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 イレヴンは祭りの衣装を身に付け、普段はつけていない仮面を装着して座り心地の良い高級そうな椅子へと座っていた。

 真実、椅子は芸術品と云える程の価値を持っている。

 王宮にあるそれに匹敵すると云える椅子が何故並んでいるのかと言われれば、利用する人々が普段からそんな椅子を使っているような身分の者たちだからに他ならない。

 裏オークション、王都の影の部分で行われるオークションで動く金は表で行われるものとは正しく桁が違う。紳士淑女の夜の社交場、入るにも膨大な金が必要な其処にイレヴンは退屈そうに欠伸を洩らしながら座っていた。


「お次の商品は迷宮内で起こった悲劇……魔物では無く人が人を殺す瞬間が鮮明に描かれた迷宮品絵画でございます。金貨十五枚から始めましょう」

「二十だ」

「二十三!」


 国の一大行事である建国祭の最中だからか、舞台に引き出される商品も普段より希少なものばかりだ。

 他国から訪れている者達も多く参加しているからか、ざわめきの少ない会場はそれでも参加者の熱意を反映してどこか空気を落ち着かなくさせている。

 イレヴンは肘置きに頬杖をつき、その様子を眺めながらもう一度大きく欠伸をした。


「ニィサンも頑固なんだもんなァ」


 思い出すのは昨日のこと。

 子爵から冒険者同伴のパーティーに招待されたと聞かされたイレヴンは当然行きたがった。

 しかし大体の冒険者が“貴族に顔を売りたい”や“有力な冒険者とツテを繋ぎたい”と切望するそのパーティーを拒否する人物がいる。行きたい行きたいと言っても決して首を縦に振らないジルだ。

 イレヴンも理由は他者と違うものの参加したいと思える程のものなのに、何故それ程嫌がるのか。

 別に理由など彼には関係ないが。例え納得出来る理由でも自分が行きたいことに変わりは無いのだから。


「賄賂でも脅迫でも情報操作でも動かねぇ人間ってホンット厄介」

「や、それを動かす為に来たんでしょう」


 イレヴンの隣で、無理矢理同行させられた精鋭の一人がオークションに欠片も興味が無さそうに言う。

 普段は瞳を隠している前髪が掻きあげられ、しかし露わになるはずの両目はイレヴン同様仮面で隠されてしまっている。零される愚痴を余りに無視すると鳩尾に肘が入る事は容易に想像できるので保身の為にも、あと少し興味があるリゼル達パーティの話を聞く為にも返答は忘れない。

 イレヴンはんーと適当に返事を返しながら用意されている酒を呷った。上品すぎて飲んだ気がしない。


「お次は迷宮品でも一点物と名高い書物。冒険者達が命を落とすその瞬間の会話集……恐怖・悲鳴・絶望・はたまた手放せない希望を抱き朽ち果てる運命を是非お楽しみ下さい」

「弱ぇなァ」


 今回の最大の目的である書物の登場に、しかしイレヴンは不満そうに呟いた。

 そう、ジルを動かす為に必要なのは一冊の本だ。それも極上の。

 そもそもジルを相手取るのが間違っていた。彼に対してイレヴンがとれる有効打は大してないし、自分が何か言った所で一度決めた事を曲げるような人間では無いのだから。

 ならばそんな彼を曲げられる人間の協力を取り付ければ良い。世界中でただ一人だけ、それが出来る人間がいる。


かしらがねだりゃ何とかならないんすか」

「はっきり中立って宣言されてんもん。嫌がってる相手に無理強いするような人間じゃねぇし、ニィサンがソコに付け込むような真似しねぇのは助かった」


 中立と宣言したからには中立、ジルとイレヴンが決着を付けるまではノンビリ傍観しているだろう。

 もしジルが本気で行きたくないとリゼルに訴えれば「じゃあ今回は無しってことで」と言うだろうが、それが無いのなら此方が行きたい行きたいと主張している限り天秤が成立する。

 そんなリゼルを動かすにはどうすれば良いのか。リゼルがパーティーに行くことに大した興味が湧かないのなら、パーティーに参加する事への明確なメリットを用意してやれば良い。


