54.カミーラが居城は“風の臍”に在りて、訪うものも無し
極北のロンバルト海の結氷は、
凍っては割れ、凍っては割れ………飽くこと無く流れゆく。
「以前、わたくしは………」
流氷の漂う水面を眺めながら、アザレアさんは言い淀んだ。
「わたくしの中に流れる淫蕩な欲望が嫌で嫌で堪りませんでした」
「勇者のハーレムで散々乱れた肉体関係に溺れた記憶に悩まされました、それもわたくしの心の奥底にある願望なのだと気付かされてからは、生きていたくないとさえ考えていました」
北氷洋の海は猛烈に寒く、アザレアさんの短く刈り揃えたブロンドを氷点下の風が嬲って行った。
メシアーズが用意した耐寒スーツを女物の革鎧の下に着込んでなければ、とてもじゃないが耐えられなかったろう。
薄く全身にフィットする鎧下のようなスーツは、皮膜のようなヒィーティング・フィールドを着用者に付与する。
俺はと言えば、今この瞬間もメシアーズに依って肉体改造を受けつつある。頑強壮健と言えば聞こえは良いが、暑い寒いは分かってもだからどうしたってレベルまでなってきた。
ますます人間離れしてきて、その内生き物自体をやめる日も近いんじゃねえかと思う。
「人を好きになると言うことが、女として、人間として自然な流れかと思います……でも、わたくしには最早そんな資格も無いし、普通の幸せを望める筈もないと思っていました」
“救世主の鎧”が供給する汎用型車両や戦闘機、自動監視機構にしても、搭載した兵器はこっちがビビるほど高性能なのだが、居住空間の快適性の面ではいまいちなので、いちいちリクエストしなけりゃならないのが不便と言うか、その点だけは改善の余地がある……ただ、最北端の寄港地を出港してから三日目だが、船内はほぼほぼ揺れが無いので船酔いに苦しむ者は出ていない、それだけは大したもんだ。
小型潜航艇を兼ねた装甲砕氷船、巨大海蛇3号の甲板から見る寒々とした極北の海は、どんよりとした曇り空に寂しくも厳しく、生きる者を拒む環境を思わせた。
だが、ここは魔族領……水面下には巨大大王烏賊のクラーケン、巨鯨種ハーヴグーヴァや海豹の魔獣セルキーなどがひそんでいる。
無駄に会敵したくなくて、忌避波動で接近を遠ざけながら、巡航速度で進んでいる。メシアーズ仕様なので、舷側はローター・ムーブメントを繰り返していた。
俺達が甲板に上がったので、今は一直線の船体を保っている特殊潜航艇は、シーサペントの名の通り、潜水時や高速移動のときはまるで海蛇のように船体をくねらせて進む。甲板や艦橋周囲の外装装甲は金属剥き出しでは無く、不凍断熱効果のあるフレキシブルな不燃性超強化樹脂でサイディングやシュリンクされていた。不用意に触れて皮膚が張り付いて仕舞わないようにだ。
船内は動力機関も含め、速度重視推進時のそんな過激な運動に影響されないよう、位相次元化されていた。
「貴族の家に生まれ、女は一族の家格を守る為に嫁いで行くのが定め、と聞かされて育ちました……女であるが故に奪われている自由、もしかするとその抑圧が、見るだに聞くだに悍ましい性行為への憧れを育んだのかもしれません」
「禁断行為の背徳感に、発狂するほど興奮しました」
「今は犯して仕舞った罪の反動が、際限無くわたくしを責め苛みます……けれど」
「少しだけ、自分に正直に生きてみようと思ったのです」
自分に正直にってのが、俺の股間を握るってことなら、少しは自重してくれた方が有難いなって思ったが、口にすることは無かった。
……ましてや俺は誰も信用せず、利用価値が無ければ平気で見捨てる、人間の皮を被った悪魔と三拍子揃った極悪人、酔狂にも復讐に狂った破滅願望驀地の狂人の中の狂人、好いてくれるのは有り難いが婚約者を裏切った前科があるアザレアさんが(そこに無償の愛があったかどうかは別にして)、“思考感知”のスキルでその気持ちが本物だってのは分かっちゃいても、またぞろ嘗てのように裏切らないとは限らないと、疑ぐっている。
すまねえな、何せ俺は自分の母親さえ見殺しにした冷血漢だ。
「身体中の穴に精液を受け入れるのが快感でした、大勢の見る中で排泄行為を晒すような変態プレイを嬉々として受け入れたメス奴隷の肉便器穴として生きていました、絶頂して、昂ぶる為の行為をして、そしてまた絶頂して……そんなことの繰り返しです」
「そして、女同士の浣腸など肉穴便器に相応しい異常な変態行為が常軌を逸していればいる程、嗜虐的な行為が恥ずかしければ恥ずかしい程、わたくしは興奮していたのです……弄り合って、ハメ合って、痙攣して失神するのが大好きでした」
堪えていても、薄っすらと涙が浮いていた。
「あの時に壊れ去って仕舞ったわたくしの魂は、今も壊れたままなのかもしれません」
「きっと本当のわたくしは今でもなお、エ、エロ汁を撒き散らすような淫らなことが大好きな淫乱牝豚女なんです、ケツ穴にザーメンを受け入れる快感に頭がおかしくなる程の逝き狂いを自ら望むどうしようもない最低の乱交大好き女なんですっ!」
「清潔のセの字も無い、寧ろ真逆の汚辱まみれの下種……それは、わたくしのような女のことを言うのだと思います」
うん、知ってた。男女入り乱れての飲尿や、肛門に異物挿入しながら互いの性器をしゃぶり合ったりと、もっと非道いこともあった。全て複数輪姦、入れ替わり立ち替わり前と後ろに同時に挿れながら、口でも頬張った。それがアザレアさんの過去だった。
勇者ハーレムでは、基本日夜の乱交が前提だ。
「失意と慟哭の泥濘に縊れ死ななかったのは、偶々に過ぎません」
「愚かな、あまりにも愚かな女の成れの果て……さぞや蔑まれたことと思います、男と女を比べればどちらが愚かと思われますか?」
アザレアさんの瞳から零れた涙が、冷たい極北の風に拐われて、ハラハラと散っていった。
「わたくしは肉体の疼きに執われる分、女の方が愚かと思います」
「鮮明な記憶があるのです、お酒で酩酊しながら、ドラッグでハイになりながら、女同士乳首を舐め合いながら同時に突かれて、尻穴も掻き回され両穴アクメに昇り詰めるのです……目を背けたくなるような最低で罰当たりな痴悦でしたが、狂った頭ではそれが至高の桃源郷の法悦に思えていました」
「わたくしはもう、飢えて発情したメス犬じゃありません、そう思いたい……でも薄汚れた女がお側に侍るのも、アンダーソン様の為にはならないと色々思い悩むのです」
「貴方様の重荷にはなりたくない」
「……わたくしのこと、信じられませんよね?」
読心のスキルがある訳でもねえのに、アザレアさんは俺の心の内を言い当てるのが、この頃得意だ。
てか、そこまで告白する必要はねえ……元貴族の御令嬢が肉便器穴とか、エロ汁、ケツ穴とか言っちゃいけない。曲がりなりにも礼儀作法をわきまえた、何処に出しても恥ずかしくない淑女だった筈だ。
色欲地獄への転落は、過去透視で大体のことは把握している。
「奴隷を縛る“服従”の紋があると聞いたことがあります」
「もしご迷惑でなければ、お願いですからアンダーソン様を裏切らない証しにその紋を頂かせてください」
「貴方様に隷属し、忠誠を誓いたいのです」
………そこまでしようって覚悟は、俺には過ぎたもんだ。
だから返事は出来なかった。
元を正せば世間知らずの唯の若造が、全てかなぐり捨てて復讐鬼になった。気味の悪い様相は誰かに好かれる筈もないし、力を望んだのは勇者を討ち取るためだ。それも徒労に終わったが………
実際の話、素の俺を見れば悲鳴をあげて逃げ出すだろうから、認識阻害が無ければ、買った女を抱くことも出来ない。
そんな片端な俺に想いを寄せてどうする?
訊いてもいないのに、悪夢から醒めてからは何年も、ずっと独り身を守って来たと付け足してきた。
(モテる男はつらいのお……)
艦内に居る筈のネメシスが、脳内に話し掛けてきた。
こいつは四六時中、俺の考えていることをモニタリングしているのではっきり言って始末が悪い。一時、変態妄想で頭を満たし、嫌がらせをしようと試みたが、どうも俺はそっち方面の才能は無い。
こういう時は、俺の凡庸なセックス感が恨めしい。
何十万年を精神体として徘徊し、多くの者に憑依してきたネメシスは、人間の有りと有らゆる欲望を熟知している。
(どんなに家庭を大切にする子煩悩な良妻賢母であろうとも、乱交輪姦の虜になる、それが魅了・催淫の蟻地獄じゃ)
(思うに、アザレアは懸想した挙句、過去を戒める自動抑制の為に肉体的欲求不満に陥ったのではなく、多分に承認欲求の部分に傾倒していると思われる……察してやれ)
商売女を抱くのとは訳が違う。
一応俺にも節操ってもんがあるし、大体幼馴染みに受けた手酷い仕打ちに、未だに俺は女ってもんが怖い。
裏切ったドロシー達への復讐を終えれば、そこから解放されるのかさえ自信がねえ。
「大人の話は終わった?」
幾ら一般人と掛け離れた性事情の元王族とは言え、こんな子供の教育環境としちゃあ俺達は最低だな。
「ねえ、本当にこんなところに魔女のお城があるの?」
誰とも口を利かなかった連れ出した当初よりは大分増しになったシンディ姫は、少し離れた舷側のハンドレールに寄り掛かっていたが、いつの間にか傍らに寄って来てアザレアさんの顔を下から覗き込むようにしている。通気性のある断冷気素材繊維の赤い手袋をした手を後ろ手に組み、覗き込む顔には同じ素材のヘッドギア・シルエットのイアーマフを着けていた。
青い目とシェスタの王家に顕著な赤み掛かった金髪はルビー・ブロンドと呼ばれていたらしい。相変わらず無駄に整った顔で、顎先が繊細なまでに華奢だ。アザレアさんと似たような、臙脂色に染められた革鎧とその上に薄手のライフジャケットを身に着けている。
船内装備支給なので、2人共派手なレスキューオレンジだ。
「信じられないけれど、シスたそ様がおっしゃるのだからあるのでしょう、でもフリーズランド迄はまだ暫くあるわ」
特に悪びれもせず答えるアザレアさんのメンタルは、思った以上に鍛えられている。普通のセックスじゃ満足出来ないところから立ち直っただけはある。
シンディ王女は、本当ならアザレアさんにとっては主筋だ。本来なら発言ひとつとっても、相手の許しを得なけりゃならねえ。
だが、今のシンディ王女は俺達の虜囚も同然、世間に知れ渡るのは当分先になるだろうが、事実上滅亡して仕舞ったシェスタ王家の(まっ、殺ったのは俺なんだが)、行き場を失った忘れ形見って立場だった……厳密には廃嫡されてるから、王族かどうかも怪しかったが。
その他の滅ぼした王族は、姿かたちはそのままに意志と感情の無い木偶人形と化している。こんな者に会わせても薄気味悪いだけかと思い、シンディには対面させていない。
こいつが勇者を召喚しなければ多くの悲劇を防げたって思いも無くはねえが、年端のいかねえ小娘に罪を問うても仕方ねえなと割り切ることにした。
フランクリン達、シェスタ独立運動革新派の面子は表立っては出てこないが、粛々と行政や法改正、政財界の改革を進めている。税制や福利厚生が一般庶民に有利になるよう改善すると同時に、いつのタイミングで傀儡政権が革命レジスタンスの手に寄って運営されていることを対外的に公表するか計っている。
国交の問題もあるから、こればかりは慎重にならざるを得ない。
「それに、魔女ではなくってよ?」
「カミーラ様は、ワルキューレ“夜の眷属”チームのリーダーだったお方、ライカンスロープベースを基に開発された高性能ホムンクルスとお伺いしています」
迷った末、シンディがそうしてくれと言うのでアザレアさんとビヨンド教官は、一般的な敬語を別に一切斟酌せずに自分達と同列に扱うようにしたそうだ。
俺とネメシスは、天上天下唯我独尊が服を着て歩いてるようなもんだから、例え相手が教皇聖女だろうと口の利き方は変わらねえ。
俺なぞは怖いもの知らずのチンピラ丸出しだ。
そうだ、法王聖庁だ!
