表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
67/216

63:宿まで送らせた

「下級生ゆえに実戦講習を見る事は叶いませんでしたが最上級生相手に勝利を収められるとは。流石は父上が絶賛する冒険者でありますね!」


 ただ一途に向けられる隠されない尊敬と好奇に輝いた金色の瞳。

 初対面であるはずのライナが何故それをリゼル達に向けているのかと言われれば、彼が言った通り父親であるレイ子爵の影響なのだろう。

 見るからに父親を心から尊敬しているのが分かる。そんな父親が対等以上に扱う相手が冒険者であるという事に反感を持たない辺りそれ程に父親に従順なのか、それとも父親に似て身分関係無く優秀な者を尊敬できる大らかな性根を持っているのか。

 これでただ父の言う事を全て真に受けているならただの愚者だが、金の瞳はしっかりと知性を持ち真っ直ぐにリゼルを見つめている。成程、確かに子爵の実子らしいとリゼルは頷いた。


「分かっているな、客人をしっかりと案内して差し上げろ」

「はい!」


 満面の笑顔で了承を返したライナに教師は相変わらずだと思いながらリゼル達を向く。

 形式的な挨拶を幾つか交わし、改めて依頼終了の礼を言って去って行った。生徒一人に案内を任せて良いのかと思うが問題無いと判断された上でライナが選ばれたのだろう。

 騎士と反発する事が多い憲兵の後継ぎとはいえ学校側からそういった区別は受けていないようだ。例え将来騎士にならずとも生徒となったからには生徒、重要なのは優秀かそうで無いかのみ。

 意外と割り切った考え方をしているなと感心しているリゼルを、ライナはパッと振り向いた。


「では早速向かいましょう。リゼル殿は何処を見たいとお考えでしょう!」

「あれ、名前教えましたっけ」

「いえ、父から……ッ」


 言いかけ、口を噤む。

 レイの息子だと言わずとも察したリゼルが父から名を聞いていたということを、ましてや今回はギルドから依頼を受けた冒険者の情報が学校に渡されているし、当然その名前が出たからこそライナが案内役に立候補したことを察せないような人物ではない。

 それは貴族ならば当たり前の遠まわしな拒否だった。自ら名乗り許した訳でも無いのに勝手に呼ぶなと、そういった牽制。

 穏やかな微笑みに不快な様子など無く、あまりにも自然に向けられたそれに気付くのが一瞬遅れてしまった。リゼルの後ろから向けられる二対の瞳に気圧され、しまったと思う間もなく勢い良く頭を下げる。


「身の程を弁えない過ぎた真似でありました。申し訳御座いません!」

「まさか、貴族様相手に身の程なんて理由じゃありませんよ。こちらこそすみません」


 可笑しそうに頭を上げて下さいと促され、ライナはガバリと背筋を正す。

 そういえば何の疑問も無く目上に対するように謝ってしまったがリゼルは冒険者なのだ。自然とそういった態度をとってしまう程に高位の貴族然としているが。

 流石です!と今にも叫びそうな程に瞳の輝きを増していくライナを見ながら、果たしてレイは一体何をどう話してくれているのかとリゼルは苦笑した。


「そういやお前基本的に自分から名乗んねぇな」

「そうですね。あまり礼儀の無い真似はしたくないんですけど」

「じゃあ何で?」

「むかーし、一度言われた事があるんです。“必要な時以外名乗るな”って」


 言った本人はもう覚えていないだろうけど、と微笑む。

 その表情を見れば誰がその命令を下したのかは明白で、そもそもそんな無茶苦茶な命令をリゼルが大切に順守するような相手など一人しかいない。まだ幼かった教え子が八つ当たり半分で告げた言葉にずっと従い、その“必要な時”はリゼルの主観で判断するものの命令を違えたことはなかった。

 それだけの理由だが、それ程の理由。ジルは納得したのか呆れたように溜息をつき、イレヴンはふぅんと呟いてその顔を覗きこむ。


「呼ばれんの嫌とかじゃねぇんだ?」

「流石に初対面で呼ばれると複雑ですけど」

「申し訳御座いませんでした!」

「いえ、貴方に悪気が無いことは分かっていますよ」


 ライナの名前呼びを拒否した理由はむしろ此方だったようだ。

 周囲に名前を知られているのが当たり前な貴族なら違和感を感じないだろうが、普通ならば知らない人間に名前を呼ばれて良い気分にはならないだろう。今は貴族ではないと完全に割り切っているリゼルも当然そう感じる。

