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69:再会が無ければ離さない

 街はざわついていた。

 建国祭のような陽気さは無いが、期待と憧憬の含まれた空気は十分に人を煽る。

 子供は走り、大人は歩き、普段は街から出ないような人々も今日ばかりは南側の城門へと集っていた。誘導されるままに門を潜り、とある準備が進められる城門前の平原をこれから行われる事への期待を込めた瞳で見渡している。

 絶対安全の保障の無い城壁外だが今日は徹底して南門周りの警備が固められている為に、戦う術を持たない人々も不安なく王都の外で楽しみにしていられた。


「さっさと用事を終わらせて帰りたいというのに、無駄な行事に付き合わされるとは」


 門の外へと流れる人波に逆らうように、闇色の髪を持った美貌の男が歩いていた。

 落ち着きある壮年の年頃だというのに濃い隈が目立つ沈んだ赤色の瞳は鋭く、さっさと足を動かし足早に歩く様子にすれ違う女性は思わず視線を送らずにはいられない。周囲と一線を画する雰囲気もその要因となっているのだろう。

 男は人込みを抜け、城壁沿いを歩く。そして城壁内へと入る扉を見つけると見張りに立つ騎士を気にせず近付いた。


「本日、この上は当行事の関係者である貴族様方の貸切となっております」

「呼ばれていなければ来ない」


 送りつけられた招待状を押し付けるように渡し、扉を潜る。

 慌てて招待状を確認した騎士がその宛名を見つけ、まさかと振り返っていたが男がその視線に応えることは無かった。石造りの内部に折り重なるように存在する階段を黙々と上る。

 城壁の上へと続く階段はランプに照らされているものの薄暗く、やがて出口が近付くと切り抜かれた青空が見えた。

 差しこむ光に眉を寄せながら空に近い位置へと足を踏み出す。


「風が強いな……」


 ざぁ、と髪を揺らす風に鬱陶しそうにしながら周囲を見渡した。

 高い城壁の上は風が少し冷たいものの快晴のお陰か寒さを感じる事が無く、等間隔に作られた観覧席はすでに埋まり始めていた。関係者とはいえほとんどがただ出資しただけの物見遊山なのだろう。

 暇な事だと内心で毒づき、今日自分をこの場に呼びつけた元凶を探す。


「シャドウ、此処だ!」

「却下だ。大声を出さずとも聞こえている」


 シャドウは嫌そうな顔をしながら観覧席後ろに作られたスペースを歩く。

 レイという男はただでさえ目立つ男だった。ほぼ同じ年だというのに未だ少年のような快活さを残し、しかし年齢独特の空気が人の目を引き付ける。

 金の髪が青い空に映え、憲兵のトップという立場で来ている為に着飾った格好は備え付けられた仕立ての良い椅子に良く似合っていた。


「直接顔を合わせるのは何時ぶりだったかな」

「去年、頼んでもいないのにお前が勝手にマルケイドへ来た時以来か」

「おや、意外と最近だね」


 まぁ座りたまえ、と促されてシャドウはドカリと椅子に座って足を組んだ。

 貴族にしては乱暴な座り方は苛立ちの為か。仕事中毒の名を欲しいままにする彼は本当ならば今も商業国マルケイドで机に向かっていた筈だ。


「ふふ、しかし一度も社交界に顔を見せた事が無い商業国の領主の登場なだけある。見たまえ、周囲はこぞってお前を見ているようだ!」

「不愉快だ」


 シャドウが公に顔を出したのは大侵攻の時のみ。

 それ以降は例え商業国内でも一切姿を現していない。リゼルの眼鏡が大活躍だ。何せ目の前で名乗っても気付かれない、完全に便利かと言われれば微妙な性能は流石リゼルの迷宮品なだけある。

 見られることに慣れておらず、更に集まる視線が好奇に溢れているとなれば良い気分にはならない。


「特に淑女たちが大喜びのようだね。そろそろ身を固めたらどうだい?」


 纏まりごとに間隔をとって作られた観覧席では、背の低い豪華な支柱の仕切りしか存在しない為に見通しが良い。

 その為、此方を向いて何やらざわめいているのが嫌でも分かってしまう。

 今日遂に姿を隠し続けていた商業国領主が訪れると聞き、わざわざ姿を隠してきたのだからどうせ人に見せられるような容姿をしていないのだろう、壮年というのに妻を娶らないのだからさぞ性根の悪い人物なのだろうと面白可笑しく囁き合っていた淑女達は今や頬を染めながら驚愕していた。


