54:今度は全員で
「何て言うか、悪目立ちしますね」
「元からじゃねぇか」
王都発・各迷宮行きの馬車に乗りながらリゼルは呟いた。
冒険者の多い早朝ではあったもののタイミング良く座る事が出来たので、リゼル達三人は相変わらず幻狼の毛皮が使われた衝撃吸収性能最高なクッションを敷いて馬車の座席で揺られている。
目の前には鎧やら革装備やらを身に付けた座る事の出来なかった冒険者達が所狭しと立っていた。鎧や革同士がこすれる音が時折耳に響いて何とも言えない気分になる。
三人の前には近付きがたいのか然程広くない馬車内で希少なスペースが開いており、いつもの事だが何故それ程にとリゼルは苦笑した。
「俺達が王城のパーティーに出たって噂、広まるの早くないですか?」
「つぅかニィサンっしょ。一刀がお偉方の前に出たってなればどっからだろうと広がるッスよ」
ジルが顔を顰める。好きで知名度が高い訳ではない。
あのパーティーから数日、すっかりとリゼル達がレイに同行したという噂は広まり切っていた。
選ばれた一部の冒険者しか訪れられない場所、呼ばれる事が一種の名誉であり一流の冒険者だと決定づけるステータスでもある。そんな中、まだ冒険者になって数カ月しか経っていないDランクのリゼルが呼ばれた事が噂に拍車をかけているらしい。
自由が特徴の冒険者、とはいえ地位ある者に近付いた妬み嫉みを持ってしまう者は少なくない。
「“強者に尻尾振るのが得意なだけの卑怯者”とか言われたらどうしましょう」
「期待に応えて強者けしかければ良いんじゃねッスか」
同じ馬車内、リゼル達からは人に阻まれて見えないが向かい側に座っている男が一人ぎょっと目を剥いた。
先程停留所でパーティーに出たのがDランクという噂を聞き、リゼルが言った言葉をそのままに発した人物だ。元々王都を拠点にしている者ならばそんな事は思わないはずなので、恐らくパルテダに来て日が浅い者達だろう。
リゼルを冒険者デビューから見てきた者はまず間違いなくリゼルがそんな人物ではないと知っている。実力は定かではないものの他者に媚びを売るような人物ではないと確信を持っているし、むしろ媚びを売られる立場じゃないかとすら思っている為だ。
実は本当に貴族だったから出席できたのではという噂の方が余程信憑性があるぐらいだ。
問題の冒険者とリゼル達との間に立つ冒険者は無関心を装いながらもあーあーと内心零した。
リゼルは間違いなく分かって言っている。停留所でしっかりと罵倒の言葉を聞いている。そして今イレヴンと共に遊んでいる。間違いない。
馬車に乗るのは並び順なだけあって事情を察せない者はこの中には居なかった。
清廉で穏やかな顔をして他者で遊ぶような真似を、性格悪そうな獣人の影響だろうかと複雑な思いに駆られる者は多いが。
「でも事実は事実なんですよね」
「は? ああ、有能なのが好きってトコ? 尻尾振るどころか尻尾振らせといて何言ってんスか」
「お前……自分で言ってて何ともねぇの」
「ねぇッスけど?」
呆れたようなジルに、イレヴンはニンマリと笑って返した。
自分がリゼルに懐いている自覚は大いにある。期待に沿えた瞬間に与えられる甘い瞳と微笑み、そこから感じる多大な満足感に優越感を感じない者などいないだろう。尻尾を振るのも当然だ。
そして振らせている自覚が有るのか無いのか。ただ他人の感情に聡いリゼルが自らに向けられた好意に気付いていない筈は無いので、取り入ろうなどという下心なく純粋に慕ってくれる年下達には甘いのだろう。
誰にでも、という訳ではないが。だからこそのイレヴンの優越感だ。
「尻尾を振って上手くいくならそれも良いかもしれません」
「アホ」
「適当に使い捨てするだけなら都合良いんスけどね、そういう奴」
リゼルはいつものように微笑みながら呟いた。
周囲がそんな単純な人間ばかりだったのならば上手くいくだろうが、リゼルと親しい者を見る限りその可能性は皆無に近い。基本的にひねくれた人間ばかりだ。
