61:そして教卓に放置
某日、朝の出来事。
「これ、うちのリーダーから“無事冒険者を辞められそうだ、ありがとう”って。世話になったし直接渡したいけど、露骨に接触するとリゼル君達が関わったのかって疑われるから。それにしても君達の情報って少な過ぎない? お礼をしたくて好きなものを知ろうと思ったら酒だの肉だの基本的に食べ物の好みしか出て来なかったんだけど。まぁ君に限っては本もあったけど。どれも贈るには微妙だし、でも君達は例え金銭的な価値があってもいらないものはいらないだろうからって最上級の白銀牛の肉とロマネのワインと王都屈指の超有名店のスイーツ詰め合わせを持って来たんだけど」
「ありがとうございます」
翡翠色の髪に光を反射させ、ヒスイは常の不機嫌そうな顔をやや柔らかくして持参した品々を机の上に並べていっている。前回の訪問から学んだのだろう、時間帯はそれ程早くは無くリゼルの部屋で向かい合って座っていた。
余程自らのリーダー達が無事家庭を築けるのが嬉しいらしいと、その上々なテンションのまま紡がれる止まらない言葉の羅列にリゼルは微笑みながら礼を言ってそれらを受け取る。
しかしジルはどうあがいても生肉を貰う運命だったらしい、冒険者から冒険者に贈られるには異色とも言えるラインナップにしかし素直に嬉しいから良いかと頷いた。
「もう辞めたって噂は聞かないですけど」
「まだ辞めては無いよ、ギルドが渋らなくなっただけ。辞める時なんてギルドカード返すぐらいだし、辞める前にやっておくこと全部やっておくんじゃない? ギルドに渋られてる内にそういう事すると変な文句付けられかねないから」
「冒険者ギルドって意外と色々あるんですね。これだけ大きい組織になっちゃうと仕方無いんでしょうけど」
かと言ってリゼル達が好き放題することに変わりは無いのだが。
彼らにはそれが似合うとヒスイは内心で呟き、そして改めて頭を下げた。
「今回は協力してもらって助かったよ。本当に有難う」
「頭を上げて下さい、俺達も襲われた所を助けて貰えたしお相子ですよ。むしろ実際に俺がした事なんてヒスイさん達に襲撃者達をけし掛けただけだし、了承も得ず恩を無理矢理押し付けたに過ぎません」
「……君がそう言うならそうするけど」
渋々と顔を上げるヒスイはまだ何か言いたそうだったが素直に口を閉じた。
リゼルにとっては大した事ではないのだろう。襲われた時に偶然ヒスイが居たから折角だし貸しでも作れないかと声をかけただけにすぎない。
もしヒスイが動かなければ普通に自分たちで襲撃犯を殲滅し、何事も無かったかのように王都へ戻っていたはずだ。ヒスイを恨む事も無ければ少しの不満も抱く事無く、それ以降も顔を合わせれば今まで通り穏やかに話をするのだろう。
だからこそヒスイはあの時に矢を射たのだが。
「こっちを全力で頼ろうなんて人間に手は貸さないよ、知り合いってだけでもね。何かあるって分かってて手を貸したのは僕なんだし押し付けられた訳じゃ無い」
「その何かが悪いことだとは思わなかったんですか?」
「人に不利益をバラ撒くような頭の悪い真似を君がする? そっちのが悪い冗談」
特にヒスイ達はSランクパーティ、そんな彼らに喧嘩を売ってはタダでは済まない。
確かに実力ではリゼル達が(というかジルが)負けるはずは無いが、冒険者たちの目指す頂点に立つ彼らを敵に回せば批難は免れないだろう。平穏な冒険者ライフは終わりを迎える。
リゼルがそれを望むかと言われれば、その必要が無ければ勿論望むはずは無い。
「ねぇ、素直に感謝してるんだ。だから礼の言葉ぐらいは受け取ってくれると嬉しいんだけど?」
「じゃあ、有難く」
微笑むリゼルに、ヒスイは眉間に皺を寄せたまま満足気に頷いた。
机に積まれた品々も受け取って貰えるようだし何よりだろう。
「しかし好物の情報をわざわざ調べたんですか?」
「調べたって言っても君達って基本的に色んな所で話題に上がるからね。そこらの屋台とか井戸端会議中のお母さん達とか、それこそ冒険者たちの間で噂になってたりするよ」
「好物が?」
「そう。コレを良く食べてるってぐらいだけどね」
確かに食事中を何度か見れば分かるだろうが、知ってどうするのか。
