57.撃墜王、シューティングスターの悲劇
デュッセルデバインの現体制……仮の盟主を頂く、一族合議制は円卓会議のような密室政治に傾倒していた。
皇帝を詐称する気満々のパーシバル・パシパエ・デュッセルデバインと言う男が、一族の現党首に上り詰めている。
嘗て旧皇帝派の懐刀、ラウスレーゼ・ヘルムートに返り討ちにされたロドリゲス・ジュニア・デュッセルデバインの叔父にあたる。
各勢力の通信内容の傍受とデータベースをハッキングし続けるメシアーズは、遂に隠された秘匿情報が、サイコニューム原産地の位置を示すものだと掴んだ。
原産地の名は“ベナレス”と呼ばれていた。
埋め尽くされた瞬く星々に覆われる展望は、訓練で視覚を鍛えて来た自分達にも、ともすれば遠近感を失わせる。
漆黒の宇宙の深淵は、そのまま見詰め続ければ、自分と言う他者と隔てた殻でさえ容易に溶かしていくような、吸い込まれるような恐ろしさを秘めて、静かにそこに在り続けた。
自分にとって宇宙は美しくもあり、また恐ろしくもある……そのようなものだった。
母艦の乗組員専用理髪室は、いつ行っても混み合っている。
散髪用のシートは18台もあるのだが、機関室の下級船員も入れると870名からなる乗員の半舷当直外に押し寄せるとなれば、この混み具合も致し方ないのだろうか?
「あぁ、ボールジーン三佐、お先どうぞ」
「すまないね、これ皆んなで……」
顔見知りの操舵室の観測要員が順番を譲ってくれる。
30人ぐらいが待合室でたむろし、三流ポルノ記事やコミックをタブレットで読んだり、3Dホログラフの対戦型ハンディ・ゲーム、賭けカードなどで暇潰しをしていた。
艦隊司令室の限られたごく一部以外のメンバーは、自分のことはドミナスのエース・パイロットとしてしか把握していない。自分は士官室も副司令官室も利用しないので、実質的な艦隊の司令官が、この自分だとは今迄も、これからもおそらく知ることはないだろう。
第一宙挺部隊の趨勢を預かるポストを拝命して以来、それが自分の方針だった。
割り込む礼と言う訳じゃないが、差し入れにクールミントの強化錠剤……無害な覚醒剤と向精神薬がブレンドされた戦意高揚と戦闘反射神経ブーストの経口内服薬を2本手渡した。
「おっ、トロデアドロップの上もんじゃないすかあ、それも90錠入りの大瓶なんてレアもんでしょう……いいんすか?」
「うん、少なくて悪いけど、皆んなで分けてくれ」
「「「「ご馳走様ですっ!」」」」
「「「あざあっす!」」」、「「頂きます!」」
次々に口にされる礼の言葉を背にして、カット・ブースに入れば馴染みのアンドロイドがフットレスト付きのセット・チェアにいざなってくれる。
眩しくはないが、無影灯のような自然光に近い明りに照らされて正面の鏡が自分の顔を映し出す。精悍ではあるがステロタイプのハンサムだ……頑丈そうな顎や頬骨を見て華奢と感じる輩は少ない筈だ。
そう言う風に造られている。
自分、“ベッセンベニカ防衛軍”所属第一宙挺部隊の副司令官にしてドミナス編隊を率いるミラン・ボールジーン三佐は、健全なる力は健全なる肉体に宿ると言った思想の下、人口子宮ポッドで純粋培養された強化型デザイナーズ・チルドレンだった。
冷凍保存された精子から採取される優性遺伝子を操作されて、次世代強化パイロットとして実験的に生み出されている。
幼い頃から、強化体としての訓練を受けて育った。
同じような強化兵の同僚と競い合い、生まれてきた使命を果たす為と、強くなることになんの疑問も差し挟まなかった。
ヘアカットのケープを巻かれながら、部隊がこの辺境の地の示威的警戒の為に駐留を命ぜられた、軍事司令参謀本部直々の呼び出しを思い出していた。
「わざわざ呼び出して済まないね、ボールジーン三佐」
「楽にして呉れたまえ」
そこは、参謀本部合同庁舎の遥か地下深く、特殊作戦師団科学アカデミー大隊“秘密の影”と呼ばれる、“ベッセンベニカ防衛軍”でも謎のベールに包まれた非合法工作チームの中枢だった。
照明を絞った簡素なホールに通された自分は、見たことの無い軍服に身を包む5人の准将格と思われるメンバーの前に立たされていた。
自分ひとりを囲むようにカーブし、一段高くなっている湾曲卓に陣取った得体の知れない高官達は、皆、ゴーグル状のヘッドセットで目許を隠すように覆っている。
ものに動じない訓練を受けている自分だが、流石にこのときは居心地が悪かった。噂に聞く特殊作戦軍司令部に直接出頭したことが無かったからだ。楽にしろと言われて、寛げるものではない。
「三佐、君の戦歴を拝見させて貰ったが、出撃回数793回も然ることながら、撃墜率が実に目覚ましい」
「撃墜王シューティングスターと、異名するらしいじゃないか?」
幕僚クラスかもしれない司令官達は、右と左から話し掛けるので、何か聴聞会にでも掛けられている気分だった。
こちらは当直任務にあるときは、日々哨戒任務で飛び立つからいちいち戦闘行動の出撃数など覚えてはいない。
「優秀な君を見込んで、重要な任務を任せたい」
「我々“ベッセンベニカ”の優位性……いや、存続にも関わる最優先案件だ、全て第一機密事項と心得て貰いたい」
そう切り出された秘密指令は、組織末端の自分にはまったく知らされていない寝耳に水な重大局面での任務だった。
“ベッセンベニカ特殊製鋼”の要とも言うべき、サイコニューム原産地からの移送パイプラインの所在が漏洩する危機だと言う。
そもそもサイコニューム採掘星域は、運営母体である財団の組織内でも知る者が少ない最重要機密事項……移送ルートに関わる部署の要員は、その末端まで私生活にも監視が付くと聞き及んでいる。
これは同じくサイコニュームを必要とするナノマイクロ・チップの製造元“セイント・マーチン教団財閥”も同じ事情の筈。
「“セイント・マーチン教団財閥”も動き出している筈だが、剣座星系郡の一支流星団に“イングマル・ブラヴァン皇国”を名乗る封建国家がある、故あって“ベッセンベニカ特殊製鋼”は彼の国と創建当時から秘密の盟約を結んでいる」
「とにかく古い国でね、ミッシング・エイジ以前からの情報を保持している……永らく情報統制されてきたが、その中には“ベナレス”に通じるパイプの仔細も含まれている、と言う訳だ」
“ベナレス”、それは滅多なことでは我々内部の人間も口にすることはないサイコニューム原産の地の呼称だ。
「“ラーム・グァラパリ第一工廠”が独自の調査網でこの事実を掴んだ……掴んだまでは良いのだが、皇族間の不仲を利用して劣勢側に肩入れしクーデターを後押ししたのは愚策だった」
「結果、肝心要な“ベナレス”への道筋が示されているとされるロスト・パーツを見失った……これ無くして、ただの傀儡政権などに何程の価値があろうか?」
現在、“イングマル・ブラヴァン皇国”はクーデター後の一時内閣ということで、非公式ではあるが“ラーム・グァラパリ第一工廠”の紐付き政権の合議制という体制で、どうやら対外的には一時政権を認めさせたらしい。
だが、その内容的にはとても一国の趨勢を任される能力は無く、良くある内戦後の軍事政権と五十歩百歩の状態ということだった。クーデターの武力行使の失敗で謀反側のデュッセルデバイン家に戦死者が多く出てしまったのも、今日の混乱を招いて仕舞った要因のひとつと言う説明だった。
“ラーム・グァラパリ第一工廠”は事態の収拾に、特殊工作任務をこなす外交部隊を送り込んだらしい……となれば星間指名手配の最重要人物として有名な“ハンガー”率いる、“ラーム・グァラパリ第一工廠特殊渉外係”が一枚噛んでる可能性が非常に高い。
現地側為政者としては、相談役外務大臣と言う良く分からない肩書と新設された部署を統括している、自称女傑という触れ込みの分家筋から出て来たヘンゼル・デュッセルデバインを頭目格に、皇帝を詐称する気満々なのだが周囲に押し留められている権力の権化、パーシバル・パシパエ・デュッセルデバインが一族の現党首になった男だけに発言力では最右翼と思われる。
他にデュッセルデバインの末席ながら現場一筋の叩き上げで、四十代ながら戦略も用兵も彼の右に出る者は居ないと謳われた、武闘派の急先鋒、新制近衛騎士団の指令参謀本部に君臨するワイズ将軍、作戦立案室の顧問と言う要職に収まった、一族でも生粋の頭脳派だった筆頭分家の嫡子、フェリックス・フォトレイバーと言う者達が補佐をしていたが、いずれも十把一絡げだった。
言い方は悪いが所詮は田舎者の集まりで、とてもではないが大局が見えているとは言い難く、己れらの利権しか考えていないような政権では長続きする筈もない。
「“セイント・マーチン教団財閥”からは広域戦略旅団“ノンアル・ユージン”が既に派兵されている、ただし公式報道はされていないので艦艇は小惑星帯の影に隠れている筈だ」
現地政府が相手なら上手い誤魔化し方もあるだろうが、その実“セイント・マーチン教団財閥”と“ラーム・グァラパリ第一工廠特殊渉外係”との三つ巴ともなれば話はそう簡単には済まなくなる。
今回の任務は、余程腰を据えて掛からねばならないだろう……いつものように敵影を蹴散らすだけ、と言う訳にはいかないだろう。
現地の潜入拠点と連携し、“ベナレス”への道を示すという危険なロスト・パーツも葬り去らねばならない。もっともそっちは、アカデミー大隊の影の参謀司令達の話では、別チームが動くらしいから自分に期待されているのは星域戦闘での抑止力としてらしかった。
「あぁ、そうそう“セイント・マーチン教団財閥”からは実験的MEを操る秘密工作部隊、“エレアノール商会”が出張ってくるそうだ」
影の司令達の一人が何気無しに告げた言葉が、動揺から身を守る訓練をしている自分を打ちのめすのが分かった。
あぁ、エレアノール、いつかは出会うと思っていたが………
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「蕪とルッコラの出来が殊更良かったので、お約束の量に1割増しのおまけを付けさせて頂きますわ、但しその分は現金でのお支払いをお願いしたいのです……通常取引きの半額で結構ですから」
キャミディさんの業者との交渉は、堂に入ったものです。
引き取って貰わなければ食品ロスとして廃棄するだけだから、ここは売りつけておく手のようです。
食糧の備蓄は充分過ぎる程だとキャミディさんは言います。
向こう20年分ぐらいは院の児童が増えることも見越して、別棟の冷蔵施設に貯蔵され続けているのだとか……今も増改築が進められている宿舎棟も含め、常に児童養護施設の運営は自動化され、運営の正常化はシステムを監視し統括し続ける独立したAIのプランに従っているそうです。
本当のことを言えば、施設の為に残されるAIの基本能力を以ってすれば活動資金すら、クラッキングで得られる仮想マネーで幾らでも自由自在なんだそうですが………
カミーラさんの眷属の一部の方々は残って頂けるそうですが、ソランさん達一行がいつ居なくなってもいいように引き継ぎ計画が進められていると、キャミディさんは説明してくれます。
事実、施設の滞在年齢に達したキャミディさんは卒院前から業務の一端を任され、今ではここの星系間行政所属の農業省認可を得た正規買取業者との折衝を一任されている立派な施設職員です。
出荷用コンビナートの積み込み格納庫で、高い位置に設けられた監視事務所から作業を見守っていました。
作戦行動前の慌ただしい間隙を縫って、院の運営に遺漏が無いか確認作業をすることになりました。
―――死ぬるつもりはねえが、俺達が帰って来れねえ場合も想定しておかなくちゃならねえ、いつ死んでもおかしくねえ俺達はいつでも立つ鳥跡を濁さずの心構えでいるべきだ。
と言うのが、ソランさんの意向のようです。
「また、ネメシスの姐さんに騙されちゃったよ!」
「聴いてよアンネハイネ、恥を忍んで妾が子供パンツを顔に被って院長室に行ったのよっ!」
シンディさんが泣きついてきます。
わたくしはシンディさんにくっ付いて、キャミディさんの業務が円滑にいってるかチェックするように命ぜられていました。
謂わばオマケなんですが、こんなではどっちがオマケか分かりません……法曹界の識者や一線級の心理学者も斯くやと言う明晰な頭脳と理性を兼ね備えているのですが、どうしてかここの女性は皆さん、院長のこととなるとポンコツになって仕舞う傾向があるのが段々と分かって来ました。
理解には苦しみますが………
「妾が師匠のことになるとチョロいと知ってて、何回も騙されてるのに……あぁ、妾のバカ、バカ!」
「リアルであの師匠が、エロくもないパンツにフル勃起興奮する筈ないのに妾ってば!」
どうやら、何回も担がれているネメシスさんの言葉をまたもや鵜呑みにして信じられないことに、本当に児童用パンツを頭から被ってソランさんに迫ったようです。
「師匠がね、救いようの無い馬鹿を見るときの悲しそうな顔をするのよっ、もう信じらんない!」
「師匠って?」
「んっ、あぁ……院長はね、前の世界からの約束でね、妾の魔術の練習を見てくれてるんだけど、今んところ“ウルディス”の中でしか訓練出来なくて、高位魔術がなかなかね……その代わり、無属性系統外魔術のテクニックは上がったかな?」
魔術……魔術とはなんでしょう?
何か特殊な戦闘訓練なのでしょうか……よく分かりません?
気になりますね。
「キャミディさんの仕事の邪魔になりますよ」
役立たずのポンコツに成り果てたシンディさんを宥めて、せめて大人しくして貰おうと声を掛けます。
そうそう、ポンコツとか、チョロいと言う言葉はシンディさんに教わったんでしたね。以前までの淑女教育では、まったく耳にしなかった下世話な知識ばかりを吹き込んでくるので、本当にシンディさんには困りものです。
ところが思わぬ伏兵から反論が挙がります。
「あら、私達グランド・ワーカーもユニバーサル端子はなくてもヘッドセットでバーチャル・セックスはするわよ?」
「年頃の女の子がエッチに興味があるのは、何もおかしなことじゃないわ、むしろ普通でしょ?」
キャミデイさんはエッチ容認派でした。
「リンク率は端子ほどじゃないけど、マルチ・モーダルな奴だから充分快感は増幅されるしね」
「最近付き合ってるセックス・フレンドは中央星系の人でね、医療関係に勤めてるんですって、翌日の仕事に響くから夜はあんまり激しくはしないけど、疼きが満たされない分は昼間の開いた時間に購買で買った極太電動ディルドで、独り慰めてるわ」
「リアル・オナニーでちょこちょこっとね」
えっ、購買? 購買でそんなものも売ってたのだろうか?
「女の子から聴いてない? 14号購買で言えば、12歳以上の子には出してきて呉れるわよ」
あぁ、キャミディさん、貴女もですか……大人の女性って、皆んなこんなにエッチなのだろうか?
……ここへ流れ着く前に、難民キャンプは孤児センターでの共同生活から炊事、洗濯、掃除と言った一般庶民の生活スキルが上がって自分自身も嬉しかった。なのに“レッサースライム&グレムリン”に来てからは、殆どの生活雑務が自動化されているので、引き続き学ぶことが出来なくなったのは少し残念に思っていたのです……何しろ、わたくしときたら皇女と言う立場から任務上に必要なスキルの習得はしていても、表向きは世話係の侍女達に傅かれている生活で、入浴も肌の手入れも、着替えでさえ自分では遣らせて貰えない日常でした。
だからシンディさんには簡単なヘアカットや美容、お化粧方法、アザレアさんにはお茶の淹れ方やお菓子の作り方、そしてキャミディさんにはこちらが望みさえすれば、調理や編み物、裁縫などを教えて頂けたのは本当に有り難かった。
キャミディさんは少し背が高い。
シンディさんより、拳二つ分ぐらい高いぐらいです。
釣り上がった眦が少し情が強いと思えるような印象で、しっかりしている分年齢より大人っぽく見えます。
ツナギのようなジャンプ・スーツで少し痩せぎすな身体を包んで、精力的にテキパキと動き回るので、傍から見ていても凄くエネルギッシュです。黄色人種の肌の色で、黒い目と髪をしていて鼻筋のはっきりした美人で仕事の出来るキャリア・ウーマン、少なからず尊敬していたのに………
「院長達が来て呉れて本当に感謝してるの」
「以前の見捨てられた院を知ってるメンバーもここには少なくなったけど、巣立った子達も皆んな気持ちは繋がっている……院長達を悪く言う奴等なんて居る訳ない」
「私達は本当に運が良かったと思っている、でもここから先は私達自身がしっかりしなきゃって思ってもいる」
あぁ、矢張りこちらが本来のキャミディさんなんですね……落胆せずに済みそうです!