「却下だ、そんな暇は無い」


 腕を組んだまま前を見続け、当然のように言うシャドウにレイは肩をすくめた。

 いつ会っても変わらず仕事命な友人をこの場に引っ張って来られたのが奇跡のようだ。尤も、引っ張れたのは自分の力ではないが。

 楽しそうに笑い、肘置きに肘をついて憮然としている横顔を流し見る。


「わざわざ見送りに来るとは随分と丸くなったらしい」

「お前に言われたくは無い」


 間髪いれず返ってきた言葉にレイは声を上げて笑った。

 確かにその通りだと機嫌良さそうに同意しながら、からかう様に言う。


「彼の名前を出しても来るか来ないかは半々だったが、書いてみるものだ!」


 シャドウは一週間ほど前に自らの元へと届いた手紙を思い出した。

 隣に座る男から不定期に届く大抵は何の意味も無い手紙に書かれていたのは、とある冒険者がこの国を離れるという言葉。思わず眉を寄せたのをインサイに見つかり、事情を知られ「行って来い行って来い」と追い出されなければこの場には居なかったかもしれない。

 それが無くとも来た可能性も、全く無いでもないが。


王都ここでは彼らが国を離れると最近は専ら噂が広まっている。冒険者が国から国へと移動するのは普通だろうに、と彼自身は笑っていたけどね」

「意図しても意図せずとも周囲を振り回す奴だ。らしいと言えばらしいか」

「そこが魅力だろう?」


 唇を吊り上げるレイに、そういえばコイツも振り回す側の人間だったなとシャドウは顔を顰める。一度振り回される側に立ってみろと吐き捨てた。

 振り回される苦労を知れば、そう軽々と肯定など出来ないだろうに。

 そうなれば本望だと笑うレイの姿に随分と幸せな頭をしていると舌打ちし、足を組み直す。


「そうだ、気になっていたんだがその眼鏡はどうしたんだい?」


 目は悪くなかった筈だが、とレイはシャドウの胸元に差し込まれた眼鏡を見た。

 あまり本人が選ぶとは思えない夕日色は、しかし不思議と似合っているように思える。まじまじと見られてシャドウもちらりとそれを見下ろし、まるで挑発するように目を細めた。

 珍しい、と意外そうな顔をするレイへとやり返すように唇を引き上げて見せる。


「貰い物だ。お前の気に入っている冒険者から、極上の迷宮品のな」

「幾らでも出そうじゃないか!」

「却下だ」


 即座に食い付いたレイに鼻で笑い、少しばかり気分が晴れたと城壁の下を見る。

 広がる平原には集められた人々が並びを整理されながらざわついていた。


「さて、そろそろ時間だね。もう来ると思うんだが」


 当然譲って貰える筈がないと分かっていたレイは特に惜しみもせずにそう告げた。

 その言葉にシャドウはやはりと並べられた椅子を見る。その数はレイとシャドウ、そして数人の立ちっぱなしの護衛を入れてもまだ多い数が揃っていたからだ。

 楽しそうなレイを見て、来る人物らの予想は付くがと内心で零す。その時、再び城壁の上がざわめいた。


「すっげ、超VIPじゃん」

「幾ら招待状を持ってるっていっても、冒険者があんなに簡単に通って良いんでしょうか」

「冒険者だと思われてねぇからだろ」


 見知った者は彼らの登場にざわめき、見知らぬ者はまた一人貴族が訪れただけなのに何故それ程にと首を傾げる。強い程の注目を浴びながらも三人は全く気にとめない。

 堂々としているというよりは、悠々としている。余裕を感じさせる空気はまさか彼らが一介の中位冒険者に過ぎないと誰にも思わせないだろう。


「リゼル殿、こちらだ!」


 呼びかけられ、リゼルは城壁の下へと向けていた視線をふっと上げた。

 このイベントに参加すると伝えたらわざわざ招待してくれた恩人を見つけ、呼ぶように上げられた掌に返すように微笑む。風に煽られる髪を耳にかけ、レイの隣に座る人物を見つけ目を瞬かせた。


「本日はお招き感謝致します、子爵」

「固い!」

「有難うございます、とても嬉しいです。でも、伯爵が来ているとは思いませんでした」

「同意しよう。私も来るつもりは無かった」


 ぶっきらぼうな口調に苦笑し、座っているレイ達の前でリゼル達は立ち止まった。

 椅子は用意されているとはいえ始まってしまえば貴族や高貴な出といえど立ち上がる者も出るだろう。まだ開始前という事もあり席につかず歩いている者も多いので違和感は無い。

