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53:一応精鋭がついてる

 建国祭は無事終わりを迎えた。

 国中で大盛り上がりだった七日間の後に待っているのは盛大な片付けで、人々は全てを出し切った祭りの後始末に追われている。

 とはいえ先日まで上がりに上がっていたテンションが早々に下がるはずもなく、その表情は晴れやかだった。

 建国祭に合わせて訪れた観光客も続けて滞在する者が多いし、国が完全な落ち着きを取り戻すにはもう少しかかるだろう。賑やかなのに越したことは無い、というのは宿の女将の言葉だ。


「リゼルさん、起きてるかい?」


 そんな女将が、早朝にリゼルの部屋の扉を軽く叩いた。

 しかし起きているはずがない。昨日は城に出向いた上に帰りにはレイの元で酒宴が行われたのだ。

 リゼルは飲まないが貴族ならではの銘酒希少酒の数々を上げられればジルが断るはずがなく、イレヴンが喜ばないはずが無い。怒涛の勢いで酒をかっ喰らう男三人に囲まれながら、穏やかに出される果実水を飲みつつ料理に舌鼓を打っていた。

 ちなみに何としても飲ませようと奮闘したイレヴンだが全てかわされた。手強い。


 そんなこんなで帰りはとても早いとは云えない時間になってしまった。

 女将が最終的に眠りに就く深夜にまだ帰っていなかったのだから、朝に強くないリゼルは夢の中だろう。諦めた方が良さそうだ。

 ならば隣人に話を通しておこうかと女将はひとつ部屋をずれる。

 同じく沈黙する部屋の扉を叩く力が先程と違って若干力強い気がするのは気の所為か。


「ジル、ちょいと聞きたいんだけどね」

「……」

「寝たふりするんじゃないよ、全く。お前なら起きてるだろうに」


 数秒の後、諦めたように扉へと近付く足音が聞こえてきた。

 天下の一刀にこんな言い方が出来るなど余程肝が据わった者しかいない。女将からしてみれば周囲が騒ぎ過ぎなだけで、どちらかといえば良識ある客に過ぎないのだが。

 致命的なまでにガラが悪い風貌で損をしている、そう笑う彼女はやはり度胸のある女性なのだろう。


「……んだよ、あいつ起こしゃ良いのか」

「私には良く分からないけど、あんた達のパーティに話があるってお客さんが来ていてね。前にリーダーはリゼルさんって言ってたから先に声をかけたけど、あんたでも大丈夫なのかい?」

「客?」

「いかにも冒険者って感じの男でね、Sランクって名乗ってるから凄いんだろう? でもあんた達の名前も知らないみたいだったし、知り合いじゃ無いならって思って通しはしなかったけどね」


 Sランクの冒険者に訪ねられる覚えなど無い。

 一瞬またリゼルがどこかから手を回して動かしたのかとも思ったが、もし訪ねて来るようならジルや女将に一言あっただろう。本人も女将の声に起きることなく熟睡しているようだし、ならばそんな意図は無い。

 時折ジルが自分達より上だと噂されている事に腹を立てる上位ランク冒険者が一方的に絡んで来る事はあるが、AランクばかりでSランクには絡まれたことは無かった為に恐らくそうではないだろう。