「エッチなこともやめられないんだけどね」
「アハハッ、いい話なんだかイヤらしい女の話なんだか分かんなくなっちゃったね……ゴメンね、スケベで」
良く出来た作戦計画は、良く切れるナイフのようであって欲しいと常々願っている。ところがどうだ前任者の無能が招いた今の状況は、さながら猿山のボスザル達を見ているようで気が滅入る。
「何故、余が皇帝に即位しては行かぬのか!」
「もういい加減、禊ぎは充分ではないのか!」
“ラーム・グァラパリ第一工廠”が目を付けた、野心を秘めたデュッセルデバインと言う元公爵家の一派で、現党首を引き継いだ男だ。
クーデターの頭目格だった前党首のエルンストが、この帝宮殿の攻略時に先陣を切ったが為に深手を負い、一週間後に儚くなった為に今の地位に就いた。
死んで仕舞ったエルンストには遠く及ばず、能力も見識も無いばかりか権力欲だけは人一倍と言う始末にを得ないのが、パーシバル・パシパエ・デュッセルデバイン。
一見して偉丈夫だが、ダブついた贅肉が青黒く沈着して、不健康が露呈している。
「叔父上、後生ですから大きな声を出さないでくださいまし」
「喚いても詮無いことを繰り返しても仕方ありますまい」
叔父上などとは真っ赤な嘘で、分家筋で本家との繋がりは薄い。
クーデター収拾のどさくさに紛れて頭角を現し、相談役外務省と言う訳の分からない部署を新設し、そこのトップというポストに納まった女怪と言ってるがなんのことはない、唯の自分の能力を過信した勘違い女だ。
英雄の幼馴染みとか言う触れ込みだが、こちらの調査ではそんな事実は無かったと露見している。
嘗ての旧皇帝派の懐刀、ラウスレーゼ・ヘルムートに返り討ちにされて仕舞った、まだ13歳だったロドリゲス・ジュニア・デュッセルデバインと旧知の仲だった、と言う作り話に騙されるのは碌に自分の頭で考えようとしないここの国民だけだろう……これを美談と捉えるならば、13歳と言う可惜若い身でクーデターに散ったロドリゲス二世とやらに失礼と言うものだ。
眩いプラチナブロンド、宝石のように煌めく緑色の瞳をしてはいても、その心根は意地汚いの一言に尽きる。ある意味鼻持ちならない跳ねっ返り、ヘンゼル・デュッセルデバイン。
寡黙で眼光だけが鋭いのが、武闘派の急先鋒で新制近衛騎士団の指令参謀本部に君臨するワイズ将軍。
デュッセルデバインの末席ながら現場一筋の叩き上げで、四十代ながら戦略も用兵も、彼の右に出る者は居ない……って田舎者には持て囃されるだろうが、実際はロートルだ。頭が硬い分、実戦的ですらないから、精々お飾りがいいところだろう。
「ヘンゼル長官、それにしても国民に対するプロパガンダは必要でしょう? 私めにお任せくだされば、立ち所に妙案にて解決してご覧にいれますが、如何かな?」
同じ軍事関係でもこちらは戦略を売り物にしている。
作戦立案室の顧問と言う要職に収まったのは、一族でも生え抜きの頭脳派だった、と言う釣り書きの筆頭分家の嫡子、フェリックス・フォトレイバー。
大言壮語する割に、頭の中は空っぽだ。
研究費と称して国家予算を着服している。口先だけで生きて来た男で、詐欺師としてだったら一流の頭脳派になれたかもしれない。
見るからに優男で、仕立ての良い絹モワレの畝織り生地にブレードの縁飾りやフロッグには金糸がふんだんに使われたジュストコールとウェストコートを身に着けていた。
つまり今時首を傾げるような貴族趣味が、一番派手で、一番目立つと言った唾棄すべきものだ。
そう、ここイングマル・ブラヴァン皇国は貴族趣味の氾濫する実に非効率的で非生産的な文化に染まっていた。
「戯言は家に帰ってからにして頂きたい、先日の最後通牒の意味が分からぬようであれば実力行使に出させて頂く」
現場の裁量を委託されている我等のチームは、自身で揉み消せる事案であれば本部は文句を言ってこない。
「……ハンガー殿、何をおっしゃられてるのかとんと判断仕兼ねますが、その物言いには正式に抗議文を提出させて頂くことになりますが、よろしいのか?」
フェリックスが笠に着てくるが、もう茶番に付き合うのも懲り懲りだった。彼だけが今日も副官のリリス・サターニア中将を伴っているのは事前に確認済みだ。今日もくっきりと化粧を施している。
似合わぬ肋骨飾りの軍服を着込んではいても、その実フェリックスの情婦だ……悪いがスケープゴートになって貰う。
「我々“ラーム・グァラパリ第一工廠”が提供するシリアル、パラレル共用のコネクティング・インターフェース……特に首筋のユニバーサル端子には厳格に製品番号が付与されている、つまり、ここが重要なのだが、個人が特定出来る」
「爆発物が仕込んである訳ではない、だが一定の指向性周波数に晒されると回路が暴走し、異常な発熱と共に膨張し、最後は暴発する」
「こんな風です」
ボスンッ、と言う鈍い音と共にリリス嬢の首元が弾けた。
吹き飛ぶ程の強い爆発力は無いから、首から先の頭は自重で会談の卓の上に転がる。
本人には何が起きたか分からなかったろうから、転げた頭に苦悶の表情は無い。予告をしなかったのは恐怖無くあの世に行けるようにとの、せめてもの配慮だ。
頸動脈から血糊を噴き出しながら、リリス嬢の身体は前のめりにゆっくり突っ伏した。隣に居たフェリックスには少し掛かったようだ。
何が起きたか最初は理解出来なかった豚どもから、軈てウオオオオオォッとか、ヒイイイイィィッとか、まるで豚が引き攣ったような情けない悲鳴が上がる。
「今すぐ、その豚の鳴き真似をやめなければ、次は貴方がたがリリス嬢の二の舞いだ」
「……衛兵を呼んでも無駄と知って頂きたい、彼等とて自分の命が大事、この部屋の中の警護兵を初め、帝都の兵士は皆こちら側に恭順している」
「ごく弱い周波数を流し続けると、彼等は常に首に熱を感じる……この恐怖に打ち勝つのは難しいでしょう」
最初からこうしておけば良かったかもしれないが、企業本部の最重要機密事項だ。おいそれと権利は行使出来ない。
「さて、ようやっと真面に話が出来るようですが、貴方がたには何も期待していないのでプレスリリースの部分だけ賄って頂ければ否やはありません、勿論我々の傀儡として踊って頂きますが」
理解出来るかどうかは別として、彼等に現状の説明を試みた。
我々“ラーム・グァラパリ第一工廠”がなんの為にこんな辺境に出張って来ているのか……そして無能なデュッセルデバインの現体制が、前皇帝の血脈を根絶やしに粛清して仕舞ったが為に、最も肝心で重要な“ベナレス”への道が示されたロスト・パーツの在り処を知る者が、誰一人として居なくなって仕舞ったこと。
旧国ブラヴァンの正統なる末裔と言うアンネハイネなる娘の行方が今に至るまで、杳として知れぬこと。
ことは遥か以前に交わされた密約に関わるので、現地出先機関と連動してどうやら“ベッセンベニカ特殊製鋼防衛軍”が動き出したこと。
そして“撃墜王シューティングスター”と異名するミラン・ボールジーンが率いる第一宙挺部隊が間違いなく投入されること。
更には同じ原材料が生命線の“セイント・マーチン教団財閥”は広域戦略旅団“ノンアル・ユージン”を非公式にではあるが、既にこの星系に布陣し、万全の体制を築き上げつつあること。
つまりは、どうしようもなく無能で碌でなしな現在のデュッセルデバインでは、絶対に太刀打ち出来ない全宙域規模に関わる前代未聞な迄に重要な局面であること……彼等の豚の脳味噌では何処まで理解出来たか怪しいものだが、噛み砕いて説明差し上げた。
翌日、無能頭首のパーシバル・パシパエの自裁騒ぎがあったが、監視がこれを未然に防いだ。
今死なれては、元も子もない。
「なる程、超能力というのは俺達が使う理力に近いものがあるんだな、しかも全く魔力を必要としない……その源は精神力、その分発生効率も早い」
超能力について、メシアーズがあっちこっちの機密データベースをハッキングして来た成果を精査していた。しかしいずれも研究段階止まり、実用化されたと言う記録は無い。
してみれば、あのアンネハイネと言う娘だけが貴重な唯一の発現例なのか……遥か以前の旧ブラヴァン帝室にのみ、そのESPの系譜があったと言うことなのか?
過去遡行、時限魔術を行使するのは膨大な魔力を消費する。娘の意識にダイブして細胞レベルの記憶を分析するにも、其れなりに幾つかのリスクを伴う。
ここは矢張り始まりの星に辿り着くのが、答えの早道かもしれん。
メンバーの意見を訊いてみても、アンネハイネを今すぐどうこうする考えは無いようだったが、シンディはMEのリンク率が異常に高いこの子を、将来的に鍛えてみたい意向があるようだった。
「本人が皇族として国を治めると言えば、その時点でお別れだ」
「あまり肩入れし過ぎるな」
釘を刺しておかないと、どうもシンディは情に絆される。
「だが、いずれにしても“ラーム・グァラパリ”純正の汎用インターフェースなのは拙い、本人には訳を説明して今日にでもマクシミリアンに換装し直して貰ってくれ」
どうやら、あっちこっちの勢力が寄ってたかって抹消しようとしてるロスト・パーツにはサイコニュームの原産地域に至る道筋が示されているらしい……多分、アンネハイネが前皇帝から形見分けに下賜された宝剣がそれだろう。
サイコニュームは俺達も咽喉から手が出るほど欲している。いっそのこと原産地ごと簒奪しようかと思っちゃいるが、約束は約束だ。
条件を満たさずにあのおひい様から対価を取り上げるのは、ルールに反する。まずはブラヴァン皇国を取り巻くマイナス要素を一掃するのが先だな。
それにあの娘、記憶を封印してまで何か隠している秘密がある。
「それにしても、この“エレアノール商会”ってのは面白えな」
ブラヴァン皇国星系の現地各勢力の布陣を仔細に事前精査した、メシアーズの報告の中にあった映像を確認していた。
卓上タブレットが映し出す其れは、主恒星から離れたスペース・デブリか天体かも分からないようなアステロイドベルトに、特異な陣容の艦隊が隠れひそんでいる。
今回初めて実態を知ることになったが、異端的なのは企業内特殊案件請負機関と言うか、グループ内に存在を許された別系列組織だという点だ。
完全独立採算制、つまり親会社からの成功報酬だけで成り立っているし、得た利益で新しい装備の開発も行っている。
非合法工作機関としての先行投資で、先進的積極的に実用的な面白装備の開発と投入に力を入れているようだ。用度係の備品庫や武器格納庫には、他では見られない特殊装備が溢れていた。
「なんか取り入れられるアイディアとかあったか?」
威力や効率は改善の余地があっても、方向性や設計思想を真似出来るものがあれば流用してみたいと思える程、イノベーション的なガジェットにも似た面白味がある。
どのみち設計や製造方法の技術仔細データはまるごとダウンロード済みで、メシアーズが解析を掛けている最中だ。
創業者にして組織の設立者、今も自らトップ・コマンダーの地位に在るエレアノール・ディマジオと言う女の経歴が面白過ぎて、俄然興味が湧いていた。
戦利品というか盗み出して来たバーチャル・シガレットを口に咥えて吸い込むと、本物と寸分違わない煙草の味がする。煙を吸い込んでいる感覚が、錯覚とは思えない迄に肺と咽喉を満たす。
煙草は好い……煙草は俺を慰撫し、俺を裏切らない。
喫煙という悪癖は遥か過去の遺物になっちまったから、多分この世界のこの時代で煙草を心の底から欲しているのはたった一人だ。
だが幻覚のようなバーチャル・シガレットに、俺は心底惚れ込むことが出来るだろうか?
最初から偽物と分かっている代替え品に、俺は本当に満足出来るんだろうか……正直あまり自信がねえ。
じゃあバーチャル・セックスはどうなんだろう……如何に本物そっくりの快楽だろうと、こいつだって偽物は偽物だ。
一度カミーラに訊いてみたことがある。
「此方は身体の繋がりにはあまり執着しませぬが、気持ちの良さは今迄のどんなものにも勝ります」
「……発情メスのように、大層、興奮もいたします」
しかし考えてみると、こいつの特殊性癖はカンニバリズムも吃驚なとんでもスプラッターだから訊く相手を間違えたかもしれねえ。
「此方と交わるのは、それほど怖う御座いますか?」
最中に、血濡れた口許を拭おうともせずカミーラは問うてきた。
そりゃそうだ……
あそこを嚙み千切られるのは、途轍もない痛みと恐怖を伴う。
何度繰り返しても慣れると言うことは無い。
カミーラにとっては加虐趣味と被虐趣味が同時に味わえる夢のような行為かもしれねえが、相手をしなけりゃならねえ俺としては、猟奇的性癖がこれ以上エスカレートしないことを祈るばかりだ。
目眩を覚える程の淫靡で濃厚な愛液の匂いと、艶かしく濡れる金色の瞳、発情し切った雌の柔肌がフェロモンの混じった汗でヌメヌメと光るのが、これ程怖いと思えたことは無かった。
心配せずとも肉体の快楽は、一気呵成のもの……永遠に溺れる程の習慣性も執着も持ち合わせないだろうと言うことだった。
「56億7000万年の後に、誰もが貴方の名を畏怖を込めて呼ぶようになります、誰もが待ち望み焦がれていたその名を………黝き万能神“ソラン”と」
誰もが待ち望むねえ……俺は悪いこともして来たし、同時に他人に優しかったこともある。善いこともしながら悪いこともする、そう言う矛盾したのが人間てもんじゃないかと思う。
「俺みたいなチンピラが、神様なんて上等なもんになれるとは思わねえがな………」
「56億7000万年もあれば、神も成長すると言うものです」
一方、全く自分の快楽に真っ正直で悪びれねえのはネメシスだ。
バーチャル・セックスと言うツールを知って、正可の猿みたいにド嵌りして顧みねえ。
それが原因で、何回も痴話喧嘩みたいなことを繰り返してる。
「ヴァーチャルだから出来る、普通では味わえぬ興奮を得られるのはこの世界の恩恵……楽しまぬ手はなかろうて、こればかりは皆んなが溺れるのも分かる、安心してアヘれるしの」
「今日も桃色に発情し切った吾の柔肌を堪能してたもれ、なんならリアルで伽をしても良いのじゃぞ?」
「……お前、自分で言ってて恥ずかしくねえのかよ?」
「狂える邪神だああ? 復讐の女神ネメシスだとおお?」
「聞いて呆れるぜ!」
「大好きなケツ穴で妊娠させてえとか泣き叫ぶ痴態を親御さんに見せてやりたいぜ、この糞スケベなエロポンコツが!」
「お、お前こそ、その股間に下げておるのは鋼鉄の意思ではなく、鋼鉄のギンギンカチカチ勃起ペニスであろうっ!」
「いやらしいっ!」
「いやらしいとか、どの口が言う、その口で散々勃起ペニスとやらを舐め回して、口をザーメン臭くしていた癖に!」
「鼻の穴にザーメン流し込まれて、精子の匂い嗅ぎながら逝きたいとか、肛門からのザーメン噴射を見て欲しいとか、もう人間として終わってるよな」
「あぁ、人間じゃなくて“狂える肉便器”だったな」
「なっ、おまっ、そこまで言うか、吾達が恥を忍んでお前の相手をしてやっておると言うのに、もういい、お前とは絶好じゃあっ、金輪際話しかけるで無いぞっ!」
「ビヨンドの奴と違って、軽蔑されて泣くほど興奮したり喜ぶ性癖は吾にはないでな……ただ底無しのド淫乱でドスケベのド変態と言うだけじゃあああああっ」
「途切れなく喘ぎ散らかす変態逝きが大好きな、ブタ女というだけなんじゃあああああっ!」
後半叫びながら、バタバタと走り去った。
自分から底無し変態性欲を暴露して、どうしたいんだ?
