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74:勿論寂しがってる

 アスタルニアに来て三日、リゼル達は未だ冒険者として動いてはいなかった。

 三人共まともに訪れた事が無い国という事で観光がてら周囲の散策をしてみたり、ナハスに話を聞いていた一度は訪れるべき名所を見学してみたり、はたまた各々の趣味に則ってぶらついてみたりと割と全力で遊んでいたからだ。

 全くそれらしい行動の無いリゼル達を、関わったアスタルニアの人々はまさか冒険者だと思ってもいない。妙に変わった観光客かと思っている。


「結構混んでますね」

「混む時間だしな」

「冒険者すんのも久々ッスね」


 だからだろうか、四日目の朝にそんな会話をしながらギルドへと入って行った三人を目撃した人々は冒険者や一般人を問わず二度見していた。

 冒険者ならば一刀を知る者も多いだろう。赤毛の蛇の獣人が好戦的な光を目に宿す事に気付く者も多いだろう。

 しかしそれでも驚愕してしまう程に同行する穏やかな男は冒険者には見えず、敬意を払うべき自らの国の王族と似た空気を纏っている。近頃良く噂されていた“観光客”が冒険者なのだと、周囲はようやく気が付いた。


「何だか、久しぶりです」


 ギルドへと入ったリゼルは可笑しそうに笑った。

 驚かれるのは頻繁にあるものの、当然のように“ああ依頼人か”と視線を送られたのは初めてパルテダのギルドを訪れた時以来か。少しは冒険者らしくなっている筈なんだけど、と零すリゼルにジルは溜息をついた。

 確かに思考や知識は多少冒険者に寄って来たのではないかと思うが、その清廉とした印象は変わらないのだから周囲の反応は正しい。何せ冒険者らしくと言う割にはリゼルの仕草は少しも粗暴にならず、わざとじゃなければ口調も乱れないのだから。

 リゼルが冒険者という事に慣れた王都の人々ならば、最初のリゼルを知っているからこそ些細な冒険者らしさを見せられた時に「冒険者らしくなったな……」と大袈裟なまでにしみじみ思う事もあるが。親かと言いたい。


「リーダー、依頼ボードあっち」

「折角だし、この国独特の依頼とか見たいですね」


 慣れたように依頼ボードへと進む三人に、ざわめきと共に視線が集まる。

 しかしリゼル達にとってはもはや慣れた反応だ。特に気にすることなくいつものようにFランクから目を通そうと壁一面に張られた依頼用紙の前へと立つ。


「国柄って出るよなァ」

「職員の性格じゃねぇの」

「こういうのも、らしくって良いと思いますけど」


 依頼用紙はボードに雑多に張られていた。

 時には傾き、時には重なり、ぎりぎり依頼内容が読める程度の無秩序な並びは整然と張られていたパルテダールの依頼ボードとは違う趣があった。数が多いのか古い依頼を整理しないのか、読みにくいが見慣れないリゼルから言わせれば“それっぽくて良い”とロマン溢れる趣向だ。


「王都とか凄ぇぴっしり並んでたけど、あれって氷人間の趣味なんスかね」

「スタッド君はこういうの好きじゃなさそうだし、そうかもしれません。ん、この黒板って」


 微笑んだリゼルが、ふと視線を横に滑らせる。

 依頼ボードの端に張られたFランクの依頼、その隣にそこそこの大きさの黒板があった。

 アスタルニアの国と周囲のジャングル、大体で描かれた地図は黒板に直接描かれており消せないようになっている。その上からチョークで一部地域に斜線が引かれていた。

 黒板の上に並ぶ“立ち入り禁止・警告区域”という文字に、成程とリゼルが頷く。


「イレヴンの言う、魔力溜まりスポットの発生や魔物の異常発生を教えてくれてるみたいです」

「黄色のチョークだからー……魔物?」


 地図で言う東の端の方、そこへ斜線を引いているチョークは黄色だった。どうやら色で異常の種類を知らせてくれているらしい、と黒板の角に書かれた色別説明を眺める。

 とはいえ今日斜線のかかっている部分は随分と遠いようなのでリゼル達には関係が無い。ジルも暑いだけで体調が悪い訳じゃないと言ってはいるもののまだまだ本調子ではないようだし、初日だけあってあまり遠出をする予定は無いからだ。