 一度だけ、双方同意の上でとあるSランクと剣を交わした事はあるが。


「知らねぇ」

「そうかい、じゃあ断って帰って貰おうかね」


 この国に居るSランクなど先日のパーティーに参加していた者達ぐらいだ。

 見た事も会った事も無い冒険者だったし、昨日も一言も言葉を交わしていない。何故ここを訪れたのかは知らないが、わざわざ会う理由もないだろう。

 あっさりと否定したジルに女将も心得たと頷く。


「リゼルさんに話を通しておかなくて良いのかい?」

「起きた時に言や良いだろ。興味が湧けば自分で接触するだろうし寝かせとけ」

「全くあんたも過保護だねぇ」


 カラカラと笑った女将を一瞬だけ見下ろし、ジルはダルそうに部屋の中へと戻って行った。

 Sランクともなれば知名度も高く下手な行いをすれば直ぐに広まってしまう、女将に対して乱暴な真似はしないだろう。

 二日酔いなど縁が無いが、流石にあれだけ飲めば多少のダルさは残る。もうひと眠りというには目が覚めてしまったが、後少しゆっくりしていたい。


「朝食はゆっくりで良いね!」

「あー……三人分」

「はいはい」


 扉を閉める音と階段を下りて行く音、それらを聞きながらジルはベッドへと腰かけた。






「Sランクですか? 何でしょう、ジルへの挑戦とかかな」

「さぁな」

「昨日Sランクいたんスか。どれ?」

「男性四人女性一人のパーティですよ、一応子爵から一通り参加パーティの説明は受けたでしょう? ほら、一番周囲から声をかけられていた」

「んー、」


 イレヴンはパンを口に含んで何かを思い出すように首を傾げたが、どうやら出て来なかったようだ。

 それもそうだろう。パーティーでの興味は全て食事と女性に向かっていたのだから、他のパーティなど眼中に無かったはずだ。

 昨晩酔っ払い過ぎて馬車で宿まで送って貰った後にそのまま泊まって行ったイレヴン、その食欲は欠片も衰えない。朝起きた時に頭が痛いと唸っていたので二日酔いにはなっているはずなのだが、もはや二桁にも及ばんという勢いでパンのおかわりを繰り返している。

 リゼルは上品な仕草で同じくパンを千切りながら、さてそのパーティの目的は何だろうと微笑んだ。


「こういう時、下位のパーティは上位に下手に出た方が良いんですか? 思い切り寝てスルーしちゃいましたけど」

「問題ねぇだろ」


 そういうものか、と頷いた。

 確かに実力差があるから喧嘩を売らないようにという事はあるものの、そこにランクの上下は関係が無い。実力が拮抗していれば下位が上位に喧嘩を売る事もざらにあるようだ。

 でも、とイレヴンがペロリと唇を舐めながら隣にあるリゼルの皿から肉を奪って行った。冒険者なんだから食べろ食べろと大盛りにしてくれる女将の愛情は朝から発揮されていて、どうせ食べきれないからと皿ごとそちらに寄せてやる。


「リーダーは喧嘩売らないこと。俺やニィサンと一緒の時なら問題ねぇけど、一対一でもきついッスよ」

「当然です。売ろうなんて思ってませんよ」


 頷いたリゼルがバターナイフを置き、最後の一口のパンを食べ終えた。ちなみにジルはとっくに完食している。

 しかしジルならともかく、自らと共にいる時も問題が無いと言い切るイレヴンにリゼルは内心首を傾げた。自分という足手まといを伴いながらもSランクパーティに勝てるのだろうか。

 リゼルはSランクパーティの戦闘を実際に目にした事は無く、その実力は未知の物だ。

 数多くの冒険者の中でその数の少なさから選ばれし強者なのだという事は分かるが、果たしてどれ程なのか。本の知識では国の英雄レベル、聞き及んだ知識では迷宮のボス相手に百パーセントではないものの高い勝率を誇るらしい。


