21.パイロキネシスそのⅠ〈炎帝の眠る地〉
手と髪を濡らす簡単な禊ぎのあとに、朝の祈りを捧げるステラ姉、エリスに倣って私も太陽の方を真っ直ぐに向いて、ぬかずく。
西ゴート帝国中部山岳地帯はスチール連峰の稜線から望む朝日は、澄んだ空気の中でとても眩しく、そして綺麗だった。
昇る旭日を拝し、白いチュールベールを頭に戴き、女神を象ったロザリオの数珠を握り込む。
どちらも修行時代に山間の教会で買った、祝別されてはいるが普通のものだ。
「天にまします我らが大女神様、罪深き仔羊に、今日も生きることをお許し頂き、感謝いたします、バハ・スウィーン」
3人一緒に唱える聖句に、祈りを籠める。
二人と違って私の家は昔から何々派といったような特別な宗旨は無かったが、そこそこ熱心な女神教徒だった筈なのに、何故か村を後にするときに、女神教のロザリオも祈祷書も置いてきてしまった。
思えば、村を出たあの頃から何かが少しずつおかしくなっていったのだろう。
王都に上洛する途中から誑かされ、憎んでも憎み切れないゲス勇者の“魅了催淫”に取り憑かれた末に、最愛の伴侶であるべき恋人から贈られた大切な指輪、生涯を約束した筈の大切だった婚約指輪を……私は、道端の溝に捨てた。
催淫の虜になって、約5、6年の月日を過ごした。
度し難く、救いようの無いろくでなしの淫婦として、長い間そんな生活に堕していた。畢竟、幼馴染みのソランを初め故郷の知己に顔向けできる筈もない。
もし告解室での痛悔が許されたとしても、神の耳が汚れるとして司祭に罵倒されるのが落ちだろう。
それだけ私達は、自分と自分の過去の行いを恥じていた。
でも、女神に誓って再び道を踏み外すことは、この先決して無い。
清く、正しく、美しく、辺境をめぐる巡礼の旅を、民草のために闘う懺悔の旅を、己れの魂を正し罪を詫びる旅を、必ずや遣り遂げると誓っている。
例え石を投げられたとしてもだ。
私達は人生をやり直す。
ソランのため、私達のため、人としての、女としての尊厳を取り戻すと誓っている。
恋する乙女だった頃の私達はもう何処にもいない。
何も知らなかった無垢な少女達は、今は死んでしまった。
今の私達が恋焦がれているとすれば、それはもう戻れなくなった生まれ故郷での、涙が出るほどに懐かしい、あの頃の生活だけだ。
それはどんなに望んでも、失ったばかりか、すでに二度とは手に入らないものだからだ。
神に祈る敬虔な心根の一方、戦士の生き死には自分の裁量であるべきというのが、私の基本的な立ち位置だ。
もっとも、卑屈になる訳ではないが、過去の過ちを払拭できない私は、偉そうなことを言える立場ではないことも重々承知している。
己を捨てる、無心になる、世の中の森羅万象はすべて学ぶべき先達と、頭を垂れよ……散々師匠に叩き込まれたことだ。
辛勝という程ではないにしろ、当代魔王は強敵だった。まさか自分が仕掛けの疾さで出し抜かれるとは思っていなかっただけに、学ぶところの多い一戦だった。
自分はまだまだ、見聞も研鑽も足りない。
思うところがあり、私はジャミアスに頼んで“不死と再生”のスキルを手に入れた。
道半ばで斃れるのは構わないが、それがためにステラ姉やエリスに危害が及ぶのは避けたかった。
エリスが人間を止めたのなら、私は怪物になる。
絶対に死なない怪物だ。“ヒュドラ(水蛇)の術”というスキルは、例え胴を一刀両断されても、頭を粉々に潰されても、しぶとく体細胞を復元する。
……皆んなを守るために、私は絶対に死なない不死身の身体を手に入れた。
私は、不死人になった。