ビヨンド教官は、嗜虐趣味が高じて最近は俺の目の前でNPC、ノンプレイ・キャラクターに寝取られるシチュエーションを好んだ。
寝取られに異常な拒否反応をする俺を見ると昂るらしい……まったく堪らないぜ、俺の反応が見たくて大勢に凌辱させるってんだから。
まあ、教官の異常な変態願望と言うか、人には知られたくない非常識な性癖の中では比較的マシな方だ。
何処まで業が深いんだか……ほんと、ヴァーチャルでよかったよ。
いや、よかねえのかな?
あぁ、これで暫くはネメシスの相手をしないで済む。何しろしつこいからな……いつ果てるとも分からねえ執拗な愛撫の奔流でこれでもかと揉み苦茶にされ、絞り尽くされるような変態セックスがネメシスの好みだった。天使のような美少女のギャップが半端じゃねえ。
あれこそメスの肉食獣か、人の精力をしゃぶり尽くす淫夢魔で、素で真面に相手をしていたらケツの穴の毛まで毟られちまう。
こいつだきゃあ、バーチャル・セックス、カモンで、諸手を挙げて受け入れた口だから、本物かどうかで悩むことはねえな。
運命に抗って藻掻く道を選んだが為に、無力で無能のままでいることは許されなかった。だがこんな形でも、こいつらと男と女の身体の関係になるのは忸怩たるもんがある。
俺は別に英雄になりたい訳でも、戦う相手を求めて彷徨ってる訳でもねえ……唯々、復讐がしてえだけなんだ。
だからここ迄俺に付き従って呉れたこいつらは、謂わば貴重な戦友……掛け替えがねえ。
そんな脇目も振らない、鋼のように強靭なメンタルのこいつらを、俺自身が貶めていい訳がねえ。
第一、幾ら擬似ハーレムとは言え、これじゃ俺が仇を討ち損ねたサイコパス勇者とやってることが何も変わらねえ……ドロシー達の変わり果てた姿が、頭をよぎる。
……キャミディ達一部の女の子が外部コンタクトやらを楽しんでるのも容認してるが、全ての通信ネットには揮発性タイプロガーや超遅効性或いは時間差浸透性ウィルスなどの侵入防御の為に、透明化フィルタリングを掛けてる。
実は覗いてる訳じゃねえが、インターセプトされコンバートされる通信は、モバイルフォーンの通話記録からタブレットやPCのネットの検索内容まで一部始終傍受している。つまり検閲してる。
無論バイパスされた恥ずかしい内容も丸見えだ。
あいつらも薄々分かっちゃいるとは思うが、いつかは公表しなくちゃならねえな。
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“エレアノール商会”は、廃棄された僕が一人で立ち上げた組織だ。
寄宿舎という名の非人道的な英才教育機関は、才能の無い者を篩に掛けていく投資コストを無視した育英方針だったから、振り落とされた者はB級品として競売に掛けられる。
就職先を斡旋して貰って、第二の人生をスタートする。
決して人身売買なんかじゃない。
だが、どちらにしろ弾き出された者は過当競争の敗残者だ。
そして僕は三回目の昇格試験でボールジーンに敗れた。
そして、そのとき僕を買って行ったのが、当時革新的な次世代ブースト策を模索していた“セイント・マーチン教団財閥”の広域戦略旅団ノンアル・ユージン傘下のシンク・タンクを母体とする、実験的新技術開発機関“ニュー・テストロイド”だった。
“ニュー・テストロイド”は面白い組織で、社会一般に広く門戸を開いている。例えば、次世代軍事技術で何々がしたい、手段は問わないがコストは費用対効果が見込める案が欲しい……と言った具合に、一般的技術産業の企業に広く公募を掛けるのだ。
選考委員会がこれはと言うものを見つければ、重役会にプレゼンテーションを掛ける。無事、将来が見込めると判定されれば、莫大な開発資金が援助された。
無論成功報酬はもっと凄いが、特許的技術だろうが何だろうが、権利は全て“セイント・マーチン教団財閥”が独占する。
この方法が驚異的なのは、そのスピードだ。
次から次に新技術が並行して実現化され、実戦投入されていく。
そんな特異な組織の中で普通に遣ってたんじゃ、頭角を現すのは難しい……僕は、僕を見捨てた強化デザイナーズ・チルドレンの寄宿舎と、僕を蹴落として寄宿舎に残ったボールジーンを見返して遣りたかったし、“ざまあ見ろ”と言って遣らねばならなかった。
試験競技に敗れたあの日のことを、僕は忘れない。
いつか見返すと誓った僕は、形振り構わず人体実験染みた改造も受け入れ、ドーピング染みた薬剤投与も繰り返した。
サイバネティクス体用の射撃制御用ソフト、汎用格闘術AからHまで、体幹整体式加速ソフトなどを無理矢理二重三重に多数読み込んでいる。サードパーティ製、中にはプロテクションを外さないと読み込めないような海賊版も含め、コンフリクトを起こさないようアンインストールと再インストールを試行錯誤した。
お蔭で僕の女性らしかった部分は大幅に削除され、以前の僕を知る人達が見ても僕とは分からない姿になって仕舞ったけれど、特に後悔はしていない。
ボールジーンが好きだと言って呉れたステロタイプのグラマー美人の面影は、もう微塵も無い。
最初は組織内の相互援助のような集まりだった。
技術畑にも開発課の研究畑にも、僕のように廃棄された似たような人材が“ニュー・テストロイド”には溢れていた。
横の繋がりが出来て、社の運営中枢に対して権利を主張するような従業員労働組合みたいなものを設立することになった。
言われるがままじゃなく自分達の職場環境を改善するには、経営層との交渉役が必要だってなったとき、僕が担ぎ出された。
その頃には僕はもう、自分の戦闘MEチームを作っていたし、はみ出しの半端者を集めて徒党を組むようになっていたから、完全実力主義の成果歩合オンリーで、企業内に非合法活動を請け負う別会社を立ち上げる構想を打ち出した。
メンバーには優秀な経理や庶務のエキスパートも居たから、瓢箪から駒でトントン拍子に企画は現実になった……その代わり仕事は選べないし、拒まない。
難易度に見合った、それ相応の報酬が支払われるだけだ。
それとは別に、死亡時の補償もあるから福利厚生はこちらの提示条件を吞んで貰った。
企業内特殊業務請負会社の社名は“エレアノール商会”と言う。
僕が便宜上、“ベッセンベニカ”の強化型デザイナーズ・チルドレンとして生まれ落ちたとき、識別用に振られた名前、エレアノール・ディマジオから取っている。
因みに正式な名称は認識票の識別コードで、13桁の数字だったりするからあまり人前では披露しない。
社名については、強力に牽引してきたトップ・オペレーターの地位に座する僕の我が儘を通させて貰った。
社の存続の為、例え暗殺だろうが大量虐殺だろうが厭わずに請け負って、社の存在価値を盤石にしてきた。
悪名でもいい。
勇名を馳せれば、僕を捨てた“ベッセンベニカ”の奴等にもエレアノールが、無視出来ない脅威として立ち塞がることを知らしめたい。
僕を捨てた連中に、僕は此処に居るよと言って遣りたかった。
中でも、仕方なかったとは言え、無慈悲に僕を蹴落としたボールジーンには、僕のその後を知って欲しかった。
“ベッセンベニカ”の寄宿舎では、あらゆる星域、あらゆる地方の礼節とか良識を叩き込まれる……潜入工作も出来る特殊任務要員として育てられる。
同時になんの躊躇いも無く、人を殺せるように仕込まれる……そんな同僚達と友情とか愛情が芽生える筈も無かったが、ボールジーンは僕にだけは優しかった。
格闘訓練で真剣勝負をしても、ライバルとして悔しがりはするが、怒りを伴う敵愾心は無かった。
三回目の昇格試験で対戦相手になる迄は………
今回の任務は、“ベッセンベニカ特殊製鋼防衛軍”の宇宙最強と呼び名も高いドミナス編隊を擁する第一宙挺部隊と敵対することが必然だった……この部隊の実質的な指揮を執っているのがミラン・ボールジーン、嘗ての僕が寄宿舎で唯一心を許していた朋輩だ。
直接対決出来る日が来るのが、待ち遠しかった。
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マッド・サイエンティスト、マクシミリアン・テオドールは、ネメシスに言わせると言語道断なまでに常識が無いらしい……ネメシスにそこまで言わしめるのは相当のもんだが、異世界への平行線を渡る実験に失敗して、怒り心頭のネメシスにボコボコにされていた。
とは言え、こいつには俺達が元居た世界に還ると言う命運が掛かっているので、粗略にゃあ出来ねえ。
「興味はねえが、謎に挑戦する学究の徒が少し羨ましくなることがある……俺なんざ殺したり壊したりするくれえしか能がなくて、その為に多くを失った割に未だに宿願を果たせねえでいる」
「貴方は我等を導く王だ、我等は付き従う……自分の不始末は自ら回収します、開発研究筆頭マクシミリアンの名に懸けて必ずや元の我等の世界に辿り着いてみせます」
話してみれば、結構常識的な奴だった。
実際、直接の上席者だったカミーラの昼夜のバイオリズムを解決したのがこいつだ……ノスフェラトウの元親として夜の時間に活性化するカミーラも、宇宙世界では天体の動きが一律じゃねえ。
マクシミリアンは“月光香”と言うアロマを造り出して貸与し、カミーラを常に最強の状態に賦活化することに成功していた。
他にも魔力の枯渇したこの世界で、万が一の安全装置としてパッシブ・インジェクションなるものを考案した。
旧浮遊城ウルディスで生成される魔素を回収し、魔核として圧縮されたそれは、ひとたび携帯者の身に危険が迫れば魔力を自動的に供給するよう調整されている。
今は、予備機も含め俺達の搭乗するME、“ナイトメア”に組み込まれている。
「お嬢ちゃん……アンネハイネのインターフェースは無害なものに交換してくれたか?」
「とどこおりなく」
「純正部品は、いつも通り廃棄処理にしました」
何度か、純正規格品から辿って“ラーム・グァラパリ第一工廠”のインターフェース管理サーバーに攻撃を試みたが、複雑なデコイに侵入を阻まれた。“ラーム・グァラパリ第一工廠”は自分達が供給する首筋の汎用インターフェースに、ある仕掛けをしている。
こいつを逆手に取る方法を考えて仕込みをしてるが、今のところまだ成功はしていない。
とりま、うちの施設に来る子供達からは危険な純正規格品は総て取り除くよう指示しているし、慣例になっている。
いつの間にか子供達を守りたいって思える程、俺は院長職に染まっちまったが、意外なことにマクシミリアンにもそんな想いがあると洩らされたのには、カミーラの陣営として永くを生きた魑魅魍魎の仲間にそんな人の心があるのが不思議に思えた。
「小生とて、無闇矢鱈と命を奪いたい訳ではありません」
そう言って、耳まで切れ上がった口の端を歪めて笑うマクシミリアンは、俺の眼にはこれ以上ない迄に不気味に映る。
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「吾なぞは永遠に都合のいい女……セフレで構わんのだがな」
ネメシスさんとアザレアさんが可成り際疾い内容の話をされているのですが、例の和定食コーナーで同席してしまった手前、席を立つ訳にもいかず、ただ空気と化して黙ってご飯を頬張っていました。
最初の逃亡生活でわたくしは庶民の食生活を身に付けました。人間食べられる時に食べておくことです。
お箸と言うカトラリーは、どうしてこう使いにくいのでしょう?
「愛を誓うなんて大それたことは、考えるのも許されるべきではないと思っています……思ってはいますが、わたくしだけの特別が欲しいと思ってしまうさもしさ、浅ましさが捨てられません」
アザレアさんは、月見うどんと言う麺料理の生卵をまるで親の仇のようにじっと喰い入るように見詰めていました。
「正妻の椅子が欲しいなら、自分で採りにいかんか?」
「吾等の仲でなんの遠慮が要る……馴れ合いなぞ無用ぞ」
デビル・レッドことネメシスさんは、発酵食品だと言う“納豆”なるものをお箸で掻き回しておられます……なんか、こう、腐ったような独特の匂いです。
「但しの、無限の性欲には無限の快楽が伴っておるのを忘れるな、吾等は誰もがソランの特別、普通じゃ無いからこそ得られる取っておきの快楽に染まっておる、皆等しく内臓を削るような無茶なセックスの虜じゃ、その中で勝ち名乗りを上げるのは至難の技と思え」
これは、わたくしこのまま聴いていていいものでしょうか?
「……のう、今度3Pでもせんか、大抵の浮世の悩みなぞ、快楽の前では塵芥と消える、同じケツ穴セックス中毒の感応の悦びに溺れる仲間ではないか?」
「ブフォッ」―――なっ、なっ、何を言い出すのでしょう、ネメシスさんはっ、お昼ご飯の話題には全然、まったく不適切過ぎます!
天麩羅付きお刺身定食がヘルシーだと言うので、お勧めに従った箱膳を頂いていたのですが、お味噌汁と言うスープはズルズル音を立てて吸うのが正しいマナーと教えられ、淑女としては多少抵抗があったものの、今また、口からお味噌汁を噴き出して仕舞ったのは生涯で一番の無作法でした!
「なっ、さすがにお前、味噌汁を噴き出すのは行儀が悪いぞ!」
「どうなさいました、噎せましたか?」
お二人が甲斐甲斐しく、わたくしが不調法にぶちまけてしまったお味噌汁の後始末をしてくださいます。
ジェンダー平等は各星域の条例に依って確実に保障されており、性差別撤廃の常識と共に、同時にまた性的マイノリティに対する理解も社会的に確実に進んでいます……同性愛者、バイセクシャル、サディズム、露出・浣腸・放尿・剃毛プレイ、スカトロジーや複数セックスなどの性愛行為を理由も無く忌避し、攻撃するのは、固く法律で禁止されています。
されてはいますが、だからと言って昼日中からケツ穴セックスなどと下品で猥褻な会話をするのは、淑女の嗜みにはありません!
「お前が濡れ濡れの股間を持て余し、ズコズコして呉れと懇願するさまも実際に見てみたいしのお、一緒に天国に逝かんか?」
ご自分の頬っぺたに付いたわたくしのお味噌汁の具のワカメと言う海藻を取り払いながら、ネメシスさんは何事も無かったように婦女子にあるまじき卑猥なお話を続けられます。
このっ、この天使のようなお顔でズコズコなんておっしゃられると肝が冷え、命が縮む思いがいたします。
心做しか冷や汗も出て来たように思えます。
「最近発見したが、快楽と苦痛は何処か似ておる……マゾでは無いぞ! 身体中を満たす法悦が連続で味わえる多幸感が最早苦痛に感じる程の痙攣オルガスムスを共有すれば、もっと凄い神逝きが見られるかもしれん、そうは思わんか?」
「同じ、理性をかなぐり捨てて歓喜の嬌声に狂う仲間じゃろ?」
セルフクリーニング装置が動き出す前に、台拭きのダスターでご自分の顔を拭われるネメシスさんは、例えそれが雑巾だろうととんと頓着しなさそうで、怖いです。
これは美味いぞと勧められ、鱧のフリットに万願寺唐辛子とやらで拵えたサルサソースとやらで和えたものを、お裾分けで頂きましたがまったく味なんてわかりません。
「耐え難い恥辱をもっと味わいたいと本心では思っている筈じゃ、破廉恥な妄想が具現化するバーチャル・セックスで自尊心と理性が崩壊する瞬間の開放感を知ったら、もう引き返せんじゃろ?」
「レズが出来るなら互いの鮑を舐めっこしても良いぞ?」
勘弁してください、何を言い出すのでしょう、この人はっ!
