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18.ホテルナンシーで朝食を[レイク・ドノバン編③]


挿絵(By みてみん)




 料理番組から、各国貴族名鑑、ガーデニング、名城紹介、紋章解説など様々な放送コンテンツを開発したナンシーでしたが、どうもアニメと占いの番組には食指が動かないようでした。




挿絵(By みてみん)




 以前、“電気兎”との対決でトーキョウを訪れた後にロンドンにも行って、大量仕入れで師匠に散々たかった後、実は夜も遅くなったので後学のためと、高級ホテルでスイートルームに一泊させて貰った。


 あの時の師匠は本当に太っ腹だった。

 巻き髭導師によると世界的にも有名なホテルだという建物は、(おもむ)きのある伝統的な宮殿のような造りで、部屋もアンティーク家具をはじめ高級な装飾品が集められた、スタイリッシュな部分と懐古趣味的な古典の世界が融合した非日常的な空間だった。

 料理も本格的な英国料理を楽しめ、翌朝はブリティッシュ・ブレックファーストを堪能した。

 エリスが、コールドミートの皿とグリル・トマトをお代わりし、ステラ姉は全粒粉の胡桃(くるみ)入りブラウン・ソーダブレッドを包んで持って帰った。



 …………………………お買い物ツアーから帰ってからの、師匠の修行の無理難題が3倍増しになったのは言うまでもないが、今でこそ語れる話で、あのときの鬼師匠のシゴキには久し振りに本気で死ぬ、と思ったのは嘘偽りも無く本当のことだ。

 エリスなどはここまで頑健(がんけん)になっているのに、またもやオシッコを漏らしたほどだ。考えても見て欲しい、最早ワンマン・アーミーと言って過言ではないエリスがオシッコを漏らすほどの過酷な訓練。

 ()く言う私は恥ずかしながらウンコを漏らした。別に花も恥じらう乙女のつもりは全く無いが、さすがにあれには(こた)えたなぁ(今も思い出すと遠い目になってしまう)。


 何所迄いっても、師匠の本質は嗜虐趣味の鬼教官だったということだ。ほのかに怒りすら覚える。



 で、この歴史ある老舗の一流ホテルなのだが、兎に角バスタブにしても、什器にしても、照明類にしても、とても洗練されていて、(ぜい)を尽くした優雅な空間は是が非でも私達の世界でも再現したいと思ったのだ。

 欲深い、他愛が無い、荒唐無稽(こうとうむけい)とわらわば笑え。

 技術的に可能かどうかはわからなかったが、この時分にはもうナンシーのテクノロジーで役に立つものは積極的に取り入れていこうと試行錯誤していたので、携帯型の高性能記憶素子カメラというか記録装置を、運良くも丁度試験的に持ち歩いていた。


 私達は建物のあちらこちらをハンドガンのような形状の万能記録装置というか、4Dカメラ(もど)きで撮り(まく)った。

 銃身の代わりに、あらゆる情報を電圧に変換する素子の受光部を持ったツールは、メイオール銀河の技術に()るものだ。

 その特殊なレンズは360度全方位を記憶素子に(とら)え、その対象の構造材質、加工方法や分子配列、来歴、その物の本質、必要な因果関係、撮影時点から前後3時間ほどの変化等々、その時に写り込んだ人物の記憶に至るまで、有りと有らゆる情報を読み込む。

 更に透過方式での多重読み込みが可能で、壁や天井のその先まで各焦点毎に記憶していく。

 何故こんな真似をしたのかというと、ナンシーの施設に3Dイジェクターなるものがあるのを知っていたからだ。


 それは完璧なデータさえあれば、本物と寸分違(すんぶんたが)わない物を復元できるシステム……持ち込んだデータから写り込んだ余分なもの、宿泊客やその所持品、搬入業者、従業員、その私物などの削除にナンシーの類推フィルターを持ってしてもしばらくかかったが、ついこの間ベータ版の再生に成功していた。

 電力、上下水道、ガスの供給などのインフラは発電施設や浄化槽などの超小型版を地下に埋め込むようにしてある。


 ナンシーに言って、空調などのバックヤードも含み不必要だと思われる埃や雑菌を徹底的に除去し、確認培地検査やダミーを用いた臨床病理検査を時短の加速時間環境を作って、絶対大丈夫というレベルまで裏をとった。

