76:某Sランク厳選
【酒湧樹木の酒がたらふく飲みたい】というCランク依頼により、ジャングルの一部地域にのみ生える酒湧樹木から樹液でもある酒を取って来た三人はギルドへと向かいアスタルニアの街並みの中を歩いていた。
ちなみにジルとイレヴンはちゃっかり自分達の分も確保している。一度にとれる量の少なさから高級酒に名を連ねる酒なので不味くは無いのだろうと、リゼルは今宵早速飲むかと話し合う二人を見て満足したようで何よりだと頷いた。
「そういえば、最近は門番の方に頷かれる事も少なくなりましたね」
「めっちゃ納得されてたッスもんね」
入国の際、ナハスが門番へと伝えたリゼル達の人物像は代わる代わる役目につく門番達の間で順繰りに伝えられている。曰く、“やたら貴族なのと、やたら黒いのと、やたら癖のある浮世離れした三人組は普通に冒険者だから通らせて良い”と。
彼らにとってはいきなり冒険者だと告げられて驚愕するのを回避するために過ぎないのだが、初対面の兵にいきなり全力で納得されたリゼル達は最初一体何がと思ってしまった。流したが。
「寄るぞ」
「はい」
ふいに道沿いの酒屋に入るジルは今しがた手に入れた酒だけでは足りないらしい。
それもそうだろう。ジルは一人で飲むのなら度数も値段も高い酒をゆっくり飲む事が多いが、イレヴンは度数が高かろうと低かろうと流し込むように飲む。そんなイレヴンと共に飲む時は同じようにハイペースで呷るのだから酒はいくら有ろうが余る事はない。
「ニィサン分かってるー。俺コレとコレとコレ」
「甘いもんばっか選んでんじゃねぇよ……」
「言う程甘くねぇし、酒ならニィサン少しぐらい甘くても行けんじゃん。それとー」
酒湧樹木の酒も相当の度数を誇る筈だが大丈夫なのだろうか、と適当に目に付いた酒を購入しているジル達を眺めながらリゼルも並んだ酒瓶に目を通す。
酒の名前もその由来も、材料も製造方法も分かるのに味だけが分からない。貴族社会で酒が飲めないというのはパーティーで苦労したものだ、何せ酔えばどうなるか分からないのだから容易に飲めない事実を周りに知られる訳にもいかない。
王都に比べて辛口の酒が圧倒的に多いが、ジャングル独特の果実を使った甘さの強い果実酒も多い。そのどちらも度数が高いものが多いのは、やはり国柄だろうか。
「リーダーお待たせ。何、飲みてぇの?」
「いえ、見てただけです」
何だ、と残念そうなイレヴンの後ろでジルは嫌そうに顔を顰めている。
何故それ程反応が違うのか心底不思議だ。リゼルはやっぱり酔った時に自分がどうなっているのか気になる、と思いながらも二日酔いの事を思い出すとやはり飲もうという気にはならない。
店を出て再び歩を進め、ギルドへと辿りついた時には既に夕暮れ時だった。少しずつ湧き出る樹液が瓶に溜まるのに時間がかかった為に、普段は早々に依頼を終わらせてギルドへと戻るリゼル達もこの一番混む時間帯となってしまった。多くの冒険者がギルドへ戻るタイミングと重なり、人の出入りが頻繁に行われている。
時間がかかりそうだ、なんて話し合いながら開け放たれたギルドの扉を潜った時だった。
「依頼を受けられないってどういう事だコンニャロ!」
聞こえた声に、リゼル達は顔を見合わせた。
ジルはしばらく考えた後にあーと納得したように微かに眉を寄せている。イレヴンは聞いた事があるような気がするけどまぁ良いかと飄々としている。リゼルは随分と色々な場所を回っているようだと感心している。
そんな三人の目の前で、ボサボサの髪とサイズの合わない眼鏡が特徴的な背の低い女性は依頼用紙片手にギルドの職員へと詰め寄っていた。
