ってしても優に一週間は掛かりそうだった。
その間、アンネハイネと華陽には陽動としてエストギア方面連合の多次元刑事警察機構の撹乱と、当面の活動資金や資材の調達が命ぜられた……余り略奪は推奨しておらんのだが、背に腹は変えられん。
カミーラ、エレアノールとマクシミリアンその他の分乗した眷属乗組員の“ダンシング・マンタ③”は、未だ世界線移動技術は持たないが其れなりに高度な技術文明が発達した世界に放り出されていた。
そこは当然エストギア方面連合のような多次元連合コミューンを築いておらず、従って“千年世紀守護神”の傘下にも組み込まれていない閉ざされた世界だった。
この世界は何処も彼処もクリーチャー系の生命体から進化していて、例外なく好戦的な種族が繁栄している。それが故、他の世界に侵攻されてはならじと世界線移動技術が確立しそうになると、その芽は徹底的に潰されてきた。
誰の手になるかと言うと、巧妙に隠蔽されてはいたが、例の“千年世紀守護神”の意向がその裏にはあるらしかった。
しかしながら攻撃面だけの技術に特化して磨き上げられた兵器体系にはクリーチャー文明独特のオリジナリティーが有ると、カミーラが目を付けた。
定時連絡を含め通信での遣り取りは格目に取っておったが、再合流までの一週間にカミーラの奴は、徹底的に攻撃体系に偏重した技術とノウハウを盗み取るのに相当躍起になっておったようじゃ。
相互に連絡し合って点呼した結果を待たず、どの“ダンシング・マンタ”にも分乗していないのが三隻の艦内の監視端末からエルピスは答えを得ていたが、蟣蝨と変態ビヨンドが何処にも見付からなかった……移動の際に弾き出されたのか、二人だけが見付からず行方が絶たれているのが分かった。
他の世界に飛ばされた“ダンシング・マンタ”は搭載されたメシアーズの端末がなんらかの理由で作動していない事態でなければ確認されない筈はなかったし、そしてメシアーズの端末が作動しないとは考え難い……詰まり、存在していない。
殺しても死なないように鍛えた筈だし、決して疑った訳ではないが無事を確認出来ないことの心細さが顔に出たかしたか、周りに弱気が伝播していく。
吾の動揺が皆の士気を下げさせるのだけは許容出来ない……何を隠そう、吾こそが“狂える邪神”にして復讐の女神ネメシス、仲間を失うことの悲しみなぞ微塵も抱く筈なき無慈悲の人外。
例え望まぬ別れがあったとしても取り乱して俯いたりせぬは。
必死さを気取られぬよう直ぐ様所在の確認を急がせたが、とんでもなく離れた世界線の枝線に極く微弱な反応有りの報を受けたときは、思わず涙ぐんでVR感応ヘッドセットを被って誤魔化したものじゃ。
じゃと言うに蟣蝨ときたら、音声通話の開口一番“ホイップ餡ぱんが食べたい”とかぬかしおって……全く、メイクラブ・テクニックに限っては吾等の中でも一番の剛の者、カミーラ直伝の閨指導奥義皆伝の太鼓判を貰っておる癖に花より団子、何処迄も喰い意地の張った奴じゃ、太るぞ!
……最初、体内に持たせている次元ビーコンの波長が弱く、増幅してみたが余程遠くに放り出されたのか希薄なシグナルに首を傾げた。
調べていく内に、暴走の大元たる9999の大幻魔神の集合体たるフランキーが己が逃走経路を消す為に無理な暗黒次元の攪拌をしたらしく、そしてあの修羅場を能く生き残れたと感心すらするがフランキーを追った本家シィエラザードが同じように自身の痕跡を辿られぬような事象改変をし捲った影響で、二人の……蟣蝨とビヨンドの次元ビーコンの主要回路がダウンして仕舞ったらしかった。
弱々しいシグナルを繋いでなんとか通信チャンネルを開いたが、ビーコンへの外部からの細工を防ぐ為に完全なブラックボックス設計にしたのが災いした。
詰まり自分達で再起動出来ない。
エルピスが新しく得た作動原理で組み上げた世界線移動装置の試作機が有ったので、直接二人のビーコン内へ、リブートさせる仕掛けの超マイクロ・サージャリー用ナノマシーンを、遅行転送で送り込んだ……徐々に何かが入り込んで来るのが初めての体験で癖になりそうだと、興奮に上擦った声でお下劣ビヨンドは言った。
吾等は一人々々、兵器廠や生活空間他の色々な施設ごと携帯用亜空間ストレージに持ち歩いているから他に幾らでも真面なことがあろうものを、異次元間の狭間に漂流したこいつは暇を持て余したとか称して体内で生成した媚薬をセルフ投与しての無限ループオナニーに興じていたと告白した。
ビヨンドは何処迄行ってもビヨンドだった。こいつだけは野垂れ死にしてそのまま朽ち果てれば好かったのにと、安否を気遣ったのが少しばかり悔やまれた。
しかし何処に潜ったか消え失せたか、追い詰めたのが吾等とは言えこの騒動の元凶とも言うべきフランキーとシィエラザードの行方が杳として知れない。
捜索を開始する為にも、逸早く体制を整えねばならぬ。
新たなDTDの構築と並行して、蟣蝨達の為の救難船を建造することにした。
“スターリング・ノーチラス号”と名付けられたパラレル・ワールドを移動する為の異次元潜航艇は、この短期間にフル稼働するエルピスが独自の並行次元ジャンピング機関の小型化に成功した恩恵で造船が可能になった。
……斬新な新設計のモバイル型チャージャーにベナレスの額の位置にある改装中の通称“ハエ”ことDTD、正式名称Dimension transfer deviceからリバース・ウーラニアンの供給を受けて駆動する。
純粋な触媒として純度100パーセントのリバース・ウーラニアンを使えるのは吾等の技術では唯一の独自性だが、安易に特許出願と言う訳にも行かぬ……新たに知れた謎の管理組織、“千年世紀守護神”を名乗る強大な敵の詳細が分からぬ以上、優位性は秘匿せねばならぬ。実際、レスポンス計測値では現行のエストギア方面連合の技術に僅かに優る。
静かなる次元潜航艇、“スターリング・ノーチラス”は目論見通りなら、新生DTDの稼働と共に蟣蝨達に差し向けられる予定の緊急救助用回収船舶じゃった。
兎にも角にも地球と言う殆どのメンバーは初見であろう見知らぬ星に減り込んだベナレスに、皆無事に集合出来たのはフランキーの暴走事故から一週間と5日目のことであった。
新生DTDでそれぞれの“ダンシング・マンタ”を引き戻す際の艦体の再合成に技術的な問題が生じて、結局なんだかんだで余計に時間が掛かって仕舞った。
帰投後、顔を合せた蟣蝨に独りは心細くなかったか尋ねたところ、長い孤独には慣れているし、忠誠を誓った主と離れ々々になったのが例え一週間だろうと一万年だろうと自分の信念は揺らがない……今はそう思えるようになった、そう淡々と語った彼女の眼には偽りなき真意の光が確かにあった。
内心ではどうあれ、再会の喜びを顔に出す者なぞ一人もおらぬと言うに、意外なことにソランは手放しで、体裁など気にした風もなく無事に逢いまみえた吾等全員に心の底から安堵したことを伝えた。
加えて緒戦の奮闘を、非常に打っ切ら棒な言い方ではあったが一人々々に礼を尽くして褒め称え、犒った。
自称、復讐馬鹿の狭量な性格破綻者は本当に吾等のことを大切に思っている。
「してやられた感がないでもねえが、向こうも手負い……これだけのドンチャン騒ぎを起こしてシィエラザードもフランキーも無傷である筈がねえ」
「こっからだ、何がなんでも奴等を取っ捕まえてボコし、赦しを乞うまでギトギトにぶちのめして従える」
このままじゃ終われないと、ソランは仄昏い瞳で片方の口角をニヒルに歪めた。
眠りとか尋常な笑顔とか瞬きとか、契約の対価として色々と奪ってきた。その度にこの男は人間らしさを捨ててきた。
例え今回の暴威を引き起こしたのが己が所為であったとしても、それで何百億、何千億の人命が失われようとも眉ひとつ動かさない冷血漢の癖に、作戦開始前には巡礼回廊で出逢った母子の安否を気遣ったりするアンバランスな人非人……吾と能く似ているようで似ていない。
盟約者として感覚と意識を共有し続けて分かったことがある……この男の恨みは決して磨耗しないし、無くならない鮮明さと苛烈さに鎧われている。いつしか黝いホムンクルスたる吾が絆されて仕舞う程に。
ディスティニー・パートーナー……運命の相手とか、この先吾が正直に告白することなど無いであろうが、愛しくて愛しくて堪らない気持ちが溢れて止まらない。
カミーラの予言に沿って、56億7000万年のその先に辿り着くとき、吾はその隣に寄り添っていたい。
なればこそこんなところで、立ち止まってはおられぬ。
「俺も只では転ばねえ、一瞬だがフランキーは他次元ジャンプの法則の真実、未だ謎に包まれた“千年世紀守護神”の隠された先端ハイブリッド・テクノロジーの一端を掠め取ったが、そいつは今俺の手許に在る」
「何故ならあの刹那、役立たずだった“泣き虫シムシム”は折角手にしたお宝を手放した……漁夫の利をちょろまかす手癖の悪さなら、俺は誰にも負けねえ」
「見ろ………」
ソランの手にあったのは、宝玉ともオーブとも、将又マナエナジーがボールの形を取っているとでも言った奇妙なものだった……様々な銀色に変転し続ける複層魔法陣らしきものやリボンのように流れる複雑なキャスト・データ呪句が不規則に巡って、光り輝いている。
「神秘と真理の中身は分からなくとも、魔術式には起こせた」
「……解析するにはおそらく神格が足りねえ、だがこいつをモノに出来りゃあ、おそらくだが俺達はその身ひとつで世界線を渡っていくことが出来る」
転んでも只では起きない根性の悪さはきっと生来のものだろう。
良かった……図らずも、吾等の当初の目論見は無に帰さずに済みそうだ。空騒ぎに大山鳴動してネズミ一匹では、余りにも犠牲が多過ぎて洒落にもならぬ。
獲らぬ狸の皮算用にならずに済んで、本当にこの男の狡辛さには脱帽じゃ。
こうして56億7000万年に渡る長い々々闘いの最初の一歩は、読みの浅さから一敗地にまみれた形ではあったが確かに得るものはあった。
何より、立ち塞がる“千年世紀守護神”と言う邪魔物の存在を窺い知れたことは大きい……広範囲な次元指名手配になったのは身動きに制限が掛かるし、逃げ延びねば話にならないが、巨大な障害を攻略してこそ吾等が浮かぶ瀬もある。
今回、離れ離れになる騒動に改めて吾等のパーティ……家族と言い換えてもいいかもしれんが、戦士と女の狭間に揺れる歪み切った迷える牝羊共には、普段あんなに啀み合って、張り合って、愛想を尽かし合ってる癖にいざ別離が余儀なくなれば恐怖を伴う迄の喪失感と耐え難い怯えに震え上がり、打ちのめされる程の絆が、確かにあるのだと思い知らされた。
例え前世に奇縁が無かろうと、魂で繋がれたソウルメイト・ラヴァーズ……それがきっと、吾等なのであろう。
誰もが己れを異質で歪形なアウトサイダーだと、骨の髄まで理解しておる。それ故断言してもいいが、“足るを知る”なぞと言う殊勝な心根は誰一人持ち合わせておらぬ……それでも、付き従うと決めたソランへの想いが全てなのは皆、変わらぬ。
この先も、例え口が裂けても決して言葉にすることは無いであろうが、互いが互いを慮って、大切に思っている。されば誰一人掛けることなく行き付けることを願っているし、その為に不死身の強さをこれからも求めていくのだろう。
先手必勝……来るべき上位存在との対決や頂上決戦を予測して、出来得ることは全てやる。それがゲハイム・マインの信条じゃ。
後はスピードとの勝負、此処の所メンバーは打っ通しの作業で睡眠を必要としない吾なぞを除いても、不眠不休、誰一人一睡もしていない状況が続いておる。
……今もまだ、様々な世界の様々なテクノロジーを吸収し、新たな着想で新たな武装を生み出す作業にメシアーズとベナレスは、未だ嘗て経験したことの無い加速度的なフル操業を貫き続けている。
崩れていく常識と、地獄の辛酸に晒されたその後の地球……そして居座り続ける未知の脅威……そんな中でも人々は生きていけるんだと証明して見せた。
だが、そんな中でも人々は小競り合いを繰り返す。
下らなくて愚かしい……結局それが、人類の限界なんだろうか?
