48.魔導兵器、“告解の魔女”は新米冒険者を問いただす
随分後になってだったが、この身をお前の女にしてくれないかと、ソランに請うたことがあった。無論、バディとして相棒の奇禍は身を挺して守るのに否やは無いが、情を通じた相手なれば躊躇い無くこの身を投げ出せる……だが、ソランは黙して語らなかった。
大丈夫だ、ソラン、この身はお前を裏切らない。
「ソランってさあ、なんか複数の力が渦巻いてるような?」
「沢山のスキルに愛されてるように見えてるよ……この身には」
「…………」
「言ってなかったが、この身は看破の真眼を持っている」
「最初から違和感があった、登録の時の異常な基礎能力の計測値以前に、お前はここいらの農民の出にしては身綺麗に過ぎた」
「最初は造られた機械人形の類いを疑ったが、そうではなかった」
「呼吸もある、発汗もある、普通に新陳代謝のある生物だと分かったからだ……だが、その内の排出するもの、老廃物は滲み出す端から消えて行った」
「口の中も、耳、鼻の中も、髭ですら生えてくる先から削られていくのが分かった」
そいつは、病的で過保護なまでに綺麗好きなネメシスの仕業だったが、無論誰かに話せるような内容じゃあなかった。
だからあれ程、度を越すなって言ったのに……
「ソラン、お前は一体何者だ?」
十日程の教室でのマンツーマンの基礎講義を終え、やっと実戦に移ったので少し楽しくなってきたところだ。
ギルド出張所の裏山にある雑木林を伐採して造られた、余人の目には触れないような場所で、初心者としての剣技、護身術の基本テクニックを学び始めて、丁度一週間になっていた。
すっかり色付いた西洋梶楓の樹が、辺りを黄色に染める中、年季の入ったブリガンディーンに身を包んだビヨンド教官が佇んでいた。
俺と教練の稽古をするときは、ダークブロンドの髪を無造作に引っ詰めにしていることが多いが、化粧っ気が無いにもかかわらず、その唇は濡れたように光っていた……と言うか、全体的に生命力に溢れてるって言うのか、俺には、そんな風に見えていた。
汗臭い筈なのに、なんか花のような甘い匂いがしてやがる。
冒険者登録と同時に、ギルドマスター代理のエイブラハムへの入門を願い出たが、最初はド素人は取らんとけんもほろろの対応だった。
だが数少ない職員のスザンナ・ビヨンドが耳打ちする冒険者登録の為の能力測定の結果と言うか、その模様に、強面のエイブラハムは態度を変えた。
基礎能力検定で手加減した筈が、並外れたと言うか、幾つかの計測具をお釈迦にしてしまった経緯から(弁償する金も無いので直したのだが)、取り敢えず冒険者のイロハを学んでみろとの許しが出た。
全てはそれからだと言う。
俺は、目の前のギルド受付嬢マニュアルを履き違えて捉えてしまった、非常に残念で、尚且つカウンターに居るときとは不思議な程に落差があるスザンナ・ビヨンド教官の、今とは口の利き方も態度も、まるで違っていた初っ端の対応を思い出していた。
その態度の豹変には、二重人格を疑った程だ。
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「冒険者登録がご希望ですかあ?」
「とても素晴らしいことですっ、わたくしども栄えあるセルジュ村ギルド協会出張所で輝かしい冒険者生活をスタート出来るなんてえ、あなたはなんて運が良いっ!」
「こちらをご覧ください、これはわたくし共のギルマス代理が掲げた“箱庭理論”の冒頭に書かれている理念で、長年、当出張所の社是になっていますですぅっ」
示す頭上を見上げると、ボロい木製の傾いた扁額が腐っており、かろうじて読み取れるキャップ・アンド・ローが異常に強調されたインシュラー筆記体で何か書かれていた。その装飾文字は掠れていて、まるで判じ物のようだったがやっとのこと、
“箱庭の日常を捨てよ! 飼われた羊の己れに嫌気がさしているのなら、冒険者になって自由を得よ!”