ちなみにジルは何時見ても肉を食べているから分かりやすい。イレヴンも好き嫌いは偏っているものの好きなものばかりひたすら食べるので分かりやすい。甘いものはしょっちゅう食べているし食事中は卵料理を一番に食べる。
かく言うリゼルは大して好き嫌いが無く何でも食べるので分かりにくいだろう。昔はチーズが苦手だったが、元教え子の好き嫌いを咎める際に説得力が無いだろうと一日三食チーズ料理を一月続けたら食べられるようになった。それを見た教え子は引いた。
しかしイレヴンに付き合って甘いものを食べてるイメージが強いらしく、冒険者にとって定番の酒と肉にプラスしてスイーツがついて来たのはその為だろう。
「美味しく頂きますね。肉は女将さんに料理して貰いましょう」
「今更だけど、金貨一包みの方が良かったら言って貰えれば用意するけど?」
「いえ、こっちのが嬉しいです」
だろうね、とヒスイは頷きながらもそれで良いのかと内心突っ込んだ。
確かに伝手が無ければ手に入れられない品々で金があれば買えるものではない。だからこそリゼルは此方の方が良いと喜んでいるのだろうが冒険者としてはどうなのか。
しかし目の前で穏やかに微笑む男が金に困っているようには見えないので、まあ良いかと頷く。
「じゃあ朝から長居するのも悪いからそろそろ行くよ」
見送ろうとするリゼルを手で制して立ち上がる。
何となくリゼルに見送らせるのは居心地が悪い。
「リゼル君は今日は依頼無し?」
「いえ、午後から依頼が入ってます」
「そう」
依頼内容を詳しく聞くような真似はあまり良い事では無い。
何となく気になりはしたものの聞きはしなかったが、しかしその情報はリゼルの方から与えられた。
「騎士学校の冒険者講習なんですけど、何かアドバイスとかありますか?」
「……それ、ギルドの指名依頼?」
「やっぱり知ってました? 一度見てみたいと思ってたので受けてみました」
「物好き。僕には止めた方が良い以外のアドバイスなんて出来ないよ」
可笑しそうに笑うリゼルは全て知った上で依頼を受けたのだろう。年に一回、ギルドから個別指名により提示されるその依頼は多額の報酬にも拘らず受ける冒険者がおらず、ギルドが自腹で報酬を増額する程の究極の地雷依頼だと、そう知った上で。
ここ数年王都で活動を続けるジルが知らないはずはないのでリゼルもそう伝えられているはずだ。
その上で選んだのならば上手くやるかとヒスイは肩を竦めながら「またね」と去って行った。
王都の騎士学校と言えば周辺国家にもその名を轟かせる程の名校だ。
所属しているのは貴族の子息(極僅かだが子女)ばかり。それは家柄を重視している事に間違いは無いものの、それ以上に実力が重視されているからでもある。
生まれた時から騎士になる事を決められた者達は家のサポートを受け幼い頃からその教育を叩き込まれ、入学前には必要な知識と基本的な技術を大体身に付けた状態に仕上がっている。別に平民の入学は拒否していないものの普通に考えればその差は歴然としており、貴族以外で入学試験を突破できる者はほとんどいない。
数少ない例外がその才能を運良く見込まれ貴族の後見人を得られた者で、必要な教育などをその後見人によって与えられた故に入学を果たせる者が時折存在する。
何故それ程に騎士が望まれるのか。
それは家を継ぐ事が出来ない子息達にとって最高の名誉が騎士であり、その親にとっても国の剣となり盾となる誇り高き騎士を家から輩出したとなればその立ち位置を変える事となるからだ。
それは後見人となった者も同様で、優れた人材を発掘したと高く評価される。
それ程に騎士というのは国を背負って立つ存在であり、そんな彼らを目指す子供らが所属する騎士学校はまさしく未来の国の光の宝庫といっても良い。十歳から十六歳の貴族子息達がしのぎを削って己を磨く場だ。
「とはいえ、やっぱり全員が良い子なんて事は無いのかな」
「調子こいた貴族のガキ共の鼻っ柱ブチ折りゃ良いんスよね?」
「名目としては“将来有事に協力関係を築く冒険者と交流を図り広い視野を得るための教育”です、そういう事は口に出さないように」
騎士学校からギルドまで迎えに来た馬車に乗ってリゼル達は騎士学校へと向かっていた。