俺達は運悪く粛清の場に出遭ってしまったが為に、移動用戦闘ビークルが自動的に反撃した高出力対象抹消兵器の火線が、あろうことか相手を灰燼に帰して仕舞った。
これは痛恨のミスだった。
相手はオールドフィールド公国正教の総本山、法王聖庁は影の粛清部隊として恐れられた、泣く子も黙る飛竜空挺師団……2800頭もの飛竜突撃兵がこの世から消えた。
最悪、法王聖庁と正面切った全面戦争も在り得ると踏んだ俺達は、ネメシスの嘗ての上席者で、ワルキューレ別動隊にして“影の眷属”とも“夜の眷属”とも呼ばれる異能の女戦士達を束ねた統括者、カミーラを頼ることにした。
無論、言い出しっぺは戦力増強を真剣に悩んだネメシスだ。
ネメシスの分析では、月に在るサー・ヘドロック・セルダンを別にすれば、今最も警戒すべきはオールドフィールド公国正教の精神的信仰対象にして、現実的脅威の中心、聖都アウロラだと言う。
法王聖庁が乗り出してくるかはフィフティ・フィフティだが、望まぬ事態を想定して対処すべきとのネメシスの提言に従うことにした。
戦闘力だけならネメシスに軍配が上がるが、幾多の眷属を操り、浮遊城“ウルディス”を以って闇の混沌を統べようとした最高性能のライカンスロープ、つまりヴァンパイヤ……吸血姫が、その正体にして本質だと言う。別動隊チームを率いたカミーラは、不老不死にして変幻自在、向うところ敵なしだったそうだ。
最北の交易港、北回り貿易航路の拠点で栄えたアーネストストックで買った紙巻き煙草を吸いながら、鱈場蟹食べ放題の店での話を思い出していた。艦内のエア・コンディショナーの都合で、浮上してる時の甲板でしか煙草が吸えないのは、地味に不便だ。
茹で蟹もいいが、あのフリッターや素焼きはまた喰いてえな………
「俺達にくっついて来なけりゃ、こんな最果てまで来ることも無かった筈だが、どうなんだ?」
「ネメシスに協力を強いられてる今のお前……俺が殺した父王達には既に見限られていたし、他に選択肢があるかは分からねえが、俺達に拾われるたのはより大きな不幸の始まりかもしれねえぞ?」
幾分か柔らかい表情も出来るようになったシンディ姫に問うてみたが、まだ幼い彼女に確たる人生設計がある筈もなかった。
「あのまま囚われの身でいるよりは遥かに好い、妾は見聞が広まるのがこんなに心躍るものとは知らなかった」
「まだ見ぬもの、好奇心を満たす不思議なものが世界には溢れていると知った」
そいつは良かったが、俺達に同行するのは常に危険が伴うぞ、いつ死んでもおかしくないって脅しておいた。
「俺はさ、復讐に狂ってるから命に代えてもって気構えだ、神に貰った命かもしれねえが、俺の命は俺だけのもんだと思っている」
「お前の命も、お前だけのもんじゃねえのか?」
お花畑で育った箱入り娘には、すぐすぐ難しいことは無理かもしれねえな……だが、俺達と一緒に居る限り悠長に精神的成長を促してる暇はねえ。守って遣れるにしても、限界はある。
「メシアーズが、艇が急速潜航を開始するって伝えて来てる、船内に戻るぞ」
甲板にある二人を促して、ハッチに向かった。
大きな矢じり型船首で切り割って進む流氷に、いつの間にか氷山のようにデカい氷塊が段々と混ざって来ていた。その壮麗な景色はちっぽけな人間を圧倒するが、いつまでも眺めていたい程じゃない。
気温が低いせいなのか、ベタベタする筈の潮風もさして気にはならなかった。
「ちょっと待って、ズロース干してあるの取り込まなくちゃ」
「お前、こんなところにパンツ干してどうすんだよ、潮風でゴワゴワになっちまうだろっ」
実際、この間は脱水が中途半端だったのか、特殊な繊維なのに何枚か凍らせて駄目にしちまった。
「ええぇっ、だってえ、お日様に当てないと気持ち悪いんだもん」
シンディ姫は船内のランドリー・コーナーの文句の付けようがねえフワフワの仕上がりに敢えて駄目出しをして、日光での物干しを提唱した。盲目的なお日様信仰が、何処から来てるのかは謎だった。
オゾン層の薄いこの地域じゃ、曇って見えても意外と紫外線が強くて、日焼けしやすいからとビヨンド教官が日焼け止めクリームを配っていた。湿気を含んだ偏西風が降りて来なけりゃ、思いのほか洗濯物の乾きは早い。
ラダーを降りて、臨時の物干し場に急いだ。
艦橋下のエアロック構造のドライ・デッキを開けて貰い、物干しロープを張って、そこに彼女等のパンティーなんかがはためいている。
耐寒機能スーツの下に着ける肌着類なので、どれもピッタリ伸縮性のあるものだ。サイズの違いもあるが、支給品なので一律黒一色、誰が誰のか分かりづらくて、名前を書くようにした。
そうそう、物事に一切頓着しない大雑把な性格のビヨンド教官だったが、何故か下ろし立てのパンティーが消毒薬臭いと言って何回も手揉み洗いをしていたっけ。
パンティーと言う下着の名称に馴染みが無くて、未だに皆んな、ズロース、ズロースと言っている。
「はっ、もしかして妾のズロースの匂いに興味があるのかっ?」
「いっ、いやらしい!」
ランドリーバッグに洗濯物を取り込んでいく手を止めて、ジッと見開いたターコイズブルーをどんどん濃くしていったような神秘的な深く青い瞳で睨め付けている。別にシンディのちっさなパンティーを見てた訳じゃない。
こいつの頭の中じゃ、俺はよっぽどの物好きらしい。
「何を勘違いするのか知らねえが、俺ぁアザレアさんの大きな尻とビヨンド教官の小尻とで、どのぐらいパンツの大きさに差があるのか観察してただけだ」
その後のシンディのなんとも言えぬ表情の変化から、この娘の俺に対する評価が却ってマイナス方向に助長されて仕舞ったのではないかと読み取れた……解せん。
「ねえ、“人妻倶楽部”ってなんのお店?」
防寒マスクのくぐもった声で、シンディが訊いてくる。
通り掛かった路地裏のチカチカする派手な電飾ピンク色の看板が悪目立ちし過ぎていて、興味を引かれたようだ。
「……ストリップバーだろう、子供にゃあまだ早え」
こんな極寒の地でも、人間の営みには変わりないらしく助平な欲求を満たす商売が成り立っているのが、不思議な感じだった。
“老いも若きも、幼きも、男も女も、人は身の丈に合った煩悩と生涯を共にする”、ボンレフ村で一番の物知りだったレイモンドの爺さんに教わった諺を思い出した。
……相変わらず、誰が言った言葉だかは忘れたが。
「風俗店です、具体的には女性が一枚ずつ衣服を脱いで観客の性的興奮を煽るのです、最後には女性器を丸出しにディルドでオナニーをして見せたり、レズビアンショーとか、本番ショーとか様々です、中にはバナナを切って見せたり、玩具の喇叭を鳴らせて見せたりと言った芸をする者も居ります……この身も、昔踊り子をしていたことがありました」
教官の包み隠さずって教育方針は一理あるかもしれねえが、俺はどうかと思う。
説明を受けてるシンディ姫が、しどろもどろになってるぞ?
日照時間が短い高緯度に位置するアーネストストックは白夜の長い季節に入っていたが、石炭採掘で貿易ルートを独自開発してきた経緯から、西ゴート帝国の属領ながら、実質的には燃料企業各社が出資する運営機関の行政区基礎自治権を認められていた。
商業流通の北東航路には海流の影響で不凍港が多いが、最北端にあることもあり、ここアロ・イパロ湾は唯一完全結氷する。
曳航用のタグボートでさえ、高性能の砕氷船だ。
最終寄港地として食材の買い出しを兼ね、窮屈な船内生活から暫しの休息と全員で上陸してきた。
一年の平均気温が氷点下マイナス38度だと言う。吹雪けば外気温は更に下がるらしいので、俺とネメシス以外は完全武装の外出スタイルだ。肌が剥き出しだと、現地人じゃない俺達だと凍傷になる恐れがある。
肌着は耐寒スーツで、個人装備の革鎧や、ビヨンド教官は俺が譲った3000万ガルバスの高価なライト・アーマーをやめて、従前のブリガンディーンなどの防具を装着し、同じくメシアーズが支給した緋色の防寒マントに、防寒ブーツ、防寒グローブと言う格好だ。
顔は防毒ガスマスクのようなゴーグル付き面頬で覆ったが、教官だけは肌に気配が感じられなくなるとマスクだけは装着していない。
それが裏目に出たかは別として、教官の顔を見知っている者に声を掛けられた。
興味を惹かれないよう、ごく存在を薄くする認識疎外は掛けていても、人相を見知った者にはこちらが誰だか認識されてしまうのは落とし穴だった。
「卒爾ながら、SSクラス冒険者のスザンナ・ビヨンド殿では御座らぬか……“曙光のババリアン”で副長役をしていた?」
そう言って教官に話しかけてきた男は、一種異様な風体だった。
ピエロのようなダブダブの派手な衣装にドーランのメーキングが何事かと思ったが、どうやらストリップ劇場の客引きらしい。
手に持ったプラカードで、それと知れた。
700年も生きてると結構顔が売れてんな、教官?
