80:七日前の貴方の一日を教えて
リゼル達が迷宮探索の初日を終えた夜、ナハスは宿主へと伝言を伝えにリゼル達が泊まる宿を訪れて酒を交わしていた。
休日な上に久々に会ったのならばアスタルニアの男としては飲むのが当然でもある。リゼル達がいなくなれば宿泊客は家族一組である宿では夜に時間を作ることも容易で、伝言を告げて去ろうとしたナハスに対して「何だかキャラ濃い人達が居なくなってやけに寂しい俺を置いて行くとか鬼すぎる」と言いながら引き止めた宿主によって今宵の酒盛りが決定した。
「大体貴族なお客さんいない時の二人が怖いんだよマジで。単品で会った時のあの愛想の無さ何なの。獣人なお客さんとか何聞いても“は?”ぐらいしか言わないからねマジで。ちゃんと答えてくれるのなんか飯の話題だけな上に何か作って欲しい時しかまともに話しかけて来ないけどその度にちょっと嬉しく思っちゃうのはイケメンマジックか!」
「全く変な所で愛想の良い奴だな」
「一刀なお客さんとかむしろ単品で対峙したら死を覚悟するんですけど。俺別に殺気も何も分かんねぇけどただひたすら怖い。別に何かされる訳じゃないし基本こっちに無関心だけど怖い。でも常識的なとこ見るとギャップで数倍良い人に見える不思議法則働くんですけど何で!」
「自分から面倒事は起こさない男だと思うぞ」
愚痴っている割にその言葉の中には少しの悪意も無いのだから気に入らないという訳では無いのだろう。ナハスは酒を飲んで顔を赤くする友人を見ながら、自分も酒を呷る。
どうやら宿で問題を起こしてはいないようだ。宿主にとっては振り回される日々のようだが、仕方無いなぁ全くと満更でも無さそうな顔を見る限り楽しんでいるらしい。
普通の宿では無くこの若干思考が特殊な友人が経営する宿を紹介した甲斐があって何よりだとナハスは力強く頷いた。
「まーこの二人は貴族なお客さんと一緒だと何つーの壁が薄くなるっつーの? 近寄りがたさが少なくなるっつーか凶暴な魔物が鎖付けられたから一定距離までは近付いて大丈夫っつーかそんな感じ」
「あぁ、それはかなり近い表現かもしれないな」
問題はその鎖を引いている人間が宿主曰く凶暴な魔物を制御するつもりが全く無いという事なのだが。魔物自ら差し出した鎖を微笑んで受け取り、引っ張りも躾もせず握っているだけだ。
「貴族なお客さんぐらい他の二人も穏やか優しく接してくれれば俺の胃に優しいのに。流石最近近所の子供達から“王子さま”の称号を貰ってるだけある。普通“王子さま”なんてあだ名爆笑モノの筈なのに納得しちゃっただけあって凄く高貴だけど意外と親しみやすいってかお高くとまってないとか誰得だよ俺得か」
「全く、一番上なんだからもう少ししっかり下の面倒を見てくれないと困るな」
「何それパーティリーダーだからメンバーの面倒見ろってこと? 何でお前さっきからちょいちょい母親目線になるの? 何なの?」
面倒見は良いものの感情に流される事は決して無い割り切り上手が良く自分から世話を焼いているものだと、宿主は自分を棚に上げてやれやれと溜息をついた。
その夜は一晩中とあるパーティのお陰で話題が尽きなかった事は言うまでも無い。
“人魚姫の洞”の踏破を始めて二日目、リゼル達は初日と変わらず白い石を組んで作られた海底遺跡の回廊を進んでいた。
迷宮は一つ一つの個性は強いが、入ってしまえば最深層まで似たような景色が続く事が多い。一階層ごとに構造が変われば攻略困難になるとは分かるものの、代わり映えしない景色は直ぐに慣れてしまいリゼルにとっては少々つまらなくもある。
しかし透明度の高い水の中、確かに浮力はあるものの多少の違和感があるのみで容易に歩けるし、その割に泳ごうとすれば泳げるという理解出来ない空間は面白い。
「これ、迷宮から出たら大変そうですね」
「何で?」
「絶対体が重く感じると思いますよ」
へーと言いながらイレヴンはゼリー状の透き通った魔物を斬った。