良くリゼルを知りもせず嫌味を零していた冒険者がそれを知っている筈はないが、ジルやイレヴンの言葉を聞いて察した。Dランクなのも周囲が強者ばかりなのも本当だが、噂はやはり真実を映さないのだと。
「あ、リーダー馬車止まった」
「俺達は次ですよ」
ふいに止まった馬車、今日何個目かの迷宮へとついたらしい。
リゼル達が目的とする迷宮はこの次なので降りないが、件の冒険者達はそそくさと降りていた。本当に目的地だったのか、居心地が悪くなったのかは分からない。
リゼル達はそれらを一瞥すらせず、そのまま雑談を続けていた。要するにただの暇潰しに過ぎないようだ、同乗している冒険者たちは可哀想にと思いこそすれ同情はしない。
「雑ァ魚」
「こら」
小さく呟いたイレヴンを、リゼルが諫める。
すぐに出発するだろうという予想に反して、冒険者達が降りた後も馬車は止まったままだった。朝の馬車を利用する者は皆一様に迷宮へと出発する者ばかりだし、どうしたのだろうかと思っている時に乗り込んで来た三人に視線が集まる。
その視線を気にせず空いたばかりの椅子へと向かうその内の一人が、ふと立ち止まった。
「あ、リゼル君」
翡翠色の艶やかな髪を持った人物がリゼルを見つけて呼びかける。
つい昨日顔を合わせたばかりのヒスイが、相変わらず少し眉を寄せて他のメンバーに軽く手を上げ近付いて来た。座っているリゼル達の前に立ち、出発の揺れにも微動だにせず此方を見下ろしている。
「ヒスイさん、おはようございます」
「おはよう。今から迷宮? 本当に冒険者やってるんだ」
「信じて貰えてなかったんですか?」
「そんなんじゃないけど。何それ、幻狼の毛皮? 勿体無くない?」
まさかのSランクパーティの登場に、知っている者はざわめき知らない者は伝えられ同じく驚嘆した。
ギルドが認めた最高の冒険者、名の知れ渡る英雄達、それがすぐ目の前にいるという事実が彼らを高揚させるらしい。しかし周囲に倣わないある意味協調性の無いリゼル達三人は、穏やかに挨拶していたり興味が無いと馬車の外へ視線をやっていたり、はたまた何が目的なのかと探るように目を細めていたりする。
「“精霊の庭”で今の帰りとなると、ブラックエレメント狙いですか? 夜中の限られた時間しか出現しないっていう、全属性持ちのレアエレメント」
「そう。魔物研究家だか何だか知らないけど、訳分からない依頼持って来られてビン一本で身に纏う魔力採って来いだとか訳が分からないよね。この依頼選ぶうちのメンバーも変だけど」
何だか聞き覚えのある依頼だ。
「ていうか魔物研究家って何? 前の冒険者は出来たとか言われても訳分かんないんだけど? 言われた通りビンに全属性の魔石入れたらなんとかなったけど無茶振りだと思わない?」
「出来たなら結果オーライですよ」
イレヴンの視線がリゼルを見た。ジルが呆れたように溜息をついた。
リゼルは至って平然とその魔力のつまったビンを見せて貰っている。その姿に後ろめたさは欠片も無い。
むしろ適正ランク以外の依頼を受けるのは自分だけじゃないじゃないか、と普通はやらないと言われ続けたリゼルは若干満足気ですらある。Sランクと同じである事が普通であるかは置いておくが。
ビンの中で揺れる液状の魔力は見覚えがあるものの色は黒く、タプリと音を立てている。
「レアなだけあって強かったですか?」
「反属性で相殺しようにも次々変わるし、外から核の属性が分からないしね。それに……」
ビンを挟んで何やら会話を交わしている二人をジルは横目で見ながら、成程と内心で呟いた。
昨晩、帰って来たリゼルからSランクと会ったと話に聞いている。ひたすらリゼルの部屋で熟睡していたイレヴンも起きてきて一緒に聞いていたが、全員の総意は“害が無いなら放っておけ”に落ち着いた。
ちなみに「どんな奴か一言で」とリクエストしたイレヴンに「テンポが独特な自己完結型」と返したリゼルの言葉には思わず納得してしまう。質問に返答が来ようと来まいと話を進める様子はまさにそれだ。
