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78:実は努力の人

 ジルの風邪も完全に回復した事を確認し、冒険者活動を再開したリゼル達は相変わらずギルドへと向かっていた。周りの冒険者の例にもれず一番に確認するのは依頼ボード横の黒板で、魔物の大量発生の警告が完全に消えたそれを眺める。

 大量発生は稼ぎ時だと言い張る力量を持つ者ならばそれを残念そうに見るだろうが、大半の者にとっては安堵すべき事だろう。次々襲いかかられると依頼の達成が遅くなって面倒だと考えるリゼル達も無理やりどちらかに割り振るならば後者か。


「スポットも動きは無いですね」

「これがゆーっくり移動すんスよ。規模は大きく無ぇし俺んち程度だったら一週間もすりゃ範囲から外れてた」


 成程、と頷き依頼ボードの前へと移る。

 相変わらずFランクから目を通して行くリゼルに一体何故という視線が集まるが気にしない。実際にアスタルニアに来てから興味が湧いたという理由でEランクの依頼を受けた時は、受付で必死にこれで良いのか確認されたが気にしない。


「リーダーあれは?」

「んー……それよりあっちの方が」

「おい、呼ばれてんぞ」


 今日は一目でこれだという依頼が無い。あれはこれはと話し合いながら依頼を探していると、ふいにジルが首だけで後ろを振り返り受付を指差した。

 その先には先日団長に食ってかかられたギルド職員がいる。スキンヘッドに短い顎鬚、そして筋骨隆々な体をもってアスタルニアの荒くれ冒険者の手綱を引く、レイラと同様の正統派肉弾戦系職員であった。

 外で無体を働く冒険者が居ればこの職員が向かう。巨体からは想像が出来ない程のスピードで地響きと共に向かって来る姿がかなり怖いと評判だ。


「どうしました?」

「いや、お前らに指名依頼があってな」


 だからだろうか、彼は微妙にリゼルへと苦手意識を持っている。

 とにかく見慣れない人種だ。声をかけて「そっから用件言えクソ親父ィ!」と面白可笑しく怒鳴り返される事はあっても、品良く微笑まれながらゆったりと歩み寄られる事など今までの人生で一度も無い。 

 更に凄腕の一刀と獣人を従えているのも謎めいており、数多の冒険者を見てきた彼にも実力が計り知れない。間違いなく魔法使いなのだろうとは思っているが。

 とはいえ悪い奴らでは無いとは分かっているので、多少の苦手意識などその内消えるだろう。


「指名依頼ですか? 心当たりなんて団長さんぐらいしか無いんですけど、違いますよね」

「劇団のか、違うな。俺も訳が分からない依頼なんだが」


 苦手意識を持たれているなと気付いているリゼルは、まだ慣れないようだと思いつつ差し出された依頼用紙を受け取った。

 王都とは違いリゼル達はまだ指名される程に冒険者として名前を売っていない。知名度だけで言えばもう既に“あの貴族っぽい人”でここら辺ならば通じてしまう程に高いのだが、名指しで依頼が入るような評価を持たれてはいない筈だ。

 訳が分からない、と言いながら三人で用紙を覗きこむ。


【人生を賭けた相談略して人生相談】

ランク:無し

依頼人:とある宿主

報酬:夕食すっごい豪華にする

依頼:死ぬほどモテたい。


「お前たちが泊ってる宿の主人だとか、言えば分かるだとか言っていたが」


 人違いだと間髪いれず返答をしなかったリゼル達は褒められても良いだろう。確実に知人だとは思われたくは無い類の依頼だ。

 職員も良くこんな依頼を受けたものだと感心すらしてしまう。指名依頼に関しては受諾を冒険者側が決める為に例え依頼が受けられずとも職員の責任にはならないが、果たして此れはどうなのか。

 そういえば今日宿を出る時に後ろで両手を合わせて拝まれてた気がする、と思いながらリゼルは用紙を職員へと返した。


「やっぱり止めておくか?」

「いえ、受けます。面白そうだし」

「!?」


 ほのほのと笑いながら言ったリゼルを受けるとは思わなかった職員は思わず二度見し、ジルとイレヴンは慣れたように溜息をついたり豪華な夕飯というのは一体何なのかと考えたりしていた。







「この度は矮小なる我が身の相談に乗って頂き何とお礼を言って良いのか見当もつきませんが心底有難うございます!!」

「お役に立てれば良いんですけど」


 出てきたばかりの宿に帰ったリゼル達を出迎えたのは、扉のすぐ先で土下座していた宿主だった。間違って踏みそうになった。

 リゼルは何を其処まで悩んでいるのかと苦笑しているが、ジルとイレヴンはドン引いている。とりあえず宿主を立たせると、案内されたのはいつもの食堂だった。

 即座に用意された茶と茶菓子が机の上に並べられ、宿主は三人の向かい側に腰を下ろして深刻な顔をして指を組む。


「それで、相談があるようですけど」

「いやー相談と言うか何と言うかお客さん達に聞きたい事があるというか何と言うか」

「聞きたいこと、というと」


 いつもならば流れるように言葉を紡ぐ宿主の言葉がややぎこちない。

 依頼内容を見るに意中の相手と仲良くなる為の協力だろうか。以前どこかで読んだ“一緒に歩いている時にガラの悪い男に絡まれる”とかならばジルを貸し出せばいける気がする、とリゼルが隣を見るとまたしょうも無い事を考えてるなという視線が返される。

