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20.魔王城陥落


挿絵(By みてみん)




 善行を積むのは難しい。私達には徳が無く、誰かを導けるような柄でもない。

 でも、ソランに宛てた手紙にだけは、悪人を倒したよって話じゃなくて、善人を救ったよって話を書きたかった。




挿絵(By みてみん)




 対魔族連合軍(ユニオン)の本部は、ここアルメリア大陸の中央都市国家ライデンの一部、聖教軍官舎などに間借りしていた。

 (ろく)な戦果も挙げられず、強権を発動している割には肩身の狭い思いをしている。盟邦16ヶ国それぞれの軍事主席からなる行動評議会は今日も閑古鳥(かんこどり)が鳴いている。

 半分以上の加盟国が予算削減と、自国の内政整備を理由に欠席が続いていた。

 アルメリアの国主達は押し並べて、長引く戦乱に本気で魔族軍と闘う気などはとうに失くしてしまった。


 評議会室は円卓の半分が空席だった。

 今日、緊急の召集があったのは他でもない、情報収集班が入手して来た一部の奇妙な新聞が元凶だった。

 隣国シェスタの中央報道局の印刷技術を遥かに凌駕(りょうが)した、その新聞は色が着いていた。

 私も天眼鏡で、隅々まで目を皿のようにしてみたが、インクの滲みの無い、不思議なほど緻密な物だった。

 問題はその記事内容だ。


 “デイリー・ツーリスト”と称するその新聞は、隣国シェスタのハイランド地方を根城にする冒険者チームが、国境の検問で引っ掛かった際に没収された物だった。

 何でも、宿泊所でただで配られたものだから特に惜しくはないとリーダーが検閲隊に恭順して見せるのに、メンバーの女が一生の思い出だからと泣き(わめ)いたとか、(わめ)かなかっとか、伝え聞いているが、真偽の程は定かではない。

 検問所の魔導分析班を皮切りに、幾つかの解析チームの手を経て最後には伝手(つて)があり対魔族連合軍(ユニオン)に持ち込まれたが、何処の分析魔導士も、その来歴を解き明かすことは(かな)わなかった。

 徹底的な魔術を受け付けない処理が(ほどこ)されているのか、あるいは真っさらにその因果が抹消されているのか、そのどちらか、もしくは両方だった。


 問題はその掲載記事の内容が、常軌を逸して到底受け入れ難いものだったからだ。


 「これは、まだ人類側の誰もが知り得ない内容だ、しかも人類側の視点で書かれている……貴殿等は、(まこと)だと思うか?」


 評議会委員長にして連合軍の盟主、ユーゲント・フォン・サミュエル議長が、その重低音のような声音をさらに重苦しいものに変えて、各国の軍属代表に問うてくる。

 歴戦の勇者という程ではないにしろ、自国では幕僚長や師団長クラスの役職にある強面(こわもて)の将軍達が、ユーゲントの眼力の前では一溜(ひとた)まりも無い。

 皆が皆、借りて来た猫のように押し黙ってしまう。


 ユーゲントの風貌が、彼の威圧に拍車を掛けていた。

 顔の右半分、顳顬(こめかみ)から(あご)に掛けて深く刻まれた三筋程の(えぐ)れたような爪痕が、(いわお)のような武者顔(むさがお)を更に(おそ)れげなものに変えていた。

 若い頃にさる魔人との一騎討ちで負ったものだとか、伝説になっている邪竜討伐の際の古傷だとか色々尾鰭(おひれ)の付いた噂はあったが、何のことはない彼がまだ若い頃に、ゴブリンの振るうメイスにやられたものだと本人の口から聞いている。

 中には居るのだ、整形魔術で綺麗に治る傷を勲章と称して残したがるような(やから)が。


 「……見て来たような嘘を書くには、これは出来過ぎていると思われます」

 このままでは、一顧(いっこ)だにされぬうちにお蔵入りされて仕舞うのを(うれ)えて、口を開く。

 ユーゲントは悪い男ではないが、頑迷な保守主義者だった。


 「ふぅむ、卿はこの戯言(ざれごと)が真実というのだな?」


 「(にわ)かには信じられませぬが、検討の価値はあるかと」


 それはまだ、人類の誰一人として見たことのない近代魔王城とその城下についての仔細な情報だった。

 エビルズ・パレスと人類側が呼称する現在の魔王城は、噂と憶測ばかりで、我等対魔族連合軍(ユニオン)も、冒険者ギルド連合でさえも何処にあるのか知り得ぬのに、ここにはその姿さえ写されている。