「怠慢してんじゃねぇコンニャロ! 今までのギルドには断られた事なかったぞ!」
「怠慢たぁ人聞き悪いな、俺はあんたの為に言ってんだぜ嬢ちゃん。どうせ受ける人間なんざいねぇから依頼金をわざわざ無駄にするこたぁ無ぇってな」
ギルド職員の言葉も一理ある。口調は荒いが彼も決して意地悪で言っている訳ではない。
生粋のアスタルニア冒険者はとにかく実力で全てを示せと言わんばかりの傾向を持ち、雑用で荷物の積み荷を運びはしても雑用で劇団の手伝いなど何となく格好が付かないと考える者が大半だった。
更に各国を行き来する冒険者だが、アスタルニアは立地の悪さ故に外から訪れる者がとにかく少ない。ここまで辿りつける冒険者ともなればランク指定無しとはいえ雑用に手を出して日銭を稼ごうと思う者もいないだろう。
「無駄かどうかは分かんねぇだろうが! そっちの事情は分かってるから報酬も奮発してんだし、今までも毎回受けられてるから可能性はゼロじゃねぇだろコンニャロ!」
「そうだなぁ……」
ざり、と職員が顎鬚を指でなぞる。
考えなしで来ている訳ではない。むしろ此処のルールを理解した上で、依頼を受ける冒険者が現れない事も想定して持って来ている。
それならば受けない理由は無いが、ギルド職員としては受け手の無い依頼を受理すると受理した人間の失態となる。平たく言うと給料とかに影響が出る。
彼にはどうしても此の依頼を受ける冒険者がいるようには思えず、他国では問題ないんだろうがと頭を悩ませた。
「おいおい嬢ちゃん、そんな柔な依頼を受ける奴ァいねぇよ。諦めな」
「外野が野次ってんじゃねぇコンニャロ! 受ける気無ぇなら黙ってろ!」
面白そうにその光景を眺めていた冒険者から投げられた声に、女性は威勢よく返す。
舞台の上で鍛えられた声量はそこらの男に全く引けを取らない。冒険者は叩きつけられた声に目を瞬かせ、ニヤリと獰猛に笑った。
「俺もあんたの為を思って言ってんだよ。そんな依頼受けるなんざよっぽどの軟弱者だぜ? そんな奴に手伝って貰いたくねぇだろうが!」
女性は不快感を隠さず冒険者を睨みつけた。
声高に受ければ軟弱者だと断言されてしまえば余計に依頼を受ける人間がいなくなってしまう。周囲からそう判断されてしまうと分かっていれば、割増された報酬に釣られる訳にもいかないだろう。
冒険者としては舐められたら終わりだ、わざわざ舐められに行くような真似は出来ない。嫌らしい真似しやがってと内心で吐き捨てながら女性は売られた喧嘩を買った。
「ハッ、軟弱者でも口だけ立派で何もしねぇ奴よりマシだぜコンニャロ!」
「それは良かった」
直後、穏やかな声と共に高まりきった好戦的な空気は突如霧散した。
伸ばされた手が握りしめて皺の寄った依頼用紙を優しく奪っていくのを、女性は目を見開きながら見送った。しかし直ぐにバッと勢い良く振り返る。
「依頼内容は前と一緒なんですね。あ、本当に少し報酬が良くなってます」
「劇団“Phantasm”? これどっかで…………あー、あん時の。こんな女いたっけ」
「お前謝った方が良いんじゃねぇの」
「何で?」
依頼用紙を持ち眺めるリゼルと、首を傾げるように一緒に覗きこんでいるイレヴン。そして同じく用紙を見下ろしながら舞台を一瞬壊した癖にと呆れたように言うジルへと、ギルド中の視線が集まった。
今恐らくアスタルニア国の冒険者の間で一番話題に上がるパーティの登場に思わず固まる周囲の前で、女性はパクパクと口を動かしてリゼルを見上げている。
「団長さん、お久しぶりです」