「尾籠なお話を聴かせて仕舞って、ご免なさい」
あぁ、アザレアさんが良識の人で良かった。
「わたくし達は皆同じ“快楽の奴隷”、幾ら更生したくても肉体の疼きに負けてしまう、真正雌豚の変態セックス大好き女なんです」
「こう見えて、意思薄弱で脳味噌お花畑な大馬鹿肉便器達の集まりなんですよ……アンネハイネ様からすれば嘸や眼を背けたくなるような下手物セックスを、日夜繰り返しております」
「皇族方の良識からは想像もつかない卑猥な言葉を連呼して、もっともっととせがむさま、白目を剥いた海老反り激逝きアクメの姿はもしかするとアンネハイネ様にはグロテスクでアブノーマルに過ぎるかもしれません」
貴女もですか!
いや、いや、いや、そんなお話、聴きたくありませんから!
「勿論、バーチャル・セックスの妄想の中でのお話ですが……」
「意外でしたか、訓練とは言えわたくし共がそれぞれの糞ビッチセックスに溺れているのが?」
「……それに3Pなんて、はしたない話ですが“シスたそ”様と互いのザーメンまみれになった痴態とドスケベな逝き顔を晒し合い、旦那様専用ケツ穴プジィから噴き出すザー汁を見せ合うなんてことは、想像するだけでも流石に恥ずかし過ぎて」
「辛抱出来なくなって仕舞いますもの」
「わたくしの濡れ濡れ変態プジィにズコンズコン挿れ捲られて、舌ベロを突き出した狂ったメスのアヘ顔を“シスたそ”様に目の前で見て頂くなんて、いけないことだとは分かっていても考えただけでゾクゾクしますわ」
ここは何処、わたくしは誰……と言った思いが駆け巡ります。
恥ずかし過ぎるのはわたくしの方です。
大体、年端もいかぬ小娘にそんなあからさまな殿方との秘め事を聞かされてもドキドキするどころか、口から心臓が飛び出そうです。
「わたくし達は、いえわたくしは元居た世界では乱交の経験者、罰当たりな過去を悔いる筈でした……“シスたそ”様のこだわりの無さが心の底から羨ましいです、懺悔する人を間違えました」
そこまで言うと、アザレアさんは改めてわたくしを真っ直ぐにお見詰めになりました。
「わたくしはね、アンネハイネさん、半ば洗脳された状態で望まぬ破瓜をしてから先、性愛の殆どが乱交と言う無残な体験を重ねて来ました……正気に戻ってからも、犯した禁忌に怯える牢獄の中に囚われ続ける程、罪の意識は絡みついています」
「今また、溜め込まれた過去を吐き出すように激しく交尾を重ねても、あの罪深い日々を忘れることは出来ません……また似たような、同じ深みに嵌っているような気がしています」
「抱かれることを夢見ていました……けれど、叶ってみればわたくしは姦婦としての姿を晒し続けています、きっとわたくしはあの方に相応しくありません」
科の贖いを望み汚れに苦しむアザレアさん、肉欲に溺れるアザレアさん、一体どちらが本当のアザレアさんなのだろう………?
「吾とて前世では、カナコと乱交パーティに行っておったぞ、気心の知れた仲間達と乱交するのはまた乙なもんじゃ」
「親友のカナコとも割れ目を舐め合った」
「十年来の親友と思っていた女と互いの秘裂を弄り合って、ヨガリ声を聴かせ合ったのには吾も興奮した、実に得難い経験じゃった」
「女とはの、皆すべからくエロ穴を濡らすイヤらしい生き物と決まっておる、百万年を生きた吾が得た結論じゃ!」
あぁ、もう好きにして呉れてイイですっ!
この人の倫理観はきっと世紀末を超越しています。
遂にお昼ご飯は咽喉を通らなくなりました。
唯々、困惑と混乱とも言えぬ素の動揺があるばかりです。
「こんな罰当たりな即物快楽の権化が旦那様のメンターだったなんて、現実が哀し過ぎて心が折れそうですよ」
え、今なんて?
「あぁ、“シスたそ”様は、永らく魂のみにて漂泊されていて、ご主人様に生霊として取り憑いていたことがあるんです」
「ズルいですよね、今でもご主人様の一挙手一投足が、離れていてさえ分かるらしいんです」
わたくしの僅かな疑問の気配を感じ取って説明くださるのは結構なのですが、では何故わたくしの未曾有の煩悶に気付いて頂けないのか不思議でなりません。
……それより生き霊って?
結局、お昼ご飯は満足に味わうことが出来ませんでした。
わたくしはアンネハイネ・アナハイム・ブラヴァン、自国の前皇帝に擁護され秘蔵された古代ブラヴァン王朝の正統なる末裔にして、皇国の継承者でした。
皇室側の誰一人として気付かなかった正可の謀反……排斥されることを嫌ったデュッセルデバインの一統が引き起こしたクーデターで、数ヶ月前に国を捨てざるを得なかった悲劇の皇女です。
逃亡生活の果てに流れ着いた孤児達が生活する特別養護施設で出会った謎の一団……女性が多いのが気にはなっていたのです。
蓋を開けてみれば、こんなにエッチな人達だなんて、わたくしはこのままここでお世話になって良いのか、一抹の不安を懐かざるを得ませんでした。
「………おいっ、……おおいっ、どうした上の空で?」
「食後の甘いものは、蕨餅と葛餅どっちが好いんじゃとさっきから訊いておるのに」
あぁ、現実逃避したくて意識が飛んでいたようです。
(会いたかったぞ、ボールジーンッ!)
エレアノール商会カード部隊の最新鋭ME、6腕……シックス・アームズ、自分達は“スパイダー”と呼んでいる謎の機体が突如として後方に出現したのをバックカメラが捉えた。
計器類には何の予兆も無かった。
敵機の右第一腕が、愛機の背中に接触する。
一瞬のことに防ぎようも無かったが、数少ない彼等の痕跡から予想された技術が本当なのだと知れる。音波の振動さえ伝わらないとされるベッセンベニカ・ナノハニカム多重装甲の外装を通して、接触した部分から音声を送り込んできた。
「エレアノール、お前なのか?」
通常短距離の亜空間飛行は、MEのような小さな機体では不可能とされてきた。余程精度の高い位置測定装置が必要で開発費用が膨大になると予想されたからだが、今の突然の出現の仕方を見た限り、エレアノール商会がこれを可能にしたと言う噂は真実のようだ。
バックを取られたままの不利を振り切ろうと、あらかじめ打ち込んである離脱運動5号のパターンでランダム回避を掛ける。
これ以上無い迄に瞬発的に発現した筈が、振り切れない!
ほんのちょっと触れているだけの筈の相手機の手の平は微動だにせず、相手のMEも僅かなブレさえも無く、まったく等速度で付いてくる……ちょっと信じられない技術だ!
(アハハッ、無駄、無駄)
(MEサブミッション術の制御ソフト、機甲化勁の派生技、応用プラグイン、“纏絲抽絲勁”だ!)
(うちの優秀なプログラミング開発部の特製だ、一度貼り付けば振り切ることは出来んぞ)
噂に聞いたこれはおそらく運動能力と言うより、空間固定技術の一種だろうと編隊の仲間達と以前から対応策を模索してはいた。
実際に受けてみれば、思い付いた総ての対策が子供の痴戯のように思えてくる。
(隊長っ、援護します、フォーメーションの指示を!)
3機の僚機が指示を求めてくる。
「近づくな! 巻き込まれないよう退避だ、周囲の敵機を警戒しつつ距離を取れっ!」
宙域パトロールの定時巡回飛行に、フィンガー・フォーと呼ばれる編隊で出ていたが、同時にドミナス編隊全機で45のコース設定を各方面に割り振っている。自分が居るチームが今日このコースを通るのを割り出したのは、可成り前から監視されていたと言うことか?
(フッ、安心しろ、今日は顔見せ程度の挨拶だ、今ここでシューティングスター様を葬る気は無いのさ)
(ちょっと一発、痛い目に遭って貰うだけだ)
拙い、この後の連携技も噂通りなら、浸透勁のような技がくる!
ブルヴァン恒星系の第五惑星トロヤ群近くを駐留ポイントに艦隊を停泊させている。この星域には利用出来る軍事ステーションが無い為に大型のドック・ステーションを態々曳航して来た。
地上の長期潜入班に連絡を取り、一度秘密裏に帝都の様子を見に降りた。窺った限りでは、クーデター後の民衆は、どちらかと言うと封建的な社会体制にはもう見切りを付けたいという意向の者が大部分のようだった。
領主に農民は年貢を納め、商人や職人は各種の所属ギルドに上納金を納めるのだが、そんな古臭く使い古された社会構造に齟齬が出ない筈がなかった。
従って現在の帝宮政治を引き継ごうとしている暫定政権は、特に歓迎されているという訳ではない様子だ。
帝都郊外に我々の現地潜入拠点はあった。
情勢の報告を受ける中で、矢張り“ベナレス”への道筋を示すとされたロスト・パーツの所在は未だ掴めておらず。消去法から、クーデターの晩から行方知れずになったままのアンネハイネと言う皇女が所持している可能性が高い。だが足取りは皆目不明だった。
あり得ないことだった。
通常、あらゆるところに電子的な記録が残るこの社会において、街頭監視カメラを初め、利用しなければならない筈の施設にも一切痕跡が無いらしい。国内に潜伏して居る可能性もゼロでは無いが、現地工作員が命懸けで盗聴した処に依れば、予想通り表立って前面に出て来たハンガーが率いた“ラーム・グァラパリ第一工廠特殊渉外係”が伝家の宝刀を使い、皇女のユニバーサル端子の製造コードを特定して探査を掛けた結果、惑星上には影も形も反応が無いと言うことだった。
我等の陣営では、防衛軍本部の別働隊がアンネハイネ皇女を追うべく情報収集を開始していた。
……ハンガーが、“ギロチン”を行使したとの報告も同時に聴いた。
“ラーム・グァラパリ第一工廠”の渉外係には許されている、自分達ナンバー無し以外の一般コネクティング端子を利用した秘密の粛清手段だが、自分達兵士は単にギロチンと呼んでいた。何処の勢力の宇宙軍関係者もそうだが、星域軍隊関係者のみにナンバー無しのユニバーサル端子が供給されている事実は絶対口外出来ないように二重三重に制約が掛けられている……これが外部に漏れれば、宇宙中がパニックに陥ることが必然だからだ。
6大複合勢力には、その他にも幾つかの不可侵条約が秘密裏に結ばれている。“ラーム・グァラパリ第一工廠”が他のコングロマリットに対して無差別に誰彼となく首を飛ばし始めたら、すぐさま報復戦が開始される。
それは互いの潰し合いを意味する。
例えば、我々“ベッセンベニカ特殊製鋼”は、自分達以外へのMEや軍艦の装甲の供給にあたり、接合部の特殊な形状の嵌合ボルトにこちらのコントロール下で分解可能な仕掛けを仕込んでいる。だが実際に行使された記録は、長い歴史の中でも過去数回ほどだ……宇宙史の教科書にも載る程の重大事件だが、真実は隠蔽されている。
それ程迄に6大複合勢力が互いを牽制し合う為には、雁字搦めのルールが存在していた。
だが逆説的に聞こえるかもしれないが、ルールさえ守っていれば自分達の利権拡大の為にはなんでも遣る……と言うのが6大複合勢力の在り方だ。おそらくエレアノール達も、親組織である“セイント・マーチン教団財閥”の広域戦略旅団からは、ロスト・パーツ奪還が第一義だが、他も静観せずに優位に立てる材料ならなんでも持ち帰れ……程度には指令を受けている筈だった。
だから警戒すべきは“ラーム・グァラパリ第一工廠”の特殊渉外係だけではなかった。“セイント・マーチン教団財閥”が、一時的に共同戦線を申し出てくる可能性は考えてみても極めて低く、決して利害が一致している訳ではない。
想定される突発事項に全て対処すべく行動作戦計画を立案し、表面上は威嚇的哨戒を繰り返すルーティンの任務に就いていた。
つまりは、自分達は他勢力の牽制の為に抑止力としての軍備を展示せよ、との当初の指令通り、巡回パトロールという名目の示威行為を順調に軌道に乗せていた。
―――選りにも選って、エレアノールと邂逅する今日までは。
「見縊ってくれるなよ、エレアノール、自分達もただ手を拱いていた訳ではないっ!」
闘う装置として造り出され、調整された自分は特殊エージェントとME乗りとしての宿命からは逃れられない。戦場から戦場へと転々とする人生だった。
多くのファイター・クラスと宙域戦士が抱いている使命感以上に、自分にはいつしか“流星”、シューティングスターと呼ばれるようになった矜恃とエース・パイロットとしての意地がある。
ナンバー・ワンの肩書きは、なってみれば思った以上に安くない。
おいそれと負ける訳にはいかなかった。
不可能と言われたベッセンベニカ・ナノハニカム特別装甲に振動を伝える技術は、おそらく微妙にずらされた位相次元に過大な振動を発生させて実次元に影響を及ぼしているのだろうと、専属の整備開発が断定した。
その攻撃を相殺する防御装置も実装してある。
真空空間に近い周囲に破裂音は伝わらず、閃光だけが一瞬モニターを白く染めた。同時に張り付いていたエレアノール機の、何をしても外れなかったハンド型マグネット・アンカーから解放されたのが見て取れた。
(驚いたな、ドライバー・インパクトにも対策済みか!)
接触は解かれた筈なのに、何故か音声が伝わってくる。
これは何かトランスミッターを残されたか?
(……矢張り一筋縄ではいかなかったね、あの頃と何も変わっていない、いつもは穏やかで優しい癖に、最後の最後は勝ちにこだわる)
(戦士として正しい資質だ、だがその為に僕は蹴落とされた)
「……恨んでいるのか?」
(当たり前じゃ無いかっ! なんの為に僕がここまで強くなったと思っているのさ、総てはボールジーン、君に仕返しする為さ!)
(今日はこれで退く……次に逢うときは、雌雄を決するよ)
出現したときに同じく、エレアノール機は唐突に消失していた。
あちら側の僚機が戦闘を記録していたようだったが、同じように既に反応は無い。
“エレアノール商会”のカード部隊は、超古代の占いカードとやらを模しているので78機の編隊から構成されている。
皆同じようになんの前触れも無く戦闘宙域に出現出来るのだとしたら、これ程厄介なことはない。
***************************
逝き過ぎて混濁するまでのエンドレスなエクスタシーに満足感があるかと言うと、実はよく分からない。
心から望んでいたソランとの法悦の交歓の筈なのに、何故なのか何処か心は虚だ。
ただ、息も絶え絶えになるあの無茶苦茶なセックスには生きている実感を感じてはいる。際限無く互いの唾液と体液を交換して、この身は激しく髪を振り乱して、痙攣の果て、本気で悶絶する。
本気逝きの姿をソランに晒すのはゾクゾクする刺激だったが、覚めてみればあまりの醜態に悲しいほど落ち込んだ。
毎回々々嬲っているのか、嬲られているのか分からなくなる程の無残なセックスへとエスカレートして仕舞う。
取り繕う余裕など最初から持ち合わせてはおらず、初っ端から激しく腰を律動させるのはいつもこの身の方だ。脳を焼かれるような粘膜の快感がいやでも刻まれる。背徳的な禁忌を味わい尽くすプレイに啼いて叫んで、もっともっとと喘ぎ捲る自分自身に興奮する。
涎を垂れ流し、あられも無く乱れる様を見て貰うことに興奮する。
彼の冒険者としての師であった立場上、羞恥心がまったく無いといえば嘘になる……だがそれも、興奮を更に刺激し倍化させる香辛料のようなものだ。
訓練なのだから自分の欲望に正直にと念を押された結果、目を覆いたくなるような無残な迄の下劣で、低俗で、異常な性倒錯をソランに知られて仕舞う……惨めだった。
快楽濡れの人生だった。
昔、死に別れた亭主に淫売の正体を明かして、なじられて激しく罵倒された。それを知っているから、ソランはこの身に何も言おうとはしない……それが尚更余計に、この身を煉獄の身悶えへと誘う。
あぁ、不甲斐無いこの身はまたもや同じ間違いを、再び繰り返して仕舞うのだろうか?