産業革命の進んだ帝都のある東部地方と違い、西ゴート帝国は国土の多くが名峰の連なる山岳地帯のせいか、段々畑や棚田が目に付く光景が多い。
厳しい環境が精悍な国民性を育み、農民や商人、職人の端々に至るまで何某かの武芸に秀でている土地柄だ。
やけに出家した僧侶の多い国だったが、托鉢行脚の修行僧は例外無く糞掃衣という黄土色の袈裟を着ていた。これらの剃髪僧も皆、ほとんどはモンクの類のようであった。
寺院の数も多く、前立に十三面観音とか吉祥天、迦楼羅などが配され、同じ女神教とは思えぬほど、流れを異にしている。
どうも坂の多い町も異国情緒があるが、街道はシェスタ王国では見受けられない栗石の基板層のある工法で作られ、立派な石畳として整備されている。
治世の確かなことと、今の皇帝は十四歳とまだ幼いが、それを支えるように民意が高く、肌で感じる多くが活気のある風情だった。
魔王討伐戦で知り合った対魔族連合軍の行動評議会メンバー、ロバート・ジュニア・トレド二世の裁量で往来手形ともいうべき、民間用ドッグ・タグを都合して貰った。
それなりに権威のあるもので、各国司法機関や入国管理の信用度も高い。
シェスタ王国の市民権を失った今の私達にはとても有難く、これさえあれば越境の際にわざわざズルをしなくても済む。
ロバート卿には、自国にお越しの節は是非古巣である我がトレド流指南道場に寄って欲しいとしつこく勧誘されたが、申し訳ないがこれは丁重にお断りした。
どうも国民性なのか、西ゴート帝国人は老若男女の別無く、やたらと腕自慢が横行していると聞き及んでいる。
訪えば、悶着を起こしそうな予感しかしなかった。
その代わりと言ってはなんだが、ここ西ゴート帝国でひとつ以上、善行を積むことを、卿には約した。
道すがら途中の山村で、ハギスという茹でた羊の内臓ミンチを牛脂で固めたプディングを、お礼として沢山貰ってしまった。
薄くスライスして油で揚げるといいらしい。
相当こってりしているのでどうかと思ったのだが、朝からこれをスキレットでフライにしているところだ。
数年前から村の近くの山陵に巣食い出した空飛ぶ蛇、魔獣グイベルに度々家畜を攫われるので困っていると犛牛農家の人に聞き、群れを討伐してきたら、これを呉れた。
一緒に貰った犛牛のギー(バターオイル)で炒め揚げにしたら、絶品だった。
ちょっと癖があるが香味野菜と香辛料で整えられた主張の強いこの味は、カレーライスのトッピングにもイケるかもしれない。今度試してみよう。
「ねぇねぇ、ドロシー、このハギスっていうの? これの作り方サイコメトリーで確かめておいてよ!」
テントを撤収し、加護のあるペグを1本ずつ抜きながら、エリスがせがんできた。稜線に張るテントは魔物に狙われ易い。
私達が考案した、スタンディングドームから伸ばした自在付き張り綱の固定に使う“守護のペグ”は、一打ちごとに地面に結界魔法と、守護と魔除けと人払いと感知の魔法陣を付与していく優れものだ。
これにより、およそ周囲30メートル程は私達にとっての安全地帯になる。
「えぇ? なんであたしが?」
「だって、ドロシーが一番ごはん作るの上手じゃん!」
「何言ってんの、料理は教えてあげるって言ってるじゃない……」
……食事はいい。
美味しいものを食べていると、人はニコニコ幸せになる。
今度生まれてくるときは、定食屋の女将か何かで、人に料理を振る舞うような生き方ができたら良いと思う。
私と同一存在する複数人格、歴代のニンリル達の魂も皆、それがいい、と同意してくれている。
ハギスは鰹節と同じように、複製魔術でストックしてみようか?