水中エレメントと呼ばれる魔物は名の通りほとんどエレメントと変わらない性質を持っている。薄らと色を持つ魔物たちは遠くから見れば微かに発光していて綺麗かもしれない。
激しい動きになればなる程に水中という環境の影響を受ける筈だが、ジルとイレヴンの動きは全く危なげ無い。ただリゼルから見てもいつもとは戦い方が違う気がするので、水中に適した動きへと変えているのだろう。
器用なことをする、そう思いながらリゼルはいつもと同じように魔銃で魔物を撃ち抜いた。
「じゃあ何日も潜りっぱなしじゃねぇ方が良いんじゃねぇの」
「どうでしょう、踏破しようって言うなら逆にそっちの方が良いのかも。水中の感覚に慣れっぱなしの方が動けるでしょうし」
迷宮から出た後にどれ程動きにくかろうが、迷宮内でより良く動ける方が冒険者的には優先だろう。潜る度に体を慣らしていたのでは深層の攻略が進まない。
ジルやイレヴンも最初の頃は戦いにくい戦いにくいと言いながら戦っていたし、慣れている内にどんどんと進んで行った方が良いだろう。ボスを相手取るならば尚更の事だ。
現れた魔物の集団を倒しきり、リゼル達は再び回廊を歩き出した。相変わらず上下の移動が多い迷宮は、普段ならば飛び降りることを避ける落差であっても躊躇せず飛び降りる事が出来る。
「魚の魔物出ないッスね」
「出ても深層だと思います」
水中で魚の魔物と戦うのは無謀だ。誰もがそう言うように屈指の難度を誇るのだから、迷宮でも後半の出現となるだろう。
リゼルも自分一人だったら絶対に手を出さない。陸上から狙い撃つならばまだしも、水中で相対するともなれば絶対に無事だという保証は無いのだから。
「あ、でも一匹だけこの中層でも出た筈です」
「一種類じゃなくてッスか」
「一匹、ですよ」
リゼルの迷宮の知識はほとんどが本による物で、後は噂に過ぎない。
ギルドで買おうと思えば迷宮の地図も買える筈だが買わず、潜る迷宮を選ぶ時の参考になる程度の知識を好んでいる。迷宮紹介本や魔物図鑑から内部の様子を予想して楽しんでいるに過ぎない。
それは迷宮へと潜った際にどうすれば一番面白いかという点を重視しているからで、そこに関してはジルもイレヴンも似たようなものなので何か言われた事は無い。勿論必要ならば資料を集める事に躊躇は無いが、今のところリゼルが買った迷宮地図といえばマルケイドの“水晶の遺跡”ぐらいだ。
「戦わなくて良い魔物らしいですけど」
「面倒なら避けりゃ良いだろ」
「そうですね」
話しながら進んでいると進路の突き当たりに泡が立ち上る魔法陣が見えた。
柔らかな光を放つ魔法陣から照らされた泡が幻想的だ。これがこの迷宮で次の階層へと進むポイントであり、三人は特に悩まずその上へと乗る。
ふわりと上昇するような感覚の後に感じたのは足場が無くなる感覚で、目にしたのは底の見えない空間だった。この迷宮では珍しくない下方移動、しかし明るい筈の通路で遥か先の底が見えず暗い。
上を見れば天井に魔法陣が光っていて、他に道も無いので降りていくしかないのだろう。リゼル達は沈んでいく感覚に身を任せる。
「地底竜の時を思い出しますね」
此方の方が少し通路は広いかもと言いながらリゼルはジルを見た。
ちらりと此方を見てそういえばと頷くジルにとっては、竜のブレスを浴びる壮絶な経験も大した事が無いらしい。自分はひたすら熱かった覚えがあるというのに此れが経験の差かと、リゼルは一人で納得している。
「それ騎士学校の時にリーダーが言ってたヤツ?」
「そうです、隠し部屋にいたので裏ボスってやつだと思います」
「竜ねぇ……魔物としちゃ最上位だけど迷宮モンってマジな最上位じゃねぇっしょ」
種類として竜に分別される魔物は多いが、まさに覇者と呼ばれるような純粋な竜というのは迷宮では出ない。生息しているのも険しい山の上だったり底の見えない渓谷だったりするが、もはや災害と呼ばれる力を持つ竜が居る場所は誰一人として寄りつかない地ばかりだ。