あの時と同じように不仕鱈な自分を、どうしようもなく許せないと恥じて仕舞うのだろうか?
所詮、自分はこんなものかと絶望したが、度重なるごとにソランに辟易されているかと思うと、少し寂しくはあった。
実際のこの身は行為の昂りから自分が口にする卑猥な言葉で、ソランの劣情を煽ろうとする淫らで卑しい女だ。愛するという心より、膣内射精の痴悦を求める肉体の欲望が勝ってしまうさもしい女なのだ。犯され、身体の中に押し入るソラン自身を求めてこれ以上ないまでに股間を広げるイヤらしい女なのだ。
日を追うごとに、この身の変態性欲は、嘗てないまでにエスカレートしていってる。
ただ“愛してる”と言って欲しいだけなのに、”気持ちいいかっ?”と何度も繰り返される逝き狂いの絶頂の中に叫んで仕舞う罰当たりの自分は本当に、最低の大馬鹿ものだ。
だが愛しいと思う心根以上に、間断無い馬鹿逝きエクスタシーを望んでしまうのもまた事実……分かってはいたが、これがこの身の女としての性なのだ。
前の晩のプレイを思い出していた……麻縄の亀甲縛りでギチギチにされ、ポニープレイの格好のまま、雄と雌、複数の獣人NPC達と擬似スワッピングで逝き続ける姿をソランの前に晒した。ソラン以外の摩羅汁と淫汁でドロドロになるのが最高に痺れた。
好いた男の目の前で他の男と女達と寝る淫らさが、ツンと鼻を衝く苦しくなる程の刺激で、頭が真っ白になり、身体の芯を焦がす。
実際、仮想現実での変態セックスの余韻に浸って年甲斐も無くセルフプレジャーをして仕舞うことがある。ブルブル痙攣して果てると、決まって悲しい程の罪悪感と自己嫌悪に捉われる。
軽蔑されればされる程興奮する、この身はどうしようもない駄目エロ女なのだ。
……した後には大抵、何処までも肉欲に支配される己れの身体を嘆いて、忍び泣いた。
最低の淫売と蔑まれるのが、この身には相応しい。
ブラヴァン帝国の帝都、ミナ・ブラヴァニアの郊外は職人ギルド・コミューンの住宅街が多い第78区に潜入していた。
人通りも疎らで、捕捉される監視カメラも少ない。
一般車に偽装した装甲特殊車両は、市街地の空中コインパーキングに置いてきた。
魔術やスキルの類いは使わずに、自動ソーティングする補正集音装置や無線LANやワイヤレス通信をキャッチする装備で(無論、対抗セキュリティ仕様だ)、ランダムに無数の情報を収集分析しながら、徒歩で移動していた。
乗り物を利用しないのは、いちいち痕跡を消去するのが面倒だからだが、透明化迷彩と磁場異常の兆候を感じさせない微弱な短距離転移を併用して行けば人目に付くことはなかった。
事前にメシアーズが解析したように、この星の住民の大勢は長く続いた封建制度に飼い馴らされ、搾取されて生きることに疑問を持たなくなって仕舞ったようだ。
少しでも上昇志向のある者、向上心の死んでいない者は移民制度などを利用して、国外に脱出しているようだ。才能ある者、遣る気のある者が居なくなれば、残されるのは従順な羊の群れかもしれない。
長く続いた社会制度が、自分達の環境に嫌気が差していても、それをくつがえそうとする気概を奪った。
それを知っても、あのアンネハイネと言う皇女は人民に対しての責務を果たそうとするのだろうか?
緑地調整外区の杜の端近くに、目的の店はあった。
楡の木陰に隠れ、メシアーズ支給の万能透視解析ゴーグルで事前に屋内の様子を窺ったが、ベトンのように頑丈な構造が地下深くまで続くベッセンベニカの現地活動拠点には、思った以上に要員は残っていなかった。実働部隊の現地潜入工作員は出払っているのだろう。
“セガール・バトラー”と言う弱小チェーンのME製造販売を営む零細メーカー直営店が、表向きの顔だった。
どうもベッセンベニカは、この業界最安値を売り物にする全星域展開の販売店舗を隠れ蓑にしているらしかった。この方面でのテクノロジーを独占する“アセア&クーカ開発”がシェアの大部分を握っている現状、その他の企業は数パーセントにも満たないらしいが。
地上のショールーム部分の、正面エントランスをくぐる。
「お邪魔します、先程アポイントしたジャック・オー・ランタンと申しますが、第一営業部の方にお目に掛かりたいのですが」
ジャック・オー・ランタンは、この身のこの世界で住民登録したれっきとした本名だ……身分は詐称だが。
顔を隠していた防毒マスクのような面頬を外すと、暫し反応が遅れたレセプションカウンターの受付嬢は、告げた部署に内線で来訪の確認を取って呉れようとした。
既にエントランス・ホールに仕掛けられた、8箇所の監視カメラはジャック済みだった。
対不審者排除の訓練をされているであろう受付嬢の動体視力を上回る速さで、彼女の首筋の後ろにある盆の窪のユニバーサル端子に、ごく小型のフラッシュメモリー状の装置を挿し込んだ。
これは相手を支配し、必要な思考と記憶野を読み取るものだ。
「重要機密データベースにアクセス出来る、一番近い端末に案内して欲しい、今すぐだ」
受付嬢の思考を読み取ると、この身が物凄い美人として認識されていて意外だった……美醜の価値観が多様化したこの世界でも、この身は美形の範疇だろうか?
先程のほんの僅かな受付嬢の遅滞は、その為だった……なんの冗談か、少なくともこの身に息を呑むほど感銘を受けたらしい。
セキュリティのある関門は、受付嬢の虹彩認証とIDカードでパスし、昇降装置で地下15階まで降りた。途中途中の監視カメラや記録装置の類いは都度、無効化していく。
録画される映像は、ループされた無人状態のものだ。
サブコントロール室だろうか、普段は使われない制御卓の並ぶ部屋に辿り着き、受付嬢と同じようにボタン電池のようなデータ吸い上げのトランスミッターを仕込む。
どうやら、答え合わせの正解を引いたようだ。
事前調査の通り、“ベッセンベニカ特殊製鋼”、“ラーム・グァラパリ第一工廠特殊渉外係”、“セイント・マーチン教団財閥広域戦略旅団ノンアル・ユージン”が探しているのは、“ベナレス”と呼ばれるサイコニューム原産地への道筋を示したとされる、所在不明になったロスト・パーツで間違いない。
ベッセンベニカは、最悪この星ごと隠蔽する為に、衛星軌道上に中性子榴弾をバラ撒く戦略攻撃衛星を多数配置した……これも、こちらの調査と合致する。
実際に当たって見ろと言うので赴いては来たが、何も彼もメシアーズが示唆した通りの結果だ。
“救世主の鎧”は本当に凄い……その神の如きAIは無限の拡張性を見せて、その可能性の片鱗を示した。そうでなければ、この高度なテクノロジー文明の裏を掻き、出し抜く……なんてことは誰一人として想像出来なかった筈だ。
自分の分身のような高度AIを幾つも創り出し、広大無辺な亜空間に無数の先進的な製造工場を生み出したり、絶対改竄不可能な筈の住民データベースに干渉し、偽の戸籍を造り出した。
この身達の肉体を改造し、必要な出撃ベースと6大複合勢力の影響を受けない独自の攻撃態勢の環境を提供し続けている。
エルピスの遺産は、この超高度な文明社会にあっても、その神をも畏れぬ奇跡の性能を遺憾なく発揮していた。
話に聞くヘドロック・セルダンの偉業が真実なら、鬼才、異能と呼ぶに相応しいが、全てのクローンを凌駕した唯一の良心たるエルピスこそが、それを上回り正しく神の領域に到達している。
そう言っても過言ではない。
養護施設のカウンセリングルームの担当医は、実のところ中身は複製AIの、義体化した実体アバターだ。この身と同じようにバーチャル・セックスに溺れ、姦淫の罪に思い悩むアザレアも悩み相談で定期的に通っているようだ。
……だがこの身は未だ、罪の告白が怖くてカウンセリングに掛かる踏ん切りが付かずにいた。愛する者の前で陵辱されることを自ら進んで望むなんて、絶対にこの身の心は病んでいる。
「明朝、06:00時を以って、本艦隊は“暁の重力レンズ”作戦を開始する、乗務員各位に第一厳戒態勢を発令っ!」
旗艦の作戦指令室から艦隊司令としての号令を掛ける。
場合によっては兵士達に命を捨てろと言わねばならない立場上、自分が艦隊司令とは、一般兵には明かしていない。
我が軍に措いては、上官の命令は絶対だ。非情の命令が自分達と顔見知りのボールジーンのものとは、彼等は知らない方がいい。
我々、第一宙挺部隊は、ドミナス編隊共々、エレアノール商会の出方を待たずに、先手を打つことに踏み切った。
作戦行動開始と共に全艦艇は係留宙域を発進し、エレアノール達、カード部隊のひそむアステロイドベルトを急襲する。
今回の作戦に必要な特殊シリンジなどの物資の補給は、途中で受けることにする。
事前にハンガーから打診があった。
“ラーム・グァラパリ第一工廠特殊渉外係”は、ブラヴァン帝国の陸軍と宇宙軍を既に掌握していた。
初めて顔を見るハンガーは、モニターの中、眼鏡ゴーグルのようなサングラスで目許を覆っていた。
彼は、共同戦線を提案した。ロスト・パーツの回収が急務だが、エレアノール商会は両陣営にとっても目の上のたん瘤……邪魔な障害を先に取り除かないかと持ち掛けてきた。
意外な申し出だったが、敵の敵は味方と言う訳で騙し討ちの可能性が無い証拠を提示するまで胸襟を開いて見せた。端から信用は出来ないが、現状では共闘も可能と判断した。
その先は分からないが、今の時点で利害は一致している。自分はすぐさま中央本部に連絡して共闘の良否を仰いだが、既に上層部同士で話は付いていた。
斯くしてイングマル・ブラヴァン帝立宇宙軍の軍勢もまた、自分達の盾役としてアステロイド帯を目指して集結しつつあった。
ハンガーと言う一人の男に命運を握られた近衛騎士のファイター・クラス達は、官給品のユニバーサル端子が持つ恐るべき真の意味合いを知り、破れかぶれだった。実に卑劣な督戦効果だ。
死に物狂いで戦わなければ、否が応でも死ぬという絶体絶命の状況に、おそらく空前絶後のストレスを感じてはいても、退くと言うことは許されなかった。
己れの首が飛ぶ恐怖と向き合いながら、従軍乗務に従事するプレッシャーは如何ばかりか、想像するに難くない。
装備部に各種シリンジ・メソッドの備蓄を急がせた。
自分が率いるドミナス編隊無敵の中核を為すものだ。
ドミナス編隊第5世代の主力MEは、“ジョブ・チェンジ”ヴァージョンⅦと呼ばれるもので、作戦内容により、その性能を極振り出来る機能がある。
各関節駆動部やサポート・システムは各種機能に対応出来るよう設計されているので多少肥大化しているが、許容の範囲内だ。
ボルトインするシリンジ・メソッドに依って自分達のMEは、その性格や戦闘スタイルを大きく変えることが出来る。
高速戦闘がより優位と思われる任務には、摩擦係数をゼロにする電磁潤滑を励起し、神経伝達を電子的に加速するシリンジ・メソッドを装填して出撃するし、催淫波攻撃がより有効と判断される場面ではそれ専用の強力なシリンジ・メソッドを用いる。
唯、シリンジ・メソッドは使い捨ての為、その製造費用が高額過ぎて実戦配備されているのは、今のところ自分達ドミナス編隊だけだ。
それが、予算を湯水の如く使い捨てる我々ドミナス編隊が銀河最強に君臨する由縁だ。
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「背徳的なセックス……最高じゃろ?」
あぁ、またこのパターンですかっ!
なんかデジャブを見ているような気がいたします。
「何を思い悩む、我等は一蓮托生、運命共同体じゃ、この命尽き果つるまで付き従うと誓った仲間じゃろうっ!」
「スザンナも吾も同じ穴の狢、一皮剥けば唯のアブノーマルで下衆な本能丸出しのヤリマン雌豚じゃった……ではいかんか?」
「吾なぞは、己れがクズの転生者と認めるのに吝かではないぞ?」
養護施設を飛び立った超巨大要塞戦艦は、巡航速度で亜空間航行に入ろうとしていました。
先程ブリーフィング・ルームで事前の電撃突入作戦とやらの説明を受けていましたが、経験値の少ないわたくしの為に空間戦闘のシュミレーションが課せられました。
降下作戦中、実際はタンデムシートに改装されたシンディさんの機体に同乗させて頂くのですが、実戦経験の少ない者ではいざと言うとき役に立たない……と言った思想が彼等の根底にあるようです。
シュミレーション施設に向かう移動装置の中でデビル・レッドことネメシスさんがアザレアさんに話し掛けていました。ケージと呼ばれる移動装置は立ったまま乗る、専用移動チューブを上下と水平に高速で走る、箱のような艦内の乗り物です。非常時に備えて、内側はクッション構造が張り巡らされていました。
指導教官にお二人の名が上がったところで、何故か悪い予感がしていたのです。
「たかがお茶目な破廉恥インモラルセックスだろう、何故そんなに自分を卑下せねばならぬのだ、舌ベロを突き出して頭がおかしくなるほどのグチャ逝きに、底無しスケベな自分の変態道を極めるぐらいの気概と心構えでいかんか?」
「淫らな思いを口にすれば、もっと愛が深まるかもしれぬぞ?」
「大体、女房が亭主を満足させられんでどうする!」
「女房が亭主と逝き狂って何が悪いっ!」
「……“シスたそ”様、アンネハイネ様が困っておられますよ」
「幻滅しますよね、でも大人になればアンネハイネ様にも分かるようになりますよ」
気遣うようにわたくしを振り替えられたアザレアさんが、儚そうに微笑まれました。
「お主とてスケベなことは好きじゃろう?」
「その歳になればそろそろバーチャル・セックスの洗礼を受けていてもおかしくなかろ……まさか皇族はそのような下世話なことはせぬとは言うまいの?」
「女として性的興奮はせぬと言うのか?」
逆にネメシス様は、ニヤニヤと意地悪そうな笑顔でわたくしにずいっと迫って来られました。
近い、顔が近いですっ!
その見るからに心根と一致しない、純粋無垢でこの世のものとも思えない美少女のお顔とお声は、さながら天使のようで近付かれると本当に上品な匂いさえ感じられて、気が遠くなりそうです。
「いえっ、わたくしはまだ“帯ときの儀”は済ませておりません!」
わたくしは遅い方でしたが皇室では初潮を迎える時期、男子なら精通のあった後に、バーチャル・セックスへのファーストダイブが慣例になっております。
急に矛先を向けられて、変に回答に力が入って仕舞いました。
「……そう力まんでも良いが、吾等がこちらの世界に来てびっくらこいたのは、人類総出で変態セックスに興じておったことじゃ、まあ仮想現実空間での話じゃがの」
「吾等の世界にも一夫多妻制の国や種族もあったようじゃが、このような妊娠や倫理観から解放された輪姦、乱交上等の道徳観の世界は考えられなかった……誰彼構わず盛れる好い環境じゃ」
「絶賛発情中の色魔共が皆するバーチャル・セックスなるものを、吾等もしてみとうなったのじゃ、まっ、名目上は訓練じゃがの」
「じゃと言うのにアザレアなぞはの、想いを遂げたは良いが元居た世界で様々な禁忌を犯してしまったと、ソランとの交合に最初は臆しておった、今も賢者タイムでは自分の乱れようが恥ずかしくも浅ましいと落ち込む始末じゃ」
わたくしのような部外者が、こんなプライベートなお話を聴いて仕舞って良いものでしょうか?