 本当に普通の感覚を持っているなら貴族に名前を覚えられている事を有難がるか、それとも畏れ多さに拒否など出来ないのだからやっぱりその感覚は微妙にずれているのだが。とはいえ共にいるのがジルとイレヴンという相手の身分に関わらず「勝手に名前呼んでんじゃねぇよ」と言ってしまえる二人なので、そのズレは正されることは無かった。

 ともあれそれにプラスして先程の理由で名乗りはしないのだから、果たしてライナがリゼルに対して名前を呼べる日は来るのだろうか。


「いつか名前を呼ばれるに足る男だと貴方に判断して貰えるよう誠心誠意努力致します。それでは見学へと参りましょう!」

「はい、お願いします」


 欠片もめげずに意気揚々と歩きだすライナはこれでもかと言うほどにポジティブだろう。

 冒険者相手に暗に名乗る必要のない相手だと判断された事も気付いているだろうに少しも不快感を抱いてはいない。この騎士学校の中でその感覚はある意味異端だろうに上手くやっているのは父親譲りの要領の良さもあるのだろう。

 何故そうも敬意を向けられているのかとリゼルは首を傾げ、特別大きい訳でもないのに覇気のある声が煩いとジルは眉を寄せ、掴み所の無い父親よりは楽そうだとイレヴンは密かに安堵した。






「とりあえず演習場から近い校舎へと向かいましょう! 何か興味のある場所は御座いますか?」

「そうですね、とりあえず書庫が」

「最後にしとけ。動かなくなるだろうが」


 言い切る前に遮られ、リゼルはやや不服そうにジルを見た。

 何か文句があるかと言わんばかりの視線で見下ろされて諦める。確かに本の揃い方によっては言う通り書庫見学だけで終わってしまうだろう。


「じゃあオススメの場所があればそこを。騎士学校独特な場所とかが魅力的です」

「了解致しました!」


 書庫に行った方が良いのだろうかどうなのだろうかとジルとリゼルを見比べているライナにそう告げる。騎士学校内部の詳細が公開された事は無く、何の施設があるのか分からない為に丸投げだ。

 調べようと思えば簡単だけど、というのはイレヴンの談。警戒の厳重な騎士学校相手にそう言い切れるのは流石というべきか。


「今回子息さんが案内してくれるのは、もしかして君が望んだからですか?」

「御彗眼感服致します。本来ならば士官候補生たちの役割だったのですが、何とも勿体無い事に不本意と隠さぬ態度を取っていたので私が立候補させて頂きました!」

「士官候補生って何? そのまんま将来のお偉いさんで良いの?」

「はい、その通りであります。上級生となると、優秀な上から五名が候補生としての立場につく事となっております!」


 卒業後、一般騎士では無くそれらを従える隊長となる者たちの事だろう。

 候補生は四、五年生から選出される。最上級生は既に配属先が決まっているので含まれない。

 候補生になって与えられるものは基本的には名誉のみ。ただし望む者は正騎士の訓練に特別参加出来るという恩恵が与えられるし、実習の際に指揮をとる立場を与えられるなど責任ある行動も求められる。

 自らを楽にする恩恵など一つも与えられないが、それでも目指さない生徒はいない。


「君は違うんですか?」

「そう疑問を持って頂き光栄であります。私は将来騎士にはなりませんので辞退致しました!」


 五年生だし案内役に抜擢されたのだから優秀なのだろうと問い掛けるとやはり候補には上がったらしい。

 恐らく相当名誉な立場だろうに家を継ぐ意志は揺らがなかったようだ。子爵も良い後継ぎを持っているなと頷き、しかし案内役を渋るとはまたプライドの高そうな子達だと苦笑した。

 ようは何故冒険者なんかに神聖な騎士学校の案内をしなければいけないのかとそういう事だろう。貴族出身者が集まる中、更にその代表に選ばれたとなればそういう考えを持つに至るのも仕方が無い。

 リゼルがちらりとイレヴンを見る。細められた瞳にはゆらりと愉悦が浮かんでいた。


「変なことしないように。好き放題したばかりでしょう?」

「まさか。全然消化不良ッスよ」

「イレヴン」

「はぁい」


 不満そうに唇を尖らせるイレヴンが渋々頷く。どうやら言っておいて正解だったようだ。

 宥めるようにその頬をぽんっと叩き、不思議そうに振り返るライナに何でも無いと微笑んで見せた。

 リゼル達は案内されるままに校舎へと足を踏み入れた。とはいえ広大な校舎なのでまだまだ端に過ぎず、中庭に面した長い廊下をひたすら歩いていく。


「立候補って言いましたけど、俺達だって知ってたんですか?」

「勿論ですとも、だからこその立候補ですので。父上がいつも言っております、もし会う機会があれば逃さず会っておくべき人物達だと!」

「随分と過大評価されていますね」


 苦笑するリゼルに否定の言葉を返しながら、ライナは自らの父の事を思い出していた。

 尊敬する父親が心から面白そうに「顔を合わせなければ理解できないだろう」と話していた人物が目の前にいる。もし会う機会があればと話題に出た時に、笑みを浮かべながらも真剣な瞳で告げられた言葉は今もしっかりと覚えている。