今日の任務で遭遇したブロンドの悪魔は、その目的も何も彼も不明のまま突如として降って湧いた傍若無人そのものだった。
ラッキー・アイテムが有っても、今日の運勢は最悪だ。
護衛対象の何人かが馬鹿過ぎる……脅威を刺激しないよう、黙らせる指示をしてるのに耳を貸そうともしない。
唯、居丈高に相手の無作法を糾弾しようと喚き散らす。
弱い子犬がキャンキャンと吠えるようなもんだって、なんで分からない?
轟音と共に、ブロンドの悪魔のショットガンが火を吹いた。
一人の高官の頭が、まるで西瓜のように跡形も無く吹き飛んだ。
とばっちりを喰った何人かが負傷したのか、悲鳴と共に蹲る。
何が起きたか理解した周囲の者は、腰を抜かしたり、蒼褪めた顔を俯けて胃の中身を戻したり、駆け出そうとして盛大に転倒したりと収拾が付かない。
血飛沫を浴びたことに気がついて、きっと立ったまま粗相をした奴がいたのだろう……濃密な血臭に混じって、不衛生な公衆トイレのような異臭が漂った。
「静かにして呉れないか、人死にが増える」
その場の誰もがこの悪魔の如き死神には決して逆らってはいけないと、これ以上ない程にはっきり理解した。別に威嚇してる訳じゃない静かな声音だったが、何故だか逆らえない威厳があった。
絶叫と怒号の阿鼻叫喚が、いつしか静まり返る。
「別に、無能で無駄な高級官僚が何人死のうが、荒廃した後の世界にとっちゃあ痛くも痒くもない筈だが、静かにしてさえいれば長生き出来るかもしれん」
洗練された正統派ブリティッシュ・イングリッシュの発音だが、その内容は中世以前の血腥い野蛮人も裸足で逃げ出す酷薄なものだ。
殺伐とした強烈な死生観が、センチメンタルな想いなど脆弱な唾棄すべきものとして、押付けがましくも怒涛の津波の様に上書きし、塗り替えようとする。
逆らえば即ち死、と言う単純明快なムードが支配した瞬間だった。
「この中で、残存NATO即応部隊のナポリ統連合軍司令部への指揮権を持つのはどいつだ……臨時の中央欧州連合軍司令官と元アメリカ海軍在欧州部隊司令官への最高指揮権を委託されてる奴だ」
綺麗なギリシャ語だったが、その粗雑な話し方以前に剰り堪能じゃ無い俺達には所々聞き取れなかった……間を置いて同じ内容がフランス語とイタリア語で繰り返されたが、最初と同じように綺麗な発音の割に荒々しく吐き捨てるような口調だ。
してみると、探し人はギリシャ系かアルプス山中の国境に跨がる自治州辺りの出身か何かだろうか?
仏語と伊語、両方を公用語にする地域があった筈だ。
残念ながら今日の護衛対象のリストには、出身地の情報は載っていない。
だが、臨時最高指揮権には心当たりがあった。
「取って喰おうって訳じゃないが、私は気が短い、さっさと名乗り出た方が身の為だ」……同じ内容を、三カ国語、四カ国語で繰り返す。
軍事的な命令系統が寸断されて機能しなくなった結果、各国の首相や国家元首に一時的に委任されていた統帥権を統合化するのに会合が繰り返されたんだろうが、国際報道機関も取材力が低下した為か仔細は公開されていなかった。
元々最高指揮権は軍人には無いが、幾らお飾りとは言え門外漢の文官……24歳の女性に集約するのは、お前等馬鹿なのか、と俺なんかでも思う。
壁際に下がらせた今日の会議の参加者に、エイプリル・カムシー・ウィルお目当ての人物が居るのが見て取れた。
「わっ、私がエリーゼ・シャーロットだ……」
24歳にしては落ち着いて見えるが緊張に声が震える女が進み出た。
人が殺される惨劇の場に、錯乱していないだけ肝が太いと言えるだろう。
細かい、一見無地に見えるハリスツィードだろうスーツに身を包んでいる。
ざわめく周囲から一歩出て名乗り出る声は小刻みに震えてはいても意外に凛と張ってはいたが、警備班に渡された会議の参加メンバーリストにその肩書を見つけた時は、流石に我が眼を疑ったもんだ。国際緊急権なんて初めて聞くが、全く畑違いの小娘に押し付けるなんて無茶振りにも程がある。
遂に世紀末の混乱もここに極まれりって感じか?
「名前などどうでもいいし、訊いてない」
「お前の権限……再編されたSNMG2、第2常設NATO海洋グループ所属の急造航空艦隊、ライトワイト揚陸艦隊に直通連絡が可能と知って頼みがある」
その代名詞となった大きな胸を揺すりながら、ブロンドの女豹は狙いを定めた獲物……ダーク・ネイビーの高級スーツと銀縁眼鏡に身を固めた“暫定軍事参謀長官”ことエリーゼ・シャーロット・トリシア女史の方に歩を進めていった。
「私はジェシカ・ラングレー・藤宮……対外的に名乗っている通り名、“エイプリル・カムシー・ウィル”の方が能く知られている」
エリーゼ軍事参謀長官が英語で名乗り出たのに呼応して、ショットガン・エイプリルも英語で受け答えするのにスウィッチしたようだ。
敵意が無いのを示して銃口は下げられているが、俺達は知っている……このショットガンが普通じゃないのを。
ここの扉を吹っ飛ばすなんてのは序の口だ。
「魅了や洗脳で潜り込むのは可能だが、余り暗躍はしたくない」
「ライトワイト揚陸艦隊は今現在、“ビッグ・スカル”の境界線目指して嘗ての北海とGIUKギャップ海域に至る航路を北上中だ……そうだろう?」
何故それを、と言うリアクションが銀縁眼鏡の奥に見開かれたチャコール・グレーの揺れる瞳に表れていた。今のこの女の身分は臨時の国際統合軍最高総司令……トップの命令系統が錯綜する寄り合い所帯の仮設西ヨーロッパ第6艦隊の動向を知っていても不思議はないが、おかしな気分だ。
“ビッグ・スカル”ってのは例の、モノリスと言うのも馬鹿々々しい天体級の構造物の軍事コードだ……情報公開は相変わらず遅れるが、にしても生き残りのNATO海軍がそんな軍事行動に出ているなんて、初耳だ。
現に今日の会議で議決した内容は、壊滅後の残存ヨーロッパのエネルギー共同利用と開発に関するものだった。出席者の大部分は武力行為に縁もゆかりも無いらしく、狐に摘まれた体だ。
「主力艦の軽空母カヴールもしくは揚陸指揮艦のマウント・ホイットニーに私ともう一名同乗させて欲しい……短慮な軽挙妄動、随伴する原潜ル・ヴィジランに依る弾道ミサイル攻撃は思いとどまって貰うぞ」
「なっ、何故それをっ!」
顎の骨格からして意志の強そうなエリーゼ女史だったが、今は慌てふためき真っ青を通り越して白い顔付きだった。
察するに、話の内容から進行中の作戦は極秘中の極秘だったに違いない……それを素っ破抜かれた。
「お襁褓も取れぬ小娘に教えて遣る道理はない……今からヴォイスを使う」
「……お前はお前の意思に関係なく、私の言葉に逆らえなくなる」
伝家の宝刀を抜く宣言に、俺達の進退は極まった。
信じられないことに、噂が本当なら常勝無敗のショットガン・エイプリルは規格外の超常現象を操る。いよいよ現代の魔女と恐れられた生ける伝説の本領発揮だ。
こっから先は、俺達セキュリティー・サービスの出る幕じゃない。
「あぁ、そうだ……今から追いついて乗り込む為の輸送ヘリの手配も頼む、なるべく高速な奴がいい」
事実、俺達も初めての体験だったが不可思議で荘厳な声音が響き渡ると、その場の誰もが身じろぎひとつ出来なくなった。用の無い者は邪魔をせず、大人しく見ていろと言うことだろう。
肝心のエリーゼなんたらは、たった一人の我が儘な暴君に依って暗示だか言霊で決して抗えないと言う御託宣紛いのリクエストを色々と刷り込まれていったが、物の序でと最後に付け足されていた。
茶番か神の啓示か知らないが、狂乱の宴の中に筋も貫目も関係なくなっていく。
輸送ヘリがタクシー扱いなんてのは、裏社会の女傑、ショットガン・エイプリルぐらいのもんだろうと可笑しなところで感心したが、ここまで好き放題遣られると傍観者を決め込むしかない。
長く荒事の世界に身を置いても、俺達は弱い。
所詮、ラッキーだ、アンラッキーだと運否天賦に身を窶すなど、ギャンブラーじゃあるまいし、セキュリティ・ガードとしても、プロとしても二流だった。
これには反省、一頻りだな。
凄惨な現場に警護業務の失敗は火を見るより明らかだし、この先の世界がどうなっちまうのか知り得る術が有る筈もないのに、俺の気持ちは晴れやかだった。
これから何が起ころうとしているのか皆目さっぱりだったが、俺達は偶々運命に生かされているに過ぎない。それを享受し、流されて生きている……それを痛感させられる出来事だった。
だが、ショットガン・エイプリルには、自らの運命は自らが切り開くと言った気概があった……すべからく、プロとはこうありたいものだ。
どんな不条理な人生を歩んで来たのだろうか、この女の瞳には小揺るぎもしない確かな意志の光があった……例えどんな理不尽な逆境が押し寄せて来ようともこれを跳ね返してみせると言った強い光だ。
何があっても変わらなく輝く光、そう、残虐な程に。
「遇ったのか?」
「ああ、おそらくあれは“千年世紀守護神”のコンポジション・ユニットのひとつだろう……人型こそしていたが、尋常の気配ではなかった」
「よく気付けたな?」
「……最初の内は至極薄い違和感だけがあったのだが、不思議と見知ったような気配だった……危険な気配だ」
「こちらの剣技のクリティカル・ヒットの間合いを正確に読んでいた、歪んだ位相次元の奔流の中、50キロパーセクの相対距離を保ちながら次々と間断なく転移を繰り返していた……だが、一度違和感を覚えれば見失う筈もない」
「対象はなんらかの隠密スキルと擬態化技術で気配断ちしていたが、無駄を悟って透明化を解いた」
「遣り合ったのか?」
「無論だ……この手で鍛造、錬成したレリック級シミターの超速フォトンブレードは、光の速度を物ともせずに凌駕する」
「だがこちらのバフ、デバフ……波動に乗せたジャッジメント・サウザンド、メガジャイアント・キリング、神聖呪詛付与、暗黒呪縛麻痺、クリエイト・アンチスキル、免疫抗体暴走、三重神格封印……悉くが去なされ、防がれた」
「攻撃を切り替え、丁度完成したばかりの連射ライフル・タイプのマルチ・ハンドキャノンを限界まで速射し捲った……特殊弾と各属性ビームは空間を瞬時に縮めて標的を捉える、例の奴だ」
「お前、それって何処かの世界が消滅してもおかしくねえ奴だろ」
「うん……それ程迄に相手は強大だと感じてのことだ、現に増幅カース弾、重力子崩壊ビーム、存在消滅弾、反陽子爆縮弾、増殖ナノマシーン回路制御弾、螺旋魔導ビームと108の全てを試したが、一発の有効打も無かった」
「一発もか?」
「数限りなく撃ち続けたが全てが相殺された……障壁などで弾くのではなく、ピンポイントで出現する弾道の全てに相反する効果を当ててきた」