 鏡海と呼ばれる淡水湖の中央に築かれた魔王城は、四方を断崖絶壁のノーラン瀑布(ばくふ)と呼ばれる滝に囲まれた天然の要害に守られている。

 その新聞に依れば、魔族側ではこの7つの尖塔を持つ現魔王の巨大な居城を、“プルートニオン”と称した。

 静かに見える湖面だが、幻獣水棲馬(ケルピー)(わに)の魔人セベク、マーマン、ダゴンの半獣魚人を初め、悠に50種を超える水性の魔類が蝟集(いしゅう)していて、それらは全て地獄の水獣魔人にして魔王配下の八大魔将軍が一人、リヴァイアサンに統括されているらしい。

 記事には、それぞれの能力や弱点さえ掲載されていた。


 「この記事にある、鏡海を取り囲む城下、魔王綾都の守備隊とされる親衛師団“ニヴルヘイム”を(ひき)いる八大魔将軍が一人、ニーズヘッグの名は我等も耳にしたことがあります」


 「……そんなものは、根無草の吟遊詩人でさえ知っておる」


 「私の手の者は、この新聞の出処(でどころ)とされる幻の宿屋、“ホテル・ナンシー”なる宿泊施設を探っておりますが、何せ神出鬼没とされる建造物ゆえ、手掛かりも少なく苦戦しております」

 「だが、この不思議な宿が出現するとき、3人の御使(みつか)いが少なからず目撃されている……そう判明しています」


 「馬鹿馬鹿しい、そんなものは根も葉も無い噂に……」



 ドッ、ゴオオォォォォンッ、

 突如、天地を引き裂く轟音に度肝(どぎも)を抜かれ、咄嗟(とっさ)には何が起こったのか分からない。

 ガラガラと崩れる瓦礫(がれき)に誰も押し潰されなかったのは、運良くも単なる僥倖(ぎょうこう)でしかなかった。全員逃げ惑い、何名かはあろうことか不甲斐なくも腰を抜かしてさえいた。

 何かが天井を突き破って降って来た?

 衛兵役の隊士が扉を突き破って雪崩(なだ)れ込んできたのは、(むし)ろ誉められるべき行動力とも思えた。


 (奇襲!)、剣の柄を握り締め、濛々(もうもう)たる建材の砂埃の中で状況を確認すると、何か大きな物体が居た。


 「邪魔するよ……」


 響き渡る大きな声に射竦(いすく)められてしまう。不自然に大きな声は、拡声魔術か何かだろうか?

 よく見ると、それは異形の乗り物のようで、大きな腕と鳥の足のような逆関節の3本の長い脚に支えられていた。

 高いところにあるチャリオットのような搭乗部分は、何か大きな透明ガラスで覆われている。

 ガラスが開いて、一人の異邦人が音も無く降り立った。


 その者は白金色に輝くフルフェイスの兜を脱ぐと、肩ほどもある緩くウェーブした髪をほぐすように軽く頭を振った。

 間違い無く3人の御使(みつか)いの一人だろう。見たことも無い天上の美神のような容貌と額の赤い印は、伝え聞く特徴と完全に合致する。

 見惚れると言うか、その美しさは一種凶器のようでさえあった。


 「何奴か! ()えある我がユニオ……」


 がなり立てようとする頑迷(がんめい)で意固地で、想像力皆無のユーゲントを(にら)むでも無く、ただ見遣(みや)っただけだったが、そのプラチナブロンドの女神は、かの老獪(ろうかい)の言葉を奪った。

 サイレント、静音の魔術だろうか?


