46.スキル・バイターの哄笑
出立の前に村のよろず屋に寄って、煙草を買うことにした。
村に煙草を売ってる店は何軒かあるが、俺は馴染みのメープル婆さんの店に顔を出した。
チリンッチリンッ、と言う古びた真鍮製のドアベルが来店を告げる迄もなく、婆さんは店番のカウンターに居た。
昨日、あいつらに嬲られた傷は不思議なことに夜明けとともに癒えていた。きっとネメシスが何かしたのだろう。
あのままだったら、まず間違いなく熱を出して盛大に寝込ん仕舞ったに違いねえ。
親父は怪しんだが、適当に誤魔化した。どうせ今日には村を出る。
少なくとも婆さんの店の扉に嵌め込まれた硝子に映った俺の顔は、腫れや痣の無いいつもと同じものだった。
「お早う、婆ちゃん、紙巻用の刻み煙草を呉れないか、昔買ってた赤い缶の銘柄の奴だ、それと紙も二箱呉れ」
「パーマネント・マッチとオイルもだ」
潰れた咽喉の俺の声は、掠れてまるで幽鬼のようだったが、婆さんはそれを何故と問い質すことはなかった。
不思議と破れた声帯だけは治らないようだった。
「どうした風の吹き回しだい? 禁煙した筈だろう」
そうは言いながらも婆さんは、望みの品を棚から取り出した。
「昨日の騒ぎは聞いてるだろう……もう、禁煙の約束を守る必要は無いんだ」
「あぁ、それとあいつに貰った髪紐は捨てちまったから、新しいのを2本呉れるか?」
後ろに垂らした髪の毛の裾を縛る紐が無いと、どうも纏まりが悪いので俺は売り物の髪紐を買うことにした。
勘定を終えて出ていく俺の背中に、婆さんが「生きてりゃ、色々あらあな」と声を掛けてくれたが、振り返った俺は何も言えず、ただ空元気の作り笑いを返しただけだった。
***************************
寒い季節じゃないので旅支度は軽装だったが、それでも狩り用の道具とかも持つと、大き目の背負い袋になった。奴等との思い出の品は綺麗さっぱり始末したので、短弓などは新しく買い込まなければならなかったから思った以上の出費になっちまった。
ネメシスが言うには、スキル持ちが居る大きな街に出てみろと、まずはそれからだって話だったから、早速村を発った。
実際にスキルを奪ってみるには、スキルを持った相手が居なければ試すことも出来ないが、俺が住んでいた近隣の村にはスキルの保持者など見たことも聞いたことも無かったからだ。
夜が来ても眠る必要の無くなった俺は、適当な岩陰で簡単な焚火を組んで、野営した。
魔物や獰猛な野獣の跳梁する夜間に、ウロチョロ動き回るのは得策じゃない。
村では猟に出ることもあるから徹宵の経験はあるが、手持ちが無かったので急遽、有乎無乎の貯金をはたいて“魔物除けの香”とエリクサー軟膏を買った。
猟師相手の金物屋で、結構ぼられた。
(ボケっとするでない……眠らずに済むとは言え、呆けていれば寝てるのと同じことぞ)
「煩えな、気が付いてるよ……この足音は氷結狼かな、この季節にしちゃ珍しいが、そんなに大きな群れじゃなさそうだ」
俺はあまり夜目が利く方じゃないから、焚火はそのままに背嚢から短弓を取り出して、緩めてあった弦を張り直した。
村には魔物狩りの狩人も居るから、俺も少し師事していたことがある。油断は無いが、この程度の魔物なら然したる脅威じゃない。
(待て待て、良い機会じゃから、おぬしに発気の仕方を教えておこう……まず、気息を整えよ)
「はぁん? 何言ってんだ……モタモタしてたらこっちが喰われちまう、どっか他の機会じゃ駄目なのか?」
(いいから、早うせいっ、こういうのは実戦の中でこそ身に付くと言うもの、黙って吾に従うのじゃ)
「ああぁっ、わあったよ、毒を喰らわば皿までだ」
「……んで、何すりゃいい?」
仕方がないので覚悟を決めた俺は、即座に対応できるようなるべく力まず身構えた。
(昨日、アバズレ共を目にして意識が闇に飲み込まれそうになった時のことを思い出せ、あの時の怨念を固めるイメージだ、そして撃ち出す……こんな風だ)
夜の闇の中に、何かが颶風となって舞った。
ギャンッ……ごく低くく、魔物が絶命するような気配があった。
(やってみよ)
「いや、遣ってみよってよ、具体的に何をどうすりゃいいんだ?」
(手の平を挿頭せ、そこに怨念を込めよ、憎しみの想いを凝縮するイメージだ……サポートしてやる)
「ええぇっ、そんな簡単に行ってくれるけどよぉ、恨み骨髄の奴等が皆んな発勁だか遠当て使いなんて聞いたことないぜ?」
(いいから、やれっ! それとも何か、お前の憎しみの炎はマッチ棒程度かっ!)
そこまで言われちゃ、俺の復讐の意気込みの真価が問われている気になって、言われた通りに手を挿頭した。
昨日の理不尽な馬鹿騒ぎに、如何に俺が憤ったか、如何に俺が怒りに目が眩んだか、思い出して意識を集中した。
するとどうだ、手の平に何かが集まってくる感じがすると同時に、それが熱を帯びて渦巻いているのが分かった。
(撃ち出せっ!)
