56.魔力の無い世界/コネクティング・パルサーネット
失われた伝説のロストリンク、ミッシング・エイジ後の宇宙歴3452年、鋼鉄紀35世紀の時代に飛ばされていた俺達は星間連合ボランティア協会からの援助資金を運用しつつ、内紛の続く地域からの戦災孤児を受け入れる非営利活動法人化した児童養護施設を隠れ蓑に、非合法的な情報収集を続けていた。
遥かなる未来に、人類は“二瘤駱駝座”大星雲の広範な銀河に一大文明圏を築いていた。
人類はコスモ・レイスもしくはアストロノーツと呼ばれ、膨大で雑多な植民惑星、小惑星帯、人造スペースコロニーなどに様々な生活圏を営み、そして様々な形態と生活信条に細分化して、従って様々な外見やイデオロギー、それぞれの独自の文化を継承していた。
「アヒイイイイッ、見られながらのお仕置きゼックス、凄く興奮しぢゃううっ!」
「見なざいよ、ゾランッ、ほうら、ご主人様達の愛しい精液が溢れるプジィもケツ穴も、口の中でさえ、熱くて、臭う、ブリブリの特濃ザーメンがあああっ!」
「突かれるたびに吹き出すのおおっ、全部の穴がらあああっ!」
「ブピュッて!」
俺のフィアンセは、王都に行った後、煌びやかな装束に包まれて帰ってきたが、脱ぎ去った後は、唯の頭のおかしな色情狂だった。
見知った筈の生意気そうな跳ねっ返りの面は、懐かしい筈なのに俺とは縁もゆかりもねえ違う世界の汚れた表情で、思わず顔を背けたくなる穢らしさだった。
凌辱されているのかしているのか分からない淫魔の性宴は、延々と続いていた。
「あぁっ、これ好ぎいいいいいっ、ギンギンのぶっといオス珍棒がズッコンズッコン、ジュッポジュッポ突っ込まれでえ、ぎんっもぢいいのおおおおっ、見なざいよぉ、ソランンンッン、姉ざんのぉ変態プジィイイッ、興奮ずるうううっ?」
姉と名乗った女は、散々殴る蹴るした俺の目の前で勇者のみならず付き従ったパーティ直属の王国騎士達にも誰彼となく犯させて、殊更に卑猥なことを口走っていた。次々と男達の肉棒を頬張る姿は、無残な快楽にブルブルと打ち震えていた。
優しかった姉の面影など毛程も残っていなかった。
「ス、スデラのオッパイ美味じいいいっ、エリズの、エリスの乳首も吸っでええええ、舐めてええええぇっ!」
「淫乱スケベなエリズの膣中まで、もっど突ぎまぐっでええ!」
後ろから犯させながら、姉の乳房にしゃぶり付く先祖返りのエルフは小さな頃はお姫様のように可愛かったのに、何故こんなエロ気狂いになっちまったんだろう?
村の聖歌隊で一番の美声だったのに、今ではその声も醜く響く。
そこにいるのは愛液を垂れ流す、肉欲に狂ったメス犬だった。
嘗ての聡い娘に、知性の欠片も残っちゃいなかった。
誰がこんな糞溜めの蛆虫みたいな奴等に祝福を与え、憧憬を覚えると言うのだろうか?
真面な世間の多くは唾を吐き、砂を掛ける筈だ。
遠くで誰かが叫ぶ声が聞こえる。
あぁ、これは俺の怒号だった……絶望を知るときにこそ、人間は己れの真の正体を知るのかもしれない。
俺はただ繰り返し呟く……煩悩浄化、悪霊退散の経文、悪魔祓いの祈祷文のように。
復讐するは我にあり、と。
(……復讐するは我にあり、復讐するは我にあり、復讐するは我にあり、復讐するは我にあり、復讐するは我にあり、復讐するは我にあり、復讐するは我にあり、復讐するは我にあり)
無限に続く呪詛の言葉が、頭の中を巡って行った。
それは呪文のように深く、強く、浸透して、過去の裏切りへのこだわりが尋常でなければないほど動揺を誘おうとする耐え難い激情から俺を繋ぎ止め、正気を保つ。
うんざりするほど繰り返し反芻した悪夢の思い出……それは、俺が復讐を決意するに至る出発点だ。時と共に増す々々鮮明になり、掠れることなく、今尚俺の中で燻っている。
勇者パーティ、許すまじ……最後にそれだけが残った。
眠らない俺は、夢を見ることは無い。
白日夢を見てる訳じゃない。
穿り返された過去の記憶が拡大再構築された妄想の複合的感覚的疑似体験、VR-SEXだ。
今日の相手はネメシスだが、特別にあの日の再現をモチーフにしている……あの日、起こったことを知るのは俺とネメシスだけだ。
この後女達の裏切りに慟哭する俺が、ネメシスを蹂躙し捲ると言うのが一連のコースだった。俺は泣きながら、喘ぎ捲るネメシスをヴァーチャル空間の中で突いて突いて、突き捲った。
必要に迫られて、耐性訓練を繰り返していた。
宇宙空間戦闘に措いて小型揚陸艇や迎撃艦の他に、モビル・エクステンディッド……通称、MEを擁する航空母艦を展開するのが、現代戦の常識になっていた。
各方面の開発コンセプトに従って、ヒト型やそれ以外のフォルムの多機能戦闘用超高速搭乗兵器であるMEは、サイコニューム鉱石を精錬したベッセンベニカ特殊鋼を装甲にしている。
通常の攻撃では撃ち抜けない。
流石に秘匿技術が漏洩しない程のセキュリティは保持出来ていないが、ことの起こりは全文明圏の80パーセントのシェアを独占する亜空間航法造船業の雄、“ボライセン重工業”傘下の肝煎り研究機関が開発した、搭乗者にダメージを与える方法だった。
モビル・エクステンディッド自体にダメージを与えることが難しいのなら、搭乗者を何等かの方法で直接攻撃すればいいと考えたのは、何も“ボライセン重工業”だけではなかったが、このパイロットの精神力を挫き、戦闘中の集中力を削いでいく方法は、手詰まりの状況には非常に有効だったらしい。
ME同士の戦闘に措いて、拿捕、撃墜する為には装甲の弱い間接駆動部へのビーム照射破壊か、もしくは白兵戦よろしく直接組み付き、間接フリーじゃない部分を突くMEサブミッションと呼ばれる技術で制圧するのがスタンダードなスタイルになっていたからだ。
それもこれも相手の回避能力を上回る、もしくは相手側の制動を抑制することさえ出来れば、後は簡単だった。
逆に言うと、それを御するのが最も難しい。
事実、最初にこの掟破りの攻撃に曝されたとき、俺達は手も足も出ずに、アザレアさんは撃沈寸前にまで追い詰められた。
俺が節約温存していた魔力を放出したカウンター・マインドマジックを励起してさえ、からくも戦闘域を脱出できたのは正しく運が良かっただけだった。
首筋に増設した、MEに直結するインターフェイスから直接流し込まれるからか、特に恋愛脳と言うよりは性愛脳だったうちのメンバーには、効果が高かったようだ。
随分以前、精神力に直接働き掛ける攻撃が顕在化してから、ダメージを数値化するゲージがコックピットに追加されたらしい。
俗にいう“MP”と言う奴だ……同時に対向訓練が、ME乗りには必須になった。
舐めて掛かった俺達が疎かにしていたシュミレーションだった。
大体元々が、繁華街施設の質の悪い兵隊達相手の商売で、以前からヴァーチャル・リアリティのセックス産業があったらしいんだが、こいつの民間シュミレーションソフトを転用したのが、この訓練用シュミレーターの基幹システムだと聞いて馬鹿にした挙句、見向きもしなかったのは手痛い誤算だった。
ところが蓋を開けてみたらどうだ、女共は逝き潮を吹いて使い物にならなくなり、採尿システムのあるパイロット・スーツだったが軒並み駄目にした。
たった一度の洗礼で痛い目を見た俺達はすぐさま耐性訓練を開始したが、年々複雑怪奇になるヴァーチャル催淫波の攻撃精度は、より緻密で狡猾に、より隠密性に富み、より多彩なシチュエーションに対応するように進化して、開発元は今も虎視眈々とバージョンアップに余念がない。
いつ影響下に置かれたか全く気が付かない浸透性や、劣弱な者はそのまま精神が崩壊して発狂して仕舞う強度さえ兼ね備えだした。
以来、俺達にとってもこのシュミレーター訓練は欠かせないものになっていたが、最初に挑戦したネメシスは、あれほど強大な神の如き精神力を有していた、そして百数十万年もの間にあらゆる人間の醜い欲望に熟知してきたと思えたのに、見事にノックアウトされて白目を剥いて弛緩すると言う為体を晒した。
俺達にはとことん耐性が無かった。
この世界に生まれて、幼少からVR-SEXの洗礼を受けてきた住人とは比肩するのも烏滸がましい程、悲しいぐらい決定的に素養も、抵抗する気構えも足りてねえ。
この時のネメシスのヒクヒク痙攣してる様子を伺っていたら、心做しか失禁すらしてるようだった……気の毒過ぎて、この時のことは後日笑い話のネタにも出来なかった程だ。
基本、オンラインのバーチャル・セックスは二人で遣る。市井の遊びのセックスでは複数の乱交パーティシチュエーションで、ネットの募集掲示板や刹那的な快楽をサポートするマッチング・アプリの運営事務局が提供する、複数個所からアクセスする定期的なオージー・パーティも星の数ほど存在するが、俺達のは軍事レベルの訓練だ。
一般のインスタント快楽とは訳が違う。
それに正規のファイター・クラスはそれ程暇じゃない。
厳しくも無慈悲な宇宙域の環境に順応し、生き残ろうと効率を追求した結果、モラルよりも欲望を優先させた世界が出来上がっていた。
シビアな進化と淘汰の前に、種の存続を懸けた子孫繁栄と、性衝動は切り離された。
しかも軍事スペックの訓練を除けば、バーチャル・セックスはモラル違反でさえあり得ない。ごく普通の日常なのだ。
そして糞っ垂れなこの世界の、糞っ垂れなヒエラルキー……効率を優先した結果のカースト制度がある。
アフター・ミッシングエイジ以前からそんな傾向が有ったのかは判然としないが、自らをアストロノーツ、もしくはコスモ・レイスと呼ぶ宇宙時代の人類は、ME他を操る有資格者のファイター・クラス、生涯を地上に縛り付けられて生きる労働力、グランド・ワーカーとに二極化されている。近代では登用制度が見直され出してるらしいが、これは完全に世襲制で、グランド・ワーカーの社会単位に生まれた者は遺伝子的に決してファイター・クラスにはなれねえと言う。
どんな人種だろうと、どんな異質な政治制度を持つ星間国家だろうと、厳然と、頑なにその差別主義は存在した。
部外者の俺達から見ても本当に忌々しいと思えるのが、このカースト制度とVR-SEXだった。
それぞれの項に増設されたマンマシーン・インターフェイスは、MEやそこから派生する惑星開発用の重機や、様々な建設機械、遠隔操作用の探査システムなどの操縦に欠かせない、この世界では最重要な端末としてデフォルト認定されている規格だった。
それはリンクした駆動機械表面の触覚に至るまでのインフォメーションのフィードバックと、遅滞無い高速の操作性を実現する手段として、全宙域規模で認定されていた。
シュミレーターのケーブルコネクト・ヘッドセットを取ったネメシスは、どうだと言わんばかりに晴れ晴れとした顔をしていた。
さっきまでヴァーチャル空間で獣性剥き出しの俺に散々犯されて、恍惚と逝き果てていた癖になんでそんなドヤ顔が出来るのか不思議だったが、上気した顔に以前の絶え絶えだった面影は無い。
断っておくが、肉体的接触は皆無、互いの身体には指一本触れてねえから、俺の知る限りホムンクルスとしてのネメシスの身体には、未だに男の手垢は付いていない。
コンタクトしてるのは、シュミレーターシステムからのケーブルに結線された互いの首筋のインターフェイスだけだ。
鉄鋼歴35世紀のこの世界では、実際の肉体で絡み合うリアル・セックスはごく少数派だった。
特にファイター・クラスはほぼ100パーセントバーチャル・セックスで性欲を満たし、種としての次世代繁栄は人工授精で補われる。
今のところ受精卵をインプラントした人体を母体とする出産センターと、完全に人工子宮から哺育器まで一貫したデザイナーベビー人口調整局に属するウテルス・メディックが半々と言ったところだ。
従って、家族と言う社会制度は既に絶えて久しい。
だがそれ故、人の肉欲のエスカレートには際限が無く、ありとあらゆる妄想が既成プラグインとして社会に提供されていた。
例えばの話、1000人の俺が一斉に射精したザーメンの沼の中に溺れ、前も後ろも、穴と言う穴を何人もの俺に同時に挿し貫かれ、取っ替え引っ替え腹がガバガバになるまで出し捲られると言った陵辱が延々と続くと言った仮想現実が、リアルの時間の流れではたった10分に圧縮されている……と言ったことも可能になる。
他にも触手やエイリアンとの異種属姦、異性のドッペルゲンガーを創り出して自分自身を犯し合うセルフバイセクシャル感覚共有……なんでも御座れだ。
しかもこの仮想現実の完成度は群を抜いており、本物以上に本物っぽいのである。味も匂いも人肌の温もりも、精液の滑りも、肌と肌、粘膜と粘膜が擦れ合う感触まで、脳を焦がす迄にシズル感がある。
ザーメンの沼に溺れながら何人もの俺に同時に突き捲られ、間断無い絶頂に翻弄され続けるプラグインは、アザレアさんのお気に入りで何度もせがまれる。
訓練の為とは言え、あれは俺にも相当の負担が掛かる。
何しろ1000人分の射精感が一度に来るのは、さしもの精神力を誇る俺にも相応のダメージだ。
攻撃手段として用いられるヴァーチャル催淫波は固有の欲望を拡大再生産して、妄想として投影する。だから耐性訓練では個々の肉欲の嗜好と向き合う必要があった。
カミーラの欲望は俺と互いの性器に噛み付いて、血を啜り合うと言うスプラッターなものだったが、他の皆んなの隠された欲望も、色々と抑圧され捩くれて仕舞った性衝動の為なのか、暴露するのが憚られるほど異常なものだった。
特にビヨンド教官のなんかは可哀想過ぎて、部外者には語れない。
色々必死だし、命が掛かってるって点でこの特訓は必要不可欠なんだが、どうも女達は楽しみにしてるような節があった。ヴァーチャルだから、本物じゃないから、訓練だからという言い訳が彼女達の貞操観念と良心に恥じると言った罪の意識の敷居を低くした。
リアルの愛撫ひとつなくても、アザレアさんもビヨンド教官も、ネメシスさえご満悦な様子なんだ。
何処かの国には、貞節を疑われただけで自害したと言う奥床しい女達が居たんだと……そんな話をしても、自分達の婚外性交を顧みる素振りは無かった。一応アザレアさんなんかは、自分の淫売振りを恥じてはいると悲しそうな顔はするんだが、ネメシスに至ってはほぼ厚顔無恥だった。
しかも毎回、無限に逝き捲る催淫ジェルを使うので始末が悪い。
「戦乙女ってのはよ、基本処女なんじゃねえのかよ?」
「尻軽な戦乙女ってのは、ちっとばかし恥ずかしかねえか?」
「吾は前世で、硬派のヤリマンじゃったっ!」
「………なんだそりゃあ、ヤリマンにも硬派と軟派があるなんて、今迄聞いたことねえぞ?」
ネメシス曰く、身体は許しても心は未来のハズバンドの為に取っておくのが硬派なんだそうだ……良く分からねえ理屈だ。
遊びのセックスとは別に、心を許した男のオス汁で孕むのが女の甲斐性だそうだ。こいつの貞操観念に期待した俺が馬鹿だった。
13歳の時点で、シンディにもこの耐性訓練には参加して貰った。
こいつの実の父親を殺めた手前、和姦とは言えもの思わねえ訳じゃねえが、この世界で生き残る確率を少しでも確実なものにする為だ。
ヴァーチャル内で汚れた行為を幾ら繰り返しても、シンディの身体は、肉体的には真っ新な処女のままだ……覚えたての頃は、隠れてマスターベーションとかしてたようだが。
……肉体の処女性になんの意味があるのか、この訓練にのめり込めばのめり込む程、俺達にはさっぱり分からなくなった。
実際の話、この世界のファイター・クラスは名誉の戦死以外は長寿命の者も多く、分娩役として抜擢された女以外は子宮を卵巣ごと全摘出してしまう女性ばかりらしい。つまり生涯、実際の生殖行為は行わず、性欲は全てバーチャル・セックスで解消する。卵巣が無ければホルモンのバランスも変わるが、中にはそれすらも嫌って薬剤で性欲コントロールする者さえいる。
基本戦闘職だから邪魔な機能は捨てるし、特にME乗りは全身義体化してる者も少なくねえ……こんな世界で、肉体の純潔性を問うても虚しいばかりだ。
確かに耐性訓練の甲斐あって、女達は皆、だらしなく弛緩して目に焦点は無く、涎を垂らしながら激しく痙攣する絶頂からでも、問題無く一瞬の遅滞も挟まず戦闘状態にスウィッチ出来るようになった。
回復では無く、精神力自体の強化だ。
神経は研ぎ澄まされている。
でも正直、俺には、だからなんだって言うんだ……そんな気がしないでもねえ、多少の鬱な苛立ちを伴って。
ME乗りを含むファイター・クラスがこの世界のカースト上位だと分かると、俺達は生き残る為に積極的に肉体の改造を受け入れざるを得なかった。