「本で釣りゃ一発なのは分かってんだけど、生半可なもんじゃ動かねぇだろうなァ」

「や、確かに本好きっぽいけど……切り札になるほどなんすか」

「なる」


 断言した。

 まごう事無き賄賂に他ならないが、何より有効なのだからイレヴンは手段を選ばない。

 今夜裏オークションに珍しい本が出品すると聞き、躊躇いもせず喰いついた。行動が早いのが彼の持ち味だろう。良いか悪いかは別にして。


「ただ中立のリーダーが動く程の本っつーのが分かんねぇ。本の価値なんざ知らねぇし、あの人が絶対欲しがる本っつうのがなー」


 イレヴンは本に興味が無い。

 それは単に読書という行為に対してではなく、そもそも何が書いてあるかも良く分からないからだ。

 幼い頃に必要最低限の文字は誰もが学ぶものの、それは子供向けの絵本が読めれば良い程度に過ぎない。しかしそれだけで充分生活には苦労しないのだから学ぼうとする者は少ない。

 例えリゼルの本を覗き込もうと断片的に読めはするが内容など全く分からないし、そしてやはりイレヴンには読書への興味が湧かなかったというのもある。

 その題名を見ようとジャンルは多岐に渡っており特定の好みなど想像もつかない。


「珍しい、だけで充分じゃ?」

「なら苦労しねぇよ」


 目の前では次々と悪趣味やら訳ありやらの品々が落札されている。

 以前さんざん遊んでやった貴族の坊っちゃんらしき人物が意気揚々と参加しているのを見つけ、懲りないなと詰まらなさそうに見た。今回も遊べばそれなりに面白い反応を返してくるだろうが、そんな気分でも無い。

 しかし収集家という存在は便利かもしれない、金額を吊り上げる者達を見てイレヴンは嘲るような笑みを浮かべた。


「このまま出ねぇなら、どっかから貰うってのも良いか」

「本専門で集めてる奴っつぅのは此処パルテダじゃ聞いたことないですけど」

「何件かあたりゃ良いモンもあんだろ」


 世の珍しいものを真実の意味で愛している者がこの中にどれ程いるのか。

 レイのように価値を知り迷宮品を愛でる者は少なく、ほとんどの人々が示された金額でしか物の価値を図れない者ばかりだ。自分がどれ程の金額を費やしたかを誇るように、それで周りを囲む事で自分の価値も上がったような気になっている。

 当たり外れはあるだろうが、そんな彼らの家にはさぞ珍品が溢れているだろう。

 書籍も一冊や二冊は間違いなくあるはずだ。自らを本に興味ある知識人だと主張するには丁度良い。


「や、そういうの怒られないんすか」

「お前らが勝手にやった事にすりゃ良いじゃん。戦利品の中から俺が偶然見つけたーっつうことで」


 普段からのやり取りなのか、その言葉に精鋭は成程と納得して理不尽さも感じてはいない。

 しかしそんな言い訳がリゼルに通用するのか、思わず疑問に思った精鋭とは違いイレヴンは平然と問題ないと考えている。

 元の世界でリゼルが貴族として不正に手を染めていたとは全く思わないが、この世界で過ごす彼は割と自分に正直だ。自分達に被害がなければ不正だろうが犯罪だろうが目の前で起きようと笑って流すし、欲しい本が手に入るならその過程で何があったのか勘付こうと気付かない振りをすることなど容易い。

 つまり気付かれるだろうが問題無い。イレヴンにとっては怒られなければそれで良い。


「それに“ご褒美”貰ってんだろうが」

「……まぁ」


 大侵攻の際、裏で駆けまわり様々な役目を担った精鋭達にリゼルが何も返さない訳が無い。

 正当な成果には正当な報酬を、何が良いかと悩んでいたリゼルが読書禁止期間の野営の時に精鋭を呼んだのはそれを聞く為でもある。決してただの暇つぶしの為だけではない。

 何が良いかと言っても、彼らの満足するようなものなど二つしか思いつかなかったのでどちらが良いか確認しただけだが。

 一つは休暇、イレヴンの気まぐれで唐突に使われ唐突に放置される彼らにしばらくの自由を与えるというもの。嫌々従っている訳でもないが完全に解放される瞬間はひどく魅力的だった。