しかしその冒険者らしくない風貌から目につくとはいえ一刀より先にリゼルへ接触した事に思う所はあるが、何か目的があって近付いたのなら当の本人であるリゼルが気付く。
害が及ぶようなら斬り捨てれば良い、それだけだ。
「俺達は迷宮内に泊まった事無いし、一度やってみたいですね。ジル」
「野宿と変わんねぇよ」
「夜になって強化された魔物を相手にするのに? 流石一刀は余裕だよね」
皮肉でも何でもない、むしろ純粋な称賛に近い言葉なのだろう。
見下ろすヒスイの視線と見上げたジルの視線が一瞬交差したが、直ぐに何事も無く離れる。自分が皮肉だと捉えられかねない言葉を放ったことに気付いていないヒスイと、例え本当に皮肉だろうと流すジルの間で火花が散ることはない。
むしろ周りで聞いていた冒険者達がビクビクとしているのが哀れみを誘う。
「君達は今から依頼だよね。何処?」
「次です。“不可侵の迷路”に全員の苦手克服も兼ねて」
「苦手?」
常に寄せられた眉を少しだけ深くしてヒスイは三人を見下ろした。
一人は一刀。言うまでも無く絶対強者の趣を惜しげも無く晒している男。
一人は獣人。戦っている所を見た事は無いがかなりの腕だろう、探るような露骨な視線に気付かない振りを通す。
そして一人はリゼル。銃使いと知りはしたものの戦い方は未だ不明で、一刀と共に行動出来るのだから弱くはないだろうが冒険者としては間違いなく駆け出しだ。
そのリゼルだけではなく全員の苦手とは、と思わず馬車内の全員の意識が向く。しかし弱点など早々晒さないだろうという予想に反して、リゼルはあっさりと口を開いた。
「ほら、“不可侵の迷路”って罠が大量にあるじゃないですか」
「そうだけど、それが?」
「俺は言うまでもなく余り気付かないし、ジルは発動してから対処が基本だから解除の方法なんて知らないし、イレヴンは勘で大体分かるみたいなんですけど面倒臭がるので」
リゼルの異常なまでの観察眼は違和感相手にしか仕事をしない。
例えば罠の発動スイッチな銅像が置いてあろうが、風景に馴染んで違和感が無ければ迷宮は凝ってるなぁとその前を素通りして弓矢が飛んできたりする。ジルが掴む。
そしてジルは罠相手に警戒を抱かない。
何か起こるなら起こってから打ち破れば良いという考えを持っている。その為に“水晶の遺跡”では普通に落下した。
イレヴンは勘。避けられれば何でも良いし解除とか面倒。
今まで三人は気にせず突破していたが、中には罠を解除しないと進めない迷宮もあったし知っておいて損は無いだろう。
「……何とかなるなら克服とかいらないんじゃないの?」
「びっくりするじゃないですか」
それだけか。馬車の冒険者たちの心の声が一致した。
迷宮でのパーティ全滅の原因一位は圧倒的に罠なのだが、リゼル達は知らない。
しかし前もって罠が分かる理由が勘の時点で克服出来る気がしない。誰もが思いつつも口にはしなかった。
「そういえば今日は三人なんですね」
ふとリゼルが問いかけた。
馬車が減速していく、そろそろ目的の迷宮に近付いて来たようだ。
「そう、うちのリーダーと姉さんは別件」
「姉さん?」
「僕が勝手にそう呼んでるだけ」
成程、イレヴンがジルを“ニィサン”と呼んでいるのと似たようなものだ。
随分と慕っているらしいと、二人について話している間に少しだけ緩んだ表情を見て納得する。
完全に馬車が止まり、リゼル達は立ち上がった。前に立っていたヒスイが除けて道を空け、「またね」とだけ告げる。
リゼルは穏やかに同じく返し、馬車を降りた。しかしその途中でふと足を止めてヒスイを振り返る。
「その別件と昨日の話、関係あります?」
「それ、昨日のどの話のこと?」
常のように質問を更に質問で返したヒスイに、リゼルは微笑んで馬車を降りて行った。
「今日の目的は依頼にあった黄玉蛇の鱗です、毒持ちなので気を付けながら進みましょう。まぁ気を付けなければいけないのは俺ぐらいでしょうけど」