 恐らくそれを言えば宿主は盛大に拒否するだろう。もしジルにいきなり絡まれたら大抵の人間は守り守られなど考えもせず我先にと逃げ出す。


「いや実は最近外に買い物とか行くと馴染みの店の女の子とかと話す機会が増えたんですよ俺」

「はい」

「そろそろ同年代も次々嫁をゲットしているし俺も嫁欲しいしそりゃチャンスに食らい付くじゃないですか必死に」


 特に食い付いた事の無いリゼル達には良く分からない。リゼルは元の世界では女性に言い寄られる立場だったし、ジルやイレヴンは特定の相手を作る必要性などまるで感じず遊びたいなと思った時にそのテの女性の元へ行くだけだ。

 三人の反応に何を思ったのか宿主は若干死んだ目をしていたが、消沈するように組んだ掌に額を乗せる。


「……今お客さん達ってこの辺りじゃ結構な話題なんですよ気持ちは分かるけど」


 それがどうかしたのかと思いながら、リゼルは早々に茶菓子として出された羊羹を食べきってしまったイレヴンへと自分のものを差し出した。イレヴンは依頼人である宿主の話を聞いているのかいないのか、とにかく羊羹をもぐもぐと食べ続けている。


「俺の宿に泊ってるって知ってるから皆色々聞いてくるし女の子とかも憎らしい程に興味津々で聞いてくるし、ちょっと良いなーなんて思ってる子の前で格好付けたくて“知りたい事があんなら聞ける範囲で聞いて来てやるよ”とか言っちゃっても不可抗力だとは思いませんか調子こいてすみませんっした!!! 女の子に囲まれると良い匂いした!」








「えーそれでは一つ目の質問へと移りたいと思います寛大なお心に感謝致します」


 リゼルはまだ知らない本屋を三軒紹介する事で手を打った。

 ジルは国で一番剣の手入れの腕が良い店を紹介する事で手を打った。

 イレヴンはとりあえず今食べている高級羊羹のストックを全部出させる事で手を打った。

 机の上にブロックのように積まれている羊羹を見ながら、宿主は日々少しずつ食べている気に入りのお高い羊羹なのにと涙目だ。自業自得なのだから諦めるしかない。

 手元の用紙をぺらりと広げる姿を眺め、そんなにあるのかとリゼル達は羊羹を串に刺しながら思う。


「お客さん達、国の外行ってる時とか風呂どうしてるんですか」

「は? そんなもん聞かれんの?」

「いやいや女の子は“冒険者なのに清潔感ある所が良い”って言ってただけでコレは俺からの純粋な子供心溢れる質問です。だって来た日とか何日も旅して来てんのに全然汚れて無かったし普通外から帰って来た冒険者って汚れてるし」


 リゼル達が汚れず帰って来るのは汚れるような立ち回りをしないというのもあるが、最上級装備のお陰でもあるだろう。やった事は無いが恐らく盛大に泥が跳ねようと手ではらえば落ちる。

 それ以外は至って普通な筈だが、と言うリゼルだが宿主が冒険者の普通など知る筈が無い。


「普通っていうと何もしないってのが俺の冒険者のイメージなんですけど数日ぐらいならーとか言って」

「そんな事ないですよ。水場があれば水浴びするし、無ければお湯を沸かして温かいタオルで拭いてます」


 水なら出せるしと穏やかに笑う顔を見て、宿主はふいっと視線をその両サイドへと移した。

 普通はしないしない、と手を振るイレヴンにやはりかと頷く。多少汚れても気にしない冒険者が一日二日汗を流せない事を気にする筈が無い。

 何故リゼルが冒険者を代表するように答えてるのだろうか、ジルは思いながらも突っ込みはしなかった。ジルもイレヴンも汚れたままいたい訳では無いので、日々当然のように清潔を保つリゼルと同じように汗を流している。


「最近はリーダーに髪の毛拭いてもらえっからすっげぇ楽」

「長いですもんね」


 リゼルは手を伸ばして、椅子に座っている為に地面に届きそうな髪を一房掴んだ。

 少し固めの髪は全く癖がつかず、適当に拭いて多少濡れたまま寝ても翌朝困ることは無い。だからこそイレヴンは今まで適当にタオルで拭いてからは放置していたが、外で野営する際に水浴びの後でリゼルに拭いて貰ってからは心地良さもあって度々頼むようになっていた。