「驚くべき技量だった……」
「五体満足で戻れたのは何故だ?」
「もしかして深層オーバーロードを使ったのか?」
「いや、何故かは分からぬが相手が退いた……こちらの力量を測るのが目的とも思えなかった、その差は歴然としていたからな」
「生還出来たのは偶々だろうが、“千年世紀守護神”を攻略するには余程の覚悟が要る……取り敢えず相手を知らなければ、話にもならぬ」
「……丁度この地球にも、少し以前に“千年世紀守護神”の手先が送り込まれているのが分かった、未来神とやら言う輩の使徒だ」
「情報を読み取るのに、少し手古摺ってる……頑強なプロテクトの加護術式が祝福と言う剥離不可能な手段で付与されている」
「直接当たってみないのか?」
「今、招聘している……アザレアの異母妹だった女、そして俺から復讐対象だったトーキョウ・トキオを自爆という暗殺手段で奪った、コードネーム“エイプリル・カムシー・ウィル”を名乗っていた女だ」
「……死んだよな、……生き還ったのか?」
「遥かな未来で“万能の未来神”とやらに依って復活されたらしいんだよな……鑑定してみたが、本人で間違いねえ」
「出来過ぎだよな……俺達の因縁を知ってる奴が導かなけりゃあ、こんなところに到達する筈がねえし、姑息な策動独特の嫌な臭いがしやがる」
「おそらく初見になるだろう“千年世紀守護神”との闘いは、厳しいものになるだろう……準備が必要だ」
「すまない、折角会敵しておいて役に立つ情報を拾えなくて」
「いや、充分だ……一応、バイタルも含めて戦闘記録は提出しておいて呉れ」
「教官……出逢った頃の教官は玲瓏な月の精のように綺麗だった、そして今はもっと美しくなった、見惚れる程に……漂流してる間に暇を持て余してソロプレイに夢中になってたってのは、嘘だよな?」
「……滅多に女を褒め称さぬお前にしては珍しいな、素直に嬉しいが、この身は所構わず肉遊びに興じる欲望に正直な浅ましいドスケベ女だ、狂ったように絶頂激逝きオルガの変態オナニーを楽しんでいたのは本当だ」
「いやらしいことをしている淫らな自分に酔い、あられもなく嬲り続ける前後の同時アクメで、何度も押し寄せる絶頂に昂る喜悦と快感でゾクゾクして仕舞う」
「なんならその時の記録も提出しておく……淫語を叫び捲って喘ぐこの身の嬌態をお前に見られるのは本望だからな」
「……………」
「大体お前が抱いて呉れぬから溢れ出る性欲の発露に露出オナニーなどし捲って仕舞うのだ、それが悪いことか?」
「この身のことを心底嘆かわしいとかお下劣極まりないとか呆れられるのも割とムズムズして嫌いではないが、その前に自分の女が公然猥褻なんてはしたない真似をするのが嫌なら、それなりにメンテナンスすることだ」
「時と場所を選べって言ってんだっ、TPOって言葉、知ってっか?」
「知ってるかしら、この身の改造カントは好い匂いがするらしい……即効性の魔薬催淫剤と愛慾神カーマデーヴァの邪婬に満ちた福音を分泌する」
「軟体化機能をフル稼働して自身嗅いでもみたが、我ながらえも言われぬ馥郁たる素晴らしい香りだった……舐めたり、吸ったりする度、香りもキツくなった」
「だから、その顰めっ面はやめろと言ってるだろう、益々人相が悪くなる」
「……明け透けなのも、愛慾に正直なのも結構だが、羞恥心て単語の意味を辞書検索してみた方がいい」
「俺の凶相の半分が誰の所為かは明白だ……清廉潔白、謹厳実直とまでは言わねえ、せめてお前等がもちっと慎み深けりゃあ、俺の眉間の皺は、ずっと浅くなろうってもんだ」
「雲を掴むような話なので話すべきか迷った」
「報告が遅れたが……本当の処、“千年世紀守護神”の正体不明の手先は、去り際にメッセージを残した」
「“ドコカラガぱらどっくすカ、モウワカラナクナッタ……”とだけ、……ダーリンにはこの意味が分かるか?」
貰い手の居ない土産を買い続ける虚しい習慣を繰り返して、どのぐらいになるのだろう? 死んだ子の歳を数えるなど、感傷的な悲しい行為だ。
だが、やめられなかった。
幾億の星系を含む銀河レベルの広範囲に大量発生した次元ワームがコロイド化した過電荷飽和状態が広がっていく現場だった。あれは、平行世界間を越えて伝播していく最悪の自然災害……コスモス・イロウジョンを収束させる為に出向させられた転属先でのことだった。
規模が大き過ぎて、侵食の浄化を始めて大凡数ヶ月は経ったが全く改善の兆しは無く、先が長く成りそうな予感がした。以前にもあったが、何十年……場合に拠っては百年を超えた任期も幾度となく経験して来ているし、しかも赴任地には引っ切り無しに当時の次元公安部から特殊治安対処の指令が来て、その度に過疎地から中央文明圏に出動する憂き目にも合っている。
公務とは言え余りにブラックだが、自分から願い出た特務軍工作員の実働部隊勤務なので文句も言えない。権力を行使する者は見合った社会貢献が必要との至極真っ当な理屈だったが、そんなものは犬にでも喰われて仕舞えと思った。
……余り性には合わないだろうが、まぁ、のんびりしろと、現場を預かるドメニコンシュタイン・キンライサー中佐(冗談のような名前だが)に諭されて長期戦の構えを執る覚悟を決めた。
無論、ヤミドニアと命名された前線基地の臨時官舎に与えられた自室に戻ってプライベート結界を張った後、盛大に溜息を吐いたのは秘密だ。ついでに地団駄を踏んで可笑しな仕草でグルグルと踊り回った。
私はこれを地団駄ダンスと命名している。
羅生門シリーズ11357……弟は、ずっと後方兵站補給師団、特殊装備ASAP配給大隊関連を転々としていた。つまり名門羅生門としては落ち零れ………
ロイド・ジンガー体は門閥を構えているとは言え、身内としての感情は薄い。
卯建の上がらない個体は一族の恥として容赦無く見捨てられ、放置される。
イージー・レンタルホスト“種馬くん1号”と言う巫山戯た名前の出張サービスが黒い噂となって、隊内に蔓延るようになったのはいつ頃だったろうか?
胎内受精しないロイド・ジンガー体にとって、無卵子と無精子がデファクト・スタンダードだが、弟は有精子症だった。
軍事回線があるので連絡は頻繁に取り合っていた筈なのに、いつしか出来が良い姉に劣等感を覚え、そして徐々に芽生えたのであろう黒い瘴気のような悪意の虜になって行くのを姉として気付けなかった。
次元防衛軍程の大掛かりな組織になれば、その所帯は一枚岩ではない。
中核を成しているのがロイド・ジンガー体であるのは揺らがないが、それを補佐する業務は色々あって、それには普通の士官学校を卒業してくる人材や出入りの業者から出向して民間登用されたスタッフも多方面の基地内に居る訳で、相手に娯楽を提供する商売もあったりする。
そうした娯楽を買うメンバーの半分は女性な訳で、提供される娯楽には違法な性的快楽を売る類いのものもあった……文字通り男との情欲を買うことも。
勿論基地外にへばり付くようにある兵隊相手の歓楽街と違って、施設内の密売は違法なので取り締まり対象だ。
軍の内部監査機関が動いているのは知っていた。
内部調査庁が見過ごせない風紀の乱れを正す為と、内々に調査を進めている話が伝わって来ていたからだ。のみならず、ここ前線基地のヤミドニアにもそんな如何わしい噂があるのだとかで、調査隊の一団が乗り込んで来た。
こんな星も瞬かない辺境……見渡す限り3億5000万光年に渡り、文明圏どころかミトコンドリアも棲まない暗黒星雲真っ只中のド田舎にそんな需要があるのかと疑問に思ったのが運の尽き、却ってこんな人里離れた探検隊の飯場のような環境でこそ抑圧された人間の欲望が鬱屈していくのだとかで、七面倒臭い調査の協力を依頼されて仕舞う。
「しかしジンガー体はセックスを好まない、私が撒き餌になる囮捜査なんて成り立たないんじゃないですか?」
「いえ、ブルーノ・ローズマリー副尉にその役は期待してません」
「基地内の常駐メンバーで懇意にしている女性スタッフを紹介頂きたい、出来れば口の固い、協力を惜しまない人選で」
秘密裏に接触して来た団体規制調査局の64部局査察部内部監査員と名乗ったチームは、驚くべきことに安易な囮調査を提案してきた。
そんな内容なら知り合いの少ない私に声を掛けるなんて、そもそもとんだ人選ミスだと思ったが、基地施設内のPX酒保が展開するホームセンターのフードコートにあるガチャコーナーの優待チケットを横流しして貰ってる、購買部の仕入れ担当の女の子に相談してみることにした。
「一晩のアバンチュールを予約すれば良い訳?」
「……隊内のネット通販ポータルに裏サイトへの誘引を仕込まれるなんて、サイバー取締り情報課は何やってんの? 揃いも揃って節穴な訳?」
籤運が悪くて辺境勤務の憂き目に遭ったグレンダはミール納入業者の販売担当で軍に出向している。ヤミドニア基地に来てまだ3年だが、基地勤務の独身男を喰い散らかした自慢話をしていた。
可愛らしい顔なのに結構遊んでいるし、この通り口も悪い。
64部局査察部の用意した裏アカウントでコンタクトを試みて貰う。
巧妙に隠された予約サイトは一見真面なグループ・チャットに見えるのだが、合言葉として“種馬くん1号一点買い”と打ち込むと相手方から反応するシステムだ。
売春現場を抑える当日、珍しく弟が補給部隊としてエーレット級与圧コンテナ重装艦の乗組員としてヤミドニアに立ち寄ると言う滅多に無い僥倖があったから、陳腐な逮捕劇なんか佐々と済ませて仕舞おうと思っていた。
グレンダ・ロベルタに捜査協力を依頼しておいて知らん顔は出来ないと思ったのだが、ビデオフォーンじゃなくて実際に顔を合わせるのも40年振りぐらいだから弟と会うのが楽しみ過ぎて気も漫ろだった。
宅配集荷サービスで出張任務の度に任地先で仕入れた土産を錯々と送り続けているのを、益体も無いからよしてくれと涙目で訴える弟……幾つに為っても弟は愛すべき弟だった。
踏み込んだグレンダの自室で、相手と会ったら“チェンジで……”と言って誤魔化すなんて言っていた彼女だったが、目にしたものは最低レベルの愁嘆場で、ギヒイィッ、ンガアアアッ、ウゴゴゴゴッなんて人間らしからぬ動物染みた嬌声で、真っ裸になって組んず解れつの真っ最中だった。
プロレスごっこじゃないのは明白だ。
濃密な交尾臭がベッドルームに充満して、ばっちいものを見るように踏み込んだ捜査官達が顔を顰める。
可憐だったグレンダの琥珀色の利発そうな瞳が、今は狂った痴悦に泥のように濁って仕舞っている。正体を無くす程の何があったと言うのか?
突入に遅滞は無かった。この短時間に、女を愉悦に狂わせる極上のテクニックに翻弄されたとでも言うのか?