ふんっ、息みと共に打ち出されたそれは弱々しかったが、それでもシュンと風を切って飛んでいった。
(最初にしては上出来じゃ、もっと細く絞るように、螺旋を描くようにしてみよ)
言われた通りにイメージして、再度遣ってみる。驚いたことに、今度は充分な威力が乗った気弾が射出された。
「で、的に当てるにゃどうするんだ、弓矢ならもっと引きつけなけりゃならないぜ?」
(……仕方ない、心眼系のスキルを取得するまでは吾の天眼を貸してやるとしよう)
途端、俺の視野には真昼のような周囲と遠くのものがよりハッキリと映る不思議な光景が同調されていた。
迫り来る魔物の群れが見えた、思った通り氷結狼だ。
俺は試射を兼ねて、撃って撃って、撃ち捲った。
復讐の為の第一歩の手応えを噛み締めると、なんか嬉しくて目許が潤んできた。
「これ、結構疲れんな……」
(無駄が多いからじゃ、もっと精進せよ……これから毎晩、気の練り方を修行するのじゃ)
(達人になれば魔力を持たぬものでも、気功で魔素を操れるようになる……つまり魔術が使える)
おぉ、気功半端ねえな!
***************************
結局、凍結狼は九頭倒したので、朝方になってから九頭とも専用のスキンナイフで皮を剥いだ。腐らないようなるべく血糊や脂肪を刮げ落とし、防腐用に樟脳を満遍なく塗り込める。
山越えに岩盤地帯が続いたが、運良く森にトネリコの倒木があり、程好く乾燥していたので、鉈で削り出して背負子を作った。
凍結狼の皮は、結構いい値で売れる。
肉は塩漬けにして持てる分だけ持って、後は捨てた。ゆっくり乾燥する手間は、旅先では掛けられない。
山歩きで鍛えた健脚は、四日程で交易都市ジグモント・ルーシェに辿り着いた。クラン県でも七番目ぐらいには大きな街だ。
以前に来たことがあるので、毛皮を買い取ってくれる猟師ギルドに顔を出した。
凍結狼の皮は、結局820クローネで売れた。宿代ぐらいにはなるだろう。
(手始めに装備を整える、鍛冶屋直売の武具屋に行け)
そう、指示を受けた俺は人に尋ねながら、目的の鍛冶場に隣接した武具屋に辿り着いた。
「おぉ、結構賑わってんなぁ」
広い店内は、結構な人だかりでごった返していた。田舎者の俺には物珍しい光景だ。ネメシスのガイドに従って、堅牢そうな革鎧に脛当てと籠手を選んだ。俺の体格は平均的な部類だから、既製品のミドルサイズで大丈夫そうだ。
(武器は最初はスモールソードで良いだろう、その右から2番目に陳列されてる奴を選べ)
言われるままにカウンターにそれらを持って行って支払いを済ませようとしたら、急に身体を乗っ取られた。何故か店員の男は、それらを只で譲ってくれた。これもネメシスの力なのか、何をどうしたのか知らんが、チョイスした武具は結構な値段だった筈だ。
「俺の身体を操縦できるのか? それにしてもクスねたみたいで店に悪かねえか?」
店を出た横手の路地で、只でせしめた装備を身に付けていた。初めての防具は勝手が分からず、ネメシスに教わりながらの装着だ。
(生身の人間に生きていくためのお宝は大切だ、温存しておけ)
(最初に断っておくが、良心などは捨ててしまえ……お前はこれから幾つか法を犯すだろうし、場合に拠っては無関係な他人を殺すことになる、復讐を遂げるのに必要なことを躊躇うな)
「悪魔に魂を委ねるってことか……それにしても身体を乗っ取られるのは面白かねえな」
(……例えば、お前は剣の扱いを知っているか?)
(最初の内は吾に修羅場の主導を譲って貰うぞ、腐っても吾は“ワルキューレ別働隊”だった者、剣技も幾つか嗜んでおる)
「ワル、何だって?」
(まぁ、そう急くな、追々話してやる……それよりも今、武具の店から出てきた冒険者の身なりをした二人組を見失うな)
言われて店の入り口を見ると、胸板の厚そうな壮年の男と茶色い髪を幅広の髪帯でグルグルと巻いた小柄な女が出てくるところだった。少し高くなった店の入り口から、並んで階段を降りてくる。
(小柄な女の方だ、あれは優良物件だ……無効化デバフのスキル持ちだが、防護とレジストが付いておる)
(後をつけるぞ、気取られぬよう用心せい)
言われるままに、俺は背負い袋を背負い直すと目立たぬように二人組の後を付けていった。大した装備じゃ無いが、初めての防具は結構重かった。ネメシスの助言に従って口の周りを布で覆ったが、昼間からこの風体は怪しくねえか?
何処に向かっているのか、暫く行くと二人組は人気の無い路地裏に入っていった。
「兄さん、少し臭うよ……田舎から出てきたのかい?」
振り返る女の方に誰何されてしまう。咎めると言うよりは、なんか蔑むような目付きだ。最初から尾行はバレていた?