俺はメシアーズのサポートがあるから、規格コネクト用のアタッチメントを首の裏側に増設しただけ、イスカの能力を上書きしたアザレアさんを含めホムンクルス体のワルキューレ達は元々外部コネクティング・システム網は実装されているから、同じようにこちらの世界規格の変換機能付きインターフェイスを埋め込むだけで済んだ。
逆にそれ以上の改造はホムンクルス体としての機能が失われてしまうので、出来なかった。
だが、素の肉体だったビヨンド教官とシンディにはちょっと辛い施術になった。宇宙域の戦闘用に様々な強化部品と入れ替え、四肢は生体と寸分違わぬサイズとフォルムの高性能な人造義体に付け替え、マンマシーン・インターフェイス用の人工神経網を埋め込んだ。
心肺機能も真空空間に耐えられる人造臓器と交換、表皮の一部さえ有害な宇宙線を遮断する特殊なポリマー樹脂製のものと張り替える複雑で繊細な人体改造術は、常にサイバネティクス技術の最先端を独走する“ラーム・グァラパリ第一工廠”のメインサーバーから盗み出した貴重な情報を基に、メシアーズが組み立てた。
ただ、成長過程にまだ幅があるシンディの義体部分はサイズ可変式にしてあるし、俺達の目的は元居た世界に還り着くことだ……可能ならと、女として仔を孕む器官は残してある。
魔素の途轍もなく枯渇した世界に飛ばされて、6年の月日が経っていた。当時10歳だったシンディは今じゃあ16歳の乙女だが、もと王姫なんて気品は微塵も残っちゃいなかった。
兎に角生き残らなくちゃならなかった。過酷なサバイバルを生き残る為に必死な俺達は、自らの肉体の改造すら余儀なくされた。
お蔭でシンディは、俺達の中じゃ会敵撃墜率ではエースだ。
予想外にシンディの戦闘センスはズバ抜けていた。
戦闘用に開発された戦乙女達、ワルキューレ別働隊“夜の眷属”チームのネメシス、カミーラ、そしてペナルティ・イスカの戦闘力を全て引き継いだアザレアさん、嘗て“告解の魔女”と呼ばれた魔導兵器で、700年の多くを唯己れの研鑽に生きたビヨンド教官……彼女らに比しても遜色ねえ。
しかし同時に、覚悟の無い者に過剰な能力を持たせる積もりは無いことも諄い迄に執拗く言い聞かせたが、何処まで理解したかは自信がねえ……同じ修羅を生きる者として、気持ちは通じてるとは思うが、子供っぽい楽天家の気分が垣間見えることがある。
俺達はいつだって、死に物狂いの手探りで生き残ってきた筈だ。
「院長、闇シンジケートが牛耳る物流ストリームの穀物タンカーを押さえる計画はどうなったのかしら?」
「……却下だ、シンディ、10億トンものゴンタ豆や緑青燕麦の強奪は俺達には過剰供給過ぎる、それだけの食糧が失われれば、きっと何処かが飢える」
俺が院長と呼ばれるのは、流れ着いた辺境の小惑星帯に在った見放され、放置された戦争孤児達の施設に住み着いたからだ。
色々調べて、ここいらの行政管轄だった星間エリア352の調整局に申請して、非営利活動法人団体の助成を得ることに成功していた。
居抜きの子供達ごと運営権利を獲得した俺達は、施設の拡張と改造に着手し、以前の環境とは比べ物にならないまでに改善した。
責任者を登録する必要から、俺が院長に就任している。
戸籍の巧妙なクラッキング偽造が出来るまで、星間ネットワーク・システムへの架線と傍受、改竄の習熟に暫く掛かったが、メシアーズは有能だった。
今では、俺はデリア星系出身のファイター・クラス、レッサースライム・グレムリン・E&Eと言う偽名で住民IDを取得している。
俺達が居た世界で最も弱い魔物の名前を使ったのは単なる洒落だったが、E&Eと言うのはファイターとしてのランクを示している。
無論、最弱ランクだ。
んで、俺達の新装開店した施設は“レッサースライム&グレムリン児童養護施設”と改名して、登録もしたし、銘板も新調したが、その名の由来の本当の意味を知る者はこの世界には居ない。
ついでに言うと、ペナルティ・イスカの能力を全て引き継いだ強化バージョンのアザレアさんはウィル・オー・ザ・ウィスプ・D&Dを名乗り、ビヨンド教官はジャック・オー・ランタン・C&Cと言う、女性名としてはどうかと思う仮の名を得た。
この世界に浮遊城“ウルディス”ごと飛ばされたとき、星間ガスや宇宙塵の希薄なエリアで助かったが、密閉機密機能のあるウルディスだが急なことに対処が間に合わなかった。
侵入する為に俺が大穴を穿ってから一週間に満たなかったから、補修は完了していない……一瞬にして真空空間に、城内の空気ごと中身が散逸していく。同時に城が瓦解していく。
巫山戯るなっ、と言う気持ちで頭が灼き切れた。
この瞬間、俺は覚醒していた。
不可能を可能にする異端神としての権能の一端が発現していた。
ほんの僅かだが、俺は時を止めた……そして。
時を巻き戻してみせた。
転移した瞬間まで、巻き戻し、城全体を物理結界、有害放射線遮蔽光学結界で被覆した。俺には宿願がある。
こんなところで死ぬ訳にはいかねえ。
それからの激甚な変化に対応出来たのは、メシアーズに負うところが多いかもしれねえ……兎に角俺達は還り着かなくちゃならねえ、そして何がなんでも生き残らなくちゃならねえ。
異世界転移の実験の失敗は一過性のもので、その後今日に至るまで再現出来ていない。戻る方法を探してカミーラのお抱え研究員、マクシミリアン・テオドール筆頭研究開発を、脅して賺して引っ叩いて昼夜刻苦勉励させてる割に、6年もの間成果は上がっていない。
放り出されたのは銀河も辺境域だったらしく、生命反応、知的生命体の生活反応を探して、メシアーズが各方位虱潰しにストロボ型超光速亜空間転移の探査機を飛ばしたが、人類文明圏らしきものを見つけるのに2ヶ月は掛かった。
その間にメシアーズは、ウルディスを航宙航行可能な頑強な船体として改造した。
ネメシスとカミーラの言うことにゃあ、ヘドロック・セルダンの陣営に航宙技術が伝承されていないのは確かなことらしいから、神の如き天才、エルピスは何らかの方法でヒュペリオン文明、その源流となったメイオール銀河の技術を復活させたのかもしれねえな。
幸いなことに俺達と見た目が類似した、明らかに同じような生命進化から誕生したと思われる文明社会が、彼等が“二瘤駱駝座”大星雲と呼ぶ広範な銀河に広がっていた。
ただ強引に惑星フォーミング化された植民星、巨大な宇宙ステーションや自転することで擬似引力を発生するスペースコロニー群、小惑星帯に建設されたレアメタル発掘企業の都市とあまりにも多種多様な生活環境や、或いは生活信条などもあるのだろうか、一部のテリトリーには、これも同じ人間?
と言いたくなるような、外観の異様に異なる人種も共存していた。
暫く情報を収集する間、ウルディスごと位相次元化して隠れていたが、マシン言語や通信規格自体が相当違っていたようで然しものメシアーズも苦戦していたようだ。
その間、俺達はこの世界の汎用言語の幾つかと文化の概要などを高速学習していった。
カミーラと彼女の眷属は殆ど夜に活性化するが、宇宙空間の生活域は昼夜の別が無い環境も多く、今後どう順応していくか検討が必要と言う話になったが、主任研究員のマクシミリアンと彼の一統が早くも対応策を考えつつあった。
兎に角俺達は還り着かなくちゃならねえ……それは全員一致の大命題だったが、当面無理そうだとなればここで生きていかなくちゃならなかった。好むと好まざるとにかかわらずだ。
惑星間通信をどうやっているのかアウト側とイン側から追っていって掴んだ技術は画期的なもので、歪曲されたバイパス亜空間の道に超光速化された上り下りの粒子流を作り出し、そこにパルス化された圧縮信号を送り出すことによって、例え1000光年離れた場所へも一瞬で遣り取りが可能になる。
銀河の隅々まで敷設された通信網は単にストリーム、もしくはコネクティング・パルサーネットと呼ばれていた。
「じゃあさ、種苗船を奪取するのは?」
「だ・か・ら、スケールメリット考えろって、転売するのも足が付くし、院の水耕栽培には多過ぎる」
「種苗用の冷凍保管庫はもう満杯だ」
孤児院の院長室で水耕栽培プラントのモニタリングシステムを確認しながら、シンディの今日の任務報告を聞いていた。
孤児院の改造で自給自足の為に始めた野菜の水耕栽培棟は、今では点在する全部を合わせると20万ガバナス……約30万ヘクタール程にはなるが、植え付けから収穫まで全自動化してある。
余剰産物は星域の食糧庁に所属する農産物サプライチェーン・マネジメントに収める段取りをつけ、養護施設のメンバーが収穫を納入出来るようにしてある。巻き込んじまったせめてもの詫びに、俺達が居なくなった後も生きていけるようにしとかなくちゃならねえ。
ただ小惑星帯には鉱物はあっても、植物の育成に必要な土壌がねえ……どうしても水耕栽培が主流になる。
希薄な宇宙空間を電磁ネットスクリーニングで採取したヘリウムと水素から水を生成する自動巡回システムを造り上げて初めて採算が取れる目処が付いた。
完全な無補給永久動力機関、ローター・ムーブメントを自由に出来るならコスト・パフォーマンスを気にする必要は無い。
この世界の成り立ちを調べていく中で、今現在失われてしまった野菜種が幾つかあることを知り、温暖化対策に失敗して水面下が上がったが故に放棄されゴーストプラネット化した星の海中から、サルベージした真空ポッドを幾つか持ち帰る……これにより、養護施設の健全なブランドのひとつ、“レッサースライム&グレムリン農場”は独占的にトマトや玉葱、レタスなどの出荷を開始する。
緑妖精やドライアドの加護は使えなかったが、カミーラが錬金術で生命石を錬成した。循環水槽に放り込んでおけば、自然と滋養豊かな産物が収穫出来るようになった。
ただ需要が高まると、その出所を探ろうとする輩も蠅のようにたかってくる。小型ロボットの巡回システムはあるが、十日交代で(ここ剣座星系群宙域のローカルタイムでは10日で一週間だった)、見回りをしている。
今週、当番のシンディは外への出動が出来なくてストレスが溜まっているようだ。
「夜勤明けで済まねえが給食センターの人手が不足してる、もっと自動化を考えてるが、今日もキャミディ達の手伝いを頼む」
小さな子供達の給食はセントラル・キッチンで賄っていた。
難民センターや不法滞在者を取り締まる入国管理事務局などからの親の居ない孤児達を積極的に受け入れると、運営許可を取り付けるときに約束しちまったからか、今では養護施設は900名近くの児童を抱えている。急遽、職業訓練施設や身の安全を確保する数々の迎撃システム、就職斡旋支援センター、清潔を保つ為の巡視グループを備えた医療診察部、支給する被服やリネン類を供給するファブリック・センター、児童の為の悩み相談室や遊園施設など整え出したが、まだまだこれからだ。
外部からの雇用は一切しないで、カミーラの居城に居た大陸救済協会時代からの人材を当てた。
他に卒院年齢に達した者達のうち、院の仕事を手伝いたいと言ったメンバーを給与制にして雇っている。キャミディってのは食料と調達系の業務を任せた18歳になる黄色人種系の可愛い子だが、ちょっと目尻が気の強そうな姉さん気質の娘だった。
それと収支管理を任せた出納事務をやる、褐色の肌をした縮れ毛のローライブ嬢や何名かの卒院生徒が居る。多分、同じ18歳だ。
多分と言うのは、孤児として保護された時点で親が居ない場合、正確な年齢も把握出来ない場合が多いからだ。
この世界の統一宇宙平均時では1年は413日、1ヶ月は34から35日、1日は26時間の13進法制……ただし、エリアごとのローカルタイムが認められているから、作戦行動の規範にする軍隊関係以外はあまり役に立たない。
「今夕、22:00時、マンドロフ星最大都市ビューラットの古代遺跡博物館“国立聖骸布博物館”への襲撃を敢行する」
「……同行を許可する」
最近、ME乗りとしての技量に目覚めたのか、現場に出たがるシンディはあからさまに嬉しそうな表情を隠そうともしない。
「うん、有り難う、頑張るね!」
「頑張らなくてもいいから、現場では指揮官の命令に従え、呉々も燥いでしくじるなよ」
「キャミディの手伝いは午前中でいいから、必ず仮眠と装備点検を怠るな、以上だ」
退出を促すと、軍隊式の敬礼をピシッと決めるのはいいのだが、スキップしそうな勢いで鼻歌まじりに出て行った。
まだまだ子供気分の抜けない奴だ。
シンディ・アレクセイ……勇者召喚の能力をその身に秘めた、俺達の大切な手札だ。今でも週一で異世界転生の実験を繰り返している。マクシミリアンのおっさんにはすっかりモルモット扱いだが、弱音を吐かずに付き合っている。
表向きは児童養護施設の運営と、商船団の護衛などを生業とするフリーのファイター・クラス、傭兵の真似事などもするがその実、裏稼業としては暗殺や資材強奪の汚れ仕事を請け負う何でも屋だ。
辺境には海賊紛いの接収や鹵獲を繰り返す、人民解放戦線を名乗る内紛ゲリラが少なからず存在し、碌な教育を受けてこなかった連中だから思想とかがある訳じゃなく単なる喰い詰め者の集団だったが、それでも数が集まれば闇シンジケートとして君臨するまでになったらしい……6大勢力のお抱え正規軍は、自分達の利権を守る為じゃないと動かないし、星間連合の司法機関は所属する人民の治安を守るだけで手一杯だった。
別に放っておいてもいいんだが、頭の悪い奴らがのさばってるのがちょっとばかり俺の癇に障った。真剣に生きてる奴等が馬鹿を見るってのはありがちな話だが、どうにも我慢がならなかった。遣っちまう前に社会的経済的影響がどれほどあるのか裏を取った。
星間パイレーツを名乗る4大ファミリーのひとつ、剣座星系群を根城にしていた“悪食のスターウルフ”(頭の悪そうな名前だよな)を、壊滅させたのは俺達だ。
構成要員の末端に至るまで、場合に依っては情状酌量の余地の無い家族や愛人に至るまで、一人残さず消し去った。
無論奴等が貯め込んだキャッシュもデジタル通貨も何も彼も、足の付かない証券も有価物も洗い浚いひとつ残らず持ち去った……死んだ人間に金は不要だ。
多少のマネー・ロンダリングも必要だったが、動産も不動産も短期で売り抜けるものは闇ルートの軍関係の故買屋などに叩き売った。二度と再興出来ぬよう、資産は一切合切根刮ぎ奪い去った。
犯行声明は出さなかったので誰の仕業かは憶測が飛び交うだけだったが、この暴挙は後々までの伝説になる。
以来、全部を信じることは出来なくても噂の一端を聞き付けて裏の仕事を依頼してくる奴等が増えたって訳だ。
だが、今晩のは外からの依頼じゃねえ。
この世界の成り立ちを調べていくうちに分かった最大の謎が、ミッシング・エイジ……“失われた時代”と呼ばれる空白期間だ。
ワクチン開発不可能な致命的な細菌の大量感染が発生し、それ以前の文明がほぼ全て滅びたと伝承されているが、真相は闇の中であり後世の憶測に過ぎないと一部の歴史学者は語る。
人類の歴史は一旦ここで途切れるが、技術的なものは細々と次世代の為と継承し続けられたらしい。ニュー・ワールドと銘打つ新たな銀河連盟憲章が成立するまで、およそ1000年の時を要した。
鋼鉄歴35世紀とは、ミッシング・エイジ、アフターから数えている歴史だ。
新たな文明が勃興した時、星系間連盟は条約で、細菌兵器・生物兵器の研究開発を禁止したが、この広範な銀河の端々までは連盟連合軍の監査の目は行き届かない。
辺境の不良国家や弱小民族が不心得を犯しても、完璧に取締る方法は無かった。
まことしやかに囁かれるのは、6大複合勢力でさえ極秘裏に禁じられた研究開発を行っているのではないかとの噂だ。
6大複合勢力と言うのは今の二瘤駱駝座大星雲の全人類文明圏を牽引している、テクノロジーを独占し、そして社会に提供し続ける複合企業を母体とする巨大な財団達だ。
ひとつは、物流ストリームを行き来する巨大タンカーから軍事用空母や今日的現代戦の主流、小型フリゲート級戦艦までありとあらゆる亜空間航行船を一手に建造する“ボライセン重工業”。
ひとつは、ファイター・クラスを中心にした驚異的に高度なサイバネティクス技術で、換装施設やパーツ、装備用備品のイクイップメントを提供し続けている“ラーム・グァラパリ第一工廠”。
確かな筋の情報に拠れば、常に5個師団分の高性能全身完全義体を備蓄し続けてると言う。