 「あたしはドロシー、贖罪(しょくざい)のために巡礼の旅をする者だ」

 この場の誰もが、その美声と奇跡のような瑠璃色(るりいろ)の神秘的な瞳に魅せられていた。


 「西ゴート帝国の世襲剣聖が第一席、ロバート・ジュニア・トレド二世とは、貴方で間違いないか?」

 何故かこちらを真っ直ぐ見つめてくる女神は、奇怪(きっかい)なことに私を名指ししてきた。


 「私だ……」

 完全に戦乙女の威に気圧(けお)された私は、かろうじて答えた。


 「形骸化した対魔族連合軍(ユニオン)で、唯一話の分かる男だとシュバルツバルト・ビターソルトに聞いた」


 「ビターソルトですと? シェスタ国で辺境巡視隊の隊長をしているビターソルトのことですか?」


 「そのビターソルト殿だ、(ゆえ)あって私の弟子が試合った」


 「奴は、ビターソルトは息災(そくさい)ですか?」

 懐かしい名前を聞いた私は、こんな際だというのに思わず問うてしまった。


 「あぁ、達者だ、家宝の聖剣を連合軍に取り上げられたのは相当恨んでいたけ、ど、ねっ!」


 抜く手は見えなかった。刀身も見えなかった。

 破壊された円卓の反対側に立ち(すく)むユーゲントが、自身の大剣を引き抜こうとして(つか)を握ったまま、鞘から覗く大業物の剣身を鍔際(つばぎわ)一寸下で両断されていた。


 「爺さん、年寄りの冷や水は命を縮めるよ」


 残心の形に腰を落としたまま、戦女神の握った得物らしきものの柄には刀身が無かった。

 いや、気配はある。見えていないだけで、確かに刀身は存在している。しかも気配が確かなら、(わず)かに伸び縮みしているようだった。

 女神殿からユーゲントまで、円卓を挟んで3(げん)以上離れていた。寸断する瞬間に刀身が伸びたのだと想像される。

 それは我等剣士には、想像し難い驚異だった。

 自在に伸びる不可視の剣、それは全く間合いが読めないことを意味する。


 カラーンッ、ガチャッ、と蒼褪(あおざ)め自失したユーゲントの手から離れる今は鉄屑と化した剣と鞘の転がる音が、無慈悲に響いた。


 「魔族の討伐や撲滅そのものは、あたしらの悲願じゃあない、ただ行く先々で魔物の害に泣く人々を見るにつけ、魔王軍の勢力を削ぐ必要性を感じた、これから魔王城とその最高戦力たる領都を殲滅する」


 「今……何と、言われました?」


 「魔王と魔王城を誅戮(ちゅうりく)すると言ったのだ」 


 我々人族の歴史の中では、初代の頃の勇者を除き誰もなし得なかった偉業をことも無げに平然と告げる人間離れした美貌の娘は、本当にヒトだろうか?


 「わざわざ連合に断りを入れるつもりも無かったのだが、ビターソルト殿に親書を貰ってしまったのでな、無にするのも悪いので貴方に生き証人として同道して貰うことにした訳なのだ」

 言うと、ビターソルトのしたためたと(おぼ)しき封印された親書を投げて寄越す。


 「という訳で、今から一緒に来て欲しい、何、手間は取らせない、作戦自体は一日で終わらせるつもりだ」


 「ドロシー、弱っちい爺いが何か言ってるんだけど……“儂も連れてけ”だって」

 先程の拡声魔術の音量で別の女性の声が響いた。

 御使(みつか)いは全部で3人、怪異な乗り物が3台なのは気付いていた。


 「時代を見れぬ老害を連れても、あたし達に益は無いが、腐っても連合の重鎮(じゅうちん)とやら、まだ役に立つこともあるやもしれぬ……仕方ないな、エリスの機体に載せられる?」


 「えぇ、やだよ、臭い爺いなんてハンド・クレーンで下げてきゃいいじゃん」


 「ふふっ、それもまた一興か、あたし達の望まぬ同道者がどういう扱いを受けるか身を以て知って貰うとしよう」


 「評議長とやら、あたし達の作戦基地はかなり高いところにある、途中の移動では空気も薄く、外気は氷点下になるかもしれない、何の装備も身体強化も持たぬ者は生き残れるかも怪しいが、お前が望んだので連れて行ってやることにしよう」

