[挿話02].マッドティー・パーティの逆襲
ドロシー様のお役に立ちたい。ドロシー様に尽くしたい。
ドロシー様に褒められたい……それだけが私の願いです。
それは祈り……ドロシー様に仕え、全てを捧げ尽くし、ドロシー様のために生き、そして死ぬ、それだけが私の望みです。
半年前に取り潰しになったサンデパンダン家の領地は、属国領レイノール・コンクエストに提げ渡され、チャップマン伯爵以下、有力荘園貴族の分割統治になっていた。
先月、魔導帝国ガルガハイムの中央帝都が“天秤の女神”とやらの軍勢に粛清された時点では、すでに我等“マッドティー・パーティ”の中核幹部は機を読み、政党本部機能と共に、この元サンデパンダン領に活動の本拠を移していた。
「中央帝都の構成員は一網打尽と言うのは間違いないのだな?」
「密偵の報告では、“求心派”や“反女神行動党”も、その他の反体制派諸共、一掃された模様です」
「確かな筋の噂ではいずこへとなく連れ去れら、魔力の類いをことごとく封印された後、遠隔地の鉱山送りになったとか……」
「“邪眼のアンジェリーナ”はどうなった?」
「行方は分かりません、禁書庫塔の番人は“宵の明星”、宰相キャスパル・レオン卿の息が掛かった者に取って代わられたようです」
「確かではありませんが、アンジェリーナ殿に似た女性が遥か遠国の魔法具店だかで働く姿を見たという情報もあります」
「ただ妙に楽しそうな様子だったので、見掛けた者も人違いではなかったかと怪しんだそうです」
「“ウィザード・アカデミィア”のツヴォルク・ハッキネンは“天秤の女神”一党と対峙して破れ、死亡したとのことです」
「なんと、あのハッキネンがな……何年生きたかもしれぬ老獪なエルフ、魔力も底無しで相当の腕前、遣り手だったと思ったが、こちらの買い被りだったか、それとも多勢に無勢、相手が悪かったのか?」
「いえ、ハッキネン殿を屠った相手は一人だそうです」
「バカなっ、それこそあり得ぬわ、あの者は国防軍内の組織内秘密結社を独りで立ち上げた、それこそ伝説の実力者なのだぞ!」
「確かな筋の情報なのです、十中八九間違いないかと……」
「信じられぬな……」
“天秤の女神”とその一党に依るガルガハイム解放戦線への脅威が、未来予測スキルで語られるようになって長かったが、誰にもいつの時点と言うところまでは分かっていなかった。
幸い我等“狂えるお茶会政党”のナンバーズ、第一首座から第十四首座までは、旧サンデパンダンの臨時州都コロンバイン特別区に移した党本部に在って、難を免れた。
正道魔導主義を唱えた右翼思想からなる我等が政党は、合法的に下院議席を伸ばしてきた。最大与党には及ばないが、失墜し凋落した領地を持たぬ宮廷魔導貴族の権利回復をマニュフェストに掲げて順調に議席を伸ばし、派閥を広げてきた。
ガルガハイム帝政元老院と共に皇帝への諮問機関として、帝国議会は十二分に発言力を有している。せっかく法に則って勢力を拡大してきたのに総ては台無し、水の泡と消えてしまった。
このまま雌伏し再起を計るのか、今すぐ報復に出て巻き返すのか、いずれにしても敵の情報が少な過ぎた。
「して、中央帝都を制圧して見せたと言う敵が勢力は如何程のものなのか?」
「魔導による重装備歩兵一万とも十万とも言われております、最早師団クラスの用兵なのは間違いないでしょう」
「“天秤の女神”一党は、今は何処に在るのか?」
「先週、魔族領は常夏の呪いで知られる“パンデラニュウムの杜”を南下しているのを目撃されています……今は、分かりません」
「他に何か有意な情報は無いのか?」
「………役に立つのかどうか、これはまだ噂程度の域を出ないのですが、“3人の御使い”と称される一党の目的に、“真・神器”と呼ばれる聖遺物の回収、もしくは封印があるらしいのです、しかし相手には法王聖庁の後ろ盾があります、今のところ表立って敵対するのは得策ではありません」
「なに、遣り方は幾らもある、マッドティー・パーティのシンクロ召喚術式、首座10名も在れば魔導王アスモデウスを呼び出すことも可能だ、もしくは党の秘術を以ってして“不死神バフォメット”の行使もやぶさかではない」
「兎にも角にも、一矢報いんことには我等の政党自体が追い詰められてしまうとも限らん、ここは打って出る手だっ!」
ドロシー様に救われて、魔族の血が混じっている生い立ちを負い目に生きてきた自分と素直に向き合うことが出来ました。
捻くれて生きてきた人生が嘘の様に晴れ渡り、前を向いて生きていける希望を授けてくださったドロシー様に私の持てる総てと、私の生涯を捧げる心算です。
最初の内こそ訓練は厳しくて蒼白になる程のものでしたが(今も過酷さは変わりませんが)、私は笑って耐えていける自分を見出していました。
単純に嬉しいのです。
ドロシー様の期待に応えて、ドロシー様に相手にして貰えることが無情の喜びでした。ドロシー様に、強くなれ、と叱咤激励されている様な気がして自然と笑いが込み上げてくるのです。
冷酷無情、例え無邪気な幼児が相手でも必要ならば躊躇無く殺すと嘯くドロシー様ですが、私は知っています。
実際に魔法力を行使して大量に人を殺めなければならないとき、心の中で泣いて耐え忍んでいるお姿も、塞ぎ込んでいる様子を見せまいと気取られないよう密かに時間結界に閉じ籠っていることも、私には分かっています。
一族郎党を滅しなけらばならなくなったとき、恨みの輪廻を生まない為に、禍根を残す因果を断ち切る為に、苦渋の決断で泣く泣く幼児を手に掛けます。
誰にも気取られぬよう何事も無かったように朝の挨拶を交わしたときに、ほんの微かに瞼を腫らした痕跡に気が付いたのはいつもいつもドロシー様を見詰めている私だけだと思っていたのですが、後で聞いたことにはステラ様、エリス様、キキ様はお気付きになられていらっしゃったそうです。
そして広範囲領域干渉や大勢を巻き込む固有結界魔術を展開するときは、負にしろ正にしろ間違いなく何某かの愛が、ドロシー様にはあるのです。
朝練で気を失い、ドロシー様に抱かれて目覚めるのは至福のいっときでした。
決してエッチな意味ではありません……それが証拠に、ドキドキはしても下半身が疼くことはありませんでしたから。
………純粋にお慕いしているのです。
あのまま死んでしまうのが当然と思っていた私を救ってくれた命の恩人、この人は私の魂を救済してくれたのです。取り返しのつかない過去の誤ちを抱えて生きられるドロシー様……どうしようもない醜婦で、淫婦の洗脳に翻弄されてとは言え、短くない年月を最低の糞雑魚ザーメン袋として轉回ち廻ったと自らを卑下し、揶揄されるドロシー様ですが、私はこの方の心の純潔は変わらず今もあるのだと……
そう信じています。
ほんとですよ! 姉弟子のデュシャンは私のことをレズだ、レズだと囃し立てますが、私はちゃんと男の人が好きです。
今は新陳代謝をコントロール出来るようになったので、性欲も抑制できますが、以前はムラムラした気分になったときに我慢出来なくって、セルフプレジャーと言うか、オ、オナニーをですね、するときも殿方との逢瀬を思い出しながらしてました。男の人のあれをですね、ズコズコされることを妄想しながらしてました、えぇ、してましたとも……私は誓って、ノーマルです!
お疑いになるんでしたら、私の男性遍歴を全てお話ししてもいいくらいです……半分以上は以前の法王聖庁での任務絡みでしたが、ちゃんと気持ち良くなっていましたし、ふ、太くて絶倫の殿方とのときなんか、ひっ、一晩で16回も絶頂したことさえあるんです……ふかしや嘘じゃないです、いっ、一遍に5人相手にしたことだってあるんですから……見栄張って話を盛ったりなんかしてません!
色々と弄ったり舐めたりも男の人の硬いあれがすっ、好きですし、すっ、少しは変態なこともしましたっ!
……念の為言っておきますが、昔の話ですからね?
任務の潜入捜査で泣く泣く床を一緒にしたなんてことは全然ありませんっ、ベッド・テクニックも充分訓練してましたから怖いなんてことも全然ありませんでしたし、喘ぎ声の演技も訓練通り出来た筈ですし、初めてが怖くて涙ぐんだりなんかしませんでしたっ! ……ほんとですよ!
ブリュンヒルデ様は基本余り汗を掻かれないのですが、スキッドブラドニールでは自室のシャワーより大きな浴槽のある共同浴場を好まれるのを知っていますので、狙い澄ましたように突撃するのだって、
ドロシー様がご自身のプレート・アーマーのフィッテングを遣り直すと聞き付ければナンシー様の目を盗んでメンテナンス・ラボに忍び込んで隠し撮りを試みるのだって、
お茶目振りを発揮して和やかな話題を提供しようと言う、私の涙ぐましい努力だと言うのに何故分かって頂けないのでしょうか?