「ねっ、姉さんっ、なんで!」
「ちっ、違うんだ、これはっ!」
見たこともないアクロバティックな体位でグレンダを組み敷いて腰を激しく振っていたのは愛すべき弟君だった。
この時のショッキングな光景がトラウマになって、後に精神衛生上宜しくないと記憶野から消去したが、暫く夢に見たものだ。
慌てたのか(そりゃあ、慌てるだろう)、同行し、踏み込んだ内部捜査員の“現行犯逮捕、10時23分”の声を待たずに真っ青になりながら、下着も穿かずにグレンダの寝室を飛び出した。
腐ってもジンガー体、住居棟の外廊下に待機したバックアップ班を蹴散らして弟は逃走を謀る。
弟も吃驚したろうが、私だって予想だにしなかった藪から棒の窓から槍だ。
なんでと言う一瞬の戸惑いの後、弟の有精子症のこと、有精子症患者が性欲が強くなって仕舞い勝ちだと言う病状、恵まれず省みらることのない立場の弟のプライド、誇り高いジンガー体の癖に射精しないと生きられないジレンマ、誰にも相談出来ず悩んだ末に犯行に及んだ違法行為、先祖返りのジンガー体の有り余る精力と強力な発情フェロモンを撒き散らす犯行の手口、一眼見ただけで相手を発情させる罰当たりな催淫効果を齎すと言うジンガー体の有精子症患者にのみ稀に発症する特異な合併症……色々なことがカッチリ嵌った。
思えば鈍感な姉は、弟を人畜無害で品行方正な模範的優等生と思い込みたかったのかもしれない。
私はなんて駄目な姉なんだろうって、悲しい想いを胸に弟の跡を追った。
半分自棄っぱちの弟は崇高なジンガー体の使命を踏み外し、混乱し浅ましい渇望に堕ちざるを得なかった自分……呪われて狂って仕舞った運命を哀れんで、消し去って仕舞いたいと何処かへ逃げて行く。
追い詰めた先はヤミドニア基地のゴミ処理再生場、分子レベルに分解された物質はエネルギーに変換される。仮設基地は用が済めば解体される為、常駐中は完全なゼロエミッションが法規制として定められている。
「来ないで姉さん、僕はっ、僕は取り返しの付かない間違いを犯した!」
大気を持たない小惑星に築かれたヤミドニア前線基地の外側は有害放射線の降り注ぐ真空環境……ジンガー体の整備チームじゃないと到底利用出来ない外付けのゴンドラ・レールを伝う経路で辿り着いたのが、再生サイロの分解炉内部の清掃用施設だった。普通はこんな奥深くまで誰かが来ることはない。
ズームで捉えた逃げゆく弟……私と同じ染色体を持つので見事に均整の取れたマッスル体だが、第二形態に移行しても皮膚は一部が硬化し機械化するものの完全な戦闘モードに至らない。
アーマー化のプロテクト機能をフルに使えないのも弟が後方支援の勤務に甘んじている理由だ……つまり今も素っ裸と余り変わらない。
同じ橡栗毛というか黄褐色の髪に、アンバーの虹彩を持つ彫刻のように美しい顔立ちをしていて、造作も私と悉皆だ。
情けないフルチン姿で逃げる弟の股間が揺れている。情事の後の乾いて萎えた、ジンガー体には無い筈の立派な男性器が生々しくて、悲しくなった。
「何故カウンセリングを受けなかったのっ!」
弟と対峙するのは私一人、屋外活動スーツの準備がない査察部内部監査員達はここに辿り着くのに迂回路を選択せざるを得ない。
「“羅生門”の一員として不名誉を蒙る真似は出来なかった! 姉さんの身内に出来損ない……性的異常者が居るなんて知られたくなかったんだあっ!」
叫ぶように心の内を吐露する弟に、今更ながら一から十まで何も理解していなかった自分に愕然とした。
弟の一番の理解者だと思っていたのに、全く何も、これっぽっちも、爪の先程も分かっていなかった。
だからだろうか、足を踏み外したか故意に飛んだのか未だに判然としないが、破砕炉に落ちて行く弟をキャッチするのが間に合わなかった。
常であればこの程度の刹那の間にビーム状のリーリングラインを飛ばすことも、得意故に発動も瞬時だった筈の“無限シンクロ機能”で破砕炉を止めることも出来た筈なのに、そうしなかった……きっと、死なせて遣りたいと閃いた想いが、一瞬、私を躊躇わせた。
全ての事後処理と事情聴取が終わった後……弟の所属した軍属相手の売春組織は迅速な64部局査察部の活躍で壊滅した報告があったが、それとは別に気に掛かってはいたが後回しにしていた、今回の騒動で迷惑を掛けて仕舞ったグレンダ・ロベルタの見舞いに行くことにした。
なんと言ってもグレンダは半民間人で、自由恋愛の合意の上での和姦と言う扱いで処理したが、私が協力を依頼しなければ起きなかった性犯罪の被害者で、しかも犯行は私の身内に由るものだ。謝罪が必要だった。
過度なセックスの後遺症でグレンダは軽い精神障害を引き起こし、事件の後に基地内のメンタルケア施設で療養を続けていた。
顧客の満足するサービスを逸脱して仕舞ったのは、過ぎた弟の欲求が暴走した為だろう……との当局の非公式見解だった。
「馬鹿みたいだった……」
「誇れることじゃないけど床上手の負け知らず、世間知らずも甚だしいけどいっぱしの淫乱性欲ビッチを自負してた……なんの自慢にもなりゃしない」
「本当、渡る世間には怖いものなんてないって、とんでもない大間違いだった」
怖いもの知らずの、途轍もない勘違い女だったと、憔悴して弱気になった硬い顔のグレンダが、更に表情を強張らせて、意外な心情を吐露した。
なんでも、随分前にお給料3ヶ月分を注ぎ込んで膣内整形し、高性能の改造ヴァギナを手に入れたんだとか……多様性社会で結婚願望も皆無と言う訳でもないにしろ、寧ろ遊びのセックスが好きだったから、若い頃の無軌道な交際で輪姦プレイや変態セックスの動画をネットに流されて消えないデジタル・タトゥーを負うことになっても然程気にならなかったし、就職にもなんら影響しなかったと(個人の権利が保障された古代からの一般的社会傾向で、本音では忌避されても奔放な性遍歴に因る就業上の差別は法律で規制されている)、初めて聞く過去のプライベート……自らの黒歴史をグレンダは語った。
「いい加減な生き方をしたバチが当たったんだよ、あたしの自業自得さ」
「あたし今迄食欲より性欲ってタイプだったんだけど、今回のことで懲りたからスケベなことは程々にするよ、もっと真面目に生きる」
そう言ったグレンダは弟さんのことは残念だったと、弟の冥福を祈ると、悔やみの言葉は少ないながら、面会室を訪れた私を逆に慰めて呉れた。
弟の不始末で私が捜査本部の査問委員会に呼び出されることは無かったが、逆に私は生涯現場勤務で、退役も無しで働き続けたい旨を上層部に申し出た。
思い止まるよう何度か説得があったが、私の意思は堅かった。
……結婚して家庭を持つなんて、執着心の希薄なジンガー体には非常に特異な例である。まず夫婦としての性生活があまり考えられない。非接触型コイトスは可能かもしれないが、ジンガー体はそもそも性的欲求や猥褻心、愛情表現自体が持てないのがスタンダードなので結婚生活そのものが成り立たない。
つまり弟は、私にとって唯一の家族だった。
その後、復元した弟の記憶を基に内部浄化部署とも言える中央警務部隊の水面下の内偵で、隊内に根深く蔓延った特殊慰安組織、所謂“裏デリバリー・ヘルス”は、残らず末端まで全体が一掃された。軍内部での私自身は事件への無関係性が立証されたが、族人会クラブ内での立場が一時危ぶまれていた。
係累の醜聞が招いた風評被害だったが、リーダーとしての資質を取り沙汰する族人会上層部が聴聞会を開く。この時に超法規的措置として免責を勝ち取ったのが、当時から族人会の外部特別監査役だった軍部からの出向調整官、バルクラーレ・サンダース准将(当時は代将だったが)だったと言う訳だ。
依頼、糞爺いの直令に逆らわず難しい任務をこなしてきた……不図腐れ縁だ。
「ジンガー体はもしもの場合の簡易ブート用にデータ化された構造体のバックアップが許されている……肝心な感情とか記憶は再構成されないアルが」
「感傷から卿はそれを入手して、今迄の通信用ボットに融合したアル」
感傷……感傷か、形見の積もりだったが、確かにそうかもしれないな。
「基本機能と素体、擬似人格、超小型予備エネルギー炉としてギューッと圧縮したものをインストールしたアルな」
「……でも当然それは、弟さんそのものじゃないアル」
そんな当たり前のことは指摘される迄もなく、私自身が一番よく理解している。
戦意を削ぐ為、怒りに判断を誤らせる為だとしても、なんか腹が立つ。
「兵隊さんは大変アル、色々な水柵が増える度に雁字搦めになって仕舞いには身動き取れなくなって……その点、卿がたったひとつの負い目に囚われてるのはシンプルで分かり易いアルよ」
何を他愛もないことを諄々と……そちらが猶予を与えるなら諾否はない。
弟の忘れ形見が私に倍するパワーを付加して呉れる。
押し切るぞっ、出力強化版“無限シンクロ機能”!
「……無駄アルよ、結界式のエナジー・ドレインを事前に術式展開してるアルから、ボットから供給されるパワーは全てインターセプトされてるアル」
何も改善されないこちらの攻撃に愕然とする私に、なんでも無いことのように種明かしをする不気味で、そして天上人のように美しい女……なんて憎たらしい!
「そんなに勝ち誇って何がしたいっ!」
クソがっ! 何も彼も見透かして嘲笑い、嬲るのがそんなに楽しいか!
「んー、死んで逝く卿にせめて華陽達が何者か知って欲しいアルな」
「意味も無いことに時間を使わず、さっさと殺ればいいじゃ無いっ!」
「そんなつれないことを言わずに、ちょっとは付き合って欲しいアルよ」
「知ってるかもしれないけど、次元指名手配になった華陽達の特攻隊は唯々強さを求める大馬鹿者共が集っているアル」
そんな馬の耳に念仏のような無駄話に付き合って遣る義理は無い。
羅生門の秘術ゆえ余り使いたくはないが、斯くなる上は魔術回路の7番と9番を開放する―――「崩壊っ」「誘爆っ!」
間髪入れず発動するのは門外不出の魔術回路……無限シンクロなどのロイド機能とはまた別個の異能だ。
不壊処理の機体も、貴重な最強硬度素材のフレームも何も彼もが関係なく、コックピットと言わず世界線移動追尾型ファイターの最新鋭機が崩れ去って行く。
無事に生きて帰れたら始末書もんだろうなってしょうもない考えがよぎるが背に腹は代えられない……無理を言って借りた試作機段階のライトニングボルト・エアリオを廃棄、いや抹消したら、サンダース准将の心証も悪くなるが仕方ない。
引き続いて“誘爆”が音も無く灼熱の光球となって膨れ上がり、更に連鎖となって次々に広範囲に広がって行く。全てのエネルギーが意味を為さない異次元空間でも問題なく威力を発揮するのは、以前に実証済みだ。
尋常ならざる者以外、決して逃れられない濃縮タイプの消滅球だ。
3番、ドミネーション! 5番、コントラクト!
(アンチ・パラレル・キャスト……耐魔術式解体、これ以上の卿の高圧術式は最早無効化されてるアル)
全く効いていないどころか、相手は傷ひとつ負っていない。
しかも相手の嬉しそうな感じの言葉を信じるなら、続く魔術回路の力……因果律の支配と対象の隷属化契約はキャンセルされている。
次元移動用の虚数空間をさえ浸食する爆散消滅球が途切れた後の、何ものも存在出来ない筈の空間……現に私も魔術回路発動と同時に自分を包むフレキシブル独立空間を展開している。
だのに、この常識外れの怪物女は慣性のまま超高速で流れる複層虚数空間ストリームに、その身ひとつで存在している……こちらと上下逆さに等速の位置関係を維持して対峙していた。
当然この可能性を考慮すべきだった、さもなくば単身ピンポイントでエアリオの機体内に乗り込んで来れる筈もない。
(そんなことより話の続きを聴いて欲しいアルな、ぷんぷんアルよぉ……)
話すのは決定事項かよっ、ほんとブレないよな!
戦闘力を底上げする方法は他にもある。
憑依体召喚の魔術回路を呼び起こす呪文コードを108の刻印點穴、霊的経絡に流し込んでいく。
憑依回路のペルソナ召喚モードをオンにする――“聖王”エンチャント!
(異次元の疑似神の正体はエレメンタル……そんな弱っちい精霊じゃ、本物の神の足許にも及ばないアル)
一番使い勝手の好い聖属性の霊的戦闘コンポーネントは、今私と共にある。
人為的に創り出された霊界次元にデポジットされた適性エレメンタルを呼び出して使役する異能だ。これも、羅生門の家系にだけ伝わっている。
憑依霊体として私と重なった“聖王”を冠する無敵のペルソナはしかし、萎縮するように身動き取れなくなっていた。
無意味に変な語尾を連発するミステリアスな脅威は、この瞬間に最早抗う気も失せる程に神格化していたからだ……私に憑依した召喚ペルソナが精霊の王なら、たった今、目の前に降臨したのは、きっと神に違いない。
(神仙魔術の三十三式、“神成り”……神降ろしに因る身体神化の術式アルよ)
こちらの奥の手を難無く上回る実力に、これ以上は進退窮まった感じかっっ!