更に銀河ネットワークとも言うべき、コネクティング・パルサーネットを保守運営し、増設計画と新たな敷設工事、クラウドサーバーを介した圧縮サービスやアンテナ基地衛星の投入と、様々な通信インフラに秀でた“ベル・ワーウィック光速通信”。
ヒト型、昆虫型、推進特化のティアドロップ型、様々な環境で真価を発揮する変形タイプとあらゆる需要に応える宙域高速戦闘に長けたモビル・エクステンディッド、そして開拓や建造、惑星改造、採掘、宇宙ステーションなどの巨大建造物の組み立て、探査、発掘調査とあらゆる場面で活躍する搭乗型ビークルの製造ブランチを各首都惑星ごとに展開している“アセア&クーカ開発”。
そして最も重要で謎に包まれているのが残りの二つ。
この世界の演算装置のマイクロ・プロセッサにも応用される集積回路に相当するナノマシン・チップ、こいつはベッセンベニカも原材料にしているサイコニューム鉱石から加工されるのだが、その加工法は極秘中の極秘……つまり、中央スーパー演算装置だろうが、旧式の路面自走車両の制御チップだろうが、寡占産業とも呼べないほぼ一社の独壇場だった。
独占企業、“セイント・マーチン教団財閥”は他に航宙士の育成にも力を入れていて、軍関係も民間産業も船の航宙士は大抵、セイント・マーチン養成学校の卒業生だった。
一説によると、セイント・マーチン製のチップは何かことあれば、一斉に教団の支配下に統制されるとも言われている。
そして同じサイコニューム鉱石から精錬される表面に紅い波紋を佩くのが特徴的な特殊鋼……これまた、どう言った類いの合金なのか、どう言った加工方法なのかは、発注主にも門外漢には一切知らされていなかった。組成を知りたくても、宇宙一の硬度を誇る特殊鋼は切削さえ不可能だった。
従って“ベッセンベニカ特殊製鋼”に提出する発注用3D設計図は、嵌合部、ビス穴の螺子山のアソビに至るまで完璧さが求められる。
そいつは俺達の元居た世界の硬度の概念、ヤング率、剛性率、ポアソン比、どれを取っても計測不能なほど桁違いのものだった。
エルピスの遺産たる神の如き超高度AIに依れば、あらゆる金属を同位元素のまま硬度無限大に高めるメイオール銀河の技術をも、遥かに凌ぐものだと言う。
それはつまり、強度と言う一点に於いて、“ニンリルの翼号”をも軽く凌駕することを意味する……そうネメシスも太鼓判を押した。
これらの製法を盗み出すのにメシアーズは、2年掛かった。
そして、この世界の根源的な疑問……何故、魔素が存在していないのかの答えを求めて、今夜も俺達は跳梁する。
「右下方2時方向、海星型5機接近中、識別コードを求めるシグナルを発信している」
教官の3番機から、秘匿回線で連絡が入る。軍事機密回線に更に輪を掛けた秘密回線だ。
「ほっとけ、常時発信タイプの威嚇シグナルだ、対惑星侵入ガード程度では総ての探知系から不可視化する、メシアーズの透明シールドを見破れる筈がねえ」
俺達は作戦行動中は、元居た世界の言葉で喋ることにしていた。
例え傍受出来たとしても、解析には一週間程掛かると思う。
標準時22:00時に発進した、メシアーズが独自のベッセンベニカ鋼で建造したローター・ムーブメント付きフリゲート艦は、目的のマンドロフ星近辺に40分後には到着していた。
俺達の特攻艦、巨人竜7号だ。
事前に入手していた地表データを頼りに、高度30000メートル迄に接近、発艦ゲートから俺、アザレアさん、ビヨンド教官、シンディ、カミーラ、ネメシスの順にテイク・オフする。
皆、作戦開始前に裏の仕事を請け負うときの覆面……トラブルシューター、“デビルズ・ダーク”として暗躍する場合の目許を覆う真っ黒いマスクをヘルメットの中に装着している。
“デビルズ・ダーク”の名称は、俺達の世界の概念と言葉から名付けたから、その意味が分かる奴はおそらくこの世界には居ねえ。
だが、今夜は唯の盗賊団だ。
6年前、高度な機械文明社会を見て魔術や魔導が無い世界は予測出来たが、魔力の素になる魔素を感じられなくて焦った。
最初は物質が希薄な宇宙空間だから不思議じゃ無いと思った。
しかし自らをコスモ・レイスと自称する人類達の蝟集する生活圏を見つけたが、スピリチュアルなものが消えてしまったのは仕方ないとしても、万物に宿る筈の魔素が全く見つからない……これは俺達の生存にもかかわる由々しき事態だった。
生命形態の変化からか、豊かな緑が繁茂する自然環境と荒凉たる宇宙域の差なのか……どうもそう言うことではなさそうだった。
現に地表の70パーセントが熱帯雨林と言う惑星でも、事情は一緒だったからだ。
人類未踏査の星域に温存されているのか、それとも浮遊し移動する魔素溜まりのようなものがあるのかと思い、あらゆる地域、方面に定点観測機を飛ばしてモニタリングを開始したが、今日に至るまで魔力の魔の字も発見出来てはいない。
俺の中に封印されている魔族共を喰らったときの黒い魔力は相当量のものだが、それでも無尽蔵という訳じゃない。
アザレアさん達ワルキューレはスキル発動なら魔力以外を代替え出来るし、魔術の為の魔力は生命力を削ってでも供給出来る……彼女達の魔核と生命力は相当のものだが、それでも魔素を呼吸するように出し入れ出来る環境が前提だ。
改造版浮遊城“ウルディス”にはカミーラの眷属の妖物達が魔力を満たすよう跋扈しているから、この世界に飛ばされる前に始めようとしていたシンディへの魔術教導を続けられるぐらいには問題無いが、いずれにしろこちらもサイズダウンせざるを得なかった。
機械テクノロジーが高度に発達すると、精霊力は消えると言う……同じことが魔素にも起こったのか、はたまた元々魔素の無い世界なのか、それとも何かの要因で失われてしまったものなのか、さっぱり要領を得なかった。
この世界の成り立ちを調べていく中で、人類が元々はたったひとつの星から宇宙に広がって行ったことは間違いなさそうだった。
総ての人類の故郷、出発点の星になら魔術が廃れたヒントがありそうに思えたのだが、如何せんその位置情報は失われている。
例の1000年の空白期間のせいだ。
俺達は魔力の無駄遣いを控える為、話し合いの結果余程の緊急時でなければ魔術の行使はしないと、自らに封印を課した。
俺達が元の世界に戻るにしても、シンディの召喚能力に依存している……あの時の暴走で、膨大な魔力が消費されたことは後からレポートの提出と共に、観測結果の報告があった。
還り着くためにも魔力は温存しなけりゃならねえ。
カミーラの未来予知と神託予言に依ると、56億7000万年後に七災が見舞い、世界は未曾有のハルマゲドンに覆い尽くされる。
最後に勝ち名乗りを上げるのが、どうやら俺だと言う……その頃の世界が一体どうなっているのか俺にはこれっぱかりも興味がねえし、そんな眉唾な途方もねえ遠い先のことはどうだっていい。
俺には果たさなきゃならねえ、目の前の宿願の方が大事だ。
だから、還り着く。
本当に希薄な魔素が、ごく僅かに宇宙空間に漂っている。
メシアーズが院の水耕栽培用にヘリウム、水素の回収用に確立した電磁ネットスクリーンを流用して集め出したはいいが、気の遠くなるような話だ。とてもじゃねえが実用的じゃない。
「成層圏プラットフォーム・パトロールでしょうか? 首都ビューラット上空にMEの編隊があるようです」
アザレアさんの報告を受けるまでもなく、探知モニター、拡大実写モニターの映像で確認、同時に識別コード情報から所属、機体名、搭乗員予想、速度、装備火器ポテンシャルに至るまで細々としたデータが表示され、流れていく。
既に追尾照準のHUDにマーキングされていた。
「隠す積もりもねえから、蹴散らすか?」
「お前ら、フォーメーションDだ、全滅させる必要はねえ、追って来ない奴は墜とすな!」
接近300フィート手前、極超音速から急制動を掛け、飛行形態からヒト型格闘戦モードに移行して、各自敵機に狙撃再照準。
右手前腕部のライフル・バレルを伸展する。
俺達の機体は特甲……所謂ベッセンベニカ特殊鋼をナノテクノロジーで3次元ハニカム構造にした鋼板の多重装甲だ。貴重な特殊装甲のMEは高価過ぎて、6大複合勢力正規軍の精鋭部隊などごく一部にしか配備されていない。尤も特甲以外のMEも硬い、と言う点じゃ驚異的だったが、その差は歴然としている。
しかも相手側に俺たちゃあ、見えちゃいない。
罷り間違ってもこちらが墜とされることはねえが、今夜の目的は殲滅戦じゃねえ。
―――んじゃ、今夜もダンスを踊ろうか?
「シュートッ!」
敵機体の関節部に正確に着弾した瞬間接着弾は、瞬時に被弾した関節部をビクともしない迄に接合、固縛したまま同時に着弾エネルギーでバランスを奪う。姿勢制御を取り戻せないまま、被弾した機体はあっけないほど明後日の方向に素っ飛んで行く。
「敵はヴァーチャル・ペインを撃ってきてる、油断するな!」
搭乗者への精神的攻撃は、例のヴァーチャル催淫波の他に幾つがあるが、こいつは幻視痛を誘う方法だ。精神力の弱い者は、実際の肉体に影響が出たりする……幻の痛みで、皮膚が切れたり爛れたりと言った現象が起きる。
だが俺達は全員、痛みには強い。
ME戦に於いて狙撃が難しいのは、常に纏うECMや電磁チャフ、ノイズ変調各種のジャミングもあるが(メシアーズに掛かれば裸も同然なんだが)、その機動力とスピードにある。
その運動性能はほぼ慣性力に影響されることなく、瞬時に50フィートほど全方位に不連続的に移動することが出来る。
常人の動体視力なら、ほぼ忍者が分身の術を使ってるように見えるだろう……それ程、強化されたME乗りの身体能力は高い。
だが俺達はほぼ魔力を使わずに、無限に身体能力を高めていける。
自動照準を使わずとも、敵機の素早い撹乱に翻弄されることなく正確に撃ち抜ける。
百発百中の俺達の狙撃精度の前に、次々と成層圏パトロール機は墜ちて行った。安全装置の重力反発ブレーキが働いたようだが、何機かは地面に激突したらしく、火の手が上がっていた。
墜ちた先が住宅街やプレジャー・センターじゃないといいな。
「攻略建造物、視認したぞ!」
ネメシスの声にサブモニターを見れば、何回もお復習した国立博物館の建物が俯瞰出来た。首都は現地時間で深夜だ。
「メシアーズ、出来るか?」
(010100011、全セキュリティー・システムのコントロールを奪いました……0101)
「シンディ、アザレアさん、教官は透明化維持のまま建屋上空で待機、俺とネメシスとカミーラが“モレキュラー透過”で侵入する、場所は4号棟6階の特別展示室、遅れるな!」
モレキュラー透過は、こっちの世界に来てからメシアーズが開発した新機能だ。カミーラが吸血鬼の固有スキル、壁抜けや影渡りをするのを見て思いついたそうだ。
理論的には分子構造の隙間を広げて、機能と形状を維持したまま他の構造物の分子の隙間を抜けると言う非常に高度なものだが、この感覚を生命体で味わうのは、慣れるまで暫く掛かった。
魔術の方がまだ相性が好い。
建造物の構造材、空調ダクト、配管、電装サービス、他の展示室を擦り抜けて目的の部屋にホバリングした。
吹き抜け構造の天井高がなけりゃあ、MEの機体じゃ収まらなかったかもしれねえ。
部屋の中央に展示されるのが目的のロスト・パーツ、今晩狙っていたお宝だ。厚さ10パシロン、約30センチはある水族館並みの透明展示ケースの天辺を分子カッターで切り裂いて、中身だけ頂戴する。
何重ものセキュリティ、建物内外の警備システムも全てメシアーズがバイパスしている。
「23時12分、目標確保、撤退する」
ビフォア、ミッシング・エイジの発掘物や遺物はロスト・パーツと呼ばれて考古学者や歴史学者の研究対象になっていた。
炭素年代測定の加速器質量分析やハイパー・ガスクロマトグラフィーで組成や年代を特定し、推論を立て、他の遺物との関連性を考察する独自の研究分野が成立していた。専門の研究所も幾つか存在する。
対象が電子部品を含んでいれば、失われてしまった技術の発見にも結び付く可能性もあり、各方面から注目されている分野だった。
無論、研究成果はメシアーズが全てハッキングした。
そして俺達の陣営には、科学的アプローチ以外の探査が出来る面子が揃っている。
物の記憶を読み取るサイコメトリーはカミーラも、ネメシスも出来る……流石に心霊考古学と言う分野は、現代科学には無いだろう。
「うぅん、デリリアン銀河歴1236年頃と言うから、おそらくミッシング・エイジの入り口から五、六百年前かの?」
「辺境のサテライト国家にブラヴァン皇国と言う封建制の国があったらしい……世襲貴族で準伯爵の三十五代目、大きな領地を治めた男で、ハイアム・ブロア四世と言うのが元のこいつの持ち主じゃ」
「……既に、この時点で喫煙の習慣は絶えて久しかったようじゃ」
昨晩の戦利品、バーチャル・シガレットと言うロスト・パーツを指先で撫ぜながら、ネメシスは知り得た事実を語っていった。
こいつは、今は廃れた前時代的で不健康な悪習慣の嗜好の為だけに作られた……口に加えて吸引すると、仮想現実的に煙草を吸ってる感覚を与えると言ったたったそれだけのものだった。
だが、そのたったそれだけが俺には物凄く重要な意味を持つ。
「おぉ、精霊文化庁と言う政府機関があったようじゃ、既に科学万能の時代じゃったろうに、オカルティックな名称じゃのお………」
「なんですか、それ? そこのところもう少し詳しく」
「何をやっていたお役所なのでしょう?」
口を揃えて、ビヨンド教官とアザレアさんが先を促した。
「それについてはそれ以上は読み取れんの……出入りの骨董商から買い上げた愛妾からの貢ぎ物であったようじゃ」
それからの来歴は延々と続いたが、有益な情報は得られなかった。
「妙じゃのお、この吸い口、少々ネバつく……ソラン、お主昨晩、こいつを吸ったであろう?」
サイコメトリーに関係なく、当てずっぽうで鎌を掛けられた。
「……済まん、我慢出来なかった」
この世界に来てから、こちらに喫煙の習慣が無いことに気が付いて愕然となった。つまり煙草が入手出来ない。
俺は食事は我慢出来ても、煙草は出来ないって口だ。
ストレージにストックしてあった水タバコ、缶入り刻み、パッケージングの紙巻き、兎に角全部数を調べてチビチビ吸おうと思った。
3ヶ月持たなかった。
以来俺は煙の切れたニコチン中毒患者のままなんだ。悪いかよ!
「お前、今回の奪取計画、結局、単純に煙草が吸いたかっただけなんじゃないのか?」
さも呆れたって顔するんじゃない、ネメシス!
「アンダーソン様、男子たる者、我慢が肝要かと」
アザレアさんまでなんだよ……アザレアさんは好いよな。
こっちの世界にも喫茶の習慣が残っていて、しかもフルーツ・ティーやハーブ・ティーに似た茶葉が流通してるなんて、ずるいぜ。
元の世界で旅先用のセーフ・ハウスにと購入したハーフ・ティンバーの外観を備えた宿屋がストレージにあったので、小惑星帯の事務所棟の隣りに俺達の住居棟として設置した。有害放射線なんかを遮蔽する透明ドームで覆ってある。岩盤にアンカーボルトを打ち込み、簡単な重力発生装置も追加した。
念の為、強度を上げる透明な硬化樹脂を外側に吹き付けてある。
報告と検討をしながら、アザレアさんの振舞う午後のクリーム・ティーを相伴していた。喫茶用の丸テーブルを囲んで、茶請けのスコーンなんかを貰う。
こっちの世界の穀物と乳脂で焼き、ジャムやクリームまでアザレアさんが工夫して再現した。素直に美味い。
アザレアさんは、ティー・ポットを持って辺りをぐるぐる回る、例の謎の動きをしていた。
燃料になるこの世界でのコークスの補充方法も見付け、シェスタの王都で購入したサモワールが静かに湯を沸かしている。
旧式の厨房の火加減にも影響するから温度、湿度、気圧他の環境は正確に再現してある……水の沸点に違いは無い筈だ。
こちらの世界では石材は手軽だが、内装材としての木材は集成材擬きも殆ど見掛けない。木と白漆喰で出来たハーフ・ティンバーの内装は居心地よく、太い梁材が有って、木の香りのするこんなコンサヴァティブな雰囲気の方が、俺達には馴染む。
「そう言えばさ、半年前に入って来た子供達の中にイングマル・ブラヴァン皇国の皇族の子が居たの覚えてる?」
「燃えるような赤毛のちょっと可愛い子でさ、なんだか公爵家のクーデターがあったとかで……確かイングマルって言うのは、デリリアン時代の言葉で“新しい”って言う意味なんだって」
「……シンディはよく覚えてるな?」
大昔の皇国とやらと同じ名前の国が今もある?