と言う内容じゃないかと想像できた。
「早速、手続きいたしましょう……こちらが誓約書です、よくお読みになって署名と血判をお願いしますねえ」
「その後、ギルド憲章のご説明と実際の活動に当たっての暗黙の了解と言うか、ルールやマナーについて一通りご案内しますぅ」
擬態スキルを使ってない俺は、まったく素の状態だったから酷いダミ声だったが、この女は眉ひとつ動かさず、変わらぬ作り笑いで応対した。ある意味、プロ根性に徹している。
目の前に出された立派な羊皮紙の誓約書は、びっしり細かな文字で埋め尽くされていて、正直文盲でこそないが読み書きのあまり得意じゃない俺にとっちゃあ、拒否反応が先に立つ代物だった。
(すべては自己責任という内容じゃ、特に聖約の呪いは掛かっておらぬ……本名で署名して問題無い)
ネメシスに言われるまま、俺は金釘流で自分のサインを入れて、血判の為に親指を薄く切った。
違約金だか供託金みたいなものが掛かるらしいが、稼ぎから分割天引きにして貰える方法を選んだ。
長々と、細々した注意点など聞いていたが、途中から集中力が品切れになって、きっと口から魂が抜けていた。気が付くと、他の部屋に移動するよう促された。
「初心者の方はEランクの蒼鉛クラスより始めて頂きますが、冒険者としての能力が最低限足りているか、計測させて頂くことになってましてえ、簡単な筆記試験なども御座いますがぁ、ちょおおっと、お時間拝借しますですうぅっ」
「でもお、素敵なお兄さんならきっと楽勝ですよぅ!」
後々に本性がバレるのだが、このとき迄のスザンナ・ビヨンドは、不気味なほどの愛想と何の根拠も無いリップサービスを振り撒いていたもんだ。
剣筋を見ると言うので、基本の構えを取らされた。
悪い予感がするので、俺は嫌々自前のロングソードを抜いた。
心得の無いものには正眼の構えを遣って貰うそうだが、俺はネメシスに教わっている大上段の構えの内、一の位と呼ばれる天を真っ直ぐ突き刺す構えを取った。
「……異な構えですね、ご流儀はどちらですか?」
受付嬢は真顔になっていた。
「ザクソン・マゾッホ斬喝開闢流と言うそうです、旅の剣士の方にちょっと教わりました、ほんの触りの部分だけですが」
あまり、深く詮索されないよう当たり障りのないよう答えた。流派はネメシスが言っていたもんだ。
「……斬喝開闢流? 他の大陸の古流にザクソン・マゾッホ星塵流と言うのは随分昔に聞いた覚えもありますが、耐えて久しい筈……なによりあなたの剣気は、」
「相当のものだ、尋常じゃない」
頭の先から突き抜けるような作り声も、営業スマイルも消え去った受付嬢は、軽さなど微塵も感じさせない揺らがぬ真っ直ぐな視線で、今は澄んだブルーの瞳を真摯に俺に向けてやがる。
「まぁいいでしょう、次に魔力の測定を致します、これは魔力が無い一般の方にもお願いしています、本人が気が付いていない場合もあるからです」
「こちらの水晶に両手を添えて、魔力を放出してみてください」
今度は用心深く、全力を出さないよう手を添えてみる。
今のところショボい魔術しか使えない俺は、気功を練る段階でも魔素を吸引して仕舞うので、魔力簒奪スキルを使っている訳ではないにしろ、本当のところ魔力は弾けそうな迄に溜まり捲っているのだ。
軽く手の平を添えただけの感触だった。
一瞬で大きな水晶玉は両手の中で爆発するように崩れて、砂粒と砕かれた小さくも無数の欠片と化していた。
「……成る程、大体分かりました、しかし困りましたね、魔力測定の丸水晶は当出張所にはこれひとつだったのですが」
焦った俺は、自分の不始末に舞い上がっていて、ネメシスが止める前に後先考えず、“再生”のスキルを使ってしまった。
砕かれる前の状態の丸水晶に戻ったそれを見て、受付嬢は今度こそ言葉もなく、ただ茫然と目を剝いていた。
続く頸力測定でも、俺は全力を出す意図は無かったのだが、またしても似たような失敗を重ねて仕舞う。
鼎のような水盤に手を添えて、発頸してみろと言うのに可成り抑えた筈なのに、またもや中の水が一瞬で蒸発してしまった。
部屋が水蒸気で朦々とするのを慌てて戻したものだ。
俺は、自らの基礎能力を甘く見ていた己れ自身に悪態を吐いた。
幾ら何でも、俺の仕出かしは流石に怪しまれている筈だった。
鼎は砕けはしなかったが、少し罅が入ってしまった。
(勿論、直したさ)
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「ふうぅむ……本当なんだろうな?」