「おい、何で今俺を外した」
「ジルって毒効くんですか?」
「どうして効かねぇと思うんだよ」
効くらしい。
リゼルは改めてそうだったのかと頷いているし、イレヴンもそういえば人間だったと再確認している。効かなかったとしても驚かない。
「えー、じゃあ今度手合わせの時使ってみよ」
「毒使うような手合わせってあるんですか?」
「ねぇよ」
黄玉蛇が出るのは中層だ、ランクCの依頼なのでそんなものだろう。
毒を持っているのは脅威であるものの、それさえ無ければ決してCランクのパーティが畏れるような強さではない。リゼルも色々な罠を見て勉強しておこうと思っていたし、依頼人も依頼人だったので丁度良いと受けた依頼だ。
さて行くかと魔法陣を使用して中層に辿り着いた途端、さっさと歩き出した時点で罠に関しての勉強は盛大に間違えているが。
「流石迷路だけあって道が入り組んでいますね」
「リーダーいるとマッピングしなくて良いから楽ッスね」
「それ前ジルにも言われました」
分かれ道など当たり前、多くの分岐点を前に適当に選んだ道を進んで行く。
「イレヴンは以前一人で迷宮に潜っていたんですよね。やっぱり色々メモしながら進んでいたんですか?」
「最初の時はインク持ってって迷宮の壁に勝手に矢印書いたんスけど、何が気に入らねぇのか書いた途端消えてさァ。それ以来迷いそうなトコには行ってねぇッス」
「落書きも迷宮の破壊に含まれたんでしょうか」
迷宮にある物は傷つけられない、それが常識だ。
話しているとやや前を歩いていたジルがピタリと足を止めた。一見何の変哲も無い通路だが、やはり“不可侵の迷路”の名に相応しく侵入者を排除する罠が仕掛けられているらしい。
リゼルは周囲を見渡した。慣れればどこら辺に罠が仕掛けられているのか何となく分かるようになる為に注意すべき箇所が分かるらしい、まだそこまでの域には到底達せない。
「あ、天井に薄ーく線が入ってますね」
ほとんど見えない、本当に薄らとした継ぎ目が入っている。このまま進んでいれば天井が開いて何かが降ってくるか、そのまま天井が落ちて来るかしただろう。
こんな微かなサインを見逃さないよう注意して進むのだから、他の冒険者達の迷宮攻略が遅いのも納得だ。他者が遅いと言うより、ジルが並外れて早いだけなのだが。
しかし継ぎ目は通路を覆う規模で入っており、避けて進もうにも出来そうにない。
「急いで通るか、引き返して別の道を選ぶ……で、正解ですか?」
「むしろ何で急いで通る選択肢が出たのかが分かんねぇんスけど」
「ジルやイレヴンならバッと行けそうなので」
「リーダーは無理じゃねッスか」
リゼルの名誉の為に付け加えておくなら、それ程足は遅くない。普通だ。
歩く速度だってゆったり歩いてはいるものの決してゆっくりではなく、ジルやイレヴンの歩みに意識せず合わせられる程度の速さは持っている。貴族らしい歩き方が穏やかな歩みに見せているだけだ。
「で、どうする」
「折角見つけたしどんな罠なのか正解を知りたい気もしますけど」
此処は他の冒険者に倣って、という言葉は続かなかった。
スタスタとジルが罠の真下まで歩いていき、その直後予想通り天井が彼を押し潰さんと鈍い音と共に落下する。
ジルの持ち上げた片手が轟音と共に元は天井だった石材に微かにめり込み、両足のついた床はバキッとけたたましい音を立ててヒビを走らせた。迷宮によるこういったアクションに対しては迷宮も破壊される事がある。
落下が止まり、静寂が戻った迷宮でジルが面倒そうに振り返った。
「大体想像通りだろ」
「はい。その速さだったらやっぱりジルもイレヴンも、もしかしたら俺も駆け抜けられるかもしれません」
「え、そこッスか」
天井が落下する罠じゃなければ危ないけど、そう付け加えるリゼルにジルはだろうなと頷いてさっさと通れと自由な片手を振る。
落下の衝撃は無くとも分厚い石材の重みは感じているはずだが、至って余裕そうな様子を見ているとそうは思えない。全員の苦手克服とは言ったが、やはり必要なのは自分だけかとリゼルは感心しながらその姿を眺めた。