「低ランクって面白い依頼が多いですよね」

「上位になると討伐や採取ぐらいしか無ぇしな」


 明らかに強者の趣を出しながらFランクの依頼を眺める三人に、周囲の冒険者は既に付いて行けていない。ツッコミ所が怒涛の如く押し寄せながらもツッコめない現状に顔を引き攣らせるのみだ。


「果物の選別とか、ジャングルの生態調査も独特で面白そう……あ、漁の手伝いとかもあります」

「や、無難に迷宮とか行かねぇリーダー」


 漁とか絶対に嫌だ。ジルとイレヴンはまさか選ばないだろうと思いつつも牽制をかけておく。

 リゼルはFからE、Dと移動しながら迷宮かと考えた。迷宮に地域ごとの特色は少なく、極寒の地に砂漠の迷宮があったり逆に火山にある迷宮が極寒の地だったりもする。

 つまりどの迷宮も独特の世界を作っているのでリゼルにとっては常に興味を引くものなのだが、何が引っかかるかと言われれば一点のみ。近場にある迷宮に関する依頼へと目を通しながら何て事ないように言う。


「魔法陣、使えないと不便ですし」

「そういう所がらしくねぇっつうんだよ」

「リーダーが言いてぇ事も分かるけど」


 あれ、とリゼルは二人を振り向いた。

 リゼルにとって魔法陣は使えて当然、使えない場合は貴重な経験として迷宮踏破を楽しもうと思えるような代物だったが多くの冒険者にとっては違う。

 そもそも目的(多くの場合は依頼)の為に迷宮に潜るのがほとんどで、その都度迷宮を攻略していくのが当然なのだから魔法陣は目的まで一日で辿りつけない場合にあるというのが冒険者共通の認識だ。決して目的までのショートカットの為ではない。

 リゼルもそれを知識としては知っているものの、当たり前を不便と思ってしまう程度には認識がずれている。経験上、仕方がないとも言えるが。

 とはいえ目的無く迷宮に潜ってはボスを倒すジルやイレヴンも充分に“らしく”ないのだから、リゼルの事は言えない。


「つかリーダーいつもみたく考えてるっしょ。依頼とボスとセットで」

「だって依頼だけじゃ君達は物足りないじゃないですか」


 リゼルはただ依頼の為に魔法陣が使えないと、それだけで不便だと言っている訳ではない。

 三人が迷宮に関する依頼を受けた時、当然魔物の討伐や採取などの依頼を達成しただけで終わる筈がない。折角迷宮に来たのだからと、ジルやイレヴンの希望もあって高確率でそのまま最深層まで潜ってボスを討伐して帰るからだ。

 その為、馴染みの無い迷宮で魔法陣を使わず最深部まで行くのは一日で足りるだろうかと思わず考えてしまう。それゆえの不便。


「あぁ、でもそうですね。今まで潜った迷宮では途中まで行って踏破してない状態で放置って無かったけど、それでも良いんですもんね」

「俺にしちゃスッキリしねぇけど」

「あー俺も。あっちのは大体倒したし、何か変わったのと戦り合いてぇかも」


 いやこれ冗談だろ、と聞いている周囲は笑い飛ばしたい。

 笑い飛ばしたいが、余りにも普通に話されていて笑い飛ばせない。内心で怒涛のツッコミを巻き起こしているのみだ。

 とんでもない会話をしている自覚の無い本人たちは、至って普通に依頼を選んでいる。もはやざわめきなど気にしない。気付いているが意識から外してしまえば気にもならない。


「じゃあ、ここらへんで一番短い迷宮に行きましょうか。ちょっと変わってて面白そうですよ」


 今日はその迷宮に関する依頼を受けて一緒に達成して来ようかと、リゼルはCランクの依頼が集まる区画で一枚の依頼用紙に手を伸ばした。上部に雑多に張られたそれを、手を伸ばしきる前にジルが剥がして渡してくれる。