魔導兵器だったり、ストリッパー遣ったり、人生波乱万丈だ………
「それがし、嘗ての貴女の剣筋を見て剣士を志した者……アームストロング・デ・ラ・ホプキンズと申す然る高家に仕えた勲爵士、世襲ナイト位だった者です」
「今は訳あって禄を離れて仕舞い申したが、このような最果ての地にて貴女をお見掛けし、年甲斐も無く剣士としての血が騒ぎ申した」
何言ってんだ、こいつ……喰い詰めた騎士崩れが、場末のストリップ小屋で呼び込みを遣ってる。
そんな奴が一流の剣客の筈がねえだろう。
「こんな格好で申し訳ないが、一手御指南頂けないだろうか?」
案の定だ。ドーランで歳格好が良く分からねえが、盛りの過ぎた剣士が教官の相手になるとも思えねえ。
声音と立ち居振る舞いの感じは、あまり若くねえ。
「“因果”はお持ちか?」
ところが、教官は仕来り通り真っ当に野試合に立ち合うようだ。
「おぉっ、有り難い……鎧下に縫い付けており申す!」
「なれば是非も無い、スザンナ・ビヨンドが尋常にお相手いたそう……今、この場でがよろしいか?」
「暫し待たれよ、得物を取ってまいります!」
そう言ってストリップバーの横の細道を裏手に消えていく、おかしな老剣士を見送った。
「ねぇ、“因果”って何?」
「んん、因果状と申しての、真剣勝負をして命を落とすとも文句は無いとしたためてある……遺言のようなものかの」
シンディの問い掛けに、ネメシスが答えた。
「嘘だよね……死んじゃうかもしれないのに、なんで命を賭けてまで勝負をしたいの?」
「それが、剣の道を歩む者の宿命かの? ……騎士職とか、剣士とか言う者は兎角己れより優れた手練れを見ると挑んでみたくなるようじゃ、最早習性と言っても良いかもしれぬ」
シンディにとっては到底理解し難いことなのだろう、泣きそうな顔をしていた。
粉雪が舞い、視界が悪いのを気にした教官は心眼のスキルを発動していた。
圧雪された雪道の足場を確認していると、老剣士が取って帰ってきたが、驚くなかれその佩刀は刃渡り2メーター弱はあろうかと言う両手剣のロングソードだった。振り回すことを考えて、あまり肉厚では無いが間合いの優位性は充分に発揮出来る代物だ。
ダブついた衣装は着替えが間に合わなかったようだが、あまり見掛けねえ異国風な襷掛けをしている。ドーランは拭き取ってきたようだが、慌てた為か落とし切れていなかった。
矢張り素顔は壮年というよりは、年配者のものだ。
「ご存分に参られよ」
相手の気息が整うのを待ち、愛用のシャムシールを抜き放った教官は特に気負うこともなく促した。
ピエロの衣装の剣士は達人の域に達していた。その斬撃は早く、重く、鋭い……だがそれだけだ。剣筋は見えている。
見えていれば対処出来る。中には見えていても引き込まれるように避け得ねえ剣もある……だが、これはそれではない。
教官は相手の剣筋を確かめるように何合か受けて見せたが、一歩もその場を動いていない。老剣士の気合いと、剣戟の響きだけが路地裏を満たし、通り掛かりの人々が何事かと遠巻きに見詰めている。
膂力を使う剣法に相手の息が僅かに乱れた瞬間、初めて教官が動いた。体を躱しつつ、真っ直ぐ突いてくる相手のロングソードを目にも留まらぬ早技で両断して見せる。
切り飛ばした刀身が不用意に見物客を傷付けぬよう、教官は斬ると同時にそれを掴んで見せた。多分、相手にこの動きは見えていない。
「……貴殿の剣筋に真っ正直なものを見ました、このまま精進されることです」
刃の半身を相手に返した教官は、身を翻えすとなんの未練も残さずすぐにその場を立ち去った。
「あっ、貴女は、あっ、あの頃と変わらず、うっ、美しいっ!」
肩で息をし、へたり込んだ皺深い老剣客は精も根も尽き果てて、ただ茫然と見上げて、見送った。
固唾を飲んで見守っていたシンディやアザレアさんは、置いていかれると思ったか、慌てて教官の後を追い掛ける。
「いつから人間が丸くなった、以前であれば見込みのない者は切り捨てていた筈であろう?」
ネメシスが、先を行く教官を揶揄った。
「昼時にはまだ早いですが、あまり血生臭いとシンディ殿が食欲を無くされましょう」
振り返るとニッコリ笑って、自分はそんな気遣いも出来るんだぞ、とアピールする気配があった。
このとき既に、アーネストストックに常駐するカミーラの手の者に目を付けられていたのだが、俺達は誰も気付くことが出来なかった。
俺達に気取られることの無い潜伏と秘密裏の監視技術……この一点に於いてさえ、カミーラの陣営のレベルは瞠目に値した。
「ワルキューレシリーズの伝説は、一般には流布していない」
濛々とした湯気の中、ビヨンド教官がワルキューレについて知ってることを話す、その傍らではかぶりつき方を教えて貰ったシンディ姫が、懸命にふうふうと大きな蟹の身を冷ましていた。
王族特有の特権意識みたいなものが抜ければ、頭が天然なのはちょっとアレだが、小動物を観てるみたいでエロ天然の多い俺達のメンバーでは、癒し系ポジションかもしれねえ。
氷の壁が蓋をする北の海に潜航する前に、アルメリア大陸最北端の港街、アーネストストックで補給をした。北回り航路の要として、雪に埋もれた土地ながら独立自治領として権益特権が保障されている。
ラインホルト運河とジョホイフォール海峡に挟まれたアロ・イパロ湾は一年の殆どが結氷している。
停泊する大小様々な交易船や旧式の遠洋漁船も大多数が、氷を割って進む砕氷仕様の推進力に特化した船だ。
アルメリア大陸もここまで来ると、シェスタ王国の文化とは大きくかけ離れている。属領ながら大国西ゴートとも違う異文化の地、却って動力船なんかは遥かに進歩している。
実際、ツンドラ地帯に囲まれちゃあいるが、ちゃんと鉄道も通っているらしい……俺は観たこと無いけど。
ここに住む人間は、凍傷にならない丈夫な皮膚と皮下脂肪を持って産まれるらしい……生活の知恵って奴で野菜が不足する分、魚の他に海馬、海驢の肉で栄養素を得ているんだとか。
寒流域の鮭、鱒、鰊、鱈の他、帆立や海鞘を仕入れていく。混布や干物も美味そうだった。
最初の内はムニエルやカルパッチョ、ブイヤベースなどにしていたが、ネメシスが刺身が喰いてえなどと言い出しやがって、無理くりな我が儘に答える為の仕入れに苦慮したもんだ。
俺達の世界の料理以外に賢者のスキルで得た調理法には異世界の知識もあったから、俺が腕を振るう船内の賄いは皆んなが食べたことさえないようなものも含まれた。
例えば固茹でのアーティチョークに、唐墨をまぶしたオランデーズソースを和えた前菜とかだ。
しかし俺は調味料の製造までは料理人の範疇外だと思っていたのだが、矢張り刺身には“溜まり醤油”だなとか、訳の分からないことを言い出す奴が居て、今度は醤油の醸造に手を出す羽目になった。
賢者のスキルの知識の海に深くダイブして、醬油の発酵醸造に関する情報と製造工程に必要な機材・施設を探り当てた……“溜まり”と言う奴は、大豆100パーセント、そのプロセスで使用する水分が少ないので独特のコクとトロミが出るようだ。熟成期間も長い。
で、今現在艦内の食卓には“溜まり醤油”が常備されている。
機能一点張りの無味乾燥したミール・コーナーを嫌って、王都で購入したトラバーチン製のダイニングテーブルを置いているのだが、醤油を零すと染みになるのでランチョン・マットを敷くようになった。
アザレアさんとシンディは、箸を使うのが初めてだったからだ。
因みに刺身だが、一流割烹板前の知識と経験を探り当てた俺は、お造りも、上品な懐石の先付けも、舟盛りも、鯒や河豚の薄造り、なんでも御座れで対応出来る。柳葉包丁でさえ自作した。
だが何を隠そう一番難渋したのは、遠い稲作文化の大陸のごく一部にしか自生しない天然物の山葵の入手だったが、探し捲った末に然る輸入商が時の停滞呪符をベタベタ貼った木箱で海上輸送したのを見付け、運良く金に物を言わせて大量に確保した。今は俺のストレージに眠っているが、風味も辛さも申し分ない。
「第一、ワルキューレが表立って活動していたのは遥か紀元前の話で、長命な我々のような種族にかろうじて伝わっているのみだ」
流石のビヨンド教官も最果ての港街は初めてらしく、深々と降り積もる粉雪の中、珍しい異国の漁港の街を皆と散策して魚市場に隣接する商店街に辿り着いた。
北国独特の湯気で煙るアーケード街、茹で立ての鱈場蟹を食べさせる店があって、昼には少し早かったが入ってみれば、気に入った皆んなが腰を据え、ただ黙々と蟹を堪能して誰も席を立とうとしない。
大釜でボイルされた蟹は目の前にうず高く積まれ、盛大に湯気を立ち上らせていた。
小さな店じゃないのに混み合った店内は鮨詰めの相席状態だが、気にもならない程、皆んな夢中になった。
そんなに蟹がいいかよっ……とも思ったが、美味いので文句は言えない。丁度いい機会と、これから訪ねるカミーラと言うワルキューレに付いてアザレアさんなんかが問うていた。
なにせネメシスが袂を分かって幾星霜、どう転んでも死ぬる筈はないと言うから間違いなく生きてはいるんだろうが、誰もその脅威を知らないと言う、影に生きてきた謎の怪物だ。
「吾等の統率者は峻厳なる存在として恐れられていた、当然ながら誰もその命令に逆らう者の無い程に絶対的なコマンダーだ……誰もが一騎当千のワルキューレ達を率いて一糸の乱れも無い、その求心力、実力は推して知るべきであろう?」
「人外の妖魔術師としては、まず間違いなく史上最強であろう……このネメシスが保証する」
「おそらく単独でも、この星を2、3回は滅ぼせる」
「星、星とはなんでしょうか……夜空に浮かぶ、あの星のことでしょうか?」
「吾等が住まうこの世界のことよ、詳しくはまたの機会に教えて進ぜるが、この世のあらゆる大陸を含む端から端までを相手取っても勝ちを得る……カミーラとはそう言った存在と覚えておけ」
蟹を喰うのに夢中なネメシスは、アザレアさんの疑問に粗雑に対応した。今の俺達の世界には、惑星と言う概念は存在しない。
こいつを口で説明するのは難しいかもしれねえな。
「お前の方が強いんじゃねえのかよ?」
「無論じゃ、特殊工作を前提に開発された吾は宇宙域での戦闘も前提に創造された、当然ながらその能力は破格で、吾が本気を出せば半径10光年ほどの宙域を無に帰すことも可能じゃ」
「こればかりは、全ワルキューレ筆頭、ブリュンヒルデをも凌ぐ」
「……大法螺こいてるんじゃねえよなっ? その威力じゃ危険指定されたオー・パーツの比じゃねえだろう!」
俺は、口で咀嚼していた蟹の身を噴き出すように叫んでいた。
効果範囲からしておかしいだろっ、それ!