俺がギルドマスター代理、エイブラハム・キャリコに師事してえとの願いに、行き成りは無理だとの見解を示した、今はすっかり素の話し方に(やっぱり、あれは作った演技だったんだ、当たり前か……)戻ると、それなりに魅力的な大人の女性を感じさせる受付嬢は、それでも当人に引き合わせては呉れた。
結果、胡麻塩頭に揉み上げから頬、顎髭と短く刈り揃えたこわい髭の男は思ったように立派な体格だったが、言葉少なく弟子入りを撥ね付けた。
撥ね付けはしたが、最初のぶりっ子振りが嘘のように鳴りをひそめた受付嬢が何かを耳打ちすると、態度が軟化した。
「そう言うことなら、暫く様子を見ようか……冒険者見習いとして滞在することを許可する」
まぁ、突慳貪に追い返されることだけは回避出来そうだった。
「……あのぉ、初心者なんで、冒険者のイロハを教えてくれる人を紹介して貰えないですかね?」
「座学とかだったら、あまり手持ちも無いんで、なるべく安くお願いします」
「初心者入門講座がある、一日500クローネだ」
「……他に客も居ないし、スザンナ、お前が付いてやれ」
「しかし、わたくしには窓口業務がっ」
「掛け持ちしろっ、体調が戻ればアザレアも窓口を遣れるようになると思うぞ」
ほとんど無一文で出てきたから、今夜の宿代にも事欠くと言ったら2階の冒険者用宿泊設備を使っていいという。
共同炊事場に、共同トイレの就寝施設だったが、他に利用者はおらず、料金は後払いにして貰えた。
「それと、生活費も無いんで何か手っ取り早く換金出来る採取依頼とかありませんかね?」
「初心者は……蒼鉛クラスは通常、植物採取や稀石などの鉱物採取から始める、採取場所情報のマップは20クローネだ」
「もっとこう、魔核が採れる魔物が狩れる場所は無いんですか?」
「一番近いサイモン・バレーって窪地でも、ここから300kmはあるぞ、しかもそこはシャルル・カルソンヌ郡の人外魔境、魔族領でこそ無いが人間は未踏の原生林だ、初見に案内も無しじゃ、自殺願望がある奴じゃなけりゃ踏み込まない」
「300kmか、今から行って帰ってこれない距離じゃない」
「おいっ、人の話聴いてんのか、入門者?」
「今からちょっと、宿泊費と授業料稼いできますんで、頑張って日暮れまでには戻りますよ」
もう、ここまでくれば誤魔化すのも面倒だ。踵を返して、早くも二人の視線を振り切り外へ出て、人の目の有無を確認する。
探知スキルで周囲をサーチし、見られてないことを確かめてから、天駆のスキルを発動した。
空高く浮いた俺は、マッピングのスキルで、サイモン・バレーとやらの大体の方向を把握する。
気功術で身体の外皮を鎧うと、目的の方向に一直線に翔び出した。
体側がブレないよう体力強化で固定する。翔ぶのに正しいフォームが大事だってこの頃分かってきた。空気抵抗が少なければ消耗も少なくなるし、速度も上がる。真っ直ぐ翔ぶのは事程左様に難しい。
風を切る飛翔は、コイフを被っていても肌寒いと感じる。
(どうした、浮かぬ顔をして……)
「いや、なんでもねえ……小さい頃、ドロシー達と、鳥のように空を翔べたらどんなにかいいだろうなって夢見てたことがあって、そのことを少し思い出した」
「実際に翔べるようになっても、ちっとも嬉しかねえな……」
(ところで、あの女を見たか)
(……あれは稀に見る優良な餌食じゃ)
「これから教えを請うことになるかもしれない相手を、行き成りカモ扱いするのは、俺にゃあ気が引ける」
「先のことは分からないが、今はまだいい」
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夕暮れ時の秋風が、茜色に艶めく広葉樹の葉を散らす中、擬似空間収納スキルの拡張引き出しから、仕留めた獲物の数々を引っ張り出しては、出張所前のあまり大きくはない前庭、と言うよりは空き地に高積みしていった。
エイブラハムと受付の女が立ち会っている。
「油疣サラマンダーが7匹、ビッグレザー蠅取虫が12匹、格子縞ファング・モスが8匹、鉄鋼百足蜘蛛が24匹と……」
「おぉっ、こいつは銀散ルガルーか、最近は滅多に市場には見掛けなくなったが、まだ棲息してるんだな」
「……代理、もしかしてこれは、幻の“岩石コカトリス”かもしれません、だとすれば我々では査定できませんが?」
結局、大量ゲットのお宝は、向う半年間の授業料と宿泊費を約束してくれたばかりか、当座の食費と小遣いにはなった。
その代わり翌朝からのレクチャーは、当面、デカい魔物の血抜き解体と魔核の取り出し方になった。