 礼を言って受け取った依頼は“ジェントルマリオネットのスカーフ”、魔物の素材採取と良くあるものだ。


「どこどこ?」

「“制限される玩具箱”、ドール系がたくさん出る迷宮です」

「何が変わってんだよ」

「着いてのお楽しみ、という事で」


 楽しそうに微笑むリゼルに、嫌な予感しかしないとジルは顔を顰めた。

 何故リゼルが此処まで詳しいのかは言うまでもない。アスタルニアに到着してからも知識の吸収に余念が無く、既にこの数日で本と言う本を思うがままに買い漁っている。

 ギルドには訪れていないので詳細な地図を買ってはいないだろうが、魔物事典に類する本や迷宮紹介などから知っていたらしい。


「前の“最悪の迷宮”じゃ結局ドール出なかったし、久々ッスね」

「何でドール系の魔物ってあんなに衣装が凝ってるんでしょう。見てて楽しいですけど」

「素材箇所じゃなけりゃ布一つだって獲れねぇけどな」


 じゃあ依頼を受けて来ますとリゼルがギルドの受付へと向かう。

 混む時間帯なので並ぶと前に立つ冒険者が振り返りビクリと肩を跳ねさせ、ようやく順番が回ってくるとリゼルを見た職員がビクリと肩を跳ねさせ、しどろもどろに依頼の手続きはパーティリーダーがと告げる職員へと自分がそうだと告げた途端に聞こえる範囲にいた人々がビクリと肩を跳ねさせて一斉にリゼルを見るのを。

 ジルは心底愉快だと言わんばかりにニヤニヤし、イレヴンは無言で爆笑しながら眺めていた。







 その迷宮はアスタルニアを出て、ジャングルには入らず海に沿うように歩いて三十分程の距離にある。

 パルテダール同様、冒険者用の馬車はあるがジャングルの細い獣道を通って行けない。通れる範囲の道をぐるっと回っているだけで迷宮まで連れて行ってくれる訳では無く、乗客は目当ての迷宮に近くなると思い思いの場所で降りる。

 今回は歩いた方が早かったのでリゼル達は普通に歩いてきた。早朝でもアスタルニアは暖かい。


「誰もいねぇッスね」

「そうですね、少し厄介な特性を持つ迷宮でしょうし」


 そんな所を選ぶなと言いたいが、問題無いと判断したからこそ選んだのだろう。

 ならば文句を付ける訳にも行かず、ジルは「へぇ」の一言で返事をする。国が変わっても門は門、石で造られた門はまるで円を重ねるような装飾が掘られていて雰囲気的に重厚さは無い。

 門のデザインは内装に準ずるので、“玩具箱”の名に相応しく重苦しい迷宮では無いようだ。そう思いながら門を潜った先にあったのは、所々に玩具染みた装飾がある普通の迷宮だった。


「ちょっと華やかな迷宮って感じですね。これでドールが襲いかかってくるなら、まさに玩具箱に見えるでしょう」

「全力で玩具箱してても面白ぇけど。ニィサンが」

「煩ぇよ」


 どの迷宮にも共通するように、最初の一部屋は魔法陣のある部屋だ。

 足元にある魔法陣は光らない。初めて訪れる迷宮だから当たり前だが、やはり珍しい光景だと思ってしまうのは仕方無いだろう。

 そのまま進み、通路へと繋がる扉の上にふと玩具のルーレットが三つ並んでいるのを見つける。その手前には同じく三つ並んだボタン、リゼル達と個数が一緒なあたり迷宮が全力で空気を読んで一人ずつに用意したものだろう。


「ふっつーに考えてボタン押せばルーレット回るんスよね。揃えば進めるとか?」

「いえ、扉に説明が張ってあります」


 どれどれ、とリゼルは張られた用紙を覗きこんだ。


“第一の制限:呼び名”