 量は多くないし意外と早く乾くから良いけど、と思いながら髪に触れる手を離す。鮮やかなまでの赤はリゼルのお気に入りだ。


「切れっつってんじゃねぇか」

「理由があって伸ばしてるんですか?」

「んー、別に。似合うし」


 特に理由は無いらしい。もはや何年も長いままなのだから本人も無いと落ち着かないのかもしれない。


「イケメンしか許されない返答の仕方に若干殺意が湧く俺です。じゃあ次はー……こんなん聞いた覚えないけど何だコレ聞かなきゃダメなの何なの」

「どうしました?」


 宿主は用紙を見下ろしながら絶望を浮かべていたが、直ぐに何かを決意したかのように顔を上げる。


「罵倒はご褒美を合言葉に行け俺! パンツ何色!?」


「今日はー……これ何色っつーの? 暗い赤?」

 イレヴンがグイッとベルトを指で引っかけてズボンを広げながら覗きこんで言った。

「確か紺色だったと思います」

 リゼルは記憶を探るように顎に手を添えながら言った。

「……濃いグレー」

「ジル、潔く黒って言っちゃいましょう」

 ジルが思い出そうとして無理だったのか舌打ちし、イレヴン同様ズボンの隙間を作って見下ろしながら苦々しげに言った。


「想像以上に普通に言って貰えたと思いきやおおっと凄い目を向けられてる助けて」

「それってさァ、聞いてきたのツナギ着た顔だけ美人な肉欲系痴女だったりしねぇ?」


 まさかのアスタルニアにメディ疑惑。有り得ないとは思いつつも、彼女ならば欲望という名の根性で何かしらの意思だけ飛ばして質問をねじ込めても不思議ではない。

 宿主は全く心当たりが無いと首を振りながら、リゼルまでその場で確認しなくて良かったと何故か心底安堵していた。もしされたら居た堪れない。質問をしたこっちが罪悪感で潰される。

 リゼルは自分達パーティの下着事情が出回るのはどうなのかと苦笑した。


「流石にこれを誰かに伝えられるのはちょっと……」

「いやいやいや無いんで。誰から聞いたのかも定かじゃないし言った途端俺の社会的地位が地に落ちるんで」


 宿泊する客のパンツの色を言いふらす宿主、確実に国に居られなくなる。


「はいはい全てを忘れてどんどん質問行きましょう。女性遍歴的なものは聞いても?」

「秘密です」

「お前それ言わねぇよな」

「確実にゼロじゃない癖に秘密とか心底羨ましい、言ってみたいけど俺みたいなのが言っても確実に“あぁいないのか”とか思われるこの屈辱感」


 何やら乾いた笑いを浮かべる宿主を見ながら、リゼルは微笑んで冷め始めてしまった茶を飲む。別に絶対言いたくないという訳ではないが一度秘密にしたからには秘密にしておこうという、凝り性が変に発揮された結果に過ぎない。


「男同士つるんでるのにそういう話題出ないんですか普通好きな女の子の部位とか」

「あー、それこの間話したばっか」

「マジか」


 聞いておいて何故驚くのか。イレヴンは羊羹を切って皿に乗せ、リゼルへと差し出しながら気持ちは分からないでも無いけどと呟く。

 とにかくリゼルがその手の話題と結びつかない。エルフの混浴の誘いも撥ね退ける鉄壁の理性を持つ彼は、この気候で女性の露出も多いアスタルニアでも何も変わらない。

 思わず視線を向けてしまうような谷間にも“失礼だから”という理由で向けないリゼルが本当に一瞬たりとも見ていないのかは分からないが、失礼じゃ無ければ見るのかと疑問を持ってしまっても仕方無いだろう。だからイレヴンは抜群のスタイルで男共の視線を集める店員がいる店で、やはり必要以上の視線を向けないリゼルを相手に確認してみた。


『リーダー、巨乳好き?』

『小さいよりは大きい方が好きです』


 断言されると複雑だった。


「あの時は胸に限定してたじゃないですか、好きな部位では無いと思いますけど」

「胸が嫌いな男なんざいねぇじゃん。ちなみに俺もでかい方が好き、ニィサンは?」

「あるに越した事ねぇだろ」


 平然と話すリゼル達に、宿主は何故この人達は胸だの何だの話している癖にこれほど下ネタ臭漂わないのだろうと遠い目をしていた。何と言うか、下品な感じが欠片も窺えない。

 以前自分が友人と同じような話をしていた時は、たまたま通りがかった女性たちにゴミを見るような視線を向けられたものだ。酔いが一瞬で醒めた。

 しかし目の前の三人の様子はどうだろう、まさか女性の胸の話をしているとは思われず何の変哲も無い会話に見える。例え聞かれても二度見されるか、「やだぁもう」と頬を染めて済まされそうな空気。


「こいつ今日良く目ぇ死ぬッスね」

「何ででしょうね」


 不思議そうに向けられる視線がガリガリと精神力を削って行く。

 これを越えれば女の子達のハーレムが待っている筈だと自らに言い聞かせる宿主を眺めながら、リゼルはふいっとジルを向いた。


「女性の好きな所、何処かあります?」

「……お前今日は何でそんな食い付くんだよ」

「いえ、普段出ない話題だから新鮮で」


 他者からの質問というのも中々面白いとリゼルは微笑む。

 楽しんでいるようで何より、と溜息を吐きながらジルは考えるように眉を寄せた。


「……首?」

「急所的な意味じゃ無ぇッスよ」

「それが分かってねぇように見えるか」


 冗談冗談、とひらひら手を振ったイレヴンはへぇと面白そうに唇を持ち上げた。

 意外というか納得というか。敵対すれば容赦なく首を飛ばす男だからこそ何かしら感じる所があるのかもしれない。

 ああでも確かに噛みつきたくなるかもしれないとイレヴンは何となく同意して見せた。獣人にとって(種族にもよるが)甘噛みというのはコミュニケーションとしては大して珍しい行為では無い。