 そしてもう一つが、


「あの人も結構なもんすよね。俺らみたいなのが一番喰い付くもんが分かってるってのが何とも」

「視てるもんが違ぇんだろ」


『どんな大きな悪い事でも一つ、許してあげます』

 そう伝えたリゼルが相変わらず清廉にしか見えないのだから笑いが込み上げる。

 その言葉の意味はつまり、精鋭が貴族を襲おうが下手をすれば王族を襲おうがリゼルが後始末をするというもの。壊滅したはずのフォーキ団が復活した等と噂されてはレイとの取引が無に帰ってしまう事もあり精鋭が以前のように開けっ広げに悪事を働く事は無かったが、そこを上手く誤魔化してくれるという事だろう。

 出来るのだろうかという疑問は元より抱かない。彼がやると云うのならやれるのだろう。

 それより意外だったのが、先程の精鋭が言った通りリゼルが生粋の盗賊であった彼らが心から望むことを簡単に言い当てたと云う事。


 冒険者として活動すれば間違いなく大成できる、金には一生困らないだろう彼らが何故盗賊などやっているのか。危険としては盗賊の方が段違いに大きいにも拘らず。

 それは彼らが人の物を奪う事に喜びを感じ、悲鳴を上げ逃げ惑う人々の背中を斬りつける事に愉悦を浮かべ、正当な金のやり取りに意味を見い出せず、暖かな日溜まりでの平和が喜劇に思えるような人間だからだ。

 幼い頃から盗賊をしてきた彼らに正常な感性が育つはずは無い。いつかイレヴンが言った『マトモそうに見えて頭ん中ブッ壊れてる』というのも決して過剰に言っている訳では無く、むしろ適切な発言だ。

 そんな彼らより余程マシだと自称するイレヴンが彼らを従えられるのは天性なのだろう。


「最近でかい事できなかったし、溜まってたんすよね」

「この前第二拠点でなんか拷問っぽいのしてんのは何、でかいヤマじゃねぇの」

「あぁアレ。頭たちの情報追ってた情報屋っぽいんで捕まえたけど、金になるって考えただけの小物でした」


 ふぅん、とイレヴンが頷いた。興味は無さそうだ。

 例え精鋭が何かしでかそうと早々に尻尾を掴ませるような弱者ならば傍に置いていない。自分に被害が及ぶようなら殺せばよいし、役に立つならば勝手にやらせておけば良い。


「あー……久々に息抜きできそう」


 殺戮か、強盗か、破壊か。それらを前にして息抜きとのたまう彼を無視してイレヴンは酒を呷った。

 貴族の屋敷に押し入り盗みを働くなどと面倒なことは出来るだけやりたくない。何せ目当ての物があるかどうかも分からないのだ、全員殺して火を放って終わりなどという簡単なものではない。

 出来ればピンポイントでリゼルが欲しがるものがオークションに出て来るに越したことは無いと思っている。滅多に出回らず余所で手に入らず、代用出来るものも無く今手に入れなければ二度と手に入らない書物が理想。

 そんなもの在るのかと自身でさえ半信半疑で、別の手を考え始めていた時だった。


「描かれるのは文字か絵画か、それすらも分からない一冊の本。とある商人は古代の民族文字だと告げて消息を絶ちました……今は失われた禁断の魔法の数々だと言った学者は狂い自害しました……入り組んだ文字列は実は暗号なのだと言ったのは誰だったでしょう……恐らく、今はもう生きてはいないはず。誰にも読めない書物、保証できるのは数百数千という経過年数のみ、命を惜しまないならば手に入れるのも良いでしょう。金貨三十枚から……」