パッと手を離し、素早く罠の元から出て来るジルに礼を言いながら完全に床へとぶつかった天井を見た。もはや柱か壁か、通路を完全に二分しており向こう側は全く見えなくなっている。
「成程、落下の罠を走り抜けても後戻り出来ないようになっているんですね」
「あとついでに油断した所を仕留めるってのもあるんじゃねッスか」
「え?」
直後、飛び退いた三人の目の前で先程まで立っていた通路の床が抜けた。
深い穴に感心する間もなくリゼルはジルに頭を押されるがままにしゃがみ込む。両側から隙間なく飛び出した槍がすぐ上を通過し、シャキンと刃物独特の音を鳴らしながら通路を埋めていく。
しゃがんだ足元に槍が来ないのはわざとだろう。注意を怠ればパーティ全滅の憂き目もあるが理不尽な程に太刀打ち出来ない罠は迷宮には存在せず、きちんと攻略できるようになっているのが特徴だ。
とはいえ、攻略に実力が必要なことも珍しくない。
「更に前から魔物とか、怒涛の展開ッスね」
「こっちはしゃがみっ放しですしね」
十数メートルにも及ぶ槍の元から脱出するよりも、床を這って移動してくる蜘蛛のような魔物に襲われる方が早いか。
中層の魔物がしゃがみ込んだまま戦える程に弱い訳が無いだろうに、成程罠も有効な戦術なのだろう。リゼルが銃を取り出し、向かってくる魔物を迎撃していく。
しゃがみ込んだままでもジル達はどうとでも出来るだろうが、体勢に影響されない銃が丁度良い。そう判断したのはリゼルだけではなく、ジルはそれを眺めているだけだしイレヴンは取り出したナイフをくるくると手で回して投げようとはしていない。
「おい、頭気を付けろ」
「あ、すみません」
槍は変わらず頭の上に伸びたままで、先端の鋭い刃物は当然触れれば怪我をする。
前方を確認する為に起こしていた頭を再び下げて、リゼルは然程多くは無かった魔物を殲滅した。ようやく槍の下から脱出し、もう罠連鎖は無いようだと安堵する。
「うーん、これはやっぱり最初の罠の時に引き返しておけって事でしょうか」
「どうせ走り抜けるなら超ダッシュで走り抜けろっつーことじゃねッスか」
「成程、確かにそれなら魔物以外全部回避出来そうです」
何が成程だと、ジルは呆れた視線を隠す事無く会話を弾ませる二人を見ていた。
しかし流石は別名“罠の宝庫”だろう、罠の規模自体が他の迷宮とは違う。
こんな罠がホイホイとそこら辺にあるのなら、あまり訪れる者もいないはずだ。実際、この迷宮はあまり冒険者が立ち入らない事で有名でもある。
ギルドの地図にも罠は描いてあるものの、それは固定のものだけで入る度に形を変える罠も多い。信じすぎると痛い目にあうだろう。
「ニィサン一回ボスまで行ってるっしょ、そん時は罠全部避けたんスか」
「途中から面倒になって突っ切った」
流石だ。
「あっれ、黄玉蛇出ねぇじゃん」
「おかしいですね」
何度目かの襲い来る魔物を倒し終え、リゼル達は首を捻った。
黄玉蛇はこの辺りでは“不可侵の迷路”にしか存在しない種類だ。しかし人の来訪が少ないからか他地域に存在する同種より出現条件の特定が難しく、ギルドの魔物図鑑にも詳細は書かれていない。
リゼルがとある日にギルドの片隅の机に居座り、黙々と読破した図鑑には何と記載されていたか。
「“罠と一緒に天井から降ってくる”、“落とし穴の底で待ち構えている”、罠関連での出現だとは思うんですけど」
「だからさっきから延々と罠見つける度にわざわざ発動させてんだろうが」
ジルが迷宮の壁に手をつくと、カチリという音と共に壁が僅かに押し込まれた。
その横の壁が隠し扉のようにスライドし、新しい通路が出現する。どうやら罠ではなく隠し通路の仕掛けだったらしい。
「完全にランダムみたいですし、見つからなかったらまた明日にしましょう」
「リーダー泊まりたいっつってたし丁度良いんじゃねぇの」
「何の準備も無く出来るんですか?」