「おま……いや、来てたのは知ってたけどな! 昨日見たし!」
「そうなんですか? 声、かけてくれても良かったんですけど」
劇団“Phantasm”の団長たる彼女は驚愕から立ち直るようにガリガリと髪を掻き毟った。
基本的に舞台の設営を手伝ってくれた冒険者の事は忘れないようにしている彼女だが、その中でも目の前の穏やかな男は比較的最近だという事を除いても良く覚えている。滅多にお披露目できない魔道具の充填をし、ヴァイオリンが使えないという危機的状況を救い、そして途中舞台を暗闇に包みながらも悠々としていた冒険者らしくない冒険者など忘れろという方が無理だ。
その記憶の全てが舞台関係という全く色気の無い覚え方だが、四六時中舞台の事しか考えていない彼女なので仕方が無い。
「出来る訳ねぇだろコンニャロ! 人の演技中に声かけれるか!」
「あ、プロに見られてたなんてちょっと恥ずかしいですね。どうでした? いかにも悪徳貴族っぽくしてみたんですけど」
「ちょい過剰だったな。そもそもキャラが合ってねぇぞコンニャロ、無駄に貴族っぽいのが足引っ張って悪徳イメージが浮いてる感じがした」
随分と的確な評価を告げられ、リゼルはそれは残念と可笑しそうに笑いながらギルドの受付へと歩み寄った。
その片手には依頼用紙、当然のように机の上に乗せてみせると強面の職員は用紙とリゼルとを見比べる。それを全く気にすることなく、そういえばとリゼルは団長を振り返った。
「前みたいに人数が必要ですか?」
「は? いや、今回は劇場借りれたし二、三人いりゃ上々だけどな……だからこっちも報酬上げられんだし」
「じゃあ大丈夫ですね」
にこりと微笑むリゼルに、団長はぱちぱちと目を瞬かせた。
その後ろではジルが今回は自分もかと諦めたように溜息をつき、イレヴンが雑用でも面白けりゃ良いけどとニヤニヤ笑っている。依頼の決定権はパーティリーダーのもの、文句など飛ぶ筈が無い。
リゼルはくるりと職員に向き直り、それならばと何か考えるように髪を耳にかけた。
「これ、俺達への指名依頼として受理して下さい。この場で受ける事を決めるので、問題無いでしょう?」
「あ、あぁ」
このギルドへと訪れたのはまだ数回、それでも圧倒的な存在感を周囲に植えつけた人間を前に職員はぎこちなく頷いた。血の気の多い冒険者を平気で相手取る職員だが目の前の男は抑えつけられる気がしない。
依頼の受理手続きを始めた職員を見て、リゼルはひょいっと団長を呼び寄せた。一瞬の間の後、ダッダッと勢い良く足音を鳴らしながら数歩の距離を駆け寄って来る。
「……受けてくれんのか!」
「お嫌じゃなければ」
「おっしゃぁぁぁ! じゃああの魔道具使えるから劇場の広さ計算して! この国なら雪とか降らせればウケ良さそうだな!」
もはやどう舞台を演出するかに意識が飛んでいる団長を見下ろし、リゼルはとりあえずジル達に今日の分の依頼終了手続きを頼んだ。長くなりそうだ。
「あのシーン増やして! あのシーン減らして!」
「団長さん、依頼料をって言われてますよ」
「持ってけコンニャロ!」
バンッと机の上に叩きつけられた銅貨が派手にチャリッと音をたてて跳ねる。
しかし意識は劇から外れない。相変わらずだなぁとそれを眺めながらリゼルは職員から指名依頼を引き受ける際に記入する署名用紙を受け取り、無造作に机の上に転がっているペンを持つ。
何度同じやり取りをしようと契約書類の上から下までしっかりと目を通すリゼルは、横で盛大に荒ぶる団長へそれなりに相槌を返しながら確認を終えて横を見た。先程まで団長へと絡んでいた冒険者が未だにポカンと口を開けたまま此方を見ている。