鰹節……ソランに手紙を送る習慣は続けているが、旅先で知り合った幾らかの人達にも、幸運の加護を封じたバーミリオンのシーリングスタンプの手紙を送っている。
鰹節を譲ってくれたミツコの暮らす人魚達の村は、多分生活環境改善などで暮らしぶりが随分変わったろう。ミツコは、ホンゴウと所帯を持てたろうか?
祝言がまだなら、何かお祝いを考えなくちゃいけない。
南バイエルン州で革命を企てた偽物処女のシベール、ちゃんと職業訓練施設の法人組織理事として、慣れない職務をまっとうできているだろうか?
婚期を逃しそうだが、浮いた話は無いのか季節の便りに事寄せて、それとなく訊いてみよう。
亡くなったローラさんに託され、何ヶ月間か一緒に過ごして面倒を見たマクダネル君、ポーションや軟膏の原料は採取できているだろうか? ちゃんと拳ダコはできたかな?
歳の離れた弟が出来たみたいで、楽しかった。
困ってることが有ったら、手紙に祈ればすぐに駆けつけるからと、一筆書き添えてある。
ソランにだけは書けなかったが……
稜線歩きで清々しい朝の空気を吸いながら、次の目的地たる、ここいらの経済都市では一番大きな古の都、シルベスタン・ジルベールを目指していた。
峰の下に風を避けるようにして、天然アスファルトを補強剤に使った立派な道が配されているのだが、あまり人とすれ違わないようわざわざ尾根道を歩いている。
偏西風とアルメリア湾流の影響か、こんな高地でもニゲルの花が咲いていた。
もともと涼しい季節に咲く花だが、高度3000メートルの山稜に見られるのは西ゴート帝国ならではだろう。
粟、稗はもとより棚田の稲作も盛んだし、各種の根菜やトマトなどの栽培も見受けられる。エリスは香ばしい匂いに誘われ、先程下の道に降りて屋台売りの焼き栗を買ってきた。
ポータブル・プレイヤーで、女性の名前を何度も繰り返し連呼する曲を聴いていた。
スリーピース・バンドの単純明快なメロディが逆に心地良い。ジャケットのクレジットには、異世界の南フランスという所の娼婦を歌った曲だと解説されていたのを思い出す。
曲を書いたバンド・リーダーはタンゴのつもりだったと語った、とも読んだ。
レッドライトを点けなくていい……そうリフレインする歌詞は、飾り窓の女か何かのことを象徴しているのだろうか?
哀愁を含むボーカルが切なくて、目の前で可憐に咲くヘレボレス・ニゲルの白い花の群生をじっと見つめていた。
……多分、いや間違いなく“メランコリーに浸っている暇があるんだったら、前に進め!”と、おそらく師匠が居たら尻を蹴飛ばされるんだろうと思う。
やがて見えてくるのは三千年の歴史を誇る都、急峻な山間に忽然と現れるシルベスタン・ジルベールだ。
人口約30万程、アルメリア大陸北部の流通の要として、今も文化の交流が盛んな学術都市としての顔も持つ。
大きなモスクや聖堂、城塞都市としての旧市街、魔術学部を擁する大学のある新市街、18世紀前半に建造された帝立協会所蔵コレクションが収められた美術館、聖マーガレット礼拝堂のある古城などが眼下に望める。
礼拝堂には、おそらく他の寺院と同じようにマニ車のある回廊がある筈だ。
帝国の女神教監督教会は、文盲の者への帰依にも熱心だった。
他にも西ゴートには100以上の個性豊かな銘酒の蒸溜所が点在しているが、ここシルベスタンにも有名な酒造メーカーが幾つかあったと思う。
旅先の街に潜り込むのに、私達はゴミ処理業者を表向きの生業にすることに決めた。そのためにロバート卿に、廃棄物収集業者、所謂ゴミ屋の鑑札を発行して貰った程だ……選りに選って、なんでこんな鑑札が必要なのか、ロバート・トレドは首を捻っていた。