良識ある淑女の恥じらいとは無縁な厚顔無恥上等のエロ女の癖に、到底不格好で無様なアヘ顔を晒すなんて想像も出来ない完全無欠とも思える激しくも光り輝き乱れ咲く、神をも魅了する美貌……だが、それはこの女の本質じゃなかった。神の権能をも宿す人知を超えたレベルで極限まで研ぎ澄まされた恐るべき人間兵器……間違いなく、この女はそう言ったものだった。
(“千年世紀守護神”に目を付けられて、ご主人様の復讐行は増す々々困難を極める一方アルね、しかも多くの世界を巻き込んで……それでもおいそれと諦める訳にはいかない理由も沢山出来て仕舞たアルよ)
(数奇な運命に抗いし虐げられた、踏み躙られた者の報いが本当にあるのか、今はまだ分からない……けど、しかし、ご主人様は、我等のソランは、必ずや遣り遂げる……付き従う者達は皆そう信じて疑わないアル)
(主が望みは我等が望み、華陽達の献身と闘争、そして誓い無き憧憬も何も彼も全てご主人様に捧げているアル)
どんなに追い詰められても針の穴程の可能性から勝ち筋を拾う……それはもう、羅生門の、いやロイド・ジンガー体の思想として延々と伝承されてきた。
だが流石にここまで追い詰められた記憶は、余り多くない……この強さはもしかすると上位組織、“千年世紀守護神”のエージェントに匹敵するかもしれない。
例え天に見放されようとも、闘う為に設計された精神構造に“絶望”の感情は無い筈なのに、徐々に黒い何かが私を染め上げようとしていたその時、
タンタラタンタンッ、タンタラタンタンッ、タンタラタンタンッ、タンタラタンタンッ、タンタラタン………
任意に設定した間抜けな通知音が脳内に響き渡る。
誰だ、こんな巫山戯た効果音を設定したのはっ――私だよっ!
来た来た来た来たっ、来たああああああああああっ!
――――――リセット。
“千年世紀守護神”に依り、羅生門が伝承する魔術刻印で余りにも強力なものは使用が制限されている。先程の通知は“千年世紀守護神”が制限を解除したのを知らせるものだ。つまり危険回避の術式、“リセット”も可能になる。
あらかじめセーブした時点まで自身の時を巻き戻す、それがリセットだ。
掠れていく現在時点に、“かよう”と名乗った化け物の様に強い戦闘神が驚愕に眼を見開くのが垣間見えた。
(どのような困難に遭遇しようとも決して挫けることのない忍耐と克己心、それが羅生門の矜恃として遺伝子に刻み付けられている……家名に懸けて、今度遇うときがあれば、もっと強くなっていると約束する)
最後だけは、逃げざるを得ない負け犬の遠吠えをメッセージにして投げ付ける。
「あっちゃあぁ、逃げられたアル?」
独り孑然と複層虚数空間に取り残された華陽は、アッチャーやっちまった感を隠そうともせず、周囲のストリームに減速制動を掛け始めた。
こんなことなら確実に仕留められる即効性の呪殺や超遠距離からのホーミング攻撃にしとけば良かったのに、態々顔を見せるのにこだわったのは失敗だったと後悔する……大体、巻き戻しの能力は封印されてる筈じゃなかったのか?
「しっかしこれどうしようアル、確実に地獄のパワハラ女王、ネメシス王母の恐怖の折檻コース、100パーセント決定アルなっ!」
こう言った場面で、諸先輩方は皆押し並べて涙目になり、例外無く俄か巡礼者にでもなった積もりで何かに祈り出したものだが、華陽の場合は驚くべきことに、唯ポリポリと頭を掻くだけに留まった。
図らずも将来の大物感を披露していた訳だが、残念ながらその武勇伝を目にした者は皆無だった。
しかしながら次元テロリストグループ、ゲハイム・マインの“愚者の戦線”に、痙攣クイーンならぬ“無慈悲な煉獄のミストレス”ありと恐れられ、警戒されるようになるのはまだ々々遠い先だった。
“宝具の製作者”と言う職業がある。
特殊な職業……と言うより立場、身分なので、色々と特権と言うか法的義務の治外法権を保障されている。
アシュビラ生誕祭の後はモンスーンも過ぎ去って丁度好い季節だ。
何が好いのかと言うと、宝具の為の素材集めに最適だからだ。
宝具の素体の採取はどれも困難を極める。それだけ貴重な物だ。
例えば蒸し蒸籠の三は香木、バスター朴木の曲げわっぱ、二は金属や鉱物を啄む蜻蛉乙鳥の糞を3万度の高温連続窯で焼成して造ったもの、一は魔境の沼に棲む巨大な干潟龍の胆嚢を魔力錬金で固めたものだ。
それぞれに複雑な手順と触媒が必要になる秘術だ。
いずれも命を狙われる貴人なら咽喉から手が出る程欲している強力な毒消し作用と呪いさえも跳ね返す解呪の効果があり、食材のみならず器物を蒸すことに依って威力を発揮する。
しかし一番効能のある干潟龍の胆嚢を加工出来るのは一流の“宝具の製作者”だけだ。国家資格を持つ実力者や何処ぞの王宮お抱えの宮廷魔道士同盟から選抜される者、伝説を持つ過去の系譜から研鑽の為に集う工房のトップに君臨する者と立場は様々だが、いずれも名が知れ渡っている。
無論、蒸し蒸籠を拵えるのが“宝具の製作者”の本筋ではない。
真に力ある、神話級の王冠、王笏、宝珠、勇者の聖剣、黄鉞、鼎などを後世に残すのを至高の名誉とする……それが“宝具の製作者”だった。
昼猶暗い裏通りに毒々しい色彩のネオンと安普請を隠すようなライトアップで装飾された店構えは、絶対に頭のいかれた者が意匠したと思わせる。
ピストン・鮑姫って巫山戯た名前で、場末にポルノスタジオ“ファンキー・クレイジー”と言う裏ぶれた魔道具店を経営して十年になるとの偽りの触れ込みを既成事実に、この世界のこの街に住み着いた。
明らかな偽名で営業登録が出来て仕舞う程、この世界の法規制は緩々だ。
仮の身分は、“宝具の製作者”とは名ばかりの三流魔道具士だ。
実際、店の品揃えはどんなにお堅い淑女、令嬢だろうとメス堕ちさせる媚薬や香炉、調教の為の様々なアダルトグッズを中心とした碌でもない物だ。
凡ゆる女性を羞恥心と倒錯感の虜にする見た目も蘞い怪物ディルド、中でも闇堕ち魔力で得も言われぬ快感を股間から全身に行き渡らせる蠕動張形だけでも何十種類と扱っているし、被せるタイプのペニス・サポーター類は改造魔虫と交配スライムの二重構造で強烈な媚薬効果のある細菌入りローションを擬似射精出来る、様な商品なんかも店頭販売している。サクション機能付き生きたラテックス製拘束具他のアブノーマルなSMグッズも好事家に需要がある。
少々お値段は張るが、サテュロスの加護が付与された前立腺刺激機能付きのコック・リングは、装着している間は永遠に勃起し続ける、なんてのもあったりする。
意外なことにカップルで訪れる客にはアナル拡張ツールが人気だ。
……そんな訳で隠れ蓑の商売は、口コミから激エロでマニアックなラインナップと業界と好き者男女の界隈では評判だ。
今日も今日とてアルバイトで集めた若い男共のザーメンを採取して強力な催淫剤の調合をしようと朝からブロウジョブに余念がない。
「んんっ、出すにゃらビーカーに出しぇと言ったろうがっ!」
「口に出しゃれたら唾液で薄まっで仕舞うだろうが、ングッ、ンべッ、」
勢い良く吐き出さねば口の端から見苦しくダラダラ垂れて仕舞うので、口を窄めて吹き出す。
「おふぅっ、ふぃいいいいいいっ……スッキリしたっす、んじゃ」
常連の精液提供者は逸物を拭いて身繕いを終えたら鳥の巣のようなもじゃもじゃの髪を振り乱し、次の者に順番を譲る為に部屋を出て行こうとする。
脚衣に被せるコッドピースを結びながら歩くと転ぶぞ?
「あぁ、毎度……受付で協力給付40号様式のチケットをリリデルカちゃんに貰ってね、次は来週だから」
リリデルカってのはここいらの最低賃金の時給で3年前に雇った亜人種のアシスタント……以前は風俗で働いていたが、ちょっとした訳ありで仕事を続けられなくなって困っていたのを拾った。そう言う仮のシナリオ設定だ。
「あぁ、ところで先生、幻の宝具と言われたカンデカムイを創ろうとしてるって噂、本当ですかい?」
施術室の扉に手を掛けながら、若い精子提供者が何気ない様子を装って尋ねてきた……さも、なんでもないことのように顔だけがこちらを振り向いている。
「……何処からそれを聞いたの?」
毳々しい衣装と厚化粧に噎せるような香水がどぎつく漂う、そんな四十絡みの女に成り済まして、バサバサと長い睫毛を揺すった。
わざとの粧いだが、目脂を隠すように塗りたくった毒々しくも安っぽいマスカラが我ながら痛々しい。
途端に、微かだった男の違和感が一気に膨れ上がる。
「カンデカムイ、それが手綱を失い、逃げ去った“フランキー”の制御に必要なものだから……新しい器物、嘗てのビスミラを越えた聖なる器、捕獲器が無ければ、失われた“フランキー”は捕まえられない」
「その為にお前はこの世界に辿り着いた、そうだなシィエラザード?」
遥かなる異世界で、私をシィエラザードと知る者は居ないっ!
……似ても似つかない姿形に擬態しているのに。
居丈高だが、それでも美しい女の声だった。
むくつけき痘痕顔だった野暮ったい若者の姿は輪郭を失い、次の瞬間には見間違う筈もない容貌……実際に顔を合わせて名乗りあった筈はなかったが、ソランに付き従う戦女神がひとりだろう気配を纏う女に変容していた。
パサルガダエの“ソロモン王のダンジョン”攻略の折りに、確か見掛けた顔だ。
奇しくも“アラジンの魔法のランプ”を奪われた時、傍流シィエラザードを阻止したのもこの女だった筈……だが例え面識が有ろうと無かろうと、この、何物をも叩き伏せると言った強い意志の奔流は忘れたくても忘れられない。
美しい死神……ソランの為に闘う女達を形容するのに足らない修辞句を補えば、おそらく“最強”に類する言葉だ。“最強の美しい死神”……そして九分九厘、彼女達もそれを冠することを望む。
「お前の魔力の痕跡を追って、パラレル・ワールドをトレースした」
「お前の残痕の消し方には独特の癖がある、それさえ分かれば割と辿るのは楽だった……改めて名乗っておこう、この身はスザンナ・ビヨンド、雲を霞と消え去ったシィエラザードの捕獲を命ぜられている」
バカなっ、常連の供給者の若者は以前からの顔馴染みの筈……これは高度な認識阻害かっ、もしくは記憶を書き換えられている?
「何を驚く、広範囲の認識阻害と記憶改竄はお手の物だった筈だが……正可、仕掛ける方には仕掛けられる隙が無いとでも?」
「謀る側に、謀られる機会が巡って来るなぞ有り得ないとでも?」
理屈ではそうだが、油断があった。
あの時、この者等の実力を見誤った積もりはなかったが、圧倒的な力の差で押し流されるようにフランキーを失わんとしていた……人手に渡るぐらいならと、半分自暴自棄な気持ちが真っ黒い瘴気のように湧き上がった。
追い詰められ冷静な判断を欠いた結果、次元溶融暴走は起こる。
隠れ潜むように、フランキー回収の算段を付けんと、この世界に辿り着いた。
身共の高潔な生き方とは似ても似つかない下賤な風体と有様に身を窶してまで、失地回復、反転攻勢の機会を造らんと雌伏したのに、またもや身共はこの者等の実力を見誤ったのか!