リゼルとジルが戦った地底竜も迷宮の中では破格の強さを持っていたとはいえ、それらの竜と比べれば弱いと言い切れるだろう。それ程に挑むのが無謀な相手。
「でもニィサン前に“最悪の迷宮”ででっかい飛竜と戦ってたじゃん、勝ったの?」
「一応」
誰一人として信じないだろう事実を苦々しげに舌打ちをしながら肯定するジルに、勝利というには相当ギリギリだったようだとリゼルは苦笑した。
今身につけている装備にもかの飛竜の素材は使われている。最初の頃は価値が良く分からなかったが、今思えば良くも希少という言葉ですら足りない伝説染みた素材をポンポンと譲ってくれたものだ。
もし飛竜の素材をジルが売り払おうとすればどうなるか。間違いなく値段すら付かずに国宝に等しい扱いを受ける。
「あの映像って戦い始めを少しだけしか見れなかったですけど、やっぱり苦戦したんですか?」
「腕と足が何回か千切れかけた」
リゼルとイレヴンが思わずジルを見た。
迷宮の宝箱からしか出ない上に余りにも数が少ない回復薬(特)の威力が既に実証されていた。千切れた腕もくっつくという面白半分の噂は間違いでは無かったらしい。
数多くの迷宮に潜っているし、その都度ボスまで行っているのだからジルが何本か持っていても不思議ではない。わざわざ聞いた事は無いので分からないが、恐らく今も持っているのだろう。
それを使いきる勢いだと言うのだから、それはもう激戦だったようだ。イレヴンはすいすいと器用にリゼルへと近付いてくる。
「やっぱ竜が本気だしゃ大国潰せるっつーのは本当なんスよ」
「そうですね、だって昔とはいえジルが重傷を負うんですし」
「ッスよね。ニィサンがギリなんだし」
露骨なヒソヒソ話は音の反響する水中と言う事も相まって凄く良く聞こえる。
何故自分が苦戦しただけでそれ程大袈裟な話になるのか。呆れたように溜息を吐くとコポリと泡がジルの頬を伝う。
今ならばもう少しマシな戦い方が出来るとは思うが、などと考えながら沈むがままに任せていた体勢を整えた。装備も武器も今とは全く違ったのだし、と一人内心で言い訳する程度にはジルにとって納得出来る勝利ではない。
「でも竜って一度会っ」
ふいに微笑んで話していたリゼルの口をイレヴンが塞いだ。視線を微かに鋭くする二人に、リゼルは口を押さえる手が離れるのを確認して下方を見る。
「…………この階層でした?」
「ぽいッスね。何か居る」
声を潜めながら問いかけると、薄らと見えてきた水の底へと視線を固定したままイレヴンが同意した。
この“人魚姫の洞”の情報を集めようとすると必ず耳に入る情報がいくつかある。未踏破であるという事、水中であるという事、そしてもう一つが中層で一匹のみ姿を現す魚の魔物の事。
中でも魔物については誰もが初めて迷宮へと潜る者に対して厳しい顔をして言う。戦わなくて良い、戦おうとするな、見れば分かると。
リゼル達が下降する通路の先に広がっていた広い空間の中心には、透き通る美しい水草の上で眠る一匹の魔物がいた。どんなサメより獰猛そうな姿にクジラ程の巨体を持ち、分厚い鱗は鎧のように変形して体中を覆い艶やかに輝いている。
“鎧王鮫”(通称鎧鮫)の名を持つ魔物が今目の前で、悠然と尾を揺らしながら静かに眠りについていた。
「あんなのに追いかけられたら怖いですよね」
「気付かれないようにあそこまで行けば良いっぽい」
広間へと降りる手前で止まりながらイレヴンが指差した先を見ると、広間の隅に先へと続く通路がある。
鎧鮫を起こさないように行けということだろう。今降りてきた通路も先に見える通路も魔物の巨体は通りそうにない、広間を横切ってしまえば安全だ。
しかしそうはならないだろうと、元より強敵と戦う事を好む二人が既に好戦的な空気を醸し出している様子を眺めながらリゼルは思う。ボスと戦うのも明日以降になるだろうし体力を使い切ろうが問題は無く、戦いたいのならば止める理由は無い。