 ボス一匹を倒すだけで莫大な利益が上がる。

 しかしその都度破損した武器や防具を修理・新調しなければいけない程の被害は食らうし、回復薬が無ければしばらく休まなければいけない怪我なども負うだろう。

 イレヴンが深手を負いながらもボスを単独撃破できる事を考えれば、恐らく実力は拮抗しているのだろうか。しかし対人戦は魔物相手とは全くの別物だ。

 聞けば拗ねるかな、と思いリゼルは問いかけはしなかった。知りたければ後でジルにこっそりと聞けば良い。


「で、今日の予定は」

「お休みです。読みたい本もあるし、イレヴンも調子が悪そうなので」

「お前こんだけ食べといて二日酔いなのかよ……」

「仕方無いじゃねッスか、頭ガンガンいってても腹は減るんだから。リーダー達の声って煩くねぇし大分マシ」


 基本的に滅多に声を荒らげないリゼルとジルだ。

 低く僅かに掠れたガラは悪いものの落ち着きのある声と、緩やかにたゆたうような穏やかで静かに笑う声は少しもイレヴンの頭を揺らさない。

 大量にバスケットに積まれたパンを一つ残らず食べきったイレヴンは、帰るの面倒臭いと机に懐いている。活気の残る街を歩く気にはならないようだ。


「俺は今日出掛けるので、このまま部屋使っても良いですよ」

「リーダー本読むっつったじゃん。俺があげたやつ?」

「それです。難しそうだし、外で気分転換しながら読もうかと思って」


 ジルとイレヴンは本など何処で読んでも同じだと思うのだが、リゼルにとっては違うらしい。

 何処となく嬉しそうな微笑みは既に今から読むのを楽しみにしているのか。ふぅん、と何処か満足気に呟いてイレヴンは部屋を借りることに決めた。

 然程興味の無かったランクアップに意識を向けるようになったとは云えリゼルは相変わらずマイペースだ。此処で張り切って依頼依頼とがっつくようなら元からジルもイレヴンもついて行っていない。直ぐに嫌気が差してしまうだろう。


「いつもの喫茶店ッスか」

「はい、長居しても嫌がられないので」

「他で嫌がられたことあんのか」

「無いですけど」


 嫌がられない所か、何故か歓迎されているようなので行きやすい。

 そう告げるリゼルに二人はああ……と納得したように頷く。街の噂に頻出するリゼルがテラス席にでも座っていれば、それはもう客引きにも店の宣伝にもなるだろう。

 しかも舌の肥えているリゼルの眼鏡に適う紅茶を出せる店だ。評判が落ちる事もあるまい。

 そのまましばらく雑談に興じていた三人だが、腹が落ち着いた頃に各自それぞれの目的へと別れていった。






 冒険者としての装備を付けず、普段着に身を包んだリゼルは上手く光の遮られたテラスで姿勢良く本を眺めていた。

 大通りよりも狭いが、そこそこ人の通行量のある通りに面している喫茶店では賑やかな話し声がざわめきとして届く。煩い程ではないそれらの声は、ほど良くリゼルの集中力を高めていた。

 一ページめくり、二ページ戻り、ただの書籍を読んでいるような動きではないが思わず視線を向ける周囲はそんな細かい所まで見てはいない。


「(民族文字? 古代語……いや、古代でも小規模民族の文字かな……)」


 イレヴンに聞いていた情報を反芻しつつ、一通り目を通し終わった書物を繰り返し捲る。

 文章・書物としての形態もあやふやなので確信は持てないが、何らかの文字だという事は分かった。ピンポイントで目の前の文字に見覚えがある訳でもないが、過去目を通した事がある古代民族文字を照らし合わせれば時折共通する部分もある。気がする。

 とはいえ難しい。だからこそ解読のし甲斐はあるが。


「(この部分が多分図解……じゃなくて文字? せめて単語の単位が分かれば良いんだけど)」


 向こうの世界で蓄えた知識を思い出しながら、此方の世界で手に入れた参考になりそうな書物を取り出す。

 数冊並べて開き、見比べながら文字か絵かも分からない紋様を指で辿る。一か所でも分かれば徐々に解き明かせると思うのだが、どうやら更に暗号化されているようなので道のりは遠そうだ。

 のめり込んでしまえば絶対に引きこもる。イレヴンからパーティー参加の報酬であるこの本を受け取って覗いた時にそう感じた為に、今日は外で読書に励んでいると言っても良い。

 これ程楽しませて貰えるならば、中身が禁断の魔法などではなく正しい犬の飼い方だとしても後悔は無い。

 運ばれてきた紅茶に口をつけ、髪を耳にかける。いかにも優雅なティータイムだが、その頭の中は凄まじい速さで回転していた。


「(古代語まじりなら音を示す部分があるはずだし……)」

「……」


 集中しているリゼルの向かい側の椅子が音も無く動いた。しかしリゼルはそれに気付かない。

 さりげなく視線を投げていた店内の客人たちはざわめき、店員はどうしたら良いのかとうろたえる。向かい側に座った一人の青年がリゼルに声をかける事無く、ただ淡々とその顔を眺めているだけなのが余計にどうしたら良いのか分からない。

 連れなのか、どうなのか。気付いていない様子からは誰かを待っていたようには思えないのだが。


 そのまま十数分が経過し、青年はじっとリゼルの顔を眺めるだけで声をかけるなどの行動は起こさない。呼ばれないから注文を聞きに行っても良いのかどうなのか、ちらちらとテラスの光景へと気を向けるウエイトレスの目の前で青年がようやく行動を起こした。