誰だって“悲しい”よりは“楽しい”、“嬉しい”の方が良いに決まってます。例え鉄の意思を持ち、石の様に動かざる心を持つドロシー様であってもです。
決してブリュンヒルデ様のオッパイが見たいとか、ドロシー様のお尻が見たいとか邪まな気持ちがある訳ではありません。珠玉と言っても良い皆様方の裸が拝めるウハウハの今の状況を楽しんでいる訳ではありませんっ、えぇ、決してありませんとも!
結局、正式なお披露目というか、私達アンサンブル・デラシネのメジャーデビューは為されないままでしたが、ドロシー様曰く、日陰者は世の裏側で暗躍するものだから余り素顔を晒すのは宜しくないとの意向があるようでした。
ただカウンターカルチャーとして啓蒙活動を続ける思想が根底にあるので、バンド活動は今後も情熱を注いでいくようです……今ではレッスンも生活の一部になっています。
最初は嫌々始めたヴァイオリンでしたが、最近では楽団の中で頂いたパートを生涯に渡り精進していこうと前向きに気持ちを固めていたのですが、何故かジャンルの違う楽曲……やれポピュラーだ、ジャズだ、オルタナティブだ、ロックンロールだと広がっていくので、毛色の違う楽器を色々と覚えなくてはならなくなってしまいました。
何処まで行っても、ドロシー様はドロシー様でした。
討ち果たしたセルダン達から解放された月面のハイエルフ達は、ナンシー様の更生プログラムに従って緩やかに良識や、性道徳、本来の情緒というものを取り戻していくことになるようです。
彼等、彼女等は、モラルを捨てた肉欲の為の即物的な快楽と、女が男を、男が女を慈しむと言うことは全く違うのだと言うことを、これから一生掛けて学ばなければなりません。
元々が性行為には深くは馴染まない筈のエルフでしたが、10万年近くも慣習化されてきたせいか淫らがましさが民族特性として溶け込んでしまっている現状を唯いたずらに矯正するのは如何なものか、と言う意見の対立もあるようです。
主義主張的に回帰懐疑派と贖罪派に別れて、月面エルフの復興運動は二分化されていました。
贖罪派のオピニオン・リーダーはエミリア・チェズニー42と言う方で、月面攻略の際にエリス様が協力を仰いだ、謂わば解放革命の立役者です。
自身も罰当たりで濃密な変態快楽を目的に逝き狂いの乱交姦淫を繰り返し、あまつさえ母親や兄とも近親相姦を楽しんでいた異常性に気が付いて、取り返しの付かない大罪に自分を見失い、自暴自棄になり掛けたらしいのですが(何の疑問も持たず淫らな膣穴に翻弄された人生……本人曰く下品なヨガリ顔で喘ぐ牝豚セックスが普通の日常だと思い込んでいた自分が許せないと)、エリス様やドロシー様に触れて立ち直ったと伺っています。
最近、ナンシー様の甲板にあるドロシー様方のご自宅に良く遊びに見えられます。私達の半端じゃなく厳しいスパルタ料理教室に混じって扱かれ、発狂寸前まで追い詰められるのですが、そのたんびにシルキー達に宥められています。
それを見てせせら笑うエリス様に詰め寄るエミリアさんは、どうみても344歳と言う年齢を感じさせない子供っぽさの残る人でした。これは間違いなく仲間だと思っていたら……同じ匂いのする者同士、あちらの方からすぐにお友達認定されてしまいました。
とは言え、私もデュシャンもエルフの友達は初めてなので嬉しくもあり、興味津々でもあります……知り合いと言うかエリス様に関しては、同じエルフとは思えないまでに大変なイレギュラーだと思いますので(大体エリス様から内緒だよと言って教えて貰う知識のほぼ半分以上は、私を騙して揶揄うためのものとこの頃分かってきました)。
第一、エリス様が普通に肉食してるんだからエルフの偏食は絶対後天的なものだと主張して譲らず、食わず嫌いだからと直々にドロシー様があの手この手で散々勧めて、エルフでも生臭物がイケることをエミリアさんは実証しました。
治験はまだまだこれからですが、この間などは鮴と蛸、浅蜊のアクアパッツア、チーズたっぷり目のラザニア、東坡肉なんかを美味しそうにお代わりしてました。
それを見たエリス様が、作戦までの数日に三度三度の献立を考えるのに如何に苦労したかの恨み言を、いつまでも口説く言い募っていましたっけ。
王道純正、ズルをしない手作りのレシピにこだわるドロシー様でしたが、緊急事態には豆腐を凝固させるのに魔術を使っていいことになりました(エリス様がいざ拵えようとしたときに滷汁をストックしていなかったため)。
リリィ様の水彩画私塾やステラ様の音楽教室と、リハビリは順調に進んでいるようです。そうそう、今度計画しているキキ様の9歳の誕生日をトラベリング・カーニバル“メイポール”で盛大に祝う祭典にも招待されていました。
衛星通信電話の亜空間ネットワークを利用したスマートフォーンを持たせてあげたので互いに飯テロをし合うのですが、スキッドブラドニールのカフェテリアで食事をすることの多い私達の方に大抵は軍配が上がります。
この間もホワイトソースでのビーフ・ストロガノフを食べてる奴を送ったら、非常に悔しがっていました。
でも大丈夫ですよ、間も無くホテル・ナンシーが月面で臨時営業を開始することが決まっていますので、食文化を初め、ファッション、化粧品やファンシーグッズ、文具を初めとした高級ドラッグストアのイクイップメントなどが大量に流入する筈です。
付属のショッピングセンターはさらに拡大して、総合デパートメントストアが五つも六つも入っているような状況で、懐石料理の有名店は精進コースを幾つか用意するようですし、他の料理店もベジタリアン向けのメニューを開発したらしいです。
両派の確執とは別に、ナンシー様統括のもとNancy9000を通じてチップの影響力を段階的に弱めていく方策を実行中でした。
ただこのことにより、出産率は格段に落ち込むのは目に見えています。妖精の加護も無く、月と言う異なる環境でともすると衰退してしまう将来は否めませんが、致し方なきことかもしれません。
自然のままを受け入れる……月面で進化したハイエルフ達の信仰には無いものですが、本来の価値観を取り戻した際に世を憂えて厭世的にならぬよう、月面に女神教、それもオールドフィールド公国正教会系の修道院を建設中でした……ドロシー様が掛け合って、聖都アウロラの法王聖庁から聖職者を派遣して貰う予定のようです。
救済の目的はとても素晴らしいこととは思いますが、本当に月面に来てくれる聖職者なんているんでしょうか? 疑問です。
ヘドロック・セルダンの独裁から解放された月面のハイエルフ達でしたが、残存する王家一党と会見されたエリス様は特に何の感慨も抱かれていない様でした。
却って持て囃され、独立記念の催事に駆り出されるのに閉口していたご様子です。暫定政権の盟主に祭り上げられそうになって、それだけは勘弁と堅く固辞されていました。
ただ解放戦役の英雄として、独立広場に銅像が建つことになってしまいました。
ブリュンヒルデ様からの報告にあったガルガハイムを中心とする魔女組合ギルド連盟の“箒に跨る”と言う女性の身体に負荷が掛かる悪習慣は、当面、低反発素材で広めの座面になったサドルを標準仕様にすることになりました。登録制にして、検査に合格した身体に優しい仕様じゃないと、今後魔女は箒で空を飛べません。違反者は罰金制にしたと、キャスパル・レオン卿から報告があったそうです。
サドルは、ホテル・ナンシーにあるスピーダー直販店が格安で支給します。通信販売も可能です。
巷の医療施設に婦人科が無いことを憂えたドロシー様が、ナンシー様に命じて、ゴゴ・ゴンドワナ大陸を中心に展開しつつある“公国正教青少年グループホーム”、孤児養護施設の職業訓練課程で医療技術スタッフを育てるコースに産婦人科を含めた婦人病の教育課程を特設することになりました。
以前、ドロシー様方のお師匠様がセント・マリナ共和国は軍港オケアノスの娼婦街、“ママの焼き菓子”を陥落させたときから常駐する眷属達が設立した、付属看護専門学校を擁する大規模施療院“ママズベイクド・クリニック”が中心街にあるらしいのですが、そこと技術交流をするのを検討中と言うことでした。
伝え聞くところによると、治癒魔術と最先端医療を融合した最高の治療技術があるそうです。
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「ガルガハイムの公安部が掴んだ情報らしいが、抑留し損ねた“マッドティー・パーティ”と言う魔術至上主義者達の残党に不穏な動きがあるらしい」
「首席宰相のレオン卿から連絡があった」
「デュシャンとマルセルで蹴散らしてこい」
「政党本部は今、解体された元サンデパンダン領……例のビビアンの間男だった奴の取り潰された実家の領地、そこの一時的な州都になっているコロンバインと言う街に在るそうだ」
「単なるオカルト教団の狂信者達かと思ったら、立派な政治政党だって話だ」
「もっともレオンの仕切る元老院は未だに公式政党として認めていないそうだがな……」
ご褒美のお仕置きかと思って、不意の招聘に、浮き浮きと指令室に出頭してみれば意外な下命でした。何だ、詰まらない、動悸を必死で隠す程すごく期待してたのに……
気が付くとデュシャンが隣で、心底惘れたと言わんばかりに軽蔑の視線で目を細めています。この同僚の冷たい眼差しが堪らなく心地好い今日この頃です。
「あたしは今、新しいスキルの可能性を探るのに忙しい、何しろこの世の有りと有らゆるスキルを自在に操るばかりか、全く新しいスキルさえ創造できるといった、ほぼ掟破りのスキルだ……可能性は無限に広がっている」
「ナンシーの全世界をカバーする思考傍受システム、”フリズスキャルブ2”を人の身で体現することも、また可能だ」
何でも事象改変のスキルの中にあっても不可能を可能にする神の如きスキルは、セルダン理論から導き出された無限多重構造の魔法陣を回路として、新たにセットした8467個の複製されたドロシー様の大脳を総て直列に並べ、それをメイオール係数の虚数分解規格から魔力をコーデックすることにより初めて発動できるのだとか……ちんぷんかんぷんですが、つまりそれはドロシー様しか使えない、と言うことです。
魔導クロノメーターに宿る妖精神ガラティアの力を借りずとも、時間軸を自在に渡り、幾多の並行異世界へも渡って行けるようです。ただお師匠様との約定があるので100年は懺悔の旅を続けなければならず、今すぐは実行されないそうです。
「ここより北西にある宗主国家エナメリアの過疎地、今は寂れ苔むした塔頭、“ハンス・ホルバイン”庵にそれがある……のです」
久々に巨乳女神のエッチな声を聴いたように思うのですが、気が付くとマリリン・モンローばりにスケベそうな科を作るガラティア様が宙に揺蕩っていらっしゃいました。マリリン・モンローというのはよく知りませんが、エリス様によると異世界のエッチな女の代名詞だそうです。
「必要なときに必要な情報か……その方がウザくなくて良いが、出てくる度にエッチな肢体を見せびらかすのはどうにかならんのか?」
あぁ、どうしてドロシー様はこうなのでしょう?