それに、ただ戦いたいだけでは無いのだろうと知っている。それを自ら口にするのは少々憚られるが。
「良いか」
「君達の好きなように」
パーティの方針はリーダーが握っている。此方に確認をとってくるジルに微笑んで戦闘の許可を出した。
剣を構える二人に倣い、リゼルも魔銃を取り出して構える。
「向こうはこの狭い通路に入れないし、ここからチクチク攻撃したら安全に倒せそうですけど」
「リーダーせこい」
「火力不足だろ、あのSランクの弓だって致命傷にはなんねぇぞ」
確かにあの巨体では弓矢をものともしないだろう。しかも表面は分厚い鱗に覆われている、ヒスイの弓だろうが矢の半分が刺されば良い方か。
鎧鮫は大きな音を立てるか極度に近寄る、攻撃を仕掛けるなどの行動によって目を覚まし行動するらしい。三人は広間の床まで沈みきると視線を合わせ、促しては首を振る仕草を数回繰り返した後に頷き合う。
リゼルがふっと銃を構えた。込める魔力は風で常の数倍、それでも鎧のような鱗を砕けるかは分からない。
「(流石に寝起きだから無いだろうけど、音でバッと動かれたらどうしよう)」
理想は貫通して一撃死、確実に無理だけどと思いながら気負い無く銃を放つ。
位置取りは鎧鮫の真横で狙いは眠っているだろうに開ききっている目、放った銃撃は込めた魔力によって威力も速度も上げて魔物の片目を貫いた。鎧鮫が跳ねるように大きく身を震わせ、巨体に似合わない速度で身を躍らせながら広間を泳ぎ此方を向いた。
「浅いですね、一時的に視力を失うだけかも」
「上出来だろ」
鎧鮫は数度大きく尾を揺らし、直後急加速した。
ビッシリと凶悪な牙の生えそろった口が限界まで開かれリゼル達へと迫る。イレヴンはリゼルの腕を掴みながら思いきり床を蹴り鎧鮫の真上へと逃れ、ジルは潰れた目の方向にすれ違うように横へと逸れながら剣を振り抜いた。
ギィンッという鈍い音が水中に響き、ジルは舌打ちをしながら押されるように後退する。
「ジルが力負けしてますね、初めて見ました」
「本当の水ん中よかマシだけど、全ッ然踏ん張り利かねぇッスもん」
大剣は本来斬る武器では無く叩き潰す為の武器だが、ジルの剣に限ってはそうではない。
大剣というにはやや薄く細く、長さや重さは変えないままに切れ味に特化されている。もし迷宮品じゃなければ直ぐに折れてしまうような剣だ。
「つかアレで斬れないとか堅ぇなァ」
「上は」
「上からの攻撃は無理そうです、一番装甲が厚いと思います」
すれ違いざまに見た鎧鮫の頭側はその名の通り鎧を身につけているかのように分厚く角にも見える鱗に覆われていた。足の付かない状態で狙われては堪らないとジルに引っ張られて早々に床へと降りたリゼル達へと、かなりの速度で通り過ぎた鎧鮫がすぐに方向転換して照準を合わせる。
尾を激しく振り巨大な口を開き、弾丸のように突っ込んでくる姿はボスと言われても納得出来てしまう。劇団Phantasmでは無いが、戦闘用の激しいBGMが似合う状況だろうとリゼルは微笑んだ。
「あークソ! 動きづれぇ!」
イレヴンが鎧鮫へと剣を叩きつけるようにして避ける、この程度では相手の進路を少しも変えられない。一歩間違えれば鋭い歯に腕を持っていかれるだろうが、その程度の事ならば彼にとってはいつもの事だ。
「ジル」
「あぁ」
イレヴンの攻撃の直後、ジルが何の変哲もないブロンズソードを逆手に握って構えた。すれ違いざまに思いきり振りかぶり口内へと投擲するが、気付いた鎧鮫によって直ぐに噛み砕かれる。
予想はついていたのだろう。やはりかと平然と考えながら本来の剣を逆の手で構えながらリゼルの前へと立つ。
「行きます」
続くようにリゼルの魔法が発動した。地面から隆起した壁が魔物の進路を遮るが、地を這うような急激な方向転換で避けられてしまった。
巨体の割に動きが鋭い、と感心したようにそれを見送ったリゼルが荒れる水流に掻き混ぜられた髪を耳にかけながら鎧鮫を観察する。咄嗟に目の前に現れた壁を避けてはいたが、恐らく同じ手を使えば正面から破壊されるだろう。