 しかしそれが五人から視線が外れる理由とは到底ならなかった。


「商業国はどうですか? 少しは落ち着いたでしょうか」

「完全な復旧とは言えないが賑わいは取り戻した。先日城門の修復がようやく終了した事もあり、魔力装置の取り壊しが決定している」

「は? 勿体なくねぇ?」

「元々あんな強力な魔力装置なんて長持ちしません。ちゃんと機能したのなんて一週間くらいじゃないですか?」


 シャドウが頷く。今ではもはや無いよりマシ程度だ。

 元々マルケイドを覆った結界もリゼルがエルフと協力して魔力装置に細工したからであり、結界専用となった装置が動かなくなってしまえばそれはもはや置物と変わりがない。

 他者の干渉を受けないよう結界専用としたのだろうが、それでも放置して盗賊などの無法者に変に利用されても不都合なので取り壊しが決められた。


「希少な材料も使われてそうですし、使える部分はオークションとかも楽しそうです」

「サルスが何も言って来なければな」


 苦々しげなシャドウに、なかなか苦労しているようだとリゼルは微笑んだ。

 実際まだパルテダールはサルスと慎重な対応を重ねているようだし、事態の中心にいたシャドウも面倒な事が多いのだろう。実際、今回の王都来訪はその話し合いへの出席の為でもある。


「リゼル殿がサルスを選ばなかったのは英断だね。私も事が落ち着くまではあまりお勧めはしないとも」

「ですよね」


 ならば良かったと頷くリゼルに、そういえばとシャドウが眉を寄せながら椅子の横に置いていた革作りのアタッシュケースを持ち上げた。

 膝に乗せ、開く。当然だが空間魔法付きなので、ケースの中には流し込まれたような漆黒があった。


「インサイから土産を持たされている」

「俺たちにですか?」


 シャドウは闇の中に手首まで埋め、何かを取り出した。

 差し出されたそれは紙袋で、リゼルは一体何だろうと面白そうに受け取る。見ても良いか確認して紙袋を覗き込むと、それは宝石のように透き通った美しい小さな玉の詰まった瓶だった。

 瓶自体も細かな細工がなされており、流石ジャッジの祖父だとジルとイレヴンがそれを見ながら内心の一致を果たす。


「これは?」


 小さな飴玉か、大きな宝石にしか見えない。

 充分に飾れる程に美しいそれが一体何なのかとリゼルが問う。


「酔い止めだ」

「あ、助かります」


 魔鳥って乗った事ないからどんな感じか分からなくて、というリゼルにそれで良いのかとジルは溜息をついた。

 何というか、微妙に価値観がずれている。恐らく普通に宝石を貰うよりリゼルは喜んでいるだろう。


「噛まずに舐めていろ、と聞いている。酔うようには見えないが使え」

「変なところで酔うって最近気付いたので嬉しいです。有難うございます」

「伝えておこう。次は一刀、お前だ」

「俺にもあんのかよ」


 ジルは差し出された箱を受け取った。

 リゼルの隣でイレヴンが「三段オチな気配がする」とか呟いているが気にしない。

 ひょい、とリゼルが手元を覗きこむのをそのままにジルが箱を開けると、中には整然と並べられた剣の手入れ道具があった。基本的に消耗品なのであったらあったで有難いが、“お前実は剣の手入れさぼっとるじゃろ”とインサイの副音声が聞こえてきそうだ。


「してるっつの……」

「意外とマメですもんね。案外マメだから早く無くなるだろう、って事かもしれませんよ」


 可笑しそうに笑うリゼルに、それはそれで嫌だと顔を顰める。

 とはいえ並ぶ品々はどれも一級品である事が分かる。くれると言うなら貰っておいて損は無いとジルはその箱を自らの空間魔法へと仕舞った。

 次は、とシャドウがイレヴンを見る。ん、と当然のように伸ばされた手に眉を寄せながら手のひらサイズの箱を渡した。


「あ、凄ぇまとも」

「それ、何ですか?」

「艶消しッスよ。ナイフに塗っとくと夜とか便利」


 確実にイレヴンの正体を見抜いたうえでの若干物騒な贈り物だ。

 本人が喜んでいるから良いかと頷くリゼルが、ふと箱と艶消しのケースとの隙間から紙が覗いているのを発見する。


「イレヴン、何か入ってますよ」

「んぁ? ジャッジの爺さんから手紙とか意味分かんねぇ」


 一体何がと思いながら手紙を引き抜き広げた。


『天井の修理代払わんかい』


 ぐしゃりと手紙を握りつぶす。

 必要だったんだししょうがないじゃん、だの金持ちの癖にケチ臭い、だのイレヴンはひたすらブツブツ言っていたが最終的にリゼルが払おうとしたので諦めてシャドウへと書かれた金額を渡した。