そりゃあ世間一般ド正論ですが、相手が気にしてることなど歯牙にも掛けず、相手の難点を真っ向から突いてしまいます。折角のオッパイ眼福が台無しになっちゃいます。
「エッチ、エッチって、私はエッチじゃありません……のです」
やっぱりです。涙目になったガラティア様は逃げ帰るように、粗雑に消えてしまわれました。どうしてもっと、こう、ガラティア様のオッパイはいつ見ても素敵ですねとか、巨乳は正義、巨乳こそが世界を救う、とか言ってあげられないのでしょうか?
我が軍団のステラ様と双璧を成す巨乳を拝するまたと無い機会だというのに、ドロシー様のデリカシーの無さが返す返すも残念です。
そうだ! 今度、ガラティア様の為に巨乳崇拝のファンクラブを作って差し上げましょう。我ながらいい考えです、時空を統べる高位神ガラティア様もそのオッパイを崇め奉る信者が増えれば喜んでくれる筈です。
「聴いた通りだ……ついでにオー・パーツを回収してこい」
おい、おい、おい、おいっ、いいんか、それで!
ひとつ間違えれば確実に世界が滅ぶ“真・神器”、ペーペーの私達なんかには絶対に手に余る、手に負えない!
ドロシー様が時間を巻き戻す秘蹟で私の魂を救済してくれた、抗いようの無い悪意……“薔薇王の種子”のようなものが一旦発動して仕舞えば、防ぐ手立ては私達には無い。
「何、出来ないの?」
まただ。誓って鉄面皮を崩さない私の表情には、およそ感情のかの字も金輪際出ていない筈なのに、私の拒否反応を読み取っている。私達の心は覗かないって言ったじゃないですか?
ドロシー様の嘘吐き!
「悪態も御託もいいから、行くのか、行かないのかっ」
ここまで挑発されると流石のマルセルさんも込み上げるものがあります。
いいですよ、受けて立とうじゃないですか……
「不肖デュシャンとマルセル、謹んで拝命致します」
あぁっ、ズルい! 私が答えたかったのにデュシャンに先を越されてしまいました。黒髪の姉弟子、デュシャン、いっつも美味しいところを浚っていくので油断はできません。
パーティの色物ポジションは絶対死守しなければ!
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情報操作でマッドティー・パーティの一味に、“天秤の女神”がエナメリア商業共和国は件の廃棄された草庵に単身、オー・パーツとやらを探して潜入すると撒き餌をしました。
使い魔で、敵陣出入りの情報屋に似せたそっくりさんを造り出し、釣り出すと同時にオー・パーツを回収して仕舞おうという一石二鳥の作戦です。
結局、私達だけでは戦力不足と思い直されたドロシー様に、キキ様と、ドロシー様の額に巣食う精霊王、ジャミアス様を随伴に付けて頂きました。
暇してるジャミアス様などは久し振りの荒事と張り切られ過ぎていて、却って怖いです。
地下鉱脈にすごく強い龍脈が接しているお蔭で、魔鉱石を多く産出するエナメリアは、ただその一点に於いて並み居る列強国を従える勢力を誇っています。
魔物から得られる魔核や他の魔石に比べても、エナメリアの魔鉱石の性能は群を抜いたクオリティです。
流通も、それを護衛する兵力も、ほぼ独占市場と言って良い現在の状況を維持するのに必要不可欠な投資と考え、潤沢な資金が投入されているようです。
エナメリア軍統合幕僚参謀本部は各国の軍部や騎士団、冒険者ギルドと言った公私に渡る武力団体にも絶大な影響力を持っていて、不可侵の密約があると聴いています。
「見たのであろ、敵の戦力は如何程なのじゃ、マルセル?」
肩に乗るちっこい精霊王は、私の頬っぺたをグニグニつつき乍ら、得られた情報を開示せよと催促してきます。
情報屋に化けた使い魔の眼と耳は、私とリンクしているので見聞きすることはリアルタイムで共有出来ています。
「どうもナンバーズと呼ばれる特殊な魔導メンバーが集まることに因り、集団で強力な召喚魔術を行使するようです、彼等はシンクロ召喚と呼んでいるようですね」
「寄り集まる人数が練り上げる魔力に影響するようで、多くなればなるほどより高位の召喚魔を呼び寄せられる……そんな感じです」
「今のところ、生贄を必要とする彼等の最高位召喚魔、“不死神バフォメット”とやらの降臨は考えていないようです」
「“月唇院”って俗称にはどんな謂れがあるの?」
キキ様が、目的地の塔頭に付き纏う別称についてお尋ねです。お尋ねなのは良いのですが、食べてるチリコンカンの赤いソースが口に付いてますよ?
ナンシー様の車両部から非接地型の浮遊走行式突撃装甲車ベアキャットを借り受けてきました。頑丈な軍事スペック車両は一路、走行音も吸収するスティルスモード全開で彼の国のハンス・ホルバイン庵を目指していました。時速650キロ程の安全運転です。
寧ろこれ一台でマッドティー・パーティを全滅させることも可能なのですが、おそらく200パーセントの確率でオーバーキルになってしまいます。つまり遣り過ぎることが確実です。
どうしてこう、ナンシー様の保有する戦闘機種は桁外れに強力過ぎるのでしょう……謎です。
ドライビングをデュシャンに任せ、私とキキ様は後方の小さなテーブルで、4号レーションの昼食を摂っていました。小型レンジでチンした紙カップのガンボスープとクラッカー入りチリコンカン、パックになった宇宙食みたいなサンドウィッチ、チキンにビーフ、コールドミート数種類のペーストと、、黄身と白味の部分が分かれた目玉焼きのペースト、レタス、オニオン、トマト、ブロッコリー、ピクルスと野菜も、フィリングは皆んなペーストになっています。ペーストじゃないのは麺麭の部分だけですね。
このレーションの開発は、スキッドブラドニール付きのシルキー達が担当しています。
「あぁ、キキ様ってば、カイエンペッパーそんなに掛けたら身体に悪いですって」
「マルセルこそ、何でも彼んでもチーズスプレッド塗りたくるのは感心しないって……それより月、唇、院!」
「チーズスプレッドは世界を救うんです!」
4号レーション付属のシーズニング・キットに付いてるパテ用ナイフを握り締めた私は高々と掲げて宣言するつもりが、車内の天井高に防がれてしまいました。
「ハンス・ホルバイン庵に伝わっていたとされる逸話、寓話の類いがありましてね」
「昔この地に住んでいた妖怪が旅人を誑かして、精気を吸い尽くして取り殺したそうです……主に満月の夜だったそうですが」
「旅人が彼の塔頭近くの僧房に一夜の宿を借りるとき、夢の中で美しい女が現れて旅人を誘惑するんだそうです……夢魔や淫魔の仲間ですかね?」
「運良く生き残った者の証言で、いずれも口を揃えたように唇が印象に残る美貌だったと、寧ろ唇だけが思い出されて他が旨く思い出せなかったと言い伝えに残っています」
「夢の中で女が言うんだそうです、“月が綺麗ですね”と……」
「何それ? 怪談なの?」
「ですから、“月唇院”に伝わるスピリチュアル・エレメントの物語ですよ」
「一説によると、好いた男の精を求めて彷徨う女の悪霊が為す業、と言われてるんだそうです」
「……その他にもオズボーン寺院には、古刹に纏わるミステリー話や迷信が沢山ありましてね、昔の領主だか、多神教だった前身の岩窟教会の宗主だったかした者の魂魄が無念の最期に恨み骨髄、自らを死に追いやった者達を呪い殺した物の怪の名が、天魔の竜神“ヴィタリアス・オズボーン”と……」
「因みにこの地のヴィタリアス州の名は、ここから来てますね」
「もうすぐ着きますよ、オー・パーツが眠るという廃寺、オズボーン寺院です、どうやら先客が居るようですけど」
操縦を受け持っていたデュシャンが社内スピーカーで告げてくるので、まだ80キロ先の石窟寺院に向けて索敵スキルを展開してみる。確かに居るね、レベル40代クラスの……これは冒険者かな?