再び尾を振りながら突撃の準備をする鎧鮫を見てリゼルは一つ頷き、すいっと先へと進む通路を指差した。
「ちょっと作戦タイムにしましょうか」
「折角盛り上がって来てんのにあっさりそう言えるトコがリーダーッスよね」
リゼル達は襲いかかって来る鎧鮫を避けながら通路へと避難した。鎧鮫の体より狭い通路はまさに安全地帯で、警戒するように時折入口の前を旋回していく姿を悠々と眺める事が出来る。
止まっては動き、動いては止まるを繰り返す鎧鮫を見ながらリゼル達は緊迫した状況とは裏腹に落ち着きをもって話し合いを始めた。とにかく場違い感が半端無い。
「やっぱり定石通りお腹側が柔らかいんじゃないでしょうか」
「あー、べったり床くっついて移動してるし分厚いイメージは無ぇかも。つかもう片目も潰しちゃ駄目なんスか」
「訳分かんねぇ動きされても鬱陶しいだろうが。真っ直ぐ向かって来てくれる方が楽だろ」
鎧鮫はべたりと床を這うように高速で移動しているので頭側のように禍々しい鎧のような作りはしていないだろう。
勿論変わらず堅い鱗に覆われているのだから生半可な攻撃は通用しない。そもそも目の前に壁が現れようと上へと逃げず方向転換するような相手が容易に腹を見せてくれるだろうか。
「さっきのリーダーの魔法、あいつの真下から出ないんスか」
「魔力に反応して避けられると思います、さっき急に避けたのもそのお陰でしょうし」
直進中にピンポイントで真下から発動出来れば可能性はあるが、あれ程猛烈な速度で移動する相手に通用するとは思えない。地面が隆起するスピードには限界があるし、あれ程の大物を持ち上げようと思うと規模の大きさに伴って隆起のスピードも落ちてしまう。
地面が持ち上がり切る前に乗り越え、通過されてしまっては意味が無い。
「魔銃の土属性を使って床を隆起させれば発動スピードは解決するんですけど」
「じゃあそれで良いじゃん」
「お前それランダムだろ」
「そうなんですよね」
土属性を弾に込めればどうなるか。もし成功すれば撃ちこんだ瞬間に鋭い土塊が鎧鮫の腹を急襲するだろう。
しかし土属性の銃弾の効果は完全にランダムで、地面がどうにかなる事は分かるがどうなるかは分からない。今までは穴が開いたり盛り上がったり、時には泥状の沼にもなったし時には変な銅像が建ったりもした。
何が起こるかはリゼルにも誰にも分からない。流石は迷宮品と言った所だろう。
「リーダーそれ何時使うんスか」
「野営での見張りで暇な時とか、法則性が無いかと思って試してます」
魔物の気配も無いのに時折銃声が聞こえると思ったらそんな事をやっていたようだ。
ジルもイレヴンも元々不自然な物音で容易に起きる事が出来るし容易に眠りに就く事も出来るので、その程度で眠りに支障が出る訳でも無いので放っておいて寝ていたがまさか実験だったとは。手入れや調節でもしていたのかと思ったが全然違った。
ゴゥッと通路に水流が流れ込む。鎧鮫が威嚇するように直ぐ近くを通って行ったようだ。
「もうニィサンが滑り込んで持ち上げりゃ良いんじゃねぇの」
「てめぇがやれ」
ジルにも出来ることと出来ない事がある。
「なるべく一気に片を付けたいですよね」
元々ジルもイレヴンも一人で来ようとしていただけに勝つだけならば可能だ。しかし確実に無傷とはいかないだろうし時間もかかる、それはリゼルの望む所では無い。
そもそも二人とも好きで怪我をしたい訳でもないので良い方法があるならそちらが良い。リゼルの考えが自らにとっての最善だと二人は疑うことなく思っている。
「でも銃を使ってみるっていうのは良いかもしれません、夕食の時に使える事を確認したし」
夕食といえば昨晩の事だろうが、それが今何の関係があるのか。
一体何を考えたのかと此方を見る二人に対し、リゼルはにこりと微笑んだ。
再び広間へと姿を現した三人に、鎧鮫はガチガチと大きく歯を鳴らした。耳鳴りを起こしそうな程の破裂音は周囲の水を振動させるように伝わって来る。