「こちらの世界の住人が、発狂する程の興奮を求めて、皆右へ倣えで究極の禁断行為と背徳感に染まる快楽を、飽くなき迄に貪欲に追求する姿を備に見させて頂き、朱に染まるのも悪くないかなと思えるようになりました」
「しているときは、快感汁で我れを忘れるようになりました」
「ご主人様のザーメン珍棒で貫かれるあの空間でなら、わたくしは淫らでどうしようもない自分を許せるのです」
観念したように、ご自分の性行為への淫靡な思いを口にされるのはアザレアさんの偽らざる本心のようです。
そして、そのことを恥じている気配が犇々と伝わってきます。
何故素面なのに下ネタ全開なのかは首を傾げますが………
「頭の中がドロドロでぐちゃぐちゃになる快楽が堪らなく好きな女同士が互いのセックス自慢をする、卑猥な想像をするだけで辛抱出来ぬほど興奮して仕舞う儂等、肉棒をしゃぶるのが生き甲斐な吾等にそんな関係があっても不思議じゃなかろ?」
「本気で繋がり合いたいのなら、もっと素直に、もっと淫らになってもバチは当たらんて」
アザレアさんがわたくしを見て、少し逡巡なさっておいででした。
「では、こう問いましょう」
「嘗てアンダーソン様は、決してわたくし達を抱こうとはされませんでした、わたくし達の引くに引けない恋慕を哀れに思って渋々その気になられる迄は、ずっと娼館の女達を相手にされていた筈です……それが何故なのか、“シスたそ”様は、ご存知の筈でしょう?」
「………主ら、汚したくない大切な者を守る為、そう思う気持ちの方が勝っていた」
「知っていらっしゃいながら、何故それ程迄に享楽的な振りを為されるのですか?」
「ふっ、奴の負担を減らす為じゃ……あやつの中での吾等の立ち位置は掛け替えの無い仲間、失うぐらいなら命を懸ける筈」
「じゃがそれ以上に愛しいと想う気持ちが芽生えたらなんとする」
暫く考え込む気配が、アザレアさんに感じられました。
「あやつの考え方を一番良く知っておる吾が断言する、あやつは例え世界を滅ぼしてでも守りたいと思ったものを守り通す筈じゃ」
「豈夫ですよね?」
「吾等が付き従う者が誰じゃと思うておるっ!」
「あやつが、前に突き進むこと以外、考えておらぬは宣告承知しておろう、あやつの頭には撤退などと言うぬるい二文字は無いっ!」
「もし引き下がることを選択することがあるとすれば、己れの目的より他を優先する時……それこそ在ってはならぬわ」
「あやつにとっての吾等は恋女房であってはならぬ、精々が互いを罵り合う戦友……そんな関係が望ましいと思うておる」
「奴が判断を鈍らせる重荷になってはならぬ」
「……でもネメシス様とて想いは同じ筈、皆同じです、身も心も捧げ尽くしている、違いますか?」
アザレアさんの問い掛けに、ネメシスさんはニッコリ笑って答えられました。
「転生者がクズだった……それでよい」
あぁ、これがきっと真実なのですね。
良く見聞きしていてさえ、真実はとても分かりにくい。
皆さんが……この方達が、如何に互いを信頼しているのか、並々ならぬ絆を垣間見る思いがいたしました。
おそらく上っ面だけを見ていれば、到底、余人には窺い知れぬ境地でしょう。“同胞”、そんな言葉が頭を掠め、浮かんで消えました。
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ラーム・グァラパリの特殊渉外係トップオペレーターにして、実質的な影のリーダー……今迄表舞台に出てくることは殆ど無かったハンガーが我々の艦隊を訪れた。
シューティングスターの異名を持つエース・パイロットをその目で確かめたかったと、開口一番告げられた。
情報や意思の疎通の遣り取りは軍事用公開回線で可能だったにもかかわらず、一度陣容を確認したかったと最初は打診してきたハンガーは少ない部下を引き連れただけで乗艦してきた。
保安検査でも普通にボディ・スキャナーを受けていたし、何か怪しげな動きをする素振りも見せなかったが、流石に全銀河系的要注意人物だけあって、纏う雰囲気は尋常じゃなかった。
顔バレするのもお構いなしにサングラスを外していたが、一説に拠ると随分以前から全身義体化組らしいので、顔はいつでも交換可能なのかもしれない。
「うむ、作戦内容に齟齬は無いように思われます、貴殿の奮闘を期待します……我が方の侵攻作戦の失敗の尻拭いに付き合って貰って申し訳ないと思っている」
「わたくしハンガーの権限において、行方を捜索中のロスト・パーツ並びにそれを所持していると思われるアンネハイネ皇女の所在が知れ次第、情報を提供しよう」
「それから先、袂を分つまでは我等は友好関係にあることを約束する……これが一時休戦の協定書だ」
そう言ってペーパー型の薄型タブレットを渡してきた。
特にハード的にもソフト的にも何も仕込まれていないのは、事前にセキュリティ・チェックで精査済みだ。
昨日の敵は今日の友と言う訳か、任務の為には幾らでも極悪非道になれると噂されるハンガーだったが、意外と侠気のある奴なのかもしれない。表向きは、我々ベッセンベニカも報道機関に声明を公表してはいない……思ったよりも、随分と律儀な男のようだ。
覆面司令官を続ける必要上、入室制限のある司令室の艦橋から見送るしかなかったが、過分な迄に随分とあちらさんは自分を買ってくれているようだった。
現在、作戦に必要な武器弾薬の補充待ち状態だが、督促軍事輸送船の到着次第、予定通りのレベル1戦闘状態を開始することを確約し、丁重にお帰り頂いた。
後続の移動型兵站基地からの物資補給が間に合った。
重力レンズ作戦の要、連携してウェーブする重力波を発生させる高速移動可能な小型の独立した、屈折だけを目的とした機動装置……部隊内では単に“レンズ”と呼ばれているもので、コントロール装置のMEボルトインタイプのシリンジ・メソッドとセットになっている。
こいつは相手方の光学系探知、重力波解析の探知、放射線ひずみ解析探知、電磁波電子探査、有りと有らゆる主力の探知システムを強力な擬似重力場で屈曲して見せる。
コントロールシステムと、“レンズ”の効果で屈折してしまった相手の位置を補正して伝える電算装置が対のシリンジ・メソッドに組み込まれている。
これによりこちらの攻撃が相手には届くが、相手方はこちらの正確な位置を誤認して仕舞う状況が出来上がる。
艦隊からの、歪曲射に依る艦砲射撃も可能だ。
大量の粒子機雷も入手した。
これはブラヴァン宇宙軍に散布させる予定のものだ。
至急物資コンテナを艦船キャリアに積み直しさせ、光速の短距離転移ワープ航宙中補給輸送艦を急ぎ手配する。
(コールミー・バック最優先っ……司令、本部から緊急入電です)
(この回線で、その呼称は使うなと言ってあるだろう……繋いでくれ、回線セキュリティ最高レベルだ)
(はっ、申し訳ありません、お繋ぎします)
艦隊司令室の通信担当、バスティアン大佐は自分より階級は上だが少し軍人として粗忽な部分がある。評議会内部鑑査室の評価は特Aなので、司令官権限として迂闊に告発も出来ない。
目下の悩みの種だった。
本部からの連絡は、作戦承認だった。
ゴー・サインは出た。
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「……と、まぁ、クーデターの扇動に乗った憂国の士は志し半ばに矢尽き、刀折れる仕儀に相成ったと」
「残ったのは甘い利権にあり付こうとする鼻持ちならない連中だ、今どき貴族としての特権階級の既得権益が通用すると思っている辺りは、時代錯誤も甚だしい」
「一方人心は麻の如く乱れず、ただ粛々と国の頭が入れ替わるのを見守っていただけだ」
「奴等にとっての興味は税金が軽くなるか、重くなるかだけで、古き皇族の純粋なる血脈など、何処吹く風だ」
「飼い慣らされた羊には、人としてのメンタルもガッツも、欠片も残っちゃいねえ」
超指向性のデジタル圧縮光信号で、“セガール・バトラー”とか言うベッセンベニカ現地拠点から直接吸い出した情報と、ビヨンド教官が足で稼いだ現在の皇国の市場調査、並びに世論のレポートは自動でタブレット共有出来ていたが、間もなく帰艦したビヨンド教官からも直接、報告して貰った。
ミーティングルームにアンネハイネも同席させてあまり芳しくない現状を知って貰ったが、愛国心の塊のような彼女には、祖国を捨てる覚悟はまだ付かないようだった。
まぁ、自分が生まれ育った国だ。おいそれと見捨てることも出来なかろう……だが、いよいよとなれば、どちらを取るか覚悟を決めて貰う、とだけは告げた。
「無論、教育が足りてねえとか、そんな類いの話じゃねえ」
「要するに今となってはお前のことを、誰も知らない……忘れ去られた皇女だ」
「お前を大切に擁護していた勢力は、今回の災禍でほぼ死に絶えちまったから、生き残った貴族連中や帝政官僚達には、お前が直系の血筋と知る者は少ない筈だ……身の安全の為と正体を秘匿してきたことが、却って裏目に出ちまったな」
「動乱の帝都から脱出して一年も経っちゃいないってのに、今では完全なアウェイだ」
それでも――君臨する者の責務とか、無念のうちに弑された皇帝が理想とした為政者の在り方を引き継ぐ使命とか、無名のまま非業の死を遂げた母親の無念とか、引くに引けない理由があると国を追われた悲劇の皇女は言った。
「わたくしが即位し、古きブラヴァン皇国の栄光を盤石のあるべき姿として取り戻すのが、亡き皇帝の野望でした」
「権力に執着する者共の凌ぎ合いに、下克上、政権交代に付き物の淘汰が如何に世の習いとは言え、竟えていった者達の弔いを願って仕舞うのは、いけないことでしょうか?」
「それに、わたくしには民を治める義務があります」
「義務? 権利ではなく、義務だと言うのか?」
「……はい」
「誰一人として、お前の統治を望んでないとしても?」
「……はい」
頑固な娘だった……そいつが、自己陶酔じゃなけりゃいいがな。
思い込みの激しいところは皇女教育の賜物かもしれねえ。
偵察飛行の小アルカナ隊、“ペンタクル”機からの第一報で異変が知れた。ブラヴァン帝立宇宙軍と思われる艦隊がこちらに迫っている。
やられた……ボールジーンに先手を取られた。
だがこちらとて、いつでも出撃出来る体制を整えている。後の先をものにするポテンシャルは充分に溜まっている。
「全艦にスクランブル発進の通達を出せっ、カウンター・アタック6号フォーメーションだっ!」
「相手の出鼻を挫いてやる……全艦艇、遅れるなっ!」
「カード部隊全機は、最短インターバルで発艦、大アルカナ編隊ごとに迎撃態勢を取る」
旗艦の戦略執務室の片隅の機密ハッチの遮蔽を開け、緊急搭乗装置に通じるスクランブル・ムービングチューブに飛び込む。
副官達以下が続く。
当て馬のブラヴァンの艦隊を前面に押し出して、こちらの消耗を目論んでいるんだろうが、そうは問屋が卸さない。
ボールジーンに一泡吹かせなければ、僕の今迄がなんだったのか分からなくなる……女である自分を捨ててまで、意趣返しに人生を掛けた意味が無くなる。
「発艦と同時にブラヴァン軍の後方に短距離ワープを掛ける、各機とも相互位置確保システムのレベルを常にモニターしつつ散開っ」
「殲滅戦4号作戦を決行するっ!」
愛機のシックス・アームズのシートに滑り込むと、先行する副官の“ハングマン”機から緊急通信が入る。
小型の通信モニターには、遮光バイザー越しにも分かるほど真っ青な“ハングマン”こと、ニコルズ伍長が慌てふためいている。
(商会長、罠ですっ、見方機がワープ先で次々と沈んでいきます)
なんだとぉっ! 一体、何が起きている!
モニターの中のハングマンは更に言いつのろうとしたが、ノイズにかき消される……そして代わりに映し出されるのは、懐かしいボールジーンの顔だった。
(エレアノール、他軍の回線に割り込めるのは君達の専売特許じゃない……ブラヴァンの軍艇には、粒子機雷を散布して貰った)
(情報は漏れてないと思うが、こいつは亜空間飛行のワープ波に反応して圧縮されていた質量を開放する……約10億倍に膨れ上がる)
それは明らかに、僕達の短距離ワープ戦闘に対向する為、開発したと言うことかっ!
(ごく希薄な星間物質を装っているので、宇宙塵よりも更に小さい粒子状のものだ……肉眼で捕えるのも難しいだろう)
(だが一旦ワープ波を感知すると、亜空間から周囲を押し除けワープしてくる物体が実体化する正にその瞬間、組成の隙間に潜り込んだ素子は無視出来ない大きさに、瞬時に膨れ上がると言う訳だ)
(ベッセンベニカ製外骨格装甲、動力炉コクーン他の隔壁、駆動系の支持架以外は大ダメージを受ける、無論パイロットも)
「遣って呉れるな、ボールジーン……僕も、奥の手を出さざるを得ないようだね」
ここ迄追い詰められるとは思っていなかっただけに、まだ実戦投入には時期尚早と思っていたが、仕方ない。
「コンバット指揮指令室っ、“ビッグ・ハンド”を出す!」
「操縦室のウォームアップを急がせろ、5分だっ!」
「5分で稼働可能にしろ」
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
「艦隊司令、来ますっ!」
「艦籍識別コードありません、何か未知の艦艇です!」
監視探査の担当官が喚起するまでも無く、モニターで見えている異様な代物は、驚異的な速度でこちらに向かって来る。
乗艦の超望遠カメラが捉えた登録外のフリゲート艦級の軍艦は、大きさこそ違っているが、先日見たエレアノール達の乗機……彼女達が“6腕”、シックス・アームズと呼んでいたMEにフォルムがそっくりだ……観測した商会の艦船には確認出来ていないから、係留基地のような移動型ドックに隠してあったのか?
「後方より、もう一隻来ます……これはっ!」
「変形ですっ、通常の船舶フォルムから、MEの形状に変形して行ってます!」
……なんと、フリゲート艦に偽装されたボディは、折り畳まれていた四肢を、いや多腕マニュピレーターの6本腕を入れると八肢だが、巨大なME状の形態に変形しつつ2機目が続いていた。
変形するMEは珍しい訳ではないが、これ程の常識外の大きさは初めてだ。こんなのが何機も続くのだろうか?