「嘘っ! リンティアのお姉ちゃんだ……仕事かな?」
どうやら先客は、キキ様のお知り合いのようです。
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“天秤の女神”が何者なのかは相変わらず正体不明だったが、今話題になっているスキッドブラドニールと呼ばれる天翔ける竜骨海賊仕様の巨大帆船が、ガルガハイム中央首都を席巻したのは知れた。
だとすればオールドフィールド公国正教法王聖庁に在る今代の教皇聖女肝入りの、“3人の御使い”にまず間違いはなかった。
子飼いの情報屋の齎した新たな動向では、“真・神器”を求めて“天秤の女神”は、莫大なる魔鉱石産出量を誇る軍事大国エナメリアへ向かうと言うものだった。しかもたった一人でと言う。
これは千載一遇のチャンスだった。
我等が一矢報いるとすれば、この機会を逃す手はない。仔細を訊けば、対象が目指しているのは潰れた荒れ寺、オズボーン寺院とやらのハンス・ホルバイン庵とか言う東屋らしい。庵と言うからには木造家屋かと思ったら、どうやら立派な石窟寺院だと言う。
「ナンバーズに招集を掛けろ、我等もエナメリアに入国する」
党本部の第一書記長に、メンバーの非常呼集を指示する。
コロンバインに居を構えたときに移動に使った魔導動輪の馬車が相当数、党建屋の地下に死蔵されている筈だ。我々マッドティー・パーティの存亡が掛かっている以上、総力戦だ。
出し惜しみしている場合ではない。いよいよとなれば“不死神バフォメット”を降臨させるための人身御供を用意していかねばならない。下働きの奴隷を数名、連れて行くことにしよう。
上手くすればオー・パーツとやらも簒奪できるかもしれない。漁夫の利を得るのに遠慮はいらんだろう。
大挙してキャラバン隊のような隊列を組み、エナメリアの国境検問を通過するのに多少の精神干渉系スキルを使った。軍需配備を疑われるような規模だったからだ。目的の寺院はイグニス・ヴィタリアス州の高山地帯にある。まだ、およそ6000キロもある……“天秤の女神”に如何な移動手段があるかは知れなかったが、ガルガハイムでも屈指の魔法士を擁する我等マッドティー・パーティのナンバーズが操る魔動輪馬車なら、三日と掛からぬ筈だ。
手の空いたナンバーズは、すでにシンクロ召喚術式の為に魔力を高める瞑想と魔法陣の構築に入っていた。
いつでも打って出れるよう、手始めに魔導王アスモデウスを呼び出す悪魔召喚魔法の準備をする。
牛と人と羊の三つの頭を持ち、毒蛇の尻尾を振り上げながら地獄の竜に騎乗する異形のものだ。身の丈は優に40メートルを超す。
如何な“天秤の女神”と言えど、この巨身の悪魔には一溜まりもあるまい。
ガルガハイム解放戦線の残党を搔き集めて、中央帝都を奪還するのも、“天秤の女神”排斥の一点に掛かっている。
我々が今立ち上がらなければ、魔道の威信は今後衰退の一途を辿るだろう。
我等は歴史の布石になる。何としても返り咲く。
このまま徒花として散りたくはない。
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「お母様との約束事、もう幾つになられました?」
随分、顔の傷が薄くなってきたリンティアのお姉さんが懐かしそうに迎えてくれた。
「たはは……とうに500は超えちゃったかなあ」
「でも久し振りだね、リンティアのお姉さん、元気だった?」
「パーティの皆んなも変わりなさそうだけど、ここにはクエストか何かで来たの?」
広大なオズボーン摩崖窟寺院の捜索中だった嘗ての知己、金獅子クルセイダーズに会いに来た。もしかしたらと思ったけど彼等の受けた依頼も、どうやら狙いは一緒で、ハンス・ホルバイン庵に隠されたと言うアーティファクトの入手だった。
ご免ね、知り合いの心は読んじゃいけないって言われてるけど、この場合あたし達の任務が優先する。
「キキ嬢様のお仲間さんかい?」
角張った顔に愚直なまでに真っ直ぐな鼻梁は相変わらずだけど、顔に有った横一文字の傷は見えなくなったコナンの小父さん、いやお兄さんって言わないと機嫌悪くなるんだったな……あたしのこと、キキちゃんって言ってたのに、あたしの実力を知った途端、敬語を使っていたっけ。
今みたいに気さくな方が小父さんらしいよ。
「うん、もと法王聖庁所属の女性特殊任務セキュリティ・ガーディアン、正式な聖魔法士の位階を持つシスターにして、警護課外務班所属の用人警護工作員だったお姉さん達……教皇聖女様からお許しを頂いて、今は家のファミリーだよ」
「紹介するね、髪の黒い方がデュシャンお姉さん、細い編み編みにした栗毛で、今はちょっときりっとしたお澄まし顔のお姉さんがマルセル」
「マルセルお姉ちゃんはね、初対面の人には冷たい印象を演出するのが好きなんだ……出来る女に見られたいんだって」
二人とも無言のまま軽く会釈して応えたが、マルセルは目を瞠って不満そうにしてた。そんな顔しなけりゃ美人さんなのにね。
「んで、此方におわすちっさい方がですね、有りと有らゆるスクロールを統べる精霊王ジャミアス様です」
「森羅万象己が如しって言うのが口癖で、着てるのが露出の多い薄物なのと時々エッチなことを言うのは、そういう仕様なので堪忍してください」
「随分扱いが粗略じゃのお、妾がジャミアスじゃ、普段はドロシーに憑りついておる……以後、見知り於くがよい」
マルセルの肩に乗ったジャミアス様が、腰に両手を当てながらベールに包まれていても分かるドヤ顔で挨拶されます。
国際的にも貴重な文化遺産の筈なのにエナメリア政府はこの古代女神教の石窟寺院の保存に予算を割く余裕は無いらしく、放置されて荒れ放題みたいだったけど、東西5キロ程の断崖絶壁に掘り抜かれた千仏洞や聖堂、礼拝堂は千とも二千とも言われ、見事な前エナメリア時代の宗教壁画や女神像の彫刻などが惜しいことに朽ちるに任されてました。
装甲車輌ベアキャットは、垂直な巌壁に吸い付くように駐車しました。垂直登坂走行用に車内は全て固定される仕様になってて、座席は垂直走行時のパッド固定ハーネスが降りてる状態で、よせば良いのにチューブ付きキャンティーンのルートビアが鼻に入るかして、どじなマルセルが噎せてました。
あんな歯磨きみたいな味の何処がいいんだか、マルセルのお姉ちゃんはルートビアって炭酸がお気に入りです。
クルセイダーズの4人は第468窟辺りをうろうろしてたので、警戒しないでねって声を掛けてから、会いにきたと言う訳です。
「ど、どうも、金獅子クルセイダーズの斥候役、ピアッシング・ローリーです、一応ライカンスロープやってます」
うん、ピアスのお姉さんもケロイドみたいだった手術痕が消えてるね。第一顔付きが変わった……きっと、これが整形前の元々の顔なんだね。
「回復役と後方支援のティモシー・ソーンダイクです、戦闘僧侶として拳聖の階位を得ました」
この人は、嘗て修行時代にオカマを掘られていた心の傷を癒すことは出来たのだろうか?