圧倒的に経験値が足りない、土台こっちは素人だ。
(抜け、飽く迄もこっちは食い詰め者の物盗りを装う!)
用心深く背嚢を下ろすと、俺は人生で生まれて初めて人に対して剣を抜いた。抜きながら、その鈍く光るショートソードに臆した。
「そんな屁っ放り腰じゃあ、人は斬れんぞ」
野太い声で、眠たそうな目をした壮年の男の方が俺を揶揄する。俺より遥かに体格が良い。
(委ねよ!)
宣言と共に、俺の体はネメシスに操縦されていた。
風を巻いて走ると、男の方に肉薄していた。斜め上に振り抜いた剣先は、虚を突かれた男の上半身を僅かに仰け反らせた。
そのまま身体を捻って、蹴り上げる回し蹴りで俺の踵は男の顎を砕いた。
「ダイダロスッ!」
見掛けと違った俺の素早い攻撃に慌てた女は同僚だろう男の名前を呼びながら、何かの攻撃動作をした。
(今だ、来るぞ……喰えっ!)
女がスキルを発動し、俺はそれを本能的に奪った。
一瞬、何かが俺の中に入ってくるのが分る。
発動した筈のスキルが一向に利いていないのに狼狽する女の鳩尾を突いて、意識を奪った。
(よしっ、でかした……長居は無用、物盗りに見せ掛けるため此奴らの金子を奪って、早々に立ち去るのじゃ)
路地裏で対峙してものの2、3分も経っていないと思うが、周囲を警戒しても誰かに見られた形跡は無さそうだった。現金の他に金目の物を抜き取るのも忘れない。用心の為、路地裏伝いに人気の無い方向へ、その場を後にした。
(他人のスキルを奪うには一度発動させる必要がある、攻撃系のスキルだとこちらが危ない、最初にレジスト系のデバフスキルを得たは僥倖……そしてツイてるぞ、先程の奴等の仲間に擬態スキルの持ち主が居る)
倒れ伏した二人の懐から奪った金は思いの外多かったが、俺の心は大して痛まなかった。
ネメシス曰く、市井にたむろする大概のスキル持ちは大仰な志も無く、己れらの欲望に正直な有象無象だから、スキルを失って身を持ち崩すとも、己れの能力に胡座を掻いた生き方を反省させる良い機会だって屁理屈だ。
盗人猛々しいにも程があるが、まぁ世の中卑怯上等、最後に悪事のツケが回ってきたとしてもそれはそれで、それまでは持ちつ持たれつってことと割り切ることにした。
さっきの奴等のアジトと言うか、ベースホームを急襲していた。
倒した奴等が街の司法機関に届け出て、探索の手がすぐ入るとは限らないが、逆に形振り構わず真っ直ぐここの拠点に帰ってくる場合もあり得る。
ネメシスに依ると5分5分だそうだ……自身、後ろ暗いところがあれば官憲への届け出は控えるだろうし、面子があるから自分達の手で解決したいと思うかもしれない。
運が良ければ、相手はスキルが無くなっていることに暫く気が付かないかもしれない……まぁ、よっぽどの間抜けじゃなけりゃ普通は気付くらしい。
ネメシスが放った眠りの精霊で、閑散期の休暇か何か、ベースホームに居た奴等の仲間四、五人が夢の中だった。
俺はまたぞろ言われるがままに、覆面をして小綺麗な建物の中に忍び込んだ。一日に二度も覆面をするなんて、俺はコソ泥かなんかになった気分だ。
目的のスキル持ちは一階の自室に居たので、部屋の扉を閉めると獣用の気付け薬を嗅がせた。扱いがちょっと粗雑だったか、相手はなんか怯えている。目標の豹人族の女はまだ幼さを残した風情だが、休養日だろうか、目に毒な薄物を纏っていた。
急に俺自身が、とんでもない悪党に思えてくるのは何故だろう?