同じ国なんだろうか?
しかし、今どき皇国などとはアナクロな……
「ちょっと仲良くなったんだ、皇族なんて、昔の妾の境遇と似てるような気がしてさ」
「ちょっとお話を訊いてみられては如何ですか?」
アザレアさんがフランゴン茶のお代わりを注いで呉れながら問い掛けた。フランゴン茶ってのは“墨のお茶”って言う意味だ。
黒っぽい見た目はアレだが、豊潤な香りがする。
「院の子供達に会うのはなあ、あまり気が乗らん」
異世界に来て常時発動の認識疎外は避けるようにしていた。
魔力の温存もあるが、あらゆる所に監視記録カメラが設置してある世界に、対象が人の意識に働き掛ける認識疎外では何処に遺漏が出るか分からないからだ。
人の集まるところならカメラは至る所にある。管轄する自治体や各星系の司法機関、交通行政などが統括する防犯カメラ、誰でも見れるウェブ・カメラや、商工会が集中管理するショッピングセンターや大型店舗の盗難防止カメラ、民間の警備会社がサービスするセキュリティ・カメラ……定点もあれば移動型、浮遊巡回タイプもある兎に角カメラ、カメラのオンパレードだ。
俺達は人混みに出るときは、特殊大気の星系出身の振りをして触媒呼気マスクなどをしたり、なるべく顔を隠すようにした。
一度、フォルモス星の軌道ステーション、コスモ・ポートで入管に拘束され掛かったことがある。
戸籍の捏造に問題は無かったが、入星管理局に登録が無い改造スタイルだと言う……後で知ったんだが、入星管理局は横の繋がりが出来ていて、あらゆる星系のあらゆる人種、また人体改造にかかわる何千種類と言うスタイル・ブックの、そして更にオプションの組み合わせ迄データ・ベース化したものを共有しているらしい。
実際、収容され掛かったアライバル・ポートは人種の交差点、図体の大きさにはそれ程差は無くても、獅子頭や、黒い毛並みの獰猛そうな犬に似た顔の奴とか、どう見ても産業ロボットか建設現場の作業ロボットにしか見えない構造の奴もいて、俺達が元居た世界の冒険者ギルドでさえ、これ程までに多種多様じゃなかった。
こんなのに比べりゃあ、俺の方がずっと人間らしいと思っていたのは甘かった。首をかしげるような異形の姿のものでも、謂わばこいつらはコモンセンス……社会的に認められている。それがプラネット・イミグレーションの通念だった。
……以降、データベースに正規に登録すればいいとばかりに、申請手続きを調べたが、どこそこの製造メーカーで何年に認可が下りたパーツで製造番号は何、品質保証はどうなって、メンテナンスは、と言ったところまで新規登録には必要と分かり、馬鹿々々しくなってやめた。仮にダミー企業を偽造しても、今度はそちらの信用調査も信憑性を担保しなくちゃならない。
入星管理局での一件は、流石に魔術を使って関係者一同の一部始終の記憶を改竄した。データ上記録されたと思われる部分も末端まで追跡して、偽物と入れ替えるのは結構大変だった。
この一件以来、戸籍データベースの顔の情報は嘘のものに差し替えた……顔に酷いケロイド状の傷痕がある合成画像だ。
画像の改変履歴はバレないようにメシアーズが消し去った。整形術を受けなかったのは宗教上の問題と有耶無耶にしてある。
通信での遣り取りなら幾らでも誤魔化せるが、どうしてもお役所などに直接赴かなければならない場合は、顔に大きな傷があるからと全身ホログラム映像で覆うか、型取りしたゴムマスクやフルフェイスヘルメットを被って凌いだ。
気味悪がられたが、顔認証や虹彩認証でのIDチェックの関門をパスしていれば怪しまれることは無かった。無論、スルー出来るのはメシアーズの細工のお陰だ。
こちらの世界で俺の素顔を知るのは院の子供達と、出入りの業者だけだ。裏稼業の付き合いでも知る者は皆無だ。
これも復讐に生きてきた俺の業の為せる結果なんだろうが、異様で恐ろしげな面構えは、あまり晒せる類いのもんでもなかった。
水棲人とか遺伝子操作で化け物染みた見た目の奴等、一見してこれ人間?、って外見の奴等もウジャウジャいるんだが、不思議とそいつらには社会的認知度があって融け込んでいるし、何しろ星間市民としての自覚があるっぽい。
入管とかの特殊な場所じゃなければ、それほど気にする必要はないのかもしれないが、何より拙いのは、意識していないと自然に漏れ出てしまう俺の異様な瘴気にも似た、邪悪な雰囲気のオーラだ。
やっぱり俺は何処まで行ってもアウトサイダー、この世界でも俺達は……俺は、異邦人には違いない。きっと異質な存在なんだろう。
院の子供達にも怖がられてる。
「お嫌でしたら、私共で対応いたしますが?」
アザレアさんに気を遣わせた。
「いや……会うよ、こいつは俺が直接問い質すべき案件だ」
ヒントは意外と、こう言った時代錯誤のマイノリティな文明圏にこそ残されているのかもしれねえ。
「それに……思い出したよ、あの異常にリンク率のいい子だろ?」
デュッセルデバイン公爵家は来年の国家大祭、つまり独立記念日を以って、当主、お世継ぎ様ごと傍系とは言え皇族の外籍を離れ、新たに侯爵家を起こすとお聴きしていました。
世襲爵位の世で近年ではあまり無かったのですが、皇室にも連なるご一族様の、実質的な降爵に当たります。
皇弟殿下が臣籍降下して新しい公爵家を名乗る為だとのこと。
難しいことは分からないのですが、従来の4大公爵家のバランスを保つ為の派閥争いに敗れたのだとか……椅子取りゲームで押し出されて仕舞ったような感じでしょうか?
わたくしは皇室の末席には連なっておりますが、愛妾腹位階4品位の第三皇女としてやがて侯爵家になるデュッセルデバインの家へ降嫁するよう、父である皇帝陛下より勅令を賜っておりました。
さすれば、今日あるを見越した皇帝陛下と宮内庁、内部分室、皇嗣職官房で権謀が交わされ、白羽の矢が立てられたわたくしは幼い身ながら密命を帯びておりました。
わたくしに見合う年齢のデュッセルデバイン家のご令息は、ご次男様でわたくしよりひとつ年上の、ロドリゲス様とおっしゃいました。
初めての顔合わせで帝宮の温室でお会いした頃、華奢な印象のロドリゲス様はまだ8歳にも達していなかったと記憶しております。
当然わたくしも皇族とは言え、その頃はただの世間を知らぬ年端のいかない小娘……お会いしたロドリゲス様の円らな碧い瞳、無邪気に屈託なくお笑いになられる笑顔に魅せられて、幼心に胸の高鳴る気持ちの正体も分らぬままに、淑女教育ではついぞ教わらなかった不思議な高揚感に捕らわれ、動揺を隠せずに狼狽えました。
子供の頃のことですから、ある程度の無作法は見逃されるでしょうが、当時3人居た専属の家庭教師の内の一人、マナーを学ばさせて頂いたサンダン女史からは間違いなく落第点を出されるでしょう。
つまり一目見て恋に落ちたわたくしが、それからもロドリゲス様の癖毛でくるくると丸まった栗毛のお髪を思い出しては溜め息を吐く、そんなはしたない想いをつのらせて、恋文をお送りするようになったのは7つの秋でした。
お会いするのが待ち遠しくて衣装や髪形に悩んで、あれこれと我が儘を言い、随分と侍女達を困らせたものです。
思えば小さいながら、恋に身を窶すおませな女の子でした。
婚約式を恙無く終えて、わたくしは10歳、ロドリゲス様は11歳にお成りになられた折、未来の夫と決めた殿方は徐々に背の丈が伸びて、ほんの僅かに凛々しくなられました。
「姫様は、何故手前のような者に、それ程のお気持ちを向けて頂けるのでしょう?」
「何故とは?」
皇帝陛下の命もありますが、わたくしは心の底からロドリゲス様をお慕い申しておりました。
「いえ……出過ぎたことを申しました、忘れてください」
ほんの短いやり取りでしたが、ロドリゲス様のお顔が強張るのを初めて見たように思います。
このときわたくしは、庭園の東屋の一画が帝室警備室の盗聴の死角であること、わたくし付きのメイドがお茶の支度に離席していたことに気付くべきでした。
程無くして、ロドリゲス様とわたくしは皇族関係の方々が通う学び舎、帝立ホロドロス学院の中等部に入学、無事に机を並べて様々な、貴族として必要な知識を学べるようになりました。
共にクラス委員を歴任し、ロドリゲス様と楽しく語らえる時間はわたくしにとっての至福と言えましょう。
思えばこのときが、わたくしの生涯に於いて一番輝いていたときかもしれません。
デュッセルデバインの一族がクーデターを起こしたのは、わたくしが12歳になった後の冬でした。
木枯らしが吹き抜ける夕方だったと思います。
帝宮に火の手が上がり、謀反に与する兵士達がわらわらと取り付いて警護の近衛騎士を銃撃する残虐な音が響いておりました。
外宮から内宮を繋ぐ鉄騎武者の溜まりから、専従の侍従長が大声で何か叫んでいるのですが、よく意味がわかりません!
訳が分からない内に、大勢のメイド達と奥へと逃げました!
そこは皇帝陛下がお住まいになる奥宮でした。
皇帝陛下は髪を振り乱されて、大きな窓から下方の帝都をご覧になられるお顔は、それはもう最早尋常のものではありませんでした。
眼は血走って、顳顬には脂汗が滲んでおられます。
「陛下、帝が本宮を守るべき第一師団が公爵方に寝返りました!」
宰相様が何か叫んでおられます。
「既に城下も敵方の包囲網に落ちた模様!」
「皇弟殿下の館もデュッセルデバイン一派が襲撃し、王弟妃様共々首級が上げられたそうですっ!」
次々に伝令が、信じられない状況を告げていきます。
「宮内庁諜報部はこれ程の謀反の計画を何故未然に防げなかったのだ、典範官房長官は瞽か!」
「国防大臣の宮廷公安三課こそ、デュッセルデバインに謀反の意思無しと報告しておったではないかっ!」
折悪しく帝宮殿に残っていた宮廷内閣の国務官僚達が、掴み合わんばかりに互いを罵り合っています。
「扣えよ、たわけが!」
陛下が大音声で叱責なさいました。既に本日の公務を終えられた陛下は皇帝冠も脱いで簡素なローブ姿でしたが、焦げ茶の頬髯を逆立てられ、まるで手負いの猛獣の鬣のようでした。
デュッセルデバイン家に完全なまでに軍部を掌握されているのは、信じられない迄に衝撃的でしたが、残念ながら火を見るより明らかな事実のようです。
……余程巧く根回ししたのでしょうか?
そう言えば防衛師団タスク・フォースにデュッセルデバインの軍閥があると聴いたような気もします。
「完全に虚を衝かれたは、余が不明……ラウスレーゼッ、ラウスレーゼはあるかっ!」
警備を統率する近衛騎士団長を、大声で呼ばわれます。
すぐに駆け付ける眉目秀麗の美丈夫こそが、陛下の懐刀にして全幅の信頼を寄せる統括騎士団長、一代騎士爵ながら武に関しては並ぶ者無しと謳われたラウスレーゼ・ヘルムートその人です。
「余はこれにて討ち死に致す、ついては配下の者を率い、女、子供を落ち延びさせよ」
拝跪されるラウスレーゼ様に、陛下は静かな声で最期の御命令を下されました。
ご下命、命に替えて完遂いたしますと拝命するラウスレーゼ様は、既に咽び泣いておられました。
正室皇妃であられるミソカヘレーネ様、第二夫人のフェルメル様、第三夫人のヴェンビーノ・ソレビアーノ様、そしてそれぞれのお子達は動揺を隠せないながらも覚悟を決めて、陛下にそれぞれお遑の言葉を掛けられました。
陛下は、それぞれのお方様に今この場で出来る最大限の形見分けを与えておられます。
「そちに何もしてやれなかった、余を許せっ!」
陛下は最後に、わたくしの母君であられるオランディーヌ様に声を掛けられました。
「いいえ、陛下の御寵愛を受け、オランディーヌは幸せでした」
ずっと日陰者だった母君は、最後の最後に涙を堪えて気丈に振舞われました。今迄で一番立派です。
一室を賜っているとは言え、表面上その出自は低く喧伝され、側室として臣下の身に甘んじると言った役割を演じた母君は、離されて育てられたわたくしに取って母親と言うよりは一人の悲劇のヒロインのように思えていました。
わたくしと同じ緋色の髪を結い上げたお姿は、遠目にも儚く、花も恥じらう羞月閉花、沈魚落雁とまで謳われた、名にし負う傾城として世には知られていました。
しかし陛下にとっては掌中の珠でありましたでしょう。
多くに隠し通すことを命ぜられた事情を別にしても、陛下は母君を愛しておられました。
陛下は意外なことに、戦装束を整える近侍を押し退けてわたくしを黙って抱き締めると、皇太子にも与えなかった見事な守り刀程の宝剣を下賜されました。
「生き延びよ………」
今生の別れに賜った言葉が、最初で最後とも思える親子の情だったのはなんと言う皮肉でしょうか……
近衛隊士精鋭を先頭に、皇族しか知らない秘密の隠し通路を進んでなんとか城外の泉水に通じる水路から出ると、暗闇にひそむ待ち伏せに取り囲まれました。
「今宵を以ってデュッセルデバインは覇権を獲る……ブラヴァンの真正正統を継ぐ者、アンネハイネ様、お命頂戴つかまつる!」
「デリリアンの亡霊殿、お覚悟召されよっ!」
聞き覚えのあるお声でした。
風の強い晩だったのを、覚えています。
辺りは明滅するビーム・サーベルと渦巻く無言の殺意に包まれていました。皇后様、皇太子様らが命乞いをされていました。
「なんとなく、そうではないかと思っていました……ロドリゲス様はいつからわたくしが正統とお気付きでしたか?」
そう、宮中での秘中の秘、わたくしの母君は氏素性を偽り、ひた隠しにしてきたが、故国ブラヴァン王家の正当な血筋を引く者……末裔で、本当の名前をオランディーヌ・ロセ・ブラヴァンと言う。
今の為政者たる皇帝が奇跡的に手中にした、失われた古代皇家の血を最も色濃く継ぐ者でした。
血の薄い現皇帝は、ブラヴァンを名乗ってはいません。
そう、偽の門地を名乗る母上の不遇の身分も、わたくしが帝位継承者の末席にも連なっていないかに、真実を知らされていない者達を騙し続けるのはとても……そう、とても大変なことでした。
「我が家が国を制すると決めた日から、一族はこの日の為に密かに準備をしてきた、こちらにも暗部の人間は居るのです……秘密の隠し通路の存在は大概の者が知っていた」
「出口を探すのも、容易なことでした」
近衛の護衛に庇われながら逃げ惑う皇族の高貴な係累の方々が乱戦の中、次々と斬り伏せられていきました。
殺戮の修羅場など経験したことのないわたくしは、蒼白のまま立ち尽くすしか出来ませんでした。
「アンネハイネ……」
わたくしを呼ぶ母上の弱々しい声に、真っ青になりました。
「お母様っ!」
わたくしが思わず駆け寄ろうとするのを、黒く染め抜かれた闇討ち用の装束でロドリゲス様が行く手を阻みます。
最早、月明かりに顔を隠そうともしません。
「お母様っ、お母様っ、お母様っ!」
今際のきわ迄、母娘の情が薄い振りなどしていられません。
わたくしは全ての芝居をかなぐり捨てて、母上を守ろうと突き進みました。そして斬られました。
痛みに遠退く意識の中で、ヌルヌルする血さえ気にならずに、必死で母上を呼び続けたのです。
「……貴女とお会いするのは家の大望の為ばかりではなかった」
「貴女の本当の正体を知ってからは本当に苦しんだ……貴女の気持ちに応えたいと思う程には好いていたのです、貴女の黒い瞳がカラーコンタクトの偽装で、本物の虹彩はベッセンベニカの紅紋のように赤いのだと知るまでは」
「それでも私は誰よりも愛らしく、品位と知性に抜きん出ている貴女に惹かれていく自分が止められなかった」
「不自然でした、貴女は皇族方の誰よりも高い教養とマナーに秀でていた……切り捨てられる我がデュッセルデバインに降嫁されるにしては過ぎたる姫君でした」
もう暗闇の中に落ちて行くわたくしに、ロドリゲス様の言葉は届きません。ともすればこのまま命が消えてしまうかもしれないわたくしに、一体何を伝えたいと言うのでしょう?