『己の立場を忘れず、その上で何より彼を優先し、不快な思いをさせないよう努めなさい』

『敵に回すことは以ての外だが、味方であろうと厚かましい真似はしないように』


 そう聞いたから敬意を払っている訳ではない。

 父親から聞いたリゼル達自身の行動に敬意を払うべきだと自ら判断して払っているに過ぎない。

 しかしその言葉があるからこそライナは案内役へと立候補したのだ。自らの所属する騎士学校が彼らの不興を買わないように、それこそが全てにおいて最良だろうと確信を持って。

 やり遂げてみせると心の中で気合を入れ直すライナを、何となく予想がついたリゼルがほのほのと笑って見ている。


「なんか燃えてっけど、貴族があんな分かりやすくて良いんスか」

「下心の無い意図した好意って珍しいですね」

「あそこまで行くといっそ本心だろ」


 三人に好き放題言われている事にライナが気付かなかったのは幸福だろう。

 決意に燃えているところ悪いが、とリゼルはふと気になった事を問いかけてみた。快活だが貴族らしく心の裏側を平然と隠すに長けるレイが、果たして家でリゼル達をどう評価しているのか。

 問い掛けたところで真意など隠されるだろうが、少しでもその裏側が読み取れれば面白い。


「子爵って俺達に関してどんな印象を持ってるんでしょう。人当たりの良い方なので、何か迷惑をかけていないと良いんですけど」

「父上は貴方達に関しては肝心な所で『秘密だ』と笑って口を閉ざしてしまいます。ですので私が聞けるのは表面上の印象だけですが、貴方に関しては“清廉な空気を纏い穏やかで何処までも高貴。下に侍りたいと願ってしまうような方”と言っておりました!」


 国王に仕える貴族の言葉では無いとリゼルは苦笑する。

 以前から戯れのようにそういった事を言ってはいたが、早々公言して良い内容では無いだろうに。

 此方を巻き込むようなミスをするような人物では無いし良いかと、想像通りの方ですと瞳を輝かせるライナに礼と共に微笑みを返す。


「一刀殿に関しては“戦う所など見た事が無いが正しく最強、リゼル殿を守るのに戦力的にもそれ以外でもこれ以上の人選は無い”と!」

「おー、ベタ褒め。俺は?」

「“リゼル殿がいない場所で会わないように”と!」

「褒めろよ」


 果たしてどういう意味なのかと考えているライナはその言葉の意味など知らないのだろう。

 リゼルと共にいる時のイレヴンからは彼がどんな存在であったのか計り知る事は出来ない。レイも実の息子だろうが事実を告げるような下手な真似など出来ないと判断する程に、その素性を知る事は危険を孕んでいるのだから。


「やっぱり第一印象って大事ですよね」

「俺すっげぇ愛想良くしたのに」

「胡散臭ぇんだよてめぇのは」

「イレヴンはあの状況だとどうやっても好印象は難しいと思います」


 今は違うのにと本人はブツブツ呟いているが、大して変わらないだろうとジルは呆れる。

 その時の事だった。もうすぐ終わりを迎えるだろう広大な中庭の何処かから助けを求める声が聞こえ、ぴたりとリゼルが足を止めたのを機に全員が立ち止まる。

 幼い声は泣き声を孕んで響くように聞こえるが、その声を発しているであろう子供の姿は見当たらない。


「うっ、此処から出してぇ……助けて下さぁい……!」

「姿見えねぇのに声だけってすっげぇホラー」


 ケラケラ笑ってそう告げるイレヴンに助けるという選択肢など無いのだろう。

 むしろリゼルが気付くより遙かに先に気付いていただろうに、微かにさえそちらに気を掛ける素振りも見せていないのだから言うまでも無い。ジルもイレヴンも基本的に自分以外はどうなっても良い人種だ。