先に挨拶してたリンティアお姉さん達が、自分達のパーティはSクラスになったんだよって報告してた。
「随分遠くまで出張して来たようだけど、今もシャグランダムールに戻ったりするの?」
問題の“月唇院”は、何処の窟からも隧道が通じてなくてややオーバーハングになった崖の中腹に孤立してた。取り付くルートも見当たらず、まるで投げ入れ堂みたいな不思議な造りだけど、もうすぐ日が暮れるのですぐ近くの532窟で野営することになった。
あたし達は夜間行軍も全然へっちゃらだったけど、事情を話したら心良く獲物を譲ってくれた金獅子クルセイダーズの手前、アタックは明日の朝にして、今晩はバーベキューパーティで彼等を歓待することにした。
幸い、マッドティー・パーティとやらはまだ影も形もないしね。
「自分達を鍛え直したい、冒険者としても、夫婦としても自分達を見つめ直したいと思いまして旅に出ました、皆様とお別れしてからすぐにシャグランダムールを発って以来、西ゴートのギルド協会本部には戻っていませんね」
「あの時はゴメンね、あたしは育ちが悪くて普通の倫理観に疎かったんだ……小さい頃に、連れ込み宿で枕探しみたいなことをしてたから、夫婦って浮気するのが当たり前だと思ってた、大概の人達は本音と建前で生きている、心の裏側をいやって言う程知ってたから」
大した秘密じゃないって勘違いした挙句、リンティアとピアスお姉さん達の摘み食いアバンチュールをぽろっとバラしちゃったことがあって、ドロシー母さんに凄く叱られた。
「いえっ、蛆虫みたいな性根だった浅ましい自分達の身から出た錆ですから……いけないことだと知りつつ、亭主以外と関係する背徳感に溺れたのも、危険と隣り合わせの日常にいつしか麻痺していたのだと思います」
「甘えていたんだと思います、冒険者としてのスタートに躓いて、貞操なんか考えられなくなるほど汚れて、口で言うのとは裏腹に、誠実とか不誠実とかどうでも良くなっていました、人としての最低のモラルさえ捨ててしまったんです」
ストレージから野営道具を取り出してキャンプの設営をしながら、リンティアお姉さんの近況を訊いていた。吃驚したことに、今は元の鞘に戻ってコナン小父さんとリンティアさんがくっ付いて、ピアスお姉さんとティモシー小父さんが一緒になったんだって……ちゃんと婚姻届も出し直したらしい。
今はスワッピングも変態4Pもしてないって、胸を張ってた。
「4人で話し合いました、命を落とすことがあったとして最期は誰に看取られながら逝きたいのか、結局こう言う形になりました」
「薄汚れてしまったこんな私でも旦那は一緒に居たいと言ってくれました、もう二度と裏切れません……今では媚薬を使うこともありませんし、ピアス達と互いの行為を見せ合うこともしてません、溺れるようなセックスはもうやめました」
「最近、コナンと将来のことを話すことが増えました、歳とって引退したら花屋でもやろうかなって思ってます……こんな生活なので、流石に子供は無理かもしれませんけど」
そう言って笑うリンティアお姉さんは、とても幸せそうに見えた。
「キキの嬢ちゃんよう……」
コナン小父さんは装備が良くなってる。帯剣してるのは何処で入手したのか、魔剣みたいだね。曲がらなかった右手の小指も、今は他の指と遜色無いようだ。
「キキでいいよ」
「そう言う訳にはいかねえよ、お前さんの戦闘力は一国の軍隊を相手取ってもびくともしないのを理解してる今は……そうだな、じゃあキキさん」
そう前置きして、コナン小父さんはあたしに尋ねてきた。
「自分達の実力はよく分かってる心算だ、幾ら悪運が強かったとしても今まで順調に成果を上げてこれて怖いぐらいなんだが、考えて見ると別れ際に頂戴したロザリオだ」
「あれにはひょっとすると、何かの強力な加護が掛かってたりするかい?」
「…………言っちゃいけないって口止めされてるんだけど、あれにはステラ母さんの霊験あらたかな加護が籠められている、身を守り、健やかさを恵み、運を呼び込む正真正銘、本物の加護だよ」
本当のことを知っても無茶はしないと思うから、真実を告げることにする。様子を見てると、傲り高ぶりとは縁遠そうだもんね。
「やっぱりそうか……いや、感謝してもしたりねえ、この通りだ」
コナン小父さんは短髪のツンツンした頭を下げて来た。少し若白髪が目立って来たな……それにしてもコナン小父さんの出身地は低頭の慣習があるんだね、あたし達の世界では珍しい方かも。
向こうではバーベキューの準備を始めたマルセルが、調子に乗ってピアスさん達に、コロナの瓶ビールにウイスキーを足すボイラーメーカーを勧めていた。
あまり上品な飲み方じゃないので人に勧めちゃいけないって、お母さんに釘を刺されてたのに……帰ったら言い付けよう。
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寝ずの番を買って出た。
“月唇院”の言い伝えは間違いなくオー・パーツに関連していると考えていたのは、キキ様のお知り合いの冒険者パーティの方々も一緒だった。
キキ様のお知り合いと聞いて張り切ったマルセルが海鮮バーベキューだと鯛や鮃の舞い踊り、栄螺の壷焼き、焼き文蛤や焼き床臥、鮑のステーキだ焼き蟹だと腕を振るうのは良いのだが、結局自分が腹一杯食べ過ぎて身動き出来なくなっていた。
仕舞いには酒の摘みや珍味だと言って、干し口子や畳鰯を炙っていたようだ。
食い意地の張ったマルセルらしいと言えば、マルセルらしい。
それでも異世界の菓子、自家製のサバランを振る舞うと言って、ブリオッシュを焼くところからフウフウ青息吐息で頑張っていた。
マルセルはパティシエとしての腕も超一流だ。何故かマルセルが使う麵麭焼き窯の仕上がりは一味違う。器具の選択がいいのか、もしかすると巧く焼き上がる呪いを掛けてあるのか、電子回路の妖精と相性がいいのか、謎だった。
チロチロ燃え上がり時折はぜる薪が乗った折り畳みの焚き火台は、ロー・インパクトを提唱するドロシー様がこう言ったケースでは絶対に使用するよう言い付かっているものだ。
クルセイダーズのメンバーが物珍しがったので、今腰掛けている高さ調整の効くコンパクト・フォールディングチェアと共に予備を譲ってあげた。
いの一番に酔っ払って寝てしまったマルセルは最初の内こそ高鼾だったが、今は寝た振りで精霊光次元帯に網を貼り、油断無くエレメンタル・トラッキングで周囲を警戒している。
おちゃらけて見える同僚は、私の目から見てもかなり有能だ。
死から生還した、いえ、ドロシー様の手により生まれ変わったマルセルは、其れまで内に秘めていた劣等感も思い悩みも、総てを捨てて前にと突き進み始めた。私などは置いて行かれぬよう必死だ。
日々の特訓で足腰立たなくなっているのに、この娘はその後独りで自主トレーニングを欠かさない。どうやって取り入ったのか、クロノメーターの高位次元妖精神ガラティア様に時限操作の方法を伝授して貰ったらしい。
法王聖庁時代は、デュシャン、デュシャンと慕ってくれた妹分が羽搏くのは嬉しい反面、置いて行かれるようで少し寂しくはあった。
胸騒ぎがする。私は占星術を少し嗜むが、どうも今晩の星の巡りはあまり良く無い。
大体、“月唇院”の言い伝えはオー・パーツの秘密の何を意味するのか、夢魔擬きに対抗する手段はあるのか、竜神と化したと言うヴィタリアス・オズボーンとやらの悪霊はどう関わり合いがあるのか、今は全く先が見えていなかった。
気がつくと就寝している筈のメンバーがテント内で魘される気配があった。
何が来るのか身構えたが、不覚にも警告を叫ぶ前に私の意識にも靄が掛かって、夢の世界に誘われてしまった。
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ドロシー様が私を誘っておられた。
蠱惑的な唇が、まるで劣情を煽るような、麻薬のような催淫効果を忍ばせて、魅惑的な誘い文句を何か囁いている。
「マルセル、月が綺麗でしょう、だから……」
だから……だから何だと言うのですか?
「……マルセル、自分の欲望に正直になって、貴女は、貴女自身は何がしたいの?」
本当に……本当に、魅力的な誘い文句でした、非の打ち所が無いまでに真っ直ぐに。
違うっ!
違う、違う、違う、違う、違う、違う、違ああうううううぅっ!
私が憧れる孤高の純白の乙女、ドロシー様は決してこんなことを仰らない。
こんなものはドロシー様ではない!