「ビンゴォッ! 二百!」


 愉悦を隠さず響き渡る声に、ご褒美は先延ばしになったようだと精鋭は肩を竦めた。







 建国祭の最中に行われ、最も盛り上がりを見せる式典の当日。

 城から魔力の光が立ち上り目を楽しませ、荘厳ながら明るい音楽が国中に広がる今日は例え煌びやかな式典など直接お目に掛かれなくとも人々の勢いを後押しする。

 そんな日に、部屋で黙々と読書に励むのはリゼルぐらいだろう。

 流れの本売りは恐らく一通り訪ねただろう彼は手持ちの書籍数を一段と増やし、ほくほくと機嫌良さそうに陽だまりでパラリとページを捲っている。

 全くの静寂も良いが、外から聞こえる微かな賑やかな声というのも逆に集中が増して良い感じだ。


「自分の意見は通すくせに、相手の意見は聞かないっていうのは大分利己的だと思います。だからどちらかと云えば俺はジル側なんですが」

「中立っつったじゃん!」

「どちらかと言えば、です。君を贔屓しないって事ですよ」


 普段は年下に甘いリゼルから出た言葉に、イレヴンはむっと唇を引き絞った。

 いつもならば違う。我儘は大抵聞いてくれるし、ジルに甘すぎると言われながらも何でも許してくれる。勿論パーティの一員として締める所は締めるが、それが何時なのか分からない程に自然に行われるのでイレヴンは大抵後になってから気付く。

 つまり感覚としては常に自分の意見を通しているということ。それが跳ね退けられたから拗ねたのだ。


「じゃあニィサン置いて俺とリーダーで行きゃ良いじゃねッスか」

「それだと本当に“ただのCランクパーティ”じゃないですか、子爵に恥をかかせちゃいますよ」


 正直レイならばそれでも大歓迎しそうだが、やはり“一刀”が居るのといないのとでは意味が全く違う。

 リゼルとイレヴンが行った所で周囲から一刀に取り入っただの何だの言われるのがオチだ。分かる人には分かるし雰囲気はあれど、絶対強者の見た目をしている訳ではない為に相手の力量など見ただけで計れない貴族にとっては格好の嫌味の的だろう。

 言われて本気で怒るような二人でもレイでも無いが、厄介事は素直に避けたい。


「あ、ジルを説得できたら二人で行ってみても良いんじゃないですか」

「うわ、びっみょ」

「その方が戦士的な雰囲気が出るかもしれません」


 顔を引き攣らせたイレヴンにリゼルは可笑しそうに笑った。

 別に仲が悪い訳では無く、むしろリゼルを除けばジルと一番話しているのがイレヴンだろう。

 それなのに微妙だと言うのは雰囲気がパーティーにそぐわぬ物になりそうだからか、それとも貴族に頭を下げる事が出来ない二人だからか。

 そう思えば参加しない方が良いのではと思ってしまうが、本人が行きたいというのなら好きにすれば良い。本気で一緒に来ねぇの有り得ない行こうと訴えるイレヴンに、説得が出来たのならばと頷く。


「その説得が出来ねぇからリーダーに頼んでんのに……」

「昨日までは色々やってたじゃないですか。ほら、訓練で少しでも剣が触れたらっていうのはどうしたんですか?」

「無理。何人かで周囲囲って弓使わせたっつうのに全部避けるし何なのあの人マジ人間じゃねぇよ」


 余りにもしつこいイレヴンがこれで諦めるからと言った為にジルもしぶしぶ引き受けたようだ。

 イレヴン+精鋭に攻められて無傷で勝利を迎える人間など早々いまいが、やり遂げられるのがジルという男だろう。罠に急襲、それら全て使ったが効果はなかったらしい。

 不貞腐れたイレヴンの頭をポンポンと撫で、どうやら不参加になりそうだとリゼルは手元の本に視線を落とした。自分の良いように周囲を振り回すイレヴンも今回ばかりは相手が悪い。


「宮廷料理くらいなら多分ジャッジ君が作れますし、今度頼んで」

「じゃん」


 そろそろ読書に集中しようかと話を切り上げようとしたリゼルを、しかしイレヴンは遮った。

 両手で掲げたのは一冊の本、かなり古い物だと見ただけで分かるのに少しも風化していないその本にリゼルの言葉はぴたりと止まった。視線は手元の本から離れ、掲げられたそれを見る。