署名して職員へと用紙を返しながら微笑み、ハッとしたように目を泳がせた男へゆるりと首を傾げてみせた。
「軟弱者って呼んでも良いですよ」
口元を引き攣らせながら首を振った男は、リゼル達が去った後に巻き込むなこの野郎とパーティメンバーにフルボッコにされた。
翌日、さんざん飲んだ癖に二日酔いなど少しも見せずリゼル達は海に近い劇場へと訪れた。
普段から色々なショーや催し物に貸し出されている劇場だが、今はPhantasmが二カ月の契約で貸し切っている。最初の一週間は舞台で調整しながら本番さながらの稽古を行い、残りを公演の期間に充てる手筈らしい。
一から舞台を作り上げるよりは楽だが、冒険者が雇えればその分稽古へと時間があてられる為に変わらずギルドへと依頼を出したようだ。
「あ、お久しぶりですー!」
劇団員も見覚えのある顔ばかりで、今声をかけてくれた女性も以前の依頼の際に冒険者を取りまとめていた団員だった。リゼルも微笑んで挨拶を返し、団長の元へと案内されるままに付いて行く。
「今回の演目も“幻想の旅人”ですか?」
「それのアレンジですね。もっとライトにしてファンタジー色を強めた感じって言えば良いでしょうか……たぶん全然違う感じになると思うので、公演の時はぜひ見に来て下さい!」
泣かせるシーンはウケが良くないが派手な演出はウケが良い、そう語る女性に相変わらずウケれば何でも良いらしく売り方に躊躇いが無いとリゼルは頷いた。若手が多いからだろうか、とにかく思考が柔軟だ。
客席を抜け舞台へと上がり、女性はひょいと積まれた材木の後ろを覗きこむ。そこには台本へと一心不乱に何かを書きこむ団長がいた。
「団長、冒険者の方がみえましたよ。私照明に戻りますからね!」
「魔道具出しといたかコンニャロ!」
「ちゃんと出しておきましたー!」
パタパタと走り去って行った女性を見送っていると、ガリガリとペンを動かしていた団長はバッと顔を上げる。
「じゃあ早速……お前らラフだなコンニャロ! 一気に混乱したわ!」
「あれ、駄目でしたか?」
今日は特に魔物と戦うことも無ければ危険な場所に向かうでも無い。それならば体を覆ってしまう暑い装備など着る必要は無いと全員私服で来ていた。
イレヴンは普通にタンクトップで、複数のピンで前髪を上げているのが涼しげだった。ジルも無難を求めた結果か黒から逃れられないようだが、王都では着ていた覚えの無い半袖を着ている。
その点リゼルは二人に比べれば圧倒的に露出が少ない。しかし彼にしては首も覆っていないしゆったりとした形だしで結構頑張っている。
「別に駄目じゃねぇけど、予想外過ぎて見慣れないだけだコンニャロ……それにしても」
ふいに団長は立ち上がり、ぐるりとリゼル達の周りを回った。
ジロジロと遠慮の無い視線での観察に、嫌な予感がするとイレヴンは顔を引き攣らせて一歩リゼルへと寄る。ふいにグルグルと周りを回っていた動きを止め、団長はジルの真正面へと止まってふんふんと難しい顔で頷きながらその体を凝視した。
「ムッキムキの冒険者に比べりゃ細ぇと思ってたけど、脱いでみりゃ筋肉ついた良い体してんな」
褒められたジルは全力で嫌そうに顔を顰めた。
確かに着やせするタイプかもと同意するリゼルは完全に他人事だ。いっそ面白そうな様子に舌打ちをして恨みがましい目を向けるものの、綺麗に微笑み返されて終わった。
ふいに団長が気合いを込めるように腕まくりして拳を握りしめる。
「殴って良いか!」
「え? どうぞ」