 そう言うと、プラチナブロンドに亜麻色(あまいろ)の混じる髪の美女は妖しく微笑(ほほえ)むのだった。




 ***************************




 そこは、天上に浮かぶ壮麗な(みやこ)だった。

 我等の本拠がある都市国家ライデンの何倍もの敷地がある大地は、驚くことに船の甲板だという。

 更にプラチナ色に光る何処も彼処(かしこ)も、実際のプラチナで出来ているということであった。


 見たことも無い巨大な尖塔群が艦橋だという。人類文明には、このような巨大な構造物は比較するものすらないように思えた。

 てっきり艦橋に案内されるかと思ったが、タクティカル・ルームは下にあるという。

 地下に動く乗り物も初めてだったが、建物の中のツルツルした材質や塵ひとつ無い清潔な環境は目を見張るものがあった。


 やがて通される照明を抑えた巨大な講堂のような場所は、大小無数の魔鏡に埋め尽くされていた。

 モニターとかスクリーンとか呼ばれるそれらの映像は、一番大きなもので幅20メートルもあるだろうか、それが2分割や4分割、時にはそれ以上に刻々と変化し、大学都市の階段講堂のように段々になった場所にコンソールと呼ばれる操作卓だか制御卓だかのボックスが無数に配されていたが、我等の他に人の姿は無く全て自動で動いているらしい。

 無人の環境で、それらの複雑な機械がチカチカ光ったり、よく分からない何かが独りでに動いていく様子は不気味ですらあった。


 「見ろ、あれがニーズヘッグだ、蟷螂(かまきり)みたいな顔してるだろう?」

 「前衛の突撃部隊は巨神竜ファフニールで構成されている、50匹ほどだ」


 私達はモニタリングとかを兼ねている作戦室で、魔王軍首都の戦力配備の全貌を聴かされていた。

 先程、黒髪を束ねステラ殿と名乗ったドロシー殿に勝るとも劣らない美神に、チューブ付きカンティーンを手渡された。

 コーヒーだという。

 吸ってみると、極上のコーヒーだった。チューブで吸うのも気にならぬ程の旨さだ。

 連合軍で飲んでいる(まが)い物とは全然違う。

 度重(たびかさ)なるカルチャー・ショックに衝撃を受け、疲弊してしまった脳が安らぐように思えた。


 「魔王城にはあたしとステラ姉、エリスが撃ち込む、ナンシーが焦点を固定したので、幾多の結界に(はば)まれた城内への直接転移が可能になった」


 ブリーフィング・ルームというところに移動して、更に作戦の内容が説明された。

 壁一面に詳細な地図が映し出され、所々に魔物の勢力や分布などの説明が明滅する。

 簡単な軽食と称されて、食事が供された。プレートに乗せられた器は簡素なものだったが、ビーフ・シチュー、クリームパスタ、テールスープに、野苺のソルベ、それぞれに絶品だった。

 最後に戦勝を祈念して、ウイスキー・タンブラーに一杯だけ酒が出された。

 初めて味わう風味だったが、異世界のグレン・モルトを再現したものだという。運が良ければ、ホテル・ナンシーで購入できるそうだ。


 「師匠から貰った水銀魔術の(たね)は順調に培養(ばいよう)できた、親衛師団駐屯地と魔王の城下たる魔都ゴグマゴグには、自軍の水銀マンティコア2個師団、水銀ヘカトンケイレス1個師団を送り込んで制圧する……殲滅戦だ、保険にケルベロス・ドラゴンを付ける」


 「ケルベロス・ドラゴン! シェスタに出現したという噂は、やはり真実だったのですね?」


 「えぇ、プリちゃんはドロシーの一番最初の眷属ですよ」、ステラ殿が代わって答えられたが、プリちゃんとは何かが疑問に残った。


 「爺ちゃんのヘナチョコ剣じゃ、ここの精鋭魔族には針でついたほどの傷も付かない、くっ付いてくるのは勝手だけど足手纏(あしでまと)いと感じたら、その場で見捨てる」


 エルフにして絶世の美女、エリス殿の最後通牒(さいごつうちょう)にユーゲント議長は両の顳顬(こめかみ)に青筋を立てるが、口答えは出来なかった。

 すでに修復して貰っているが、ここに辿(たど)り着くまでの間に手足の指が凍傷になって()げ掛けた老人に、最早反駁(はんばく)するだけの気力は残っていなかったらしい。