「騒ぐなっ……別にあんたを犯しに来たわけじゃない、命が惜しかったらちょっとスキルを発動してくれないか」
俺の潰れた声は、すげえ悪者の声に聴こえるな……
無事、豹人族の女から擬態のスキルを奪ったので、さっさとずらかる心算が、ネメシスがアジトにある金品を盗めと言うので家探しする羽目になった。こいつらが独自で俺を探そうとするなら、活動資金を奪うべきだって言い分がすごく真っ当に聞こえるのは、俺の道徳観念も相当麻痺してるな。
仕方がないので豹人の女の子は、発勁を打ち込んでもう一度気絶させた。
何故か擬態スキルを発動させた女の子は筋肉隆々な女戦士に変身していたので、窮屈な下着とかが弾け飛んで、あられもないと言うよりは、とんでもない格好になっていた。
金が出来たので身なりを整えよと、ネメシスが言いやがる。
今日一日で、すっかりお尋ね者になった気分だ。
ネメシスがセンシングして、盗品専門の怪しげな服屋に行った。
肌着のチェニックに、キルティング生地にパッド入りプールポワンと分厚い麻製のショース、これも膝丈のぴったりしたウール製ズボンと帯剣用の頑丈な革ベルト、グリーブを巻くのに鞣し革のゲートルも買い足したが、兎に角丈夫そうなのを選んだ。
今の時期、外套は要らないが、肩まであるフード頭巾のカプライも買った。鼠色の目立たない奴だ。
靴は散々迷ったが、兵隊達が使う軍靴を選んだ。
盗んだ金でほんの少し気が引けたが、雑嚢から無造作に金を掴み出す俺に、ポマードとかでセンター分けしたチョビ髭の店主は怪しみこそすれ、少し色を付けて払ったら締め紐をオマケしてくれた。
初日は少し上等な宿屋に泊まってみろとの指示で、取り敢えず風呂屋に行く前に身体を洗えと言う。今のままじゃ摘まみ出されるのが落ちだと言う。俺はお前の玩具じゃないぞと、反駁してみる。
俺は陽も暮れる寒空の下、街中を流れる運河の河川敷に細く拵えてある船着き場の端を借りて水浴びをし、臭いを落とした。
一応鍛えちゃいるが、震えあがった俺は盛大に苦沙味をした。
商売女を抱く気は無いので湯女の居ない銭湯を選び、木桶の温浴と蒸し風呂を楽しんだ。都市部の風呂屋に来たのは初めてなので、物珍しくて垢擦りと洗髪を頼んだが、人を信用出来なくなっていた俺は、髭だけは自分で当たった。
人間、あったかいって、それだけで幸せだな。
中の上クラスの商人宿に荷を解いて、食堂で適当に頼んだら揚げた食用蛙のフリッターやら、茶色鱒のソテー、イグアナ象亀のステーキやらが出てきた。
「このベーコン入りのスープ・ヌードルって、旨いなあっ!」
(……前世で食べた、ペペロンチーノに似ている気がする)
しかし傍から見れば、ボソボソと独り言を言ってるように見えるだろう俺は、頭のおかしい奴だって見られない為に、用心して端っこに陣取り、一人掛けのテーブルにして貰った。
ネメシスは俺と五感共有が出来るらしく、俺の味わう味覚を同じように味わっていた。問わず語りに聞いたところでは、このネメシスとか言う俺に取り憑いた妖怪だか、霊魂は昔々はこことは違う異世界で生きた人間だったと言う。
ところが俺達の世界に生まれ変わったときは、人口生命体だったそうだ……良く分からん話だ。
何十万年、何百万年生きてるって割りに記憶力のいい奴だ。俺だったら、そんな昔のことは覚えちゃいられない。
「ぺぺ、何だって?」
***************************
部屋に引き揚げると、早速気功の修練と、今日手に入れたスキルの発現を試してみる。
大体、眠る必要が無いんだから宿屋に泊まるのは無駄じゃないかとも思えたが、街中だとナイト・ウォッチの自警団とかも巡回しているし、色々と面倒なので、用が無い限りは夜中は宿に引き篭もることにする。
「おおぉっ、これが擬態のスキルか、面白えな!」
擬態スキルは、他人の姿、形に成り代わることが出来るスキルだった。昼間見た服屋のチョビ髭店主に変身した俺は、流石高級宿だけあって、部屋に付いた代用品じゃ無い硝子製で本物の姿見に映る己れを見ていた。
声質まで変わっている。咽喉の潰れた、今の地声のガラガラ声より断然いい。
惜しむらくは、体格まで変わってしまうので本当に変装しようと思ったら、衣装も揃えなくちゃならない。
だが当面は、図体の似た誰かに成り代わってさえいれば、覆面をしなくても正体は隠蔽されるだろう。
(スキルも馴染めば馴染むほど、威力は上がり、やがてレベルアップする、せいぜい精進することだ)
デバフのスキルは相手が居なけりゃ、本当は鍛錬にならないが、付随する盾型結界などの防御機能は練習出来る。
俺はルームサービスの玉蜀黍の蒸留酒をストレートで呷り、煙草を1本吸い終わると、朝まで修練に励んだ。
悪夢に魘されることは無いかもしらんが、結局寝ているのと起きているの違いだけだ。起きていても忘れられない苦渋の光景は、目蓋を閉じなくても脳裏に焼き付いている。
反復練習で無心になっていると、耐え難い悔しさが熱になってつい力が入る。悔しくて、切なくて、狂ってしまう程に殺したくて、ただの真っ黒い闇のような怨念だけが鍛錬の糧になって行く。
こうして俺は眠れない夜を、起きて見る悪夢と共にただただ、延々と復讐を夢見て牙を研ぎ続けることになるのだろう。
最兇の復讐者に成れるなら、寧ろそれは本望だ。
“プジィ”、それは最低の下種女だけが口にする、俺達の地方の方言で、女の女陰を意味する隠語だ。それを親しかった女達の口から聞くことになろうとは、想像してみたことも無かった。
ドロシー、お前の罪は俺を裏切ったことじゃない。
そもそも、俺の幼馴染みだったことだ。
俺の中の思い出に居座り続けること自体が、俺を責め苛む。