・この部屋以降、互いに名前やそれに準ずる呼び名を使う事を禁止する。

・互いに呼び合う名前はルーレットにより決められる。

・この制限はこの階層でのみ適用される。

・定められた呼び名以外で相手を呼べば再びこの部屋に戻ってくる。


「あだ名っつーこと?」

「面倒臭ぇな」

「あ、でもイレヴンの俺達への呼び方は多分セーフですよ」


 しかしえげつない、とリゼルは苦笑した。

 基本的に呼び名など意識して口にするものではない。自然に間違える事もあるだろうし更に此処は迷宮だ、咄嗟の出来事に名を呼んでしまう機会など幾らでもあるだろう。

 その度にこの部屋に戻される。最初は笑い話で済むだろうが回数を重ねればパーティ内に嫌な空気が流れるのは想像に難くない。だからこそえげつない。

 恐らく難易度のバランスをとって魔物自体は飛びぬけて強くないんだろうけど、と思いながらボタンの前に立つ。


「どうせだから三人一緒に押しましょうか」

「全ッ然的外れなあだ名とか来たら分かりにくいッスね」

「迷宮だしそれは無ぇだろ」

「行きますよ、せーの」


 三人の手が目の前にあるボタンを押した。

 同時に扉の上にあるルーレットも回り出す。どうやら各々の前にあるルーレットが対応する人物の呼び名を決めるようだ。凝ってるなぁとリゼルは微笑む。

 ガラガラと凄い勢いで回っていたルーレットがガタンッと音を立てて止まった。三人で一体どうなったのかと上を見上げる。


『冒険者もどき』

「あ、ひどい」

『漆黒の騎士』

「凄ぇ嫌がらせだなコレ」

『椅子(笑)』

「俺だけ何かついてる!」


 的確に心をえぐりに来た迷宮に、果たしてこの迷宮を名づける時に特筆すべきは制限だけだろうかと思わずにはいられない。近年まれに見るえげつなさ。“懐古の館”といい、もしや迷宮界でこういうのが流行っているのだろうかとすら考えてしまう。

 三人は自らの呼び名を確認した後、おもむろに他の二人も確認する。思わず噴き出したのは不可抗力だ。


「イレヴンの椅子ってどこから来たんですか?」

「リーダーは知らなくて良いッスよ」

「お前は気にしなくて良い。ただ的確すぎる事だけ知っとけ」


 気になる。と思いながらも二人が心底言いたく無さそうなのでリゼルは諦めた。

 それ程言いたくない事なのだから自分が全くの無関係では無いのだろう。それなのに全く心当たりがないのだから、自然と何時の出来事なのかは想像がつく。

 自分は一体何をしたのか。思い出そうとしてみるものの思い出せる筈が無く、“椅子”という単語に良い想像は出来ないのだがと苦笑する。


「じゃあ進みましょうか。漆黒の騎士、椅子(笑)」

「煩ぇ冒険者もどき。行くぞ椅子(笑)」

「それどうやって言ってんの!?」


 リゼル達は笑いながら説明の張られた扉を開き、潜る。

 簡単そうに見えて難易度の高い制限だが、彼らにとっては問題など無いだろう。何せ普段まともに他二人を名前で呼んでいるのなどリゼル唯一人なのだから。

 冷静さを失わない彼が咄嗟に名を呼んでしまう事など無く、毎度毎度律儀に決められた名で呼びかけながら一階層は問題無く突破した。






 “制限される玩具箱”は制限がある以外は普通の迷宮と変わらない。

 しかしその制限が迷宮の難易度を上げているのだろう。記念すべきアスタルニアの迷宮一号は実に個性的で、最初に相応しいインパクトを持っている。

 リゼルは一メートル先も見えない暗闇の中を歩きながら、ほのほのとそんな事を考えていた。


「左右どころか上下も分からなくなりそうですね」

「魔物はいねぇな」

「これで出んなら屈指の難所ッスよ」


 自分には関係ないが、とイレヴンは余裕そうに手の中で剣を回しながら言う。

 何階層か攻略した後に待っていた視覚の制限は、しかし彼の視界を遮るまではいかない。夜目が利くと長所で主張した通り、イレヴンには数センチ先が見える程度の光さえあれば容易に周囲が窺える。

 なので真っ直ぐと言いながら徐々に斜めに逸れていくリゼルも見えるし、全然見えねぇと言いながら迷い無い足取りで平常通り歩くジルの姿も見えている。後者に限っては本当に見えていないのかと思わずにはいられない。


「ニィサンって見えてんの?」

「見えねぇっつってんじゃねぇか」

「じゃあもっとそれらしく……リーダー何処行くんスか」

「あれ、こっちからイレヴンの声しませんでしたっけ」


 普通ならば光源を取りに戻るか予め持参するのが攻略法で、暗闇のまま突破しようなどと考える者などいないというのに出来る人間が二人もいる所為だろう。至って普通に暗闇に翻弄されるリゼルが何故か少数派だ。