「食い物が無くて良いなら出来る」
「げ!」
イレヴンには致命的だろう。現れた隠し通路に三人は話しながら踏みこんだ。
細く長い直線の通路、いかにも何かがありそうだ。岩が転がってくるのか、後ろから壁が迫ってくるのか、それとも魔物が波のように向かってくるのか。
リゼルはふと両側の壁を見た。転々と並ぶ突起、然程大きくは無いが手で掴むぐらいならば出来る突起が等間隔でいくつも並んでいる。
ススス、とジルに近寄ってぽつりと呟いた。
「危ないかもしれません」
「は?」
直後、通路全ての床が消失した。
「いい加減落とし穴推し止めろ!」
「早くも腕が限界を迎えそうです」
「……お前ら」
叫んだイレヴン、穏やかな口調ながら言ってる事は真実だろうリゼル、その二人を足と腰に巻きつけながら三人分の体重を突起を掴んだ片手で支えているジルは呆れながら二人を見下ろした。
もう片手は腰に腕を回すリゼルの後ろ襟をしっかり掴んでいる。何となく限界までは自力で頑張りたそうなので、落下した瞬間の衝撃だけ支えてやってすぐに離したが。
「おい下掴むんじゃねぇ、脱げる」
「ニィサンは俺の命より自分の下半身露出の心配するんスか!」
「落ちろ」
「スンマセン!」
片足を揺らしてやると、イレヴンは即座に謝りながらしがみ付いて来た。
ジルは今まさに脱げようとするズボンをベルトごと掴みながら支える。片手でしか掴まっていないにも拘らずその仕草には余裕すら滲みでていた。
これが破壊不能な迷宮の壁で無ければ掴まった突起はすでに砕けて三人とも落下していただろう。
そして最上級装備でなければジルのズボンは既に破れるか脱げるかしていたはずだ。今ほど装備が最上級で良かったと思った事は無い。
「突起を辿って向こう岸まで行けってことでしょうね、隠し部屋だけあって難易度が高いです」
「おい、腕震えてんぞ」
「こうしてると自分の体重って重いんだなって分かります」
子供の頃、容易に何かにぶら下がったり棒を登ったりした覚えは恐らく多くの者があるはずだ。しかし大人になってからする者はいない、それは興味を失うからでなく出来なくなるからだとリゼルはしみじみと実感していた。これ無理。
ぎゅうぎゅうと腰に回された手は結構必死に服を握りしめているが、徐々にずり落ちている。
このままだと落ちてしまう、冷静にそう考えながら通路の底を覗きこんだリゼルの視界が何か動くものを捉えた。
透けるような深いイエロー、美しい鱗が時折光を反射してキラリと光る。
「イレヴン。黄玉蛇ですよ、居ました」
「は? あ、ホントだ」
「良し、行って来い」
「げっ、ちょ、揺らさな……ッ」
普通に落ちたならば骨の一本や二本折る高さだが、打ちどころが余程悪くなければ命に別状は無いだろう高さだ。イレヴンならば確実に怪我ひとつ無く着地出来るだろう。
ジルは片手でリゼルの腕を掴み、軽々と引き上げた。そのまま自分の背中へと乗せ、首に手が回されたのを確認してイレヴンを蹴落とそうとしがみ付かれた片足を払う。
イレヴンはひどいひどいと言いながらズボンをよじ登ってくるが、脱げると一蹴されただけで終わった。
「同類じゃねぇか、毒効かねぇお前が仲良くしてこい」
「あんなヌルヌルしたのと一緒にして欲しくねぇんスけど! 何かいっぱい居るし!」
「ラッキーですね、採り放題です」
「その微笑みに騙されそうになる!」
ひょいひょいとジルが突起を伝って横へ移動を始める。
ゆっくり歩くのと然程変わらない速度に感心しているリゼルとは裏腹に、未だ払い落されようとしているイレヴンは必死だ。黄玉蛇がこちらを見上げてズルズルと移動をしているのが余計に何とも言えない。
「どっちにしろ鱗は採らなきゃいけねぇんだ、さっさと腹決めて行って来い」
「じゃあリーダー達も一緒に行けば良いじゃん!」
「すみません、噛まれたら終わりなので……」
「ニィサンに背負われてりゃ良いじゃん!」
「ジルも危ないですし」