今回の依頼はギルドからの指名を受ける事で受注できる依頼で、勿論拒否する事は出来るものの興味があるならどうかと一番にスタッドがリゼル達へと話を持って来た。元々毎年声をかける冒険者全てに断られるような依頼だ、ギルド側としては一発で決まって大喜びだろう。
何故冒険者達がそれ程にこの依頼を断るのかと言うと、いくら報酬が高かろうと割に合わないからだ。
今回の依頼の目的はまさにイレヴンが言ったもの。
誇りが高いという事は矜持が高いと言う事であり、任務に忠実にと行われる教育は彼らを一辺倒に育て上げてしまう。一流の教育と本人らの努力で作り上げた最終学年の矜持を一度へし折るのが目的だ。
変なプライドを持ったままでは無く広い視野を持った騎士を作り上げる為なのだが、家同士の付き合いを考慮すれば他の騎士がそれを行えば歪みが発生する可能性がある。
何のしがらみも無く、平民上がりの実力ある冒険者に彼らへと敗北を与えさせる事で効率良くそれらを行おうというらしい。対お偉方講習を受けていないリゼル達でも良いのは要は実力さえあれば良いからであり、むしろ態度は不遜な方が相手にとって効果的なのだろう。
「冒険者から見りゃ間違いなく貴族のガキに恨まれる。そんなハズレクジ引きてぇ奴なんざいねぇだろ」
「しかも話を通されるのはいつもはAとかSランクみたいですし、貴族の方と懇意にしてる人達も多い分ヘンな恨みは余計に買いたくないでしょうね」
「リーダーそんな依頼受けんだもんなァ」
「だって騎士学校とか普通は入れませんよ? 折角の有名校なんだから気になるじゃないですか」
好奇心だけで受ける者などいない依頼だろうに、ジルは窓枠に肘を乗せながら溜息をついた。
リゼルにとっては貴族相手に恨まれるというのも楽しみなのだろう。何だかんだで敵は作らないよう元の世界では立ち回っていたし、敬愛する国王に喧嘩さえ売らなければ嫌味を言われようと何か仕掛けられようと“何だかじゃれられてるなぁ”と流すタイプなので自ら敵認定する事は無い。
それが今回は違う。果たして本当に喧嘩を売るだけなのかジルには分からないが、変な楽しみ方をしようとしているのは確かだろう。
「でも学生とはいえエリートですし、いつも冒険者の方が勝てるんですか?」
「ギルド側で選んでんだから下手な人選じゃねぇし実戦慣れしてねぇ奴ら相手だからな。どんだけ訓練で本気出してようと殺し合い知らねぇんじゃ大した戦い方しねぇよ」
「経験不足ってことでしょうか。でも良く騎士顔負けの実力の学生がいるとか聞きますけど」
「実力あるだけで勝てりゃ苦労しねぇだろ」
ジルが言っても説得力は無い。
戦略だろうと小細工だろうと全て真正面から叩き潰せる男が何を言っているのかと、イレヴンは呆れたように背もたれに体重をかけた。
「つか戦い方をベンキョーするっつーのが良く分かんねぇ感覚なんスけど」
「イレヴンはいかにも自己流ですもんね。基礎を教わる事も無かったんですか?」
「教えられたのなんて狩りのやり方ぐらいッスよ。あとは時々死にかけながら覚えた」
相手の攻撃をあざ笑うように紙一重でかわし薄い刃で相手の急所を掻き斬るイレヴンの動き。
命をかけた殺し合いの中で研ぎ澄まされた剣技はとにかく見ていて怖い。コンマ一秒動作が遅れれば心臓を貫かれ首が飛んでもおかしくない動きだ。
本来の性質から身を守る事を後に回し、とにかく相手の息の根を止める事に特化したそれは誰かに教えられて身に付けるものでは決して無い。物心ついた時からそんな戦い方をしていれば動きが独特にもなるだろう。
「あ、そういやニィサンって騎士教育ちょっとだけ受けてたんスよね」
「ああ」
「十の時に引き取られたなら騎士学校には間に合いませんでしたね。とはいえ学校を出なければ騎士になれない訳じゃないですし、その為の教育でしょう」
とはいえ他の騎士候補生たちと交流を図れないのは将来的に痛いので大抵の家が子供達を学校へと入れるが。
「君のお兄さんは騎士学校に通ってたんですか?」
「知らねぇ」
関わり合いがほとんど無かったと言う以前の言葉に間違いは無いのだろう。
学校は通いか寮か選べるようだし、王都に住むオルドルが寮住まいという事は無い。学校に行っていようと行っていまいと同じ屋敷に住んでいたはずなのに何とも無関心だ。
とにかく騎士の総本山である侯爵家なのだからジルへ行われた教育や訓練も高水準だったはずだが。