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「ソラン、お前は一体何者だ?」
セルジュ村の雑木林の鍛錬場で、ビヨンド教官は俺を問い詰めるような様子で対峙していた。
「この身には、お前は何かに憑依されているように映っているぞ」
「奇遇ですね、俺にもビヨンド教官が見た目と違って沢山の時を生きてることや、人間には扱えない筈の古代の魔術を行使できるのが分かりますよ……その正体が、ハーフエルフだろうってこともね」
ネメシスが教えるので、実際自分でも鑑定のスキルで覗いてみたりもしたが、この女の隠された驚異的な能力とかは大体把握している。ひょっとするとエイブラハムよりも戦闘力では遥かに上かもしれないってことも……
「……女の歳を詮索するもんじゃない」
ビヨンド教官は、その美しい眉間に皺を刻んで言葉を継いだ。
「大体、お前はいつ寝ている?」
「昨晩も部屋で蠢く気配があった、我等の出張所に来てからずっとだ……眠っていないのか?」
半分、夜中の動きを見破られていたことに意外な感じがしていた。
同じ建物の中で気取られぬようにするにはと、固有の隠蔽結界を発動して、音も魔力も、振動さえも漏れ出ぬようにした。
その上で、昼間習った禹歩の足運びを練習していたのだ。床上10cm程に浮かび……天駆のスキルに付随する下位互換、空中浮遊の術で床に直に足を着くことなく、一晩中足運びをなぞっていた。
ネメシスに依ると、近代武術のほとんどの運身の基礎と言うか下地になるものなので、キチンと身に着けた方がよい、との勧めで真面目に取り組む気になったのだ。
絶対にバレないと思った。
だが、その反面、こいつならもしかして見破るかもしれないとの気持ちが、残り半分と言うか何処かにあった。
「お察しの通り、俺は悪霊に憑依されているが、全ては納得ずくだ……こいつの呪いにより、俺の眠りは奪われている」
「正直に話しているのは、内緒にして貰いてえからだ、じゃないと俺はあんたのことを禁句のスキルで縛らなくちゃならねえ」
「教えを請うているあんたにゃあ、礼を欠く真似はしたくねえ」
「その歳で冒険者を目指すとは、何か訳ありなのか?」
「……完全に俺の私怨だが、復讐してえ奴等が居る」
「誰だ、誰を恨んでいる?」
「この国の勇者一行だ」
勇者は、シェスタ王国の魔族に対する切り札だ。そいつらを殺そうとしてると告白することは、国家に対する反逆も同然だった。
「……隣り村での乱痴気騒ぎの噂を聞いた、勇者のパーティが将来を誓った筈の婚約者の目の前で犬畜生のようにまぐわったと、……お前なのか?」
「多分、俺のことだ」
「そうか、こんなところにも召喚下種勇者の被害は及んでいるのだな……昨日からカウンター業務に就いて貰ってるアザレアさんも、召喚勇者の“魅了・催淫”の被害者だ」
「実は、あの人は宮廷貴族ギブレー男爵家の令嬢だったが、運悪く勇者に見初められて毒牙に掛かった」
「魅了のスキルに誑かされ、婚約者のある身でありながら爛れた愛欲に狂った末、洗脳を解かれて捨てられた」
俺は2週間前から出張所の事務方として働き出した薄幸そうな女の様子を思い出していた。何処か窶れて儚げなのはそう言う訳か。
だが俺の心は痛まないぜ……同情もしない。
「待っていたのは婚約者や肉親からの激しい蔑みだ、本心からではないとは言え仕出かして仕舞った罪の激しい自責の念に苛まれていたアザレアさんには、抗う術など無かった」
「すっかり怯え切ったアザレアさんに待っていたのは貴族席剥奪と義絶の上、放逐、と言う酷なものだった」
「乳幼児の頃からのナニー役だった女が、この村に宿下りしていてな、不憫に思った女が王都の近くまで訪ねていって、連れ帰った」
「お前、勇者の魅了のスキルのことは知っていたか?」
「あぁ、聞かされた……心の奥底に眠る願望が出ちまうとも聞いたな、でも関係ねえ……関係ねえんだ」
「俺にあるのは事実だけだ、虚仮にされ、捨てられ、打ちのめされて、嘲笑れた……俺には復讐する権利がある」
「俺にとっちゃあ、俺にされた仕打ちを倍に、いや十倍にして遣り返すことだけが、今の望みだ」
「俺は、俺の悔しさを飲み込めるほど寛容にはなれねえ、死んでもなれそうもねえ……それに、許すという選択肢は復讐の美酒を欲するネメシスも、望んでいねえ」
「……ネメシス、今ネメシスと言ったのか?」
「あぁ、復讐の女神ネメシス、それが俺に取り憑く亡霊の名だ」
「知らんのかっ! 嘗て多くの者が復讐という負の感情に取り込まれ溺れていった、その裏には邪神ネメシスの誘惑があったと、真しやかに影の歴史に刻まれ続けた……忌むべき存在として伝わるもの!」