 師匠に言われていた検疫思想が頭に残っていたので、害虫や有害と思われる細菌の(たぐい)は完全に削除したし、実際に開業するとしたら生態系を崩す食品や植物、この世界に無い文明の利器は外部に広がらないように工夫した。

 絶対複製したり、真似したり、繁殖栽培などができないような制約が、それはもう病的なまでに隅々に付与されている。

 後々これは、ホテルブランドの販売品まで踏襲されていく。

 同時にご利用頂く宿泊客の安全を保証するための魔物除けや盗賊除けの結界システムも考えた。

 軍隊が攻めてきてもビクともしない強度に不壊属性化したので、布地の経師(きょうじ)に至るまで摩耗することもなくなった。


 次の課題は人間のサービスをどう付与するかだ。ドアマンからパントリー、厨房、警備室、ランドリー、ベッドメーキングに部屋のクリーニングや医療施設、バーバー、コンシェルジェにポーターと、高級ホテルともなれば様々な人の手になるサービスがある。

 これについては私達の意図を汲み取ったナンシーに幾つかアイディアがあるらしく、任せることにした。


 そこから先はナンシーの付加価値サービスだが、まず文字を全部置き換えた。

 ロンドンの英文字中心の表記を私達の世界の公用語、その他の地方言語、聖刻文字(ヒエログリフ)の並列表記に差し替えたのだ。

 やるじゃん、ナンシー!


 部屋のルームサービスの案内書や、お品書き、ルームキーの数字とドア番号、案内板の表示、チェックインカウンターでの様々な表示、レストランや喫茶室、ラウンジのメニュー、バーに並ぶ様々な酒瓶のラベル、レストルームのジェントルマン/レディ、ファサード内店舗の様々な販売パッケージ、異世界のホテルでは必ず置いてある聖書(バイブル)と言うやつは女神教の祈祷書を置くようにした。


 アメニティの化粧品のボトルや小物のパッケージ、異世界の健康志向からか、今日日(きょうび)のホテルではウエルカムドリンクに数種の瓶詰め天然水を置いてるのでそのラベル、とにかく文字が入るところは細大漏らさず入れ替えた。


 ご丁寧に“ホテル・ナンシー”のロゴまでデザインして、タオル、ヘアブラシ、ドライヤー、バスマット、ナイトガウン、スリッパ、数種類の洗顔石鹸、陶磁器製のシャンプーなどのディスペンサー、カップ&ソーサー、タンブラー、スティショナリーなどの様々な備品から、ダイニングのワイングラス、リキュールグラス、ウォーターグラス、プレート、ソーサー、ティーポットなどの食器類からナプキン、コースターに至るまで幅広く入れ込んである。

 ユニオン・ジャックというのだろうか、国旗が掲げられていた部分は、私達のシーリングワックスのシンボル、“竜とケルベロスと盾と乙女”の図案で織られたタペストリー・フラッグが採用された。


 ナンシーってば、思ったより凝り性だった。


 更には、私達の世界の住人が利用するときに戸惑(とまど)うであろう設備の注意書きを、懇切丁寧(こんせつていねい)に、かつ図解入りで設備自体にプリントしていった。

 水洗トイレの使い方はトイレの裏蓋に、バスタブの注意点はバスタブの底に、またパウダールームの給湯バルブの説明は洗面ボウルの中に……後者は、実際に湯や水が流れると透明になる工夫があった。

 ルームキーの取り扱いは、キータグが場面場面で音声案内するようにしてある。


 ロゴ入りキータグの出来を見て、私達も思い付いたアイディアをリクエストした。


 前に、甲板に自宅を建てていた頃、テント泊もしたが艦内の士官用宿泊室や当直仮眠室なども使わせて貰って、ベッドサイドにあった小型音声入力端末が凄く便利だなと思ったので、採用してくれないか頼んでみた。


 据付の呼び出し受話器とは別に、ルーム間の内線通話や館内に通じるTV電話も兼ねた、音声入力端末が各部屋に実装された。

 照明の点灯からエアコンディショナーの調整、ドアのオートロック機能、テレビモニターのオン・オフ、チャンネル変更も、宿泊客が喋るだけで自在にできる。

 これで予備知識が無い者でも、ある程度は部屋の設備に困惑しなくて済むだろうと思う。


 テレビ、そうテレビだ。私達は上層階の高級スィートルームに泊まったので、大型の6K液晶モニターが備え付けられていたが、番組内容を解析したナンシーが独自に放送コンテンツを作り出した。