「漆黒の黄泉反転宇宙を呼び寄せた絶火断裂降臨、あれは悪手だった……フランキーが暴走した結果、干渉連鎖反応が並行次元を貫いた……どの世界にどれ程の被害が広がっているのか、お前は知っているのか、シィエラザード?」
「お蔭でこの身達は、“千年世紀守護神”と言う裏からパラレル・ワールドを統べる最上位組織から目を付けられて仕舞う」
48億年の成果をむざむざ異世界からの来訪者に掠め取られるくらいならと、あの切羽詰まった相討ち覚悟局面で、死なば諸共と無意識のうちにも半分は意図的に暴走を引き起こした。
死を覚悟した身共に、その後に何が起こるのかなどは二の次であった……朦朧とする意識にあろうことか正常な判断を失って、“泣き虫シムシム”がマルジャーナの魂を取り込もうとしている最中に、巨大神の霊格を致命的に乱す術式を放つ。
暴発も同然にハイスピード・ローディングが逆転する。
結果、48億年の積み重ねを失う。
次元溶融合……望まぬ大厄災が、未だ未見だった方々のパラレル・ワールドに大きな爪痕を残し、その大方は取り返しのつかないものだったようだ。
息も絶え々々ながら、彼方に飛び去るフランキーの軌跡をマルジャーナの意識を頼りに追い、そして見失った。
だが、大体この辺りと言う見当は付いている……問題は“泣き虫シムシム”と言う絶対の統率者を失っているであろうフランキーが、このままでは9999の超絶幻魔神の大所帯を維持出来ずに崩壊して仕舞う可能性だ。いずれも下に就かずを信条とする唯我独尊の集合体だ、十中八九分裂は起こる。
時間が無い……身共は諦めてなどいない。
目的の集大成を取り戻さねば、なんの為の48億年だったのか分からなくなって仕舞う。全力全身、粉骨砕身、克己勉励、ここが最後の瀬戸際、正念場……どうして、ここで諦められようか!
まずコントロールを失ったフランキーを捕獲する為の檻が要る。
これならばと言う捕縛用レガリアを創造出来る世界を見つけ、準備に費やしてきた。当然、追ってくる気配には必要以上に注意を払ったし、移動と転移の痕跡を如何に消すかは遣り方の正攻法など知る訳もないので思い付く方法は全て試した。
だと言うのに無惨々々と懐に入られるとは、何をやっているのだっ!
「身ひとつで世界線を渡っていけるメソッドはお前だけの専売特許ではないぞ、寧ろフランキーに引っ張られて危殆な次元転移を繰り返したお前の方が余っ程危険な綱渡りをしている……五体満足なのが不思議なぐらいだ」
確かに身共とてパラレル・ワールドを越えるのに、このような不規則極まりない転移を繰り返して無事なのは奇跡と言って良い確率なのは知っている。
だが一朝一夕にパラレル・ワールドの世界線を渡る能力と技術を習得するのは難しい……身共とて初めてなのだ。
だがきっと、この者を退けても第二、第三の刺客が送り込まれてくる。なればここは出たとこ勝負の危険を犯してでも、逃走の一択しかない。
この者達を相手に一瞬の躊躇が命取りになるのは百も承知、五里霧中だったカンデカムイ――統率を失ったフランキーの為の新たな魔導封印器の錬成は漸く目鼻が付こうとしていたが、全てを捨てる覚悟は既に出来ている。
例え、嘗て習得した超速錬金とイリュージョン創世術の技を駆使した唯一無二だとしても、是非も無い。
不運を嘆いていても何も始まらぬ。
また、死中に活路を見出せねばこの者等には勝てぬ。
決して気取られぬノーモーションの発動が必要だ。こんな時の為に隠された術式結晶と、溜めに溜めた爆発寸前の精霊素が待機している。
唯のクイック・アクティベートではこの者等を出し抜けぬ……光の速度に反応するこの者等の“後の先”は、百も千も承知。
幾ら強力な精神結界を張っても、考えは読まれて仕舞う……なればと一計を案じて自分の意思に関係なく発動するシークエンス・アクティベーションを仕込んだ。
一定の条件が満たされれば自動で発動する。
そして仕掛けた後に、身共は発動条件の記憶を封印した……これなれば、相手の警戒の隙を衝ける。
だと言うのに、この“最強の美しい死神”とやらは必死で考えたシークエンスをこともな気に暴いて見せた。
「仕込んだ条件は安全装置も兼ねている、誰もお前のことを知る筈もないこの世界で、相手がお前の名を4度続けて呼んだ時、それは発動する……お前自身はそれを忘れて仕舞ったがな、シィエラザード!」
途端、強制次元ジャンプの発動が身共を掴んで攫おうとするが、それを阻もうとする強烈な何かが転移をロックして微動だに出来ぬ迄に引き留め、身共の身体と魂を強靭に固縛する。
目の前が暗くなり、体験したことの無いショックで気が遠くなる……きっと身共の眼球はひっくり返っている、何が起こっているのか知る余裕も無い!
頭の天辺から爪先まで隈なく真っ赤に灼け爛れ、同時に真っ白に、真っ青に凍てつく感覚が間断無く苛む。細胞のひとつひとつが沸き立ち、溶けて、腐った石榴のように呆気なく爆散し、鉱石か地中深くの岩盤のように硬く凍っていく錯覚に襲われて身動きひとつ出来ない。
「……無駄な足掻きはやめた方がいい、今回の不始末で我々も本気になった、指し将棋の妙味と必勝法は如何に相手の手を深くまで読むかだ、鮮やかな終盤戦まで気を抜かずひとつひとつイレギュラーな要素を潰し、絶対の帰結点を得る為に準備をして、この場に臨んでいる」
「声を掛けた時点で、お前は既に詰んでいる」
経験したことの無い痛みに意識は混濁している筈なのに、何故か相手の言葉が強制的に伝わってくる。
「お前が口に含んだ調伏呪詛、“闇の祝福”には発動する術式に瞬時に反応して魔素とか精霊素、マナの流れを逆流させ、際限のない混沌に変換していく激甚で凶悪な作用がある……今、身を以て味わっている筈だ」
なんだって、身共がいつ、何を口にしたって?
いや……そんな、……まさかっ!
「この身が出した精液には極微量の呪詛が含まれていた、お前では感知出来ない特殊な呪詛だ、例え飲み込まずとも口に入った瞬間、それは一瞬で増殖してお前の肉体と魂の奥深くまで根を張った」
「……正体を隠すのに、こんな怪しい裏店の怪し気な商売に身を窶してまで潜伏しようとは、穿ち過ぎて呆れる」
こう迄しなければとても欺けぬと思ったのだ……無駄だったが。
「48億年を生きても闘い巧者とは、とても言えぬようだな……きっと、緩い生涯だったのだろう」
「大賢者たらんと欲する気概も、まるで足りてない」
誹謗の言葉に反論し諍う感情も、疾うに失せていた。
「物語を創り出すのが誰よりも得意だった……嘘も偽りも、万象を欺く策謀も日常になれば痛む良心も次第に麻痺しようと言うもの、されどお前は目的の為に進まざるを得ない」
「人としての哀れみを捨てたお前の技量、この身は会ったことはないが全知全能の神が居るとしたら神にも勝るかもしれぬ……神話と伝説を紡ぐのに闌けた究極の語り部、だがそれ故、自身はいつ如何なる時も常に物語と由縁の外に在る……例え役を演じることがあったとしても全ては泡沫に過ぎず、過ぎ去った幾星霜の数多の季節の中、遂にお前自身が悲劇のヒロインになれることも、叙事詩に謳われるような口伝、伝承の中の英雄として名を残すことも、救世の聖女として崇めたてられることも、唯の一度も無かった」
身共への批判と嘲弄が、鎮魂歌のように沁みていく。
「観念することだ……一生、浮気の出来ぬ身体にしてやる」
その意味不明な言葉を聞いたのが最後に、身共は意識を手放した。
「悲しんだり嘆いたり、憐れんだりしてる間に、人なんかあっという間に死んじまう……だが、俺の人生を滅茶々々にした裏切り者を心の底から憎んだり、思い通りにならない運命を呪ったり、復讐と言う目的を果たせず憤り続ける限り、俺は何処迄でも生きていける」
そんなことを問わず語りにあの人が言っていたのを思い出す。
“泣き虫シムシム”に同化して仕舞った今となっては、様々な叡智や人が知り得ようもない至高の真理に到達した者だけに許される神の如き造詣を共有している。
思考は物凄い速さで巡るばかりか、5000年の間に生きた様々なマルジャーナ達の記憶が全て蘇ってきて悲鳴を上げ続けている。
膨大な回想や追憶の奔流がフラッシュバックのように次々と明滅する暴力に心はズタズタに引き裂かれ精神崩壊一歩手前なのに、何故だろう、あの人の言葉だけが心に響く……現実に留まれ、正気を保てと励ますように。
1990年代に活躍した前衛パフォーマー、ローリー・アンダーソンの楽曲に“シャーキーズ・デイ”、“シャーキーズ・ナイト”と言うタイトルがあり、サブタイトルに拝借した……当然ながら次回の掲載は“フランキーズ・ナイト”へと続く
余談だが“シャーキーズ・ナイト”を唄っているのはピーター・ガブリエルである
またまたブランクが長くなって仕舞いましたが、書いていない訳ではないのだがお話が纏まらなくて今回も難産だった……早書きの作家さんじゃないから、早々と商業デビューなんて諦めた
貧乏サラリーマンなので、歳を喰ってる割に楽が出来ない
どころか、中小企業の御多分に漏れず人材不足で一人抜け二人抜け、残ったメンバーで同じ量の業務をこなそうと思ええば軋轢が来る
……そんな訳で真面目にサラリーマンしてると、趣味で書いてる小説はライフワークだって公言とは乖離して、中々進まない
ここ最近、投稿を始めた頃が嘘のように年に数回しか更新出来ない現状だ
続きが読みたいと思って頂ける方が居るとしたら、本当に申し訳なく思う
御免なさい、ただエタりません、としか言えない……健康であり続ける限りは、続けて行きたいって思う今日この頃だ
エンターテイメント万歳! ストーリーテラー上等である
最近の若い者は、なんて言葉に反発してステレオタイプに背を向けた筈が、いつの間にか自分自身が平々凡々たるくだらないクソ親父になっていた……鏡を見て、なんて詰まらない奴なんだと我ながら思う
ただひとつ他人と違うことがあるとすれば、今も変わらず沸々と湧き上がる厨二病的パトス……情熱だ
お伽噺のような在り得ない夢想や妄想、空想夢物語が大好きだった
幾ら高齢化に伴って精神的に大人になる年齢がどんどん繰り上がっているとしても現実的で堅実な大人達の間では、きっと嗤われる
唯一、作品発表の場だけが厨二病的情熱の発露の場なのだ
荒唐無稽を形にするにあたっては、リアリティを大切にしている
ダーク・ファンタジーと銘打っているので、幾分露悪趣味的に禁忌も倫理もメーターを振り切っている……キンキーなセクシャリティもそうだ
世間の常識としてマスターベーションの経験率は男性が約9割、女性が約6割ほどと聞くが、良識的な作品は敢えてそんな隠すべき事情には触れない
拙作は女が裏切り、男が復習に血道を上げるのがメインテーマな物語である
綺麗事じゃないんだと、何度も執拗なまでにアダルティな表現がこれでもかとゲップが出る程繰り返される
従って目を背ける読者の方が多いのではないかと想像しているが、そんな受け入れられる作品をリサーチしてヒット狙いの量産をするプロではないので、書きたいものを書くだけだと自負している姿勢は昔も今も変わらない
馬鹿のひとつ覚えの様に遣っていてなかなかお話は進まないが、少しでも気に入って頂けたらどうか続きを早く書けと、応援のひとつでも頂けたらヤル気が数段違ってくるのでお声掛けをお願いしたい
プロファイリング=犯罪捜査において犯罪の性質や特徴から行動科学的に分析し、犯人の特徴を推論すること/基本的な構造は「こういう犯罪の犯人はこういう人間が多い」という統計学である/犯罪捜査にはFBIが様々な学問を導入して捜査を効率化することを目的として始められた/米国の場合、地域ごとの州法があり各州の独立性が極めて高く法制度が大きく異なるため、情報の共有が円滑に行われない上にFBIも暴力犯罪には参画できない/そうした事情もあり、検挙率が極めて低い状態が続いてきた中で広域型・組織型・非従来型・快楽殺人型といった犯罪の種類だけでなく、事例・事象・経験・データを元に犯人像を絞りこみ、限られた法執行機関の資源〈人・物・金〉の中で効率的に活動を進めるべく研究されたのがFBIによる犯罪者プロファイリングである
ブルーカラー=賃金労働者のうち、主に製造業・建設業・鉱業・農業・林業・漁業などの業種の生産現場で生産工程・現場作業に直接従事する労働者を指す概念である/広くは技能系や作業系の職種一般に従事する労働者で、肉体労働を特徴とする/対義語はホワイトカラー/ブルーカラーは「青い襟」の意で肉体労働に従事する労働者の制服や作業服の襟などが青系であったことがその語源となったといわれる