最底辺の職業だが、償いの旅の意味合いとは別に、情報収集に都合がいいのと、大抵のゴミ屋が先進諸国規模で連合している犯罪組織の傘下にあることが多いからだ。
ここ、辺境の衛星都市にして悠久の古都シルベスタンを訪れて最初にしたのも、ゴミ処理ギルドへの顔出しだった。
「ねぇねぇ、この戦勝記念の塔、有名な“ギーンズボアの戦い”で魔族を退けたときの記念碑なんだって!」
途中キョロキョロしてると思ったら、エリスがナンシーと知覚連動してる情報端末のモノクルを着けていた。
映るものの解説を、単眼レンズに文字情報や脳に直接響く音声情報他で送ってくる。私達の鑑定眼より詳しいのが癪だった。
「おのぼりさんの観光旅行じゃないんだから、てっ、ステラ姉まで何寄り道してんのっ?」
「でも、先人の武士達を称えた碑よ、ちょっとだけ肖っていきましょうよ」
それは単なる方尖柱ではなく、五角形の支点に壮麗な柱を持ち、四角錐の花崗岩はその上に乗っている。ひょろっと細長いドーム構造になっていた。
「変だな……あの、天井に埋め込まれてる大きいの、あれって封印の要石だよね?」、バットレスと呼ばれる控壁に支えられる5本の柱の中に入って上を見上げると、石造ドーム頭頂部に巨大な魔石が認められた。
「魔神イフリートを封じ込めた名残りだって、ナンシーが……」
エリスが聴かされた解説を伝えてくる。
「イフリート! 魔王に組しなかったイビル族の炎のジン、あの炎帝イフリートのこと?」
「こんな地に眠っているのですね……」
感慨深げにステラ姉が、ドーム天井の要石を見上げた。
そういえば、霊脈の流れが凄く活発なのはいいのだが、何か偏っているようなのが気になった。
碑の周りを彩る花壇に、同じ季節に咲く筈のないカリブラコアと葉牡丹が一緒に植っているのは、この地方の気候の他に、もしかすると地脈の流れが影響しているのかもしれない。
200万年前に滅びた古代ヒュペリオン文明は、人類の子孫を残すと同時に、野生化した使役獣から現在の魔族の係累を生んだ。
ヒト族が様々な人種に分かれたように、魔族もまた幾つかの系統に分かれ、最大多数派の魔王軍に組しないものも、当然現れた。
イフリートを筆頭にした魔神族も、そんな支族だった。
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24番街区の門衛のお兄さんに、ゴミ屋ギルド会館の場所を尋ねると愛想よく教えてくれた。
認識阻害を低レベルのまま、うっかりフードを脱いで素顔を晒していたからだと思う。
朝方の秋空が一変し、午後からは打って変わって北国独特の曇り方が鬱陶しいくらいだった。雲海がすぐ側にあるせいなのか、空がとっても低い。
放射冷却で霧が出てさえいたが、無意識にフードを外してしまったのを、いまさらながらに気付いても、空のせいにはできない。
鼻の下を伸ばした親切なお兄さんに礼をいい、教えて貰った方角に足を向けようとした時だった……
「スリだぁっ!、誰か、そいつを捕まえ……」
声の上がる方を見遣ると、男の子の格好をした子供が駆けてくる。
イヤーマフ付きの毛皮製防寒帽を目深に被り、サイズの合っていない刺し子地のオーバーオールの裾を捲った格好で、お世辞にも見事とは言い難いフォームでバタバタと走っている。
(ちょっとお、短距離転移だよ! 見ても気付かれないよう残像が結べる程、コマ切れだけど……周りの皆んなは気付いてない)
エリスが瞠目して、伝えてくる。
なるほど、子供の走るスピードではない。
別に生活のために盗みをする者を改心させる気も無いが、まだ小さい子供の掏摸ともなれば、おそらくは束ねる窃盗組織に属している筈だ。