 こっち、とイレヴンに腕を掴まれ誘導されながら楽だなぁと微笑むリゼルが、何故その光源を用意しないのか。魔法でも何でも灯りを用意出来るにも拘らず。


「灯りをつけた途端、天井から人形が落ちてくるんだからちょっとしたホラーですよね」

「いちいち相手しなくて済むなら暗い方がマシだろ」


 勿論リゼルはこの階層についた直後に魔法で灯りを用意した。

 しかしその瞬間見たのは、暗闇の中で照らし出されるドール系魔物の顔。天井から逆さに降って来て奇声を上げながら襲いかかって来る彼らは、嫌な感じに迫力を増していた。

 簡単に言えば凄く怖い。三人共に特にホラーが苦手とかでは無いので悲鳴を上げたりは勿論しなかったが、演出も見た目も怖いものは怖い上に突然の出現に一々驚く。

 それが灯りを消すまで続いたのだから、今暗闇の中を歩いているのも納得だろう。


「ニィサン、そこ罠」

「どこだよ」


 罠はあるのか、とリゼルは納得しながら右に曲がろうとするイレヴンを止める。

 見えなくとも通って来た道筋は把握していた。脳内で描く地図と現在位置を照らし合わせ、迷路のような構造を持つ通路の先を想定する。


「ここ、左に行く道もありますか?」

「ん。こっち?」

「右だと多分行き止まりです」

「りょーかい」


 下手をすれば精神的にも辛い程の暗闇の中、三人はいつも通り雑談しながら歩いていた。







「そろそろ最深層ですね」

「上がったり下がったりしてるから良く分かんねぇッスけど」

「全部で十五だろ、次の階層越えりゃボスだ」


 リゼル達は広い部屋の真ん中、まるで人形用と言わんばかりに誂えられた椅子へと座っていた。丁度机もあるし、と真昼も過ぎた頃で空腹を覚えたので昼食中だ。

 そんなリゼル達を囲むように巨大な木のパペットが至近距離で棍棒や斧を振り上げていた。

 今にも振り下ろさんばかりの様相は、しかしピクリとも動かない。それはパペットを操るべき糸が絡まっているからでは無く、途切れたからでは無く、正常であるからこそ一挙動さえ許されず止まっている。


「魔物に囲まれて昼食、なんて貴重な体験です」

「さっさと倒してから食べりゃ良いのに」

「どうせ止まっててくれるんです。俺たちが歩き出すまで動かないなら、いつでも倒せるし後でも良いでしょう?」


 そう、この階層に数多存在するパペットに共通する特性は“冒険者が動くとパペットも動く”という一点のみ。動くと言っても歩く・走るなど進行に限られるので椅子に座ってのんびり昼食をとっているリゼル達には反応しない。

 それでも机に辿りつくまでは一斉に襲いかかって来ていたので、その格好のままでパペットは止まっている。リゼル達が一歩でも椅子から立ち上がり足を踏み出せば、その体勢のまま一斉に武器を振り下ろすだろう。


「趣味悪ィ」

「否定はしません」


 そんな状況を楽しむなと溜息をついたジルに、リゼルは可笑しそうに笑った。


「つか弁当凄ぇッスね」

「頼めば作ってくれるって言ってたので頼んでみましたけど、こういうのって何て言うんでしょう。器用ですよね」


 三人が机の上に広げた弁当を見る。

 どうせ全員で一緒に食べるのだからと重箱に纏めて作られた弁当の中は華やかの一言に尽きた。様々な食材を用いて食欲を減退させるどころか増進させるような色とりどりの内容は、しかし素直に綺麗な弁当だと称賛できるかと言われれば微妙か。

 まるで食材で絵画を描いたのでは無いかと言わんばかりの細工、ニンジンを彫って作られた蝶や、ササミを並べて作られた薔薇。もはや芸術。


『はいおはようございまーす。何かお客さん達に相応しい弁当を真剣に模索したら迷走したけど不思議と達成感のある朝に清々しい気分な俺です。弁当どうぞ』


 その言葉と共に渡された重箱の中身が、まさかこれだとは。

 若干食べにくいような気がするが、何も気にしないジルやイレヴンは遠慮なく食べている。彼らは味さえ良ければ食欲を失う程に酷い見た目でなければ何でも良い。

 リゼルも一通り感心した後、食欲に逆らわず手を伸ばした。相変わらず味は良い。


「次からはもっと適当で良いって伝えておきます」

「そうしろ」


 しかし宿屋の店主というのは冒険者へのイメージが若干ずれている気がする、とジルとイレヴンは着々と食料を消化しながら思う。

 スープまで容器に入れて用意した王都の女将といい、重箱で弁当を用意する此処の宿主といい、何故冒険者が迷宮の中で悠々と食事がとれると思っているのだろうか。いや、とれているのだが。