通常、MEは大きくなればなる程、体表面積も大きくなる。これの触覚機能を補う為の補助電子脳が必要になるから、ある一定の大きさ以上に建造することは無理とされてきた。
これ程の非常識な大きさの、搭乗型高速戦闘兵器には何か善からぬ秘密が隠されている……直感的に、そんな忌避感を抱いた。
「出るぞ、シューティングスターの名に懸けて、遅れを取る訳にはいかない………」
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
“ビッグ・ハンド”は、我がエレアノール商会の威信を賭けた開発プロジェクトだ。フリゲート級の艦艇に匹敵するボディを操縦するのは通常では絶対無理だ。
だが、それが可能なら対高速戦闘に措いてほぼ無敵と言っていい。
出力の差だけ見ても、パワーが桁違いだからだ。
有志を募った。
エレアノール商会の更なる躍進の礎になる為に、補助電子脳の代わりに我が身を犠牲にしても構わないと言う僕の心酔者達だ。
元々がエレアノール商会は“ニュー・テストロイド”でもはみ出し者達の集まりだ……頭の螺子が2、3本飛んでる奴等も多い。
世の中を引っ掻き回せるなら、喜んで身を投げ出すと言った連中も少なくない。
斯くして“ビッグ・ハンド”プロジェクトには、操縦者一人に対して頭脳だけの部品に成り果てた5名分の非人道的なサポート・パーツが組み込まれている。
倫理に反することなど分かっている。
部下を部品として使い潰す僕は、きっと手酷い竹箆返しを喰う。
真面じゃない末路も覚悟の上だ。
短距離ワープがネックなら、駆動フルブーストで速度と距離を稼ぐだけだ。ブラヴァン帝立宇宙軍の艦隊を蹴散らしながら、前方掃射で粒子機雷とやらを抹消する。
ボールジーンの居る艦隊を目指して、後に続く第二副官“チャリオット”の搭乗するビッグ・ハンド2を待たずに先行する。
力任せに剛性のある光子ビームを乱射する。
当たれば軍艦だろうがMEだろうが、破壊は出来ずともただでは済まない衝撃を与えるパワーを秘めている……エレアノール商会特性、特大螺旋加圧式のビーム弾だ。
(……聴こえるか、エレアノール)
「フヒッ、もう僕の手に掛かって死になよっ」
「それで僕の宿願は果たせるから……大人しく死んで呉れるよね、ボールジーン?」
どうやらあっちから出てきたようだ。
戦闘域の俯瞰用モニターで、何処に居るのかボールジーンの機体を特定する。居た、前方斜め右上1時方向だ。
(全銀河ナンバーワンのタイトル・ホルダーが伊達や酔狂じゃないことを、今から証明してみせる)
ボールジーン機を狙って主砲を含む7箇所の銃座から、パルス弾をフル掃射するが当たらない。
躱し続けるスピードは驚異的だ。
(自分達ドミナス編隊のMEは、ジョブチェンジ・タイプ……つまり機能特化をカスタマイズ出来る)
(切り替えるにはシリンジ・メソッドと言う、使い捨てのオプション・パーツをスロットに装填し直すだけだ)
真しやかに囁かれる業界七不思議は、どうやら本当らしい。
ドミナス編隊はコスト度外視の結果最優先……嘗て核弾頭ブリットを1分間に10万発ばら撒いたとの伝説が残っている。
(自分の機体には、この専用スロットがふたつある……ひとつは加速用のシリンジ・メソッドが挿入されている、自分達は神話にある翼の生えた黄金のサンダルを模して、“タラリア”と呼んでいる)
(もうひとつのスロットが自分の切り札、リンク率向上装置だ)
ボールジーンのMEに比べて、僕のビッグハンドは約200倍程の大きさがある。推進力も機動力もこちらが上だ。
だが、目にも留まらず素早く動き回るボールジーンを捕えることは出来なかった。
(どんどんME制御システムとのリンク率を上げていくと、自分の機体だけでなく、他の機体にリンクが可能になる)
(つまり、敵機の機体を乗っ取ることが出来る……今のところ精神への負荷がきつくて自分にしか操れない、エースとしての切り札だ)
「ブラフだっ、長々解説する暇があったら僕の機体を有無を言わせず乗っ取ればいい!」
(誰がお前の機体を乗っ取ると言った?)
(総裁っ、商会長っ!)
(ビッグ・ハンドのコントロールが出来ません!)
後続のビッグ・ハンド2の操縦者、“チャリオット”からだった。
***************************
現地到着まで30分を切って、出撃要員は各自、装備点検に入る。
パイロットスーツ装着のエリアに向かうと、シンディが金魚の糞のように着いてきた。
装着ブースの並ぶ区画に入っても何を浮かれているのか、スキップしそうなルンルン気分に見えた。
「決戦の前でしょ?」
「気持ちが昂るの……だからいいよね?」
自動でパイロットスーツのエネルギー充填と不足備品の補填をする調整室のインジェクション・ポッドに飛び込んで来たシンディが唐突に抱きついてきた。
行成りのことに普段の俺ならこんなドジは踏まない筈が、何故か油断して躱すことが出来なかった。だから武者振り付くような口付けも許してしまう。
「プハァッ」
まるで水中から浮かび上がったように、勢いよく酸素を求めてシンディは口を離す。
俺の口の中にベロを突っ込んで、バーチャル・セックスと同じように執拗に舌を絡ませ、口腔を舐るようにヌメヌメと動かして見せた。
16の女の子のキスじゃない。
唇を話した後に、怪訝そうな表情を見せた。
どこか納得いかないと言った、まるっきし拍子抜けの風情だ。
そりゃあそうだろう……訓練で使う催淫波は媚薬効果があるばかりか、身体中の性感帯を増感させる。おまけにβ-エンドルフィンやオキシトシン、セロトニン、脳内ドーパミンなどの多幸感ホルモンをドバドバ強制的に分泌させる恐ろしいものなんだ。
とてもじゃないが、生身のキスとは次元が違う。
「本物のキスが思った程じゃなくて、意外だったか?」
そう言えばこいつは、VRでしか性体験が無かったんだった。
比較出来るものを持っていない。
不測の事態は続くもんで、何故か無言無表情、鉄面皮のネメシス、アザレアさん、ビヨンド教官までが狭いポッド内に押し寄せて来たと思ったら、有無を言わせぬ迫力であっという間にシンディを連れ去った。遠ざかって行く彼女らは何か口々にゴニョゴニョと言っている。
「エクスタシーに……エクスタ……重なって行く感覚、……何処までも昇り詰め……絶頂は絶対に普通の肉体での……リアルセックスでは味わえません、て言うか身体が保ちません」
「薬物を使わずに安全……増感され、コントロー……れる快楽」
「身体が快感についていけなくなる程……絶頂が連続で味わえ……ヴァーチャルだからこそなんです、断言してもいいですが……」
「シンディだって……罰当たりなセック……興奮するのは分かってる筈じゃないですか?」
「あの空間だからこそ許され……も許される」
「千人分の旦那様に……身体中を同時に逝かされるなんて……の、ありえないじゃないですかっ、アクメ……ぱなしで幾度も幾度も!」
「この身の欲望はリアルでは絶対に許されな……ゲスで背徳的なオマン…も……ヴァーチャルだからこそ実現出来た夢なのだ、この快楽を失いたく……と思っている……いや、人間として思ってはいけないのだろうが……イマジネーションの世界……この身は何処までも淫らになることが許される……」
「シンディも背徳的な感応に興奮する口だろう?」
「スザンナ……のは、新妻妊婦の腹ボテ姿のアバターになって旦那様の……前で緊縛乱交するって……のはどう見たって異常です……以前おっしゃってた絶対に裏切らない“誓いのスキル”って、一体どうなっているんですかっ!」
「それは……愛する人の見ているところで姦られ……が凄く興奮するからだが、勿論おかしいの……かっているさっ!」
「ヴァーチャルなら不貞には当たらないのだろう……多分?」
「こんなに興奮する……初めてなんだ、凄過ぎても……持ち良くなること以外考え……ないっ!」
「そんなの不潔です!」
「わたくしは絶対にご主人様を裏切りません、例えリアルではない仮想現実だとしてもっ!」
「前も後ろの穴もご主……専用……くしは生涯、ご主人様の肉便器として何処までも堕ちて行く……マゾの性奴隷妻……」
「そんなに目くじら立てんでもいいだろう、この身とてあまり褒められた性癖とは思っていないのだから………」
「アザレアだ……突かれながら、自分のとんがった乳首を舐めるのが好きと……おったではないかっ!」
「穴と言う穴を犯さ……、死んじゃう程気持ちいいって!」
別に聞き耳を立ててる訳じゃねえが、彼女らのシンディを責める話し声が途切れ途切れに届いてしまう。聴覚が鋭敏になるのも考えものだが、ビヨンド教官の声は段々弱々しく、小さくなって行く。
どうやら女達の間では、リアルのスキンシップで抜け駆けをしない不文律が成り立っているらしい。
「シンディだって緊縛され……ケツ逝きが大好きじゃないですか? 大勢に見られなが……見せ合い擬似スワッピングも野外ペッティングも、ヴァーチャルなら思いのまま……よね? 普通じゃないセッ……だから興奮するの分かってますよね?」
「誰も……んな子宮アクメに失神絶頂す……が大好きなんです」
「お互い知りたく無かった自分の性癖を晒しあった中でしょ、抜け駆けはダメって約束したじゃないですか?」
こいつら普段、シレッとした顔してる癖にとんでもねえな。
歯抜けの会話だが、これ以上聴力を上げて聴きたいと思える内容じゃなさそうなんで遠慮した。
つくづくうちの女共は真面じゃない。
それにしても、あいつらの間じゃ俺は旦那様とかご主人様とか呼ばれてるのか……ちょっと気色悪いな?
しかしきっとこいつら、俺一筋みたいなこと言ってるが、来る者拒まずじゃねえのか……人類、皆兄弟って。
少なくとも俺は駄目だな、異生物みたいな容姿の奴とか、まるで機械仕掛けの玩具みたいな外見の奴とかでは俺はその気にならない。
それ以前に、男か女かも見分けがつかねえしな。
「おい、お前ら」
身体加速を使い、一瞬で女達の後ろに追いついた。
ビクッと飛び上がったのも束の間、暗がりで変質者に声を掛けられた犠牲者のように、ギギギギッと音がするような感じで首を捻り、後ろを振り向いた。
「再確認しとくが、俺達が遣ってるのは唯の遊びのセックスじゃねえ、あれは飽く迄も生き残る為に必要な耐性訓練だ」
説教するガラでもねえが、勘違いはもっと困る。
「正直、見知らぬ異世界に飛ばされて、何も彼もが違う環境に生き抜くので精一杯だった」
「魔神王? 56億7000万? 知ったこっちゃねえ」
「俺はいつでも……いつ迄も復讐に狂う唯のチンピラ」
それでいい。
「その本質は、血も涙も無い悪党で、それ以下でもなければそれ以上でもねえ……覚えといてくれ」
俺は人を人とも思わない人非人、それでいい。
「確かにハーレムごっこにはしゃぐのは、少々見っともないのお」
ネメシスが真顔で、賛同するかに見えた。
「じゃがの、お前の言う等身大の復讐者とやらには女を愛する資格も無いとぬかすか?」
ネメシスの問いは、これ以上ない迄に正鵠を射抜いている。
俺は答えを口にするのにたっぷり1分程、言い淀んだ。
「…………ちゃんとイヤらしいお前らも好きだし、愛せる」
それだけ言うと、俺は踵を返した。
認めて仕舞えば、旗色は途端に悪くなる。
「あっ、逃げた」
無邪気で何気ないシンディの一言が、早く立ち去りたい俺の背中に突き刺さる……はっきり言って居た堪れない
(別に、逃げてねえしっ!)
心の中の叫びは、しかし声になることはなかった。
「戦闘スーツのセルフ・ディフェンス機能は完璧だけど、こことここと、それとこのバルブは装着ごとに確認しておいてね」
オーダーメイドで支給されたスペース・コンバットスーツはそのまま白兵戦も出来る高機能なもので、装着と同時にインターフェースからスペック、レギュレーションの解説、イメージ付きのマニュアルとチュートリアルが始まっていました。
搭乗前に、MEハンガーの調整卓で問わず語りの身の上話をして呉れたシンディさんは、こことは別の世界から来たのだと打ち明けて呉れました。
前世でまた別の世界に生きていた記憶を持つネメシスさんの望郷の念、未だ忘れ難く、藁にも縋る勢いでシンディさんの能力を無理矢理拡張しようとして失敗……一同揃って、わたくし達の世界に飛ばされて来たのだと。
俄かには信じ難い話です。
勇者召喚と言う特殊な能力を引き継ぐ王家に生まれたシンディさんは、王朝の繁栄の為と言うよりは他国へのアドバンテージを標榜する為の道具として扱われていたのだとか………
仇である勇者を失ったソランさんにシンディさんの王家が滅ぼされた時に、ネメシスさんに拉致されて来たとのことです。
10歳までほぼ王宮を出ることなく育ったシンディさんは、マナーや所作の王女教育を受けいていたらしく、言われてみれば身体の芯が通った綺麗な動きをしていると、思い至りました。
アザレアさんは男爵家の令嬢だったのに、“魅了・催淫”と言う特殊なスキルを持ったゲス勇者の毒牙に掛かり、身も心も汚され尽くした後に勇者にも実家にも見捨てられ、殆ど身ひとつで平民に堕とされたのだそうです。
シンディさんに言わせると、一番良識的な人らしいです。
よくソランさんが“教官”と呼んでいるスザンナ・ビヨンドさんは700年を生きたハーフ・エルフと言う種族で、剣技、格闘術、武器術などのあらゆる武芸に秀でたばかりか、精霊神術、聖騎士魔法他の幾多の魔術を操る生粋の戦士――と言うことでした。
器用さでは一番と、シンディさんが太鼓判を押していました。
「何が凄いって、スザンナ姐さんのスローイングナイフの腕前は正しく神業だよっ!」
何か好いことがあったのか、シンディさんのルンルン気分はいつもの3割増しでした。
ソランさんの冒険者としての師匠らしいのですが、どうも冒険者と言うのがよく分かりません。どうやらわたくし共の世界でのバウンティ・ハンターが、一番近い職業かもしれません。
ネメシスさんは一番謎が多くて、嘘か真か何百万年も生きてるそうです……所謂、不老不死と言うものでしょうか?
シンディさんなんかの世界とも違う場所で生きた記憶を持ったまま不死身の戦乙女として、第二の人生を生きているのだとか?
どうも、聴けば聴くほど謎が深まっていきます。
天翔けるコフィン、“バッドエンド・フォエバー”と言う超巨大な要塞戦艦の出撃待機ドックは、嘗てのわたくしの知識には無い異様な複雑さと静けさに、音も無く唯々整然と物凄いスピードで出撃前の最終整備が行われていました。
タンデムに改装されたシンディさんの機体、“ナイトメア-4”の操縦席は、一度見た練習機と比べてさえ似ても似つかないものでした……更に複雑化した装置群に包まれてと言うか、自動でフィッティングするハーネスが四方から下がってくると、まるで機械の繭に閉じ込められているような感覚です。
「パッシブ・インジェクションは保険だけど、マクシミリアン先生が浮遊城を徘徊する眷属達の生成する魔素を圧縮して造ってくれた魔核が、組み込まれてる………」
同乗させて頂くシンディさんに、実際にコックピットの中での注意点をお浚いして貰っているのですが、所々に分からないことが出て来ては訊き返します……結果、益々混迷が深まります。
「パイロットスーツの右脇の下に薬剤投与のチューブが連結してるか必ず確認しておいて……超高速戦闘になればアンネハイネの感覚機関は付いて来れなくなるから、スピード酔いにならないよう貴女の五感をブーストする」
後部の助手席でコネクティングして見ると、機体の得る緻密な情報データの海に溺れそうになり、眩暈を覚えました。
押し寄せて来る膨大な情報量が、一人の人間の許容量を遥かに超えています……視野がチカチカする感覚に、思わずギュッと眼を瞑って仕舞いました。
そのうち慣れるよ、と言うシンディさんの呼び掛けも何処か遠くに聞こえます。
(01010101……0101、脈拍他バイタルデータ良好、010101)
機体運用AIのデータ言語が定着し出しても、暫くは夢見心地でしたが、その内に呟きのようなマシン言語の羅列の中に、何かが語り掛けてくるような感覚があります。最初は聴き取れないほど微妙なものでしたが、段々と明瞭になってきます。
(…………聴こえてるよね、デジタル・データに深く同化出来る君なら、きっと聴こえると思ったんだ)
(貴方は誰ですか?)