「貴女様の正体が知れてみれば、ますますデュッセルデバインに下げ渡される筈も無き高貴なるお方……寧ろ皇帝が手放す筈など無い、当然そこには策略があると考えるのが自然です」
「ロドリゲス二世いいいぃっ!」
ラウスレーゼらしき声が轟きますが、わたくしの意識が持ったのはそこまでで、後はぷっつりと途絶えました。
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誰かの肩に揺すられながら、混濁する意識に思考が浮上すると、頭が混乱しながらも自分がどういう状態なのか明瞭になってきました。
どうやらラウスレーゼの背に背負われているようなのです。
背負い紐でしょうか、括りつけられたバンドがきつくて、呼吸が上手く出来ません。
「はっ、母上っ、母上っ、母上は如何なりましたか!」
やがて先程迄のことを思い出したわたくしは、母上の身の上を一番に問いました。痛みに息も絶え絶えなのですが、自分の身体のこと処ではありません。
「……姫殿下、お許しください、不甲斐無くもオランディーヌ様をお守り出来ませんでした」
ラウスレーゼの悔悟は血を吐くような苦しみにまみれていました。
なんでも待ち伏せと、帝宮殿の隠し通路を追ってきた二つの部隊に挟撃され進退窮まったそうです。
……母上、陛下の勅命で身分を偽らざるを得なかった薄幸の母上、人目を憚って母娘での会話を避けてきたのは、今となってはなんと惨い所業でしょう。
もっと……もっと母上と一緒の時間を過ごしたかった。
死に別れてから思い起こすのは、そんな後悔の念だけでした。
「姫殿下、ここまでのようです」
森の中を疾走していたラウスレーゼが、急に速度を落としました。
わたくしを姫殿下と呼ぶのは忠誠を誓う側近の者に限られます。
その尊称は、女帝としての帝位継承権第一位の者に対するものだからです。遥かなるデリリアンの時代から、もともとがブラヴァン王朝は代々女王を君主として戴いてきた歴史がありました……絶えて久しい慣例でしたが。
即位戴冠すれば、わたくしがこの星の支配者と言う立場でした。
それが隠されたわたくしの、本当の血筋です。
「傷は浅う御座いますが、お顔に受けられておられます」
止まって背からわたくしを降ろして横たえると、膝下した近衛騎士団長の顔は、その端正な相好は見る影も無く向こう傷で埋め尽くされていました。
「追っ手は全て斬り伏せまして御座います、しかし姫殿下の仮初の婚約者であったデュッセルデバイン家の次男、ロドリゲス二世はあの年にして、既に可成りの手練れでした」
「齢13にしてあの業前は、末恐ろしいものがありました」
「からくも誅することが出来ましたが、拙者も深手を負って仕舞いました……ここから先はご一緒出来ません」
ラウスレーゼのお腹から血が滲んでいるのが、夜目にも分かりました。ロドリゲス様が、武技第一席のラウスレーゼに比肩しうる剣技の腕前だったとは驚きですが、確かに立ち居振る舞いには一部の隙もありませんでした。
わたくしは、それが行儀作法の修練と、ダンスや舞踏を習っているお蔭だと、ロドリゲス様がおっしゃっていたのをそのまま信じていましたのに……
愛しい筈のロドリゲス様のお気持ちが、わたくしには向いて頂けなかったのは返す返すも残念です……陛下の勅命さえなければ、わたくしも心の底からお慕い申し上げていましたものを。
畝るようなハニーブラウンの髪で優し気に微笑まれるロドリゲス様の在りし日の思い出が、走馬灯のように巡っていきます。
「頬傷を受けられて御座います、痛み止めと縫合パッチ、癒着硬化ジェルで止血しましたが、早く整形施療いたしませぬと傷痕が残りまして御座います」
「これから南のポート・ベルレイに向かわれると好いでしょう、あそこには各星系向けのバウンド貨物基地がありますし、密航をサポートする裏の業者も居ります」
「移動はなるべくボックス・ライナーではなくて、フラッシュ・ウェイを使われてください」
これからのことを細々と諭してくれるラウスレーゼの声が、段々と掠れて、小さくなって行くのが分かります。
「……たっ、度重なる不手際に、これ以上のお供が叶いませぬことをご寛恕くだされ」
忠臣の最期の言葉に、胸が詰まる思いです。わたくしは淑女としては在ってはならないのに、激しく噦り上げました。
「……どうか、生きて在られますよう」
そう言い残して、元勲の士、ラウスレーゼは前のめりにゆっくりと突っ伏して行きました。
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力無き12歳の小娘が、国家紊乱の状況下に敵方の追及を逃れるのは到底無理に思われます。
しかしながら母上、父上が非業の死を遂げられ、今また忠勇の士に先立たれ、叶わぬ迄も死力を絞り尽くそうと覚悟いたしました。
それからが大変でした。
ラウスレーゼの瞼を閉じて、死者への冒涜を棚上げに役立つ物は無いか装備品をまさぐります。
案の定、影の仕事をする者に持たされる足の付かないプリペイド・カードや暗器として使われるだろう小振りのダガー、無線傍受用の超小型万能ハンドトーキー、サバイバルキット、幾つかの工作任務用の電子ガジェットなどを見付け、剝ぎ取ります。
これらの品で、ラウスレーゼが裏のお勤めにもたずさわっていたことが分かります。
わたくしは既に折れ曲がって仕舞った動きにくいワイヤー入りのクリノリンを脱ぎ捨て、ペチコートだけの姿になると、不要になった豪華な生地のフープスカートを切り裂いて、死体から取り上げたものを持ち運ぶ不格好な頭陀袋を拵えました。
最後に、先に見つけて置いた影仕事に従事する者が身に付けていると言う自爆用の焼夷テルミットに点火して、ラウスレーゼに別れを告げます。
夜空に立ち昇る黒い煙は、これから死に物狂いの逃避行を開始する合図の狼煙のようで、人体の燃える悍ましい異臭に噎せ、これから仕出かす無茶な愚行に怯えて竦んで仕舞いました。
御料林の東側に無人ファクトリー街の工業団地があります。
運良く無人のキャッシュ・ディスペンサーを見つけ、当座の現金を引き出し、カードには限度額一杯迄にチャージします。
端末の取引記録と、ここまで来る途中の街頭やCD機端末付属の防犯カメラの映像は全て消し去りました。
わたくしは電子的な機器を弄ることが出来ます。
それがブラヴァンの家系に偶に現れたと言う異能の一端、先祖返りのわたくしに備わった超常現象能力、ESPの力でした。
これがあるからこそ、わたくしはデュッセルデバインに潜入する密命を帯びていたのです……見事に裏を掻かれて仕舞いましたが。
わたくしも、由緒正しきかどうかは別として、為政者の家系の端くれ……ファイター・クラスなれば、首筋の裏には直接、コネクティング・パルサーネットにもアクセス可能な端子を持っています。
久しく用いたことはありませんが。
我がイングマル・ブラヴァン皇国の貴族は、特権階級意識が強く、自らMEに乗機するを恥とする気風があります。駆動確認のシュミレーターを除き、生涯一度も実機すること無く一生を終える者も珍しくありません。
ですが潜入任務と言う密命の為、わたくしは以前体格に合わせたシートに換装して貰った訓練用MEに乗せて貰ったことがあります。首筋のユニバーサル端子を用いずとも、帝国のプロ・パイロットの誰よりも高いリンク率を叩き出しました。
傲慢な言い方かもしれませんが、きっとこの世の誰よりも深く、MEのことが理解出来ると思います。
痛み止めが切れてきました。あまりの疼痛に目が霞んできます。
ラウスレーゼの遺品の多機能モバイル・フォーンでボックス・ライナーを呼びます。自動運転の移動手段として、乗り合いの公共交通に比べ個別に走行するボックス・ライナーは、交通検索網に引っ掛かり易い。ラウスレーゼが避けるように苦言した所以です。
でも、わたくしはデータ情報を操作出来る。
夜間無人販売の薬局と洋品店に立ち寄り、麻酔に近い鎮痛剤と顔の傷を保護するサポーターマスク、変装用の工員風の作業服を手に入れました。手荷物は一緒に購入した肩掛けバッグに詰めます。
右肩にも刀疵があるようですが、幸い浅傷です。
見た目はそのままでも、わたくしは強化義体で体の一部を装甲化しています。それでも兵士の使う軍事スペックのビームヒート・サーベルが相手では、敵う筈もありません。
唯のかよわい女子ではなくても、痛覚遮断には限度があります。
非常時に泣き言をいってる場合ではありませんが、でも痛いものは痛いです。顔の傷で頭が割れそうです。
乗り物に乗って移動する間、暫しの休息です。
ポート・ベルレイの上空には夜空を切り裂く照明ビームを交差させて、哨戒ブイトルが何機も飛んでいます。
空港は、真夜中だと言うのに逃げ出す反デュッセルデバイン派貴族でごった返しておりました。帝立学院で懇意にして頂いた令嬢の伯爵家ご一族を見つけましたが、迂闊に近づけません。出国カウンターも搭乗ゲートもクーデター派の兵士で固められておりました。
空港周辺のアクセスも陸軍のMEが厳重に検問を敷いていたので、わたくしは途中で車を捨て、徒歩で物陰を伝い、先程職員の使う出入口のひとつからこっそり入りました。セキュリティロックは私の行手を塞ぎません。
検疫と保安検査のエリアで気が付かれないようご一家に近付きましたが、皆様は故郷を逃げ出す憂き目に皇帝陛下を罵る言葉を何度も繰り返しておられました。
昨日まで仕えていた皇帝は今では賊軍と言う訳です。これはとても頼れないと、諦めました。
空港係留の自家用機で逃げ出そうとした特権階級の面々が、捕縛されているようです。令嬢ご一家も多分、逃れられないと思います。
発券機で搭乗チケットを、パスポート申請出張端末で偽情報のパスポート・カードを入手しましたが、実際に出国カウンターを通るにはリスクが多過ぎます。機内食サービスのケータリング搬入経路を探し当て、機内に潜り込むことにしました。
この機は星間連合連盟難民救済センターのある剣座星系への直行便ですから、このままギャレーの片隅に息を殺して隠れひそめば5時間程で安全圏の筈です。
それからもうっかり人身売買の組織に誘拐され掛かったり、知り合った人の良さそうなグランド・ワーカーの老夫婦に懸賞金目当てに裏切られたりと、人の世の無情と薄汚さを知るには充分過ぎて、何日もしない内にわたくしは立派な人間不信に陥りました。
そして辿り着いた難民支援センター事務総局、対外保護総局直属の現地事務所も大変な有様でした。剣座星系は局地的な内紛の勃発する地域で(だからこそここに本部が設置されたらしいのでが)、はっきり言ってキャパオーバーの様相です。
順番待ちの待機所でさえ衛生環境は確保されておらず、医療の必要な人々が放置されていました。
結局、わたくしの顔の傷は優先順位が低くて施術されないまま醜く残ってしまいました。普段は、顔面を襷掛けのように覆うサポーターをして隠しています。
難民センターは戦略的政争を含む政治的な思惑から、完全に切り離される安全が保障されてはいましたが、非合法にデュッセルデバインの刺客が送り込まれてくることを警戒して、わたくしは髪の毛もブロンドに染め直して正体を隠しました。
所属するコミューンを失い、身寄りを無くした戦災孤児達専用の難民キャンプで1ヶ月ほど集団生活をしたでしょうか?
イングマル・ブラヴァン皇国はかなり特殊な生活様式で、皇族を初め帝国貴族は家族単位での生活を古の儀式に従って営みますが、アストロノーツの多くはコミューンやコロニーといった社会単位での出産と育児が常識となっています。
その点では、我が祖国の伝統と文化は異端と言えましょう。
わたくしは能力を使って“ハーバル・プレストン”と言う仮のIDを得ていました。パルサーネットの中央データベースを改竄するのは無理でも、紹介用端末を弄るくらいは造作もありません。
内戦が激化するシラクサ・ブリエネ星系から、地下資源の利権を巡り長引くクリステラ紛争地域での無差別テロで焼け出され、落ち延びてきたとの触れ込みです。
初めて経験する集団生活は新鮮でしたが、色々苦労もしました。
小さな子もいるのでトイレやシャワーの世話は年長者の役目です。中にはどうしてこんな汚し方をするのだろうと首を傾げるような用足しをする子もいて、抗菌トイレの清掃が大変でした。
女の子だけの6人部屋でしたが、一人黒人種の女の子が同性愛の気があるようで、よくわたくしのベッドに裸で潜り込んできました。
何度かパンツの中にも手を入れられ、唇も奪われました(わたくしのリアルなファースト・キスでした)。
年上の14歳と聞いてましたが、このぐらいになるとグランド・ワーカーでも、所属する生活グループでバーチャル・セックスの洗礼があると思うのですが、まだまだ片田舎では肉体的接触の風習が残っているのでしょうか?
毎回々々、騒ぎにならないようやんわり拒絶するのが大変でした。
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疎開先の孤児院に“レッサースライム&グレムリン児童養護施設”を選んだのは偶々に過ぎません。
難民キャンプは仮の住処、後から後から増設される仮設住宅も追いついていない状況です。
大人達は落ち着き先を斡旋され、押し出されるように出て行きますが、わたくし達戦災孤児も民間の孤児院に移らなければなりません。
その小惑星帯に築かれた施設への、難民センターが手配した移送船が着陸したのは、浮遊移動式の管制塔と有視の誘導ビームを備えた本格的で最新式の立派な係留発着ドックでした。
ボーディングブリッジから到着ターミナルへ入ると、とても民間の孤児院施設とも思えないラグジュアリーな造りです。間接照明が多用された、装飾は少ないけれど床などは寄木細工というのでしょうか、希少な木材を多用し贅を尽くしたホールに通されました。わたくしの母星でもあまり見ない部類の趣味の良さが伺われました。
「よく来た最果てのタコ部屋に、吾こそがここ“虎の穴”を仕切るデビル・レッドじゃ」
センター職員が差し出す規定の受け入れ書類にサインをしていた者が(タブレットに適当に書きなぐっただけに見えましたが)、声を張り上げました。良く通る透き通った声音でした。
その人は、今迄わたくしが見てきた誰よりも、亡くなられたわたくしの母上でさえ霞んでしまうような、端麗さに秀でた……正しく美の女神でした。
思わず引き付けられ、魅入られてしまうような磁力があります。
美しい金色の髪が細く揺蕩うように靄って見えます。
ただ非常に年若く見えました。わたくしよりは年上かもしれませんが、どう見ても社会的に就業年齢に達してるように思えません。
(“シスたそ”様、いたいけな子供相手に何ぶちかましてくれてるんですか……チュウニビョウでしたっけ? それにこちらの世界の言語ではポピュラーじゃない“吾”なんて一人称を、ここで態々使う必要あります?)
(デビル・ピンク、お茶目な挨拶じゃ無いか、それに最初が肝心、クソガキ共にはガツンと一発言っておかんとの)
何かひそひそ話をしているようですが、近くに居たわたくしには丸聞こえです。クソガキとか言ってますし。
注意した方の女性は豊満な肢体を持つ妙齢の……何処に出しても恥ずかしくない、これまた大したレベルの美人でした。
それより気になっていたのが彼女らの服装です。オイルレザーかラテックスのような質感、いえもっと硬質な材質のようにも思える防護服かと思える制服は、施設の職員にはそぐわないものでした。
まるで戦闘要員のようです。
「はい、このお姉さんのことは気にしなくていいですからね、受け入れ手続きをしますからこっちに並んでくださいね、慣れない移動で気分の悪くなった人はいませんか?」
どうやら豊満ボディの女性の方は、良識ある人のようでした。
チェックイン・カウンターのような場所で何列かに並んで順番を待つのですが、小さい子も居るので飽きないようにジェネラルパーパス向けの多機能タブレットが貸し出されたり、疲れないようにとの配慮で希望者には自走式の腰掛けが支給されました。
なので今回の受け入れは32名程でしたが、ワイワイガヤガヤとした、良く言えば緊張が解れた雰囲気でした。
幾つか並んだ、こちらの背丈に合わせて一段低く作られたチェックイン・カウンターのブースの背後にとても大型のマルチ・ビジョンがあるのですが、数十に分割された画面は全銀河の公営放送、株式市場や臨時便などのフライト情報、ニュース・トピックスなどが流され、常に所々がポップアップして拡大画面になります。
子供達は気が付かないようですが、会員制ネット配信や軍事回線でも絶対ありえないような映像が紛れ込んでいます。それはある星系の秘密のトップ会談だったり、連合軍中央参謀本部直属の情報局集中管理センターの模様とおぼしきものだったり、銃器の闇市場の取引き現場の盗撮だったりと絶対に漏洩する筈のないものでした……おかしいのです。テロップがその異様な内容を指し示してさえいます。
ここは異常でした。
「はい、次のひと」
促されて、わたくしの順番になり、偽造のIDカードをカウンターに差し出します。対面した係は、周囲に配された幾つものタブレット画面に注視しながらカタカタと手元のキーを操作しています。
良く見えませんが、見たことのないタイプの入力デバイスのようです……旧式なのでしょうか?