「当たり前なことを申すな、吾等が何故オー・パーツ回収を言い付かったのか考えてみよ、滅ぼすだけなら吾の右に出るものはない……それよりマナーを守れとは言わんが、口から飛ばした蟹の身を吾に噴き掛けるのはやめてくれんか?」
顔に付いた食べ滓を拭うネメシスは、微妙に嫌そうだった。
突きつけているのが蟹の足なのも馬鹿っぽいぞと言われた。
「カミーラは神秘術にも長けておった、もしやすると全世界を傍受すると言う“ハーミットの水晶”が完成しておるやもしれぬ……これなれば、お前が追う幼馴染み達の足取りを攫むこともまた可能」
気を取り直して一番大きな蟹足をお代わりしたネメシスは、カミーラとやらの所持する最高性能のセンシング技術に言及した。
「こういうの好いですね、なんか家族みたいで」
遠慮することなく蟹を頬張るアザレアさんが、ぽつりと呟いた。
貴族を辞めたアザレアさんは、下々の生活にも詳しくなっていた。
俺は皆んなが立ち上がらないのは、蟹だけのせいじゃないんだと気が付いた。家族の団欒に似て内側から暖かくなる……それは、久しく忘れていた感覚だった。
「どうした、ソラン?」
少し遠い目をしていたのか、危ぶんだビヨンド教官が問い掛けた。
「んん、俺に取って家族の絆ってなんだろうって思ってさ」
「小さな頃は仲が良かったんだが、今の姉貴は俺に取っちゃあ殺してやりてえ不倶戴天の敵だ」
「偶然出会った死んだと思っていたお袋に、金を恵んだっきりで、無責任に見捨てた……そこには肉親の情愛の欠片も無かった」
プリマヴェーラで出会った母親は見事な迄に、最低で恥知らずの娼婦として生きていた。お袋の為人に触れる機会は皆無だったが、あれは最低限の人の心さえ失くした哀れな馬鹿娼婦だった。今頃はどっかの路地裏で冷たくなってるのか、それとも生き延びてこれからも生き恥を晒すのか……
母親が出ていくときに、5歳の姉貴は2階から水桶の水をぶっ掛けたと言う。子供に浮気の肉体関係なんて分かる筈もないのに、親父が憎んだお袋に裏切者の毒婦を見ていたんだろう。
水桶なんて重たい物、普通だったら5歳の女の子には持ち上がらないかもしれねえ……怒りがそうさせたのかは分からない。
その姉貴も大人になれば、似たように大勢の男に身体を開いた。
身内がセックスの快楽に狂う姿なんざ、見たくはなかったさ。
俺の家族は碌なもんじゃねえ……
「……まぁ、人の心を捨てるのは自ら望んだことだから、文句はねえんだけどさ」
ほんの少しばかり切ないと思えたのも、きっと気のせいだ。
第一、スキル・バイターとしてスタートしてからこっち、多くの命を奪ってきた。
全てが明らかになれば、まず間違いなくお尋ね者の賞金首、極悪な大罪人だ。家族の情だなんだとの、高望み出来る身分でもねえ。
人の心を失った俺に、家族の絆なんか必要ねえ……だが、独り残してきた親父のことが気になった。冒険者家業が軌道に乗ってきた頃から細々と続けてきた仕送りだが、また少し送っておこう。あまり大金を送ると却って心配されそうなんで控えてきたが、そろそろいいだろう。今は自由になる金が其れ成りにある。
焼け落ちたプリマヴェーラの復興にはなんの興味も無かったが、女共が懇願するので一応広範囲の全治癒スキルを放っておいた。
死んだ奴等が生き還ることは無いが、火傷で瀕死の奴とか角膜を灼いて失明した奴とかは(意外と多そうだった)、健常体に復帰出来た筈だ。
シンディ姫が助けたキャサリンとか言うオッパイの大きな娼婦は、別れ際、俺のことを伏し拝むようにしていた。
袖摺り合うも他生の縁、血縁よりも赤の他人へ向けた情けへの感謝が、俺を複雑な気分にさせた。
比べれば、俺の中では同じ娼婦でありこそすれ、子を捨てて失跡した母親のことだけは、身内だからこそ、当事者だからこそ尚更に許せないようだった………
(0010101、未確認巨大生物接近中、0101)
(0101、海中移動速度40ノットにて正面10時方向急速接近)
(識別シグナル不明、010101、威嚇通信応答なし01010111)
(0101111、敵対障害として排除を開始します)
シーサペント号の制御中枢は、マルチ視覚モニターにエンカウントした巨大な妖物を映し出していた。
船内コントロールルームに全員集まっている。
「強化したリヴァイアサンのように見えるのお」
マルチ・スクリーンにはおどろおどろしい水棲獣が躍っていた。
「……本物か?」
「そんな筈なかろ、彼の海魔は八大魔将が一角、下されたとは聞いておらぬ故、おそらくはマトリクスを模倣して開発した見張り役というか、番犬であろう」
「じゃあ、カミーラの手のものか? これを殪しちまっちゃあ拙いんじゃねえか?」
(追尾ポイント固定、0001010、空間消失砲照射)
「問題なかろ、挨拶がわりじゃ」
俺とネメシスが暢気に遣り取りしてる間に、リヴァイアサン擬きは消失した。離れていても空間消失の暴力的なリアクションが、亜空間緩衝安定化機構を持つ船体をも揺るがした。
(1110001010、暗号通信受信、解析後の平文は以下の通り)
シーサペントの制御中枢が相手側のメッセージを受け取った。
「“常闇の居城ウルディスの門を叩く者には、七つの厄災が立ち塞がる”……か」
メインモニターに映し出された平文を、ビヨンド教官が口に出して読み上げた。なんか七面倒臭えシークエンスを達成しねえと、御目通りも叶わねえみたいだった。
「そう言えば、随分以前に飛行船乗りに聴いたことがある」
「北極圏ロンバルト海上空にあると言う“風の臍”と言う場所は、一年中暴風雨圏に覆われていて、その中に入る為には七つの厄災全てに挑戦する必要がある……と」
ビヨンド教官は、照明を抑えたコントロール室の画像モニター群を見詰めて、顎に手を当てる仕草をした。
「んで、その“風の臍”とかには何があるんだって?」
「いや、どうもその飛行船乗りもそこだけがあやふやで思い出せなかった……ひょっとすると強力な記憶への認識疎外があるのかもしれぬ、そう思えた」
なんでも昔、商人の飛行船団を空賊から守る護衛の依頼を受けたことがあるらしい。
お目当ての城は、間違いなくそこに在るんだろうが誰も彼もにヒントを与える訳ではないらしかった。
「大体のお、昔の周波帯は放棄されてしまって、現在は連絡が取れない状態がここ千年程続いておる」
「セルダンが月へ退避してから地上の後片付け組と言うか、影の組織だった“大陸救済協会”の残党達が散り散りになる中、バックアップ部隊を失ったスタンド・アローンのワルキューレにとって、数少ないメンテナンス拠点としてカミーラの居城は、最後の拠り所だった」
ネメシスの言うことにゃ、オーバーホール可能な補修・補給の施設を持ったカミーラの浮遊城はその昔、雲間にまぎれて世界中の上空を漂っていたらしい。
それがいつからか、“風の臍”とやら言う伝説になり、北極圏のロンバルト海に腰を据えたのは少なく見積もってもどうやらざっと800年前からのことだ。
「んで、第一の厄災はこのリヴァイヤサン擬きでいいのか?」
「おそらくの、……到達点を目指して進めば、ボスキャラが立ち塞がる、RPGゲームの攻略形式かの?」
「付き合うのがめんどくせえ、ショートカットは無いのか?」
「うぅん、無いことは無いが……おそらくカミーラの機嫌を損ねるであろう、そんな気がする」
「何様だっ……!」
「……いや、カミーラ様としか?」
俺は真剣に引き返すことを考え始めていた。
こうまでして誰かに諂うのは、我が道を行く俺としては我慢できる限界を超えている……一昨日来やがれ、ファックユーだっ!
道半ばで斃れるとは考えていない。俺はそれだけ強くなった。
だがそれ故、何があるかも分からない現実を知った……俺は明日にも死んでしまうかもしれない。そんな綱渡りをしてる……足許の定まらない生き方をしてるのが、俺だ。
だから、悠長に七つの試練なんかに付き合って無駄に時を浪費してる暇なんぞは、俺にはねえ。
「待て、待て、待てっ……気が短いのはお前の弱点だぞっ、吾の乳首を舐めさせて進ぜるから、考えなおさんかっ!」
流石は狂える邪神、何十万年も生きた最強ワルキューレは、男を色香で釣るときも斜め上を行く。だが、俺の守備範囲外だ。
大体、通算200万年近くに渡って修羅の道を歩んだ……それこそ時を越えた天空の覇者が己が美乳を褒美に差し出すとか、チープ過ぎて泣けてくる。
「チッ……!」
「しっ、舌打ちするほど、吾の乳首が嫌なのかあああっ!」
「100万年、誰も触れ得なかった貴重な乳首にいぃ、なんの不満があるうぅっ!」
「チッ、白けた……いいぜ、付き合ってやる、“狂える邪神”様の黴の生えた乳首とやらは遠慮しとくから、精々後生大事に守ってくれ」
「2度もっ、2度も舌打ちするほど嫌なのか?」
「お前、それは女のプライドをぽっきり折るぞっ!」
「あぁ、うるせえなっ、ここまで来たんだ、カミーラとやらの面ぁ拝んでかねえと収まりが付かねえってのも一理ある、俺の気が変わらねえうちに進むぞっ」
「素人童貞の包茎、巨根、遅漏の三重苦嘗めんなよっ!」
「なんじゃと? 何故、それが三重苦なんじゃっ?」
「……俺の相手をしてくれたお姐さんが、例外無くヒリヒリするって涙目になるんだ」
「まぁ、そうなんですね!」
アザレアさんが、何故か嬉しそうに両頬に手の平を添えていた。
教官は無言のまま、生唾を飲み込んでいる。
なんなんだ、こいつら?
度台俺は、ドロシーとの初めてに失敗しないようにと色々経験を積んだ心算が、全て無駄になったって言うのに、少しは労われや!
「ねえ、ねえ、アザレア、素人童貞って何?」
「……シンディ様、それはですね、玄人のお姐さんがゴニョゴニョしてゴニョゴニョするとゴニョゴニョしかないことをですね」
「えええぇっ、そうなんだ!」
おい、そこ! 他人の恥部を抉ろうとするんじゃない!