 「仮眠室で少し横になってくれ、シャワー室も付いているから自由に使ってくれて構わない……使い方は音声案内があるからきっと分かる筈だ、明朝06:00(ゼロロクマルマル)時を持って本作戦を開始する」


 2メートルに少し足りない程だろうか、大剣などに比べると握りの部分が少し長く、軸はしなやかに細く黄金色に輝いていて、ピックの部分も黄金色の鉱石で出来ているウォー・ハンマーと思われる珠玉の武器に、ドロシー殿が磨きをくれていた。


 「さぞ由緒(ゆいしょ)ある得物のように見受けられますが、お訊きしてもよろしいか?」


 「うーん? 七つの属性を持ったこいつの威力は明日見せてあげるよ、魔王はこいつで仕留める」

 それきり口を閉ざしたかに見受けられたので、由来(ゆらい)を語る気は無いのかと思っていたら、暫くして続きが語られた。


 「あたしが師匠に(ゆず)られたものは他にもあるが、こいつは特別だ、こいつには“下手を打つな”という師の(いまし)めが籠められている」

 「あたしには少し長かったので、切り詰めて貰った……銘を“黄金の天誅(てんちゅう)”という、明日の総力戦、しくじるつもりはさらさら無いが、敵の大将首を()る以上、あたしらも本気だ、あたしがこれを握る時は……本気だということさ」


 「それより、やっぱりトイレとシャワーの使い方を教えておくよ、ついて来て……洗濯室と、他のサービスをする音声認識装置の端末も教えておく」

 気負い無く立ち上がられるドロシー殿の(きも)の太さは、我知らず身震いする程だった。




 ***************************




 翌朝、転送ルームというところに案内された。

 中央の転送機施設はどうやら隔壁で仕切られている。また複雑な機械やコントロール機器なのだろう何かに取り囲まれて、照明は打って変わって(まぶ)しい程だ。

 上方に時を示す時計があるのだが、どれがそうなのかさえよくわからない。

 複雑な天道の数値とか、各地域ごとの地方時間も並列で表示されているらしい。


 「すでに作戦は開始されている、魔都外縁より絨毯爆撃を先触れに先陣部隊が突入したばかりだ、進軍後15分ほど待って、あたしらも魔王城に飛ぶ」

 「15分趨勢(すうせい)を見る、全てを灰燼に帰すのが最終目標だが、領内に在る魔族、魔物を幼体に至るまでことごとく滅ぼす今回の目的のひとつが、充分に達成出来るかどうか見極める」


 転送ルームにも、モニターと呼ばれる幾つかの魔鏡があって、作戦地域の戦場の模様が映し出されていた。

 神話の中のような雲突くほどの巨人が、勇猛と突き進み、邪竜や魔族の巨獣を次々と殺戮していく。水銀で出来ているヘカトンケイレスは、その巨体に相応(ふさわ)しからぬ(はや)さで突き進んでいるようだ。

 その脚元では、討ち漏らす中型魔族を同じ水銀で出来たマンティコアが(そつ)なく(ほふ)っていく。掃討戦だった。

 反撃しようにも、すでに水銀製の大型ワイバーンが空から見舞った高温の爆裂魔法に、蹂躙された後だった。


 「プリっ、言った通り浄化炎で燃やしてくれてる? これだけ大量の魔族の死体が腐敗すれば瘴気(しょうき)の雲が出来てしまう、頼んだ通りやってくれてるよね?」


 「……つまらん役回りだ、せっかく魔王領に来ているのに、なんかこう、もっと血湧き肉躍る強敵はおらんのか?」


 「いいからっ、ちゃんと命じた通りやって!」


 ケルベロス・ドラゴンの声を初めて聞いた。話せるのも初めて知ったが、さすがに地獄の底から響いてくるような声音だった。

 魔鏡にその姿は映らなかったが、(ほふ)られた魔族の死体から黒い炎が発火するとやがてそれは光る粒子になって消えていった。


 「作戦通りだ、あたしらも行くとしよう」

 「話した通りに、ロバート卿はあたしと、評議会の爺さんはステラ姉に追随する」

 「身の安全は保証する、あたしらに何かあれば、ナンシーが(ただ)ちに貴方達をここまで引き戻し、転送中もナンシーの鉄壁の安全シールドが守る」



 「今日、死ぬるつもりは毛頭(もうとう)無い、しかしいつ如何なる時も戦場に(たお)れる覚悟のこの身、例え(むくろ)を晒すことがあったとしても打ち捨てられよ……常在戦場(じょうざいせんじょう)、師の教えを守り我等は闘う」