「でもマニアックー」

「煩ぇ」

「俺は手ッスね、指とか爪とか綺麗だとその気になりやすいっつーか」

「確かに手が綺麗だと目を引きますね」


 しかし何故二人は女性の話題を必ず夜的な意味でとるのか。好きな部位ってそういう意味じゃなくてもっとこう、間違ってはいないのだろうけどとリゼルは苦笑した。

 そして二人の視線が此方を向いているのに気付き、自分の番かと思いながら考える。


「目、とか。感情が乗ると綺麗だなって思います」


 それは相手の感情を瞳から見つけられる事が前提で、リゼルしか分からない感覚なのではないだろうか。ジル達はいまいち同意出来なかった。

 確かに殺気敵意などは二人にも分かるが、そんなものが瞳に出てても欠片も綺麗だとは思えない。これが真のマニアックと二人の内心が一致している隣で、リゼルは同意を得られない事にあれっとなっている。


「はい俺復活。女性遍歴が聞けないならせめてモテる奴の失敗談とか聞けば凄い幸せな気分になれる気がする」

「それもう質問じゃねぇじゃん」

「依頼人の心を守ると思って是非お願いできませんかガラスのハート死にかけてるんで」


 必死過ぎる。

 此処で無いなどと答えれば宿主曰くガラスのハートは砕け散るだろう。


「失敗談……女性に関してですよね」

「出来るだけ無様なのをお願いします!」

「こいつもう俺らが客なの忘れてんだろ絶対」


 リゼルはえーとと過去を思い出していく。

 正直些細な失敗談ならば多い。それは招かれた食事会でもう少し会話の話題を広げれば良かっただとか、ダンスの相手をしている時に女性の髪を少しほつれさせてしまっただとか、ドレスを褒める時にもう一言付け加えるべきだっただとか周囲にはミスだと認識出来ないようなミスだ。

 しかしそれを宿主が求めているかと言われれば確実に求められていない。無様、無様と内心で呟きながら適切なエピソードを漁る。


「そうだ、つい小説の話で熱が入ってしまった時に相手の方を少しの間ですが聞き役にさせてしまって」

「やっぱり無し!」


 何故、という視線を全力で見ない振りして宿主は高らかに宣言した。

 これ以上聞いてたら男としての気遣いレベルが違う事実に打ちのめされる。女性が惹かれるに足る理由があるとかそんな正論に気付きたくはない。楽してモテたい。


「あーそうだ貴族なお客さんって本すっごく好きっぽいけど初めて読んだ本とか何だったんですか辞書?」

「辞書は流石に……多分普通に絵本じゃないかと」


 他二人の失敗談が気になる、とリゼルは地味に思ったが話が強引に棒読みで進められてしまった。

 イレヴンはあっても言いたがらないだろうなと思い、ちらりとジルを見る。頬杖を突きながら向けられた視線が嫌そうな雰囲気を醸し出しているのはリゼルが言いたい事に気付いたからだろうか。

 後で聞いてみようか、なんて思いながらパクリと羊羹を一口食べる。温かく渋みのあるアスタルニア独特の茶と良く合っていた。


「正直リーダーが初っ端から辞書読んでても驚かねぇけど」

「前見た過去でも文字だらけの本読んでたしな」

「二人は俺のこと何だと思ってるんですか」


 失礼な、と言っているリゼルは知らない。

 まだ文字を一つも読めない年齢の時に、父親の膝に座りながら覗きこんで掌でペチペチ叩いていたのが辞書だと。読んでいるとは言えないかもしれないが、初めて接した書物は確かに辞書だった。

 しかし本のイメージが強すぎる気がするとリゼルは不思議そうだ。向こうの世界では贈り物などを貰う時には装飾品やとにかく珍しいものが贈られる事が多く、本はむしろ少なかった筈だ。

 いや、親しい者からの贈り物に限定すると本の比率がとても高かったか。やはり本好きだと思われている。


「だってリーダーって本以外あんま買わねぇじゃん。他に好きなもの無ぇの?」

「確かに物に対してはあまり……あ、でも最近は迷宮品を集めるのがちょっと楽しいです」


 使えない迷宮品を集めてどうするんだと思ったが、ジルは黙っておいた。

 相変わらずリゼルが手に入れる迷宮品は微妙な物が多く、使えそうで使えないものばかりだ。シャドウにあげた眼鏡も高性能に見えてそんな事は無い、何せ目の前で名乗ろうと自分だと気付いて貰えないのだから本当に彼の使い方しか役には立たないだろう。


「じゃあどんどん質問行きましょう。もし願いが叶うならーかもし望む能力が手に入るならーのどちらかでお願いします」


 何故知りたいのかと思いつつリゼル達は割と真面目に考えた。


「まだ読んだことの無い本が識別出来る能力とか欲しいです」


 同じ本を二冊買ってしまう事が度々ある。

 そもそも膨大な書物の置いてある書店では読んだ本と読んでない本を一々調べていたら時間が足りない。地域や下手をすれば書店ごとに表紙が変わる事もあるし、決まった題名を持たない研究書の類も多い。