どうしてお前が許可を出すんだと当の本人が突っ込む前にジルの腹にその拳は叩き込まれた。見る限り一切の遠慮なく全力で叩き込まれた拳に、リゼルはいっそ感心したようにそれを眺める。
顔を顰める事なく微動だにしないジルは、殴った体勢のまま固まっている団長を何がしたいんだと見下ろした。鍛えてもいない女の細腕など幾ら力を込めようと全く痛くない。
団長は逆にダメージを食らい痛む拳を数度開け閉めし、輝かんばかりの獰猛な笑みを浮かべて舞台の上で衣装を運んでいる団員の男へと突撃する。
「痛ッてぇ……! これだよコンニャロ! おいテメェ今回の公演までに冒険者系の筋肉つけろっつったろ! つけたか!」
「は!? 団長訳分かんね」
「おらぁ!!」
「ぐは……ッ」
叩き込まれた拳に、団員は崩れ落ちた。相変わらず少しの加減も無い全力の拳だ。
「見せかけだけの体でリアリティが出ると思ってんのかコンニャロ! 肉体改造しまくれ! 腹筋やわっやわじゃねぇかコンニャロ! あれ目指せ!」
結構な体格を持つ筈の男は“あれ”と称されたジルへと何とか目を向ける。
見るからに実用性重視の鍛えられ絞られた筋肉、筋力トレーニングでは決して身に付かないだろうそれに無理だろと内心で叫んだ。男としては憧れるが世の中には可能な事と不可能な事がある。
団員全員の同情の視線を受けながら、団員はしばらく腹を押さえて悶絶していた。
「あれみぞおちッスよ」
「団員に怪我させちゃ駄目なんじゃないでしょうか」
「パーティ殴らせるリーダーも似たようなもんだろ」
どうせ痛くも痒くも無いんだから一発ぐらい良いんじゃないかと思うが、その考えを見越したかのように視線を向けられてリゼルは素直に謝った。許可した結果が舞台の真ん中で悶絶する団員なのだから、何だか悪い事をしたかもしれない。
「次はそっちの獣人だコンニャロ!」
「どうぞ」
「げッ」
ダッダッと勢い良く戻って来て今度はイレヴンの前で急停止した団長に、しかし反省しかけたリゼルは再び容赦なくイレヴンを差し出した。
悪い事をしたかもしれないがそれはそれ、これはこれ。こういう突飛な人間の行動は分かりづらいから観察しておきたいし、劇に必要なことならば依頼を受けた身としては協力しなければ。何より面白そうだし、と内心で呟いたリゼルは色々建前を作っているものの間違いなくそれが一番の本音なのだろう。
リゼルが許可を出したからには避けも防ぎも出来ない、瞬間的に先程のジルと同じ思考に陥ったイレヴンは顔を引き攣らせて攻撃に備えた。別に痛くは無いだろうが嫌だ。
「ドラァ!」
「怖ぇよコイツ!」
叩き込まれた拳は、力を込めた固い腹筋により拒まれる。
やはり痛みと共に痺れる拳に団長は笑みを深め、再びとある一団員へとダッシュしていった。荒ぶる団長に突撃される団員は幸か不幸か先程の光景を見ていたので脇目も振らず踵を返して逃げ出している。
「待てテメェコンニャロ! お前盗賊役なんだから絞っとけっつっただろうが! アレ見ろコンニャロ! 細いのに全ッ然やわく見えねぇだろ筋肉も実用性ありまくりだぞ!」
「現役冒険者と一緒にしねぇで下さい待て待て待て無理ですってば!」
全力の逃走劇は準備が進まないという理由で逃亡者が他の団員に捕まり終結を迎えた。
その際に容赦なく全力の拳を叩きこまれている。先程と違い備える事が出来た分だけマシだろう。戻って来た団長はこれでもかと言う程に息を切らしていたが心底満足そうだ。
「俺は良いんですか?」
「馬鹿野郎! お前殴ったらただの依頼人のパワハラだろうがコンニャロ!」