 多分嫌がらせだろう、国から国を移動する貿易商であるインサイなので恐らくフォーキ団に荷物を狙われたのも一度や二度ではあるまい。正体に勘づいていると土産で知らせてからの流れるような嫌がらせ、破天荒なインサイらしいとリゼルは苦笑した。


「奴の孫にも大量の土産と大量の手紙を預かってきたが」

「あ、じゃあ預かります。後で会う機会があるので」


 そしてジャッジへの溺愛は欠片も薄れていないらしい。

 それを目撃していないイレヴンは言葉通りシャドウにより取り出される大量の土産と手紙を見て引いている。ただの孫可愛がりとはもはや言いきれない量だ。

 シャドウも心底嫌そうにしていたので押し切られたのだろう。領主相手に強く出られるとは年の功というものは凄い。


「私には無いのかい?」

「却下だ」


 からかうように手を伸ばしたレイのその手を避けているシャドウに、折角だから何かお返しは出来ないかとリゼルはポーチへと手を伸ばした。しかしそれに気付いたシャドウが止める。


「土産というより餞別だ。お前はただ受け取れば良い」

「貰いっぱなしは気になるんです」

「同意しよう。だが、そう思うなら私は尚更何も受け取れない」


 シャドウが片手を胸元へと動かした。

 差しこまれた眼鏡の上に掌を添え、真っ直ぐにリゼルを見る。その仕草はまるで目の前の存在に侍るようでもあり、何かを誓うようでもあり、そして差し出すようでもあった。

 ざっと抜ける風が向かい合う二人の髪を揺らす。


「私はもう十分過ぎる程に与えられている」


 それは迷宮品だけを指している訳ではないのだろう。

 大侵攻での恩か、それに関する配慮か、それともそれら全てなのかどれでも無いのか。

 リゼルは座ったシャドウを穏やかに見下ろし、後ろから吹く風によって頬を覆う髪を耳にかけながら畏れ多い事だと微笑んだ。随分と過大評価されているようだ。

 強く影響を受けただけに過ぎない紛い物・・・の自分に向けられるそれは、唯一の本物を知らないからに過ぎないのだろう。


「じゃあ、また今度お土産を買った時にでもお返しする事にします」

「おや、羨ましいことだ!」

「勿論子爵にも」


 楽しそうに言葉を交わしていると、ふとイレヴンに服を引かれた。

 促されるままに振り向いて城壁の下を見下ろすと、其処にはぴょんぴょんと飛び跳ねながら此方に向かって手を振る馴染みの子供達がいる。貴族になんて真似をと慌ててそれを止めていた親達は、しかしその手を振る先にリゼルがいるのを発見して驚愕と共に二度見していた。

 ひらり、と手を振り返すとざわめきに紛れて無邪気な喜びの声が届く。


「彼はかわすのも上手いだろう?」


 その背中をじっと見ているシャドウに、レイはくっくっと喉で笑いながら告げた。

 シャドウはじろりとその笑みを一瞥し、癖になっている舌打ちを零す。


「却下だ、予想通りに過ぎん」

「確かにね、私としても本気で彼が応えてくれるとは思っていない。ただ理想を知ってしまえば、今まで真実だと思っていたものでも容易く価値を失うものだ」


 前を見据えたまま交わされる言葉は風に掻き消される程度のものだ。

 誰も彼らの会話に気付かない。気付いたとしても戯れだと笑うだろう。

 その会話の本質など、彼の存在を思い知ったものしか理解出来ないのだから。


「私達の王になってくれなどと、彼は決して頷いてくれないのだろうね」


 肘を突いたままレイは快活な瞳を細め、腕を組んだままシャドウは鋭く見据える。

 二人の視線の先にはただ一人がいた。何一つその本質を掴ませる事などしない癖に周囲の本質を容易く手に入れ、変化を起こしながらもその本質を変えることは好まず、甘やかす事はあれど決断を自身に委ねるような甘えは許さない支配無き支配者。