 贔屓はしないと言い切るリゼルに本でも甘いかと思っていたが、とイレヴンはにんまりと唇を引き上げた。

 やはり有効。これでもかと言う程に有効。本マニア万歳と心でガッツポーズ。


「ジャッジに頼んで鑑定済み、間違い無くすっげぇ古代の本、何が書いてあるかは流石に分かんねぇけど謳い文句は“禁断の魔法”」


 ゆるりとリゼルの視線が本の表紙を撫でた。

 題名も何も描かれていない、ただのまっさらな皮表紙からは何も情報が得られなかった。

 遙か古の本だとすれば風化しているはずだが、それが無いのはある種の保存の魔法が掛けられている為か。何百何千も効果の続く魔法だとするのならば真実今の魔法技術では無いだろう。

 ジャッジが鑑定したのなら間違いは無いし、嘘の可能性は無い。くるんとイレヴンが軽い仕草で本を裏返すと、その右下に殴り書きのような図形とも文字とも判別の付きがたいサインらしきものが描かれていた。


「ど?」


 喰いついた、と判断したイレヴンが鮮やかな赤い髪をしならせながら首を傾げた。

 細められた瞳をちらりと見て、リゼルは穏やかな瞳に平然と笑みを浮かべた。


「やっぱり冒険者として貴族様のお願いを断るのは得策では無いですよね」

「ッスよねー」


 何事も無いかのような微笑みにひと押し足りなかったかと思ったが杞憂に終わったようだ。

 本マニア万歳。本マニア最高。いつか本の為に国を滅ぼしそうだと洒落にならない事を思いながらイレヴンは上機嫌にクルクルと指の先で本を回した。

 早速、と手を伸ばしかけたリゼルには悪いが無事パーティーに出られるまでは渡せない。

 残念そうな姿を見ると無い筈の罪悪感が湧きあがる気もするが、此処は引かなかった。


「とはいえ、あの状態のジルを俺も簡単に動かせるとは思えないんですが」

「えー、リーダーなら簡単じゃねッスか」


 そうでも無いだろう、とリゼルは古書への未練を断ち切り手に持った本を閉じた。

 ジルに出会ってから正式にパーティを組むまで、何だかんだと一月もゆっくり慎重に時間をかけた相手なのだ。逆を言えば、それくらい時間をかけなければパーティを組むまで行かなかったということ。

 興味は持たれていても共に行動する程に達さなければ、有事に協力を得るだけの全く違う関係になっていただろう。ジル相手だとそれでも破格の待遇だろうが、理想ではなかった。

 そんな彼の意思をそう易々と変えられると、簡単に言ってくれるのは信頼されているのだとしたら嬉しいがと苦笑する。


「とはいえ本はどうしても欲しいし、頑張ってみますね」

「期待してるッスよ! 城の中とか見てぇし、楽しみー」


 参加する冒険者の誰よりも悪辣な癖に、誰よりも純粋なことを言うイレヴンにリゼルは微笑んだ。

 鼻っ柱を叩き折りたいだとか馬鹿にしたいだとかも本心なのだろうが、結局は単純な好奇心だ。貴族の集う場所にただの好奇心だけで遊びに行こうなどと、相変わらず肝が据わっている。


「まぁ結局のところ俺とイレヴンの二人で行くって言えばジルも来てくれるでしょう」

「それ強制じゃねッスか。利己的とかはドコ行ったんスか」

「だから最後の手段です」


 穏やかなリゼルに、イレヴンは相変わらず掴めないと思いながらケラケラ笑った。






 建国祭は一週間続く。

 式典はその中間の四日目、そして冒険者招待パーティーは最終日の七日目。

 六日目の今日、そろそろどうかと宿を訪れたイレヴンは人の少ない宿の食堂でとある真面目な憲兵長が何故か悲痛な面持ちで訴えるようにリゼル達に何やら言っている光景を目撃した。