 窺うようにライナに視線を向けられ、どうぞと微笑む。


「誰かいるのか! 何処に居る!」

「やっと誰か通ったぁ……ッここです、穴の中ぁ!」


 声が響いて聞こえるのはその為なのだろう。

 中庭中に広がる声は位置の区別が付けづらい。リゼルがちらりとジルを見ると、溜息をついて中庭へと足を踏み入れた。

 迷いもせず進むジルを先頭に辿り着いたのは中庭のど真ん中で、其処には直径一メートル程の立派な穴がポカリと口を開けていた。三メートル程もある深い穴の底ではライナ曰く一年生の胸章をつけた少年が涙を溜めて此方を見上げている。

 一年生だとしても低い身長は彼をより幼く見せていた。


「おー何コレ、いじめ? いじめ?」

「イレヴン、不謹慎ですよ」


 ぐすぐすと泣く少年に、まさか本当に我が校で苛めがと奮起しそうになったライナを止めたのは首を振ってイレヴンの言葉を否定した少年自身だった。


「うぅん……いつも背が小さいってからかってくる奴を、落とし穴にはめて、上から土砂かぶせて、水流し込んで嘲笑ってやろうと思って……魔法で穴掘ってたら、出られなくなっちゃいましたぁ……!」

「そうしたら犯人が自分だってバレちゃいますよ、底に予め何か仕込んだ方が良いと思います」

「槍仕込め槍、そしたら一発で死んでくれて楽っちゃ楽」

「証拠隠滅まですんなら掘った土残しておかねぇと面倒だぞ」

「次はそうしますぅ……!」

「流れるような的確なアドバイス流石ですとも御三方! しかし聞け少年、騎士学校の生徒なら決闘を申し込み正面から打ち破ってみせないか軟弱者め!」


 でもそれが出来ないから有効な手段を、いやいやそれでも騎士として、そんな事を議論する彼らと泣きながら真剣にうんうん頷いて聞いている少年に突っ込む者は誰もいない。

 実は楽しんでいるリゼル達に反してライナは素だ。素で感心して素で叱り飛ばしている。

 しばらくしてケホンと咳き込んだ少年に議論は止んだ。土埃舞う穴の中にいては健康に悪いだろう、何はともあれ一旦穴から出さねばならないとライナはしゃがみ込む。


「これだけ深い穴を良く掘ったものだな。魔法特化の才能がある、正しく精進するが良い!」

「はぁい……っ」

「まだあのくらいじゃ魔法の影響範囲を自分中心から動かせないんですね、何だか懐かしいです」

「リーダーもあんくらいん時そうだったんスか」

「いえ、良い魔法の師匠に恵まれたおかげで範囲指定の基礎なら教えられていました」


 さてどうやって助け出そうかと思考に耽るライナの隣でリゼルは懐かしそうに少年を見下ろす。

 ぐすりと鼻を鳴らした少年がリゼルを見上げ、その甘い瞳をじっと見つめた。微笑みかけるとふっと小さな体から力が抜けて涙も引いていく。

 流石年下キラーと面白そうに呟いたイレヴンに苦笑しながら髪を耳にかけ、見つけたからには助けなければと身を起こす。


「ロープか何か下ろせば上がって来れそうですね」

「ご協力感謝致します。ロープまでお持ちとは何と準備万端な事でしょう!」

「冒険者の必需品なので」


 道無き道を進む時、テントを作る時、あれば色々な場所で役に立つロープは冒険者にとって無くてはならない道具だ。例え常に金欠がついて回るFランク冒険者でさえ全員持っている

 リゼルはごそごそとポーチを漁り、ふいにあれっと首を傾げた。無い。

 確かジルから最初に冒険者の必需品を一通り聞いた時に張り切って揃えたはずなので、あまり使う機会など無かったが買ってあるはずだ。一体何処にやったのかと考え、ふとある記憶が浮かび上がると同時にジルが口を挟む。


「お前この前いかにもジャングルな迷宮で谷を渡る時に使いたがっただろうが。向こう岸まで行くのにわざわざ枝に結んで」

「そういえばそうでした」


 やりたくなったのだから仕方が無い。むしろあれ程準備された状況でやらない方が難しいとリゼルは頷いた。

 結局そこそこ広い谷を一人で渡るのは何があるか分からないのでジルに抱えられての経験だったが、冒険者として好奇心を満たすに相応しい行動だったと自負している。そこそこ楽しかった。