「座学とか素直に受けてたんですか?」
「あー……やる気は無かった。面倒だし文句言われねぇ程度に最低限やったぐらいだろ」
「変な所で要領良いよなァ、ニィサン」
其処ら辺もいかにも要領の悪そうなオルドルには気に入らなかったのだろう。
しかし可愛げの無い子供だったようだとリゼルは自分を棚に上げて微笑み、馬車の窓の外を見る。
中心街に入り更に奥の奥に進んでいた。向かう先は中心街北区で、リゼル達が普段活動している王都南側からは少々遠い。
「いきなり攻撃とかされたらどうしましょう」
「俺的にはむしろ敬意を持ってっつーの? こう、いかにも礼儀正しーくクソ真面目に迎えられた方が居心地悪ィッスね」
「究極の地雷っつうんだし初っ端から地雷踏んでもおかしくねぇだろ」
和気あいあいと話すリゼル達は完全にこの馬車が騎士学校の物だと忘れている。
馬を操る御者にも当然中の会話は筒抜けであり、今までも冒険者を乗せて来たものの皆一様に諦め半分の憂鬱な空気を醸し出していたものだがと御者は口元を引き攣らせていた。
遊び半分で来るなと言いたいもののギルドの判断に異を唱えるには一刀のネームバリューは大きすぎる。騎士学校としても彼を経験させる事が出来るならば僥倖なのだから。
「で、半殺しぐらいにはして良いんスか」
「向こうについてから説明があるでしょうけど……回復薬も揃ってるでしょうし(大)で治る範囲なら良いんじゃないでしょうか」
回復薬(大)だと完全に折れた骨もつくし切り傷なら少しぐらい内臓が覗いていようと治る。
冗談では無く限り無く素に聞こえる発言に御者は果たして今年は無事に済むのだろうかと戦々恐々としていた。
騎士学校の最上学年は全員で四十名ほど。
六年間にも渡り鍛え上げた己の力に自信を持たないものなどおらず、そんな彼らの今日の話題は皆一様に午後から行われる冒険者との戦闘に限られていた。
年に一回あるそれを知らない者はいない。そして騎士側が冒険者相手に勝利を収められていないという事も。
しかし毎年の事だが挑む前の彼らは自らが負けるはずは無いと、先達の油断が招いた敗北のかたきを取れると信じ切っている。
彼らにとってはこの冒険者訪問はまさにリゼルの言った通りのものでしかなかった。
真意を口で説明した所で彼らに理解できる筈も無く、何故そんな事を行う必要があるのかとモチベーションを下げるだけだろう。実際に叩きつけられなければ分からないものもある、学校側の判断は正しい。
体験した者はそれを正しく理解し後輩に何も伝えず去り、中には冒険者を恨む者もいるが叩き折られた矜持など吹聴出来る筈が無い。
毎年効果は正しく発揮されていた。
「今回来るのはBランクの冒険者らしい」
とある男子生徒が言った。
S・Aという上位ランクでは無くまさかの中位ランクが訪れる事に不快感を示す者は多い。
何故ならそれは中位ランクでも勝てると思われている事に他ならない為だ。貴族の子息らがほとんどなので声を荒らげて不快を訴えるものはいないが、空気は不穏なものとなる。
それを察し、先程発言をした男子生徒は否定するように首を振る。
「僕らを過小評価している訳では無い、むしろその逆だろう」
「どういう意味?」
「来るのは冒険者最強の噂のある“一刀”だ」
知っている者と知らない者は半々だっただろう。
冒険者の間では知らぬ者はいない一刀もそれ以外の場所では知名度が下がる。
それでも有力な実力者は知っておいて損は無いと考える貴族がいるのは確かで、半数知っていたのも多い方だと言っても良い。
「例年の雪辱を果たすチャンスだ」
互いに頷き合う。共に鍛錬を乗り越えた連帯感が彼らを一つにしていた。
彼らの表情には自信が浮かび、この国を背負って立つ存在になるのだと盲目的に輝いている。
「それに、今年は此方にも彼がいる」
全員の視線が一人へと集まった。
視線を受けた男子生徒は気にすることなくトランプを手に構え、トランプタワーを作り上げていた。
騎士学園史上最強、協調性は無く性格に難はあるものの剣技に関しては本物の騎士を負かす腕前すら持っている。常に眠そうな顔は滅多に喜びも悲しみも映さずぼんやりとしているが、ひとたび戦闘ともなれば強烈な印象を周囲へと与える事を周りは良く知っていた。