 架空の放送局を50チャンネルほど想定して、報道、歌番組、天気予報、ドラマ、教養、紀行番組、映画専門チャンネル、冒険者向けお役立ち番組、グルメ、趣味、ドキュメンタリー、今日のラッキーカラーは、なんて言う占星術の番組まで含めて一手に制作し出した。

 剣の指南をする番組では各流派の練習方法の解説や、試合の模様なんてのがあったが、全て本物と見分けがつかない精巧緻密なヴァーチャル・リアリティで作られている。

 各地方の景勝地を案内する番組では実写だが、合成されるナビゲーターやキャスターはコンピューターグラフィックスで作り出されたものだった。


 万能のナンシーは、驚異的なまでに凝り性だった。


 ドラマは私達の世界の英雄伝説などを実写化したもの、過去の醜聞や感動ストーリーなどをドラマ化したもの、女性受けしそうな恋愛物などのオリジナル脚本と様々だった。

 冒険者向けの各都市ギルドの依頼内容をリアルタイムで紹介する番組、なんてのもあった。

 野営の仕方や、狩猟を教えたり、旅案内の教養番組、各地の遺跡の来歴を紹介する番組を試験放送で見せて貰ったが、思わず見入ってしまった。

 ナンシーの取材力は半端じゃない。生きている人間の誰よりもこの世界について詳しいかもしれない。


 テレビモニターは一気に20Kまでスペックアップされて、各部屋に付けられたが、ここまでいくとはっきり言って、2次元映像という以外は、(まさ)しく手で触れられる現実そのものだった。


 リベラルにこだわるナンシーが、何を思ったかアダルト・コンテンツをやると言うので必死で阻止した。

 折角の品位あるホテルなのにポルノ番組なんかが流れた日には、台無しだ。


 オリジナルには無かった吹き抜けのある2階建てアーケード街をホテル内に増設して、宝石店、高級文具店、お洒落なモードにこだわったセレクトショップ、定番のスコーンやマフィン、ベーグルなどを販売するベーカリー、贈答用のチョコレートを陳列した店、化粧品や紳士用品も扱うドラッグストア、ホテルのオリジナル商品を販売するスーベニアショップ、当然試飲もできる高級茶葉の店、各種回復薬やスクロールも置いた冒険者向けの武具店、アフタヌーンティー専門のティー・サロン、高級惣菜のケータリング・サービスもするデリカテッセン、左党のためのエールやスタウト・ビールを飲ませるスタンディング・パブなどを配した。

 したがってオリジナルより2階高い12階建てになった。


 ここいらで扱う商品の補充のために、オーガニックな食材や原料は有機生成せざるを得なかったが(小麦やカカオ豆、茶葉など)、そこから先の加工用の自動オートメーション工場や無人の工房、ペストリーキッチンなどをナンシーの艦内に専用区画として確保した。

 クラブ・ラウンジなどに置く新聞の多色刷り輪転機もここにある。私達が知るオフセット印刷の常識を、遥かに凌駕(りょうが)した技術が惜しげもなく投入されているようだった。