 また買わなければと思いながらリゼルがジルを見ると、顰められた顔で首を振られた。


「今朝洗濯物を干すロープが切れたっつってた女将に貸した」

「ちゃんと未使用でした?」

「ああ」

「そこなんスか」

「奇跡的なタイミングでありますね。あらゆる奇跡を集めるその存在の奇跡にこそ感動致します!」


 まさか冒険者の必需品を持たないとは、しかしそれさえライナにとっては強者の余裕にしか見えない。究極のポジティブがリゼル達の評価を欠片も落とそうとはしなかった。

 当然残る一人の冒険者に視線が集まるが、イレヴンもひらひらと両手を振って見せた。


「ん、イレヴンが持ってないんですか?」

「え、何でそんな意外そうなんスか」

「だって必要かと思って。人を縛ったりする為だとか」

「言い方。その言い方。リーダーちょっと止めて」


 ある意味盗賊の必需品でもあるだろうにと不思議そうなリゼルに、イレヴンは口元を引き攣らせながら首を振る。確かにちょっと人に対して拘束したり拘束した上で色々したりするが、縄など使わない。


「ロープなんて証拠あと残るようなもん使わねぇし」

「成程」


 流石プロ。リゼルは思わず感心した。

 ロープを取りに行くにも時間が勿体無い気がする、何せ騎士学校の見学は今日しか出来ない。下から持ち上げようにも深い上に唯一それが出来そうな長身を持つジルを穴に下ろせば、至近距離で真っ黒なガラの悪い男に面倒そうに見下ろされた少年が呼吸を失う程に泣き叫ぶだろう。

 仕方無いとそのまま穴を見下ろして深さと広さを測る。眼が合った少年ににこりと微笑んだ。


「動いちゃ駄目ですよ」

「え……?」


 ズ、と少年の足の下で土が揺れた。徐々にせり上がる地面に少年は泣く事も忘れ目を見開く。

 単純に少年が全力で穴を掘るのとは訳が違う。周りの壁を崩さないよう全て計算され、土魔法の持つ本来の力である地面を隆起させて行う攻撃を支障なく弛めて発動させていた。

 攻撃魔法の速度を緩めようとする者が存在するはず無く、そしてそれが途轍もなく困難な事を幼い少年だって知っていた。例え些細な魔法であっても、予定調和以外の動きをさせるとなると難易度は格段に跳ね上がる。

 穴の半分ほどまでせり上がった地面が、ピタリと止まった。


「どうでしょう、もう届くと思うんですけど」

「素晴らしく緻密で美しい魔力行使でありました! さぁ、手を伸ばすと良い」


 伸ばされた手に少年は両手を上げた。

 持ち上げられ、ストンと足が地面につくと思わずほっと息を吐く。


「あのぅ……有難うございますぅ」

「いいえ。あ、折角だし一つ頼みごとがあるんですけど良いですか?」

「え? はぁい」

「一度だけ、お父さんって呼んで下さい」


 きょとんと見上げる少年と、理解出来ない物を見る目を向けるジルと、口元を引き攣らせたイレヴンと、満面の笑みのまま「何か素晴らしいお考えがあるのでしょう!」と輝く瞳で語るライナの視線が一斉にリゼルを射抜いた。

 気にせずリゼルは促すように微かに首を傾げて見せる。

 少年はパチパチと数度瞬いて、ポッと頬を染めてもじもじと自分の服を握りしめた。


「こんなに若くて魔法が上手で見るからに綺麗なフインキのお父さんだったら、うちの狸みたいにジジイなんて呼ばないのにぃ……ジジイに対してなら鼻で笑って呼べるのに、照れちゃいますよぅ」


 照れる少年は見る限り可愛らしいのに、言ってる事は欠片も可愛らしくない。

 まさかまだ幼い貴族の子供が家の当主である父親をジジイ呼ばわりしているとは。父を心から尊敬しているライナにとっては分からない感覚らしく、疑問符をひたすら浮かべている。


「嫌なら良いですよ。無理を言ってすみません」

「うぅん、そんなこと無いですぅ……じゃあ、ぉ、お父さん」

「……うん、このくらいの子の方がしっくり来ますね。有難うございました、今度は脱出の手段を用意して穴を掘るように気を付けて下さい」


 応援するような言葉に少年はパッと笑みを浮かべてリゼルを見上げた。

 照れた名残かまだ柔らかそうな頬を赤く染め、嬉しそうに破顔して大きく頷く。


「……はぁい、今度こそ、むかつく奴を槍を仕込んだ穴に落として陰でほくそ笑んでみせますぅ!」

「君とは後でじっくりと話し合う事にしよう!」


 去り際に何度も振り返っては手を振る少年に、なんとも無邪気な事だとリゼルは良い事をしたと満足そうに笑った。言っている事は邪気に溢れているが気にしない。

 なかなか見所があると元盗賊の頭に評価されているとは知らない少年が果たして騎士に向いているのかは疑問だが恐らく学校側か、早ければ今日にでも有言実行したライナがじっくりと話し合って何とかするだろう。