 本を開いたまま紅茶に手を伸ばすリゼル。机の上に散らばる本を片付け、そっとその紅茶を取りやすいよう差し出されてようやく誰かが同じテーブルについている事に気が付いた。

 本から視線を上げ、指にそっと触れたカップの持ち手から手を引く。

 目の前で此方を見つめる眼差しに優しく微笑んで見せた。


「気付かなくてすみません。いつから来てましたか、スタッド君」

「少し前ですのでお気になさらず」


 リゼルは店員を呼び、コーヒーを頼む。スタッドが紹介してくれた店には劣るがこの店も中々良い豆を扱っているし、挽きたての豆の香りも良い。

 先程まで自らの存在に気付かぬ程に集中していた本を惜しげも無く閉じる姿に、スタッドは淡々とした無表情ながらも何処か優越感を感じたような空気を醸し出した。

 いつものギルド職員の制服。しかしそれを証明するバッジを外した姿に休憩中なのかと問うと、否定を返された。一応は仕事中の扱いだが、外出する為に外しているだけらしい。


「仕事中に俺に用事ですか。何かありました?」

「至急、という程でもありませんが急ぐに越したことはない案件だったので訪ねさせて頂きました」

「昨日のパーティーに関係があるのかな」

「はい。ギルド長が貴方に伺う必要があると言っていたので私が」


 当然ギルド長は誰かを指名したりはしなかったのだが、スタッドが立候補すらせず淡々とギルドを出て行ったので全員“ああ、行ったんだな……”と送り出している。確かに然程忙しくない新人受付かつ顔見知りなスタッドが適任なので文句は無いが。

 ちなみに何故この場所が分かったのか。宿に向かう途中のスタッドが道中でリゼルが此処に出没しているという噂を聞いたからだ。若い女性の雑談程度のものだったが聞き逃さなかった。


「場所を変えた方が良いですか?」

「いえ、貴方が構わないのならば私はどちらでも構いません」

「そうですね……内容の想像はつくので、この場で聞きます」


 丁度運ばれてきたコーヒーをスタッドに差し出す。

 仕事中だからという理由でリゼルから贈られたコーヒーを辞退する程スタッドも真面目ではない、素直に受け取った。そもそも真面目だったら席についてリゼルが自分に気付くまで待っていたりせず、すぐに話を切り出していただろう。

 礼を言い、一口飲み、カップを置いてスタッドはやや音量を控えた声で告げる。


「今朝までで三件、貴族から貴方たちへの指名依頼や情報提供が求められました」

「特に目立ったつもりは無いんですけど……」


 苦笑したリゼルは、やはり一刀の存在は大きいらしいと呟いた。

 噂で聞く存在が実際目の前に現れた時にどう思ったのかは知らないが、彼らの好奇心や顕示欲を刺激した事は間違いない。依頼を受けて貰えればステータスとなり、話題の人物の情報をいち早く知れれば対話の良いネタになるだろう。

 今までは噂があろうと所詮Bランクだという思いがあったはずだが、昨晩その思いは何処かへと吹き飛んだようだ。

 貴族からの依頼だろうと易々と受けない事も伝わっているはずだが、しかし身近で見たおかげで繋がるのも容易と錯覚したのか。早速とばかりに動き出したらしい。


「ちなみに依頼っていうのは?」

「冒険譚を聞かせて欲しい、近場までの護衛をして欲しい、相手がお偉方で無ければ低ランクの冒険者でもこなせそうな依頼ばかりです。ちなみに情報提供については全面的にギルドからは断っています」

「有難うございます。出来れば、依頼についても断っておいて欲しいんですけど」

「分かりました直ぐにでも」


 特に興味を引く依頼でもない。

 他の冒険者だったら貴族とのコネも作れる上に簡単で、しかも報酬が良いとなれば喰い付きそうなものだがリゼルはあっさりと断った。スタッドも分かっていたとばかりに即答して頷いている。

 直ぐに、という割に動かないのはコーヒーの一杯ぐらい飲んで帰っても問題は無いからだろう。これが本当に至急の案件でリゼルに危害が加えられるようなものならば彼は即行ギルドへと帰って行くが、特別そういった事情は無い。