「一刀だろうと冒険者の頂点でしかない。国の光である僕らが負けて良いはずがない」
「忠誠の力を見せてやろう!」
揃って声を上げながら、彼らは冒険者の到着を待つ。
「良くお越し下さいました。本日は宜しくお願いします」
「今日は宜しくお願いします」
ゆるりと微笑んだリゼルに教員らしい男は一瞬疑問を浮かべたが直ぐに持ち直していた。
騎士学校の教員はほとんどが引退した騎士で、実技で剣を交わす事があれば一年ごとに担当が決まっている騎士団の数名が学校を訪れているらしい。
ならば目の前の壮年の男も元騎士だろう。魔法特化なのか線が細い印象だが良く良く見ると体格は良い。
「此処から校舎までは少々歩きますので道すがら今日の段取りを説明致しましょう。大体はギルドの方から聞いているとは思いますが」
「ガキ共のプライドへし折れっつーの?」
「イレヴン」
「構いませんよ、その通りです」
まるでギルドがそう説明したようじゃないかと咎めるように名前を呼んだリゼルに、イレヴンは合ってんじゃんと唇を尖らせたが直後にジルに引っ叩かれて黙った。
その通りだと言った教員も同じような経験をした事があるのだろう。しかし懐かしむような眼差しからは冒険者への恨みなど欠片も見当たらない。
「学校側から貴方達へする制限は過度な怪我はさせない事だけ、回復薬が無ければ命に関わるような怪我で無ければお好きなように叩きのめしてやって下さい」
「言動もあまり綺麗な二人では無いんですが」
「むしろ完全に格下扱いされても結構です。その方が生徒達にとっても効くでしょう」
立ち直れないような傷を負わせる事に楽しみを見出す人間が一人いるのだが良いのだろうかと、ちらりとリゼルがイレヴンを見た。
教員の言葉にニヤニヤとしていたが視線が合うとわざとらしい程に愛想良く笑っている。胡散臭い。
果たして学校側の想定の範囲内で済むのかは甚だ疑問だが、良いと言っているのなら良いだろうとリゼルは微笑んだ。気付いたイレヴンが楽しそうに唇を引き上げる。
一応はやりすぎないように見ておこうと頷きながら、芝生の続く道を歩き続けてようやく現れた校舎への扉を潜る。
「美しい校舎ですね」
「そう思って頂けたなら幸いです」
流石貴族の子供達が集まる学校だろう。騎士学校という施設がら煌びやかな豪華さは無いが美しく整っている。
「依頼終了後、もし校内を見て回りたいって言ったら許可は貰えますか?」
「関係者以外は決して入れないのですが……そうですね、貴方方が用事を済ませている間に校長の方に聞いてみましょう。しかし冒険者の方が見て楽しいものなど無いと思いますが」
「ただの好奇心ですよ。普段見られないのなら尚更見たくなります」
冒険者らしく無い冒険者のリゼルだろうとまさか見学したいと言われるとは思わなかったのだろう。
教員は少し探る様に疑問を浮かべたが、しかしあっさりと返された言葉に頷いた。確かに平民らには憧れを持たれる騎士学校だし単純に見てみたいと思う人間は多いだろう、そこまで違和感を感じる発言でもない。
個人で許可を出す訳にはいかないと告げられ笑みを浮かべて礼を言う姿は純粋に楽しみにしているようで、許可が出れば良いのだがと思いながら歩を進める。
「依頼の説明に戻りますが最初の三十分は“冒険者との交流”を果たす為に教室にて冒険者に関する質疑応答、次の一時間が演習場にて実戦となっています」
「その質疑応答っていうのは此方から質問しても良いんですか?」
「え? そうですね、今までそういった行動に出る冒険者たちはいなかったのですが問題は無いかと。むしろ苦手に感じている方が多いようなので……ですが“交流”という名目上たしかに相互理解に努める事は不自然ではありませんし、お好きなようにどうぞ」
それもそうだろう。基本的に礼儀など気にした事が無い冒険者達が、ピシリと席に着いた騎士候補生達に真面目に質問をされるだけの空間を得意にしている訳が無い。
向けられる質問に無難な返答をするしか無く、大層居心地の悪い空間だっただろう。
教員は苦手に思うどころか何処か楽しそうなリゼルを不思議そうに見ながら辿り着いた教室の前で足を止めた。その不思議そうな表情はやはり“本当に冒険者なのか”と疑問に思っている所為か。
「あーあ、実戦だけで良いのに」
「貴重な機会ですよ、楽しみましょう」