 「ただ、もし武運(つたな)(たお)れることあらば、狂っていた頃の自分も、(みじ)めであった頃の自分も、本当の自分、重苦しい過去があって今の自分がいる、そのことを良くわきまえて、貴方のドロシーは()く戦ったと……」


 「裏切ってしまった幼馴染、ソランには伝えて頂きたい」




 ***************************




 評議長ユーゲント・フォン何某(なにがし)を伴って、魔王城の水際に転移して来ました。

 エリスが巨獣や巨神兵に変身するのに、お荷物を嫌がったせいでお爺さんのお()りは私の役目になりました。


 「お爺さん、あまり離れず、大人しくしていてくださいね」


 「あまり人を年寄り扱いせんでもらおう!」


 「(うるさ)いのも無しです、静音魔術で声を奪いますよ?」


 「くっ …………」


 どうやら、納得して頂けたようです。

 私は専用イベントリから、真に力ある唯一無二の“音の神器”、私が私のためだけに手にすることができた音を(つむ)ぐ器物としての頂点、ひとたび奏でれば必ずや奇跡を起こさずには置かない全能にして最強最適解の楽器、“ミュージィ”を取り出しました。

 名の元になった“電気兎”の妹さんの魂は、まだ黄泉(よみ)の混沌を彷徨(さまよ)っているのでしょうか?


 短い調べのワンフレーズを四回()き、今回の目的である大天使ミカエルの(うつ)し身たる受肉体を4体降臨しました。

 光り輝く巨大な彼らは魔王城と同じぐらいの背丈があります。

 出現と同時に彼らはザンブと湖に半身を沈め、私はその迫りくる大波を斥力結界で(はじ)いて凌ぎます。続いて彼らの神聖浄化の力が、湖に巣食う有象無象(うぞうむぞう)を次々と光の粒子に還元し出しました。

 湖面は、水中から発せられる浄化の光で、輝く白一色に一面染まっていきます。


 城の方は、レイク・ドノバンで出会った大百足(おおむかで)の姿と能力を写しとったエリスが、その全長15キロの体躯で暴れ回っています。如何な宏大な魔王城とはいえ、一溜まりもありません。

 吐き散らす腐敗溶解液は、さしもの頑健(がんけん)な魔王城の建造材をも溶かして行きます。

 あっと言う間に穴だらけになり、原型を留めないまでに崩れ行く魔王城は最早(もはや)自然崩壊を待つばかりでしょう。

 やがて甲冑の巨大戦神エインヘリヤルの姿になったエリスは、その巨大な戦斧(せんぷ)で七つの尖塔をことごとく断ち割っていきました。

 中に巣食う魔王の眷属も、(あらが)う術さえ無さそうです。崩れ、降り注ぐ瓦礫(がれき)を蒸発の結界で消し去りながら、私は消えゆく魔王城を見上げていました。

 ドロシーは守備よく、魔王の首級を()れたでしょうか?

 あの()の覚悟は私の覚悟、獲ると決めた以上、元より不撓不屈……余人の干渉など立ち入る隙があろう筈もありません。

 厳しかった師匠の一番弟子であるあの()に限って、下手は打たない筈ですが……


 「奥様を亡くされたのですね……その顔の傷は遺恨(いこん)を晴らしたときのものなのですね、だからこそ消さずに残している」


 「なっ、何故それを知っておる!」


 「失礼とは思いましたが、“ミュージィ”、この音の神器を奏でると過去の因縁を見通してしまうことがあります」

 「怒らないで聞いてくださいね、奥様が命を亡くしたのはゴブリンの恨みを買ったからです」


 「どっ、どういうことだっ!」


 「地方で魔物討伐の任にあった貴方の奥様は、ゴブリンの巣を掃討していました、()()()()()()子供も含めて」

 「ところが、斥候(せっこう)に出ていて難を逃れた子供の親に顔を覚えられてしまいます、魔物の親子の情がどのようなものか、実は私達にも正確にはわかりません」

 「でも、親ゴブリンは子供の(かたき)を討ちました、魔物側にも憎しみの連鎖はあるのです」


 「嘘だっ、魔物の恨みだなぞとっ、大体逆恨みではないか!」


 「逆恨みでも恨みは恨み、奴らに人間の正統性は通用しません……だからこその殲滅戦なのです、因果が残らぬよう、恨みを残しようの無いまでに徹底的に()らねばなりません」