 穿ち過ぎかと言われれば、しかし誰にも完全に否定など出来はしまい。


 ふいに何かが体を通り抜けるような、背筋を駆け上がる奇妙な感覚が二人を襲う。

 それは寒気や悪寒と言われるものに似ていて、レイは唇を吊り上げシャドウはぴくりと片眉を上げた。此方を見るのはリゼルの両側に立つ黒と赤。

 振り返ったその表情は陰になり良く見えないものの、ただその視線が射るように向けられているのは確かだ。その腕が剣に伸びることは決してないが何かすれば躊躇う理由など無いとはっきりと伝わってくる。

 レイは残念だと軽く両手を広げて見せた。一瞬の攻防は直ぐに終着を迎え、向けられた威圧が解かれる。


「あ、そろそろ始まりそうです。騎士の行進って綺麗ですよね」

「えー、俺何か笑えてくんスけど」

「ガキか」


 何事も無かったかのように平然と話を続ける様子に良くやる、と溜息をついたシャドウの横でレイが快活な笑い声を上げた。


「はっはっ、牽制されてしまった!」

「されるに決まっているだろう、馬鹿が」


 自分を巻き込んでくれるなと舌打ちし、望まぬ事をさせるつもりは無いと声なき声で零す。元々レイ同様に実現されるとは思ってもみない憧憬でしかないのだから。

 別に国を興せと言っている訳でもなく、国を乗っ取れと言っている訳でもない。ただ貴族の理想形をリゼルへと侍る事に見たと、それだけの話。


「まぁ、諦めはしないがね」


 瞳に思慮を深く浮かべ落ち着いた声で零したレイに、だから口には出すなとシャドウはもう一度強く舌打ちを返した。






 注目を集める事を目的とした笛の音に、リゼル達は平原へと整列を終えた騎士達を見下ろす。

 観客や此方へ真っ直ぐに視線を向けて何かを高らかに宣言している姿は正しく誇り高い騎士そのものだ。


「長ぇ前フリとかいらねぇからさっさと始まんねッスかね」

「そういうのも大切ですよ。特に今回はサプライズがあるからちゃんと宣言しておかないと」


 騎士らが王への宣誓を終え、両陣営へと分かれていく。

 今回の公開訓練は騎士同士の模擬戦らしい。統率の取れた集団戦術は彼らの十八番だ、素晴らしい陣形を展開してみせてくれるだろう。

 しかし騎士団というならばオルドルもいる筈だが、皆鎧に顔まで隠れていて見つける事は出来なかった。恐らく普段は有能だろう彼の姿も一度見てみたいと思っていたのだが、と思うもののただの些細な好奇心であり特別興味を持っている訳でも無いので探すまではしない。


「今回の公開訓練はとある国の軍との連携を視野に入れた訓練としている!」


 陣形を広げた騎士達とは違い、それら全てを見渡せる場所に立っている騎士が声を張り上げた。来た来た、とイレヴンが面白そうに呟く。


「両国の確かな友好の証明を互いに示し、貴殿ら守るべき民に国の境は無いと彼らは遠き国から訪れた!」


 一体何のことだと観客達はざわついた。

 見渡す限りの平原に騎士の言う他国の軍など見当たらない。疑問が膨らむ中、観客らの中で最初に気付いたのは父親に肩車されながら空を眺めていた子供だった。

 疑問と共に指差された空を父親も見上げ、青い空にぽつりぽつりと浮かぶ影に目を見開き妻へと促す。その波は徐々に広がっていき誰もが上を見上げながら声を呑んだ。

 よもや魔物かと、不安が陰りだすのと騎士が声を張り上げたのは同時の事であった。


「アスタルニア王国の魔鳥騎兵団、我らが友人の到着である!」


 影は瞬く間に大きくなり、姿を現した巨大な魔鳥が風を巻き起こしながら縦横無尽に空を駆け回った。

 自らのすぐ上を通り抜けられた観客は興奮の悲鳴と共に歓声を上げ、肩車された子供は一瞬目の前で羽ばたき静止してみせた騎兵へと笑みを浮かべ通り過ぎる姿を追い、大いに場を沸かせながらも美しく飛行する姿に誰もが目を奪われる。


「相変わらずアスタルニアの連中は盛り上げ方を分かっているね!」

「あの機動力で流通が回せれば良いが」


 城壁の上を並び、交差し、魔鳥の鳴き声を響かせながら飛び去る姿を見上げ、レイが楽しそうに言いシャドウは仕事中毒の一端を見せている。

 魔鳥の上で槍を掲げながら目の前を通り過ぎた騎兵を、一瞬遅れてきた風に髪をはためかせながらリゼルは感心したように眺めていた。騎士らと違い軍としての風格を持ちながらも自由を感じさせる彼らは、戦いに縁の無い人々にとっても分かりやすく派手で分かりやすく凄くて分かりやすく魅力的だ。