リゼルは一応二人を差し出したのだから望まれれば差し出そうと考えていたのだが、痛くないに越した事は無いし良かった良かったと頷く。
何故自分達は良いのかとジルとイレヴンは思わず団長を見たが、その視線は届かなかった。
「“幻想の旅人”では魔王とか居ましたけど、やっぱり今回もいるんですか?」
「キャラは変える予定だけどな、美少女に! ついでに主役と恋愛に絡めるか考え中だコンニャロ!」
リゼルは舞台に腰かけながら、のんびりと魔道具に魔力を注ぎ込んでいる。
相変わらず周囲がせっせと働く中で一人座っていて良いのだろうかと思うが、誰も文句は言わないしやれるのが自分しかいないのだから気にしない。隣では胡坐をかいた団長が相変わらずガサガサと台本に書きこんでは頭を掻き毟っている。
「そういうの、ウケるんですか?」
「波乱万丈な恋っつーのはウケそうだが、詰め込み過ぎても分かりにくくなるな」
「折角分かりやすい世界観だし、サラッと楽しんで貰うには無い方が良いかもしれませんね」
リゼルは時折奇声を上げる団長と談笑しながら視線を横へとずらす。
同じく舞台の上にはジルがいた。数人がかりの力作業を一人でとてつもなく効率良く終わらせた彼は、折角一流の冒険者がいるのだからと戦闘シーンの監修をしている。
監修と言っても迫力を増す動きにするにはどうすれば良いかだとか、よりリアリティのある殺陣にする為に不自然な動きがあれば指摘しているだけだ。面倒そうに動きが違うだの普通やらないだの言っているあたり依頼はきちんとこなすジルらしい。
「やっぱ魔王を少女にする分迫力に欠けんなコンニャロ……!」
「皆さんの演技なら迫力ぐらい出せますよ」
「ただ迫力出してぇなら男のままで良いし、もっとこう冷たく高貴で棘のある薔薇で! 観客に嫌われるどころか呑み込むみたいな! くっそ、台詞を煮詰めるしかねぇかコンニャロ!」
相変わらず公演一週間前だというのに最後まで妥協しない。
練習に付き合う団員は大変だろう。より良い舞台の為に誰よりも努力しているからこそ付いてくるのだろうが、とリゼルはふいっと上を向いた。
照明と照明の間を赤い髪が滑らかに滑っている。命綱無く行き来出来るおかげで縦横無尽に高所で縄を結んでいくイレヴンが、リゼルの視線に気付き目を細めてひらりと手を振った。
それに手を振り返し、反対の手を置いている魔道具を覗きこむ。もう少しか、と頷いて魔力込めを再開した。
「お題! 国を一つ落としてきた部下への少女魔王の褒め言葉! 報酬に何かやるって時の何かを一人一つずつ言えコンニャロ!」
「金!」
「地位!」
突如始まったやりとりにリゼルは目を瞬かせ、団員達も慣れたように返す姿に成程と笑みを浮かべた。
返って来た答えがイメージに合えばそのまま使えば良いし、違ってもインスピレーションを刺激するだろう。台本を作っているのは団長のようだが全員の意見を絡ませることで不満を与えない様にもしているようだ。
感情的な割に思考は冷静なんだよなぁと的確ながら矛盾する事を思いながら口々に提案される案へと耳を傾ける。
資材を組んでいる団員の男が言う。
「国をやろう!」
「貰っても運営は面倒ですよ」
「お前が言うと説得力あんのは何でなんだよコンニャロ! 次!」
板に色を塗っている団員の女が言う。
「私をあ・げ・る!」
「ペンキに顔突っ込め! 次!」
殺陣の練習で剣を交わしていた男が言う。
「踏んであげましょう!」
「おい、今の振り方だと次に首飛ばされるぞ」
「そのまま飛ばされてろドエム野郎! 次!」
天井からぶら下がるロープを引っ張っていた女が言う。