「それが、ネメシスだ」
「神代の時代、荒ぶる戦士の魂を集める為に編成されたワルキューレ・セカンドにありては、暴虐の限りを尽くして恐れられた“狂える邪神”の名を欲しいままにした荒ぶる一柱が、その前身として伝承されている」
(小娘、吾も知っておるぞ……エナメリア商業共和国で魔導兵器として恐れられ、蹂躙の限りを尽くした“告解の魔女”の名を)
何故か意志の伝達が俺以外の者にも放たれるのが分かったが、ネメシスが俺以外の者に話すのは初めてだった。いつもに倍する思念の強さだった。
何か、反撃する心算のようだ。
「……! 何故、それをっ!」
(真理を見通す吾の賢者眼、知られたくない罪を暴き出すなぞ造作もなきこと、隠した秘密を吹聴するのもまた、いと容易い)
(正式には軍統合幕僚参謀本部付き遊撃隊、通称“巡回ギロチン部隊”……頭の悪そうな名称だが、国内外の粛清を目的とした軍部組織の末端としてお前は、自らの部隊を率いていた)
(自国最大の有効資源、魔鉱石の採掘と流通を独占するシンジケート、魔鉱石中央販売機構を牛耳る8人の豪商からなるエナメリア商工組合に弱みを握られていたお前は、魔道兵器としての人体改造を受け入れた……以降、“告解の魔女”の名はその残虐性と共に、津々浦々まで行き渡った)
「“告解の魔女”、それがあんたの……昔の教官の通り名なのか?」
答えの無いのが、どうやら肯定のようだった。
今は、ただ半分打ち拉がれて、俺を恨めしそうに睨め付けるスザンナ・ビヨンド教官だった。
「来るなっ、来るなあっ、来るなああ~~~っ!」
違法な未許可採掘組織のリーダーとおぼしき男は、腰を抜かしたまま、躄るように後退る。
既にここにも火の手が回っている。
任務の戦装束は、朱色のブリガンディーン、霊鳥ガルーダの図柄が描かれている。燃え盛る炎に照り映えて、赤々と輝く薄金鎧は“爆炎の魔女”と呼ばれるようになった由縁だ。
「お前の罪を告白しろ、ひとつずつだ」
「許しを乞え、己れの罪を心底悔い改めれば、もしやして天国へ行けるやもしれぬぞ……だが、嘘や隠しごとは駄目だ、もしひとつでも犯した罪が告解されない場合は、お前の行き先は地獄になる」
男に向かって一歩進む。
「ひっ、ひいいぃぃぃっ、待てっ、待ってくれ、おっ俺が、私が悪う御座いましたっ、告白、告白しますからっ、どうかっ、どうか今少し待ってください」
「早くすることだ、時間は無限にあると思わない方が良い」
「うぅ、許してくだざいぃ、俺は、俺達は魔鉱石の闇盗掘で一旗揚げようと、お上の目を盗んで、この廃鉱山、コールマンスコップ抗で密かに掘り進んでいまじだあぁっ、申じ訳御座いまぜんん」
「ふむ、公共財産の不当なる簒奪の罪だ、それから?」
続きを促すように、この身は更に一歩踏み出す。
「うっ、うっ、仲間の、手下の取り分を誤魔化じて、みんなの儲けをピンハネしてましたあぁ」
「人民への搾取、不当労働行為、詐欺行為、給与詐称の罪だ」
後ろへと下がる男を追い詰めるように、また一歩詰め寄る。
「それから?」
「ひっ、ひっぐっ、俺ば仲間の女房の尻に欲情しでぇ、他人の女を寝取りまじだあぁっ!」
「姦淫の罪だ……それから?」
涙と涎と鼻水でドロドロに汚れた男は、小屋の壁に追い詰められてもう後ろに下がれなくなっていた。
リーダーの寝起きする小屋に踏み込む前に、超長遠距離砲撃の“爆炎・爆裂”の魔術を、アジト全体、飯場のような廃屋、水場や物干し場のような共同生活の場所、坑道に撃ち込んでいた。
寂れた鉱山跡地に巣食った気の毒な犯罪者達は、この身に告解を求められることも無く一瞬で燃え尽きた。
黒い骨牌金のラメラー・アーマーで武装した部下達が、生き残りの掃討と消火活動に奔走している。
この身が名乗った訳ではないが、“巡回ギロチン部隊”と、ある種の嫌悪感を伴って呼ばれるようになって久しい。
エナメリア商工組合肝入りの幕僚参謀本部直属の粛清部隊、我々3300部隊に課せられている任務は、自国に産する魔鉱石の採掘と流通を防げるものを排除すること……それもなるべく残忍にだ。
考え違いを起こす者、軽く考えて法を犯す者に、割りに合わないぞと徹底的に知らしめる為だ。
「わっ、私はあ、寝取った女を独り占めしだくなっでえ、女の亭主を落盤事故に見せ掛けて、こっ、殺じまじだあああぁぁっ!」
「殺人罪だな、矢張りクズはクズだ、地獄に行くのが相応しい」
湾曲したシミターを逆手に持ち、刃先を男の眉間に付けた。
「なっ、何でっ、何でえええっ、罪を正直にはな、ギイィヤッアアアアアアアアアア……」