「見栄えのする方達ですね。魔鳥も思ったより大きくてカラフルですし、どんな戦い方をするかとても気になります」

りにくそうではあるけど、問題ねぇっしょ」

「お前の魔銃ライフルなら相性良いんじゃねぇの」


 果たしてそういう話をしていただろうか。

 攻撃を仕掛ける瞬間にあそこを斬り落として、いやそれより手綱を奪って引き摺り落としてと話し合うジルとイレヴンを見ながらリゼルはこの二人も大概だなぁとほのほの笑った。

 見物人たちを煽るように飛び回っていた騎兵達が、何処からか響いた笛の音と共に徐々に集まり出す。両陣営の上で同じく隊を編成して互いに向き合った。


「リゼル殿、そろそろ座ったらどうだい? 訓練と言えど本格的な戦略戦だからね、直ぐには終わらない」

「有難うございます」


 リゼルはにこりと微笑み、開始を宣言する声と上がる歓声に背を向けて仕立ての良い椅子へと歩んでいった。






 公開訓練の為に魔物を全て排除した草原は、訓練後はそのままアスタルニアの兵士達が腰を落ち着ける場となる。それについてパルテダールが彼らを冷遇している訳で無いのは、未だ草原の安全を守る為に配置されている警備が示していた。

 大迫力の公開訓練が幕を閉じ、騎士が整列して凱旋の様に去っていく姿を見送った観客達は興奮混じりに国内へと戻っていく。残るのはほとんど関係者のみ。


「いや、そのままで良い。少しの間騎士の減った中は問題が無いね?」


 その関係者の一人であるレイが憲兵へ指示を出す声を聞きながら雑談に興じていたリゼルは、ふと何かが聞こえたような気がして首を傾げる。


「今、呼ばれませんでした?」

「下」


 ジルを見ると、顎で城壁の向こうを示された。

 椅子から立ち上がり、どれどれと覗き込む。付いてきたイレヴンも隣で覗きこむと城壁の下から此方を見上げる翡翠色があった。

 口元に手を当てているので確かに彼が呼んだのだろうと、リゼルは微笑みながら気付いた事を知らせるようにひらりと手を振って見せる。


「誰だ」

「Sランク」


 後ろで交わされているジルとシャドウとの簡潔すぎるやり取りに苦笑を零し、少し不機嫌そうに見えて全く不機嫌では無い彼へと呼びかけた。


「ヒスイさん、帰ってたんですね」

「約束したしね。しかし随分凄い席にいるけど何? 依頼?」

「御好意です」


 今更驚きはしないが、とヒスイは内心零しながらもしかし釈然としない。

 これでSランクだったらこんな思いはせずに済むのだが、とまだまだ中級なBランク相手に思いつつ上を見上げる。


「流石に僕が上る訳には行かないし、下りてきて貰って良い?」

「分かりました」


 つまり上っても問題が無ければ上がってきたという事か、とリゼルは可笑しそうに笑った。

 招待状が無ければ騎士に阻まれるというのに問題無く上がれるという事は、つまり階段など用いずに城壁の上へと登る事が出来るという事だ。今ヒスイが立っている地上から、そのままこの場所まで。

 どんな方法を使うか分からないが常軌を逸した身体能力を必要とする筈だ、Sランクとは元来依頼の実績を積み続ければ辿り着ける範囲には無い。冒険者として一線を越えた者だけが立つ領域なのだと思えば、ヒスイにとっても容易なのだろう。


「流石Sランクですね」

「ナイフ何本かありゃ俺も出来るッスよ。ラクショー」

「ジルは?」

「出来んじゃねぇの、やった事ねぇけど」


 Sランクは遠いなぁとリゼルはほのほの笑った。自分には到底出来そうもない。

 とはいえリゼル単体ならば不可能でもパーティ単位であれば不可能とも思わないが。ジルもイレヴンも人に気を遣うタイプでは決して無いと笑顔で断言出来るので、その二人が当然のように問題無いと思っているのなら大丈夫だろう。