「お前は楽しいだろうがな」
緊張感無く雑談を続けるリゼル達に流石実力ある者は腹が据わっていると教員は納得しながら扉を開けた。
中にはこの学校の最高学年全員が揃っている。
本来ならば二クラスに分かれているが今日は全員が一室に集っており、それでも十分広い教室は流石最高水準の設備なだけはあるのだろう。
教員に続き教室へと足を踏み入れたリゼル達に視線が集まる。
「今日の冒険者講習を担当して貰う冒険者達だ。パーティランクはB、事前説明の通り質疑応答から入る」
敬語が外れた。三人が思ったのはそれだけだった。
相変わらずマイペースな三人の視線を受けながら教員は教室から出て行く。途中リゼルとすれ違う際に「見学の件についてはまた後ほど」と言っていたので許可を取りに行くのだろう。
それに礼を返して、完全に教員の姿が教室から消えたのを見送りリゼルはぐるりと教室内を見渡した。
階段状かつ扇形に作られた席は後ろの方に座っていようとしっかり顔が見える。向けられた視線に全く怯んだ様子も無くリゼルは微笑んだ。
「先生も同席だったらどうしようかと思いました。流石に見られながらは緊張しますし」
「あー保護者的な? んな過保護じゃねぇっしょ」
「そうですね。とりあえず座りましょうか」
教卓の前に並べられた三つの椅子はリゼル達のものだろう。
悠々と会話を始めたリゼル達に一瞬戸惑ったような空気が流れる。幾ら自由が売りの冒険者でも貴族相手だ、もっと萎縮しても良いものだが彼らはあまりにも自然すぎた。
身近にいるのは上官のような教師と同じく貴族の後輩ら。そんな周りには決して存在しない人種の登場が彼らを戸惑わせているらしい。
「とりあえず自己紹介からいきましょうか。俺はCランクでパーティリーダーです。こちらのガラの悪いのが一刀の二つ名を持つジル、Bランク。こちらの赤いのが同じくBランクのイレヴン」
一番ランクが低い上に強そうにも見えないしむしろ冒険者にも見えない人物がリーダーという情報は大いに彼らの内心を混乱させているらしい。
それを表に出さないのが流石貴族、まだまだ甘いけどとリゼルは思いながら生徒たちの顔を見比べた。
「何人かパーティーで見た顔がいますね。お久しぶりです、窓際の前から三番目の子」
「は……」
「パーティーに出たのはこの冒険者講習の対策もあったりするんですか?」
平然と問い掛けられ、指名された男子生徒は一瞬動きを止めた。
まさか全く話した覚えも視線があった覚えもない自らの事を覚えているのだろうかと瞠目しながら穏やかな微笑みを見る。
しかし直ぐにはっと気を取り直してはっきりと返答を返して見せた。
「ほぼ付き合いでしたが講習を受ける確率の高い冒険者が来るということでその意図もありました」
「あの中で正直俺達が来るとは思わなかったでしょう?」
「いえ、そんな事は」
「正直にどうぞ、何も気にしません」
「……はい」
言いづらそうに肯定する相手に素直な子だと笑い、さてと微妙な空気を醸し出している生徒たちを見た。
見苦しい所は見せられないとピンと張りつめた空気は取り払われ、しかし和やかという訳ではない。ただ話しやすい空気にはなったかとリゼルは頷きながら何かを考える様に顎に触れた。
生徒達は冒険者というよりは教師と話しているような感覚に陥るが、完全にそう思えない原因はリゼルの両隣にあるだろう。腕を組んで黙っている噂の一刀は噂以上にガラが悪いし、蛇の獣人は肘をついて顎を乗せながら面白そうにニヤニヤしている。
「この中で代表の子は誰ですか?」
「はい。私が今回の冒険者講習纏め役をしております」
「じゃあ君に。今から三十分の質疑応答なんですけど、一問一答の形をとって良いですか?」
「冒険者側と生徒側で交互に一問ずつ行うという事で良いでしょうか」
「そう。多分君達は俺達にする質問を考えてると思うけど、俺も君達騎士学校の生徒の話が聞きたいので」
許可はとってあります、そう付け加えると代表の生徒はぐるりと教室を見渡してから了承の返事を返した。
彼らにとっての上官でもある教師から許可が出されれば異論など持ちえないのだろう。
聞きたい事があるという言葉に訝しげではあるものの反論は無い。それならば良かったとリゼルは髪を耳にかけながらにこりと微笑んだ。