男の股間に、死に際しての失禁で滲む汚れが広がり、ズブズブ顔に減り込んでいく刃先に抗するように、男の身体がバタンバタンと跳ね上がろうとする。
絶命する悲鳴は、長く長く尾を引いた。
この頃の私は、別に職務に忠実だった訳じゃない。
強化体魔法士として人体改造手術まで受けて、魔導の威力限界を極限まで引き上げ、非道、無慈悲と人に恐れられたい訳じゃなかった。
ただ、罠に嵌められて森エルフの系譜に引き継がれる先祖の御霊が宿った宝剣、命よりも大切な“ゾモロドネガル”のジャンビーヤを取り上げられると言う失態に、唯々諾々と商工組合の命に従わざるを得なかったのだ。
ハーフエルフのこの身に一族の誇りとして母から託された、本当に大切なものだった……失ってはいけないものだったのだ。
流浪の民、ツゴイネル族の父親とウエルネス西北部の森エルフの女王との間に生まれたこの身は生まれながらに忌み児だった。
当時、この身の生まれ故郷は部落の場所を転々と移していく馴鹿の放牧などを生業とする移牧民だったが、一族以外の婚姻は認められていなかった。王族の身で禁忌を犯した母は、泣く泣く父と別れ別れに暮らさざるを得なかったが、それからも随分肩身の狭い思いをしたようだ。
物心付くようになると、この身は顔も知らぬ父親という人の遺伝を色濃く継いで、エルフの顕著な特徴たる長い耳を持たぬ身と知った。他と違う見た目に悩んだものだが、それが為、母親を苦しめているのではないかとも察するようになった。
部族内での成人は儀礼的に99歳と決められていた。この身は伝統的な成人の儀を待たずして、一族の集落を出奔した。
誰にも相談せずに独り静かに身を引こうと思ったのだが、出ていくときに泣き腫らした母に呼び止められた。
母はそれとなくこの身の覚悟に気が付いていたのだろう、引き止めはしなかったが、あろうことか一族の至宝、代々先祖の魂が宿るとされたジャンビーヤ、“ゾモロドネガル”を、この身に託した。
仕来りを重んじる一族に、母に意趣返しの気持ちがあったかどうかは分からぬが、以来一族の秘宝は私が所持することとなった。
だから、失う訳にはいかないものだったのだ。
ヒト族の世の中にまぎれて暮らす内に油断があったのかもしれないし、それなりの悪意と言うものに鈍感になっていたのかもしれない。
この身の戦闘力に目を付けた悪党の罠に、手も無く嵌ってしまう。軍人に成りたくて成った訳じゃないし、ましてや兵器などと……
いつしか、意に染まぬ人殺しに、この身は殺す相手が死に似つかわしい罪人なのか確認するようになっていた。どうせ殺すなら、納得して殺したかった。
そうした仕儀が、この身を“告解の魔女”と呼ばしめるようになろうとは、想像もしていなかった。
商工組合の本部があるラジャスターンで小さなクーデターがあったとき(クーデター自体は、青年部会が8豪商に対して下剋上を狙ったものだったが失敗に終わった)、どさくさに紛れて宝剣“ゾモロドネガル”をやっとのことで取り戻したこの身は、その足でエナメリアを逐電する。
エナメリア商業共和国のあるウエルネス大陸を逃れ、陸路を伝って地続きのゴゴ・ゴンドワナ大陸を彷徨い、海を渡って遥かなアルメリア大陸に辿り着いた。
“疾風迅雷のエイブラハム”のパーティ、“曙光のババリアン”と出会ったのはほんの成り行きだったが、以来斥候役や参謀、金庫番、備品補充係などの雑用もこなし、忍術、神仙術も収めた才女にして男勝りの竹を割ったような性格とメンバーに気に入られるようになる。
エイブラハムが引退した後も付き従っているので、流石に変わらぬ外見に、ハーフエルフであることは打ち明けたが、秘密にしている魔道兵器としての非人道的な過去は話せないでいる。
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「それが、未だ人には話せない、この身が背負った過去の罪だ」
「罪無き者を屠った存意はないが、それでも欲深き為政者の走狗であったことに変わりはない」
「別にいいんじゃねえか……人にはそれぞれ事情がある、教官にもあるように、俺にもあるし、そしてネメシスにもネメシスの事情があってもいいんじゃねえか?」
「分かった……だがこの身はソラン、お前のことが心配なのだ、まだ一月にも満たないが、お前が心優しい男なのは見ていてわかる」
「お前が胸の内に抱えた逡巡と葛藤が並々ならぬものだとは、薄々感づいてはいた……それが勇者一行に侍る女達への、裏切りへの報復だというのは、今日分かったが」
俺が優しいだって?