 内容と筆者で見分けなければならないので少々手間だ。そういう時間も嫌いでは無いが。


「まだ伸びてっけど後十センチくらいは身長欲しい気ィする」


 イレヴンの身長は決して低く無く、リゼルと同じぐらいで男としての平均身長は充分にある。けれど彼には不満なようだ。

 身近にジルという長身がいるからかもしれないと、リゼルは少し不満そうなイレヴンを見た。不満そうとはいえ特に悩んでいる訳では無さそうだが。


「お母様は確かに小柄な方でしたけど、お父様は高いんですか?」

「良く覚えてねぇけど多分高い方ッスね。だからそんな深刻でもねぇけど」


 好き嫌いは激しいが量は食べている。冒険者として動き充分な運動もしている。

 ここまで伸びれば母親の影響を受けて伸び悩むという事も無いだろうし、まだ止まらず伸びるだろう。ただ目標身長まで行けるかが分からないので一応願っただけのようだ。

 今でも派手な見た目で目立つのに余計に目立つようになってどうするんだと思いながらジルも思い付いたように言う。


「煙草が勝手に出てくる能力なら欲しい気がすんな」


 一々買いに行くのは面倒だ。何故ならジルの吸っている煙草は何処にでも売っている銘柄ではない。

 特にアスタルニアではまだ売っている所を見つけていないので、もしそんな能力があれば楽で良いだろう。とりあえずイレヴンが言っていた地下酒場に有るかどうか覗きに行こうとは思っている。


「お客さん達が割と普段からやりたい事やってるのは理解出来た気がする」


 だからこそ特別に大それた願い事は無く、それを達成するために必要な能力も無い。

 欲が無いのか欲を満たす術を既に知っているのかは分からないが、恐らくそういう事なのだろうと宿主は頷いた。しかしもう少し能力らしい能力や願い事らしい願いごとが聞きたかった。


「もうちょっと何か無いんですかほら一度だけ過去に戻ってみたいとか」

「あ、それも良いですね」


 良し来た、これだよこれと宿主は満足そうに頷いた。

 会いたい人間がいるだとか、どうしてももう一度やり直したい過去だとか、恐らくそういった意味での質問なのだろうし答えも相応のものを用意してやりたい。そしてちやほやされたい。

 精々ドラマティックな過去を語って女の子の関心を独り占めさせてくれとニヤニヤしている宿主の前で、リゼルがポーチから一枚のチケットを取り出した。


「何それ。あ、前港行った時に貰ったやつじゃん」

「魚の魔物の購入チケットです。これ昨日までだったんですよね」

「食べてぇなら迷宮かどっかで獲りゃ良いだろ」


 魚の魔物はなかなか市場に出回らないので出たら相当な高値が付く高級魚だ。

 買いたい人間は多く、しかしその人々全員に行き渡る程の量は無い。なので陸揚げされた日に先着順で購入チケットを配り、数日かけて加工の済んだ魚がある程度のブロックに切り分けられてチケットを持つ者に売られる手順となっている。

 いつ陸揚げされるか分からないのでチケットを手に入れられるかどうかは運だが、リゼル達は丁度その日に港を訪れ、国を代表する魔鳥騎兵団副隊長のナハスが同行していた事もあって融通してもらえた。


「でも魚系の魔物って加工が難しいらしいし、買えるなら一度買ってみても良いかと思ったんですけど」

「あー、難しいっつーか凄ぇ面倒なんスよ」


 ですよね、とリゼルは頷いた。


「なので、出来れば昨日に戻りたいです」

「きょとんとされるわ!」


 どうしてこのエピソードを女の子に話せようか。

 とにかく雰囲気があるし人目を引く存在感がある三人だ。更に実力も伴っているし周囲と一線を画する空気すら持っており、そんな三人が過去に戻れるなら魚肉を買いたかったと言っていたと伝えた所で信じて貰える筈が無い。

 因縁の宿命を、だとか言って欲しかった。イメージ的に。


「じゃあほら女の子の食い付きが良さそうというかお客さん達のイメージ的にギャップ萌えも狙える兄弟が欲しかったとかそんな願いとか!」

「俺いらね」

「イレヴンは生粋の一人っ子っぽいですもんね」


 居たとしても凄く仲が悪そう、と言うリゼルにジルも頷いた。

 彼は一人っ子だからこそ家族仲が良かったのだろう。もし居れば殺しかけただの何だので殺伐としていただろう予想は容易につく。


「俺もいらねぇ」

「ニィサンいんじゃん、それっぽいの一人」

「だからいらねぇっつってんじゃねぇか」


 確かにオルドルが一応兄だと言えない事はない。

 その根拠など半分の血の繋がりだけだが。何せ数年だけ同じ家に住んでいて顔を合わせた事など片手で数えられる回数でしかないし、二人並んでも兄弟らしさは欠片も無い。

 侯爵家に居た頃は嫌悪も何もなくただ無関心だったジルだが、以前のパーティーでリゼルを不快にさせた瞬間から彼の中でオルドルは不愉快な人間へと変わっている。だからこそ、彼を想定した上でいらないと言い放ったのだろう。