***************************
次に出遭ったのは、海底から涌き上がってくる海蛇、いや、これは鰻に近いのか……なんかヌルヌルとのたくった胴が長くて大きな魔物の類いが、幾百匹と絡み合う群体で浮上してくる。
(011000、未確認生物接近中、酸性毒放出を確認、0001)
艦の操舵室兼発令所に、コントロール・ユニットからのインフォメーションが流れる。
下面を捉えたモニターの幾つかに、その気色悪い巨大な蛇玉擬きの様子が垣間見られた。烏賊や蛸が吐く墨のようなものが纏わり付いている。深海から上昇してくる様子を輝度補正した映像は、よく見ると墨は墨でも、緑掛かったのや赤茶色っぽいものなどの微妙なバリエーションが識別出来た。
別モニターに成分分析情報が流れていく。
「魔酵素分解系の特殊毒のようじゃの、おそらく通常の金属なら溶解出来る威力があるようじゃ」
ネメシスが分析結果の複雑な化学式を見詰めながら、解説した。
「しかし妙じゃな、自らが強酸溶融毒に犯されない為、対抗変異細胞かアミノ塩基……何かの生物学的ガード機構を持っているかと思ったが、それぞれが吐き続けている毒が微妙に性質が違っておる」
「どういうことだ?」
「例えばじゃ、ミスリルを溶かせる溶融毒を持つ個体は、自家中毒を防ぐ抗体を持っていても、緋々色金用の溶融毒素の免疫因子は持たない、逆に緋々色金溶融毒の個体はミスリル溶融の抗体を持たない」
「微妙に選択毒が拮抗しておる状態じゃ」
「三竦みならぬ、百竦み……互いが絡み合っているからこそ、互いの抗体で毒の影響を受けぬと?」
「……だが、金属だけを溶かす毒素なら生体への影響はそれ程ねえんじゃねえか?」
「ソラン、これを見ろ、これらの特殊な構造式はそれぞれに神経毒の効果を併発する筈だ」
ビヨンド教官が、モニターに映ったニューマン投影式による立体構造モデルを指差した。
「わたくし達の乗る船は大丈夫なんですか?」
心配したアザレアさんが、至極当然の質問を投げ掛ける。
「ん? あぁ、稀代の天才を凌ぐ逸材、エルピスは不溶不懐の未知の合金と分子構造の圧縮技術、そして隔絶障壁の被膜コーティング技能を生み出した、“救世主の鎧”が供給するマシーンの数々は、事実上この世の何を以ってしても」
「疵付けることは、不可能だ」
エルピスとやら言う唯一の良心の類い稀なる才能を、高く買っているネメシスはアザレアさんの杞憂に答えてみせた。
「それより、この蛇玉擬きの目的はなんだ、何か意味するところがあるのか?」
(01011000、暗号通信傍受、敵側メッセージと推測、011000、解析後の平文は以下の通り、000)
手許のモニター画面に示された平文を見詰める。
―――― 1.封印 2.闘争 、そう読める。
「謎掛けか? 一番目で厄災の封印を解き、二番目が闘争と?」
(000、敵群体急速接近、自動迎撃システム稼働、01101、分子分解ビーム照射最速照準、111000)
「待てっ! ……闘争……それぞれの個体の毒は相克している、この群体の毒の中で対応していない金属はなんだっ!」
艦の制御中枢ユニットに攻撃中止と、分析結果のソーティングをリクエストする。
(……鉛です、001101、原子番号82番元素、Pb、鉛に対応する毒素がありません)
「いよっし、それだ!」
「今すぐ鉛を溶かす毒素を生成して、魚雷か何かで打ち込めっ!」
(001101、生成プラントの実装がありません、メシアーズの応援を要請します、010101)
「メシアーズッ!」
(生成プラント構築完了、0101111、シーサペント魚雷発射管4番に既往毒素充填準備まで8秒、0111000)
「うむ、正解じゃろう……武力で押し通れぬこともないが、提示された“闘争”のアイロニーを正確に紐解いてみせることが必要なのじゃろう、カミーラらしいと言えば……カミーラらしい」
「吾等ワルキューレは人間の世の機微よりも使命が優先する、しかしカミーラには彼女にしか分からない独特の価値観があった」
俺の考えを裏付けるように、ネメシスが賛同する。
「全員、耐衝撃体勢っ、着座してハーネス装着!」
艦艇を回避させつつ発射された次元転移魚雷は、目論見通り毒を相克させる群体を溶かし、細切れの肉片、海中に溶けていく細胞へと変えた。どうやら鉛溶融毒に対して、過剰に反応する因子が組み込まれていたらしい。
その異様さに比べれば、あっけない幕切れだった。
「だが、なんで鉛なんだ?」
謎だらけの七つの試練は始まったばかりで、分かることは少なく、何から質問していいのかさえ思いつかなかったが、まずネメシスに訊いてみたのはどうでもいいような内容だった。
「……カミーラが信奉した神秘学錬金術では、最も階層の低い金属で、確かヴァースキとか言う蛇王の精子から出来ているとされていた筈だ、魂の牢獄としての肉体、老化、鈍さなどを象徴する」
***************************
それから5時間は何事も無かった。
メシアーズが補足した旧ヒュペリオン文明の残骸で、壊れ掛けの監視衛星から取得した地上画像から正確な海図を起こしている。
超極光重力波の反射率から地形の起伏、海底の深度が寸分違わずデータとして蓄積されていたものを頂いた。
海に出るに当たって何枚か内陸で購入したが、なにせこの時代の航路図などは羊皮紙に描かれたいい加減なもので、測量技術が確立してる先進国にはもっと増しなものがあるかもしれねえが、およそ北極圏辺りの真面な海図が既存のもので入手出来るとも思えねえ。
こんな黴の生えた海図は糞の役にも立たねえので、いっそのことミール・コーナーに置いた食卓のテーブルクロスにでもしようかと思ったら、いつの間にか銀の燭台と金襴手の彩陶で出来た花瓶が、トラバーチン製の食卓に接着剤で固定されていてびくともしない。
誰がこれをやったって、夕飯時に一悶着あったが、アザレアさんが王都で購入してきたやつを飾り付けるのに、非常時を考えて接着剤で固定するようシーサペント制御中枢に指示を出したのは、どうやら俺だったらしい。
警戒態勢は解けないが、夜中も22時になるので眠らない俺とネメシスが当直を引き受け、各人個室に一旦引き上げさせた。
「お前、油断し過ぎだろ……ただでさえてめえの眼は節穴なのに、真剣な監視作業の最中にビールなんか飲んでんじゃねえよっ!」
テーブル状の映像コンソールに足を載せて踏ん反り返る、受肉した復讐の女神は、何本かのビールの空き瓶を傍らに、ピスタチオナッツを齧っていた。
「……吾の乳首には魅力が無いと、そう申したなっ」
明後日の方向を見詰めるネメシスが、ぼそっと呟いた。
「なんだよ、まだ根に持ってんのかよ?」
何十万年も生きてるって割りにゃあ、矢鱈料簡のせこいネメシスに正直厭きれ返る。
詰まらねえ拗ね方と、あまりにもこだわる先がみみっち過ぎて、遣る瀬無いブルーな気分がそろそろ底を突こうかと言う時だった。
艦内にけたたましいレッドシグナルが響き渡る。
(不明異生物接近、右前方11時方向、俯角30度、010101、深度3500……生体反応が蝙蝠に類似するその数、約7000個体)
シーサペントの制御中枢が、異変を知らせてくる。
「なんで海の中に蝙蝠なんだよ?」
画像補正されて鮮明化された映像は、確かに海中に羽搏く、いや、泳いでいるのか、何千匹と言う蝙蝠の群れだった。
群舞する蝙蝠の畝りが作り出す水流が解析図のモニターに映し出されると、それは奇妙な法則性を持った軌跡を思い起こさせた。
「吸血鬼の眷属は、蝙蝠と決まっておろう」
(未知の精神攻撃被曝、精神波反射バリアを擦り抜けました)
「これは……どうやら研鑽を積んだは吾のみにあらず、カミーラも同じように無駄に過ごしてはおらなんだようじゃ、多重螺旋パルスのランダムアプリケーション、非常に刹那の狭間に波長が変化する上にダミーの数も半端じゃない」
「これを解析して対応する遮蔽を準備するには、如何なエルピスの卓越したテクノロジーでも、初見にては一朝一夕にはいかぬだろう」
「魔導士としても超一流、セルダンの思惑を超え、おそらくその実力は神に近付きつつある」
頭の中をハンドミキサーで掻き回される感覚は、凄く不愉快だったが、外部よりのパラメーター耐性が強化されているお蔭か、凌げねえ程じゃねえ……だが、この精神波攻撃が選択性のあるもんじゃなけりゃアザレアさん達がやばい!
一足飛びに居住区画に駆け付ければ、ほぼベッドだけの就寝用の個室から這い出たシンディが髪の毛を掻き毟って錯乱していた。
「ゴメンナサイ、ゴメンナサイ、召喚の儀で陛下達の命ずるままにトーキョウ・トキオを異世界より、呼び寄せたのは妾です」
「ほっ、本当は父上から訊いて魅了・催淫のことは最初から危険なスキルと知っていましたあああ、でも多くの恋人達や夫婦が仲を引き裂かれることになるなんて考えても見なかったんですうぅっ!」
掻き毟る髪が、ズルズルと抜けていく。
蹲った床に、何度も額を打ち付けたせいか、おでこが赤く腫れ上がって無残だった。
俺は慌てて、自傷行為を止めると抱き締めて、精神力そのものをシンディに注入する。
「ゆっ、許してくださいぃ、自分から、」
「……自ら魅了・催淫のスキルを授けて頂くように願い出ました、そのときの妾にとってトキオ様は、この世でただ一人異世界からいらした魅惑的な殿方でした」
「父上からは能力の血を絶やさぬよう、次代を産む役目を仰せつかっていました、だから……」
世間を知らねえネンネのお嬢ちゃんが、猿山ハーレムのボス猿を理想的な相手と勘違いして、つい暴走したってことだろ?