綺麗な係りの人でした。
赤味を帯びたブロンドの髪を丁寧に結い上げています。
「ハーバル・プレストンさん……特にここでは偽名を使う必要もありませんよ、アンネハイネさんでも、どうぞお好きな方を名乗ってくださって結構です、一旦私共の庇護下に入られた方々は私共が身体を張ってでもお守りいたします」
「訳ありでしょうから事情を全てお話しくださる必要はありませんが、もしカウンセラーが必要でしたら優秀な専門カウンセラー・ルームもご用意してあります……相談者の秘密は厳守致します」
思わず悲鳴を上げなかった自分が誇らしかった。
何故全てが見透かされているのか、訳が分からなかった。
それが、その後何かにつけ良くお世話になったシンディさんとの衝撃的な出会いでした。
「刀瘡が何箇所かにあるようですね、皇族の女性方には顔の傷は辛いものがあるでしょう、この後処置室にご案内します」
わたくしは茫然となりながら、浮遊タイプの小型AIギアの誘導に従って診療室に辿り着きました。
常に変転するタイプのAIギアは意味不明な変形を繰り返して、良く見ると複雑な構造をスライドさせ、回転させ、嵌合部を入れ替える不思議な動きで、意図せず見ている者を引き込みます。
……後で分かりましたが、規模に対してこの施設は異常に職員が少ないのですが、全てこの多種多様なAIギアに依ってサポートされていました。
「はい、これで傷痕は跡形も無くなりました、ツルツルでしょ?」
マクシミリアン先生と名乗った医師が、わたくしに手鏡を差し出すのを震える手で受け取りました。そこにはビーム・サーベルで斬られた跡などは微塵も無く、嘗てのわたくしの顔がありました。
半分は諦めていたのに、人造皮膚移植でもなく、細胞増殖法でもなく、ここにはまるで奇跡のような高度な医療がありました……事実先生の施術は、ものの数分と掛かっていません。
見たこともない複雑精緻なマイクロ・サージャリーの機械をオフにして、耳は尖り目も吊り上がったマクシミリアン先生は、その酷薄そうな口を歪めて笑っていますが、わたくしには慈愛に満ちた医神そのものに見えていました。
「あ、有り難うございます……有り難うございます」
唯々、お礼の言葉を繰り返すわたくしは、自然と涙声になっていました。現実を受け止めてきたわたくしも一人の女性……無駄と思えば嘆くこともやめましたが、矢張り顔の傷は少なからずストレスになっていました。
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知れば知る程、ここは異常でした。
将来に備えた職業訓練コースが幾つかあるので、電検作業員やエネルギー管理士、プラント・デザイナーなどの専門技術職養成講座をお試しで聴講してみたのですが、どれも信じられないぐらい高度で先進的なカリキュラムが組まれていました。
実力主義の為か随分年若い聴講生も居ましたが、先輩方に伺ったお話ですと、それぞれに半年に一度の全域統一試験があり、奨学金制度を維持する為、ここでは地獄の試験前特別講座の履修が必須になっているそうです。
その時期になると自習室は完全予約制になって、早い者勝ちなのだとか……この自習室と言うのがまた常識外の代物で、全宙域のライブラリーのデータベースがミラーリングされていて、絶対に閲覧不可な筈の技術書テキスト情報まで見ることが出来ました。
プログラマー養成講座では“ゼロから始める優しいクラッキング”と言うコマがありましたが、冗談なのか本気なのかは参加出来なかったので確認していません。
寮内は随時清掃ロボットが巡回している程の徹底した衛生管理が為されていましたし、シャワーや入浴設備、個室にも洗面台はありましたが、それとは別に共同の洗面所もあり、トイレにはパウダールームも付属してます……おませな女の子は、購買でメイクアップ用品も購入出来ます。
購買で、今は大変珍しくなったコンドームが売っていたのには、淑女たる身には首をかしげざるを得ませんでしたが……
食料自給の為に始めたらしい水耕栽培農場は、作付面積20万ガバナスだと聞きました。これは故郷の中央帝都の面積に匹敵します。
わたくしは短期の留学経験もありますから、地方の産物には詳しいのですが、見たことのない種類の野菜が収穫されていました。
珍しいのか、可成り高値で取引されているようです。
施設で消費される他の殆どは、外部の流通業者に出荷され、バーターで穀物や食肉加工品、その他の生鮮食品などと交換されているようでした。
小さな子達の為の食堂は、あっちこっちに分散された大型のホールがあるのですが、職業訓練課程の者は時間帯が不規則なので常時稼働しているカフェテリアやビュッフェスタイルのミール・コーナーを利用します。ちゃんとカロリー表示もあるのですが、自分で自分を律せられる筈のわたくしが、デザート・ビュッフェに入り浸るようになったのはここのお菓子があまりにも美味し過ぎるせいです。
……不思議なのは、いつ行ってもあのデビル・レッドと名乗った若い女性職員が同じ席に陣取って、大量のトルテやクーヘン、見たこともないガトーやパフェ類に囲まれていることです。
訊くとはなしに訊くと、なんでもここの主だそうです。
よく口許にクリームとかを付けていましたが、そんな姿でも超絶美形は変わりなく、その度毎に思わず見惚れて仕舞います。
一方、小さい子達の為のアミューズメント・ルームは大小幾つかあるのですが、その中身が日替わりで模様替えされます。
ある日は室内遊園地だったドームが、翌日には水族館になっていたり、昨日アスレチック・パレスだったホールが、今日はプールだったりと、また季節によっては“収穫祭”とか“生誕祭”とか、良く聞いたことの無いイベントも催されるようです。
子供達を飽きさせない工夫が為されていましたが、寡聞にしてこんな夢のようなテクノロジーをわたくしは他で見たことがありません。
惜しむらくは、ナニーロボットが何体も補助に就いてはいるのですが(聞き分けの無い子、乱暴な子などは軒並みこのナニーロボットに捕まってお尻ぺんぺんなどの折檻をされるのですが)、保母役の職員が少なくて収容メンバーの年長者がボランティアで引率していることでしょうか?
わたくしも時間の許す限り、コミューンからはみ出して仕舞った児童達の面倒を買って出ることにしました。
他にも施設の其処彼処に、おかしいなと思われる箇所は幾つもありました。飲料の自動販売ベンダーはあまり珍しくありませんが、菓子の販売機と言うのは初めて見ました。
しかも販売されているのはチョコレートとか?、ヌガー?、キャラメル?、と言ったよく知らないものばかりです。
包装には一部、何処の汎用言語にも含まれない文字がありましたから、何処か地方星系の産物なんでしょうか?
また年長組は一日の内、基礎教育や履修コースの他に数時間の労働が義務付けられていますが、支給されたプリペイド・カードにお給料が振り込まれます。そのこと自体は別に違法ではないのですが、児童養護施設としてはとてもレアなケースではないでしょうか?
事務所棟の主計部に、“働かざる者、喰うべからず”と大きく記された経営理念が掲げられているのを見たことがあります。
そしてそのプリペイド・カードが使える施設内の購買部や専用通信販売の充実振りが、頭をかしげるレベルなのです。
電子学用品はもとより、衣料や化粧品、細々とした生活備品に至るまで施設内だけの破格の値段で提供されているのです。絶対採算は度外視されていると思われるのです。
賭けても良いですが、容量64エクサバイトの最新型ミニ・ポケットモバイルは宇宙中探しても、絶対にこの値段では買えません。
決定的だったのは、入寮してからの猶予期間に選択科目と履修コースを決めなさいと言われて色々見て回った内の、MEパイロットの養成講座でした。
ここではグランド・ワーカー出身の者にも、希望者にはファイターへの特別編入の登竜門が開かれているとかで、どう言う手を使ったのか分かりませんがとても厳しい筈のファイター・クラス総合管理局教育機関の認可を受けているらしいのです。
そう言った融和政策の組織があるらしいとは聞いたことがありましたが、実際に目にするのは初めてでした。
特待学級は少数精鋭、今現在20名に満たないようです。
火器管制制御ソフトの座学で一緒になった特待生のメンバーに訊いてみたところ……
「ペーパーテストと実地適正試験は結構狭き門だけど、希望があれば何度でも受けさせて貰えるし、C-typeユニバーサル端子と人工神経や大脳基底核へのチップ埋め込みも、サインさえすればすぐに遣って貰えるよ」
「遠隔モニタリングされるって噂もあるけど、誰も真偽のほどは知らないしね……噂に依るとデビル・ブラック先生が監視役らしいんだけど、別名“ハーミットの眼”って呼ばれてる」
……ちょっと安易に能天気過ぎないだろうか?
マンマシーン・インターフェイスのシステムは通常、もっと早い年齢で埋め込まれます。成人すると共に何度かサイズアップ交換していくのですが、学齢期も後半の、年長の者への施術は可成りのテクニックと設備を要する筈です。
「ハーミットって言うのが何か検索してみたけど分からなかった」
ハーミットも気になりますが、”デビル”と言う名の職員が多いように思えます。何かクローン系の一族なのでしょうか……それにしては顔付きは似ていませんが?
それよりグランド・ワーカーへの端子施術はあまり聞いたことがありません。違法改造だったりしないのでしょうか?
「マクシミリアン先生の腕は確かだから、あたし達みたいな歳だと免疫拒絶反応が出易いって言うみたいだけど、特に違和感無いよ、却って前より調子いいみたい」
「架装手術をすると、乳首が黒くなるって噂もあったけど、あたしは大丈夫だったよ?」
別の生徒、四ツ目のシャイタン人の女の子が疑問に答えてくれました。成る程、ドクター・マクシミリアンは義体化施術も請け負っているのですね。
ここの技術力の高さなら不可能ではないのでしょうけれど……
乳首が黒くなるって……気にするのそこなんでしょうか?
練習機の名前を“プレキオン”と聴きました。
偽装された機体なのが、一目見てわたくしには分かりました。
能力のお蔭で、わたくしには装置の持つポテンシャルがある程度分かります。とんでもない高性能の、ただ突出した先端技術とかではなく、何処か今の技術とは一線を画す何かを感じます。
「プレキオンって言うのはね、妾達の国の歩兵部隊で、“見習い”兵のことをそう呼んだらしいんだ……あまり、覚えてないんだけどね」
飛行訓練前の基礎操縦教練は、岩盤を刳り貫いた地下演習場で行われました。自分は情け容赦無い鬼教官だと言って、嬉しそうにシンディさんがやって来たのです。
シンディさんには、その後も部屋割りの時とか、一日のスケジュールや清掃当番の説明、入浴時のルールとかの細かい申し送りでお世話になり、ネット通販のこの乳液がお勧めとか、勝負下着を買うなら何処の購買がいいとか多少勘違いな情報も教えて貰ったり、暇なときはゲーム・コーナーでシューティングゲームの対戦をしたりとか、この一、二ヶ月でとても仲良くして頂きました。
「院長はね、せめてここの子供達がなんの屈託もなく笑って暮らせるように色々と考えてる……」
「だから折角髪の毛も地色に戻したんだから、アンネハイネも院長を誘惑するんだったらセクシー系じゃなくて、お子ちゃまのキャラクターパンツとかで迫らないとダメだよ、それも顔に被るとか積極的に行かないとあれの牙城は崩せない」
何故、行き成り院長を誘惑する話になっているのか訳が分かりませんでしたが、この時のシンディさんはリアルに院長を子供パンツで誘惑するかどうか本気で悩んでいたと、後になって聞きました。
ペドフィリア? 小児性愛者でしょうか?
言われてみれば、この時のシンディさんの桜色に上気した貌を不思議に思っていました。
シンディさん曰く、院長と言う方は超硬派で、しかも超キンキーなのだとか……
なんと言うか……可成り、ぶっ飛んでいます。
「同時にここを巣立った子達が、狡賢く卑怯に立ち回ってでも絶対に生き残る方法を教え、学ばせようとしてる……乗ってみて、そうすれば分かるから」
シンディさんは、兎に角練習機に乗ってみろと言います。
促されてセルフ搭乗の為の、リトラクタブルな格納式タラップやラダーを攀じ登っていくと、わたくしの知るMEのコックピットとは似ても似つかない複雑な操縦席が有りました。
びっしりと周囲を埋め尽くす超小型モニターやデジタル計器、トグルスイッチ、ボタンやスライドレバーの数々、どう見てもヒューマン種の腕は2本の筈なのに、多腕人種用としか思えない何種類もの操縦レバーの数々、そしてそれぞれの火器管制システムと思えるコントロールパネルが迫り出している感じです。
貸与された小さなサイズの対爆機能付きパイロットスーツで、どうにか跨いで入ると吃驚したことにサポート・アームが自動的に座席にいざないます。
同時に盆の窪にシートから伸びたフレキシブル・ケーブルが接続され―――途端に視界が開け、機体のマルチインフォメーション・イメージが共有されました。
(010100……訓練生候補、アンネハイネ・アナハイム・ブラヴァン、認識コード887634を確認、こちらはプレキオン1号機のコントロール・システム……011000111、指紋認証と静脈認証登録をお願いします……010)
MEに深く結び付くことが可能なわたくしだからこそ、その真価がはっきりと分かりました。
これは普通のMEじゃない!
こんな高度なAIを搭載したMEなんて聞いたこともなかったし、少なくともわたくしは知らない!
知性を感じれるのです、それも底知れない迄に深く、神秘的な知性でした。
いつ如何なる時も冷静沈着であるよう女王教育を受けているわたくしが、この異質なテクノロジーの前に言葉を失くしていました。
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行き成りの院長からの呼び出しで、シンディさんなんかも暮らす住居棟に初めて足を踏み入れました。
何か歴史的な重みのある外観通り、中も古色蒼然としていました。
何故、ここにこんなものがあるのかは理解の範疇外でしが………
指折り数えて既に5ヶ月以上、コンサルタントの相談も繰り返していましたが進路を決めかねていました。逃げ隠れする必要が無いと言われても、染めた髪は元に戻しましたが本当の瞳の色を偽るカラーコンタクトは外せずにいました。
母国の捜索の手がここに及ばない保証はありません。
このとき迄わたくしは院長と言う男に会っていないと思っていたのですが、一度調理実習コースの講師をしていたのがこの男だと気が付きました。
見た目はアレで、口調も打っ切ら棒なのですが非常に理に適った教え方なので感心していたのです。
ただ、こうして呼び出されてみれば、故国からの身柄返還要求と言う最悪な事態もあり得なくは無いと、少なからず緊張していました。
「そうかっ! 超能力っ、何故気が付かなかったんだっ!」
「この可能性……魔力を必要としない超常現象っ」
院長と言う男はわたくしを見た途端、飛び上がらんばかりの狂騒状態で何事かを叫び始めました。ひとつしかない肉眼は爛々と狂気の光を放ち、その強面の狂相にわたくしは思わず後じさりました。
「メシアーズ、何処かに超能力部隊育成機関のような組織が実戦配備された記録があるか調べろ……同時に、何か強制発現の方法が無いか考えるんだ」
ここにはいない部下なのか、事務方の誰かに命令しています。
「……訊こう、国を追われたお前は、これからどうする?」
わたくしに向き直った院長と言う男は、取り繕った上辺の体裁を全て脱ぎ棄てて、見たこともない禍々しい威圧で押し包もうとします。
闇の奥底から聞こえるような、嗄れた声でした。
何も彼もが丸分かりなのも気にならぬ程、圧倒的な力が己れの矮小さを知らしめて、わたくしは思わずひれ伏しそうになりました!
どうして考え付かなかったのでしょう?
彼こそが、この異常な一団に君臨し、統率する者だと。
イングマル・ブラヴァン皇国とかの、帝位簒奪のクーデターはローカル・ネットの社会事件枠で軽く流れただけで、星間情勢には大きく取り上げられるニュースじゃなかった。
だからって訳じゃねえが、あまり大して気にも留めていなかったんだが、逃げてきたおひいさまが正統帝位継承権第1位となれば話も変わってくる。
窮鳥懐に入れば猟師も殺さずってえが、こいつを擁立すればその頭の悪そうな連中の、皇国とやらへの潜入調査も遣り易くなるか?