「あ、これ味がついてて美味しいです」


 その原因など一つしかないか、と二人は微笑みながら美しいオレンジの蝶を口に含むリゼルを見て納得した。

 結局の所、美味しい食事にも落ち着いた昼食にも文句は無いのだから問題ないだろう。

 一人で迷宮に潜ればまともに食事など取らない癖に、二人は当然のようにそう思いながらそれぞれの好物を口に含んだ。







 昼食後、席を立つ事無くパペットを撃破したリゼル達が辿りついた最深層一歩手前。

 奥に進めば進むほど制限も厳しくなっていき、達成が困難なものばかりになる。新しい階層の一番初めに制限の説明があるのはその為だろう、無理そうならば引き返すか対策を講じるチャンスを与えているらしい。

 その最初の部屋で、リゼル達は再びルーレットを眺めていた。


「これって完全に運ですよね」

「空気読まれなけりゃな」


 ルーレットには体の各部位の名前が書かれている。

 この階層では当たった部位が制限されるようだ。シンプルが故に分かりやすく困難で、もし足が制限されたらまともに歩けなくなるのでは無いだろうか。


「目・耳・鼻とかは分かるけど頭って何スか」

「頭の制限というと……思考が困難になる、とかでしょうか」


 良く分からない部位もある。なるべく其処には当たりたくない。

 リゼル達はルーレット開始のボタンの前に立ち、誰が押すかを真剣に話し合っていた。つまり誰が運が良いのかという事だが、最終的にジャンケンで決めるあたり真面目なのか適当なのか分からない三人だろう。

 見事ジャンケンで勝ち残ったジルが、別に特に押したくなかったと苦々しげに言いながら掌をボタンに被せるように押すとガラガラとルーレットが回り始めた。


「ジルってあんまり運が良いイメージないですよね」

「えー、何だかんだで良いトコ取ってくようなイメージッスよ」


 好き放題言われ、呆れながら動きを緩めていくルーレットを目で追う。

 果たして何が出れば運が良い事になるのかは分からないが、ぎゃんぎゃんと文句を言われなければそれで良い。


 カタン


 音を立ててルーレットが止まった直後、ジルとイレヴンの手が瞬時に動いた。

 それはリゼルの手元に出現した黒い布らしきものを確認したからだが、誰も反応できない速度で捕まえた筈の布はしかし瞬時にその掌を滑り抜ける。滑り抜ける事など到底出来ない力で握られたにも拘らず、布とも革とも呼べない漆黒の何かはグルリとリゼルの両手首を絡め取った。

 ピタリと拘束された手首はリゼルだけでなく数瞬遅れてジルやイレヴンも同様なのだが、目で追えない攻防にリゼルには三人同時に拘束されたようにしか見えなかった。


「あーくそ、ホンット迷宮って訳分かんねぇ」


 手首を拘束されたまま両手で髪をかき上げるイレヴンと顔を顰めるジルに、迷宮が理屈じゃないのは分かりきっていただろうにと苦笑する。目に見えないものの彼らがどんな行動に出てくれたか想像するのは容易く、その所為で悔しがっているのだと思えば口に出そうとは思わないが。