取り敢えず掠めスったものは返して貰おうと、アポーツで硬貨用の革袋を引き寄せると、子供にここだよと指向性音波の声を撃ち、手に翳して示す。
ハッとして立ち止まった子供は、自分の懐を確かめる間もこちらを睨んでいるようであったが、猛然とこちらを目指して短距離転移を掛けてきた。
それなりに速い。先程と違って、なり振り構わず一瞬で距離を詰めてきた。
猫を食む、窮鼠のようだ。
どうも通常の転移法とは違うようだと見て取りながら、瞬歩で脇に躱す私の脇腹に子供が何かを放つ。
攻撃魔術? いや、何かが違う。
動体視力に乗せた鑑定眼が、空気を圧縮させて分子を活性化させる現象を捉えていた。この子の反射速度、それなりに速い。
何かの加速系魔術かと思うが、良くわからない。
攻撃が発火する前に、冷却魔術で相殺してしまう。
不利と見てとったのか、バックステップで距離を取ったその子は、そのまま短距離転移で逃走する。
何か補助魔法を使っているのか、さっきまでと比べて動きが段違いに良い。
空間の揺らぎを追えば転移先はおのずと知れるので、ちょっと気になったばかりに思わず追跡してしまった。
通り三本隔てた裏に連なるアパルトマンの上を駆けて行く。
「うおっ……」
五階建ての集合住宅の屋根の上を滑るように飛んでいく跡を付けると、不意に右横から何かが発火する。しかも高熱だ。
油断したつもりはなかったが、硬気功の自動防御が面の結界膜を発動する。
見ると屋根に突き出た煙突の石組から、子供の手の平の形に炎が噴き出している。まるで製錬所の溶鉱炉の中身のようだ。
屋根の瓦からも次々に、小さく噴き出す溶岩のように剣呑な火の手が上がる。
それらの全てが、マグマのように結構な高温だ。
延焼を防ぐため、酸素と熱を奪うと共に硬化と停止の術式を放つ。
小さな子供と嘗めていたかもしれない。
鎮火に気を取られている間に、すばしっこい掏摸の子は長距離転移で逃げた。
屋根の上で隠形結界を展開しつつ、消火と修復の後始末をしているとステラ姉達が追い付いてきた。
あの子の触ったところがトラップのように火を噴いたのを、二人も遠見スキルで目撃していた。
「面白いわね、時間差の発火現象よ」
「遅延魔術かしら? 発動句があったようにも思えないけど」
ステラ姉が、修復してしまう前の焼け焦げを仔細に調べながら、興味津々といった体で疑問を口にする。
「ステラ姉のいう通り、おそらく発火させるのに、あと何秒って選べるんじゃないかな」
「天性のものだと思う、見掛け通りだとしたら、あの歳じゃ誰かに教わって習熟するには早過ぎる」
「それにスキルじゃないみたい、……何かの能力?」
エリスが考え込むように、自分の考察を述べると、あっという間に走り去って消えた掏摸の少女を追うように、逃げたと思われる方向に視線を向けた……
男の子の格好をしていたが、私達にはその子が女の子だって、一目見て分かっていた。
エリスの使い魔のひとつ、シャドウ・ウルフ(影狼)が、ステルスモード(隠密形態)で、追っていた。
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掏られたコイン用革巾着を持ち主に返し、腐肉漁りと蔑称されるゴミ屋ギルドを訪ねていた。
シルベスタンのゴミ屋ギルド会館は、“輝く峯”と呼ばれた紀元前古代ゴートの天空都市遺跡の名残りの上に、へばり付くように建てられていた。ちっとも輝かない、陽の当たらないうらぶれた場所だ……さも、ゴミや風情には相応しかろうと言わんばかりだ。
市営の聖別埋葬教会の教区裏手に当たり、石材採掘の跡を利用した地下納骨堂の入り口が近くにある。
鑑札を受付で見せ、新参者としてギルド長に面通しをする。
“強制音声”の結界で、私達はギルド長から知りたいことを訊き出していた。