媚びるような卑しい笑顔は、決してドロシー様には似合わない。
そんな下卑た唇を、少なくとも私は見たことが無い。
「消えろっ、汚らわしい! ドロシー様を貶めた罠、その罰万死に値する!」
怒りに任せた思念の団塊を打つけると、幻も淫夢も総て消え去り、引き戻された現実世界では寝袋の中で快楽に悶えるクルセイダーズのメンバーが居ました。
夜警の交替時間はとうに過ぎていましたが、それどころではなく夢魔の虜になったのでしょう、無理もありません。
それ程、精神感応術式のレベルは破滅的に高かったようです。
すぐさま状況把握を開始します。ジャミアス様とキキ様は、最初から術式に捕われてはいませんでした。対抗レベルが埒外だからです。
成層圏プラットフォームにあるキキ様の支援衛星群が送ってくる情報をインターセプトします。最近、内緒で覚えた傍受方法です。
攻撃と偵察を受け持つキキ様の軍事衛星は、今ではフリズスキャルブ2ともリンクしています……つまり、事実上神の目にも等しい情報量を処理しています。ナンシー様は、これを“プロビデンスの目”と名付けられました。
得られた情報に拠れば、オー・パーツは既に発動しています。衛星情報と視覚共有した私の視野には“月唇院”、ハンス・ホルバイン庵のオー・パーツの位置も内部構造も存在情報も総て見えていました。
遅滞無く強制停止コマンドと自動分解術式を送り込みます。
どうやら、このオー・パーツの発動キーは夢魔を打ち破るものが現れた時と設定されていたようです。つまり引き金を引いたのは私と言うことです!
「まずいっ、月が落ちる!」
知り得た範囲では、このオー・パーツは衛星である月を母星に激突させる原理で動いています。しかもオー・パーツ自体を沈黙させ、起動命令を無効化しても、一度発動されたシークエンスはもう止まりません!
「慌てるでない、取り敢えず危険は去った」
危急存亡も何処吹く風、泰然自若たるジャミアス様がキキ様の肩に乗られていました。
「どうやら天体運行を無視して衛星の軌道を変え、この星に衝突させる演算方程式が働く……小規模のブラックホールを次々に展開して引き寄せ、真っ直ぐこの地に月を落とす、そう言った破滅級の兵器だったようじゃ」
「……安心するがよい、だったと言ったであろう、すでに発動は解体した、月面のムーンベースも無傷の筈じゃ」
さすジャミ(流石ジャミアス様)、伊達に妖精王を名乗られてはおられません。本当に月が落ちたら、エミリア・チェズニー42さんに顔向けが出来なくなるところでした。
「それより、来るよっ、天魔の竜神ヴィタリアス・オズボーン……どうやら思念体となって生き延びる術を得たヘドロック・セルダンのクローンの一人だ」
キキ様が、その先の展開を喚起されます。
「マルセルが破壊したオー・パーツはヴィタリアス・オズボーンの手になるものだったみたい、この地の龍脈と一体となったオズボーンの思念体、そのエネルギーは計り知れない」
「多分、その勢力範囲はエナメリア国内全土に及んでいる」
「……私にお任せください、ある意味私が招いた不始末、私が決着いたします」
「いいの、強敵だよ?」
「勝算はあります!」
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負けるのが大嫌いなドロシー様の配下として、おめおめと普通に生ぬるく研鑽している訳には行きませんでした。
私は私だけに使える力を手に入れる必要がある。人を匂いで判別するスメル・トレイサーとしての能力に着目した私は、まだ匂いという分野で魔法学的に解明されていない可能性を突き詰めていくことを密かに決めたのです。
それからの私は独り密かに時限加速結界に閉じ籠もって“匂い”と言うイメージを媒体に、事象干渉する魔術式、独自のアプローチで展開する戦術魔法、支援魔法の開拓と模索に埋没して行きました。
今、私は確信しています。私はドロシー様の手下として恥ずかしくない存在になり得たと……
深夜のオズボーン寺院、荒れ果てた石窟聖堂群をエレメンタル・トラッキングで多層階の構造ごと俯瞰視していました。地下龍脈に何かが蠢動するのが感じ取れました。
岩壁に刳り貫かれた岩穴に、巨大な女神像が浮き彫りになったものが何十体となく連なっている磨崖仏群に何かのパスが通るのが感知されました。
夜半も丑三つ時はとうに回って、物の怪が跳梁跋扈するには遅過ぎると言うものです。
途端、動かぬ筈の岩で出来た大きな質量の女神像達にゴーレムのような仮の生命が宿ります。無理矢理岩山から巨身を引き剥がす無茶な反動に、石窟寺院全体が地響きを立てて揺れました。崩れ去る天井の瓦礫を物理結界を展開して防ぎます。
「キキ様、デュシャン、皆さんを頼みます!」
言いおいて、装備をアポーツと理力で装着すると、状態点検ももどかしく寺院の外へ転移します。視認出来た巨大女神像は全部で二十三体、女神像にしては多腕のもの、多頭のもの、何かの獣面のものと異形な姿形のものばかりです。
猛威を振るい始める前に阻止してしまいましょう。
「無系統魔法、匂いの術式、解体っ!」
幸い然程強化されていない女神像の匂いを瞬時に解析すると、分子結合を解く超振動魔術で女神像を砂粒まで分解します。
跡に残るのは崩れ去り、積もった巨大な砂山が二十三、砂塵と化した質量が吹き上がり辺りを砂嵐で包みます。
私は上空に退避して、風魔法で吹き荒れる嵐を鎮静化します。
こんな前哨戦はどうでもいいとばかりに、クローン・セルダンの意識体とやらを探します。居ます、活性化した思念体本体は信じられないことに地下龍脈に同化してその大きさ数千キロに及んでいます。
(……何十万年と待ったぞ……オリジナル・セルダンへの復讐のために生きながらえた、自壊する肉体を捨て“恨み”の思念体ばかりの存在と成り果て、やっと巡り合えた“天秤の女神”、この僥倖を逃してなるものか、我等を見捨てたセルダンが悔しがる顔を見れる嬉しさに、久々に心が踊るっ!)
急に巨大な思念が無遠慮に踏み込んできました。
不躾な奴です。
(残念ですね、私は“天秤の女神”じゃありません、もっとずっと下っ端です、それともっと静かにお話ししてください、頭がガンガンしますっ)
頭が割れ鐘のように響く思念波に、それに倍する思念を打つけてお返しして遣ります。
同時に裏で魔術式の準備をします。
エンチャント限界破棄! アクティベイト制限解除!
ものにするのに苦戦しましたが、私だけの適性から開発した幾多の強力な術式は、未だよく分からない部分の多い臭気魔素に着目した私だけの独創魔術。
(無系統魔法、匂いの術式、アニマ滅却!)
(安心して逝ってください……貴方の怨敵、オリジナルのセルダンは私達のボス、本物の“天秤の女神”が既に滅ぼしました)
セルダンのクローン、思念体となって生き残った“天魔の竜神”を名乗り龍脈に巣食ったヴィタリアス・オズボーンの断末魔が、いつまでもいつまでも尾を引きました。
「まぁ、この程度は出来なくては、ドロシー様の配下として胸を張れませんよ……」
いつだって奇跡は想いと共に、祈りと共に降臨する。
天空にホバリングしたまま、気が付くと東の空が白み始めていました。もう間もなく夜が開けます。
(次来るよっ、30分で会敵する、マッドティー・パーティは不死神“バフォメット”を召喚した)
キキ様の意外な連絡に、すっかり忘れていた当初の任務を思い出しました。
(えぇっ、早過ぎませんか? それにバフォメットって、読みが外れましたか……あれは大量に生贄を必要とする筈!)
(向こうの陣営に天文ホロスコープの数秘術使いが居る、多分こちらの動きに不穏を感じたかして、なり振り構わず下働きの奴隷達を血祭りに上げたみたい……パーティ本体は遥か後方だけど、召喚場所をこちらに結んだ)
(お任せください、不肖マルセル、ドロシー様がご命じになった通り蹴散らしてご覧に入れます)
全てを呑み込み、バフォメットをエレメンタル・トラッキングで捕捉した私は転移を掛けて抹殺対象に肉薄します。
大きい! 身の丈百メートル程もあるでしょうか?