 特に今はギルドが忙しい時間でも何でもないだけあって、休憩時間を此処で使えば良いとスタッドは考えていた。その時ふと、出掛ける前にギルド長から何やら言われていた事を思い出す。


「昨晩はどうでしたか」

「パーティーですか?」

「ええ。冒険者ギルドとも深い関わりのあるパーティーなので大体の状況は把握しているものの話を聞いておいた方が良いらしいので」


 リゼル達からはギルドにパーティー参加の旨を伝えていなかったが、どうやらレイの方から話が行っていたようだ。本来ならば冒険者の方から申告が必要らしい。初耳なのだが。

 確かに冒険者ギルドの恩恵を受ける国がギルドを軽視しないという証明として開かれているパーティーともなれば、事態の把握はしているだろう。何かがあればギルドの責任にもなりかねない。


「あれって問題がありそうなパーティならギルドの方から断ったりするんですか?」

「いえ、基本的に貴族側から誘われた上での参加なので明確に断ったりはしません。しかし貴族に取り入るだけが取り柄の問題パーティが参加となった場合は即刻パルテダから追い出して急な依頼での不参加を申し渡したりはします」


 流石ギルド、やる事が強引だ。当然の配慮なのだろうが。

 しかしランクだけで見てみれば、リゼルもスタッドが言う所の“貴族に取り入るだけが取り柄”と見なされてもおかしくは無いはずだが。ギルドにそう見なされていないのならば光栄だ。

 リゼルは可笑しそうに笑い、髪を耳へとかけながらカップへと唇をつける。少し冷めてしまった為に香りが薄れてしまったが充分に美味しい。

 

「そうですね、問題らしい問題は無かったですよ。俺としては上位パーティ、それも貴族と上手く付き合える方が多い所為か冒険者の方々が皆年上ばかりで驚きました」

「昨日の参加パーティならばあの馬鹿が最年少です」


 参加パーティはやはり全て把握しているらしい。

 しかしイレヴンが最年少、風貌が派手なだけではなくそんな所も注目を集める一端となるとは目立ちたがりの彼には丁度良いのではないかと頷く。どうりで女性たちが話しやすそうに近付いていたはずだ。

 年齢と云えば、とリゼルは目の前のスタッドを見た。もし冒険者ならばまだ中位だろう年齢をしながら、恐らくその実力は上位ランクに一対一でまるで引けを取らないだろう。元々暗殺で稼いでいたと言うし真正面から戦うのは苦手かもしれないが、隙を突く近接戦と氷魔法を両立させるかなりの腕の持ち主だ。

 

「スタッド君って確かジャッジ君と同い年なんですよね」

「一応形式上は」

「形式上?」

「私の場合ギルド長に拾われた時の年齢が不明だったので適当に定めただけです。大体これぐらいだとつけられた年齢があの愚図と同じだったので同い年と言っていますが」


 成程、そういえば初めて同い年だと聞いた時も“一応”と言っていたとリゼルは思い返す。

 露骨に甘える様子を見ていると内面は幼い気もするが、外見的にはやはりジャッジと同じくらいだろうし違和感は無い。ならばやはり実力ある若者と断じて間違いない。

 イレヴンも幼少の頃は毎日のように魔物に突撃していたと言うし、スタッドも幼い頃から経験を積んでいると言っても良い生活を送っている。やはり下積みというものは大切なのだろう。

 そういうリゼルも魔法の扱いについてはかなり幼い頃から手を出していた。


「それでは私はそろそろ」

「わざわざ有難うございました」


 チラリと時計を確認したスタッドが立ち上がった。そろそろ帰らないと休憩の範疇に含めなくなってしまう。

 コーヒー代を置いて行こうとするスタッドに首を振り、微笑んでまた今度と告げる。去って行く後ろ姿が途中くるりと振り返ったが、手を振ってみせると満足気に淡々と喫茶店を離れて行った。

 姿が見えなくなるまで見送り、さて続きを読もうと本を取り出す。相変わらず何が書いてあるか不明な文章を読み進め、空になったコーヒーを下げに来たウエイトレスに礼を言う。