言霊の威力を上げていくと、発する言葉で相手の全てを縛れる。
公認されてはいないが、この街にも盗賊ギルドがあるのを訊いたところだ。
「で、盗賊ギルドのみかじめは、この辺では一体どこが吸い上げている?」
「叉鬼カモッラの五大ファミリーが中堅、ステファノ・ヴィッツィーニ家がこの街を仕切っている、今のドンはロカルノという五十代の男だ」
「だが、大半の金は“イフリート拝火教”の浄財上納金として流れてしまう……」
訊いてる以上の答えを返してくれるギルド長は、太鼓腹の太った体躯に、重く長い羊毛の外衣を腰帯で締めていた。シルベスタン・スチール族独特の民族衣装で、絹の錦で派手な袿を重ね着している。
「お前、不細工な顔のわりにいい奴だな……で、“イフリート拝火教”ってのは?」
「この街に昔からある邪教の秘密結社だ、その実態は末端には知らされていないし、沈黙の掟がある、ただ、その教義は炎帝イフリート様の復活だと聞かされている」
……邪宗門の秘密結社か、直接当たってみないと分からないが、何やらキナ臭い。
ここはまず、犯罪組織のボスから責めてみるか?
「それで、ドン・ロカルノって奴には何処に行けば会える?」
「普段は、ファミリーの本部がある帝立スポーツ振興会銀行の頭取室だが、今日はクリケットの国際試合があるので、競技場の倶楽部振興会特別観覧席だろう」
「クリケット賭博の胴元をやってるので、黒トト籤のあがりを現金輸送する筈だ」
西ゴートは賭博を容認しているが、更に高額な掛金が動くハイリスクハイリターンの違法な裏賭博が、ここの地元犯罪組織、シルベスタン・マフィアの強力な資金源になっているらしかった。
「ふ~ん、で競技場は何処?」
「補陀落国際クリケット・クラブだ、帝立格闘技アカデミーの敷地の中にある」
「ありがとっ……、あと今の会話は全部忘れてね」
パチンッ、とボイスの結界が弾けて効力は解除される。
「お有難うごぜえやす、明日からよろしくおねげぇしますだ」
認識阻害の術式で、私達は3人の見窄らしい老婆に見えている筈だった。
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国際帝立プロ・クリケット場は、平日にもかかわらずお祭り騒ぎのような人出で賑わっていた。
満杯の観客達は、一体全体普段の仕事はどうしたのだろう?
地元チームの熱狂的ファンの盛り上がりが凄い。
プロ・クリケットの試合は昔に一度見たことがあるが、スポーツとは名ばかり、暗器や隠剣武技の応酬で必ず流血沙汰になる。
スタジアム最上段近くの貴賓席近く、今日は空席の皇帝叡覧区画の反対側にロカルノ一味は陣取っていた。
まやかしの繭で包んで、外側には何も起こっていない幻を見せている。
遮音結界に阻まれて、断末魔の悲鳴も一切漏れることは無い。
ロカルノと秘書の女を除いて、幹部と警護はしばき倒した。
五体満足な者は一人も残っていない。完膚無きまでに叩きのめしたので、残りの人生は流動食で過ごすことになると思う。
下顎骨の残ってる奴は居なかった。
エリス、それ以上蹴ったら死んじゃうから、やめてあげて。
「なるほど、貴女が現金輸送役なのね、収納魔術の容量は充分だけど、運び屋はもっと堅牢じゃないとねぇ……」
秘書の大したことない“鉄壁”という防御術式と攻撃魔術も、がっつり封じてある。
「貴女、人別帳を持ってる見たいね、女にあまり手荒なことはしたくないから、黙ってストレージから出してくれると良いかも?」
秘書の女は、アップにした髪が崩れるのもお構いなしにガクガクと何度も頷いて(足下には失禁した水溜りができていたが)、組織の末端メンバーまで構成員を羅列した犯罪者ギルド台帳を差し出した。