(この優秀な、唯一無二のAIを創り出した者の記憶……)
(残留思念と言ってもいい……エルピスの記憶だ)
***************************
透明化フィールドを纏ったまま出撃した俺達は、他には目もくれず電光石火の内に衛星軌道上に配されたベッセンベニカの生物殺傷兵器投下型戦略攻撃衛星群を総て無効化……抹消した。
コントロール権を奪取する程の価値は無い。惑星外周を一掃する。
瞬く間に取って返した俺達は、続いてエースとやらが率いるベッセンベニカ第一宙挺部隊、イングマル・ブラヴァン皇国宇宙軍、広域戦略旅団ノンアル・ユージン傘下のエレアノール商会、総て無差別に、次々と蹂躙していく。
全方位チャンネルで通信ジャックした、戦闘域の実動攻撃部隊、艦隊、搭乗型戦闘兵器の数々、後方のバックアップ施設に向けて、理不尽に死にゆく者へ手向けの宣戦布告をする。
「軍人は須らく、無慈悲な死を受け入れる覚悟は出来ているものと思う……故に今日がその日とて、出来ることなら喚かず、嘆かず、静かに死んで呉れ」
「任務に感情は不要と言うが、俺達はプロじゃねえから胸糞悪いと思ったものを唯虐殺するだけだ、だから別に恨んで呉れても、呪って呉れても構わねえ」
まっ、そんな暇もねえんだがな。
「……吾が心は既に石なり、喜怒哀楽のなんたるかを捨て去りし身なれば、残虐非道な殺戮、迫害も臆さねえ……さすれば慈悲もまた無用、掛ける情けなぞこれっぱかりも持ち合わせちゃいねえ」
「“天翔ける厄災”、デビルズ・ダークがお前達を滅ぼす」
俺は自分が虫も殺さねえ善人だったとは、口が裂けても言わねえ。
目的の為に強くなろうとして……そして少々強くなり過ぎた。
人は奇跡には感動するが、抗い難い破壊と暴力にはただ恐怖だけが残る。そしてそれは後世に伝わりにくい。
何故なら逃れられぬ死が、伝承や口伝を断ち切るからだ。
ビヨンド教官やアザレアさん達が、次々とベッセンベニカ・ナノハニカム装甲のMEを撃ち墜としていく。
自分達の鉄壁の装甲が撃ち抜かれることが理解出来ずに、兵隊達は驚愕の内に沈んでいく。真空の戦闘域に爆破音は伝わらない。
近接の僚機が蜂の巣のように開いた銃痕の射入口と射出口から四方に噴き上げる、内部爆発の長い長いフラッシュ炎に、さぞや恐怖していると思われた。
未だ嘗て機体を撃ち抜かれるなんて、見たことも聞いたことも無い筈だからだ。
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
シンディさんは、故国帝立宇宙軍のエンブレムを掲げた艦隊を次々に撃沈していきます。
間断無く発射されるミサイル状の物は事前に説明のあった異空間スリップ・ゾーン榴弾と言う兵器で、一時的に擬似亜空間を通ることに依り、装甲板を摺り抜けて艦艇内部に超高温の爆裂を発生させてダメージを与える対艦攻撃です。
視覚野に直接入ってくる情報は、薬剤でドーピングされていてもまるで追い付かない目紛しさです。
シンディさんのナイトメア-4は、戦闘宙域を縦横無尽に物凄いスピードで駆け巡りました。見えていない上に、この速度では相手が捕捉出来る筈がありません。
一隻が沈めばおよそ1000名、航空母艦ともなれば操艦要員で3000名、MEの航宙要員で2000名、管制、整備要員1500名もの尊い命が失われます。
分かってはいましたが、情け容赦など一切ありません。
戦場での迷いや躊躇いは、相手を屠る作法として固く戒められていると、シンディさんは言います。
「でも、ここ迄しないといけないのでしょうか?」
自国の兵士達が、なんの抵抗も出来ずに唯死に行く状況に、なんの感慨も擁かずにはいられませんでした……わたくしには、まだそこまで冷徹になれるメンタルも経験も、覚悟も足りません。
(傲慢な言い方を許して頂けるのなら、わたくし共は出口の無い幽冥魔道を行く者……何ひとつとして、自分達が正しいとは思っておりません、それでも尚、目的の為には人を殺めてさえも前に進むと決めております)
互いの機で遣り取りする為の、タイトな閉鎖回線を利用した完全認証制無線通信が入ってきました……わたくしの先程の独り言を聴き付けられたのでしょうか?
アザレアさんです。
(以前も申し上げましたが、わたくし共は一蓮托生、アンダーソン様の願いを叶える為に命を賭す所存です……だから、解けない答えを求めてわたくし共は今日も血を流す)
(……不器用過ぎて、回り道も、近道も選べないのです)
直接、脳内に響いてくる意思は何故かいつものアザレアさんの、優し気な声音でした。
(わたくし共が人に誇れることがあるとすれば、まさにこの一点、自分達に嘘を吐かないということでしょうか……?)
(自分達の爛れた欲望を笑って許せる程には、強くなれたような気がしています……ただ、麻痺してしまっただけかもしれませんが)
(だからと言う訳ではありませんが、人を殺せる程の強さも、弱さも、既にわたくし達の手の中にあります)
一拍置いた言葉が、心の中に染み込んで行きました。
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
コントロール権を奪われた“チャリオット”のビッグ・ハンド2と同士討ちの形で、互いに戦闘不能状態に陥っていた。
限界を超えたパワーの鬩ぎ合いに、あっちこっちに負荷が掛かり、駆動系も制御システムの伝達系もズタボロだった。逆流する過電圧にインターフェース・サイバネティクスも遣られて虫の息だ。
(お~い、生きてるかあ?)
誰かが、通信回線を介さずに話し掛けて来る。
最初は幻聴かと思った。
(ざまあねえな、武闘派最右翼の“エレアノール商会”屈指の正規粛清軍航宙総隊……生え抜きの“カード部隊”を率いるラフ・ファイトの女王は、意外と打たれ弱かったか?)
もう、真面に作動しないと思っていたコックピットの強制排出装置が動き出すのを、掠れる意識の中で無感動に眺めていた。
巨大なビッグ・ハンドの胸より少し上の位置、奥深くに収まったシリンダー状の操縦席ユニットが、何重もの隔壁を開放して迫り出していく。完全に非常射出仕切ると、ユニットのガルウィング状の装甲キャノピーが跳ね上がる。
真っ暗な筈の宙が燃えていた。
酸素が無ければ燃焼はしない。
あぁ、あれは多分暴発した転換炉のエネルギーが噴き出しているのだろう……でも何故?
ベッセンベニカで囲われた転換炉から危険な崩壊ジュールが漏れ出ることなんて、絶対に有り得ない筈なのに。
……それは初め影かと思った。黒光りする反射で違うと知れた。
薄れいく意識の中で目に映ったのは、真っ黒い外観の、見たことも無い禍々しいMEだった。
(お前、本当に自前の眼球を高性能複眼レンズと交換してるんだな……女としての見た目よりも機能を選ぶって、どうかしてるぜ)
(その復讐に掛ける覚悟は気に入った)
(メシアーズッ、救助艇と救命用レスキュー・メディカルを寄越せ……こいつを回収する)
気が付くと、どういう機能のどう言った装置なのか全く分からない小型の機械が無数に群がっていた。
どうやら僕の応急手当をしようとしているように思えたけど、僕の意識はそこで途切れた。
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
(ねぇ、あんたがシューティングスターであってる?)
行き成り話し掛けられて、息が止まる程衝撃を受けた!
探知機類はどれも反応していない!
エレアノール達の開発したどでかいMEは、自分の最後の切り札で沈黙させた。思った通り、巨体を操るのは鬼畜のシステムだったが、世の中には在り得ることかもしれない。だが、それを遣ったのがエレアノールだと言う事実が自分を苛んだ。
そうさせたのは自分かもしれないからだ。
訓練兵時代に止むに止まれず切り捨てたように、またも自分は彼女を排除してしまった……必要なことだと割り切れば心は痛まない筈だったが、それでも気分は落ち込んだ。
腑抜けている間に気がつけば、何処からの攻撃かも分からないまま戦場は修羅場と化していた。
突如として始まった蹂躙劇に、見方機が、そして自分の指揮艦を初めとした自艦隊が、次々に撃墜される無残な状況に一体何が起こっているのか皆目呑み込めず、パニックになりそうだった。
こんな一方的な虐殺は在り得ないし、想像してみたことも無かったが、信じられないことに正可の探知エリア外からの超遠距離砲撃なのか敵影は全く見当たらない。
観測班に連絡を入れてる最中に、母艦は沈み、通信は途絶した。
軍事緊急回線で、本部に緊急シグナルの発信を試みたが、遮断されているのが分かった。
(静かだね、実際には阿鼻叫喚なのに音は伝わってこない)
(もうすぐオー・パーツに依る攻撃が始まる)
居る! 完全透明化迷彩か!
(お疲れのところ悪いねえ……ちょっとタイトル・ホルダーがどの程度のものか見たかったんだけど、大したことなさそうだね)
(作戦開始と同時にあんたの通信機能は全て無効化してある……あんたが実質上の艦隊作戦総司令なのは妾達にはバレてる、発信も受信も完全隔離だ)
一流のパイロットの勘が、濃密な殺意を感じ取った。
聴こえてくる意志は、右に左に、上下と途切れなく常に方向を変えている気配がある。物凄い速度の機動力だ。
声と反対側の空域に急加速するが、全く振り切れた気がしない。
(遅いし……それよりさ、なんでベッセンベニカ装甲が撃ち抜けるか不思議でしょ?)
(……気付かれないよう盗み出したんだよ、あんたん所の“技術抑制委員会”が、自分達ベッセンベニカ装甲の優位性を脅かすテクノロジーを封印し捲った、闇に葬られたデータをね)
激しい衝撃と共に、MEの両肩が撃ち抜かれた。
制御システム上でショック死しないように軽減されてはいるが、MEのボディ外装に感じる触覚を含むインフォメーションは、全てパイロットに返ってくる。
だが撃ち抜かれるのには、脂汗が噴き出す程の激痛を伴った。
(弾芯も被甲も、総てベッセンベニカ鋼のフルメタルジャケット弾は着弾した瞬間、固定された定点から前後の振動を1秒間に100万回繰り返す……徹甲ハンマー弾って呼ばれてる)
(だから妾達には、常にサイコニューム鉱石が不足してる)
直感の如く天啓が閃いた……我々にも通達が来ている最優先調査事項、サイコニューム流通から何度も大量の鉱石を奪っていった謎の存在は、ベッセンベニカ全体が総力を上げ血眼になって探している。
「デビルズ・ダークか?」
(ピンポ~ンッ、意外と鋭いねえ)
(リンク率チャージャーだっけ? その指向性のある介入シグナル射出装置は、逆に自機体への侵入も許しちゃうよ)
(……あぁ、そうだ、内緒だけどあんたらが必死に探してるアンネハイネは今妾の後ろに乗ってる)
言われると、機体は指一本微動だに動かせなくなっていた。
しかし行方知れずの正統皇女が、一緒に居るだと?
(シンディ、遊ぶな………)
別の声が、まるで違う方向から伝わって来た。
(残念、ちょっとしたお喋りを楽しむ程の価値も無かったみたいだね……短かったけど、死ぬ前のあんたに話が出来て良かったかな?)
(バ、イ、バ、イ)
それを最後に、自分はエレアノールのことを思い出す暇も無く、一瞬で意識を刈り取/////////
***************************
フリゲート艦、巡航護衛艦、特務駆逐艦、大型スターライト級航空母艦を初めとした空母機能のある特攻艦と様々な艦隻がこの日の内に沈み、その数5331隻に及んだ。
後続の移動型補給基地など大型バックアップ施設も壊滅した。
惜しみなく出撃したMEを初め、宇宙空間での単座搭乗型飛空兵器は724660機のことごとくが撃墜され、戦場に散った兵士は29503372名を数えた。
曰く、救出されたエレアノール・ディマジオを除き、生き残った者は一人も居なかった。
見事な迄にひとっこひとり残さずに、死に絶えた。
殲滅作戦自体は30分に満たなかったと記録されている。だがこの暴挙自体は、その後に続く惑星攻略作戦の前哨戦に過ぎなかった。
女達の爛れた愛情と葛藤が、本気なのか冗談なのか見分けも付かない迄に執拗に反芻され、ゲップが出るような回になって仕舞いました
バーチャル・セックスだから許される、或いはバーチャル・セックスだから可能になる……と言った前提での経験に女達は翻弄され、もしくは自己嫌悪に陥ると言った状況が延々と繰り返されます
例え想像力の世界とて、リアルに描こうと思うとついつい深掘りして仕舞います
具体的な情景描写は皆無だと思いますが、R15には限りなくグレーゾーンかと思います
今度こそ運営様にお便り頂いて、皆様にお会い出来なくなるかもしれません……無事生き残ったら次回からは、エロ無しの硬派なハードボイルドをずっとずっと続けますから、どうか勘弁してください
シューティングスター=[流星]:天文現象の一つで夜間に天空のある点で生じた光が一定の距離を移動して消える現象/一般的に流れ星とも呼ばれ、明るさが強く昼間でも目視できる流星もまれにある
原因としては流星物質と呼ばれる恒星の周りを公転する小天体が他の天体の大気に衝突、突入して発光したもので大気に数十キロメートル毎秒という猛スピードで突入し、上層大気の分子と衝突してプラズマ化したガスが発光する
ルッコラ=アブラナ科キバナスズシロ属〈エルーカ〉の一種ので葉野菜・ハーブ/地中海沿岸原産の一年草で英語名から別名ロケットともよばれるが、主にサラダなどにして生で食べられる
加熱すると独特の辛み・苦みは消えてしまうため、風味を生かすため生で使うのがふつうで、主にサラダ、カルパッチョとして葉を生食するほか、シンプルにパスタや焼いたピザの仕上げに散らして彩りと香りを加えるという使い方もされる
マルチ・モーダル=視覚・聴覚を含め、複数〈multi〉のコミュニケーションモードを利用し、システムとインタラクションを行うインターフェースの様式〈modal〉のことを言う/バーチャルリアリティでは視聴覚以外のインターフェースモードが積極的に利用され、視覚・聴覚以外にも触覚や力覚、前庭感覚、嗅覚などが取り入れられる
ジュストコール=17世紀後半に紳士服はジュストコール〈上着〉、長袖のベスト、キュロット〈半ズボン〉、クラヴァット〈ネクタイの原型〉から構成されていたが、18世紀に入るとジュストコールが細身になりルイ15世の時代にはベストの袖が無くなった/袖の無いベストが ウェストコート〈Waistcoat:フランスではジレgilet〉と呼ばれるようになった
イノベーション=物事の「新機軸」「新結合」「新しい切り口」「新しい捉え方」「新しい活用法」〈を創造する行為〉のことで、一般には新しい技術の発明を指すという意味に誤認されることが多いがそれだけではなく新しいアイデアから社会的意義のある新たな価値を創造し、社会的に大きな変化をもたらす自律的な人・組織・社会の幅広い変革を意味する
万願寺唐辛子=京都府舞鶴市が発祥の京野菜で大正末期から昭和初期にかけて京都府舞鶴市万願寺地区にて伏見系のトウガラシとカリフォルニア・ワンダー系のトウガラシを交配して誕生したものと言われている/果肉は大きくて分厚く、柔らかく甘味があり、種が少なく食べやすいことが特徴
サルサソース=サルサはスペイン語の「ソース」の意味で、グァカモレ、ピコ・デ・ガヨ、サルサ・ベルデ、サルサ・ロハは、アメリカとヨーロッパのラテン系料理の重要な要素であり、主にトマト、大蒜、香辛料が含まれ、濃いソースにはアボカドも含まれる/特にスペインおよびラテンアメリカで料理に使われる液状調味料の総称として用いられ、サルサ・ロハ〈salsa roja=赤いサルサ〉はトマトを主体に、唐辛子、コリアンダーなどから作られ、サルサ・ベルデ〈salsa verde=緑のサルサ〉はトマティーヨ〈オオブドウホオズキ〉で作られる
蕨餅=わらび粉を原料とする柔らかく口どけの良い和菓子で、きな粉や抹茶の粉、黒蜜をかけて食べるのが一般的となっている/醍醐天皇が好物としており太夫の位を授けたという言い伝えがあり、そこからわらび餅の異名を岡大夫とも言い、そのいわれが寛永19年〈1642年〉に書写された大蔵虎明能狂言集〈大蔵虎明本〉の「岡太夫」に古い言い伝えとして書かれている/京都では餡入りの蕨餅が古くから親しまれてきたので、夏のイメージが強いが和菓子店で売られている本蕨を使った餡入りタイプのわらび餅は保存に向かないため、夏の間は販売されていないことが多い
葛餅=葛粉を使用した和菓子で、本来はマメ科のつる性多年草、秋の七草の一つであるクズの根から得られるデンプンを精製して作られる食用粉に水と砂糖を入れて火にかけ、練っていくと透明~半透明になってとろみが生じ、ぷるんとした独特の食感の葛餅ができる/涼しげな見た目から夏の菓子として人気がある
フィンガー・フォー=ジェット戦闘機における編隊の組み方のひとつで、4機を1単位として編隊を組むもので、多数の機体で大編隊を繰り出すと大量の燃料を補給せねばならず、戦略上燃料の補給が難しくなるのに対応したもので、現代戦に於いても4機をひとつの単位とし、この単位の整数倍で編隊の全体を構成することが行われている
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私、漢字が苦手なもので誤字脱字報告もありましたらお願いします
別口でエッセイも載せましたので、ご興味のある方は一度ひやかしてみてください
短めですのでスマホで読むには最適かと……是非、通勤・通学のお供にどうぞ、一応R15です
https://book1.adouzi.eu.org/n9580he/