 基幹紙の他、各種職能ギルド向け専門誌も数紙、毎日発行だ。

 王都の名だたる新聞社より、よっぽど早くて正確だ。しかもカラーだ。フルのCMYKプラス特色8色のグラフィック印刷は、どこの世界でもあまり見られない技術だった。


 三度(みたび)いうが、ナンシーは凝り性だった。


 オリジナルの方は2030年代の現代で40年ほど前に改装し、地下に駐車場を備えていたのだが、ここを本来の目的である厩舎にするべきかどうか迷った。

 およそ私達の世界では、馬車などで旅をする者が大方だろう。

 旅人の利便を図るべきだが、地下とはいえ建物内が馬草臭くなるのは避けたかった。


 迷った末、リゾート地にある系列店の施設を参照に、地下にはスパを作ることにした。大きな風呂というのは私達の文明にはあまり見ないものだ。

 他の大陸には温泉地があるらしいのだが、少なくともシェスタ王国のあるアルメリア大陸では飲泉や、あったとしても蒸し風呂が主流だった。


 後日談だが、次の計画として全世界向けにスマートフォーン、タブレット、ノートPC普及計画を打ち出すに至り、私達はナンシーに待ったを掛けた。

 削除した方のデータやホテルの備品としてそれらの便利ガジェットはあった。

 ナンシーの能力なら幾らでも高性能化できるし、ナンシーの性格ならきっと異空間通信網なんてのを開発して、一人Web電脳ワールドを構築してしまうだろう。

 これは絶対ダメなやつだ。

 師匠にシバかれるやつだ。


 文明を過ぎたテクノロジーで汚染すると、おそらく私達は師匠に100回くらい殺されてしまう。




 ***************************




 モーニングコールとかいう人の顔が映る魔法の鏡で起こされる。

 私とゴメス伍長は最上階近くの豪勢な部屋に泊まっていた。何もかもが初めての体験で、異世界から移築した宿屋というのもあながち嘘ではないと思えた。

 貸し与えられたシルク製の寝巻きを脱いで、身支度(みじたく)を整え、洗面所に向かう。

 別のゲストルームで寝ていたゴメスの方が先に来ていた。

 鏡の前で洗面台と(にら)めっこしている。


 「どうした?」


 「あぁ、おはようございます、サー」

 「いえね、昨日教わった髭剃りの泡の瓶はどれかと思いましてね、キャプテンは覚えてます?」


 「これだろう、大体お前、そんな髭面なのに髭を剃るのか?」


 「見くびっちゃいけません、これでも私は髭を整えるのに毎朝生え際をアタるんです」

 銀細工の替え刃式T字剃刀を握り締め、何やら力説する。

 「それにこう言っちゃなんだが、こんな王侯貴族ですら泊まったことが無いような宿にいるんですから、出来るものは全部体験してみなくちゃ勿体無(もったいな)いです」

 「末代までの語り(ぐさ)ってやつでしょう?」


 「そうだな……」

 私は自分の分の剃刀を取り上げると、昨日の美し過ぎる戦神の構えた二つ折りの剃刀を思い出していた。


 「それにしても何があったんでしょう? 私の見聞きした従者メンバーの噂は、あんな無敵振りを発揮する(やから)じゃありませんでした」


 「まったくだな」

 私は、昨日の一触即発まであと一歩と言えば聞こえは良いが、実際は赤児の手を捻るように(あし)らわれ、結局は容認せざるを得なかった天上の乙女達のことをぼんやりと思い出していた。


 昨晩、事前に案内のあった朝食専用のモーニング・ラウンジに降りるため、エレベーターとかいう乗り物に乗り込んだ。

 これも異世界の技術なのだろう。勿論、昨日が初体験だった。

 3階のロビーに降りると隊員達が目的の食堂を目指しているのが目に入り、並ぶ者らと朝の挨拶を交わす。


 ゴメスが下の商店街にあった武器屋で、昨晩(あつら)えたセミオーダーのファルシオン(鎌形刀剣)を受け取りに行くというので、一緒に付き合った。

 朝も6時だというのに、王都以上に(きら)びやかなアーケード街はすでに多くの店が開店している。

 私は完全に物見遊山(ものみゆさん)のつもりで物色して歩いていた。

 ここの店はどこも(おおむ)ね、見たこともない大きなガラスが用いられて店舗内が良く見える。(あか)りの光量も尋常ではないようだった。

 文具店らしき店のガラスウインドウに陳列された懐中時計が気になって、ゴメスに断わってちょっと寄り道をする。

 精巧な造りの銀張りの懐中時計は、見栄(みば)えに比べて手頃な値段だったので購入することにした。しかも開店セールで半額だという。

 会計をした後包もうとした店員を制して、そのまま貰って行こうとすると、店員がいくつかの隠し機能を説明してくれた。

 底面にも蓋があり、なんと開けると地図が表示されていて世界中の地図が大きさも自在に見ることができる。

 単純に意匠が気に入っただけだったのに、どうやらとんでもなく良い買い物をしてしまったらしい。


 引き取りに行ったゴメスの依頼で仕上げられたファルシオンは見事な(こしら)えで、握りの革張りは印伝細工になっており、透かし彫りの(つば)と一体になったレイピアのヒルトにも似た拳のガードが美しい。肝心の刀身も申し分ない豪壮さだった。