そして急襲の前触れでもある尾を大きく揺らす姿に、しかし三人は特に構えもせず立っていた。今まで恐怖され逃げ行く冒険者しか知らない魔物がそれを挑発と捉えたかは窺えないが、ガチンッと大きく鳴らされた歯が敵愾心を露わにむき出しとなり全てを食い千切らんばかりに急加速した。
同時にジルとイレヴンが床を蹴って向かい来る鎧鮫へと肉薄する。自らが噛み千切られるとは欠片も思ってはいない動きと浮かんだ獰猛な笑みは、自らが狩る側だと明白に告げていた。
「一瞬を逃さないように」
ただ一人動かず鎧鮫の真正面に立っていたリゼルがふっと軽く両手を広げた。
その背後に五丁の魔銃が現れた瞬間、全ての魔銃が一斉に破裂音を上げる。自らの歯音に並ぶ音量に鎧鮫は一瞬ぐらりと体勢を崩し、そして直後襲いかかる赤色に完全に直進の勢いを止めた。
それが炎だと水中しか知らない鎧鮫は分からない、初めて感じる熱が痛みをもって襲いかかる感覚に反射的に逃れようとしたのは本能だったのだろう。前方を火に囲まれ後退は出来ず、ただ一つ残された逃げ道である上へと体を持ち上げた事が彼の運命を決定づける。
「こんなら通る」
何よりも鋭さを追求した双剣が水中とは思えないスピードで一閃を描いた。目に見えない速さで振られた刃は鎧鮫の腹にある巨大な鱗へと一筋の傷をつける。
その勢いのままグルリと回転したイレヴンが十字を描くようにもう一閃し、押し潰そうと降りてくる魔物の巨体を思いきり蹴り上げてその反動のままに引いて場所を譲った。直後、入れ替わる様に体を滑り込ませたジルが大剣を十字に刻まれた鱗へと突き立てる。
半分程突き刺さり止まった剣に骨に当たったかと眉を寄せて舌打ちを零したジルは、しかし関係は無いとばかりに思いきり剣の底を蹴り込んだ。
「完全に力押しな君も珍しいですね」
「見てて良いモンでも無ぇだろ」
剣の持ち手まで埋まらんばかりの勢いは、確実に心臓を貫いたのだろう。
逃れる間もない一瞬の連撃に魔物は広間中に響く声を上げ、一度大きく体を揺らして横たわる様に息絶えた。
数秒数え、完全に相手が動かない事を確認する。ジルが奥深くまで突き刺さった剣を抜いた。
「もうちょい遊びたかった気もすっけど」
「まだまだ迷宮は続きますし、体力温存です」
強敵と競いたいジルやスリルある戦闘を求めるイレヴンには物足りないだろうが、楽しみたいならばボスもいる。もし鎧鮫と再び戦いたいのならばもう一度この迷宮に潜れば良いだろう。
その時ふと鎧鮫の傍に立っていたジルが手を伸ばした。鎧鮫のエラへと手をかけ引き摺りながら自らの空間魔法の口へと持って行くと、クジラ程の巨体が吸いこまれるように収納される。
「それは持ち帰れるんですね」
「聞いた話じゃ問題無ぇだろ」
迷宮の空気読みは此処でも遺憾なく発揮される。
通常迷宮内で倒した魔物はしばらく経つと消えてしまうが、食べられる魔物に関しては消えてしまう前に空間魔法に限らず食用として確保しておけば消える事は無い。しかし食べられる魔物でも放置しておけば消える。
素材に関しても倒して放置しておけば容赦なく消えるが、剥ぎ取ったりしてしまえば消えないのだから似たようなものなのかもしれない。魔物によっては食べられようと持ち帰れず消えてしまったり、迷宮内に限り食用に出来るものもあるようだ。
そこら辺は未だにハッキリしないようで、魔物図鑑にもはっきりとした情報は載っていない。もしや同じ迷宮同じ魔物でも状況によって持ち帰れなくなる事もあるのかもしれない。
リゼルは成程と頷き、少しだけからかう様に微笑んだ。
「どんな味なんでしょうね」
ジルは溜息をつき、イレヴンはわざとらしく笑ってみせた。
隠しているつもりは欠片も無かったが、言ってもいないというのにやはり知られていたようだ。ジルやイレヴンがこの迷宮に潜ろうとした目的など一つしかない。