黒山羊の頭と黒い翼を持つ異様な姿は、言い伝え通り剥き出しの乳房と聳り立つ陽物を兼ね備えた両性具有の醜さです。
「無系統魔法、匂いの術式、巨大化!」
私は自らの匂いに干渉することで、情報思念体としての大きさを自在に操ることができます。読み取った相手の能力、“物理攻撃透過”スキル、“オート瞬間修復”機能への対応策もバッチリです。
「喰らえローリング・ソバットッ!」
同等の大きさまで巨大化した私は、ジャンプして空中から放つ後ろ回し蹴りを相手にお見舞いしました。半端じゃない大きさにまるで大気が割れるようですが、流れるような浴びせ蹴りの空中殺法は見事に決りました。
この間、エリス様と巫山戯てプロレスごっこをしてたんですが、そのとき覚えた技です。
衝撃点に“匂い”の浄化魔法を放ちます。物凄い地響きを立てて、朽木倒しに引っ繰り返るバフォメットは光の粒子となって消えていきます。これで二度と召喚は叶わなくなるでしょう。
浄化の炎は召喚術者まで届き、マッドティー・パーティとやら言うお騒がせ集団も一人残らず燃え尽きていくようです。
(マルセル、任務を完了しました……)
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生贄にされてしまった哀れな奴隷達の多くは犯罪奴隷達だったようですが、中には気の毒な身の上の者も居たので、選択して蘇生魔法を掛けたら、失敗して何人かが痴呆症のようになってしまいました。バレない内に遣り直しておきましょう。
あぁっ、ヤバイ、腹一杯食べて動き回ったら催してきました。
ここでウンコして来ますって言ったら格好が付かないので、内緒で直腸の中身をアポーツして分子分解してしまいましょう。
ふうぅっ、セーフっと、これで対面は保てました。
半壊したオズボーン寺院に戻って、後片付けをしていました。
ふと気が付くと、金獅子クルセイダーズの魔法士リンティアさんが近付いて来ました。干し草色のブロンドを押さえるように、両頬と額を覆う特徴的な面頬具足を付けています。
「……少しいいでしょうか?」
「どうかされましたか?」
「状態異常への耐性はある心算でした、それが全く抵抗出来なかったばかりか、私はっ!」
「夢魔の術中に嵌った私は、あろうことか亭主以外の男との行為に感極まっていました……相手の男は私が嘗て手に掛けた、姦計に流され恋人の私を裏切った幼馴染み、アキュラと言う者でした」
「あんまり気にしない方がいいですよ、多分深層心理を読み取って一番弱い部分を突いて来たんだと思いますが、人間なんて自分の深層心理を理解してないことの方が多いですからね」
「でも……マルセルさんは、耐えられた」
リンティアさんの唇が、ふるふると震えていた。
ああ、そう言うことですか……
「法王聖庁で、暗殺や処刑を請け負っていたとき、適性評価は最低クラスでした、覚悟の差では無く、普通の生活が出来なかったから私達は今ここにあるんだと思いますよ」
「私が踏み止まったのは、私にはドロシー様が全てだからです、貴女には愛する夫も、これから共にする家族との未来もある……ただ、それだけの差です」
「リンティアさん……私はね、魔族や幻獣と血を掛け合わせて異能者を造り出す逸れ部族の出身なんですよ、“薄暮の里”と言う隠れ集落で母体に選ばれた母親は出産と同時に亡くなったそうです、で、雄の種になったのは魔獣バイコーン、私は半魔として生を受けました」
「出自で随分悩んだものです、人間なのか、魔物なのか、そんなことに拘泥したお蔭で、気が付けば私の中身は空っぽでした」
「今はドロシー様が胸の中に居ます、ドロシー様への想いで満たされているんです……だから、」
「それだけの、差なんです」
「ええぇっ、そんな、ドロシーお母さん一筋みたいなこと言ってるけど、あたし見たよ?」
「“ドロシー様語録”とかって豪華装丁ノートに挟んであった皆んなの裸の写真、見えちゃいけないところが見えてるヒルデお姉ちゃんのとか、リリィお姉ちゃんやデュシャンお姉ちゃん、あたしのまで有ったし」
不意に口を差し挟まれたキキ様の曝露で、私の信用は変わり易い夏空の如く一天にわかに掻き曇り、途端に地に堕ちました。
一転して見事なまでに真っ逆さまです!
「キッ、キッ、キキ様あぁっ、なっ、なんでえぇプライベート覗いたりしちゃったりしてくれてるんですかあああぁっ、折角感動的なカッコいいスタンスで締め括ろうとしてるのに、それじゃあ、私がただのド変態みたいじゃないですかああああぁっ!」
「えっ、違うの?」
「じぇんじぇん違いますっ、私が皆様の裸を愛でるのはニンフのように素敵な、その肢体をお守りせねばと言う已むに已まれぬ使命感からであって、決して覗き趣味のスケベ心からではありませんっ、あ・り・ま・せ・んっ!」
最後は感動的にエコーが掛かった筈でした。
「うっそだあぁ、じゃあなんで股間が写ってる必要があるの?」
「うぅ、そっ、それはですねっ……あっ、あれですよ、そう、あれ、あれなんですううううぅっ!」
しどろもどろに私の目は右に左に泳いでしまいます。
この後、私とキキ様の舌戦は泥沼と化し、金獅子クルセイダーズの皆様にはすっかりあきれられて仕舞うのでした。心底ドン引きしていらっしゃるご様子です。颯爽と状況を打破したレスキュー・スペシャルの筈が、すっかり獅子身中の盗撮魔扱いです……まぁ、自業自得なんですけど。
最後のキキ様のとどめのひと言、“それって犯罪だよね”で、私はすっかり性犯罪者のレッテルを貼られ、二度と再び立ち直れないまでに燃え尽きたのでした。
すっかり信用度ガタ落ちの私を遠巻きにするデュシャンが、何故か伏し目がちに顔を赤らめていました。
「どうかキキ様っ、このことは皆様にはご内密に、ねっ、ねっ、ねっ、デュシャンも、ねっ、ねっ、ねっ、ねっ、何でも言うこと聞きますからあああぁっ!」
以来、私には愛の奴隷生活が約束されてしまったのでした……それはそれで、ゾクゾクする倒錯的な快感を思わせるものでしたが。
くっそおぉ、私が何の為に隠形の技術と遮蔽スキルを磨いたと思ってるんですか! 今度から盗撮秘蔵コレクションは、イベントリの時空金庫に仕舞っておこう!
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ドロシー様は全てを諦めて、そして全てを受け入れることにしたのです。
嘗て淫らだった自分も、犯してしまった罪の誤ちも、死のうとして死に切れなかった弱さと惨めさも、傷付け蔑ろにした許婚やおそらく勘当されたであろう肉親への謝罪を口に出来ぬ不甲斐無さと意気地の無さも、生きることの切なさも、全て呑み込んで前に進むと決めたのです。
タフに生きると決めたのです。
それ故に、他人の罪には厳格で、他人の不幸には敏感です。
……私の全てを肯定し、許してくれた。卑屈にならなくても良いんだって、在るが儘で良いんだって、そう諭してくれた。
だから私は、この最も身近にいる女神様を崇拝することに決めたのです、全身全霊を掛けて。
最後の別れ際、もう一度私を正しく理解して頂こうとリンティアさんに私の想いを切々と訴えました。
「想いの丈が強さになるというのなら、今回の程度では全然喰い足りないと言うものです」
気が付くとキキ様がジト目で、幾らクールビューティーぶって達観を気取り、ドロシー様の為に死ぬと大言壮語してみたところで、お前の正体は知っているぞと言わんばかりに口の端を吊り上げています。
デュシャンも生温かい視線で苦笑いしています。
あぁ、明日から私はこの二人の愛の奴隷、恥ずかしい秘密を握られてしまった以上逆らうことは叶わないでしょう。
ああんなことや、こおおんなことも命令されてしまうのです……嬉しいやら、ゾクゾクするやら堪りません。
「マルセルってさあ、修羅に生きてなくても絶対お嫁さんに行けないよね……きっと奥さんになっちゃ駄目なタイプだと思う」
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セルダン・クローンの生き残り、天魔の竜神とか言っていたヴィタリアス・オズボーンのコントロールを失った龍脈はかなりブーストされていたようで、数年のうちに死滅する運命のようです。
これにより、今ある鉱脈の魔鉱石も効力を失うことになるかと思います。
他国への優位性を失ったエナメリア商業共和国が、いずれ宗主国家としての座を明け渡すことになるのも致し方なきことかと思います。
キキ様のファイナル・ブローに打ちのめされた私は、三日程寝込みました。
エンパイヤ・ストライク・バックみたいなタイトルが欲しかった、ただそれだけのお話です
最初は後日談のつもりで始めたのに“マルセル回”みたいになってしまいましたが、ボケとツッコミの一人漫才みたいなマルセル、ドロシー様の為なら命も惜しく無いと豪語するマルセル、果たしてどちらが彼女の本位でしょう
……人というのは悪いことはするけれど善であったり、善の立場なのに魔が差してしまう、そんなものかもしれませんね
マニュフェスト=政権公約と訳される場合が多いが単なる政治理念ではなく、財政的裏付け、数値目標、実施期限なども記したもので、1934年にイギリスでトーリー党が始めたものが起源とされる/日本では2003年の総選挙よりこの表現が使用された/日本ではその体裁から「有権者団との契約」と主張されることが多いが実際に法的拘束力があるものではなく、あくまでも選挙公約の一形態に過ぎず、本家のイギリスでも法的な意味での契約の命令的性格については否定されている