「だから、妾への王家帝王学の継承を諦めた陛下が再びシェスタの呪われた血の伝承を確実にせんと、王姫教育と称した再洗脳を始めて仕舞われる前に、勇者に魅了される必要がありました」
……そう言うことだったのか、他に方法が無い訳じゃないと思うがこいつはこいつで悲しい定めに生まれ付いてるな。
「妾自身、解けてみればそれが一目で紛い物だと分かります、でもその心地良さに酔っていた身には、トキオ様への気持ちが掛け替えの無いものに思えていました」
治癒スキルで抜けた髪や血の滲む頭皮を修復しても、シンディの繰り言は止むことが無かった。勇者の性癖に幼女好きが含まれなかったせいなのか、実際の被害はこうむっていなかったらしいが、考えてみれば哀れな奴だ。
世嗣ならぬ、能力継ぎを孕まねばならぬ残酷な宿命は、さぞやこの娘を苛んだことだろう。同情する気は更々ねえが、悲し過ぎる。
「分かった、分かったから、もうそれ以上自分を責めるな!」
当然の報いとは思っていても、矢張り年端の行かねえ娘が苦しむさまは黙って見ていたくねえ……そう思える程に、もう俺はシンディと知り合って仕舞った。
「堅苦しい王家のマナーを馬鹿正直に踏襲するのが嫌で、愚鈍な振りをして、王族の責務を放棄しました」
「召喚能力者としての役目は果たしたと思い、王姫として国民を思い遣らねばならないのに、自分のことしか考えていませんでした!」
「王女の責任を果たさなかったばかりか、将来ある者達の幸せな家庭や、愛情を育むべき婚姻を修復出来ない迄に壊しましたっ!」
「少なくとも、其れと知りながら勇者ハーレムの陵辱を見て見ぬ振りをしていたのは、人として万死に値します」
「もういい、もういいんだ、誰もお前を責めやしない」
俺にはこの娘の罪と罰を裁く権利も、義務もねえ……ただ、許してやりたかった。この娘は……シンディは王家の宿命に従っただけだ。
無知なのは、こいつばかりのせいじゃねえ。
どうやらカミーラの精神波攻撃は、人の罪悪感を拡大増幅する類いのものらしい。告白と言うか、懺悔の吐露に図らずも初めてシンディの心の内を見たように思えた。
こいつ、思ったより好い奴かもしれねえな………
「残念ながら、加護のメダイではカミーラの精神攻撃に対応出来なかったようじゃ」
隣のアザレアさんの部屋を緊急用のロック開錠で開け放ったネメシスが、こちらに呼び掛ける。
応急処置に浄化のスキルでシンディを保護し、眠らせてその場に横たえるとアザレアさんの部屋へと向かうが、見た途端、悲惨な状況に絶句した。
苦し紛れに引き破いた寝間着はズタボロになって肌を露出し、虚ろな瞳は死者のように生気を失くして、剥き出しになった股間に両の手を突っ込んでいる。
涙と鼻水で濡れた面貌に、端正な顔立ちが見る影もない。
「うぐうぅっ、毎回違う男達の肉竿を頬張りながら、肉穴を犯されるのに堪らなぐ興奮じて嬉ジョンじまじだあああっ!」
掠れた声で訴えかけるが、散々取り乱した後なのだろう、声はか細く弱々しい。
プライベートを確保するための機密シールドが裏目に出たか、居住個室は泣こうが喚こうが室内の音が外に漏れることの無い仕様だ。
「同じ境遇の素っ裸の女性達と犯され合いながら、身体中に媚薬入りの香油を塗り合い、ハメられたプジィを弄り合い、舐め合う行為が好き過ぎでぇ、狂った快楽悶絶に嬉じ泣ぎじまじだあああっ!」
「あんがああぁっ、互いの肉穴から垂れるザーメンを飲み合って背徳感に浸りながら逝かぜ合うのに夢中になりまじだあああっ!」
声も目も只管悲壮感に囚われながら、両の手だけが激しく股間をほじくっていた。
「股間は痙攣し、猥褻に叫びながら白目を剥いて失心ずる、皆、必死でキチガイのように腰を振っては涎を垂れ流す乱交ハーレムが天国だったんでずう……歯を剥き出しにゲタゲタ笑っていまじだ、淑女にあるまじき下品な笑い方をしてまじだあああっ!」
くぐもる声は、血を吐くように過去の告解を紡ぎ出し、留まることを知らなかった。
アザレアさんこそ、この精神波攻撃に曝させてはいけなかった。
「内臓を掻き回されるような暴力的なセックスが忘れられなぐで、奥の方まで強引に突っ込まれる男の硬く太く勃起したモノに下半身が蕩ける快感に何度も絶頂じで」
「ウウウウウッ……育ててくれた父母の恩も、淑女の立ち居振る舞いも、婚約者への貞節も、何も彼も忘れて思い出すこともなくただただ馬鹿セックスに溺れていました」
「ヒッグ、わたくしは……見捨てられて当然のクズなんです」
わあわあ泣き続けて股間を弄り続けるアザレアさんを抱き締めて、強力な鎮静魔法を流し込む。
「すまなかった、あんたの真っ直ぐな想いに応えてやれなかった臆病者の俺を許してくれ」
恨みと言う渦巻くような負の感情が、俺を前へ前へと押し進める。
俺の真ん真ん中にドス黒く渦巻く復讐への狂気が、何者をも犠牲にしても悲願を果たさんと灼熱地獄への顎門を、まるで大きな洞のように開けて待ち構えている。例え国を滅ぼし、世界を巻き込んででも成し遂げる。
復讐を遂げると言う唯一の目的が、惨劇と言う最高の舞台へと俺を押し上げる……だが、今この時だけは、アザレアさんのことを一番に考えていたかった。
「ハーレムに居る女達は、変態セックスで気持ち良くなることしか考えられなくなるんです……勇者が命じることならなんでも受け入れる、誰が一番淫乱スケベで雌豚変態か競う遊びで、ハーレムメンバーは真っ裸で繋がったまま離宮を出て、誰彼構わずヤってるところを見せつけるのに、抱き上げられて股を開いたわたくしはハメたままオ、オシッコをして見せました」
「最低の女に堕ちて目を背けるような恥を晒したのは、アンダーソン様を裏切った幼馴染みの方々と、何も変わらないのですよ?」
理性は戻ってきても、一旦火の付いた痛悔は終わらなかった。
「それでもだ、今のアザレアさんの気持ちが俺を支えている」
浄化のスキルで溢れ出る過去の罪の意識を押さえ込むと同時に、アザレアさんを眠りにといざなった。
「抱いてやれ、過去の醜態を上書きして忘れさせるにはそれしかあるまい」
色々見聞きしてるネメシスにも、アザレアさんの犯した瀆神の行為は痛ましく見えているのだろう……そんな目付きだ。
「俺はっ……!」
「俺は、復讐譚の主人公になりたい訳じゃないんだぜ!」
俺は、ただおろおろと成す術もなく、腕の中のアザレアさんの顔を拭って遣り、寝台のブランケットを取って、グチャグチャに濡れて仕舞った下半身と身体全体を覆ってやった。
裂傷を起こした膣内と外陰部は、回復魔術で治療した……後遺症が残らなけりゃ良いが。
「現に俺はっ、好いた女と心を通わせるのが怖くてしょうがねえ、どうしようもねえ臆病者らしい……誤魔化していた訳じゃねえが、どうやらそれが俺の正体だ」
「なあ、こんなに嫌な過去なら、封印するか、記憶を消去しちまった方が良いんじゃねえのか?」
「……向き合えぬのなら最終的には考えねばならぬ選択肢じゃ、だが本人の承諾無くして進めるべきではない」
「おそらく、うんとは言わぬであろう」
ネメシスは珍しく真剣で、沈痛な面持ちで血の気の失せたアザレアさんの寝顔を見下ろした。
「それよりビヨンドじゃ、あれはお前が思っているよりも遥かに繊細じゃ、正と出るか邪と出るか……急げ!」
えっ、嘘だよな……あの雑な性格だぜ?
艦の制御中枢に、アザレアさんのメディカル・ルーム集中治療室への搬送と介護入浴を頼み、一抹の不安と共に教官の寝室のドアを緊急コードでロック解除する。
部屋に踏み込んだ途端、血臭が立ち込めた。
血溜まりの中に仰臥する全裸のビヨンド教官の股間に、何かが刺さっている。硝子で出来た酒瓶だ……穀物の蒸留酒でアルコール度数が高いウイスキー瓶は、多分底を割って鋭利なギザギザが出来ている筈だ。それがざっくりと刺さっている。血の臭いに混ざって、濃密なウイスキーの臭いが漂った。
自分でやったのか?
おそらく浴びるように一気呑みして凶行に及んだのだろうが、これでは出血がより一層昂進してしまう。
惨い。
「バッカ、ヤ・ロ・ウ……何故こんな真似を?」
慎重に刺さった瓶を抜いて、間欠的に吹き出す血液を止めると全治癒スキルで傷を回復し、破片や異物が残っていないか精査する。
デリケートな部分なので傷痕が残らないか除毛して観察するが、もしかすると女の部分をこんなにマジマジと見たのは初めてかもしれねえ……だが、この時ばかりはそんなことを考えている余裕も、捻くれた感想で誰かを傷付ける悪意も空っ穴だった。
「森エルフの女王の系譜として、“戦刃王”のアビリティを持って産まれた………」
すっかり血の気の失せた唇はカサカサと白く、まるで死相が浮かんでるようだった。ぼそぼそ囁くような教官の声は、初めて聴くような気がした。
「いいからもう喋るな、教官の此処は前以上に綺麗にして遣るから二度とこんなことはしねえでくれ、何故こんな真似とは問わねえ代わりに、俺からの心からの頼みだ!」
教官の股間に顔を近づけて食い入るように見て、これ以上ない迄に丁寧に、細心の注意で回復整形の術を使う。
「耳の短いエルフなんて故郷じゃ受け入れて貰えなかった、ましてや母親の不貞で授かったこの身の命なぞ疎まれて当然」
「もともと野合淫奔を戒めるのが、森エルフの信条だった」
体力は回復してる筈だが、心の内なる罪悪感を増幅させる精神攻撃のダメージはこんな突拍子もない無残な暴挙に趨らせるだけあって、未だに声には力が無い。
「邦を捨てて、冒険者として生きて行くと決めた頃、“娼婦”のジョブが発現した……父親の血がそうさせたのかは分からない」
「剣で身を立てようと気持ちを固めた頃だから、この身の絶望が如何ばかりか想像して欲しい」
嘗て聴いた無軌道で無節操な劣情振りには、そんな裏の事情もあったのか………
記憶の奥底にずっと閉じ込めてきたのか、初めて聴く話だった。脂汗の滲む彼女の額を、そっと拭ってやる。
「以来、性愛を渇望する女と、剣士として生きる覚悟の間に揺れ動くジレンマとの闘いに明け暮れる日々が、この身の中では延々と繰り返されてきた」
「ふと我に返るときに良心の呵責に耐えかね、自我が崩壊して仕舞わぬよう己れを偽り続けた挙句、どれが本当の自分か分からなくなった……この身は徹頭徹尾、無様な迄に破綻している」
全てが明け透けで貞節に頓着しないのは演技だったというのか?
さも飄々と生きてきたかのように見せていて、その実こんなにも深い心の闇を抱えているなんて毛程も悟らせないのは、あきれ返った克己心だ。
「あの港街で初老の剣士と立会いをしたであろう、あの時に思ったのだ……矢張り、この身の本質は一介の戦士なのだと」
「……まだエイブラハムのチームに出会う前だった、よく覚えている、あの御仁はまだ少年で、この身の剣筋をキラキラと輝く憧れの目で見てくれた」
身じろぎせぬまま、教官の瞳から一筋の涙が横顔の左右に伝った。
「随分以前に、結婚生活にも敗れた」
「ソランが抱いて呉れぬのなら、これ以上女でいる必要はない」
弱々しい囁きは、最後には聴き取れない程になった。
性に奔放な実力者……普段は何気なく装っていたが、余人には計り知れない罪悪感がそこにはあったと言うことか?