港で伝説扱いされている魔物。その味は筆舌に尽くしがたく昔一度だけ出回ったその味が今も漁師の間で語り継がれ、作り話なんじゃないかという疑問は実際に残されている加工方法が否定している。
その噂を聞いたからこそ来た。言うならば二人の一番の目的はボスでも踏破でも無くこの“鎧王鮫”なのだから。
とある変わった依頼での質問で、少しばかり残念そうに食べたかったと言っていたのをジルもイレヴンも普通に流しながらしっかりと聞いていた。そしてどうせ食べるのならば美味い方が良い。
「食べられるようになったら一緒に食べましょう」
「美味そうには見えねぇけどな」
「加工ってどんくらいかかるんスかね」
礼を言えば嫌がられるだろうなと可笑しそうに笑い、リゼルは何事も無かったかのように迷宮の先へと歩き出した。それは正解だったのだろう、何処か愉快気に目を細めたジル達もそれに続く。
三人は加工は漁師に頼めばやってくれるだろうかと話し合いながら迷宮の踏破を再開した。
リゼル達が最深層へと辿りついたのは更に二泊を過ごした迷宮入り四日目の昼だった。
迷宮へと入ってから丁度丸三日、イレヴンの予想は見事に的中した。このまま順調にボスを倒せれば宿主に心配かける事なく帰る事が出来るだろう。
誰も討伐が出来ないと言われ続けるボスを倒す事が出来たのならば、だが。
「ボスを倒せない、というよりボスに辿りつけないという方が正しいそうですけど」
三人が見上げる先には巨大な石造りの扉があった。
周囲と同じく白い石で表面に装飾が彫られており、部屋には光の粒子が薄らと散りいかにも幻想的な雰囲気を醸し出している。見上げる程の高さを持った扉は押そうが引こうがビクともしない。
数歩離れて全体を見れば、表面には文字か記号か分からない美しい模様が円を描くように刻まれていた。過去これを見つけた冒険者が最初は暗号かと怪しみ、それを書き留め最終的にはギルドや学者の協力を得ても解明はされなかった。
「色々聞いたけど、壊そうとしたとかノックしたとか歌ってみたとか踊ってみたとか呪文を唱えてみたとか訳分かんねぇ事ばっか試しても全然開かねぇっぽい」
「暗号ならお前分かんじゃねぇの」
本当に扉の前で様々な方法が試されたのだろう。それでも開かない扉に挑戦するものは徐々に減り、今ではそれが当たり前となっている。
ジルがちらりとリゼルを見ると、じっと扉の表面に描かれた模様のような何かを目で辿っていた。最後まで辿りつき、再び模様の頭に戻り、再度模様をなぞり始める。
ふいに体の横に下ろされている手を見ると、人差し指がトントンと足を叩いていた。果たしてそんな癖があっただろうか、不規則に動く指先はある種のリズムをとっているようにも見える。
扉を見上げているリゼルが、視線をそのままにふいに口を開いた。
「イレヴン」
「ん?」
「さっき言ってた“歌ってみた”の詳細って分かりますか?」
イレヴンは何処で聞いたのだったかと斜め上へと視線を投げながら考える。ギルドだったか、確かギルドで噂を聞いた時に色々情報を集めておいた方がリゼルが喜ぶと思って地下酒場で裏をとった筈だ。
数々のふざけた情報に裏などあって無いようなものだし、信憑性も無いものばかりだったがその中に唯一リゼルが反応しそうな単語が確かにあった。それこそが“歌ってみた”という手段に出た冒険者の根拠なのだから何故分かるのかと感心してしまう。
「確かアスタルニアの学者がこれは楽譜かもっつって、歌として解明されたけど開かないから違ったーとかそんなん」
「その学者って誰か分かります?」
イレヴンは唇を吊り上げた。
ビンゴ、と褒め称えんばかりの表情で仰ぐように首を傾げて見せる。
「ここのオーサマの、弟」
微笑み、何かを思案するように視線を流すリゼルを見てジルはどうしてこれ程ピンポイントで切っ掛けを逃さないでいられるのかと溜息をついた。些細な情報から王族まで辿りつくその思考が恐ろしい。