 ***************************




 「Ω!」

 転移と同時に広範囲殲滅系の爆裂魔術を放つ。充分に短縮した高速詠唱に周囲、上下も含めて加速系小型熱核反応の光球が300程展開され、魔王城の眷属達を焼き尽くすばかりか、壁・床・天井の区別無く溶かしていく。

 気炎爆誕、不倶戴天(ふぐたいてん)、何がなんでも魔王を()る!


 「巡礼の徒、ドロシー推参っ!」


 「……何処から()いた? 今代の召喚勇者か?」

 正面の玉座に、山羊の角に獅子の顔、王冠を頂いた魔王が認められた。

 こうして視認すると大きい。座っていても5メーターほどもあるのではないか?


 「魔族語が喋れてよかったよ、クズ勇者の名前を出したのは下策だった、これでお前を100万回殺す理由ができた!」

 「クズと間違えた罰として、お前にはあの世で土下座して貰う」


 「えぇいっ、玉座が燃える、アスモデウス、アスモデウスはおらぬかっ!」


 近侍(きんじ)を呼ぶつもりか、だが腐っても魔王、さすがにこの高熱炉の業火の中でもビクともしていない。


 (どうした? 今代魔王は腰抜けか? こちらは足場の無い戦闘もエキスパートだ、側仕えが居なければ襁褓(むつき)も替えられぬ軟弱魔王とはわけが違う)

 肉声強化の限界から、思念放射に切り替える。すでに床は抜けて崩れ落ち、天駆で空中の足場を確保していた。


 (我を愚弄するかっ、虫螻(むしけら)の人間、“魔王の雷撃(デーモンズ・ボルト)”っ!)


 「結界虫っ!」

 およそモーションがあれば、私の(はや)さを超えることは出来ない。

 私を出し抜くなら、ノーモーション、タイムラグゼロの、掛け値無しの無拍子で仕掛けることだ。

 影に棲む眷属獣魔を呼び出すと共に、アンチ・マジックと相手の術の効果を遅らせる時間停滞魔法を無詠唱で重ね掛けしていた。

 さすがに効力の劣る無詠唱アンチ・マジックは跳ね除けられたが、術の威力は()いだ。

 更に術が到達する間を稼ぎ、私の最大防御のひとつ、無数の結界虫が立体五芒星(ごぼうせい)の形に幾重にも絶対防御を張る。

 黒い稲妻は、私に届かず(しりぞ)けられた。

 私の斜め上に、立会い証人として同道したロバート卿を控えているが、彼も大丈夫だ。ナンシーの物理、精神波両面の防御幕(バリア)に守られているが、更に私のもうひとつの最大防御、位相次元結界に最初から包まれている。


 すぐ側をオロチに変身したエリスの胴体が通り過ぎる。


 (近習(きんじゅう)のアスモデウスは、私が()った!)


 (ありがとうっ、エリス!)


 「☀️⚡️⚡️☀️☀️☀️☀️☀️⚡️☀️☀️⚡️⚡️⚡️⚡️、“魔王の暗黒時縛り”(ミレニアム・クロノス)っ!」

 ちょっとした隙を突かれてしまう。

 戦場に出てこない癖にさすがに闘い巧者(こうしゃ)、相手の隙を突くのが上手い。エリスに返事をした。たったそれだけの隙だった。

 光の速度にも対処する私の反射神経を更に上回ったばかりか、詠唱法には最初の一音発声と同時に結術する(しゅ)さえ掛かっている。

 紅蓮(ぐれん)の高温業火をものともせず言霊詠唱するのもさすがだが、魔族独特の高速詠唱は、範囲効果のある強力な時間停滞魔法だった。

 能力分析も充分し、テクニックに対するシュミレーションも繰り返した筈だったが、(あなど)ったか?