***************************
翌朝も宿屋の朝飯に預かっていた。
蕪に雛豆、根菜が主体のポタージュだが、雑穀も入ってるのでどちらかと言うとリゾットか甘くないポリッジに近い。これに少し酸っぱい黒麵麭が好く合った。
舌が焼けるほど熱いのが有り難い。俺達の住んでるボンレフ村の一帯は、遺伝なのか、どういう訳なのか猫舌向けの料理が多い。入植者だった俺ん家の家庭料理は最初、村の皆んなに吃驚されたものだ。
ネメシスが風呂に入りたいと言うので、昨晩の銭湯に朝風呂を貰いに行った。宿主の身体で入浴の至福を味わいたいとか一体どう言う了見だよ、とも思うが俺に否やはない。
風呂なんざ幾らでも入ってやるさ……元々農村の出の俺にしちゃ過ぎた贅沢なんだがな。
そう言えば、今のところ俺は女を抱く気にもなれないが、このネメシスとやら言う小母さんは、過去にも誰かに取り憑いてたことがある筈だから、俺みたいに男に取り憑いた時は男としての快感を味わっていたのか、女の癖に男として女を抱く感覚はどんなもんなのか気になって訊いてみたが、頑として口を割らなかった。
薄気味悪いだけの得体のしれない憑依体だったが、意外とお茶目かもしれない。
さて今日からは本格的にスキル狩りを開始するから、冒険者ギルド辺りに行くのかなって思ったら、まず盗賊ギルドに行けと言う。
盗賊ギルドってのは、正式に認められてる訳じゃない。
世の中に徒弟組合数あれど、盗人のギルドが大手を振れるほど酔狂じゃない……しかし、裏街道を歩く泥棒達の溜まり場があったとしても不思議じゃない程、盗賊と言う職業が一般社会に溶け込んでいるのもまた事実。
公然とではないが、仕事の斡旋をしたり、情報の交換をする場が秘密裏に開設されていた。ここ交易都市ジグモントにも、看板こそ掲げていないが、おそらくそんな集会所が存在している。
「当てはあんのか?」
(北にある赤山羊ザカー通りの3本裏手に、職人相手の麺麭工房があり、隣り合わせに大きな薪小屋がある、表向きは麺麭窯用の焚き木を貯蔵しておくための小屋だ)
(入口が二つあるが、緑色の鋳物細工の扉が地下にある盗賊ギルドへの入り口になっている)
言われるまま、赤山羊ザカー通りを目指した。
見つけた麺麭屋の薪小屋は、なるほど注意してみれば、似つかわしくない怪し気な奴等が出入りしていた。
で、どうすんだと訊いたところ………
(見張る……合言葉は知れているが、余所者が中に入るのはリスクが大きく危険だ)
(多分だが、ここに強力な強奪スキルの持ち主が居る)
(それはアポーツ付きスティールの上位版、“ローバー”と言う)
野積みになった薪にする伐採木材の影に潜んで、出入する人物を窺っていた。すでに何人かの様子や姿を写し取り、擬態スキルのモチーフを溜め込んでいった。
(来たぞ、ジグモント盗賊ギルド会頭、“強欲のベアトリス”だ)
四、五人の幹部連らしき眼付きの鋭い男に囲まれているのは、ごく小柄で耳の尖った女性だった。おそらくグラスランナーの血が混ざっているが、特徴的な緑色の髪をターバンの様なもので覆っている。
どちらかというと可愛らしい顔付きで、とても暗黒街の顔役とは思えないほど可憐に見えた。
(ゆくぞっ、常にレジストのスキルを発動し続けろ!)
(ローバーのスキルは総てを強奪できる、相手の魔力も技も、生命力も、つまり命を奪える無敵のスキルだっ!)
押されるように躍り出た俺は、半分ネメシスに操られながら抜剣する。何か身体が縛られるように圧迫されたが、レジストスキルがそれを無効化する。きっと取り巻きのメンバーが固縛の術か何かを放ったんだ。
続いて、氷の矢が次々と襲い掛かった。
だがこれも盾形結界の防御がはじき返す。
昨夜から早朝に掛けての練習の成果だ。実戦で使えなければ意味が無いと、素早い発動の訓練は全て実戦を想定している。
(馬鹿者っ、ローバーは既に発動されている、早く喰えっ!)
立ち塞がる取り巻きを発勁の気弾で蹴散らすが、手加減を誤って、何人かの腹に穴を開けて仕舞う。
ヤバい、こりゃ死んだかな!
血飛沫が上がる中、首根っこを掴んで被さるように押し倒した女頭領は、怯えながらも俺を精一杯睨みつけていた。
怨んでくれるなよ……
「スキル・バイトッ!」
強大なスキルを失う反動か、女はビクンビクンッと痙攣すると白目を剥いて気絶した。
(極めれば、このスキル、例え勇者の恩恵であろうと奪うことが出来る、スキル・バイトとこのローバーがあれば、最早お前に奪えぬものは無くなる)
高揚感と緊張から、どっと噴き出す汗を拭い、犯罪現場の後始末もそこそこに、置き去りにした背嚢を引っ掴むと、何人かの死体を造り出した修羅場を立ち去った。
盗賊ギルドを仕切っていたらしい女……死んでなきゃいいな。
***************************
今度こそ冒険者ギルド会館の建物を見張りながら、屋台の出店で買った鹿肉のローストと鶏腿を照り焼きにした盛り合わせプレートの昼飯を頬張りながら、素焼きのデカンターで貰った温いエールをグビグビ飲んでいた。
屋台前に広げられたテラス席と言うか、露天席だ。
腰掛は樽だったり、ひっくり返した桶だったりする。
「やっぱり剣技のスキルが欲しいな、人を殺すなら自分の手に斬った手応えが伝わらなきゃ、確かな罪悪感が残らねぇ」
「さっき殺した男達の中には、もしかしたら死ぬ程の罪を犯しちゃいない奴も居たかもしれん……まぁ、俺が未熟じゃなけりゃ、もっと上手く遣れたのかもしれんが」
(優しさにこだわる復讐者と言うのを吾は知らんし、聞いたことも無い、いい加減自分の地獄と向き合うのに正直になったらどうだ?)