 しかし礼は言わない。今の状態で礼を言っても彼らにとっては不要な慰めにしかならないし、逆に不快にさせるだけだろう。

 リゼルは穏やかに微笑んで、完全に動きを止めているルーレットを見上げた。


「“手”、ですね。冒険者にとっては結構な致命傷かもしれません」


 両手剣使いや魔法使いならば影響は少ないだろうし、攻略も不可能では無いだろう。

 足よりマシかとは思うものの、一度迷宮から出て入り直そうとするパーティが大半か。流石に最深層の手前だけあって難易度が高い。


「これってニィサン取れねぇの?」

「ジルが拘束されてるのって貴重な光景ですよね」

「お前らは俺を何だと思ってんだよ」


 流石のジルも迷宮のルールからは逃れられない。

 その手首に巻きつく拘束は彼の力をもってしても少しも千切れる気配は無く、ギシギシと小さく音を立てるのみだ。


「リーダーが拘束されてんのも希少ッスけど。似合わねぇっつうか、すっげぇギャップ」

「昔一度だけ誘拐された時に縛られたし、それ程似合わないって事は無いと思うんですけど」

「気にするトコ違ぇよ」


 さらりと告げられたが流石は貴族、誘拐とは全くの無関係という訳にはいかないのだろう。


「イレヴンは何か……ついにやっちゃったか、って感じですね」

「何それどういう意味ッスか」

「ある意味誰よりも似合うと思うぞ」

「それ褒めてんの? 全ッ然褒めてねぇっしょ」


 三人は雑談を交わしながら何事も無かったかのように歩みを進めた。

 その手は変わらず拘束されている。しかし彼らにとっては本当に何も問題が無い。

 何故なら両手が使えなくとも戦闘に何も関係が無い者が一人いる。歩きづらい歩きづらいと話しながら進んだ先に現れたドールへ向かい、ふいっと指先を揺らしただけで魔銃ライフルを構えたリゼルはゆるりと目を細めて微笑んだ。

 数発の発砲音の後、崩れ落ちた紳士型ドールの胸元からスカーフを抜き取る。


「流石に深層の魔物だと一発じゃ倒れてくれませんね」

「それでも俺らがやるよかお前のが早ぇだろ。任せた」

「つかまだ集めんスか。依頼の数は集まってんじゃねぇの?」

「追加報酬がありましたし、貰えるものは貰っておこうかと思いまして」


 依頼の“ジェントルマリオネットのスカーフ”はもう既に数が揃っている。

 それもそうだろう、迷宮の最初から最後まで踏破しようと思えば自然に集まってもおかしくない。むしろ今の段階で既に数は優に依頼された数をオーバーしている。

 果たして何処まで追加報酬が出るのかは分からないが、恐らく限度額まで出させるのだろうと容易に想像がついてジルは溜息をついた。変な噂が立たないと良いのだが。


「(……そういや迷宮一か所踏破してたの言い忘れてたな。大した事じゃねぇし依頼にも関係無ぇし別に良いか)」


 そんな彼も、噂になるような事をしでかしているのだが自覚は全く無い。







「まさかボス戦の制限が武器だとは思いませんでしたね」

「まさかの殴り合いッスもんね。リーダーは魔法使ってたけど」


 ギルドには受付の横、やや離れた場所に机が置かれている。

 冒険者が依頼を決める時や依頼人との交渉、情報交換など様々な用途で使われる其処にリゼル達はいた。確認が必要な程に規定数を超える依頼品を納品した為に待たされている。


「でも、王都では規定数以上持ち込んでも待たされる事なんて無かったんですけど」

「対応する奴が対応する奴だからだろ」


 リゼルの依頼受付はほぼ全てと言ってよい程にスタッドが行っていた。

 例え過剰な程に依頼を達成しようと想定内。異常な程の早さで依頼を達成しようと想定内。とにかく即決で完璧な対応をしてくれたスタッドに慣れているので、今回のギルドの対応が新鮮なものに思えてしまう。リゼルがスタッドに慣れているというより、スタッドがリゼルに慣れていたと言った方が正しいような気はするが。


「氷人間が確認とるトコなんて見た事ねぇんスけど」

「いらないんでしょう。ギルドの中でも上の方ですし、実質それだけの仕事は任されてます」


 その力量からか受付にいる事が多いが、しかしスタッドは次期ギルド長候補にも挙がる人材だ。ギルド長自体が運営を放任しているのも相まってそれなりの権限を持っている。

 元気にしているだろうかと微笑み、まだ然程離れた訳でもないのにそれもおかしいかと苦笑する。

 ふいにリゼル達を呼ぶ声に、どうやら確認が終わったらしいと立ち上がった。


「今日は外で夕食をとりましょうか、何が食べたいですか?」

「肉」

「酒」


 分かりやすくて何よりだ、とリゼルは宿主に聞いていた食事と酒の美味い店を思いだして何処にしようかと考えた。




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― 新着の感想 ―
椅子(笑)wwww迷宮最高!
[良い点] 椅子(笑)が面白すぎるw [気になる点] リゼル様は覚えてないのにちゃんと(笑)のニュアンス出せるんだwww
[良い点] 電車で吹き出すかと思った [一言] なんて空気の読める迷宮!
感想一覧
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