 どうやら私も動けないが、相手も動けない。

 ロバート卿を見やると、彼も固まっているようだった。意識はあるようだ。


 こう言う場合の脱出方法も散々師匠に訓練させられた。

 私はすぐさま阿字観(あじかん)月輪(がちりん)させると、体内を活性させる梵字(ぼんじ)呪文を唱えていく。停滞する思考を掻き集め、師匠から(さず)かった黄金の戦鎚を握り締める。


 (師匠! 力を貸してくださいっ)


 両手に持った黄金の戦鎚を脇構えに下ろし、停滞空間に逆らって水平に振り出す。

 力業だが、今はこれが最善手!

 あまりにも強く握ったので、鬱血(うっけつ)した掌から血飛沫が上がった。自動回復(オート・ヒール)が損傷を修復するが、痛みが阿字観(あじかん)の邪魔をする。

 派手に飛び散る筈の血飛沫が、停滞時間の中でスローモーションで拡散していく。

 遅々として進まぬハンマーヘッドは、しかしやがて速度を上げて弧を描き出し、それに連れて私も身体を回転させて振り回す。

 魔王の停滞魔法を打ち破った瞬間だった。


 そのまま、魔王に迫るや回転速度を上げて黄金戦鎚の闇属性がひとつ、“地獄の門(ハデス・ゲート)”を発動する。

 魔王は自らの術式で、自分も動けない。


 「天っ鎚いいぃぃぃぃぃぃっ!」


 魔王に撃ち込まれたハンマーヘッドは、“地獄の門(ハデス・ゲート)”を見舞った。


 (やったぞっ! 全部隊、撤収っ!)


 全軍撤退の指示の中、開いた“門”に引き摺り込まれる獅子頭(ししがしら)の魔王は、己れの身に降り掛かった、まさかの信じられない不測の事態に、断末魔の意識を放念していた。


 (……我が破れるなぞっ! 額の眉間緋色毫、まさか天秤(てんびん)の覇者なのか? 予言にある……)


 後は聴き取れなかった。




 ***************************




 ナンシーの転送ルームに引き揚げてきた。


 対魔族連合軍(ユニオン)の二人も無事のようだ。

 床に倒れ込み、肩で息を()いていたが、バイタルに問題は無いとナンシーが知らせてくる。


 モニターは“門”に呑み込まれる魔王城と湖を映していた。やがて広がる“門”は、ここ魔王領の首都、ゴグマゴグ周辺をほぼ呑み込むだろう。



 「やったよ、ソラン………」


 私、ステラ姉、エリスは感慨無量に、じっと滅び行く魔都を見詰めていた。


 会いに行けぬ幼馴染への、せめてもの罪滅ぼしに命を懸ける。

 先のことは分からないが、これが今の私達にできる精一杯だった。






いきなり魔王を倒してどうするこの後の展開?

2章は諸国漫遊記かぁ? 他の国のエピソードどうしよう? やっちゃったかな、これ?

誤字を受け付けております……漢字自信無いので


ケルピー=主に馬の姿をしていると伝わる幻獣にして水霊・水魔の一種/"その管轄内にいる人の死期を超自然的な光源や物音で予告したり、その人たちの溺死に関与したりもする、などと俗信される"と

18世紀の辞書にはみえる

セベク=古代エジプト人がナイル川に深く依存していたために非常に恐れられたことから、鰐〈クロコダイル〉が神格化された強大で畏怖される神であった

鰐の姿、また鰐の頭を持ち、ラーと同様の角・太陽円盤、2匹のウラエウスを組み合わせた頭飾りを付けた男の姿で表される

ニーズヘッグ=北欧神話に登場するヘビ、またはドラゴンで、「スノッリのエッダ」第一部「ギュルヴィたぶらかし」第15章によれば、ニーズヘッグはニヴルヘイムのフヴェルゲルミルの泉に多くのヘビと共に棲み、世界樹ユグドラシルの3つめの根を齧っている


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挿絵(By みてみん)

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別口で“寝取られ”を考察するエッセイをアップしてあります
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