偶々女に生まれついただけなら教官の不幸はこれ程ではなかったのかもしれない。“娼婦”のジョブと言うのがどれほどの補正が掛かるのかは分からなかったが、少なくとも教官がストリッパーや身体を売る商売を生業にするまで堕ちるのに幾何かの影響があったのだろう。
戦士たらんと鍛えた技前と、肉体の疼きの葛藤に揺れ動く懊悩は、本人でなければ本当のところは分からない。
「悪かった、今すぐには無理だが、いつか必ず教官を抱く」
「……約束する」
教官は何も言わなかったが、儚げな笑いを浮かべていた。
「反撃が遅れて申し訳なかった、全て俺の判断ミスだ」
「シーサペント、蝙蝠達にサイキック機雷を撃ち込め!」
静かな怒りが俺を駆り立て、並行処理をするシーサペント補助システムにビヨンド教官の安静を委ねて、艦内コントロール指揮所へと取って返す。
外部モニターには、知覚、知能を狂わされた蝙蝠共が共喰いをするように互いを傷付け自滅していく様子が見て取れた。
「ネメシス、今すぐ俺に……最強度の、どんな精神攻撃をも弾き返す対抗と無効化の能力を寄越せ!」
「それは構わぬが、対価としてはそうじゃのお……お前の笑顔と引き換えにしようか?」
「以降、お前は永遠に笑うと言うことを失う、それでも良いか?」
「それでアザレアさんなんかを守れるのなら、安いもんだ」
「やってくれ……」
そうして俺はまたひとつ、何かを失って何かを得た。
大切な者を守り通せるなら、きっと俺は満足して死んでいける。
(選択性通信傍受、01110010、暗号解析後の平文をモニターに映します、0010101)
やがてモニターに流れるテキストは、
―――― 1.封印 2.闘争 3.飢餓 、と読めた。
「何が飢餓だ……何かに飢えることは、罪悪感を覚えるほど悪いことなのか?」
(01100111、緊急事態発生、緊急事態発生、強引な映像チャネルの割り込みがあります、モニターに逆流します)
2回も緊急事態を繰り返しやがって、感情の無い筈の制御ユニットだが、この時ばかりは焦っているような気配があった。
(久しいなネメシス……此方の許より去ってどれ程か?)
(その様子だとセルダンのサブ・ウェアシステムの呪縛から脱却する方法は、どうやら自力で見つけたようだな)
低いが蠱惑的な女の声が響いた。
外部からモニターを乗っ取ったのは妖艶な、黒というよりは微かに紫紺の混じる髪を靡かせる美しい女だった。
何故か磁力のように引き付けられ、魅入られて仕舞う圧倒的に不思議な力を感じる。
吸血鬼らしく真っ白な肌で、真っ直ぐにこちらを見詰めてくるのはおそらくカミーラ本人だろう……種族の特徴なのか金色の虹彩を持った、見たことの無い類いの威圧的な女だった。美人には違いないのだが、あまり知り合いたいと思える相手じゃない。
どう言う理屈か、モニターを通してこちらが見えているようだ。
コントロール室のモニターは、この時に限り完全に敵側に占拠されていた。
「変わらぬな、統括……達者だったか?」
答えるネメシスの声音には、悠久の時を経た重々しい懐かしさが滲んでいるように思えたのは俺の僻目だろうか?
「同郷会だか県民会は、どっか余所で遣ってくんねえか?」
「はっきり言って試されるのは好きじゃねえ……だが、今の仕打ちは輪を掛けて拙かった、仲間の罪を暴かれるのには怒りを覚えた」
(フフフッ、遂に連れを仲間と認めたようだの)
含み笑いで返すカミーラの指摘に、愕然となる。
そうだ……俺は誰も必要とせず、誰にも心を開こうとしなかった。
誰も信用しないから、人の感情を捨てても問題無いと思った……心は痛まないと。
復讐の女神ネメシスと契約し、願いが叶った暁には約定を果たすのと交換に力を請うた。
何処までもドライなバーターを前提とした関係の筈。
俺を裏切らないと言ってくれた、冒険者としても、戦士としてもイロハから鍛えて、教えてくれた……ビヨンド教官は俺に取って掛け替えの無い師匠だったが、本当に本当のところでは心を開けるまで信用し切れねえ。
アザレアさん、自分の過去に悩み、俺に信用して貰う為に奴隷に使う“服従紋”を刻めと言う。
信仰は彼女を救わなかった。
罪人じゃないが、ハーレムを放逐された女達の救済措置として王立悔悟施設の細々とした支援で宗教家達の訓戒法話がある。
取って付けたような話だ。
“汝、悔い改めよ”と言うお決まりの教誨師の言葉に懺悔の禊ぎと心の安らぎを得る程、彼女の信心は汚れ無きものじゃない。それが善きことなのか、悪いことなのか、俺にはわからなかったし、助言するのも躊躇われて今も宙ぶらりんだ。
シンディに至っては、ついこの間まで愈々となれば見捨てるお荷物程度に思っていた。
だが俺は、皆んなを守る為に笑いさえも対価に支払った。
仲間、仲間か……皆んなで蟹を喰ったのは、楽しかったな。
「待ち焦がれたぞ、此方に宿りし予知のスペックが見せた遥か未来のビジョン……これより56億7000万年後の世界を率いるのは魔族を統べた支配者、魔神王ソラン」
「永遠に笑わない魔性の者……お前だ」
勇者亡き後、復讐の対象はドロシー達3人の裏切り者に的は絞られても、その行方を追う道すがら図らずも法王聖庁に弓引く立場に陥った一行……カミーラと言う嘗てのネメシスの上席者を探して、厳寒の北氷洋を彷徨います
紆余曲折する復讐行の冒険譚、恐るべき戦力を秘めたカミーラとの邂逅はどう決着するのか?
お話しは、次話へと続きます
ハーヴグーヴァ=古ノルド語で「海の湯煙」と意訳される北洋の海域にいたという伝説上の巨鯨種、巨魚、あるいはシーモンスター/浮上した部分は島と見まごうと言われ、アイスランド付近〈グリーンランド海〉で見られたと記述されている
古くは13世紀中葉ノルウェーの「王の鏡」に言及があり、「矢のオッドのサガ」の後期稿本〈14世紀後半〉では、ハーヴグーヴァとリングバックが、いずれも島か岩礁に見える巨大な海の怪物として登場する/似たような描写がラテン版動物寓意譚のアスピドケローネという巨獣について記されており、そのアイスランド語訳〈アスペドと記述〉も現存するので、これがモデルとみなされている/また島に似た性質と捕食習性の挿絵が別々に描かれていたことで、2種類いると勘違いされたとの考察がある
……「王の鏡」=ノルウェーで13世紀中期に書かれた、名目上は道徳書だが実際には色々な雑学情報が詰まっている百科全書的な書物であり、父王に息子が助言を仰ぐという問答形式をとっている/王を語り手として、アイスランド近海〈グリーンランド海〉の鯨の色々な種類について細かい説明があり、ハーヴグーヴァとは巨大な魚だが見掛けは島の様であり目撃することは稀と説明される
……「矢のオッドのサガ」=諸本の中でも14世紀後期に遅く成立した写本に、ハーヴグーヴァの言及がみられる/サガの物語中ではオッドの息子ヴィグニルがハーヴグーヴァについての伝承を会得していく中で、それは最大の海の怪物であり、鯨も船も人間も餌とし、口吻部を水上に浮上させたまま潮目が変わるまでじっとしていると説明する
セルキー=スコットランド、特にオークニー諸島やシェトランド諸島の民間伝承に語られるあざらしから人間の姿に変身する神話上の種族/「あざらし女」の伝承はアイスランドやフェロー諸島にも顕在し、アイルランドにも若干の例がみられる
シーサペント=海洋で目撃、あるいは体験される細長く巨大な体を持つ未確認生物〈UMA〉の総称/特定の生物を指すものではなく、大海蛇とも呼ばれるが正体が特定されたものはほとんどない/目撃例は中世以降多数存在するが、中世から近代にかけて作成された世界地図の海洋を示す部分にはシーサペントの絵が記されていることが多い
ライフジャケット=着用者を水上に浮かせ、頭部を水面上に位置させる救命用具のひとつで、主にプールや河川、湖沼、海などで用いられるが、海上を飛行する航空機にも装備されている/救命胴衣、ライフベストとも呼ばれ、その目的や用途によって様々な大きさ・デザインが存在する/現代では多くの国で義務化されており、日本でも2003年より「船舶職員及び小型船舶操縦者法」が施行され、国土交通省による安全基準に適合した救命胴衣の着用措置が講じられている/捜索の際に視認性の高い黄色やオレンジ色に限られ、探照灯の照射を受けて反射する再帰反射素材を一定の面積で貼付、また確実に周囲へ救助を要請出来るよう、水濡れに強い単管タイプのホイッスル装備も義務付けられている
ズロース=女性用の下着の一種であり、腰回りのゆったりした半ズボン状の形でスカートの下に着用した/下着の中では比較的緩やかな構造で、横サイドが長く履き込みも深い
ターコイズブルー=緑がかった青色のことで、貴石としてのターコイズは一般的に明るい青緑色であるが、青みが強いものはターコイズブルーと呼ばれる/顔料としてはコバルトクロム青、マンガン青、フタロシアニン青及び緑などがあり、またセラミック顔料を使用する分野ではバナジウムジルコニウム青のことをターコイズブルーと呼ぶ
ディルド=勃起した男性器を擬した物で張形とも、勃起した陰茎と同じか少し大きめの大きさの形をしたいわゆる大人のおもちゃである/これら性的用具の歴史は古く、その起源ははっきりしないが、紀元前より権力者の衰えた勃起能力の代用品として張形と呼ばれる男性生殖器を模した器具が存在していたとみられる/男性の陰茎と同様の形状をしており自慰行為や性行為においてこれを用い、使用法は主に女性自身が自慰のために自分の膣へ挿入したり、性行為において男性が女性の膣に入れるなどして使用する
タグボート=船舶や水上構造物を押したり引いたりするための船で、引船、曳船〈えいせん〉、あるいは押船〈おしぶね〉と言う/港湾で船舶が岸壁・桟橋に着岸・離岸するのを補助したり、河川や運河で艀〈はしけ〉などを動かしたりするために使われる数十トン級の小型のものから、外洋で救命ボートと同じ用途で海難・水難事故の被害者の救助や、大型プラントを海上輸送するために使われる数千トン級の大型のもの〈オーシャンタグ〉まで幅広い/自身の船体を輸送対象に直に接触させて押すこともあるため、船体の外周には防舷物として樹脂などの緩衝材〈フェンダー〉が設けられている
主機関は自身の船体を動かすだけでなく、自身よりはるかに大きく重い他船や構造物をも動かす必要があるため、自身の船体サイズには不相応な強力なエンジンを搭載している〈例えば2000トン級では10000馬力程度のエンジンを搭載していることが普通である〉/ただし、エンジンやスクリューは速度よりもトルクを重視した低速型のセッティングになっており、馬力の割に速度は出ない
ドーラン=化粧品の一種で、主に演劇上演や映画撮影などのためのメイクといった用途に使われる油性の練り白粉のことである/ただし白粉とは言え、白色以外の物も見られ、舞台以外にも仮装・コスプレでのメイクや、兵士の野外での偽装のためのカモフラージュメイク〈フェイスペイント〉でも使用される
シャムシール=アラビア、ペルシャ起源の湾曲した刀の総称で三日月刀とも呼ばれる/本来ペルシア語で「刀剣」を意味する普通名詞であり、名称そのものに刀や剣や刀身の曲がりなどの形状についての意味は有しない