この女、頭がおかしいんじゃねえか?
「俺は最速で強くなりてえ……それも並みの強さじゃ駄目だ」
「100近いスキルを持っている、それでも勇者の“恩恵”には及ばねえって言う……確実に仕留められるまで……赤子の手を捻るように甚振って、嬲り殺しに出来るまで強くなりてえ」
「今だって俺は、教官の技も術も能力も、強奪のスキルでひとつ残さず奪い去りてえって誘惑を、必死で抑えてるんだぜ?」
「だから………」
「……だから?」
言葉を途切らせる俺の後を促す教官は、俺がイラつくような優しい目をしていた。
「俺を鍛えて貰いてえ、いつ如何なる時も油断のゆの字も無えまでに、いつでも撃ち出せる矢のように張り詰めていてえんだ」
「色々と言いたいことはあるが、委細承知だ」
教官の視線が、何処か憐れんでいるように見えるのが気に喰わないが、取り敢えず先達の指導を得るって目標は何とか軌道に乗りそうだった。よくよく考えてみると、教官には何のメリットも無さそうだったが、構っちゃいられない。
「最初にひとつ断っておく」
「俺は他人の能力を奪うことが出来る」
「俺ぁ、人の心を悪魔に売った人非人だ、ローバーと言うスキルで数多くの魔術と武技を他人から奪った」
「なるべく相手は、破落戸の格闘家や剣術使い、身を持ち崩した魔導士なんかを選んだ心算だが、盗られた奴等は転落人生真っ逆さまの筈だ、ましてや貴重なスキルを奪うのに持ち主の人品骨柄や品格なんて見定めてる余裕はねえ」
「地方都市とはいえ小さくはない街で、50人そこそこしかスキル持ちは確認出来なかった……それでもほぼ全て奪い尽くした」
「俺は俺の目的を遂げる為に、例え屍山血河を築こうとも立ち止まる気はねえ、それでもいいのか?」
「ふっ、お前が考えている程、この身は清くもなく、尊くもない、何しろ特攻兵器“告解の魔女”だからな、比べる迄もなく背負った罪はお前より遥かに重い」
「悪徳の過多じゃねえ、俺には人を捨てる覚悟が既に出来ている」
「心の底から憎い、ただただ憎い……俺を突き動かす、この胸の内に燃え盛る真っ黒い炎は、その内俺を、復讐の化け物に変えちまうかもしれねえ」
俺は、禍々しく弾む胸に手を添えてみるのだった。
セルジュ村の秋は、もうすぐ冬支度を迎える。
首に下がっているのは最下位の冒険者を示す、ビスマス・クラスのプレートだった。
ファンタジーっぽく冒険者になってみる展開ですが、訪ったのは田舎に引退した過去の名誉を引き摺る元英雄と、一見ポンコツの謎の受付嬢との零細出張所でした……という訳で、地べたを這いずり出したソランなのですが手っ取り早く強くなる方法に飢えています
何かいいアイデアありましたら、お便りください
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西洋梶楓=楓の一種で中央ヨーロッパと南西アジアに自生し、 フランスから東はウクライナ、南はスペイン北部の山、トルコ北部やコーカサスに生息していたが他の場所でも栽培され帰化している
成熟すると20〜30mにも達する大きな落葉樹で、若木では樹皮は滑らかで灰色だが年齢とともに粗くなり、うろこ状に割れて薄茶色のピンクがかった樹皮を露出させる/葉は対生で、掌状に大きく5浅裂していて、大きさは10〜25cm四方で5〜15cmの葉柄があり、革のような質感で太い葉脈が裏面に隆起している/縁はノコギリの歯のようになっていて、表は濃い緑色で裏は白っぽい色をしており、幾つかの品種は紫や黄色がかった色の葉をつける
ブリガンディーン=キャンバス地の布や革などをベスト状に仕立て、その裏地に長方形の金属片をリベットで打ちつけることで強度を高めたもので、高価なベルベットや金箔などで外装に美しい装飾を施した高級品もある
スケイルアーマーとしばしば混同されるが、ブリガンダインは金属片を打ち付ける面が表裏逆である/チェインメイルが普及してからは更にその補助としてブリガンダインを纏うことで防御力を高めたと推測されており、またブリガンダインの長所は装着時の動きやすさと破損してもさほど技術を労せず修復出来る高いメンテナンス性にあり、戦場に不可欠な機能と耐久性を併せ持つ防具として長く使用された
インシュラー筆記体=中世の書体名称であり、最初にアイルランドで使われ後にグレートブリテン島に伝わり、更にアイルランドのキリスト教の影響によって大陸ヨーロッパに広がった/インシュラー体が関係するインシュラーアートのうち、現在まで最もよく残っているものは装飾写本である/インシュラー体はアイルランド語の正書法と、現代の手書きおよび印刷書体としてのゲール文字に大きく影響している