「どうせ人外には効かねぇし良いじゃん! ッぐぇ」
ふいに離された片手で首根っこを掴まれ引き剥がされたイレヴンが、ついに落下していった。
ああ、余計な事を言わずにただしがみ付いていればジルは普通に向こう岸まで運んでくれたのにとリゼルは落下していくイレヴンを見送る。心配はするが、同情は出来ない。
「ニィサンの馬ァ鹿! げっ、近くで見ると意外とでかい」
空中一回転の後、予想通り綺麗に着地したイレヴンが此方を見上げながら叫んでいる。
襲い掛かる黄玉蛇を切り捨てる姿に、危ないようだったら当然共に落下しようと話していたリゼルとジルは大丈夫そうだと上から見下ろした。相変わらず向こう岸を目指して移動するジルと並行するようにイレヴンも蛇を相手にしながら進んでいる。
依頼が素材なだけあって鱗は剥がなければいけないが、休みなく襲いかかる黄玉蛇の数をまず減らさない事には無理だろう。
「あ、イレヴン、鱗を入れておく物は持ってますか?」
「ねぇッスけど!」
「これ、使って下さい」
半数程に減らし、イレヴンはようやく倒した一匹の黄玉蛇を掴み上げてナイフで鱗を一気にそぎ落とした。
疲れた様子も見せずに移動を続けるジルに一旦止まって貰い、しがみ付いている手を慎重に離してポーチから布袋を取り出す。下手な袋は容易に破いてしまう鋭利な鱗なので、頑丈そうな袋を選んだ。
真上から放ったものの横に逸れていった袋をイレヴンは器用にキャッチして、剥いだ鱗を適当に入れる。
その間、リゼルは襲おうとする蛇達へ牽制するように銃撃を繰り返していた。初めから倒すだけなら容易だが、どちらにせよ誰かが下に降りて素材は回収しなければいけない。特に迷宮の魔物は倒せば少ししたら消えてしまうので、のんびり回収とはいかないのだ。
「これどんくらいいるんスか」
「お世話になってる相手なので、多めに欲しいです」
「りょうかーい」
倒し、剥ぎ取り、狭い通路を進みながらイレヴンは楽々こなしていく。
元々彼にとってそれ程難しい作業ではないのだろう。それでも行くのを嫌がったのは一人が嫌だったのか落とされるのが嫌だったのか、本気で嫌だったなら全力で避ける性分を持つので恐らく大した理由ではない。
それでも嫌がっていたのだから終わったら労おうと言うリゼルに、それこそが目的なんじゃねぇのとジルは内心呟いた。口には出さない、自分が予想出来ることぐらいリゼルならば当然思い当たっているだろう。
それ程大した時間はかけずに突起は終わりを迎え、リゼルとジルはようやく床に足をつけた。
「有難うございます」
「ああ」
「よっ、と」
どうやら下から登る為の突起もあったらしく、イレヴンがひょいひょいと軽く登って来た。蛇さえ突破出来れば救いを与えるあたりが迷宮の微妙な親切設計らしい。
仕舞っていた鱗入りの袋を取り出し、リゼルへと差し出して見せる。
「こんなもんッスか」
「いっぱいですね。多分満足して貰えるはずです」
「採り過ぎだろ」
「そうですか?」
ズッシリとした布袋には、宝石かと見間違える程の鱗が煌めいている。
一般的な冒険者がこの依頼を受けた場合、その取得量は頑張ってこの十分の一未満だと思えば確かにジルの言った通り採り過ぎだろう。しかしリゼルがそれを知るはずはなく、ジルも見たまま言っただけなので一般量など知らず、イレヴンはそもそも依頼を把握していないのでどれ程の量が必要なのか知らない。
しかし多いに越したことはないとリゼルは頷き、微笑みながらイレヴンの髪を撫でた。
「有難うございます、君のお陰です」
「でっしょ」
ニンマリと笑ったイレヴンは、満足気にその手の平を甘受した。
「……お前達だったか」
「お世話になっているし、お礼を兼ねて。余計な真似でなければ良いんですけど」
「有難い」
一見バーのようだが食事もしっかりと出来る酒場、いつもの店にリゼルは訪れていた。
今回黄玉蛇の依頼を出した張本人であるマスターは口元を僅かに緩めた。喜んで貰ったようで何よりだと微笑み、リゼルは一人カウンター席に座りながら礼にと出された果実水に口を付けた。