 去って行く少年の姿が消えるまで見送り、リゼルは微笑んだ。


「流石に最上級生の子は育ち過ぎだしあの子以上に幼いと難しそうだし、もし受け入れるならあのくらいですね」


 さらりとそう呟きを残して次の案内をとライナを促すリゼルの背をジル達は無言で見ていた。

 レイやシャドウと知り合ったし貴族関係はもう十分だと言いたげに貴族からの誘いを断るリゼルが、いくら騎士学校に興味があったとはいえ迷わず依頼を受けたのが意外だったがなんて事無い。演習場で漏らした『あまり良さそうな子もいないし』というある種選ぶような言葉もこれだったのだろう。


「……嫁どころか後継ぎまでこっちで探す気だぞアイツ」

「あー……ここなら貴族出身ばっかだから教育ラクだしっつって? どこまで本気なんスかね」


 全部本気でも全部戯れだとしても驚かない。

 ジルは慣れ切ったように気にするだけ無駄だと溜息をつき、イレヴンはげぇっと嫌そうに呟きながら離れていく二人の後を追う。なんて事無い様子でライナの説明を聞いているリゼルからは相変わらず真意が掴めない。

 ただ確実なのは彼の国王が許可しなければそれは実現しないという事で、不確定な段階でリゼルが行動を起こすとは思えないので考えるだけ考えてみているだけなのだろう。


「では参りましょう、あちらが第四鍛錬場です!」

「鍛錬場は幾つあるんですか?」

「全部で九個です。その中でも――――――」


 快活な声が響く廊下を四人は再び歩き出した。






「それでは最後に書庫へ向かおうと思っておりますが、いかがで御座いましょう!」

「是非お願いします」


 穏やかな微笑みは変わらないものの、良く良く聞いていれば声がやや弾んでいるのが分かる。

 余程本が好きなのだろうとライナも満面の笑みを返しながら書庫までの道のりを歩む。校舎の端であった演習場付近とは違い生徒が溢れる廊下の中を視線を集めながらリゼル達は歩を進めた。

 先程からすれ違う度、生徒達は道を譲り廊下の端で踵を合わせて直立しながらリゼル達を見送っている。まさかこれが客人であろうとも冒険者に向ける態度では無いだろう、確実に何かを勘違いされていた。


「リーダー全っ然疑問に思ってねぇけど何で?」

「慣れで流してんじゃねぇの」

「あー視察ってやつね。まぁこれで冒険者じゃなけりゃ似たようなもんだし」


 そう、完全に生徒達は何処ぞの貴族の視察だと勘違いしている。

 今日冒険者が訪れる事は知っているはずだが、それでも冒険者と結び付けられる事がないのがリゼルだ。本人が知ったらまた地味に落ち込むだろう事を考えればわざわざ指摘しようとは思わないが。


「書庫は広いんですか?」

「蔵書はかの魔法学院と比べると流石に劣りますが、機密文書などの保管を学校が担っている部分もありますので広さに関しては保証致しましょう!」

「機密、というと俺達は中まで入れないんでしょうか」

「そう残念そうになさらないで下さい。生徒にも閲覧制限のあるものが大半なので厳重に保管されている為、その部屋以外の場所ならば私と共に居れば問題ありませんとも!」


 それは頼もしいとリゼルが頷いたのを確認して満足気に笑ったライナは、ふと廊下の正面から歩いて来る面々に目を止めてはてと首を傾げた。

 何故彼らが此処にいるのか、まあ居ようと関係は無いがと気にせず校舎の説明を再開し歩みを止める事は無い。しかし正面から歩いて来た者達が道を譲る事無く立ち塞がれば此方も立ち止まるしかない。

 隣を歩くイレヴンが口を開こうとするのを止めながら、リゼルは険しい顔をしているライナを見た。


「客人の前へと立ち塞がるとは何事だ!」


 笑っていると父親に良く似て明るく快活なライナだが、先程の一年生への一喝といい苛烈な一面を時折見せる。果たしてそれはレイにより苛烈と称された母親から継いだのだろうか。