「俺もいつか華麗に城壁を登ってみたいです」

「門から入れ」


 シャドウに突っ込まれた。もっともだ。


「出発かい? リゼル殿」

「はい、ツテも辿れたようですので」

「いや、王都が寂しくなるな」


 快活に笑うレイに、だから冒険者なんだけどと苦笑する。

 ジルが立ち上がりリゼルに並んだ。あまりヒスイを待たせる訳にはいかないと、“また”とだけ告げて階段へと足を向ける。


「また、か」


 レイは深い笑みを浮かべて美しい姿勢で去ろうとする背を見つめた。以前話した時にはこの国へと戻ってくるかは分からないと言っていたが、どうやら少しばかり遊ばれてしまったようだ。

 手紙で聞いていた話と違うと言いたげに此方を睨みつけるシャドウに笑い、高らかに声を上げてリゼルを呼び止める。


「君が帰る日を楽しみにしているとも、アスタルニアの迷宮品を期待しているよ!」

「……絶対に厄介事を持ち帰るな」


 振り向いたリゼルの瞳に映るのは真っ直ぐに此方を見ながら誇るように両手を広げ送り出すレイと、視線を逸らしながらも腕を組んだまま一瞬ひらりと掌を上げたシャドウだった。

 応えるようににこりと微笑み、礼を示すように首を傾けると歩みを再開する。

 最後まで真意を読ませないと大笑いするレイと舌打ちをしたシャドウの事など、振り返らないリゼルは知る由も無かった。







「急がせた?」

「いえ、大丈夫です」

「そう」


 南門、その外側正面でヒスイは待っていた。

 近付いてくるリゼルに片手を上げて待つその後ろには、一人のアスタルニア兵と一匹の魔鳥。そして普通のものとは少し違う馬車が置かれている。

 ここら辺では全く見ない形の馬車だが、リゼルは以前とある本で読んだなとその全体を眺めながら記憶を掘り起こした。


「魔鳥車ですか?」

「知ってる? 結構マイナーなんだけど」

「馬じゃなくて魔鳥用に改造された乗り物ですよね。四隅から伸びたロープを魔鳥と繋いで……あ、普通に陸上を走れるようにもなってるし魔鳥は陸上走行も」


 まじまじと魔鳥車を眺めながら探究心溢れる行動に出ているリゼルに、ヒスイは何コレどういうこととジルらに視線を向けた。

 ジルは溜息をつき、イレヴンはニヤニヤしながらあーあと楽しそうに言う。

 基本的にリゼルは表面上の知識を得ることだけに満足せず、取り入れた知識が生きて初めて知識を得たと考えるタイプだ。なので本で知るだけの現物を実際に目にした時は、割と高確率でこうなっている。


「リゼル君、一応紹介だけはしておきたいんだけど」

「あ、そうですね」


 ただ呼びかければ普通に止まるので問題は無い。冷静だ。


「了承は頂けたということで良いでしょうか」

「貰えない可能性があるなら取引なんてしないよ。アレが僕の知り合い、今日来てる騎兵団の副隊長」

「知り合い?」

「少なくとも友人とは思いたくないからね」


 ヒスイの言葉にリゼル達はどうしてだと一切問わなかった。

 ひょいと指差された方角には先程から気になっていたものの放置していたアスタルニア兵と魔鳥の姿がある。兵は全体に共通して酷く軽装な格好をしているが、ジャラリと揺れる勲章めいた装飾品が彼を一介の兵達とは異なる存在だと主張していた。

 そんな彼を見て、ヒスイの言葉に思わず同意をしたくなる者は多いだろう。


「今日は頑張ったな、俺の天使エンジェル。あの戦場でお前が一層輝いていた! その翼が風を切る音はいつも俺を高揚させる、まさしく最高の相棒パートナーさ……ッああ、何ということだ翼が少し乱れている! 見せると良い、直ぐに俺が元の美しい姿を取り戻してあげよう」


 怖い。


「一応優秀なんだけどね、副隊長だし」

「コレはねぇだろ、もっとマシなのいねぇの?」

「コレ以外は大概まともだよ。ただ話を通すにはコレが一番良かったから」


 ひたすら魔鳥に語りかける姿は愛に溢れている。

 その愛が暴走しているのはどうかと思うが、優秀ならば良いかとリゼルは頷いた。彼の姿は先程の公開訓練でも見ており、猪突猛進気味なアスタルニアの兵達を上手く制御していた人物だった筈だ。