「俺の地獄は、俺だけのもんだ」
「他人に理解して貰おうとも、他人を巻き込もうとも思っちゃいない……周りを巻き込み犠牲にしてもって考えは、最後の最後まで取っときてぇんだ」
「だから、自分の目的の為に無関係な人間を殺し捲るなんて状況は作りたくねえ……なんの目的があるのか知らねえが、俺に協力してくれるあんたにゃあ、正直感謝している」
「だけどな、これだけは言っておくぞ……俺に無駄な人殺しをさせようとするな!」
俺は、骨だけになったチキンの腿を見えない目の前の相手に突き付けるようにして、釘を刺した。
(頑固者め……)
(今、ギルドを出てきた3人組を見ろ、なかなか好い……どうやらAランクパーティだ)
(前衛は、剣技、身体能力向上、加速のスキルを持っている、中衛の魔導士はスキルこそ持っていないが、火力魔術の強力なラインナップを有している……今のお前ならローバーで奪うことが可能だ)
(後衛の回復役も、精霊系修復スキルの持ち主じゃ、こいつは部位欠損にも対応できるかなり高位のスキルだ!)
早速、後を付け出した俺は先程迄の襲撃に使ったままだった盗賊ギルドに出入りしていた地下メンバーAの人相から、すれ違った通行人Bの人相にチェンジしていた。
ジグモント・ルーシェのアッパー・タウン、所謂富裕層の邸宅が立ち並ぶ、坂の多い場所までやって来た。Aランクパーティともなると日銭を稼ぐ必要も無く、おそらく3人組は自分達のホームに帰るんだろう。
街路樹で覆われた泉水や休憩所が幾つも散在する階段広場に差し掛かり、人気の絶えた時点を見計らって、俺は仕掛けた。
無言のまま、後ろから追い縋り威嚇に斬りつける。
本気じゃないが、手抜きの無い斬撃を軽く躱されて、散開で距離を取られてしまう。少しは脅威を感じて貰わないとスキルや技を使って貰えない。俺は手加減無しの発勁気弾を五月雨に撃ち出した。
俺の気弾を切り裂いて、剣士の男が肉薄する。
早い!
「俺達に何か、恨みでもあるのか?」
かろうじて防御スキルの盾形結界で防いだが、剣士が押し切るバスターソードはギリギリと俺を、透明な盾ごと押し下げる。
ウェーブの掛かった金髪を少し乱した男の顔を間近に見ながら、後ろで何か詠唱を始めている魔術師の出鼻をくじいて、魔力自体をレジストする。
「いや、恨むのはあんた等の方だ……何もかも奪って、あんた等の人生を台無しにする俺のことを、あんた等は一生怨むだろう」
「スキル・バイトッ!」
急にスキルの権能が消えていく剣士は、逆に奪ったばかりの剣技スキル、体力強化スキルを発動する俺の攻撃に、難無く意識を散らして仕舞う。
ローバーのスキルで俺に魔術の総てを奪われた魔導士の男も、同様に眠らせる。
残った縮れ毛に僧服のようなローブ姿の男の右の耳朶を切り飛ばすと、男は叫びと共に蹲り、自分に治癒のスキルを発動する。
すかさず奪う回復スキルは、男の耳を再生し切れずに終わった。
同じように気絶させた最後の男を含めて3人の身体を、目立たぬよう木蔭に放り込むと、俺は惨劇の現場を後にした。
もう、金は持ち歩くのも面倒なので欲しくはなかったが、本来の目的を隠す為に奪い尽くした。
***************************
「あまり派手に動き過ぎると自警団だけじゃなく領主のところの歩哨が、出張って来ないか?」
「確かこの街には州代官の館があって、巡回の治安官警吏隊が立ち寄る筈だったな、王立の巡視隊だ」
(だから、他人の顔を使って犯行を重ねている……その代わり宿は転々とせねばならぬ)
昨日とは別の銭湯に立ち寄って身を清め(以前の農村生活からは考えらない贅沢なんだが)、今晩は低級の木賃宿に泊まるよう既に支払いを済ませた。
素泊まりなので食事は付かず、外に飯屋を探して、夕餉を喰いに来たと言う訳だ。またぞろ適当に頼んだら、オイスター・チャウダーに付け合わせの油菜、ガーリックの焼き野菜、野兎のローストが出てきた。普段からこんなに贅沢してるなんて、都会のご馳走は眼から鱗だな……またスープ・ヌードルが供されたが、ここいらの郷土料理なんだろうか?