好きにすれば良いと思っているし、何かに巻き込まれるどころか全てを思うままに動かす男が面倒事を持ってくるとは思えないので何も言わないが。リゼルが聞けば過大評価だと言うだろうが彼を深く知る者は誰一人としてそうだろうと信じて疑わない。
「で、この訳分かんねぇのって楽譜なんスか」
「俺達にとっては楽譜です。昔の人にとっては言葉……文字や文章なんでしょうけど」
ジルとイレヴンはその言葉に成程ととある女性達を思い浮かべた。
絶世の美女という言葉でさえも彼女達の美しさを言い表す事は出来ず、人が内包し得ない魔力をそのしなやかな肢体に宿す存在。決して他者が足を踏み入れられぬ地に住み、至高の存在故に他者からの影響を受けずただ有るがままに美しく存在する彼女達の種族の名はもはや存在せぬ伝説と伝えられている。
音色を言葉とする古代言語を今も使い続けるエルフ達と会話が出来るリゼルが分からない筈がない。
「でも意味なんざ分かんなくても、書いてある通りに言えば開くんじゃねぇの?」
「そういうキーワードか何かで開く仕組みなら行けたんでしょうけど」
惜しい、と言う様にリゼルは微笑んだ。
「これ、質問なんです」
「古代言語って分かっときながら意味は分かんねぇのか」
「みたいですね」
そもそも古代言語が歌である事すら知っている人間は限られる。
そんな中で今もなお残る数少ない古書に書かれているのが楽譜だと気付き、歌が言語であると結びつけ、更にはその楽譜の読み方も形式も一から全て解き明かしたイレヴン曰く学者は称賛されるべきだろう。しかし身近にリゼルがいるジル達は特に感銘を受ける事もないようだ。
リゼルとて地位を利用して資料を集め、仕事や諸々の合間を縫って丸六年の歳月をかけてようやく古代言語を解明したのだから素直に同類がいて何よりだと嬉しく思っている。そこに答えを知る者の傲慢も優越も無い。
「この国の王宮も、良い書庫がありそうですね」
というか気になるのはその一点なのだろう。
学者本人というよりは彼が利用した書物の方へ関心は向いていた。
「リーダーぶれねぇなァ」
「前この国は本が少ねぇとかぼやいてたしな」
好き放題言われて苦笑しつつ、さてとリゼルは扉を見上げた。
泡に混じって光の粒子が立ち上る幻想的な水中で、ふっと唇を開いたリゼルがしかし何も言わないままに口を閉じる。投げかけられている質問はたった一つきり、しかしその解答は長くなりそうだ。
古代言語を話すと言う事は歌で音色を奏でる事に等しく、つまり音の反響する水の中で一人歌うという事だ。目の前に言葉として音色を受け取る相手がいれば会話だと割り切れるが、目の前にあるのは物言わぬ扉な上に振り向くとニヤニヤして此方を見る二人がいる。
恥ずかしいなぁと恥ずかしげも無く呟いて、リゼルがポーチから取り出したのはヴァイオリンだった。
「あ、ずりぃ。それ良いんスか」
「古代言語の歌詞なんて飾りみたいなものです。音色さえあれば意味は通じますし」
ちなみにリゼルの持つヴァイオリンは迷宮品だ。
“調律がいつまでも必要のないヴァイオリン”と深層から出ただけあって中々に高性能だが、冒険者としては確実にいらない。
リゼルはヴァイオリンに顎を添え、ゆったりと弓を引く。奏でられた澄んだ音色は水中の影響を受ける事無くただ透き通る様に反響した。
「――・…――(始めます)」
囁くように零された穏やかな声に扉の古代文字がぼんやりと光る。
足元から立ち上る光の粒子が色を変え、ぶわりと優しく波紋のように広がると同時に演奏は始まりを告げた。
演奏が、解答が尾を引くように終焉を迎える。
ゆっくりと開かれる扉の向こうに見えた美しく揺れる透き通ったヒレと、輝く白さ故に七色に光る鱗は確かに人魚姫の名にふさわしいとリゼルは微笑んだ。
正月ネタ募集で頂いたネタの使用は今回で終了させて頂きます。
これから書く予定があるから飛ばしたネタもありますが、頂いたのに書ききれず申し訳御座いません。
素敵なネタを下さった皆様、ご協力有難うございました。