アスモデウス=ユダヤ教とキリスト教の悪魔のひとりで旧約聖書外典の「トビト記」などに登場する/悪魔学によると元が激怒と情欲の魔神のためかキリスト教の七つの大罪では色欲を司り、悪魔になる前は智天使だったとされる/グリモワールのひとつ「ゴエティア」では悪霊の72人の頭目の一人に挙げられ、アマイモン配下の東方の悪魔の首座で72の軍団を率いる序列32番の大いなる王とされる
バフォメット=テンプル騎士団が異端審問の際に崇拝しているのではないかと疑惑を持たれた異教の神で黒ミサを司る、山羊の頭を持った悪魔/両性具有で黒山羊の頭と黒い翼をもつ姿で知られるようになり魔女たちの崇拝対象となった為、「サバトの牡山羊」レオナールと同一視・混同される事も多く、レオナールはただサバトを淫行の舞台として利用する矮小化された悪魔として描かれることが多い/19世紀にフランスの魔術師エリファス・レヴィが描いた絵「メンデスのバフォメット」が姿としては最も有名で、腕には上がっている右腕に「Solve」〈溶解させる〉、下がっている左腕に「Coagula」〈凝固させる〉、と記されている/これは中世錬金術のラテン語「Solve et Coagula」が元であり、卑金属から貴金属を作り出す狭義の錬金術だけでなく、人間の知のあり方や世界の変革という広義の錬金術にまで幅広く応用される言葉である
アクアパッツア=魚介類をトマトとオリーブオイルなどとともに煮込んだナポリ料理/ブイヨンなどを用いず水とトマトだけ、あるいは白ワインを加えて煮込んだ魚のスープでオリーブオイル、大蒜、イタリアンパセリは必ず使われる/魚は鯛、鱸、鱈、笠子、鮴、メダマヒメジなどの白身魚や鯖のような青魚が、貝類は浅蜊やムール貝などがよく用いられ、骨から良い出汁が出るので切り身よりも尾頭のついた小型の魚が好まれる
ラザニア=平打ちのパスタの一種だが、ベシャメルソース、ミートソース、ラザニア、チーズを何層か重ね、最上段のベシャメルソースに焼き色がつくようにバターを乗せて、オーブンで焼いたものを正式にはイタリア語で「オーブンで焼き上げたラザニア」を意味するラザーニャ・アル・フォルノ〈lasagna al forno〉と呼ぶ
東坡肉=豚肉を調理した中華料理で、北宋の詩人蘇軾が考案したとされ料理の名前は彼の号である「蘇東坡」に由来する/浙江料理のひとつで杭州の名物とされ、皮付きの豚のばら肉を一度揚げるか茹でるかして余分な油を取り、醤油と酒と砂糖で煮含めた料理
滷汁=ニガリは海水からとれる塩化マグネシウムを主成分とする食品添加物で、海水から塩を作る際にできる余剰なミネラル分を多く含む粉末または液体であり、主に伝統的製法において豆乳を豆腐に変える凝固剤として使用される
ビーフストロガノフ=16世紀初頭にウラル地方で成功した貴族ストロガノフ家の家伝の一品であったとされるが考案者と生まれた時代については諸説存在する/牛肉の細切りと玉葱、マッシュルームなどの茸をバターで炒め若干のスープで煮込み、仕上げとしてスメタナ〈サワークリーム〉をたっぷりいれる/バターライスや白飯、パスタ、揚げたジャガイモと共に食べる場合が多いが、ストロガノフ家で提供されていたオリジナルのビーフストロガノフは煮込みの前に肉をワインを加えた湯で蒸し、マッシュルームとケッパーを加えたものだったという/ウクライナ風では色は白く、ビーフシチューというよりむしろクリームシチューに味も色も近い
チリコンカン=起源はMexico北部~南部アメリカに由来するメキシコ料理で、揚げたトルティーヤを主に肉〈カルネcarne〉やチーズやフリホーレス〈豆煮込み〉、サルサと共に食べる/挽肉と玉葱を炒め、そこにトマト、チリパウダー、水煮した隠元豆〈金時豆、赤いんげん豆やピントビーンズなど〉を加えて煮込んだものが最もよく知られており、肉は牛肉であることが多いが豚肉、鶏肉、七面鳥の肉などでも作られる/豆の入ったチリを「チリ・ビーンズ」、豆の入らないものを単に「チリ」または「チリ・ノー・ビーンズ」と呼び分ける場合もあるが、厳密に定義されているわけではない/チリを供する際にはおろしたチェダーチーズを振り掛けたり、クラッカーを添えて各自が食べる前に砕いて入れることも多い
ガンボスープ=基本的には濃いスープストック、肉または甲殻類、とろみ成分、およびセロリ、ピーマン、玉葱で構成される伝統的スープ料理/ルイジアナ州のクレオールの人々の間では一般的な料理であるが、テキサス州南東部、ミシシッピ州南部、アラバマ州、サウスカロライナ州のチャールストン周辺のロウカントリー、ジョージア州ブランズウィックなどの地域でも食されている/鳥肉類、甲殻類、豚肉の燻製のいずれかひとつもしくは複数を使い、鳥肉類としては鶏、家鴨、鶉など使われるのが通常である/地元の甲殻類としては淡水産のザリガニ、メキシコ湾産の蟹、海老などが使われることが多く、タッソ〈ケイジャン・ハム〉、アンドゥイユ〈燻製ソーセージ〉を入れることにより、料理にスモークの香りが加わる/使われるとろみ成分のひとつ、オクラだが西アフリカの奴隷達が持ち込み、これがルイジアナの台所にもたらされた……ガンボの語源はオクラを意味するアフリカの言葉から来ている
カイエンペッパー=赤く熟したトウガラシの実を乾燥させたもので暗赤色から鮮紅色をしており、スコヴィル値が30,000から50,000と強い辛味がありスペインのトウガラシであるアヒと同じものといわれる/名前はフランス領ギアナの首都カイエンヌから来ていて、フランス料理では海老、蟹料理の隠し味などに少量使われる程度だが、ケイジャン料理や熱帯地域の料理ではよく使われる
ルートビア=アルコールを含まない炭酸飲料としてルートビアはアメリカ合衆国において19世紀中頃に生まれたとされ、バニラや桜などの樹皮、リコリス〈甘草の一種〉の根〈root;ルート〉、サルサパリラ〈ユリ科の植物〉の根、サッサフラス、ナツメグ、アニス、糖蜜などのブレンドによって作られる
口子〈くちこ〉=ナマコの生殖巣であり、軽く塩をして塩辛にした生くちこ、干して乾物にした干しくちこが有る/このこ〈海鼠子〉とも呼ばれ、主な産地は能登半島周辺で一般的に平たく干したものが能登の高級珍味として親しまれていて、干しこのこには三角形のばちこ、棒状の棒くちこが有る
畳鰯=カタクチイワシの稚魚〈シラス〉を洗い、生のままあるいは一度茹でてから葭簀や木枠に貼った目の細かい網で漉いて天日干しし、薄い板状や網状に加工した食品で神奈川県・静岡県の沿岸部で作られるものが有名/古くから鶴岡八幡宮への神饌として奉納されている
サバラン=ブリオッシュを切って紅茶味のシロップを染み込ませて冷やしラム酒やキルシュを掛けて生クリームや果物で飾りつけたもの、またはブリオッシュ生地を直径18~23センチメートルのドーナツ形の型に入れて発酵させてから焼き、キルシュ風味のシロップをしみ込ませたもの/円形のサバランはシロップをしみ込ませた後、上に熱した杏子のジャムを刷毛で塗り、スライスアーモンド、果物やハーブの砂糖漬け〈マラスキーノ・チェリー、アンゼリカなど〉、苺やラズベリーで飾り、中央の穴にはクレーム・シャンティイ、カスタード系のクリーム〈フランジパーヌやクレーム・サントノーレなど〉、または果物を詰める……中央に果物を詰める場合はサバランの上部の飾りも果物にし、周りにも果物を盛りつける
元々はフランス菓子の一種、サントノーレの生みの親ともいわれるパティシエ、オーギュスト・ジュリアンの考案による菓子であり、「ババ」と呼ばれていたが、フランスの有名な食通、ブリア=サヴァランにちなみ改名された/ただフランスやベルギーの洋菓子店などでは、ババ・オ・ロム〈baba au rhum〉 というのが一般的であり、これはポーランド王スタニスワフ・レシチニスキがクグロフという菓子にラム酒をかけて食したことから生まれた、アリ・ババという菓子に由来する
ホロスコープ=占星術における各個人を占うための天体の配置図で惑星、黄道十二宮、十二室、角度の4つの要素で構成される/一般的に占いの対象者の産まれた時の天体の配置を書き、占う
1世紀頃のローマの詩人マルクス・マニリウスの著作「天文〈アストロノミカ〉」に十二宮の作用分野、ホロスコープの決定法などについての言及がある
ローリングソバット=相手の正面に立って右足を軸にして体を右方向へと回転させて相手に背中を向けた状態になったところで軸足を左足に切り替えて体を右方向へと更に軽く捻りながら右足を振り上げて右足の裏で相手の腹部や胸板を蹴り飛ばす/派生技としてプロレスで体をジャンプしながら回転して相手の顔や胸を蹴り上げるローリングソバットがある
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私、漢字が苦手なもので誤字脱字報告もありましたらお願いします
別口でエッセイも載せましたので、ご興味のある方は一度ひやかしてみてください
短めですのでスマホで読むには最適かと……是非、通勤・通学のお供にどうぞ、一応R15です
https://book1.adouzi.eu.org/n9580he/