 私も何か買いたくなって、剣帯ベルトとセットになったスローイング・ナイフを(あがな)った。


 大分油を売ってしまったが、開放的で豪華な造りのラウンジ入り口に遅れて辿り着くと支配人らしき者に案内される。

 このホールも金色の彫像や重厚なシャンデリア、緻密な柄の絨毯、大きな極彩色の陶磁器に生けられたゴージャスな花々に彩られる華美な空間だった。

 立派な給仕服の男に先導された先には、驚いたことに昨日の女神3人組と私が敗北を(きっ)した少年が朝の食事をしていた。

 少年に目礼されるのに、軽く返礼する。


 ドロシー・ベンジャミン嬢に法外の宿泊を与えて貰った礼をと、最高礼の右手を左肩に当てたお辞儀(じぎ)を試みるが途中で制された。


 「あぁ、堅苦しいのは無しだ、大体貴人や主君に対する忠誠の最敬礼を私に向けてどうする、本来であれば騎士長格の(くらい)のある貴殿の方がずっと目上だ」

 「一緒のテーブルにお呼びしたのはこちらだ、四方同席、あたし達に遠慮は要らない、髭の騎士殿もどうぞこちらへ」

 同じテーブルに着くように言われ、支配人の引く椅子に腰掛けた。


 「プレジデンシャル・スイートはどうだったかな?」


 目の前には昨晩のメイン・ダイニングよりは幾分少な目のプレートとカトラリーが、美し気にセッティングされていた。

 給仕の(そそ)いでくれた少し苦味のあるオレンジ・ネクターで乾いた咽喉を(うるお)す。

 「思わぬ饗応(きょうおう)を振舞われて、恐縮です、あのような歓待をされては(かえ)って身の置きどころもなくなります」


 「ふふっ、そう(かしこ)まらないでくれ、」

 「ルームサービスを頼まず、皆で会食したのだろう? 部下想いの良い隊長さんだ」

 「サーレスとかいう副長は済まないことをした、あの手の狭量な男はどうも生かしておいても(ろく)なことが無いように思えてな、とは言え貴方の隊の人間を手に掛けたことは()びて置く」


 「いやいや、キャンキャン吠える野郎が居なくなって却って清々したぐらいでさ、ねぇ、キャプテン」

 ゴメスが(おおや)けには肯首できない同意を求めてきた。


 「ふふっ、本音を語れる腹心は得難(えがた)いな」


 「……あたし達も折角(せっかく)だから、この子にフル・ブレックファーストを体験させてあげたくてね、ここのベーコンは脂身がしっかり入ってて絶品だし、甘過ぎず旨味(うまみ)を加えたベイクド・ビーンズも万人が気に入ると思うよ」


 武人の体裁を外した女神殿は、(くつろ)いで不思議なくらい気さくな雰囲気だった。


 「ブラックプディングといって、血入りのソーセージがあるけど試してみて、わりとイケるから、地方ごとのレシピが違って、内臓入りとか色々あるから、食べ比べてみても楽しめるわ」

 一番年長と思われる黒髪の乙女、近くで見ると本当にこの乙女も美し過ぎて直視できないと思われるのに、ステラ殿がなんの(てら)いも無くメニューを差し出してくる。


 「パンはクロワッサンか、ざっくり割ってトーストしたイングリッシュ・マフィンをお勧めする」

 突き出してくるのが、そのどちらかなのだろう。今朝も絶世の美女振りに磨きが掛かったエルフ殿は、巡礼のマントで肌の露出を(おお)っていた。


 よくわからないのでお勧めのものをそのままに、焼き加減もお任せでオーダーを済ませる。


 「むっ、このスープは何ですかな? 食べたことの無い風味だ」

 ゴメスが本日のお任せスープを口に含んで、独り言(ひとりご)ちた。


 「うん、よくぞ聞いてくれた、この青海亀のスープはオリジナルの異世界でもすでに捕獲が禁止されて、幻のスープになりつつあるんだが、過去のレシピを基に更に磨きを掛けて再現したものだ」

 「旨味を極め、必要な雑味をギリギリまでに抑えて、ここまで澄んだコンソメに仕上げるのは、ちょっとした秘伝なんだぜ」

 「実験室の中じゃ、なかなかこうはいかない、それなりに試行錯誤が必要だった」


 「海亀を飼育されてるのですかな?」


 「いやいや、養殖などではない、肝心な食材の部位だけを複製してるんだ」


 (複製???)