海馬=哺乳綱・食肉目・セイウチ科・セイウチ属に分類される鰭脚類の動物で、オス平均体長310cm平均体重900kg、メス平均体長260cm平均体重560kgになり、皮膚は分厚く2~4cmに達する箇所もあり、体色は明黄褐色で胸部や腹部は濃色/皮膚には体毛が無いものの、厚い脂肪で覆われ寒冷地での生活に適応している
口の周りには堅い髭が密集し、雌雄共に上顎の犬歯:牙が発達し、オスでは100cmにも達する事もある
海驢=鰭脚類アシカ科の海生動物であるが、アシカ科には一般的にオットセイ、トドも含まれる/多くは冷たい海に生息していて、水中生活に適応しており流線型の体型で、四肢が鰭状に変化している/体はかなり大型で、最も小さいガラパゴスオットセイでも成獣になると体重30kg、体長1.2mほどとなる/最も大きいミナミゾウアザラシのオスでは体長4mを超え、体重は2.2トンにもなる/すべての種は広義の肉食であり、魚、貝、イカ、その他の海洋生物を捕食している
海鞘=尾索動物亜門ホヤ綱に属する海産動物で、餌を含む海水の入り口である入水孔と出口である出水孔を持ち、体は被嚢と呼ばれる組織で覆われている/成体は海底の岩などに固着し植物の一種とさえ誤認されるような外観を持つが、食材として用いられ、海産物らしい香りが強く、ミネラル分が豊富である/マボヤとアカホヤは亜鉛・鉄分・EPA〈エイコサペンタエン酸〉・カリウム・ビタミンB12・ビタミンEなど豊富な栄養素、味覚の基本要素の全てが一度に味わえる食材となっている/またマボヤの筋膜体に含まれるグルタミン酸と5'-GMPの割合がうま味を増強する濃度比であるため、旨味が強い
ムニエル=魚の切り身に塩・コショウで下味をつけ、小麦粉などの粉をまぶし、バターで両面を焼いた後、レモン汁を振り掛ける調理法で、外側のカリッとさせた食感と中の柔らかい身の違いが好まれる/舌平目やスズキなどの白身魚やマス・サケ類がよく用いられ、レモンソースの他にバルサミコソースやタルタルソースをかける場合もある/ベシャメルソースや、オーロラソース、醤油風味のソースが用いられることもある
カルパッチョ=本来生の牛ヒレ肉の薄切りにチーズもしくはソースなどの調味料を掛けた料理だが、和洋折衷料理からマグロやカツオ、サケなどの刺身をドレッシングで和えたカルパッチョがある
ブイヤベース=地元の魚貝類を香味野菜で煮込むフランスの寄せ鍋料理で、南フランスのプロヴァンス地方、地中海沿岸地域の代表的な海鮮料理/数種の白身の魚やエビ・貝などが入り、トマトの他、サフラン、フェンネル、ローズマリー、ディル、パセリなど、ハーブ類で風味をつけ煮こみ、仕上がると海鮮風味の濃厚なスープになる
アーティチョーク=キク科チョウセンアザミ属の多年草で、形態的には大型アザミ/若いつぼみを食用とするヨーロッパの春野菜でルーツは地中海沿岸原産/古代ギリシャ・ローマ時代以降、品種改良が進んで今日のような食用品種となった/食用にするのは若い蕾で、葉のように見える肉厚の萼の下部と萼に包まれた花芯〈花托〉の部分を食べる……食用になるところは、総苞〈萼〉の基部にある少量のデンプン質と花托基部のやわらかいところであり、総体積に占める可食部の割合はわずかである/ラテン系の人々が好んで食用とするが、フランス料理での利用が多い
唐墨=からすみ〈鰡子、鱲子〉はボラなどの卵巣を塩漬けして塩抜き後、天日干しで乾燥させたもので、名前の由来は形状が中国伝来の墨「唐墨」に似ていたため……古鰆子〈こしゅんし〉ともいう/日本の三大珍味と呼ばれて、塩辛くねっとりとしたチーズのような味わいは高級な酒肴として珍重され、薄く切り分けて炙り、オードブルに供したり、すりおろして酢を混ぜてからすみ酢にしたりして使用する
オランデーズソース=バターとレモン果汁と卵黄を使用して乳化し、塩と少量の黒コショウまたはカイエンペッパーで風味付けしたもの/オランデーズソースを作るには幾つかの技術と練習が必要となるが、きちんと作ればまったく分離しない滑らかでクリーミーなソースになる/味はリッチでバターの風味豊か、レモン果汁と調味料を加えることで口当たりが良くなり、料理に添える際には温かいのが理想/いくつか調理法があるが、いずれも泡だて器などでコンスタントにかき混ぜることが必要で、材料の分量は卵黄1個に対しバターが55~85g、レモン果汁は好みでスプーン1杯迄である
溜まり醤油=文献上に「たまり」が初出したのは1603年〈慶長8年〉に刊行された「日葡辞書」で、同書には「Tamari. Miso〈味噌〉から取る、非常においしい液体で、食物の調理に用いられるもの」との記述がある
文献に登場しはじめた時代のたまり醤油は、原料となる豆を水に浸してその後蒸煮し、味噌玉原料に麹が自然着生〈自然種付〉してできる食用味噌の製造過程で出る上澄み液〈たまり〉を汲み上げて液体調味料としたもの/発酵はアルコール発酵を伴わず、また納豆菌など他の菌の影響を受けやすく、澄んだ液体を採取することは難しかった/この製法によるたまり醤油は16世紀を描いた国内の文献に多く現れ、17世紀に江戸幕府が開かれると人口の増加に伴い上方のたまり醤油が、清酒や油などとともに次々と江戸へ輸送されていく/江戸時代中期までは主流であり、この頃の当時は醤油と言えばこの溜り醤油のことで、とろりとしており旨味、風味、色ともに濃厚で、刺身につけたり、照焼きのタレなどに向く/味噌を絞ってその液体部分だけを抽出したもので原料は大豆が中心で、小麦は使わないか使っても少量……つまり豆味噌を絞ったものが中心である
トラバーチン=温泉、鉱泉、あるいは地下水中より生じた石灰質化学沈殿岩で、緻密、多孔質、縞状など多様な構造をもつ/温泉沈殿物や鍾乳洞内の鍾乳石類、あるいは石灰分の多い河川沈殿物などで、特に緻密で研磨して美しい光沢や色合い、模様を有するものを装飾石材名としてオニックス マーブル〈onyx marble〉とかケイブ オニックス〈cave onyx〉という/建築材料としてよく利用され、古代ローマ人は古く乾いて硬くなったトラバーチンを大量に採掘した/ローマのコロッセオは、その大部分がトラバーチンでできた世界最大の建築物であり、トラバーチンを多く使った有名な建築物としては他にパリのサクレ・クール寺院などがある/中庭や庭園の小道の舗装などにも使われ、石灰岩や大理石とは異なり表面に孔や溝があるのでグラウチングでそういった孔を埋めて販売する場合もあり、表面を磨けば非常に滑らかで輝くように仕上げることもでき、色も灰色からコーラルレッドまで様々なものがある
鯒=コチ〈牛尾魚、鮲〉は上から押しつぶされたような平たい体と大きな鰭を持ち、海底に腹這いになって生活する海水魚の総称で、ネズミゴチ、マゴチ、メゴチなど、どれも外見が似ているが目のレベルで異なる2つの分類群から構成される/腹側は白っぽいが、背中側の体色は周囲の環境に合わせた保護色となっていて、砂底に生息するものは黄褐色~褐色の地味な体色だが、岩礁や珊瑚礁に生息するヤマドリやニシキテグリなど派手な体色の種類もいる
山葵=ワサビはアブラナ科ワサビ属の植物で日本原産/山地の渓流や湿地で生育し春に4弁の白い小花を咲かせ、根茎や葉は食用となり、強い刺激性のある香味を持つため薬味や調味料として使われる/加工品はセイヨウワサビのものと区別するため本わさびと呼ぶこともある/根茎、茎、根、花などすべてが食用にされるが主に使われるのは根茎で、一年中流通して特定の旬はない/全体に淡緑色で良く締まったかたいものが良品とされ、ワサビの葉はわさび漬けなどに、太い根茎は主にすりおろして香辛料とする/食欲増進、食物防腐、制菌作用があることから生ものに添えられ、刺身や寿司、蕎麦などの日本料理には欠かせない薬味として知られる
鱈場蟹=十脚目〈エビ目〉:異尾下目〈ヤドカリ下目〉:タラバガニ科:タラバガニ属に分類される甲殻類の一種/タラバガニ属はタラバガニを含む5種からなる/生物分類学上はカニ下目ではなくヤドカリ下目に分類されているが、水産業・貿易統計等の分野ではカニの一種として取り扱われており、重要な水産資源の一種に位置づけられている/甲幅は25cmほどで、脚を広げると1mを超える大型甲殻類で、全身が短い棘状突起で覆われている/食用として流通する際は茹でられて赤橙色になったもの〈外骨格に含まれる成分であるアスタキサンチンが加熱によって可視化したもの〉が多いが、生体は背中側が暗紫色、腹側が淡黄色をしている
リヴァイアサン=旧約聖書〈「ヨブ記」「詩編」「イザヤ書」など〉で、海中に住む巨大な聖獣として記述されている/神が天地創造の5日目に造りだした存在で、同じく神に造られたベヒモスと二頭一対〈ジズも含めれば三頭一鼎〉を成すとされている……〈レヴィアタンが海、ベヒモスが陸、ジズが空を意味する〉/ベヒモスが最高の生物と記されるに対し、レヴィアタンは最強の生物と記され、その硬い鱗と巨大さから、いかなる武器も通用しないとされ、実力はサタンやベルゼブブを凌駕する/世界の終末には、ベヒモスおよびジズと共に、食物として供されることになるらしい/「ヨブ記」41章によれば、レヴィアタンはその巨大さゆえ海を泳ぐときには波が逆巻くほどで、口から炎を、鼻から煙を吹き、口には鋭く巨大な歯が生えている/体には全体に強固な鎧をおもわせる鱗があり、この鱗であらゆる武器を跳ね返してしまう/その性質は暴君そのもので冷酷無情、この海の怪物はぎらぎらと光る目で獲物を探しながら海面を泳いでいるらしい
ニューマン投影式=特定の化学結合、すなわち1つの結合とその両端の原子の側鎖についての立体配座を表現するための構造式/1955年にメルヴィン・ニューマンによって分子の立体配置、立体配座を表現する方法として提案され、特にエクリプス配座、ゴーシュ配座、アンチ配座といった単結合についての立体配座を表現したいときに用いられる
教誨師=教誨とは、第一義には教えさとすことをいい、同義語として教戒があるが、こちらは、教え戒めることをいう/また、これらから転じて第二義には、受刑者に対し徳性〈道徳をわきまえた正しい品性、道徳心、道義心〉の育成を目的として教育することをいう
矯正施設における教誨には「一般教誨」と「宗教教誨」があり、一般教誨の内容は道徳や倫理の講話などで、刑務官・法務教官などが行うが、宗教教誨の内容は宗教的な講話や宗教行事で、各宗教団体に所属する宗教者〈僧侶・神職・牧師・神父など〉によって行われる/一般教誨は全ての受刑者に参加の義務があるが、宗教教誨は日本国憲法に定める信教の自由の観点から自由参加である
応援して頂ける、気に入ったという方は是非★とブックマークをお願いします
感想や批判もお待ちしております
私、漢字が苦手なもので誤字脱字報告もありましたらお願いします
別口でエッセイも載せましたので、ご興味のある方は一度ひやかしてみてください
短めですのでスマホで読むには最適かと……是非、通勤・通学のお供にどうぞ、一応R15です
https://book1.adouzi.eu.org/n9580he/