「良いものあげるー!」
「それが何か聞いてんだろうがコンニャロ! 次!」
座席をせっせと拭いていた男が言う。
「優しい長になってやる!」
「なんか私に文句でもあんのかお前コンニャロ! 次!」
舞台の隅でヴァイオリンを奏でていた男が言う。
「新しい楽器が欲しいです!」
「何でてめぇが欲しいものになってんだ買わねぇぞ! 次!」
天井の骨組みからぶらんとぶら下がったイレヴンが言う。
「あ、やべ。何かベルトから抜けた」
「ぎゃぁぁぁ! 上からナイフ落ちてきたぁぁぁ!!」
流石劇団員、賑やかな事だとほのほの笑うリゼルへとビッと隣からペンが突き付けられる。
睨むような強い視線で答えを求められ、自分もかと考えるようにんーと呟いた。一瞬、流れに乗って何か面白い事をいうべきかと真剣に悩んだが止めておく。
確か以前見た劇では魔王は部下に忠誠を誓われていた筈だ。魔王なら多少横暴に「良くやった」の一言で済ませても良いような気がするが、それは団長が望む答えでは無いだろう。
「やっぱり、普通で良いんじゃないですか?」
「普通っつーとやっぱ金か権力だなコンニャロ」
「国を一つ落とす程の成果だし、もっと特別な……ん、そうですね。例えば俺なら」
溢れる程の金でも全てを支配するような権力でも足りないという。
普通で良いと告げるのだから、それ程突飛なものでは無い筈だ。思い付く限りの褒美の内容を思い浮かべたが、リゼルの言葉はそのどれにも当てはまらなかった。
「ただ名を呼んで貰えれば、それで」
微笑みながら告げたリゼルに、ピタリと団員は全員作業の手を止めて固まった。
国を落とした成果に相応しい、金や権力以上の、普通に考え得る報酬。それら全てをクリアした褒美として告げられた筈の言葉は、誰もがそれだけかと思わずにはいられない報酬だった。
しかし、と殺陣の練習をしている団員は近くに立つジルを見る。真っ直ぐにリゼルの方を見ながら何かを納得するように目を細める姿は明らかに同意を表していて。
しかし、と照明を設置している団員はすぐ上にぶら下がるイレヴンを見る。横目でリゼルを見ながら何処か機嫌良さそうに唇を吊り上げた姿は間違いなく同意を示していて。
それを見てしまえば余りにも些細だと感じた報酬が、何よりの褒美では無いのかと思えてきてしまう。
「あ、そういえば部下視点で考えちゃ駄目ですよね。こういうのって」
それはつまりどういう事だと混乱する団員達を我に返らせたのは、可笑しそうに告げるリゼルの声だった。団員達は何故か気が抜けたように息を吐いて作業を再開する。
「ッたく、人を呑まなきゃいけねぇ劇団員が呑まれてんじゃねぇぞコンニャロ!」
「あれ、俺って劇団員の才能ありますか?」
「あったとしても使いづれぇよコンニャロ!」
やけくそのように叫び、しかし何か掴んだと言わんばかりに団長はペンを激しく動かし始めた。
黒に染まって行く台本に、読めるのだろうかとそれを眺めながらリゼルは魔道具から手を離す。そろそろ充分に魔石へと魔力を溜めこめられた筈だ。
以前は二週間の公演で魔力を使いきるギリギリだったらしいが、今回はそれより長いというし大丈夫だろうか。恐らく計算して使う筈なので一回の公演につき短時間しか使用しないのだろうが。
「団長さん、魔力込め終わりました」
「相変わらずピンピンしてんなコンニャロ! おら報酬だ持ってけ!」
押しつけられるように渡された三人分の報酬は、やはり前回のものより少しだけ割高だった。