 戦場の方が理性ある行動を取れるとは何とも器用な人物だろう。魔物へと愛を向けるという点ではとある魔物研究家と同様だが、その愛の方向性は随分と違うようだ。


「ちょっと、いい加減紹介させてよ」

「ああ何て素晴らしいマイパートナー! 完璧だ! ……っは」


 自分と相棒の世界に入り込んでいた兵がようやく気付いたように此方を向いた。

 ヒスイを目に入れてそういえば客人と引き合わせられるのだったと思い出し、そしてリゼル達を見て果たして自分達が運ぶのは貴族だったかと首を傾げる。貴族だというなら話も違ってくるのだが。


「おいヒスイ、彼らが客人か? 冒険者だと言っていたような気がするが」

「そうだけど、何?」

「そうなのか」


 いや、そうだろうかと心底不思議そうな兵に、そこまで露骨じゃなくてもとリゼルは苦笑する。何というか、アスタルニアの兵達は皆一様に裏表が薄い。

 恐らくそういう国民性なのだろう、と固定観念を持たないリゼルは流した。


「アスタルニアまで宜しくお願いします、副隊長さん」

「ナハスタルスだ、ナハスと呼んでくれ。国までの五日間宜しく頼む、御客人」


 一週間はかかると思っていたが五日、馬で十日かかる事を思えば尋常ではなく早い。

 流石機動力が売りの魔鳥騎兵団だと微笑み、リゼルは差し出された手を握り返した。騎乗し槍を振り回す彼らの手は固く力強い。

 ヒスイはそれを見て一つ頷くと、ナハスを見て普段から薄く存在する眉間の皺を深めた。


「くれぐれも丁寧に運んでよ」

「分かってるさ。何だ、他人に気を回すなんて珍しいな」

「有象無象とは違うからね」


 ヒスイは当然のように言い、リゼルへと視線を向けた。


「大丈夫そうだし、僕はもう行くよ」

「ヒスイさんも出発の準備があるのに、すみません」

「別に嫌なら話なんて持ち出さない。分かってるでしょ?」


 ヒスイは不器用そうに笑みを浮かべ、それじゃあと告げる。

 冒険者として各地を回る彼は知っていた、冒険者同士がまためぐり合う確率は高い。もちろん命を落として再会が果たせなくなる可能性を除けば、だが。

 しかしリゼル達が命を落とす可能性なんて皆無だし、それならばまた必ず会えるだろう。ヒスイはリゼル達がまたこの国に戻ってくる事を知らされていないが確信を持って告げる。


「またね」


 冒険者に向ける言葉としては相応しくない、だが彼が一番伝えたい言葉。

 リゼルは真っ直ぐに向けられる瞳を見つめ、艶やかな翡翠色に目を細めながら微笑んだ。


「はい、また」


 眉間の皺を取り払った満足そうな顔を浮かべ、ヒスイは機嫌良く踵を返した。






「あんなヒスイの顔は初めて見たな。良し、それじゃあ出発の準備を進めて良いか?」

「いえ、もう少しだけ待って下さい」


 穏やかな笑みにナハスはぱちりと目を瞬かせた。

 アスタルニアでは中々見ないタイプなので新鮮さを感じさせるようだ。まじまじと感心したように向けられる視線にそれ程かと苦笑し、リゼルは視線を門の向こう側に向ける。

 好奇やその他の視線を込めて此方を見る人々の中に慣れ親しんだ顔は無い。


「あーあ、拗ねきってんじゃねッスか」

「すげぇ泣いてたしな」

「俺も好きで泣かせた訳でも拗ねさせた訳でも無いんですけど」


 常と変らぬ苦笑を見下ろし、ジルは呆れたように溜息をついた。

 そもそもこの国を離れる事について、一番の問題点は移動距離でも移動時間でも移動手段でもない。とある二人の年下がどういう行動に出るかという一点のみ。

 リゼルへと懐きまくっている同い年な年下二人がそれを許容出来るのかジルには心底疑問だったが、しかしリゼルが問題無く離れようとするならば問題ないのだろう。

 リゼルも甘やかして好き放題を許しているように見えて柔な育て方などしていない。成長の為ならば突き放すことを躊躇わず、大丈夫だと判断したからこそ今のタイミングなのは間違いない。


「あ、来た」


 面白そうなイレヴンが指を指した方向へと視線を向ける。

 駆けてくる姿に、必死過ぎだろとジルは呆れイレヴンは爆笑した。


「早くしなさいむしろ離しなさい愚図」

「だって離したらシュッて行っちゃうし、遅れたのだってスタッドの所為だし……ッリゼルさん待ってまだ行かないでぇぇ!」


 そしてリゼルは、淡々とした無表情と存分に涙を溜めた情けない顔を見ながら褒めるようにゆるりと微笑んだ。


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