「(同い年と言えば)」


 朝食から居座り、そろそろ昼時だ。何処かに食べに行くか此処で軽食でも食べるか、そう考えながら徐に昨日の事を思い出す。

 自分やジルと同じような年齢の冒険者も二人ほど居たはずだ。一人はイレヴンに悪い事自慢を潰されたAランクの冒険者。

 そしてもう一人、周囲から声をかけられる度に冒険者とは思えない会話をこなしていた者が居た。薄い笑みで貴族たちの申し出を受けたり流したりしていた姿は随分と慣れているように思えたものだ。

 ふと、開いた本の上に影が落ちる。


「ねぇ、一刀を従わせてるのってどんな気分?」

「俺は経験がないので分かりませんが、恐らく悪くはないんでしょう」


 隣に立つ人物の不躾な質問に、リゼルは視線を本へと固定したまま穏やかに返答した。

 リゼルにははっきりとした優先順位がある。一位以外は状況によって変動するが、スタッド相手なら躊躇わず穏やかな読書タイムを中断する。親しかったり、または女性であっても同じ行動をとるだろう。

 しかし目の前に心から夢中になれる本が存在する今、唐突に質問を投げかける来訪者を優先するはずがない。ぱらりと丁寧にページを捲り、文字を追う。


「何で? 君、昨日一刀に騎士みたいに忠誠誓われてたよね」

「見られていたとは恥ずかしいですね」

「一刀は気付いてたよ、あの獣人も」


 ページを捲り、何ページか戻る。


「ねぇ、一刀を服従させたんでしょ? どうやって?」

「朝、俺達の宿を訪ねてきたのは貴方ですか?」

「そう」


 視線を上げないリゼルに、来訪者は気に留める事無く質問を続ける。

 しかしリゼルも気にする事無く解読を進めて行く。


「服従なんてさせてませんし、ジルだってしていませんよ」

「主従なんでしょ? 君の騎士なんじゃないの?」

「あくまで対等です」

「じゃあ昨日のは何?」

「対等だからこそ、誓って伝えたい事があったんでしょう。言葉にするには少し難しいですね」


 来訪者はしばらく口を閉じた。通りを抜ける風が柔らかく髪を撫でて行った。

 紙上に散らばった記号か文字か図形か、知りうる限り全ての言語と照らし合わせていくと、何か引っ掛かる部分を見つけて数ページ後まで飛ばす。数時間かかったが、理解出来るかもしれない小さな切っ掛けを見つけた気がした。

 切っ掛けを元に解読を進め、その解読が矛盾したならば失敗に終わる。何度か繰り返すだろう作業だが、ようやく状況に変化が訪れようとしている。


「お姉さん日替わりパスタ二つくれる? あと水、こっちにはワイン」

「飲めないので、水で良いですよ」


 その為には、目の前の来訪者との会話を終わらせなければならないようだ。

 リゼルは苦笑し、本を閉じた。目の前には昨晩確かに目にした同い年ぐらいの青年、貴族から声をかけられる事が最も多かったSランクパーティの内の一人が座っている。

 翡翠色の美しい髪をした男だった。長髪を編み、肩に流している姿に前衛としてのイメージは無い。それを確証付けるように、その背には折りたたまれた長魔弓が背負われていた。

 昨日は浮かべていたはずの薄らとした笑みが浮かべられていないのは、此方が素だからか。やや寄せられた眉に不機嫌なのだろうかと思ったが、特にそんな気配は無い為どうやら標準装備らしい。


「ねぇ、そんなに面白い? その本」

「とても」


 しかし質問が多い事だと可笑しそうに笑った。

 リゼルは残った紅茶を飲みきる。まだポットには少し残っているが、飲もうとは思わなかった。


「朝はすみません。用事は何でしたか?」

「寝てるからって断られるとは思わなかったよ。いきなり訪ねた僕も悪かったけど」

「昨日遅かったので、つい」

「いつもは起きてるの?」


 リゼルは無言で微笑んだ。用事がある時は起きているが、用事が無ければ寝続けている。

 来訪者はその笑みを見て答えを察するとリゼルからの問いに応えた。どうやら本当に聞きたかった事はひとつだけのようだ。


「ねぇ、貴族なのにどうやって冒険者やってるの?」

「勘違いされる事が多いんですけど、貴族じゃないんです」

「それ本気で言ってる?」

「はい。だってギルドの方でそこは徹底されてるじゃないですか」


 リゼルはすんなり入ったように思えるが、しかしその実ギルド側は徹底した身元割り出しを行っている。何処かの貴族の出ではないか、最近何処ぞの貴族の家で同年代の男が姿を消したという情報は無いか、その広い情報網をフルに活用して調べに調べた上でギルド入りを認められているのだ。