速読法で内容を記憶しながら、エッチングの似顔絵付きのレジメを捲っていくと……
ヒットした。掏摸のあの子が居た。
「貴女、キキちゃんっていうのね……微弱な火炎魔法ってしか書かれてないのは、組織にも隠すほどの規格外の威力だから?」
私は、あの子の異能の心当たりを反芻していた。
師匠の巨大図書館の蔵書に見た覚えがある。速読をやらされていた頃、目にして、ちょっと興味を引かれていた異世界の超能力について書かれた本だ。
あの転移はサイキックによる瞬間移動に間違いなかった。
超感覚的知覚(ESP)による発火現象は確か、パイロキネシスと呼ばれていた。
[報告]:運営様にガイドライン抵触の注意を頂き、此処のところ改稿に勤しんでいました
広辞苑に載っていない性風俗用語などチェックするのに、広辞苑アプリを買ったりして頑張りました
特にプロローグ部分とかは大幅に手直ししましたので、ご参照頂ければと思います
他にも細部にわたり念校致しましたので、手前味噌ですが全体の完成度は上がったのではないかと自画自賛しています
ただの駄文が、少しマシな駄文になったのではないかと……
お読み頂いていた方には、ご迷惑をお掛けしましたが、引き続きご愛顧頂ければと思います
独りよがりのストーリーですが、星やブックマーク頂くと励みになります……よろしくお願いします
糞掃衣=仏教では本来、出家僧侶は財産になるような私有物を持つことを禁じられており衣服も例外ではなかったので、価値や使い道が無くなり捨てられたぼろ布、死体置き場におかれた死者の衣服、汚物を拭う〈糞掃〉くらいしか用の無くなった端布を拾い集め綴り合せて身を覆う布を作った/布は在家者と区別するために草木や金属の錆を使って染め直され、黄土色や青黒色をしていた
吉祥天=仏教の守護神である天部の1つで、もとヒンドゥー教の女神であるラクシュミー(Lakṣmī)が仏教に取り入れられたもの/功徳天、宝蔵天女ともいう/ヒンドゥー教ではヴィシュヌ神の妃とされ、また愛神カーマの母とされる、仏教においては父は徳叉迦、母は鬼子母神であり、夫を毘沙門天とする/毘沙門天の脇侍として善膩師童子と共に祀られる事もある
迦楼羅=インド神話の神鳥ガルダが仏教に取り込まれ仏法守護の神となった/口から金の火を吹き、赤い翼を広げると336万里にも達するとされ、一般的には鳥頭人身の二臂と四臂があり、龍や蛇を踏みつけている姿の像容もある/鳥頭人身有翼で、篳篥や横笛を吹く姿もある/龍蛇を喰らうように衆生の煩悩〈三毒〉を喰らう霊鳥として信仰されている
ハギス=茹でた羊の内臓〈心臓、肝臓、肺〉のミンチ、オート麦、たまねぎ、ハーブを刻み、牛脂とともに羊の胃袋に詰めて茹るか蒸したプディングの一種
様々なバリエーションが存在し、内臓は主として肝臓が使われるが、心臓や腎臓を使う場合も多い/こってりしており、スコッチ・ウイスキーとともに供せられる
ニゲル=有茎種〈立ち上がった茎に葉をつけ、頂部に花を咲かせる〉のクリスマスローズ/常緑の多年草で清楚な白い花を横向きに咲かせる/葉はやや肉厚で、種小名の「ニゲル」は黒を意味し、根が黒いことに由来する/本来、「クリスマスローズ〈christmas rose〉」はヘレボルス・ニゲルの英名
カリブラコア=ペチュニアによく似た小輪花を長期間咲かせる草花で鮮やかな黄花やオレンジ花、チョコレート色の花もある/開花期は4月〜11月
葉牡丹=アブラナ科アブラナ属の多年草で園芸植物としては鮮やかな葉を鑑賞する/鑑賞期は冬から春
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