「意外と妹とかいてもしっくり来そうですよね」

「あー、ちょいちょい面倒見そうッスね」


 泣かれる感も否めないが。


「ジルが剣だし、妹さんがいれば魔法とか凄そうです」

「俺女傑のイメージしか浮かばねぇんスけど」

「だってジルって魔法の素養ゼロですよ。その分妹さんの方に行っても良い気がします」


 宿主が思わずジルを見た。

 冒険者に詳しく無いが、冒険者が泊りにくる宿を経営している以上それなりに情報は入って来る。そんな宿主でも知っている冒険者最強と噂される一刀がまさかの素養ゼロのレッテルを貼られるとは何事なのか。


「いやいや魔法とか素養がある方が珍しいし普通じゃないですかね。俺だって魔法とか使える気ィしないし魔力なんて魔道具使う時ぐらいしか意識しないし」

「それです」


 人々が日常で使う魔道具はほとんどの物が自分から魔力を用いないものだ。

 触れたら魔石が勝手に魔力を吸い取って行って起動する物が大半で、魔力をわざわざ操作して流し込んでという手順はいらない。しかし多少専門的な魔道具になると魔力を送り込む必要が出てくるものも度々ある。

 この宿で言えば風呂がそうで、魔力を流し込んだ分だけ湯が温まるので自分で調整しなければいけない。この手の魔道具は決して珍しい訳じゃ無く、大して難しいことでも無いので誰でも少し練習すれば出来る。


「ジル、自分の魔力全然動かせないんです」

「不便じゃねぇから問題無ぇだろ」

「まぁニィサンも別に魔力多いとかじゃ無ぇし、良かったッスね。勿体無ぇ事になんなくて」


 魔力を持たない人間などまず居ない。よってジルも例にもれず大抵の魔道具は使えるが魔力操作は全く出来ない。

 魔法などもっての外だろう。魔法を使えない冒険者などたくさん居る為に不利にはならないが、その頂点と噂される人物が自分の体内魔力を外に出すという初歩中の初歩が出来ないとは誰も予想しない。

 知っても良かったんだろうか、と宿主は若干居た堪れない。別に本人は気にしていないので良いが。


「だからその分、妹さんが魔法特化だったら最強兄妹の誕生じゃないですか。弟だと対抗心から反発しそうですし、やっぱり妹なイメージかな」

「最強にする意味はあんのか」

「何となく俺が嬉しいです」


 そりゃ良かったと投げやりに相槌を打ち、ジルはお前の番だと顎で軽く促した。

 三人の中では唯一兄弟姉妹がいても問題が無さそうなリゼルだ。恐らく何かしらの答えは返って来るだろうと、宿主の目に期待が籠る。

 これで当主としての仕事が無くなるし兄が欲しいと返せば期待は絶望に変わるだろう。恐らく彼が欲しい答えはそうじゃない、とリゼルは苦笑しながら考える。

 兄弟姉妹に憧れた事が無かった訳ではないが、同い年の癖に兄のように振舞う某傭兵も弟のように手間のかかる某教え子も居た為に寂しく思った事は無い。


「俺は、そうですね。妹が欲しいです」

「その心は!?」

「うちの可愛い妹は誰にもやらん、とか言ってみたいので」


 宿主は撃沈した。どうやらこれも求めていた答えでは無かったらしい。


「確かにギャップは感じるけど萌えがあるかと言われれば欠片も無いこんな答えに萌えられる人はマジ勇者。もう何でこんな女の子受けしない答えしか出て来ないの何なの」


 何なの、と言われてもリゼル達は至って普通に答えているだけに過ぎない。

 えーと思いながらイレヴンは羊羹の最後の一口を放りこんだ。積まれていた羊羹は全て姿を消し、流石に腹が膨れたのかイレヴンは満足そうだ。

 ただ座っているだけな上に満腹で眠くなったのか、欠伸を漏らす姿にリゼルは苦笑する。依頼中なのだからと顎に手を添えて開いた口を閉じるよう促すように軽く押すと、イレヴンは一瞬ぴくりと肩を揺らしたが大人しく口を閉じた。


「もう予想外の答えが無い質問に逃げるしかないそうしよう。お客さん達の癖とかありますかなるべく変わったのとかお互い気になってるの」


 お互い気になってるの、と言われて三人が互いの顔を見る。

 決して長いとは言えない付き合いだが、癖が分かるくらいには見ている間柄だ。特に考えもせず出てくる。


「イレヴン、良くグラスとか齧ってますよね」

「あー、あれ。子供ん頃の名残っつーか何つーか」


 唯人のいう犬歯の位置に生える牙の根元にある分泌腺、それは蛇の獣人独特のものだ。

 牙の根元内側に分泌腺はあるのだが、大人になれば開閉も毒の分泌も自由なそれは子供の頃はゆるい。意識せずとも大きな口を開けたりクシャミをした時などに開いてしまう事があり、毒が漏れ出てまだ幼く弱い分泌口の周辺にピリピリとした感覚を残す事がある。

 その所為で牙の根元がかゆくなり、何かを齧ってかゆみを紛らわしていたのがイレヴンだ。何かを飲んで口内が刺激された時に、考え事をしているなどで無意識になると今も齧ってしまうらしい。