 目の前に立つ数人を厳しく睨みつけるライナに対し、当の彼らは澄ました顔でそれを見据える。


「ライナ殿、此処まで御苦労だった。此処からの案内は私達が行おう」

「案内と言う最終指令を受けたのは私なのだから変わる必要など無い。なにより嫌がるお前達に案内などされては御客人も気分が悪いだろうに!」

「最初に案内を打診されたのは此方だ。それに御客人に誤解をさせるような不快な勘違いは止めて貰おう」


 悪戯に声を荒らげない、威圧を押し殺したような声の応酬は流石貴族と言えるだろう。

 しかし客人を前に言い合いなど感心は出来ない。リゼルは微笑ましそうにそれを眺める。


「何コレ」

「誤解が誤解を呼んだようです」

「またお前の所為か」

「不可抗力ですってば」


 立ち塞がる者達の胸に輝くのは今まですれ違う生徒達が誰一人として身に付けていなかった記章。案内を嫌がっていたという言葉もあるので間違いなく士官候補生だろう。

 そんな彼らが何故今頃になってリゼル達の案内を申し出ているのか。

 周囲を見れば一目瞭然だ。ライナを案内に付けた貴族が校内を視察している、そんな予定など無かったはずだがと彼らに確認を取りに行く者もいるだろう。

 生徒らも貴族ではあるが爵位を継げる身分では無い。突然姿を現したいかにも貴族な相手に浮足立ってしまっても仕方が無い。

 そこで教師に確認を取れば誤解は解けるのだが、教師であり上官でもある存在に何故訪問を教えてくれなかったのかと文句をつけるような真似が出来る者はいなかったらしい。


「一体私が何を勘違いしていると言うのか!」

「私が案内役を渋ったのは相手が冒険者という点だ、何故冒険者風情の安直な申し出を受けなければならない。しかしその冒険者を従える尊き方もいらっしゃるのなら案内役は士官候補生である私達が行うべきだろう。失礼ながら貴方もそう思われませんか?」


 自信に溢れ、今にも膝を付きそうな面々にそう問われリゼルは同意するように微笑み頷いた。

 ただ己を誇るというには幼い、勝ち誇った表情を浮かべ更に言葉を重ねようとする候補生達が笑みを浮かべられたのは一瞬の事であった。


「このままで問題無いようですし、行きましょうか子息さん」

「我々の失言も軽く流せるその御心の広さに深く感服致しました! 足を止めてしまい申し訳御座いません、参りましょう!」


 生徒側の見栄や意地などリゼルにとって然して重要ではない。

 何せ今向かっているのは書庫だ。リゼルが後々の楽しみに半強制的にとっておく事となった書庫。

 士官候補生と共に行けば閲覧できる蔵書が増えるなどの特典があれば勘違いをそのままに「一緒にお願いします」くらいは頼むだろうが、成績で人員の変動がある彼らにそんな権限は無いだろう。


「リーダーもう本の事しか考えてねッスね」

「いつもの事だろうが」

「だって希少な本とかあったら一冊でも多く目を通したいじゃないですか」

「その惜しまぬ知識欲が威厳すら醸す知性を作り上げているのでありますね!」


 早速とばかりに歩みを再開したリゼル達に候補生達は唖然としながらも無意識に道を空ける。

 すれ違い様に聞こえて来た会話は間違いなく全員が冒険者だと伝えてきていて、それが示すのは勘違いしていたのは候補生達という事。そして衆目を集める場で騎士を率いる立場になるはずの者達が、冒険者ごときを敬意を払うべき存在と間違えたという騎士として有るまじき失態を犯したという事。

 その場に残された候補生達がそれに気付き羞恥のあまり急ぎ足で去って行った事など、書庫を前にして心なしか機嫌良さそうに微笑んでいるリゼルと何をして時間を潰そうかと考えているジル達は知る由も無かった。






「やっぱり本の持ち出しは禁止でしたか……」

「お前外見ろ」


 帰りは冒険者ギルドへと送ってくれるという馬車に揺られながら呟いた向かい側に座るジルの言葉通りにリゼルが窓の外を見る。星が綺麗に光る夜空は、元の世界と変わらない丸い月が明るく輝いていた。

 書庫へと案内されてから今まで、ひたすらノンストップで本を読み続けていたリゼルの悪びれない言葉に何か一言言いたかったらしい。

 確かにジル達はずっと退屈だっただろうがと苦笑し、リゼルはすみませんと一度だけ謝って立派な馬車の印象を裏切らない柔らかい背もたれにもたれかかる。隣に座るイレヴンが肘を付きながらニヤニヤとリゼルを覗きこんだ。