 もしリゼルが本当に何処かの貴族だったのなら直ぐにバレて、ギルド証はく奪を受けていただろう。

 その調べもほぼ百発百中、パルテダどころか遠い他国にまで手を伸ばして調べ上げられる。時間は多少かかるが、しかし大抵隠してギルド入りしようという貴族は自滅からの身元バレを早々にしてくれるので問題は無い。


「それが聞きたかったんですね」

「そう」

「そんなに貴方が入る時は苦労したんですか?」

 

 問いかけに、来訪者はわずかに眉を寄せる力を強めた。

 当たっていたようだ、とリゼルは微笑む。彼は元貴族だったのだろう。

 昨晩の振る舞いや仕草、幼い頃から染みついたそれは例え何年経とうとも完全に消え去る事は無い。それを承知しているからこそリゼルに対しても他者より強く疑問を持ったのだろう。

 視線を逸らしながら運ばれてきた水を飲む様子に、まさか言い当てられるとは思わなかったようだ。それもそうだろう。見ただけならば上位の冒険者、良く観察しても多少行儀の良い冒険者という程度なのだから。


「……貴族っぽいとか言われたこと無いんだけど?」

「何となくです。確かギルド規定では“完全な絶縁”の証明が必要とありましたが」

「有の証明は容易だけど無の証明は難しい、ギルドも無茶振りするよね。でも僕の場合は簡単だったんじゃない? 何せ、生家からの絶縁だったんだし」


 生家からの絶縁、簡単に告げられたが平和的にはいかなかっただろう。

 リゼルが見る限り、来訪者は庶子ではなくそれなりの教育を受けてきたように思える。ならば簡単に絶縁など申し渡されるはずもなく、されたのなら“殺すのは止めておいてやる”という最悪一歩手前の状況だったということ。

 何があったのかと尋ねるような真似はしないが、彼本人が冒険者になりたいから絶縁という訳では決してないだろう。そんな彼が冒険者として成功しているのだから実力の世界は面白い。


「他にも貴族出身の方っているんですか?」

「さぁ、時々聞くけどいつの間にか居なくなってる。僕みたいに一つでも実戦を有利に動かす特技があるか、君みたいに余程上手く立ち回るかしないと直ぐ消えるよ」

「俺に実力が無いみたいな言い方ですね、否定は出来ませんけど」

「でしょ? だって隙だらけ」


 隙、とリゼルは呟いた。気配と同じくらい分からない感覚だ。

 周囲を常に警戒していれば良いのかと思えば、警戒していてもジルに隙だらけと言われた事がある。気配と同じく強者の条件なのかと神妙に頷いた。

 しかし目の前の元貴族な来訪者が気配を感じるスキルを習得しているというのなら、同じく貴族であるリゼルももしかしたらいつか感じる事が出来るのではないかと思うと少し今から楽しみだ。リゼルは変な所に変な憧れを持っている。


「Cランクになるまでに、もう少し頑張ってみます」

「は? D? 今Dなの?」

「パーティーでもCランクパーティって紹介されたじゃないですか」

「あれほとんどの人間が信じてなかったからね」


 まさかDランクが昨日のパーティーに出席しているとは思わなかったのだろう。

 来訪者は何度か確認するように疑問を繰り返していたが、しかし成程と納得していた。Sランクの彼から見れば隙だらけな上に歴戦の雰囲気も無く、もしかしたら貴族が地位と金を用いて高ランクに上がっていたのかと思って確認に来たがDランクなのだとしたら全てが腑に落ちる。

 あのギルドに無理を通せる程の地位を持つ人物ならば一度会っておくかと訪ねたのだが、とんだ勘違いだったようだ。これで貴族ではないとか冗談、そう内心で呟く。


「どうやってギルドの弱み握ったのか聞こうと思ったけど、無理みたいだね。何か知らない?」

「すみません、お役に立てないようです」

「一刀を手に入れるよりギルドの弱みを握る方がよっぽど簡単そうだけどね。世渡りが上手いだけで従うような一刀じゃないし、ああでも君の傍にいる理由は昨晩見させて貰ったかな」