「今は大丈夫なんですよね」

「ホントにちっさい頃ッスよ。今なら漏れてても痒くなんざなんねぇし」


 漏れる事など無いが、とイレヴンは舌で分泌腺をなぞる。

 蛇の獣人ならば幼い頃に誰もが通る道だ、特に隠すようなことでは無い。


「お前は時々本読んでる時ページの隅いじってんな」

「あれ直したいんですけど、なかなか直らなくて」

「あー、リーダー時々しょんぼりしながら丸まったトコ直してるッスね」


 次にめくるページの角を、リゼルは時折指で遊ぶ。

 普段は慈しむように書物へと触れる彼が少しとはいえゆるく曲げ、内側に少々丸まったページに気付いては伸ばしているのをジルもイレヴンも度々目撃していた。

 本当に無意識なのだろう。気付けば弄っているのだからリゼルも意識など仕様が無い。

 集中してしまえば己の指先などに注意を向ける事など出来ず、気付けばいつも丸まっているのだからリゼルは常々この癖が何とかならないかと思っている。


「本が傷むし止めたいので、今度見たら声かけて下さい」

「本読んでるリーダーに声かけづらいんスけど……あ、そうだ。ニィサンって煙草噛まねぇ? これ癖?」

「そうなんですか?」


 何せリゼルの前ではジルは煙草を吸わない。

 不思議そうにそうなのかと問われ、ジルは眉を寄せた。確かに時々煙草を噛んでいる自覚はある。

 噛みつぶす程に強くは噛まないものの、フィルターに歯形が付く程度には力を入れている。別にその事に対して何かを思う訳ではないが、なら何故眉を寄せるのかと言われれば原因は一つしかない。


「確かに噛んでるかもな」

「へぇ、見てみたい気もします」


 絶対リゼルはそう言う、それだけの理由だ。


「お前吸わねぇだろうが」

「気にしませんよ。ジルが俺の前で吸ってたのって最初だけじゃないですか」

「それで満足しろ」

「でも、噛む所は見た事ありません」


 吸わない俺の前では吸う癖に、とニヤニヤしているイレヴンへ睨みつけるように視線を投げてジルは何でもない方向へ視線を投げた。

 何を言われようと吸う気は無い。煙草の臭いは似合わないと、そう思って以来一度も目の前で吸ってはいないのだからその意思は揺るがない。

 それにリゼルの前で吸おうと見たいものは見られないだろう。何せ煙草を噛んでいる時は大抵が不愉快を感じた時なのだから。

 納得したのかしていないのか、リゼルが無理強いはしないと言いつつも若干諦めていなさそうなのは気になる。


「正直もっと致命的な癖を期待してた俺です。ではでは最後の質問に行きましょう三人で行った変わってた所か楽しかった所はどこでしょうか」

「だから何で知りてぇの?」

「誘いたいからじゃないでしょうか俺よりモテる人間滅べ……!」


 ダンッと机を叩きながら呪詛を吐き出す宿主に、追い込まれた人間って恐ろしいと思いながら悠々と眺めているリゼル達はまごう事無く勝ち組だった。


「変わってたっつーと……迷宮?」

「括りがでかすぎんだろ」


 普通の平原にある門を潜ると熱気溢れる火山、地平線の見える砂漠、何処までも広がる森や迷路や階段の嵐や底の無い落とし穴。迷宮以上に理屈の存在しない場所は無い。

 どの迷宮も大抵が変わった場所に分類されてしまうのだからイレヴンの答えもあながち間違いでは無いだろう。


「俺は“知恵の塔”が面白かったですね。流石に深層になると面白い謎が出て来て」

「でもリーダー考え込まなかったッスよね」


 途中若干の体力勝負を迫られたが、知恵の塔に恥じぬ謎かけも多々あった。

 とはいえ通常ならば数日悩むような仕掛けであってもスイスイと通って行ったのだから、ジルやイレヴンはリゼルが何をもってして面白いと言っているのかが良く分からない。

 これでただ謎解きが得意なだけの人間ならば何も思わないが、勘で人の機微を見抜くジルも悪知恵が特化して働くイレヴンもリゼルだけは全くもって見抜けないし出し抜けないと思ってしまうのだから相当だろう。


「頭で敵わないって思った事とか無ぇんスか」

「結構ありますよ?」


 信じがたい目で見てくる二人に、リゼルは苦笑した。

 どれだけ頭が回ろうと政界ではまだまだ若輩、生涯をかけて国を支えてきた翁達を見るといつだって敵わないと思っている。真に国を思いその身を捧げてきた者たちは、文官といえどまさに化け物のように恐ろしい。


「そうですね、俺が一番そういった意味で尊敬しているのは元教え子の相談役の方でしょうか」

「相談役?」

「あの方にとってはまだまだ俺なんて子供扱いですよ。いつも敵わないなと思っています」


 年食ってるだけじゃねぇの、と言うイレヴンにそれも重要なのだと微笑みつつリゼルはそう告げた。自分のことを茶飲み友達だと言ってくれた翁は元気にしているだろうか。

 陛下と共に苦言を貰っていた日々が懐かしいと茶を飲みながらほのほのしているリゼルに、こいつ自分のこと過小評価もしないけど過大評価もしないよなと思いながらジルは自らも記憶に残る場所を探していく。