どうも、ネメシスは俺と言う宿主を通じて食事を楽しんでいるような振りがあった。
今日の宿は、4人用の相部屋を貸し切ったが部屋の中であまりドタバタも出来そうもなかった。
新しく手にしたスキルの確認や、使い方の要領を試すのに宵闇の闘技場に忍び込んでいた。犯罪奴隷などの剣奴や剣闘士達の見世物を興行する場所だったが、夜中は月明かりこそあれ、人っ子一人居ない。
「おぉっ、剣技のスキルを使うと刃筋が正確に通るのが分かるな、こいつはすげえ……何処に打ち込めば対象を断ち斬れるか正確に見えるようだ、何か試し斬りしたいなっ!」
(吾は龍脈とリンクするとき、未来視が少し出来る……)
(昼間、剣技スキルなどを奪った3人の冒険者風情、失ったスキルと魔術に絶望し、自暴自棄になった彼等は到底不可能な依頼を無理矢理請け負って遠からぬ内に破綻する)
はしゃぐ俺を諫めるように、ネメシスが昼間にスキルを奪って遣ったAランクパーティの末路を告げる。
「……何が言いてえ」
(無闇に命を奪いたくないと言ったな、だがスキルを奪うとはそう言うことだと覚えておけ)
百も承知だ、俺だって想像力が皆無だって訳じゃない。
悪魔に魂だって売ると覚悟しての復讐行、理不尽に他人の飯の種を奪いたい訳じゃない。このまま順当に行けば、俺は地獄に落ちるさ。
それでも手前勝手な私怨で後先考えずに奪い去る他人のスキル……心が痛まないかと言えば噓になるが、天秤に掛ければ俺の私的な恨みと辛みが優先する。
「殺してえ、死ぬほど殺してえよ」
「だがな、赤の他人をないがしろにして心が痛まなくなっちゃあ、俺は奴等、勇者一行と同列まで堕ちちまう……それは何か、俺のちっぽけなプライドが許さねえ」
「心はいつでも鬼に出来るさ、奪った相手の行く末まで心配する余裕はねえが、これから先も、例え相手がどんな悪党であれ、何かを奪うときは、“済まねえな”と詫びることにする」
(地下の檻に剣奴達が捕らわれている……新しく補充されてきた奴等の中に、“見切り”のスキルを持った奴が居る、どうする?)
「……勿論行くさ」
(今日までスキルで生き延びてきた其奴は、もう縋るものが失せるのだぞ、それでもか?)
「承知の上だっ」
***************************
居住スペースとしては劣悪な、牢屋みたいな寝床に居たのは、角の生えたライオンみたいな頭の獣人族だった。まんじりともしないで起きていたようだが、スキルを奪うと言ったら、これで往生際悪く生き残らずに済むと、ぼそぼそ感謝していた。
男の眼は、諦観の滲む、真っ暗な穴ぼこのようだった。
闘技場を後にした俺は、宿の門限に間に合うよう夜の闇の底を疾走していた。奇妙な捩くれた高揚感があった。
気が付くと、大声で笑いながら走っていた。
夜の街に不気味な哄笑が響き渡っていく。
可笑しなことなんかひとつも無かった。笑えることなんか、何ひとつ無かった。
復讐を望み、スキル・バイターとして生きる道を選んだ俺が、滑稽な道化のように思えた。
俺の誇りも良心も、詰まる所俺の燃え盛る狂気に勝ることはこれから先も無いのだと、そう思いたい。
結局俺の咽喉と声は、二度と戻ることはなかった。
暫く後で手に入れた、常時発動タイプの完全自動治癒スキルでも回復することはなかった。心因性のものもあるのかもしれないが、別に後悔はしちゃいない。
もう歌うこともないだろうから……姉だったステラと二重唱をすることも、あいつらと輪唱したり、ヨーデルを奏でることも無い筈だ。
端無く乱れて、勇者の抽送にガクガクと逝き狂っていたあいつら、今迄もずっとあの調子でヤリ狂っていたんだろうな。
歌うことは二度と無い、もう、殺すと決めているから…………
そうだ……俺と同じようにあいつらの咽喉も潰してやろう。
高温で溶かした銑鉄を口から注いでやるのはどうだろう?