アンダーカバー=警察の潜入捜査、おとり捜査/ギャングやマフィアに潜り込み、証拠の収集や組織の壊滅を側面から支援する/表向き、薬物を大口で扱う売人、組織に雇われる殺し屋などを装う/また覆面パトカーの意味も
ネゴシエーター=心理学、行動科学、犯罪学の知識に裏打ちされた話術を用いて犯人と直接的に交渉を行い、犯人の精神状態や現場の状況についての情報を収集し、事件を平和的に解決するように導くことが任務とされている/籠城事件、ハイジャック事件などで人質をとっている犯罪者から電話などで動機や要求を聴取し現地指揮本部の指揮官に内容を伝達する
酒保=軍隊の駐屯地や兵営・施設・艦船内等に設けられ、主に軍人軍属たる下士官兵や同相当官を対象に主に日用品・嗜好品を安価で提供していた売店/自衛隊においては、米軍の慣例からPXという名称が使われる場合がある/原則として軍隊の自営であったが部隊の長は一部受託販売ないし厳選された商人および軍属とした契約商人に請負販売させることが、また部隊長は酒保に装飾を施し新聞・図書・雑誌ならびに娯楽、運動器具などを備え付けることができた
食玩=食品玩具の略/「おまけ」として玩具を添付した食品もしくは飲料の商品様態の総称/消費者のコレクション欲を喚起し大人買いを誘発するように作られている/1964年〈昭和39年〉3月:明治製菓のマーブルチョコレートに鉄腕アトムのシールが付き始める/これはキャラクターをおまけにした初めての食玩で、これ以降TVキャラクターの食玩化が激化する
ASAP=as soon as possible〈できる限り速やかに〉の略
国境なき医師団=1971年にフランスの医師とジャーナリストのグループによって作られた非政府組織〈NGO〉で、世界最大の国際的緊急医療団体/国際援助分野における功績によって1999年にノーベル平和賞を受賞した/赤十字の医療支援活動のためにナイジェリア内戦中のビアフラに派遣されたフランス人医師たちを中心に設立された/ビアフラでの活動から戻った彼らは各国政府の中立的態度や、沈黙を守る赤十字国際委員会の活動に限界を感じ、人道援助およびメディアや政府に対して議論の喚起を行う組織を作る必要があると考えた/そして全ての人が医療を受ける権利があり、また医療の必要性は国境よりも重要だという信念に基づき、「国境なき医師団」を創設した
インカム=インターカムとは移動しているスタッフへの一斉指令が必要な業務で使用される構内電話で、「インターコミュニケーション」〈相互通信式構内電話〉の省略名称/日本では業界用語として「インカム」という呼称が定着している/交互通信のトランシーバーにヘッドセットを付属させた形態の通信手段を「インカム」と呼称している事が多いが、本来的にいうと「ヘッドセット付きトランシーバー」であって本来の「インカム」ではない/ヘッドセットを使用し、業務中にハンズフリーで複数のユーザーの同時双方向の一斉通信が行える/エコー除去によりハウリングやエコーを防止している/2者通話・呼び出し・着信選択・自動転送・代理応答・緊急割り込み・ページング呼び出し・ページング応答などの機能がある
フーリガン=サッカーの試合会場の内外で暴力的な言動をする暴徒化した集団のことを指す/サッカーフーリガンは通常、他チームのサポーターを威嚇し攻撃するために形成された疑似部族間の衝突を伴い、特定のクラブは他のクラブと長年のライバル関係を持ちそれらの間の試合に関連するフーリガニズムはより深刻になることがある/衝突は試合の前、最中、後、時には試合状況外のいかなる時点でも発生する可能性があり、参加者は警察による逮捕を避けるためにスタジアムから離れた場所を選ぶことが多いが衝突はスタジアム内や周辺の通りで自然発生的に起こることもある
カール・マルクス勲章=ドイツ民主共和国における最高位の勲章で受章者には特典として、2万マルクが贈呈された/カール・マルクス生誕135周年記念日の1953年5月5日に閣僚評議会の勧告により創設された/思想、文化、経済、その他の分野において優れた功績をあげた個人、企業、組織、軍隊に与えられた/加えて他国の個人もこの賞を受け取ることが出来た
IEA=国際エネルギー機関は、29の加盟国がその国民に信頼できる安価でクリーンなエネルギーを提供するための諮問機関/国際と冠しているが、旧西側諸国のみで構成されておりIAEAのような国連の組織とは無関係である/当初1973年の第1次石油危機を契機にアメリカのキッシンジャー国務長官の提唱のもと、1974年に加盟国の石油供給危機回避を目的に設立されたが、エネルギー市場の変化に伴いその役割も変化した/現在は「スリーE:〈バランスの取れたエネルギー政策立案〉、エネルギー安全保障、経済発展と環境保護」を掲げており、焦点は、気候変動に関する政策と市場改革、再生可能エネルギー技術開発におけるコラボレーションと加盟外国々へのアウトリーチ〈特にエネルギー大国である中国、インド、ロシアそしてOPEC加盟国〉である
OECD=経済協力開発機構は国際経済全般について協議することを目的とした国際機関/1948年に第二次世界大戦後の疲弊しきったヨーロッパ経済を活性化、救済させるためにアメリカ合衆国によるヨーロッパ復興支援計画を目的としている「マーシャル・プラン」の受け入れを整備する機関として、ヨーロッパ16ヶ国が参加して欧州経済協力機構〈OEEC〉が設立された/1961年にヨーロッパ経済の復興に伴い、ヨーロッパの西側諸国と北アメリカの2ヶ国が自由主義経済や貿易で対等な関係として発展と協力を行うことを目的として発展的に改組され、現在の経済協力開発機構〈OECD〉が創立された
アテネ国立庭園=ギリシャのアテネ中心部にある公園で北側にはかつての王宮であった国会議事堂、南側は第一回近代オリンピック会場跡のザッペイオンとゼウス神殿、東側にはパナシナイコスタジアム、西側はシンタグマ広場が隣接している/1838年にギリシャ王妃アマリアにより建設が命じられ、1840年に王立庭園として完成した/庭園を設計したのはドイツ人の植物学者フリードリッヒ・カール・シュミットであり、彼が庭園に導入した500種類の植物はギリシャの乾燥した気候に順応できず、現在ではほとんど残っていない/当時、王立庭園の一部は午前中は王族専用とされていたが午後は広く市民に開放された/1878年には第一回近代オリンピックのフェンシング会場としてザッペイオンが庭園の南隣に建てられた/この建物は現在は会議場・展示場として使われている/公園の正面入口はギリシャ王妃アマリアが植樹した12本の椰子の木のある場所に定められ、公園に面した大通りはアマリア王妃大通りと命名された
ジェルバ島=チュニジア南部、ガベス湾内にある北アフリカでもっとも大きな島でリビアとの国境に近くに浮かぶ/オデュッセウスが上陸した島であるとされ、紀元前587年頃からカルタゴ人が数度来訪した/エルサレム神殿破壊後、多くのユダヤ人が島へ避難してきが、ローマ人が島に都市と商業港を数カ所建設し農業を発展させた/キリスト教徒、ヴァンダル族、東ローマ帝国、アラブ人に次々と征服されたジェルバ島は、1960年代以降は人気のある観光地となった
ロスチャイルド=フランクフルト出身のユダヤ人富豪で神聖ローマ帝国フランクフルト自由都市のヘッセン=カッセル方伯領の宮廷ユダヤ人であったマイアー・アムシェル・ロートシルトが1760年代に銀行業を確立したことで隆盛を極めた/それまでの宮廷関係者とは異なりロスチャイルド家は富を遺すことに成功し、ロンドン、パリ、フランクフルト、ウィーン、ナポリに事業を設立した5人の息子を通じて国際的な銀行家を確立した/一族は神聖ローマ帝国やイギリスの貴族階級にまで昇格した/19世紀のロスチャイルド家は近代世界史においても世界最大の私有財産を有していたが、20世紀に入ると一族の資産は減少し、多くの子孫に分割された/現在、彼らの権益は金融、不動産、鉱業、エネルギー、農業、ワイン醸造、非営利団体など多岐にわたっている/また、ロスチャイルド家の建物はヨーロッパ北西部の風景を彩っている
ロックフェラー財団=アメリカ合衆国ニューヨーク州に本部を置く民間の慈善事業団体/慈善団体ランキングでは世界最大規模であり、世界で最も影響力があるNGOのひとつに数えられている/2009年時点で基金は33億ドルに上る/アンドリュー・カーネギーの著書に影響され、フィランソロピーを始めた石油王で大富豪のジョン・ロックフェラーにより1913年に設立された/活動目的として「人類の福祉の増進、教育」を挙げている/世界中から数千人の科学者や研究者が財団の研究員として、あるいは奨学金をもらい、最先端の研究をしている/多数の大学や研究所に寄付を行っており、後のロックフェラー大学となるロックフェラー医学研究センターなどを設立した/また様々な機関に建物などを寄付している
FAO=国際連合食糧農業機関は飢餓の撲滅を世界の食糧生産と分配の改善と生活向上を通して達成するのを目的とする、国際連合の専門機関のひとつである/主にその活動は先進国と発展途上国の両方で行われ、国際的な農業水産林業に関する政策提言および協議をする際に各国が公平に話し合えるプラットホームとしての役割も果たしている/他にも知識と情報を蓄積する役割も担っており、発展途上国が農業水産林業分野で技術改善を進めてその結果として発展途上国の一般市民がより栄養価の高い食物を入手できる手伝いをしている/近年は食糧安全保障を重要課題として掲げ、様々な国際的な調査に基づき世界各国の農林水産業への勧告などを行ってもいる
グロック=オーストリアの武器・軍用品製造会社でポリマーフレーム拳銃の製造で知られる/ウィーン近郊にあるヴァグラにて創設した/拳銃等の製造で知られるが元々は機関銃用ベルトリンクやナイフ、シャベルなど軍納入品を生産していた企業であり、趣味として射撃と銃器のメンテナンスを楽しんでいたガストン・グロックが、1980年に始まったオーストリア軍新制式採用トライアルをきっかけとして長年温めていたアイデアをもとに銃器の開発にも乗り出したという経緯がある/グロック19はグロック社最初のモデルでオーストリア軍にP80の制式名で採用されたグロック17のコンパクトモデル/グロックシリーズに使われているプラスチックはポリマー2と呼ばれる材質で、200℃からマイナス60℃の環境下でもほとんど変質しないと言われている/一般的なプラスチックよりも柔らかく相当な強度を誇る/しかし成型に難があり、日用生活品などには向かない
MP5=ドイツのヘッケラー&コッホ社が設計した短機関銃で第二次世界大戦後に設計された短機関銃としては最も成功した製品のひとつであり、命中精度の高さから対テロ作戦部隊などでは標準的な装備となっている/技術的には、MP5の起源は第二次世界大戦末期にモーゼル社が設計した機材06〈Gerät06〉まで遡りうる/ガスピストンを省いて反動利用式とした改良型はStG45としてドイツ国防軍に採用されたものの、量産前に終戦を迎えた/その後ルートヴィヒ・フォルグリムラーを含む同社の技術者陣は、まずフランスのCEAM、ついでスペインのCETMEに転職して、StG45を元にした小銃の開発を継続していた/当初は中間弾薬を使用するように設計されていたが、後にやはりモーゼル社出身者によって西ドイツで設立されたHK社の協力のもと、7.62x51mmNATO弾を使用するように設計変更され、1958年にスペインはこのセトメ・ライフルを制式採用した/また西ドイツも早くからセトメ・ライフルに着目しており、1959年1月、ドイツ連邦軍はH&K社がセトメを元に開発したMD3をG3として制式化した/これと並行して連邦軍では短機関銃の選定も行っていたが、この時点では政治的な思惑もありイスラエル製のUZIが採択された/その後の1954年ごろに西ドイツが開始した短機関銃研究の一環としてHK社がHK54を試作し、それの量産型としてMP5シリーズが開発され、販売された/銃床にはMP5A2・MP5A4で用いられる固定式とMP5A3・MP5A5で用いられる伸縮式があり、クロススプリングピンでレシーバーに固定される/伸縮式銃床には元々は金属製の銃尾が装着されていたが、MP5NやMP5F/MP5E2ではゴム製の銃尾が装着され、後にこれは標準装備となった/またヘルメットにバイザーを装着する場合に備えてブリュガー・アンド・トーメ社などではバイザーを避けるように湾曲した銃床も製造している/もともとMP5Kシリーズは銃床を装備しておらず、スリングスイベル付きキャップ底板を装着していた/その後、1991年には右側に折りたたむプラスチック製の銃床がオプションで追加された/当初はこちらもB&T社製だったが後にHK社自身が生産するようになった/アメリカ陸軍の第160特殊作戦航空連隊ではMP5K-Nをもとにこの銃床を装備したモデルをMP5K-PDWとして装備しており、後には同様のモデルが一般市場にも投入された