 私は、疑問符だらけのくだんのスープを一口含んでみた。

 珠玉だった。

 一匙(ひとさじ)のスプーンの中に至福が満ちている。

 如何な宮廷料理でも、これには適わない……そう思わせる繊細で高貴な味わいがあった。

 私とゴメスは、もう一皿お代わりを所望した。


 「ところで、貴賓室の、あのテレビジョンというのですか? 流れていた映像でニュースとやらいうのはどうやら現実のことらしいと分かったのですが、ここドノバン湖の底に棲むという怪物……」


 「あれは本当の話ですか?」


 昨晩から気になっていた件を、おそらくはこの宿泊施設のオーナーであろう娘達に幸いにも顔を合わせることができた今、性急とは思ったが、思い切って尋ねてみた。


 「あぁ、ナンシーの取材力は確かだ、今日の“デイリー・ツーリスト”の一面を飾っている」


 新聞だった。王都と違い、田舎では滅多に入手もできないが差し出される新聞は、今まで見たことの無い色付きのものだった。

 私は目の前のスクランブルエッグや焼き立てのベーコンが冷めてしまうのも忘れて、その特集記事に見入っていた。


 原初の頃の魔王が敷設した時限式自動殲滅兵器。

 およそ1500年前に見舞われた惨禍(さんか)の様子が念写で掲載されていたが、山のような巨体は何か百足(むかで)かヤスデのように見受けられた。

 “オロチ”と名称するその怪物は、記事によると全長9マイルほど、およそキロメートルに換算すると15キロ程だろうか?


 何か呪いのようなもので、惑星配列とかに起因して本来の殲滅兵器としての機能が発現し、溶解液を吐き、腐れの毒気を振り撒いて周囲を蹂躙するらしい。

 一旦()らした緑野は再び息を吹き替えすのに、500年は要するのだとか……ここハイランドに岩盤地域が多いのには、そういった訳があるらしかった。


 「どうされるおつもりですか?」

 到底信じ難い話だったが、彼女達がここに居るのは偶然とは思えなかった。


 「まだ、決め兼ねている、実はここにいるマクダネル君のことを幼い頃から見守ってきたのが、このオロチだ」

 「どうも、ナンシーの調査でも本当に温厚な奴らしい」


 ドロシー殿が粛清(しゅくせい)した村長、その娘でローラというかつての勇者ハーレムの同僚が息を引き取る際に願い事を二つした。

 (いわ)く、パーラメント・マクダネルという近所の貧しい家の子がどうしているのか見てきて欲しい。

 もし不幸で、手を差し伸べられるなら差し伸べて欲しい。

 そして二つ目が、村の言い伝えに残るレイク・ドノバンに棲むという謎の怪物の真偽と、もし可能なら村から後顧(こうこ)の災厄を取り除いて欲しい。


 そう言い残した彼女の遺言を守るために、ロック・マックィーンまでやってきたと、ドロシー嬢方は明かしてくれた。


 「望郷の念が無い筈はないローラさんの心情が、あたし達には痛い程に良く分かる、遠く離れた地で朽ち果てることを選んだ彼女の願いは、必ず叶えてみせる」


 「ただ、マクダネル君の心の(かて)だったことも事実だ、できればこれからもそうあって欲しい、だから悩んでいる」


 「しかし、記事が正しければオロチとやらが、兵器として覚醒するのはここ一ヶ月以内、時を(いっ)すれば大変なことに……取り返しのつかないことになりはしませんか?」


 「その通りだ、だから悩んでいる」

 強い意志の視線が、昨日垣間見た毅然たる真正戦乙女(いくさおとめ)の如き、立ち(ふさ)がる何物をも貫き通す強い視線が(よみが)えっていた。


 「プライドも忠義も無くしたあたし達だが、今はただ贖罪のための旅をしている、世の中に理不尽なこと、不幸なことがあって、あたし達の介入でそれが正せるのなら、そうするつもりだ」