ジルやイレヴンの分も渡されて良いのかと思ったが、良く良く見ると二人はほとんど冒険者として手を出せる範囲の仕事を終えている。終わり、と言いながらイレヴンもストンと天井から降りてきた事だし正真正銘これで依頼終了となるだろう。
「ついでだ!」
「有難うございます、見に行きますね」
突き出された三枚のチケットは初日公演のものだろう。ぶっきらぼうに渡されるものの、見に来ると告げれば嬉しそうな様子は以前と何も変わらない。
恐らく一番見やすい関係者席を空けておいてくれるのだろう。今度は早めに宿を出なくとも良さそうだと微笑んで、リゼル達は礼の言葉を向けられながら劇場を出た。
そこはぼんやりとした灯りに照らされた空間だった。
厳か、とも言って良い。重厚な音色がゆっくりと流れ、その空間の真ん中にいる数人の身じろぎすら明確に示してしまいそうな程に静かに停滞した空間。
人々の目はただ一人に集まっていた。膝をつき頭を垂れる男達ではなく、威厳ある椅子に腰かける漆黒のドレスを身に付けた華奢で美しい少女から視線が外せないでいた。
「っふふ」
静寂の中で少女から零れた声に、誰もが意識を絡めとられる。
何を言うのか。何をするのか。華奢な肢体をアンバランスな程に大人っぽい黒のドレスに包んだ少女が、とある大国を支配した部下へと告げた言葉はただその部下の名前のみ。
しかし、それだけで部下は垂れていた頭を上げた。驚愕するように、歓喜するように、震える唇と見開かれた瞳が全てを伝えていた。
当然のように次の言葉は報酬の内容だと思っていた人々は息を呑む。違う、そんな有り触れたものではない。これこそが。
「ねぇ」
少女は、魔王と呼ばれた少女は肘かけにしなだれかかるようにぺたりと上体を預けた。
そのままゆっくりと片手を持ち上げ、顎をなぞる様に手の甲を滑らせ、そこに唇を寄せるように頬杖をつく。ちらりと流された視線が顔を上げた部下を捉え、弓を描いた。
正しく獰猛、正しく美貌、正しく支配者、それはまさに棘を持ち咲き誇る薔薇のような笑みだ。
「私に名前を呼ばれる以上の喜びなんて、貴方には無いでしょう?」
ぷらん、とその白く細い足が暗い空間から浮かび上がるように揺れる。
誰もが息を呑む中、その観客の一人であるイレヴンは胡散臭そうな表情を浮かべながら隣に座るリゼルへと顔を寄せた。小声で囁く。
「あれが本当に人にボディーブローかました女ッスか」
「団長さんです。流石に見せ方を知ってるだけあって存在感がケタ違いですね」
「声も違ぇし俺全ッ然分かんねぇ」
イレヴンだけではない、観客の誰もが普段の団長とすれ違っても一人として気付かないだろう。女性の変身は世界が違おうと変わらず素晴らしい、とリゼルは感心するように見上げた。
魔王側の演出が終わると一瞬舞台が暗転し、場面が変わって今度は主人公サイドへと切り替わる。
すぐに始まったのは盗賊との戦いのシーンで、歓声の中で戦闘用の激しい音楽がバイオリンにより奏でられた。以前より迫力を増したように見える剣の応酬に、ほとんどジルが口を出している所は見なかったが一応指導についた甲斐はあったのだろうかと思いながら眺める。
「俺はリーダーのやつのが好きかなー」
「プロと比べられるなんて畏れ多いですよ」
そういえばイレヴンは聞いていたのだったか。未だに何処から聞いていたのかリゼルは知らない。
ジルは黙々と舞台を眺めながら、だからそう振ると首落とされるだろうがと内心でぼやいていた。
団長は別に少女では無い。二十後半ぐらい。
足りない外見描写を埋めようと頑張ったら何故かこうなりました。私服も別に何着もあるので固定では無いという…相変わらずぼんやりで申し訳御座いません。