パテック・フィリップ=スイスの高級時計メーカーで1839年に2人のポーランド人アントニ・パテックとフランチシェック・チャペックによって創業された/ヴァシュロン・コンスタンタン、オーデマ・ピゲとともに世界三大高級時計メーカーのひとつとして数えられることが多く、その中でもパテック・フィリップは頭ひとつ抜け出た存在であり、世界一の時計ブランドとされている
キャリバー89=オリジナルは1972年、アメリカの実業家セス・アトウッドのために製作したセキュラー・カレンダーを含む33の複雑機能を有する懐中時計のユニークピース/1989年の150周年を記念して“復活祭の日付機構”を追加/主要機能はミニッツリピーター、グラン・ソヌリ、プチ・ソヌリ、セキュラー・カレンダー、スプリットセコンドクロノグラフ、均時差表示、恒星時、日没・日の出表示と季節表示、分点・至点表示、黄道帯表示、復活祭表示〈570万年に1日の誤差〉など34の複雑機能を搭載
ミリタリー・タータン=アーミー・タータンとも呼称される軍隊で使用されるタータンで最も有名かつ起源とされるのがブラックウォッチ・タータンである/タータンとは多色の糸で綾織りにした格子柄の織物で、元来は毛織物であったが近年では様々な素材で作成されている/スコットランド、特にハイランド地方の民族文化と強く結びついており、民族衣装であるキルトは通常、タータンによって仕立てられる/「家紋のようなもの」と例えられ世界的にもクラン〈氏族〉とタータンの関係性について言及されることが多いが、家柄とは直接的な関係性のない特定の地域や企業と結びついたタータンも存在する/20世紀に入ると伝統文化であるタータンを保護、保存するためスコティッシュ・タータン・ソサエティやスコティッシュ・タータン・オーソリティといった団体が設立され、タータンの登録を行うようになった/これら民間団体が独自に登録を行うことは混乱を招くため、2008年にスコットランド・タータン登録法が制定されスコットランド国立公文書館の配下にあるスコットランド・タータン登記所にそのパターンが登録されるようになっている
カルパティア山脈=主にスロバキア、ポーランド、ウクライナ、ルーマニアと周辺のチェコ、ハンガリー、セルビアにまたがっており、全長約1500km/スロバキアのブラチスラヴァ付近から北東に延び、東、南東へ向きを変えてルーマニア中部のトランシルヴァニアに達し、さらに西、北へと向きを変える/最高峰はスロバキアの最高峰でもあるゲルラホフスカ山2655m/アルプス・ヒマラヤ造山帯に属する新山系だがアルプス山脈ほど険しくはない/豊富な生物多様性があり、3箇所のユネスコの生物圏保護区および多数のラムサール条約登録地がある/岩塩、天然ガス、石油、鉄鉱石、貴金属などを産出し第一次世界大戦のころオーストリア軍とドイツ軍が冬季にナポレオン張りに山越えを敢行し、ロシアに戦わずして80万の損害を出したことがある
ルーマニア=東ヨーロッパはバルカン半島東部に位置する共和制国家/首都はブカレストで南西にセルビア、北西にはハンガリー、北がウクライナ、北東をモルドバに、南にブルガリアと国境を接し、東は黒海に面している/国土の中央をほぼ逆L字のようにカルパティア山脈が通り、山脈に囲まれた北西部の平原のトランシルヴァニア、ブルガリアに接するワラキア、モルドバに接するモルダヴィア、黒海に面するドブロジャの4つの地方に分かれている/ヨーロッパにおいて国土面積が第12位であり、また欧州連合の加盟国としては人口密度が第6位となっている
スロバキア=中央ヨーロッパの共和制国家で、首都はブラチスラヴァ/北西にチェコ、北にポーランド、東にウクライナ、南にハンガリー、南西にオーストリアと隣接する/国体が常に激しく変化して来た歴史を持つ国家の一つで、古代にはサモ王国〈623年〜658年〉・モラヴィア王国として独立を保った期間もあったが、この地のスラブ人は1000年間少数民族としてハンガリー王国の支配下に置かれていた/ハンガリーにとっても歴史的に重要な地域であり、多くのハンガリー人の出身地、ハンガリー貴族の発祥地でもある/第一次世界大戦後、オーストリア・ハンガリー帝国からチェコと合併するかたちで独立し、1989年のビロード革命による共産党政権崩壊を経て1993年1月1日にチェコスロバキアから分離独立し現在に至る
ブラチスラヴァ=スロバキアの首都で同国最大の都市/ブラチスラヴァ県の南西端に位置しドナウ川に面した市街でスロバキアの政治、文化、経済の中心都市であり、中央ヨーロッパ有数の世界都市/ハンガリーおよびオーストリアの2ヶ国の国境に接しており主権国家の首都としては唯一、市域内に三国国境がある/ウィーンに最も近接した首都でもあり、両者の関係は古来密接である/市域はドナウ川とモラヴァ川の合流地点に近い小カルパチア山地の麓のドナウ平原に、ドナウ川の両岸に沿って広がっている/市域面積は367.58平方キロメートルで、スロバキア国内の市・町ではヴィソケー・タトリ町に次ぐ2番目の広さである/市北部の小カルパチア山地一帯を自然保護区森林公園として整備している
エルピス=ヘドロック・セルダンが残した特別なクローンにして超天才/今は自らが創出した超AI、メシアーズの中の意思あるバックドア的デバッグ機構としてオリジナルと同等の残留思念のように存在している
オルク・スティーブンソン=バルタン星人もどき/謎の高位存在
マルジャーナ=イスラム世界に伝わっている物語とされるもののひとつ、「アリババと40人の盗賊」に登場する主人公を助ける若くて聡明な女奴隷であるモルジアナの別名/モルジアナ自体は元になったアラビア語女性名の口語発音でマルジャーナと読む場合もムルジャーナ〈モルジアナの元〉と読む場合も語義は全く変わらず、「小さな真珠」「小さな珊瑚のかけら」を表す/かつてアラブ・イスラーム世界では奴隷を宝石・珊瑚・真珠・花などの名で呼ぶ風習があった
NATO即応部隊=北大西洋条約機構即応部隊〈略称:NRF〉とは北大西洋条約機構の下で「先進技術的で、柔軟に、配備され、協同運用かつ持続可能」な「整合が取れ、高即応、統合された、多国籍軍パッケージ」から成ると定義された約25000人規模の緊急展開部隊/その任務は北大西洋条約機構の実行体として集団的自衛権、危機管理および安定化戦力として独立的に緊急展開し後続の部隊のために初期投入戦力として機能することにある/即応部隊はNATO加盟国が分担する陸海空部隊で構成され、派出された部隊は合同で訓練を実施して部隊交代の後に6ヶ月間に渡って運用される/即応部隊構想の目的はNATOにおいて確固として信頼できる高即応能力を提供する事としていて、これは完全に訓練された統連合軍であり、重大事態が発生したいかなる場所であっても必要に応じNATO任務を遂行できる緊急展開部隊である
ナポリ統連合軍司令部=北大西洋条約機構の軍事部門の地中海戦域を担当する統連合軍司令部でイタリア・ナポリに司令部施設が所在している/1951年に編成された南部欧州連合軍〈AFSOUTH〉を母体に2004年3月15日にNATOの組織改編に伴い改編され、地中海戦域のNATO構成国軍を統括する為に稼動する/連合陸軍〈スペイン、マドリード〉、連合海軍〈イタリア、ナポリ〉、連合空軍〈トルコ、イズミル〉を従えている/当初、南部欧州連合軍は地中海戦域における2つある主要指揮命令系統のうちのひとつで、他には地中海海域における海軍作戦に責任を持つ地中海連合軍がマルタに置かれていたが、イギリス海軍地中海艦隊の縮減とフランスの軍事機構からの脱退問題は司令部組織の再編成の必要性を強いた/1967年6月5日に地中海連合軍は解散され、ナポリに司令部施設を移設し全ての機能は南部欧州連合軍に移管された/南部欧州連合軍司令長官にはアメリカ海軍将官が常に就任しており、アメリカ海軍在欧州海軍部隊司令官を兼務していた
ハリスツィード=スコットランド西部のアウター・ヘブリディーズに属するルイス島の南部をハリス島と呼ぶが、島特産の織物が知られており「地元の羊毛を使いアウター・ヘブリディーズで手織りされ諸島内で完成された物」のみ、ハリスツィードの名で呼ばれると厳格に決められている
第2常設NATO海洋グループ=北大西洋条約機構内で編成されているNATO即応部隊における常設化された海軍部隊のひとつ/アメリカ同時多発テロ事件の発生によりNATO理事会は条約第5条に基づいて、対テロ戦争でのNATO貢献の一環として、予定されていたデスティンド・グローリー2001演習を中止させ、2001年10月6日アクティブ・エンデバー作戦を発動して東地中海に展開した/通常は専属であるエンデバー任務部隊が展開しているが「増強」する場合は第2常設NATO海洋グループが作戦に参加する/4隻から8隻の戦闘艦艇および支援艦艇で構成され通常は、ドイツ連邦共和国、ギリシャ共和国、イタリア共和国、ノルウェー王国、デンマーク王国、オランダ王国、スペイン王国、ポルトガル共和国、トルコ共和国、イギリス、カナダおよびアメリカ合衆国から拠出され、他にも必要に応じて適宜NATO加盟国海軍から艦艇が供出される/第2常設NATO海洋グループは一般訓練や世界規模での実働作戦の区別なく完全編成の部隊として運用され、主に地中海海域で活動するがNATOが展開を要求した場合は必要に応じていかなる海域にも派遣されうる
GIUKギャップ=海戦上のチョークポイント〈通航を管制出来る地点〉を成す北大西洋上の海域のことである/グリーンランド、アイスランド、イギリス〈United Kingdom〉の頭文字からとられており、ギャップとはこれら3つの陸地の間に存在する開けた海域のことを指し、この語は主に軍事問題を語る際に使われる/イギリス海軍にとって特に重要な問題となっていてバルト海や北海に面する北ヨーロッパ諸国の艦隊が大西洋への進出を試みた場合、イギリスにとって防衛の容易なイギリス海峡か遠回りとなるアイスランドの両側のどちらかの海域を出口としなければならないからである/また地中海に面する南ヨーロッパ諸国や黒海に面する東ヨーロッパ諸国の艦隊が同じく大西洋への進出を試みた場合は、ジブラルタル海峡を突破するか、スエズ運河と喜望峰を経由するかのどちらかを選択せねばならない/このためヨーロッパでは、フランス、スペイン、そしてポルトガルのみが、イギリス海軍にチョークポイントにおいて容易に封鎖されずに大西洋へアクセスできる
軽空母カヴール=イタリア海軍所属の軽空母で艦名はイタリア王国の初代首相カミッロ・カヴールに由来/先行した艦隻「ジュゼッペ・ガリバルディ」が「ヴィットリオ・ヴェネト」などヘリコプター巡洋艦の延長線上で開発されたのに対し、この2隻目の軽空母は揚陸艦任務も重視してウェルドックを設置するなど、強襲揚陸艦に近いものとして構想されていた
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私、漢字が苦手なもので誤字脱字報告もありましたらお願いします
別口でエッセイも載せましたので、ご興味のある方は一度ひやかしてみてください
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