「お互い有意義な時間を過ごしましょう。出来れば、調べれば分かる程度の無難な質問は無しでお願いします」
「それ以外となると不躾なものも増える可能性がありますが」
「はい、遠慮なくどうぞ。質問程度で怒るなんて大人気ない事しませんよ。なんだったら女性遍歴とか聞いて貰っても構いません」
「お前それ言わねぇじゃねぇか」
「は、何。リーダーとニィサンの間でそんな話題出るんスか」
呆れたようなジルの声と聞きたい聞きたいと訴えかけるイレヴンの声を綺麗に流す。
教室内の空気は今や完全にリゼル達に呑まれていた。とはいえ態度は緩まないのだから流石騎士学校の生徒と言っても良いだろう。
「言いたくない事は内緒だったりしますけど、大抵の事は答えてあげます。俺からの質問についても言いたく無ければ答えなくて構いません。じゃあ最初の質問はそちら側からどうぞ……あ、最初は言いだしにくいかな。じゃあ代表の子、何かありますか?」
促すように首を傾げられ、代表の生徒は予想外の展開に心を落ち着けながら質問を考える。
もちろん事前に質問は用意してあったが、どれもこれもリゼルの言う所の“無難な質問”が大半だったのだ。毎年質疑応答を苦手とする冒険者の為か、もはやどんな冒険者でも答えられるような質問が恒例となっている。
ギルドの仕組みだったり、依頼を受ける時の心構えであったりするのだが果たして調べれば分かる範囲外というのはどれくらいなのだろうか。プライベートな質問が多くなってしまうが良いのだろうか。
とはいえ彼らも好奇心旺盛な十六歳、何も弁え無くて良いのなら聞いてみたい事は多い。
「では皆さんが冒険者になった理由をお願いします」
「無難ですね」
「面白味がねッスね」
代表生徒は少し落ち込んだ。
リゼルはじゃあ自分からと微笑む。
「興味と、あと身分証発行の為です」
「金稼ぎ」
「趣味と実益兼ねてたからー」
「……ありがとうございました」
もう少し冒険者の模範解答のような自由を求めてだとか未知の迷宮にだとか真面目な返答が返ってくると思っていた生徒達は、余りにも身も蓋も無い答えに脱力感を感じずにはいられなかった。
果たして冒険者というのはこんなものなのだろうか、それとも彼らが特殊なのだろうか。
他の冒険者などほとんど知らないお陰で比較出来ないが、貴族も度々利用する冒険者達が全員こうなのなら何となく複雑な思いだ。
「じゃあ次はこちらから。あ、俺の前にジルとかイレヴンは質問したい事あります?」
「ねぇ」
「あ、はいはい。俺聞きたい」
ひらりと手を上げたイレヴンを意外そうに見て、リゼルはどうぞと促した。
ジルはもう悪い予感しか無いと言わんばかりに嫌そうな顔をしている。
「センセイの中にこいつマジうっぜぇみたいな奴がいるガキはハイきょーしゅ」
「イレヴン」
「だァって自分で選んだヒト以外に偉そうにされると殺したくなんじゃん? だから」
ゴッという音と共にイレヴンは両手で頭を押さえながら撃沈した。ジルの長い腕がリゼルの後ろから鞘付きの大剣をその頭めがけて振り下ろしたのだ。
何故そうも一番答えにくい質問を即座に投げかけるのか。イレヴンにとっては“この中で”と言わないだけ十分譲歩したらしいが全く以って譲歩ではない。
全力で引いた空気が溢れる教室内でリゼルはひらひらと手を振る。
「大丈夫ですよ、こんなに性格が悪いのはあまりいません。冒険者を誤解しないで下さいね」
「リーダーひっで……」
「じゃあ改めて質問しましょうか。そこの黒髪の子、休日もあると思いますが何処かに遊びに行ったりするんですか?」
呻くイレヴンを再び流す。今回は自業自得だ。
「月に一度、一日だけ休みの日があります。訓練をして過ごす者もいますが、不足品の買い出しに外へ出て息抜きをする者も多いです」
「ありがとうございます、じゃあ次からは質問がある人は手を上げて下さい。あ、意外と多いですね。はい、其処の隅の子」
「迷宮品の中にはどう考えても存在の意味が良く分からないものがあるそうですが、例えばどういったものがあるのでしょうか」
ジルとイレヴンがさり気なく顔を逸らした。明らかに笑いを耐えている。
リゼルは微笑みを崩さないままに空間魔法から一つの迷宮品を取り出して見せた。