 「見過ごせないと感じたものは、放っては置けない」


 「世直しをするつもりも無いし、衆生を救うような資格も無いし、不平等を正せる力も無い、それでも救える者に手を差し伸べられるなら、そうするつもりだ」

 「それが、あたし達の巡礼だと思っている」



 ステラ殿が黙って憂えている少年を励ますように声を掛け、頭を撫でるように彼の髪に触れる。


 「君は必要以上に悩まなくてもいい、お姉さん達に全部任せておきなさい、きっといい解決方法を見つけてみせるから、ねっ」  




 ***************************




 結局、濃い紅茶を喫して彼女達は()して行った。


 明日、直接湖に潜ってみるのだという。

 不測の事態が起きるやもしれず、念のために村の民間人を一時避難させて欲しいとの要望を、快く請け負った。


 ドロシー殿達の不退転の心意気には、深く感銘した。

 人はそれを、今は(すた)れてしまった”騎士道精神”と呼ぶのだろう。






構成力が無くて、行き当たりばったりでやってるのでレイク・ドノバン編は4話になってしまいました

書いていて自分は楽しいですが、読んで面白いかはまた別物でしょう

どうも今回は妄想に走り過ぎました、退屈と感じた方はご容赦ください

私、基本バカなので


ブリティッシュ・ブレックファースト=中世イギリスの富裕層の朝食にはパン、茹でた牛肉や羊肉、チーズ、ニシンの塩漬け、ビールもしくはワインが並び、19世紀のヴィクトリア朝時代に、一般に知られる「フル・ブレックファスト」が成立する

地方ごとに特色があり、目玉焼き、ブラックプディング、肉の加工品や、マッシュルーム、ベイクドビーンズ、ハギスなどが並ぶ

パントリー=食品や飲料の他、日常使う頻度の少ない調理器具や什器類をストックするために利用される食品貯蔵庫や食器室のことだが、飲食店やホテルでは、厨房から運ばれてきた料理を盛りつける配膳室を指す

コンシェルジェ=宿泊客のあらゆる要望、案内に対応する「総合世話係」というような職務を担う職業名として使われる、宿泊客のあらゆる要望に応えることをそのモットーとしている

アメニティグッズ=宿泊施設〈ホテル、旅館、その他〉で用意される宿泊客専用の客室設備の総称としても用いられ、なかでも特に石鹸、シャンプー、歯磨きセットなど一泊用の使い捨て備品を指すことが多く、これらは基本的にバスルーム用の小物類であることからバスアメニティと呼ばれることが多い

アフタヌーンティー=イギリス発祥の喫茶習慣にして紅茶と共に軽食や菓子を摂る習慣である:紅茶の他にスコーン、ケーキ類といった菓子が供され皿に盛った軽食・菓子が3段重ねのティースタンド〈トレイの一種〉に載せられる、ティースタンドはアフタヌーン・ティーにおける象徴的なアイテムである

デリカテッセン=デリカテッセンで扱われる食品はハムや、ソーセージ、チーズ、パン、オリーブ、サラダなどが主で、量り売りであることが多く、デパートやスーパーマーケット内部のデリコーナーである場合と、独立した商店である場合がある/アメリカ合衆国では独立したデリはソフトドリンク、低アルコール飲料〈ビール等〉、生活雑貨等も取り扱っており、コンビニエンスストアの役割も果たしている/注文に応じてサンドイッチを作ってくれる店舗が多く、店舗内に飲食設備を設けてファスト・フード店、またはカジュアルレストランとなっているところも多い/高級なデリカテッセンではワイン、パテ、キャビア、フォアグラなどグルメ食品なども扱い、ヨーロッパではむしろグルメ食品店として機能している

ファルシオン=起源は13世紀に北欧で生まれたという説やアラブ諸国に学んだという説があるがアラビア文化圏のシャムシール〈シミター〉がヨーロッパに取り入れたという説よりもゲルマン民族のサクスから発達したという説が有力である/ドイツには“大きいナイフ”を意味するグロスメッサ―〈または省略してメッサー〉というファルシオンに似た武器があり、またクリークスメッサ―と呼ばれるメッサ―の両手剣バージョンもある/ファルシオンは特にその断ち切る威力と短い刀身という特徴から狭い場所での戦闘や乱戦でも十分に斬りかかる事の出来る刀剣であったと考えられる

レイピア=刃渡りは1メートル前後、幅は2.5センチメートルかそれ以下、全長1.2メートル前後のものが標準的で重量は1.3キログラムほどあり、見た目よりも重い/多くの場合、装飾を施した柄や手の甲を覆う湾曲した金属板などが取り付けられている

ヒルト=レイピアの特徴の一つである複雑な柄は「曲線状の鍔をもつ柄」という意味のスウェプト・ヒルト〈Swept Hilt〉と呼ばれ、ダガーにも同様のものが見られるが十手のようにフックがついたものや、柔らかなカーブを描いた鍔には、相手の剣を絡めとり折ってしまう目的があった


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