 以前自分が一人で行った場所や潜った迷宮など断片的にしか覚えていないが、最近の記憶はやけに鮮明だ。


「騙し絵っぽい迷宮あったろ」

「あのニィサンが通路と勘違いして壁に突っ込もうとしたトコッスか」

「そうだな、てめぇが宝箱と勘違いして床撫でてたトコだ」

「良いじゃないですか、二人とも実際に額をぶつけた訳じゃないんだし」


 ちなみにリゼルは真っ直ぐに通路が続いているっぽく描かれた壁にぶち当たった。


「俺はあの全部柔らかいトコッスね。床も壁も魔物も柔らかくて笑えた」

「てめぇ魔物壁に向かって蹴りつけて爆笑してたろ、正直引いた」

「ニィサンこそ斬れねぇって言いながらグッチャグチャに叩き潰したじゃん。超引いた」

「まぁまぁ、二人ともちゃんと戦えてたし充分じゃないですか」


 ちなみにリゼルは転ばないようにするのが精一杯で壁にもたれながら魔銃を発砲していた。


「何だか冒険者って凄いとこ冒険してんですねやけに楽しそうなんですけど」

「どんな所でも構わず魔物は襲ってきますよ」

「ですよねー」


 例えどんな場所でも迷宮は迷宮、とにかく危険である事に変わりは無い。

 宿主は一瞬冒険者って楽しい職業なのかもと思った記憶を全て封印し、ふぅっと溜息を吐きながら手に持っていた質問リストを見下ろした。とりあえず全て聞き終えたが、果たしてこれをそのまま女の子達に伝えたとして自分がモテるのかは疑問だ。

 話の切っ掛けにはなる筈。そうで無くとも答えを求めて集まってくれればハーレム気分を再び体験できるのだと思えば決して悪い結果にはならない筈。そう自分に言い聞かせるしかない。


「えーそれでは俺の調子こいた自業自得に付き合って頂き誠にありがとうございます依頼達成証明書どうぞ」

「はい、有難うございます」


 穏やかで品のある微笑みに、これをマスターすれば良いんじゃないかと思ったが即行諦めた。







 その日の夕食、リゼル達は豪華絢爛な料理を前に感心していたり引いていたりした。

 予想はついていたが、と思いながら机の上を見ると食材で作られた立体的な幻想の数々。以前初めて弁当をお願いした時のアレが更にグレードアップして出てきた。

 席について皿の上に所狭しと咲き誇る色とりどりの花に止まる蝶をとり、リゼルはパクリと口の中に放り込む。


「あ、やっぱり味がついてて美味しいです」

「まぁ見た目だけっつーんじゃねぇなら良いけど」

「普通に作んのが一番美味そうだと思うけどな」


 食材も良いものを使っているのだろう、食べれば普通に美味しい。

 身も蓋も無いことを言いながら食べるジルに笑っていると、ふいに宿主がキッチンから顔を出した。その手には華麗に切り開かれた果物の鳥の姿がある。

 それをもはやスペースの余り無い机の隅に置きながら、宿主はそうそうと話を切り出した。


「そういえばもう一つ用紙の裏に質問あったんですけど良いですか。もし自分達が凡人だったらどうするーって奴なんですけど俺もこれは結構知りたい」


 リゼルは不思議そうにもぐもぐと花の一片を咀嚼した。

 イレヴンは訳が分からないとばかりにヴァイオリンを噛み砕き、ジルは眉を寄せながら幾何学模様を崩す。

 あれ、と予想外の反応に動きを止める宿主へとリゼルは口内の物を飲み込み苦笑した。


「天才だなんて思ったことはありませんよ」


 才能を持とうともそれに胡坐をかいていれば辿りつく領域などとっくに超えている。

 例え天才でも例え凡人でも三人にとってはやりたい事もやるべき事も変わらないのだから、どちらにせよ今こうして三人で食事をとっているだろう。そこに至る為の過程など何も変わらない。


「特に、俺は」


 向けられる二つの視線は一瞬此方を窺ったようだが、リゼルの言葉に卑屈も自嘲も入っていない事を確認すると何事もなく散って行く。ただ有るがままの言葉に過ぎなかった。

 ただの事実ならば別に良い、リゼルが自らをどう評しようとそれは彼の自由だ。優れているというのも理由の一つだがそれ故に共に居る訳ではなく、彼が自分をどう定義しようとそれが自らに影響を与える事は無いと二人は知っている。

 そんな二人を見てリゼルは幸福を示すように目を細め、笑みを浮かべた。


「周囲の評価を必要としないなら、凡才も天才も存在しない区別ですよ」

「良く分からんけど格好良いから今度その言葉使ってみよう」


 才能を持つ事を天才だというのなら、いつだって彼の人の隣に立とうと必死に足掻く自分は間違いなく凡人だ。リゼルは微笑みながら二匹目の蝶を唇で食んだ。


質問募集にご協力頂いた皆さま、本当に有難うございました!

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― 新着の感想 ―
魔力流してお湯の温め調節してるならジルはこのお宿でどうしてるのだろうか、、、 シャワーは別とか??でもそれならシャワーのお湯を湯船に溜めれば良いし 暑いところだからってお水オンリーってわけにもいかない…
煙草を噛む理由、書籍版とちがう表現でびっくり。見比べるのも面白い。
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