見た目は鉢植え、一輪の花弁の大きな花が真っ直ぐに植えられている。鉢も土も花も良く見ると本物では無く造り物だ。
「こういうのです」
「……置物でしょうか」
「手を叩くと動きます」
リゼルが真後ろにある教卓の上に迷宮品を置いて、パンッと手を叩いた。
花は茎ごと何回かウネウネと動いて止まる。教室内に微妙な空気が残された。
「質問の記念にあげますね。ここに置いておくので後でどうぞ」
「……はい」
いらない。
しかし輝かんばかりの微笑みを浮かべたリゼルに対して言える訳がない。
迷宮の二階で出たからかその価値は銀貨一枚も無く、まさしく何の役にも立たない迷宮品だ。
「じゃあ俺から質問です」
こうして質疑応答は例年と比べれば和気あいあい(?)と進んで行った。
何せ本当に何を質問しても良い空気をリゼル達は出しているし、リゼルも大して騎士の根幹に関わるような質問を投げる訳ではない。裏事情的なものを聞きたがるだけだ。
リゼルにとっては調べても把握出来ない範囲の質問を投げかけているだけなのだが、それが生徒らの気持ちを楽にしているらしい。リゼル達への質問は徐々に砕けたものとなっていく。
「冒険者は一つの拠点に何年かいる事もあるみたいですが、宿より家を借りた方が安上がりでは無いのでしょうか」
「ジル、お願いします」
「……どうせ寝に帰るだけなんだから立派なもんはいらねぇだろ。いつ死ぬかも分かんねぇのに数年先見越してどうすんだよ」
「ということで、冒険者に家を貸してくれる所はほとんど無いです」
「今までで一番苦戦した魔物を知りたいのですが」
「苦戦、ですか……」
「……」
「苦戦ねぇ……ガキの頃は違ぇし……」
「……失礼しました。今までで一番強かった魔物は何でしたか」
「俺は見てただけですけど地底竜です」
「何処ぞのSランク」
「ニィサン」
「二人とも、魔物ですよ。魔物」
「余り良い質問では無いですが上位の冒険者の資産は下手な貴族を越えるという話ですが」
「良い質問だと思いますよ、皆気になる事ですしね。そうですね……Sランクの報酬は最低でも金貨が何十枚と飛び交いますし、迷宮ならその過程で手に入れる迷宮品や魔物素材を売れば報酬以上の稼ぎも出ます。基本的に貯蓄志向の冒険者が余りいないので何とも言えませんが、稼ごうと思えば稼げるでしょうね」
「不躾ですが、貴方方の場合は」
「高ランクばっかり受けてる訳じゃないですし、それ程でも無いですよ」
「つっても一番上の装備だけで金貨百枚軽く飛んでくし、稼いで無ぇ訳じゃねぇよ?」
「……ありがとうございました」
「不快でしたら申し訳御座いません。初めて人を手に掛けたのは何時でしょう」
「直接なら十八、間接的なら十二ぐらいだったと思います」
「十四か五」
「十二ー、リーダーのその間接的って何なの。命令したっつーこと?」
「秘密です」
その他色々な質問が飛び交い、時折リゼルがとんでも無い質問を投げて生徒たちを振り回していたが例年と比べれば大いに成功したと言っても良い質疑応答だっただろう。
教員がノックして教室に入ってくるまで話し合う声は止まず、意外そうにそれを見た教員が質疑応答の終了を告げなければまだまだ続いていたかもしれない。
「実戦の講習へと移る、全員演習場へと移動せよ。貴方方もどうぞ此方へ」
直後、和やかと言っても良かった空気がピシリと引き締まった。
生徒達からリゼル達へと向けられたのは敵意まではいかないものの、明らかに倒すべき相手だと定められた眼差し。つい直前まで言葉を交わしていた相手を容易にそう見る事が出来るとは、中々良い教育がされているとリゼルは感心しながら先導する教師の後に続く。
リゼル達にとってもむしろ此処からが本番だ。情が湧いて手を抜かれては依頼達成など出来るはずがない、良い子たちばかりで何よりだと微笑む。
「ああもやる気を表に出すんじゃまだまだだろ」
「気合十分、そういう事なんでしょう。じゃないと困ります」
リゼルは先を進む生徒たちの背中を眺めながらゆるりと目を細めた。
「憧れだけの忠誠に浸っている子供達は、何とも可愛らしい」
それはまるで猫が威嚇しているのを微笑ましいと感じているような言葉で。
可笑しそうに笑うリゼルを、ジルとイレヴンは一体何をしでかすのかと片方は呆れ片方は期待しながら眺めていた。