幾ら従者の加護があっても、気道がそれ程頑丈とは思えない。そうだ、それがいい………
あの時のように、勇者の熱い迸りを嚥下したように、涙を流して喜んで貰いたいものだ。口から火を吐くような、煮え滾り真っ赤に溶けたドロドロの融鉄を飲ませてヒィヒィ言わせてやる。
本当に、そうなったらいいな………
一寸刻みに残虐に斬り刻むような復讐の想像をするときだけ、俺の心はほんの少し安らいだ。
悔しさだけが原動力になる、まったくの素人が修羅場をくぐり抜けて自身のステータスを高めていく……そんな主人公を描けていければと思います
今のところ、チートと言うか他力本願な面がありますが、次話からは身を切って鍛えていく場面になります
村の好青年ではあるが品行方正とは程遠く、世の中の裏側の汚い部分も許容出来る等身大のキャラクターを考えています
つまり正義の見方ではありません
パーマネント・マッチ=綿芯が仕込まれた金属棒を本体横の石に擦り付けて発火させる/本体にはオイルを充填しておき、そこに金属棒を差し込むことで綿芯にオイルが染み込む仕組みになっている
樟脳=楠木の葉や枝などのチップを水蒸気蒸留すると結晶として得ることができる/製造工程としては楠木を切削機で薄い木片に砕いて大釜に入れ、木の棒などで叩いて均等に詰めたのち、高温で蒸して成分を水蒸気として抽出し、それをゆっくり冷却して結晶化させる/血行促進作用や鎮痛作用、消炎作用、鎮痒作用、清涼感をあたえる作用などがあるために主に痒み止め、リップクリーム、湿布薬など外用医薬品の成分として使用されている/かつては強心剤としても使用されていたが今日ではその用途には殆ど用いられなくなった(しかし現在でも、「駄目になりかけた物事を復活させるために使用される即効性のある手段」を比喩的に樟脳の別称“カンフル剤”と呼ぶことがある)/日本は当時植民地であった台湾において楠木のプランテーションを経営していた為、20世紀初めには世界最大の生産国であった
トネリコ=キク亜綱ゴマノハグサ目モクセイ科に分類される落葉樹/木材としてのトネリコは弾力性に優れ、野球のバットや建築資材などに使用され、樹皮は民間薬では止瀉薬や結膜炎時の洗浄剤として用いられる
背負子=荷物を括りつけて背負って運搬するための枠からなる運搬具/左右の縦棒に結合した枠に繊維や皮製の背負縄を取り付け、木枠の下部に“爪”と呼ばれる荷台があり、梯子の形状をした背負い梯子で農作業や山仕事に利用された
プールポワン=14世紀半ばから17世紀にかけて西欧男子が着用した主要な上衣で、ダブレット、ダブリットとも呼ばれた/時代を通じ多様な形態が見られるが、詰め物・キルティングが施されたこと、袖つきであることが共通し、主に絹、天鵞絨、ウール、紫繻子、金銀糸織、寄せ布などの素材で作られ、リボン、レースなどで装飾されることもあった/初期のプールポワンは鎖帷子の下もしくは上、鎧の下に着る胴衣で、これは表布と裏布の間に麻屑などを詰めて刺し縫いし、防寒と防護の用とするものだった/全体にぴったりとして前でボタンがけし、胸に羊毛や麻屑の詰め物をして膨らませる一方、胴は細く作られ、丈は腰揚げまで達する程度で、下端を紐でもってショースと接合した/多くは立衿がつき、角型や丸型に大きく括れた衿元から下のシュミーズを無造作に覗かせていた
ショース=中世西欧の主に男子が用いた脚衣で、中世初期の時点ではショースは爪先から膝下程度まで丈がある、緩やかな靴下状だった/素材は主に麻製で、白・赤・黄などの色が見られ、当時の男子は中心的脚衣だったブレーの上にショースを穿き、その上端を紐の靴下留めで支え靴を履いた/11世紀から12世紀になると、技術の進歩と共にショースはつま先まで入念に仕立てられ脚全体にフィットするようになり、また長さを増してブレーを覆い、そのベルトに紐で結び留めるようになった/素材は麻や絹が使われ、色無地・縞物・縁取などデザイン性を増し、特に僧侶のショースは紋織・錦織など高価なものだった/13世紀のショースは既に一見、現代のタイツ状に見え、軍服の影響で短い上衣が流行するとショースの丈は14世紀半ばに腿上まで、後半には腰まで届くほど上がった/その結果、ショースが靴下兼ズボンとして男子服の中心的下体衣に昇格し、逆にブレーが単なる腰周りの肌着となった/ショースは体型を誇示するため極めてぴったりした形に縫製され、上端についた金具つきの紐をプールポワンの裾の小穴に通して支えるようになった/15世紀にはそれまで2本の靴下状だったショースは丈が腰上まで上がり、股上の部分は前後とも襠布で結合され、現代のタイツ状になった/素材には麻・木綿・絹・毛織物が使われ、白・黒・赤・茶など様々な色と共に、裏布付きや左右別布などのデザインが流行し、またこの時期、伸縮性に富んだメリヤス織が出現し、ショースに好適な材料として普及した
ゲートル=脚絆ともいい、脛の部分に巻く布・革でできた被服で、活動時に脛を保護し、障害物に絡まったりしないようズボンの裾を押さえ、また長時間の歩行時には下肢を締めつけて鬱血を防ぎ脚の疲労を軽減する等の目的がある/いわゆるレギンス型とは面積のある一枚ものの布または軟革をバックルやボタン、バンドなどで固定するもので、足の甲を覆う形状のレギンスでは、靴の土踏まずに掛けるベルトを備える場合がある
アーリオ・オリオ・ペペロンチーノ=カンパニア州ナポリを起源とするシンプルでベーシックなパスタ料理であり、パスタは主にスパゲッティ、ヴェルミチェッリかリングイーネが使われ、イタリア語でアーリオはニンニク、オーリオは油、ペペロンチーノは唐辛子を意味し、塩茹でしたヴェルミチェッリを弱火で焦がさないようにオリーブ・オイルで黄金色に炒めた薄切りニンニクで和えたものをヴェルミチェッリ・アーリオ・エ・オーリオと呼ぶ
応援して頂ける、気に入ったという方は是非★とブックマークをお願いします
感想や批判もお待ちしております
私、漢字が苦手なもので誤字脱字報告もありましたらお願いします
別口でエッセイも載せましたので、ご興味のある方は一度ひやかしてみてください
短めですのでスマホで読むには最適かと……是非、通勤・通学のお供にどうぞ、一応R15です
https://book1.adouzi.eu.org/n9580he/