色々策を巡らせるが、こいつにゃ悪いが飛んで火に入る夏の虫だったかもしれねえな。
俺達がミッシング・エイジ以前の謎を追い、“魔力”と言うものを探して暗躍してること、
過去視、鑑定眼、読心のスキルの前におひいさまの正体も何も彼も丸裸なのだと言うこと……場合によっちゃあ、本人も忘れてしまった真実も深層記憶から穿り返すことも出来ること、
院の電子装置は購買で売ってるポータブル・プレイヤーに至るまで“洗浄”済みで“セイント・マーチン教団財閥”の支配下にはないきれいなものであること、
外部から持ち込まれるチップが無いか常時監視していること、
いまこの時点でおひいさまの逃走経路を追跡出来る記録は、コネクティング・パルサーネットを通じてクラッキングし、完全に書き換えたこと……従って、ここは完璧に独立した安全地帯で、おひいさまがここに居る事実は絶対にバレないことなどを、優しく噛み砕いて説明してやった。
「利を優先する皇族の思考を徹底して叩き込まれていても、祖国を追われることになった要因の敵対勢力に、なんらかの意趣返しをしたいと思っている筈だ」
読み取った事実をネタに、脅し……いや交渉を試みた。
「お前が先帝から譲り受けたと言う宝刀……代々伝わったロスト・パーツと見た」
「ミッシング・エイジ以前の古代国家、悠久の初代ブラヴァン皇国に繋がるヒントが眠っているのだとしたら、そいつを貰い受けてえ」
傍目にもアンネハイネって娘が、蒼白になるのが分かった。
「取引だ、ストライクバック……巻返し、逆襲が望みなら手を貸してやらんでもない」
「クーデターの真実が知りたいなら、それも暴き出して見せる」
「無論、過去を捨てて権力の舞台とは無関係に、残りの人生を穏やかに過ごすって選択肢もある、選ぶのはお前だ……その場合代償は、何ひとつ求めない」
たっぷり逡巡した娘は、まるで恭順するが如く黙ってこっくりと頷いて見せた。別に脅してる訳じゃねえ、こいつは真っ当な取引だ。
「そうか………ひとつ断っておきたい」
優しい院長さんの仮面を脱ぎ捨てると、酷薄な地が出て仕舞う。
娘は心做しか、震え上がって見えた。
「俺達が介入すればことは穏便じゃ済まなくなる」
「とことんまで遣る」
「もし真実を暴き出したときに、国民の総意がお前の復権を望んでないとしたら、お前はどうする?」
「ただの暗殺で済めばいいが、粛清が大規模になれば露見しないよう口封じが必要になる……場合に依っては国ごと滅ぼすことにもなるが、お前にその覚悟があるか?」
娘にその覚悟が無いのは最初から承知だ。
だからこそ、断っておく必要がある。
「俺は信賞必罰がしたい訳じゃねえし、ましてや神に代わって成敗って気は更々無い……だがな、俺達には復讐という行為に対しては並々ならねえ思い入れがある」
「いつまでも覚めない復讐と言う悪夢の中を彷徨うさまよい人……それが俺達だ」
「成し遂げる、遣り遂げる為には星ひとつ滅ぼしても厭わない」
怯える娘に、噛んで含めるように告げる。
「それが俺達の断罪だ、遣るんだったら、地獄に落ちようともとことんまで遣る、中途半端は無い……例え身分の高い者だろうと、特権意識を勘違いするような馬鹿共にはそれ相応の罰を与える」
「死罪が確定だろうと、楽に死なせはしない、自ら殺して欲しいと懇願するまで己れの罪を悔い改めさせる……それが、俺達の遣り方と知っておいて貰おう」
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出撃するからと案内されたのは、超巨大な亜空間ドックでした。
大変なものに頼ってしまったと言う気がしていましたが、これを見て星を滅ぼすと言う話が、遽に現実味を帯びてきました。
その船は……船と呼んでいいのかさえ怪しい姿でしたが、
全体を把握するのも難しい程の巨大さで、俯瞰出来たのは到底この世のものとは思えない怪異で幻想的なものでした。
それは見る者を圧倒し、喪心させる、絶対あり得ない程の超々巨大な要塞型弩級戦艦です。
しかも、針鼠と言うか、ある種の鉱物結晶のように不規則に放射状に突き出すそれは、過去の遺物とも言うべき今は全く建造されていないモーラー級戦艦達を何処から見つけてきたのか、何十隻とまるで玩具のように全方位にニョキニョキと突き出しているが如き船影……それを船影と言っても良いものかどうか、わたくしには判断が付きかねましたが、兎に角そんな、目を剥く程の異様なフォルムです。
“デビル・ブラック”……直訳すると、黒い悪魔と言う意味になるそうですが(悪魔と言うのが何かは分かりませんが)、と呼ばれたカミーラさんの説明によれば、ベッセンベニカの謎を追っているうちに見つけた古代の宇宙戦艦が廃棄された貯留星域、有名な暗黒星雲ノージッド宙域からサルベージしてきたらしいのです。
そこは鉄鋼歴黎明期に活躍したとされる超弩級戦艦が放置された廃船の墓場として、伝説と化した場所でした。
ベッセンベニカ鋼板製の外装甲にはなんの劣化が無くとも、駆動系の老朽化と共に打ち捨てられ、委棄された大昔の戦艦……これをリビルトして再利用するなんてコスト・パフォーマンスが悪過ぎて、誰も考えなかった筈です。
しかし目の前には効率に逆行した、不可能そのものがありました。
しかもそれはまるで子供の悪戯のように無作為で、論理的で整然とした見知った常識的フォルムに真っ向から反旗を翻した……見知らぬ世界の異物……そう言ったものでした。
「繰り返された実験の産物……そう此方は聴いています」
カミーラさんの金色の瞳は、怪しくも妙なる栄華を湛えていながらなんでもないことのように、ただ無感動に輝いていました。
この人の怪しい雰囲気はちょっと苦手です。ゾクゾクするほど美人なんですが、なんて言うか……怖い?
何故こんな異常なものがあるのか、カミーラさんに尋ねてみたところ返って来た答えでした。中身をリニューアルし、オーバーホールした艦体を接合するには後加工が必要であり、驚くべきことに一党の技術は前代未聞の、変形不能と言われたベッセンベニカ鋼の圧延、水圧切断、プレス、絞り加工、旋盤と言った細工から、射出整形に至るまで多様な後加工テクノロジーを可能にしていました。
私も初めて聞く話でしたが、元々“ベッセンベニカ特殊製鋼”には、今は封印された後加工工程のラインがあり、その卓越した技術は正しく門外不出……その謎の技術は長らく厳重な警備の中で稼働していたらしいのですが、いつしか漏洩を恐れた昔の経営層が製法の秘匿にこだわる余り、貴重な後加工工程を放棄、そう数の多くなかった生産ラインは全て封鎖の憂き目に遭い、技術情報の全ては待機電源を切った磁気記録装置に隠された……とのことでした。
嘘のような本当の話らしいですが、通常であれば真っ向から完全否定するレベルの信憑性です。
しかし抗い難い現実として、あり得ない筈の加工の産物が間違い無く目の前にあります。
アクセス不能な完全隔離状態のメモリーを盗み出すのは、彼等の所持するG.L.I、ゴッドレベル・インテリジェンスをしても、ナノマシーンレベルのスパイ端末を、どのレベルのセキュリティにも感知出来ない超遅行性の転移装置で送り出すなど、細心でインポッシブルな方法が必要だったとか………
「“デビル・イエロー”から何処まで聞いておるかは知らぬが、吾らが居艦“天翔けるコフィン”じゃ」
戦闘スーツに身を包んだデビル・レッドこと、ネメシスさんが教えてくれました。デビル・イエローと言うのはどうやらシンディさんのことらしいです。
コフィンと言うのは棺桶、死者の遺体を安置する入れ物のことだそうですが、よく分かりません。なんでも彼等の国には埋葬という儀式があるそうです。
「元々はこの“デビル・ブラック”の居城、”ウルディス”を強化する改造だったんじゃが、今ではこの通りじゃ……今でもウルディスは中心核の部分にあるが、5箇所あるメインの艦橋は別に設けてある」
「おぉ、ここ、ここ……ここはの吾が自慢の和定食のミール・コーナーじゃ、刺身定食、海鮮丼、煮付け、焼き魚なんでもあるぞ」
“狂える邪神ネメシス”を名乗るデビル・レッドさんは(ここの方々は幾つも名前を持っているようで矜羯羅がってきます)、どうして重要施設の説明や緊急時の救命装置の使用法より、ダイニングの紹介を優先しているのか理解に苦しみますが、この方は一事が万事この調子なのでこちらが慣れなければなりません。
「とんぶりや蜆汁、鯉濃、薯蕷に河豚の唐揚げと小鉢やサイドメニューも充実しておる、寿司、天婦羅、鰻、蕎麦、饂飩、丼物の定番から、なんと黒板メニューまであるんじゃ」
黒板メニューというのが本日のお勧めお品書きと聴いても、なんのことだか良く分かりません。
「食材の調達が難しくてのお、殆ど人工的に合成することにした、天然の鮭だろうが伊勢海老だろうが有機質構造ごと情報はここにあるでな……“大賢者のスキル”を嘗めて貰っては困る」
そう言ってデビル・レッド様は、ご自分の頭をトントンと指先で示されました。そうはおっしゃられても、聴いたことの無い料理に見たことない食材ばかりです……何に感心していいのか、戸惑います。
「お一人様用のすき焼きや鳥の水炊きなど小鍋も充実しておる、出撃前に是非試してくれ」
結局、和食コーナーとやらのメニューはどんなものやらさっぱりイメージ出来ませんでしたが、そこから程近くに急に視界が開けたと思ったら、下は底が見えず上は天井も霞む吹き抜け構造が周囲を透明な構造材で覆われた、壮麗で超絶荘厳な場所がありました。
中央に天地を貫くような超巨大な演算装置が収まっています。
「“天の御柱”と名付けた」
「それぞれ独立した何十もの強力な推進装置を連続横断的に統括している、これによりこの巨体艦はME並の機動力を得ている」
確か、当時の巨大戦艦は皆すべからく圧縮プラズマなどの噴射推進系を捨て、超高出力の反重力エンジンか虚空間反物質推進などのパワーに特化した方式だった筈。
記憶に間違いがなければ、パルサー級のシリンダー型スペースコロニーを第七宇宙速度で牽引する驚異的な推力を叩き出した……とされていました。
何十隻ものそんな過去の動力お化けが、無規則に全方位に艦首を向けていると言った前代未聞の存在には、なる程そう言う特別なナビゲーターが必要だったと言うことなのでしょうが、それにしても何も彼もが破格です。こんなものは6大複合勢力の技術力を持ってしても創り得ないと思われました。
「俺達の動きは速い、既にデュッセルデバインの裏で今回の絵図面を描いた奴を見つけた……6大巨頭がひとつ、先進的サイバネティクス改造体製造を独占する首位メーカーにして汎用インターフェースの供給元、“ラーム・グァラパリ第一工廠”が裏で一枚嚙んでいる」
「こう言っちゃなんだが、地方の政権奪取に複合勢力が肩入れするってのは異例中の異例だ」
駐機スペースのメイン・ハンガーで指図していた院長こと、ソランさんは、わたくしの顔を見ると開口一番、驚嘆する調査内容を告げました。昨日の今日で、驚くべき調査力です。
……トラブルシューター、“デビルズ・ダーク”に正式に依頼して貰ったからにはと、本当の名を明かして貰えたばかりでした。
「帝室が握る秘密を探しているらしい」
「俺達は、お前の持ってる宝刀が、どうも怪しいと睨んでいる」
説明しながら手許の複雑な調整卓を操作して、現在のわたくしの母星の勢力図と軍事的評価を地域図や星域図で防衛拠点を含め、次々に幾つかの画面に表示していきます。
「さてここからが問題だ、“ベッセンベニカ特殊製鋼”が治安維持を名目に横入りしてきた」
「元々、謀殺の憂き目を見た先の皇帝……まっ、お前の父親だな、はベッセンベニカの政治的後援を受けていたのは知ってるな?」
「表立ってのものではないらしいが、皇帝との間に何等かの密約が有ったらしい、然るに密約は密約だ、ベッセンベニカ側としては表立って“ラーム・グァラパリ第一工廠”の進出に抗議は出来ない、だがその代わりに送り込まれたのは精鋭中の精鋭、全軍エースが居る第一宙挺部隊だ」
“ベッセンベニカ特殊製鋼”の第一宙挺部隊はわたくしも知っています。数多の列強が覇を争う中、銀河最強の名を欲しいままに、もう何十年とその座に君臨しています。
確かあそこのグラデュウスには“流星”、シューティングスターとして恐れられたエース・パイロットが居た筈……
「これだけ出揃えば、何かあると勘ぐらねえ方がおかしい」
「お前の母国は銀河連合でも末席も末席、悪く言えばド田舎の劣等三流国家だ、コングロマリットと呼ばれる6大勢力が相手にする価値なぞ全く無きに等しい」
生まれ育った国を悪し様に言われているような気もしますが、事実なので何故か腹も立ちませんでした。
「仲間のスザンナ・ビヨンドが先行して、ブラヴァン帝国内の零細なME販売店のひとつに探りを入れに行った……俺達の優秀な調査網が暴き出したところ、こいつは“ベッセンベニカ特殊製鋼”の特殊部隊が足掛かりにしている潜入拠点だ」
帝室でも噂されていた話ですが、わたくし共の暗部では事実の解明は出来ませんでした。噂は所詮噂と思っていたのですが………
それよりも気になるのがハンガー・ガレージで出撃前の整備点検をしている真っ黒いMEです。
見たことも無いシャープで先鋭的な機体ですが、ベッセンベニカ装甲のMEは如何なる塗装技術も受け付けなかった筈……皆、押し並べてあの特徴的な紅い波紋をしているものです。
「気になるか?」
じっと見入っているわたくしの視線の先を読まれて、幾分揶揄うような口調で問われて仕舞いました。
「黒いのは完全透明化スティルス用の皮膜だ……あらゆる探知系から目隠しするカムフラージュ性能を持っている、下地の装甲表面に強度では劣るが被弾しても瞬時に修復する自己補修機能に優れている」
「他にも俺達が搭乗する“ナイトメア”には、オプション架装や重火器を初めとするアタッチメント兵器を格納する疑似異空間が付属している……こいつはこの世界のテクノロジーには無いものだ」
この世界のテクノロジー、と言う含みのあるニュアンスが何を意味しているのか、何故かこのときのわたくしには怖くて訊いてみることが出来ませんでした。
「メシアーズオリジナルは、言ってみれば一点物のカスタム・メイド……メーカー量産品も出荷前耐用試験を遣ってるかもしれねえが、多関節・多腕のアームズ・イクイップメントがハード的にジャムらない保証をすると言っても、絶対じゃねえ」
「生産公差って奴だ」
「それに比べてメシアーズの設計思想にはまず針で突いた程の遺漏もねえ、オートクチュールとプレタポルテがイコールではないのは自明の理だ」
それはつまり、このMEは彼等が造った……そう言う解釈でいいのでしょうか?
「最初の内は苦労したぜ、製法は分かっても原材料のサイコニューム鉱石の入手経路が無い……仕方なく、難攻不落と言われた鉱石の専用物流ストリームを探し当て、強引に奪い去った」
「全体の流通量に比べれば微々たるもんだろうが、奴等にしてみれば自分達の手許から漏出するのが耐えられなかったんだろうな」
「すぐさま対策本部を設け、躍起になって強盗団を虱潰しに探し出し始めた……お蔭で俺達は動きにくくて、未だに肝心なサイコニュームの採掘先が分からねえ」
初めて聴く話でした。
サイコニューム鉱石の強奪なんて暴挙を思い付くだけではなく、実際に遣った……そう、この人は言っているのです。
サイコニューム鉱石の産出先を知るのは、“ベッセンベニカ”の組織の中でも限られていると聴いています。それだけ、その製法と同じように、産出先もまた秘されているのです。
「不足する分は、廃船の墓場から引き揚げたのを鋳つぶして再利用してる、ナノ・ハニカム構造の特殊鋼は“ベッセンベニカ特殊製鋼”でも一定量以上は生産出来ねえ、だがメシアーズの創り上げた異次元精錬所は俺達専用だ……サイコニューム鉱石は常に足りない」
“ベッセンベニカ特殊製鋼”の裏を掻き、捜査網をくぐり抜けて暗躍し続けるのが、如何に奇跡的なのか、女帝教育を受けた身なればわたくしは骨の髄から理解している心算です。
だからこそ不思議でならないのです、こんな驚異的な盗賊団が堂々と孤児院なんて真っ当な営みを表の商売にしているなんて。
「“ナイトメア”1番機から6番機、徹甲ハンマー弾、スリップ・ゾーン榴弾を装填……マックス、フル装備だ」
「自動ローディッド用次元予備弾倉フル満タン」
フル装備で出ると言うことは、本気も本気、掛け値無しの総力戦を意味するとデビル・レッドさんが教えて呉れました。
何処か憮然としたソランさんは苦笑のひとつも無く、明後日の方を見遣りました……そう言えば、この人の笑ったところをわたくしは見たことがありません。
何か心に冥い屈託を常に抱えているような、そんな気配を纏っているように窺えます。
そんな取り留めもない考えをまるで読んだかの如く、いまだ正体の分からぬ不気味な男は自ら答えて呉れました。悟られる要素は一切無かった筈でした。
「この世界に来て良かったことがひとつあるとしたら、この世界の多様性だ、機械みたいな姿の奴や獣人じみた奴、魚みたいな顔の奴もいる、そいつらは笑い顔が分からねえ、少なくとも俺達にゃあ表情の違いが分からねえ」
「俺はな……訳あって、笑うと言うことが永遠に出来なくなった身だ、人間らしさを対価に色々と手に入れた、総て復讐の為だ」
「その為に人も大勢殺した、くたばり掛けたこともある」
「誇り高い絶望と、クソのような憎しみと、裏切りに穢されたプライドで俺は出来ている……何も彼もを捨てて、復讐を成し遂げると誓った、だから是が非でも還り着かなくちゃならねえ」
「目的の為には、星のひとつやふたつ滅ぼしても心は痛まねえ」
「俺達は、還り着く!」
彼等の還り着くべき場所とは、何処なのでしょう?