迷宮から帰ってすぐにギルドへと届けたし、夜中となった今では依頼の品も既に手元に届いているだろう。
「しかし多かったな……」
「スタッド君にも言われました。“想定される基準量を越えているので一度依頼人に確認をとって必要量分の報酬と素材の返却分をお渡しすることになります”って」
「本当に良かったのか」
「言ったでしょう? お礼を兼ねてって」
リゼルは余剰分は全てサービスにしておいてくれとスタッドに頼んである。
つまり基準量分の報酬だけ貰い、他は無償で譲り渡すと言う意味だ。黄玉の名を持つ通り宝石にも加工される事がある鱗は、量もある為に売れば結構な値段になったかもしれないがジルもイレヴンも平然と了承したので問題は無い。
愛想の無い顔に窺うような色を見つけ、リゼルは気にする必要は無いと微笑む。マスターはしばらくグラスを磨きながらその笑みを眺めていたが、これ以上の遠慮は無粋かと再び礼を言って受け入れた。
「でも鱗なんて何に使うんですか?」
「少し待っていろ、今準備させている」
準備、とリゼルは呟いた。
酒場のマスターが鱗を使って何かをするその準備、加工して来店記念に配るのか、はたまたそれを利用した酒があるのか。ジルが飲んでいる酒を思い返してみると、魔物の素材を使用した酒も少なからずあるようだし。
しかしリゼルは飲めないので違うだろう、果たして何が出て来るのかと楽しみに待つ。
「出来たようだ」
カウンターの奥、ワインの並べられた棚の向こう側から相変わらず手だけしか見せない料理人が白い皿の載ったトレーを差し出した。
どうにか見えないかと毎回思うものの本棚一段分しかないスペースからは手、良くてその向こう側のコック服の白が見えるだけだ。普段は客に何も示さないその手が、感謝を表すようにヒラリと一回振られたのは気の所為か。
リゼルはマスターによって運ばれた料理に思考を切り替え、それを見下ろす。
「綺麗ですね」
トレーの上にはスープ皿が一つ、一見普通のコンソメスープだがまるで砂金が沈んでいるかのように煌めいていた。決して煌びやかでは無く、品すら感じる柔らかな光。
スプーンを手に持ち、口に運ぶ。一つも具が見当たらないスープの中に、数多の食材が凝縮され溶けだしているのが分かる。
此処の店のコンソメは飲んだ事があるが元々充分に美味だった。しかしそれを越える程に強い風味に決して大喰らいではないリゼルの食も進む。
「黄玉蛇の鱗って、調味料にもなるんですか?」
「あまり知られていないようだが料理に使える魔物素材も多いらしい……アイツが何処からか良く分からないものを仕入れて料理に使うことがある、今回もそれだろう」
毎回食べている料理に、まさかマスターから見ても良く分からないものが入っていたとは。
美味しければ良い派のリゼルは気にしないが、意外とジルは顔を顰めそうだ。内緒にしておこうと内心で頷く。
「美しいし、美味しいし、まさに完成されたスープの名に相応しいと思います」
「そうか」
「こんな素敵な料理が出るなら、お店も人気が出るでしょうね」
気軽に来られなくなったら寂しいと、そう伝えられたマスターはぴたりとグラスを拭く手を止めた。
「メニューに載せるつもりは無い」
「そうなんですか? それはそれで勿体無い気もします」
「……どっちだ」
可笑しそうに笑うリゼルに、マスターは元々考えていた事だと零した。
黄玉蛇の鱗が定期的に入荷出来るかと言われれば難しく、更に入荷出来たとしても今回のように大量にとはいかないだろう。ならば常連の裏メニューでひっそりと、料理人ともそう話していたらしい。
成程、とリゼルは頷いて冷めない内にとスープを掬う。煌めく波紋も、濃厚な味も、香る後味も全てが魅力的な料理だ。
「常連限定って、俺も頼めますか?」
「……依頼を受けていなくとも、な」
それは良かったと嬉しそうに微笑み、ゆっくりと絶品のスープに舌鼓を打った。