インシュラー体で書かれた書物は、一般的に最初の1字が大きく、赤インクの点に囲まれている
鼎[かなえ]=中国古代の器物の一種で土器、あるいは青銅器であり、龍山文化期に登場し漢代まで用いられた/通常は鍋型の胴体に中空の足が3つつき、青銅器の場合には横木を通したり鉤で引っ掛けたりして運ぶための耳が1対つくが、殷代中期から西周代前期にかけて方鼎といって箱型の胴体に4本足がつくものが出現した/殷代、周代の青銅器の鼎には通常は饕餮紋などの細かい装飾の紋が刻まれており、しばしば銘文が刻まれる
コイフ=チェーンメイルとしてのコイフは鎖帷子の頭部であり、首等を保護する為のもので他の兜と併用される事が多く、ノルマン・ヘルムやオーム等の下に被ったが、元々は厚地の布製で農民などが着用した耳まですっぽり覆う頭巾で、裾が肩から二の腕まであった
禹歩=中国は禹州あるいは禹城と呼ばれ、禹は中国の古代神話あるいは伝説上の人物として知られるが、帝堯の時代に禹は治水事業に失敗した父の後を継ぎ、舜に推挙される形で黄河の治水にあたった/子の禹は放水路を作って排水を行う“導”と“疏”と呼ばれる方法を用いて黄河の治水に成功したという
このとき仕事に打ち込み過ぎ、身体が半身不随になったという伝承は元来存在した「禹は偏枯なり」という描写を後世に合理的に解釈した結果うまれた物語だとされる
そしてこの“偏枯”という特徴を真似たとされる歩行方法が禹歩であり、半身不随でよろめくように、または片脚で跳ぶように歩く身体技法のことを言い、禹歩は道教や中国の民間信仰の儀式において巫者が実践したやり方で、これによって雨を降らすことができるとか岩を動かすことができるとか伝えられている
ナニー=母親に代わって子育てをする女性のことであり、一時的なベビーシッターとは違う/そもそも貴族の奥方は母乳で乳房の形が崩れることを嫌い、乳母役の女性を雇ったりしたが、ナニーは子供達と一緒に子供部屋で寝起きをし、洗顔から朝食など一日中面倒をみる/テーブルマナーから口の利き方、身のこなし、部屋の後片付けの面倒などをみる/子供に家庭教師が付けられるか、学校に行くようになるまでの重要な時期に子育てをする
告解=幾つかの教派において、罪の赦しを得るのに必要な儀礼や告白といった行為をいう/教派ごとに概念や用語が異なっていてカトリック教会および正教会では教義上サクラメントと捉えられているが、聖公会では聖奠的諸式とされる/洗礼後に犯した自罪を聖職者への告白を通して、その罪における神からの赦しと和解を得る信仰儀礼で現在のカトリック教会ではゆるしの秘跡と呼ばれている
ガルーダ=インド神話に登場する炎の様に光り輝き熱を発する神鳥で、人間に翼が生えた姿で描かれたりもするが、基本的には人間の胴体と鷲の頭部・嘴・翼・爪を持つ、翼は赤く全身は黄金色に輝く巨大な鳥として描かれる
ラメラー・アーマー=薄片鎧、薄金鎧などと訳される鎧で、薄板、甲片、小札等と呼ばれる小さな板に穴をあけた物を紐などでつなぎ合わせて作成されている
シミター=中近東に見られる僅かに曲がった細身の片刃刀で、非常に薄い湾曲した刀身を持ち、その先端の角度は15度から30度程となる/柄頭は小指側にカーブを描いており、獅子の頭になぞらえられる
ジャンビーヤ=アラビアで使われていたダガー、刀身は湾曲した構造となっており両刃が一般的で、常にベルトに携帯していた/刃の中央には溝があって柄や鞘は様々な形があり、鞘は比較的長めに作られ刃を抜きやすいように設計されていた/鞘全体に金銀などの装飾が施され、柄には動物の角が使われており、特にキリンの角が好まれていた/また戦闘以外にも宗教的な儀式等にも使用されて、割礼や結婚の際にも身につけていた
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私、漢字が苦手なもので誤字脱字報告もありましたらお願いします
別口でエッセイも載せましたので、ご興味のある方は一度ひやかしてみてください
短めですのでスマホで読むには最適かと……是非、通勤・通学のお供にどうぞ、一応R15です
https://book1.adouzi.eu.org/n9580he/