「自分で決めたスタイルよりも、楽な生き方を選べたならば……俺はきっと、今此処には居ねえ」
そう呟いた黒い隻眼の異形の男には、後悔も自嘲も無く、唯在るが儘の剥き出しの事実を憤ることも無く淡々と受け入れる……そんな切ないまでの潔さが感じられました。
木樵のままボンレフ村で生きて行く自分を夢想することがある。
裏切られ、傷付いてはいても唯気持ちを誤魔化して、どのぐらいの月日を要するのか、その内何も感じなくなる。
忘れた振りをしている内に、不思議とそんな気分になってくる。
芽吹く春先にも気持ちが弾むことは無く、若葉の頃は鬱々と塞ぎ込み、真夏の陽光に溜池の水面が温んでも、カディスなどの羽虫を求めてライズする大川鱒に心躍るほど子供じゃないと背を向ける。
古傷を抱えて、少しの女性不信と慣れ合って、なんとなく生涯独身で終わる何処にでもあるような男のストーリーだ。
………在り得ねえと思う。
俺があいつらを許せる日が来るとしたら、そいつは多分俺が味わったよりも辛く悍ましい仕返しを完遂したときだ。
どうか殺してくれと泣いて縋るあいつらの心を嬲り尽くし、酷たらしく壊し尽くす迄、俺の復讐心は止まらない。
最後はあいつらに相応しい、惨めったらしい死で、物語は終わる。
こんなところで、まごついてる場合じゃなかった………
6年だ……もう6年もこんなところでもたつき、梃子摺っているのは、実に耐えがてえ。
ネメシスらに散々折檻されたマッド・サイエンティスト、マクシミリアンは寝食を削ってあの時の現象を再現しようとしてはいる。
だが義務付けてある研究成果の中間報告内容は、一向に進展せず、いずれも捗々しくなかった。
6年もの間、百度近くは訊いてる勘定だ。お蔭で門前の小僧よろしく、俺は並行世界理論で論文が書けると思う。
好事魔多し……罷り間違ってもここでくたばっちまっちゃあ、洒落にもならねえ。俺達はこの世界の異物で、言うなればこの世界に存在しちゃあいけない不純物と言うか、猛毒のバイ菌みたいなもんだ。
何処でどう足を掬われないとも限らねえ。
死ぬ訳にはいかねえ。
だが、用心の上に用心を重ねちゃいるが、実際に攻勢をやめれば俺達は瞬く間に失速する。
俺は俺の存在の全てを掛けて、至福とも言うべき復讐の到達点に辿り着こうと藻掻いている……つまり回り道は本意じゃねえし、その後のことははっきり言って、どうでもいい。
心の奥底の本音では、例え野放しのオー・パーツが暴発して元居た世の中が滅びようと知ったこっちゃねえし、ましてや56億7000万年先のことなんざ興味の外だった。
弩級戦艦を擁するよりも、機動力に勝る強襲揚陸艇様の小型フリゲート級戦艦を初めとする傭船や運用が好まれるようになって、もう何世紀かが過ぎたらしい。
時は失われたロストリンク、ミッシング・エイジ後の宇宙歴3452年、鋼鉄紀35世紀の時代だった。
人類はアストロノーツと呼ばれ、植民惑星、小惑星帯、人造スペースコロニーなどに様々な生活圏を営み、そして様々な形態と生活信条に細分化して、従って様々な外見やイデオロギー、独自の文化を継承していった。
ただそのヒエラルキーは、コスモ・ファイターと呼ばれる宇宙戦士と、グランド・ワーカーと呼ばれる地表並びに地面に縛り付けられた労働力に二分化されていた。
また、アストロノーツ系のアーマッド・トゥルパーは単に宙域戦士と呼ばれることが多く、スペースノートとして地上を這いずる陸軍系の兵士とは一線を画している。
もっとも惑星開拓などの建設重機を操るメンバーは、この宙域戦士から抜擢されることも多く、その点では汎用性の利く職種と言えるだろう。それ程、戦士と呼ばれる義体化されたカーストは重用されていたし、優遇もされていた。
俺達も待遇としては、ファイター・クラスは宙域戦士の資格を登録しちゃあいる……しちゃあいるが、どっちにしろパチモンだ。
非公式に、俺達はナイト・コマンダー……“夜の戦士”を名乗ることにしてる。アンネハイネのおひいさまには、こちらの言葉ではゲハイム・マインと説明した。夜・の・戦士だ。
コングロマリットとして認識される複合勢力がどの星系、どの文明圏にも存在したが、大星雲の運営に影響力を及ぼす巨大勢力は全部で六つだった。
造船産業を母体とする“ボライセン重工業”。
人体改造技術の常に最先端を独走し、先進的なサイボーグ技術を開発し続ける“ラーム・グァラパリ第一工廠”。
コネクティング・パルサーネットを初め、事実上銀河の通信網を制している……それが為、ネットが通じている場所ならどんな情報でも手にすることが出来ると噂される“ベル・ワーウィック光速通信”。
あらゆるタイプのMEと宙域空間戦闘機、搭乗型兵器から小型飛行船、走行車両から重機、作業車両、組み立て用ビークルなど多岐に渡りドライビング・モービルを供給し続ける“アセア&クーカ開発”。
この世界の演算装置の九割の部品を担い、そして亜空間航路に必要な航宙士の育成を牛耳る“セイント・マーチン教団財閥”。
そして総ての複合勢力の中で、最も謎に包まれながら今日の鉄鋼文明の立役者の座を譲らない“ベッセンベニカ特殊製鋼”。
曲がりなりにも異邦人の俺達がこの世界で遣っていくには、知らないことが多過ぎる。
覚悟を決めた俺達は、例え世界を相手取っても生き残る為の武装を一番に考えた。
飛ばされる前の世界でカミーラが回収に成功していたオー・パーツは実際は全部で七つ、だが其の内の三つは転移門とやらを通じて、月へと送って仕舞ったらしい。
つまりカミーラの居城ウルディスには、凝縮された暴力そのものとも言うべき四つのオー・パーツが温存されていた。
……嘗てヒュペリオン大陸の滅亡を論理的に予測した大天才、災厄後の世界の復興と文明の伝承の為、また魔族と人類のバランスを操作しようと大陸救済協会を組織した稀代の黒幕役、サー・ヘドロック・セルダンが自分のクローン達に創らせた星間級消滅兵器の数々。
これの回収を命ぜられたのがカミーラ達、“夜の眷属”チーム、即ちワルキューレ別働隊だった。
嘗てヘドロック・セルダンのクローン達が離反する前、エルピスはクローン達の研究開発をつぶさに見て回っていたと言う。
エルピスの偉大なる遺産は、対オー・パーツ用万能防御機構として開発されている。然すればオー・パーツの驚異的な作動原理も熟知している……解体して、転用することもまた可能だった。
改造された浮遊城ウルディスを中心に拡張した驚異的に巨大な要塞戦艦“バッドエンド・フォエバー”には、更に強力に改造された四つのオー・パーツが組み込まれている。
つまりこの世界を4回滅ぼせる。
俺達は生き残る、そして還る。
その為にはもっと魔力が要る。
もし魔力が得られないのだとしたら、超能力を無理矢理覚醒させてでも異世界転生を果たす……それらのヒントを得る為に、俺達は未だ見ぬ始まりの星を探していた。嘗て人類がたったひとつの星からこの広域な銀河に伝播していったことは、確かなことらしい。
だが、それが何処にあるのかを今現在知る者は居ない。
母星が何処だったかの起源は、単一民族だったことさえ疑わしいまでに多様化して仕舞ったこの世界の人類にとって最早、さして重要なことではないのかもしれねえ。
例の失われた1000年の前と後では、とんでもなく事情が違って仕舞ったと言うことなんだろう。
天翔けるコフィン、“バッドエンド・フォエバー”での出撃前夜、俺は皆んなの許しを得て(俺以外は誰も必要としていなかったから)、俺専用になったバーチャル・シガレットを堪能していた。
口にして吸えば、使用者にのみ視覚的に紫煙が見え、煙草の煙を吸い込む感覚が本物同様に味わえる。否やはねえ。
火口ですら赤く瞬いて見える。
煙草は好い……煙草は俺を慰撫し、俺を裏切らない。
概ね満足はしている……だが、所詮は偽もんだって分かっていて吸っているのはなんだか虚しい。代用品は代用品だって思いが、常に付き纏うからだ。
例えどんなに精緻でも幻覚は幻覚……幻覚のようなバーチャル・シガレットに、俺は心の底から満足することは無いだろう。
……じゃあ、VR-SEXはどうなんだ?
非現実の世界での行為に、女達は本当に満足してるんだろうか?
極端な話、今は無理でも、もっともっと人類が進化すれば種の繁栄に、セックスなんてお粗末な愛情表現は必要なくなる世界が訪れたりするのだろうか?
まっ、俺には分からねえし、どうでもいいな。
遥かな未来になって、ようやっと知ることが出来た俺達が蹂躙して仕舞ったこの世界の行く末………
後々の先まで末世が存続出来たのかどうか、気にはなっていても、それからの俺達にはまったく知る術も無かったからだ。
この世界を震撼させ、後に“ベナレス事変”と呼ばれるようになる暴威が間も無く幕を上げる。
だが、神ならぬ俺達には知る由も無かった。
魔力を補給出来ない世界に飛ばされて、生き残る為に自分達の肉体改造まで踏み切ったソラン一行……果たして元居た世界に還り付くことは出来るのか?
手に汗握るデカダンスなスペース・オペラを舞台に、魔術は、人外のスキルは、何処まで通用するのか?
転んでも只では起きないソランの意地汚い上昇志向は、一体この世界で何を掴み得るのか、どうスキルアップするのか?
剣と魔法の世界から飛ばされてしまった一行が魔術が使えない世界でどうやって闘い、生き延びるのかが描かれます……ご興味のある方は是非続きも読んでくださると幸甚です
また性愛に対する私なりの答えを提示したつもりです
仮想現実内でのバーチャル・セックスですから、実際にはキスさえも、手を繋ぐことさえありません
しかし一緒に変態的なセックスを繰り返したという記憶と感覚共有は残りますから、これをして貞淑だとか、純潔だとか胸を張るのは多少どころか大いに無理があります
心構えの問題かと思います、要は気持ち的に人を愛することとスケベなことが好きだと認めることがイコールになった上での、バランス感覚みたいな……結局、男と女は相互の勘違いの上に成り立っているのかもしれません
カースト制度=ヒンドゥー教における身分制度〈ヴァルナとジャーティ〉を指すポルトガル語・英語だったが、インドでは現在も“カースト”でなく“ヴァルナとジャーティ”と呼ぶ/本来はヒンドゥーの教えに基づく区分であるが、インドではヒンドゥー以外の宗教でもカーストの意識を持つ者がいる/紀元前13世紀頃にバラモン教の枠組みがつくられ、その後バラモン、クシャトリヤ、ヴァイシャ、シュードラの4つの身分に大きく分けられるヴァルナとし定着した/現実の内婚集団であるジャーティもカースト制度に含まれる
一方、ジャーティ〈梵: Jāti、“出自”・“生まれ”の意〉は、インド亜大陸の地域社会において実際のカースト制度の基礎となる共同体の単位であり、ヒンドゥーの日常生活において現実的に独自の機能を果たす排他的な職業・地縁・血縁的社会集団、階層を示している
4ヴァルナの区分が社会の大枠を示したものであるのに対し、ジャーティの区分はたとえば「壺つくりのジャーティ」、「清掃のジャーティ」、「羊飼いのジャーティ」というように特定の伝統的な職業や内婚集団によってなされる場合が多く、その数はインド全体で2,000とも3,000ともいわれている
1950年に制定されたインド憲法の17条により、不可触民を意味する差別用語は禁止、カースト全体についてもカーストによる差別の禁止も明記している
クラッキング="Cracking"は"Crack"の動名詞形であり、英語で「割る」、「ヒビが入る」などの意味で、要するに物体を当初意図した状態よりも悪い状態にし、もとの用途では使用が難しい状態にしてしまうことである/これをコンピュータのプログラムやデータにあてはめ「もとに戻す気もなく、なかばシステムを破壊しながら無理矢理使用する」という意味で使われる
ウィル・オー・ザ・ウィスプ=青白い光を放ち浮遊する球体あるいは火の玉で、イグニス・ファトゥウス〈愚者火、Ignis fatuus〉とも呼ばれる/他にも別名が多数あり、地域や国によって様々な呼称があって夜の湖沼付近や墓場などにも出没する/近くを通る旅人の前に現れて道に迷わせたり、底なし沼に誘い込ませるなど危険な道へと誘う世界各地に存在する、鬼火伝承
ジャック・オー・ランタン=生前に堕落した人生を送ったまま死んだ者の魂が死後の世界への立ち入りを拒否され、悪魔からもらった石炭を火種にし、萎びて転がっていた蕪〈ルタバガ〉をくりぬき、それを入れたランタンを片手に持って彷徨っている姿だとされている/アメリカに伝わったのち、蕪のランタンは移民したアイルランド人によりアメリカでの生産が多かった南瓜のランタンに変化した
ヤング率=フックの法則が成立する弾性範囲における同軸方向のひずみと応力の比例定数で、縦弾性係数とも呼ばれる/一般の材料では、一方向の引張りまたは圧縮応力の方向に対するひずみ量の関係から求め、縦軸に応力、横軸にひずみをとった応力-ひずみ曲線の直線部の傾きに相当する/ヤング率は結晶の原子間距離の変化に対する抵抗と考えることができ、原子間の凝集力が弾性的性質を決めるので応力と変形の機構が同じ種類の材質間では、融点と弾性係数の間にはある程度の相関がある
ポアソン比=物体に弾性限界内で応力を加えたとき、応力に直角方向に発生するひずみと応力方向に沿って発生するひずみの比のことであり、ヤング率などと同じく弾性限界内では材料固有の定数と見なされる
HUD=ヘッドアップディスプレイの略称で、人間の視野に直接情報を映し出す手段として軍事航空分野において開発され、様々な分野に応用されている/情報は無限遠の点に結像し、この事によりコンマ数秒程度かかる「焦点を合わせ直す」という生理現象が、ヘッドアップディスプレイ利用者が外界から映像に視点を切り替える際に生じない/パイロットには自機の速度や進行方向などの重要な情報が重なって見えるようになっており、飛行中に計器盤の計器に視界を切り替えることにより発生する空間識失調や致命的なミスを防げるようになっている
ECM=電子攻撃のうちの電子対抗手段、妨害を行う装置を電波妨害装置と称する
チャフ=電波を反射する物体を空中に撒布することでレーダーによる探知を妨害するもので、電波帯域を目標とし誘惑と飽和を任務とした使い捨て型のパッシブ・デコイ
ジャミング=アクティブ方式では電波ノイズで信号を受信できなくするノイズ・ジャミングと、欺瞞〈ディセプション〉の2つの方式がある/ノイズ・ジャミングはレーダー波の使用する電波と同じ周波数の強いノイズ電波を放射し、本来の目標物からの反射波をこのノイズで隠蔽するもの/欺瞞方式では、近代的なディセプション・リピーターが敵の捜索用や火器管制用のレーダー波の放射を受けると、その信号をデジタル無線周波数メモリ〈DRFM〉のような装置で記憶してごく短時間後に同一周波数で強度を高め送信する、この戻ってきたレーダー反射波を受信したレーダー装置は、最初に弱く次に強く受信することで本来の正しい目標から反射波である弱い信号ではなく欺瞞信号である強い信号を求める目標の位置と誤検出してしまう
ガスクロマトグラフィー=気化しやすい化合物の同定・定量に用いられる機器分析の手法で、各種の科学分野で微量分析技術として汎用されている/注入口からシリンジ等で打ち込まれたサンプルは、まず高温の気化室で気化した後、キャリアガスによってカラムに移動し、各成分は分離されその後検出器で電気信号に変換される
羞月閉花・沈魚落雁=両方とも容姿が極めて美しいことの譬え、月も恥じらい隠れ、花も閉じてしまうほどの美女ということと、その女性を見た魚は恥らって水底に隠れ、女性を見た雁は見とれて空から落ちるというのを例えている
ペチコート=19世紀~20世紀及び現代における被服のスカートの下に着用する女性用の下着・ファウンデーション/アンダースカートとしてのペティコートは、スカート生地のシルエットの維持と滑りをよくするためにスカートの下に着用する
とんぶり=アカザ科ホウキギ属の一年草であるホウキギ〈学名Bassia scoparia〉の成熟果実を加熱加工したもの/箒の材料とするためにホウキギを広く民間で栽培していた近世の日本にて、飢饉に瀕した出羽国の米代川流域〈現・秋田県比内地方〉に暮らす民がその果実をなんとか工夫して食べることに迫られ、加工したのが始まりとされる/以後、これが当地域の特産物として定着し、現在、国内で商品としてとんぶりを継続して生産・出荷している産地は大館市のみと言われている/直径1~2mm程度の粒状で味は無味無臭だが、プチプチとした歯触りを楽しむ食材として使われることが多く、「畑のキャビア」とも呼ばれる
鯉濃=〈こいこく〉とは輪切りにした鯉を、味噌汁で煮た味噌煮込み料理で、鯉濃のこくとは、濃漿〈こくしょう〉という味噌を用いた汁物のことであり、鯉濃はこの濃漿の一種/江戸時代には「鯉汁」、「胃入り汁」、「わた煎鯉」とも呼ばれていた/濃漿は江戸時代までは盛んに作られており、鯉ばかりでなく鰻、鮒、スッポン、山椒魚、各種野鳥などでも作られていたとされ、臭みの強い魚肉類を濃く仕立てた薄味噌で煮込んだ料理だった
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感想や批判もお待ちしております
私、漢字が苦手なもので誤字脱字報告もありましたらお願いします
別口でエッセイも載せましたので、ご興味のある方は一度ひやかしてみてください
短めですのでスマホで読むには最適かと……是非、通勤・通学のお供にどうぞ、一応R15です
https://book1.adouzi.eu.org/n9580he/
申し訳御座いません、文中サイボーグパーツの供給メーカーならびにストーリー展開上の設定に誤りがありましたので修正しました
完全に筆者の思い違いによるものです、申し訳御座いませんでした 2022.09.26