「弱みを握ろうと思った事も無いですよ」


 来訪者は考える。

 他の職を選んでも何であれ上手く行きそうな彼がわざわざ冒険者をしているのだし、顔を合わせて話してみれば冒険者の癖に守られるのを当然と思うような愚者には到底見えない。ならば戦う術を持っているのだろうが見た限り魔法使いとしか思えない。

 しかし目の前の男がただの有り触れた魔法使いであると言われても納得は出来ない。水面下で密かに囁かれる根も葉もない噂を思い出せばもう一つの選択肢が浮かび上がった。


「……ねぇ、君、噂の銃使い?」

「貴方の質問はいつも唐突ですね」


 静かな笑い声、しかし否定はしない姿に来訪者はうわぁと視線を通りへと向けた。

 何人かが目を逸らす。Sランク冒険者として視線を受けることは多々あれど、それは大抵が冒険者からなので目を逸らした一般人の彼らはリゼルを見ていたのだろう。


「噂の詳細を伺っても?」

「信憑性なんて無いよ? 大侵攻で破裂音と同時に魔物が消えたとか、銃声を聞いたことがある冒険者がその場に居たとか居ないとか、それだけ。本当だとしてもその時限りってだけで、銃を主力で使う冒険者なんて居ないっていうのが主流だけどね」


 成程、とリゼルは頷いた。

 特別気を付けて隠していた訳でもないので、いつかバレるだろうとは思っていた。知られれば文句を付ける輩も出て来るだろうから一応見られないようにはしていたが、あれ程人に溢れていた大侵攻では流石に完全には隠し通せなかったらしい。

 それでも個人の特定がされた訳でも無く、ただ面白がって一部で流れている噂でしかないのは、それ程に銃を主力としようなどと考える者が少ないからだろう。その特性を思えば当然か。


「ねぇ、それって本当? どうやって使ってるの?」

「さぁ、どうでしょう」


 冒険者として自分の手の内を晒す者などいない。分かっているだろうに問いかける来訪者をリゼルはさらりと流す。

 予想通りだったのか落胆も憤慨もしない様子で水を飲む姿を見ながら、リゼルは運ばれてきたパスタを礼を言いながら受け取った。

 互いにフォークを手に取り食べ始める。相手の名前さえ知らずに行われる雑談混じりの食事は、水面下で探り合いはあったものの概ね平和的に進んで行った。





「名前、聞いても良い? 僕はヒスイ。今はこれが本名」

「リゼルです。俺も偽名じゃありません」


 不機嫌でも無い癖に最後まで少し不機嫌そうに眉を寄せたまま、来訪者は食事を終えるとすぐに去って行った。何かを納得したようで、しかし何かに翻弄されたようなそんな感覚を抱きながら。

 リゼルはそれを見送り、皿を下げに来たウエイトレスに礼を言って立ち上がる。ちなみに食事の代金はヒスイが払って行った。曰く、下位の冒険者に奢らせるつもりはないらしい。

 これ以上は居座り過ぎかと席を立つ。流石に丸一日席を独占するつもりは無く、そろそろ宿に帰って本の続きを読もうかと思っていた。結局引きこもるのかと言われたら否定は出来ない。


「(あ、パーティ名も聞いておけば良かった。参考にさせて貰う良い機会だったのに)」


 Sランクのパーティ名など聞けば直ぐに分かるかと、リゼルは微笑みながら僅かな段差を下りて店を出た。





皆様から頂いた助言・疑問やご指摘を少しずつ取り入れた回になりました。

まだまだ至らぬ所もありますが、今後も手を貸して頂ければ幸いです。



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― 新着の感想 ―
そうですよね、怪しい人をリゼルさん1人の時に近づけさせないですよね! 精鋭さんお疲れさまです大好きです!
[良い点] 毎日毎日、楽しみに楽しみに読ませて頂いております。 多くの伏線を見事に回収され、また次を撒かれて行き展開されて行く。 その素晴らしさに、ただただ感動! 主役の『リゼル』をここまでブレない人…
感想一覧
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