「リーダー、教師が書庫でそろそろ帰れっつってきたのも知らねぇっしょ」

「そんな事言われたんですか?」

「あのガキがもうちょいもうちょいって粘ってたッスよ、暗くなったら明かりとか用意してたし。まぁ流石に尽くし方じゃジャッジに負けっけど!」


 ケラケラと笑うイレヴンの言葉にそういえばいつの間にか明かりが近くにあったとリゼルは頷いた。

 それは今度何かお礼をしなければ、と帰る際に変わらない輝く笑みを浮かべていたライナを思い出す。

 『是非また再会の機会がある事を願っております!』と最後まで此方を持ち上げてくれていた。レイによる洗脳でも使われているんじゃないかというのはイレヴンの談。

 何はともあれ騎士学校独特の書物も読めたし、お礼は気合を入れなければと考えながらリゼルは髪を耳にかけた。レイならば迷宮品で決まりなのだがライナは果たして何を好むのだろうか。


「おい」

「はい?」

「疲れてんなら寝とけ」

「そこまででも無いんですけど」


 唐突に向けられたジルの言葉に苦笑を返す。

 実戦講習の際、何だかんだで生徒達の魔法の準備が終わるまでひたすらカモフラージュの攻撃を受けて防いでいた。数人がかりで代わる代わる攻撃されては絶えず魔法を発動させなければいけない。

 とはいえ自分も冒険者なのだし受けた依頼なのだから参加しないという選択肢は無かったが。リゼルは割と真面目に冒険者をやっている。

 しかし疲れているという言葉に否定は出来ないだろう。普段背もたれなど利用しない手本のような姿勢が崩れているのがその証拠だ。


「ニィサンの言う通りッスよー。魔法とか目茶苦茶疲れるじゃねッスか、俺とか二回も続けて発動させりゃバテっし」

「慣れとかもあるんでしょうけど。そうですね、折角だし御言葉に甘えましょう」

「ああ」


 イレヴンにも促され、寄りかかる様に壁に静かに頭を預けて顔を伏せ目を閉じる。

 恐らく寝てはいないのだろうとジルは呆れを隠さずその姿を眺めていた。疲れていないのならば穴に落ちた少年を助ける際に真っ先に魔法を用いていただろうに。

 自己管理に関しては徹底している為に魔力不足などにはならないだろうが、イレヴンの言った通り魔法の発動というのは精神をすり減らす為に常に疲労が伴う。それを同時詠唱だの連続詠唱だの無言詠唱だのしていたのだから疲れるのも当たり前だ。


 その時、ふいにイレヴンがひらひらとジルへと手を振った。

 怪訝そうな様子を隠そうともせずそちらを向くと、ニンマリと笑いながらイレヴンが一冊の本を取りだす。無言なのはリゼルに気付かれないようにする為だろう、ここで本の話題など出せば寝る事をどこかに追いやって加わって来る筈だ。

 それが希少な本ならば、尚更の事。“重要”“極秘”と赤い判の押された本の表紙には“騎士団による未解決案件no.4”と書かれている。


「(相変わらず手癖悪ィな)」

「(ガキが目ぇ離した隙にちょい。魔法の索敵警備すっげぇ厳重でひっさびさに興奮した)」

「(取引してぇ事でもあんのか。今でもアイツはてめぇに関しちゃ大抵甘ぇだろ)」

「(べっつに)」


 一本立てた指で本を支え、ゆらゆらと揺らして見せる。

 以前のパーティーの時のように取引に使えば有効打が打てるだろう。リゼルが二度目を許してくれるのかと言われれば微妙に怖いが、何となく気分が乗らない程度の用件ならば承諾してくれる筈だ。

 対リゼルではなく対ジルにも使える絶対的有利な切り札にもなるし、他にやる事が無くて暇だったのも事実だし、絶対の自信を持つ騎士学校の警備を突破して嘲ってやりたかったのも間違いではない。勿論リゼル達が犯人だとバレないよう手は加えてあるから心配は無い。

 しかし一番の理由は別にある。くるくると希少なはずの本を回しながら隣で眠るリゼルをちらりと見て、パシリと本を掴んで空間魔法へと放り込んだ。


「今回リーダー頑張ったし、たまには俺からゴホービ」


 きゅっと目を細め相変わらず何かを企んでいるような笑みを浮かべるイレヴンに、いつも自分に対して甘い甘いと文句ばかり言う男も大概甘いとジルは呆れながら溜息を吐いた。



父上を目茶苦茶尊敬している子息さんでした。故に父と対等っぽいリゼル達も尊敬。

少年は後日和解しました。脅しと和解は紙一重でした。


活動報告にちょっと大切なお知らせを載せています。

要約すると更新速度がちょっと遅くなるかもというだけですが、詳細が知りたい方はお目を通して頂ければ幸いです。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
この未解決事件で1話書いて欲しいな!
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