 何サマのつもりだと不快になったものの、当のリゼル達があまりに自然に流しているので喰いつくのは止めておく。すれ違い様に膝裏に一撃いれたが。


「ッ何をする!」

「うっぜ。それよりリーダーどう……」

「あ、イレヴン。無事説得できましたよ」

「それホントに出来てんスか」


 ガラの悪い顔を更に凶悪にした犯罪者顔、不機嫌と不本意を全力で表に出している様子に思わず確認してしまった。これが納得した人間の顔であるはずがない。

 リゼル曰く最終手段は使っていないらしいが、一体どういう説得の仕方をしたのか。

 それでも文句を口に出すことなく黙っているので一応パーティーへは参加するらしい。それならば良いか、とイレヴンはニンマリと笑みを浮かべた。


「……買収しやがって」

「やー最善の手段って奴ッスよ。リーダーに似てきたって言われたし頭使わないと!」

「いやらしいんだよテメェのやり方は」


 溜息をついたジルに口先だけで謝りながらイレヴンはちらりと憲兵長を見た。

 どうやらリゼルからパーティー参加の旨をレイに知らせてくれと昨晩頼まれて今日はその返事を持って来たらしい。どうして直前になって言うのかだの前もって準備しておけばこんな事にはだの母親のような事を言っている。

 レイもリゼル達が捕まらなければ参加を見送ろうかとか勝手なことを言っていたらしく、屋敷は直前の参加決定に大忙しのようだ。貴族の社交場であるパーティーは普通連れの冒険者がおらずとも参加するものなので、全くの準備無しでは無かったようだが。


「俺たちだって子爵から聞いたのはついこの間だったんです、急になってしまうのは仕方無いと思うんですが」

「そ、それは申し訳ない……」


 さりげなく落ち度をレイに押し付けてみた。

 憲兵長は顔を引き攣らせながらどっちもどっちだと諦め、確かにと謝罪し、必要事項を口にして去って行った。もはやリゼルとレイとの間の伝令として使われている事に疑問すら抱かない。

 明日迎えを寄こす事、一度レイの家へ行き馬車を乗りかえる事、それらを聞いたリゼルは憲兵長を見送りながら内心首を傾げた。誰も礼儀作法の事を口にしないが良いのだろうか、きちんとギルドの対お偉方講習は受けていないとレイに伝えてあるはずなのだが。周囲からしてみればまさかリゼルが分からない筈が無く、完全に大丈夫だと当たり前のように認識されている。

 イレヴンも同じ疑問に行きあたったらしく、そういえばとリゼルを見た。


「リーダーは心配ねぇし、ニィサンもガラは悪いけど行儀悪くねぇし、俺ってどうなんスか。もっとこう、ギルドの講習って言葉づかいとか立ち位置とか訳分かんねぇもんいっぱいあったと思うんスけど」

「別に冒険者に完璧な礼儀なんて求めないし、それほど気にしなくても良いんですけど」


 うーん、とリゼルはジルを見た。

 彼に関しては心配していない。時折品すら覗かせるガラの悪さ、相反するそれが混在するからこそ有り余る存在感を増しているジルに対しては、まず大丈夫だと確信・・している。


「明らかに品を損なった行動さえしなければ問題無いですよ。元々冒険者を招くパーティーなんですし、貴族の方は物珍しいものが見たいだけです。そういうのが嫌な方はそもそも来ないでしょうし、きちんと敬意さえ持っていれば多少の事は笑って流してくれますよ」

「持ってねぇけど」

「君はそのままで良いんじゃないですか、珍しさに視線は引くでしょうけど。付け焼き刃の礼儀なんて逆に粗が目立って浮きますし、愛想の良いイレヴンなら女性にも可愛がって貰えますよ。ああいう場では女性を味方につけておけば大抵何とかなります」


 火遊びしたい淑女は何処にでもいるのものだと、そう微笑んだリゼルにへぇっとイレヴンが唇を吊り上げる。ただし持ち帰りは駄目、と付け加えられてその笑みは残念そうに消えたが。

 リゼルの世界にも冒険者はいないが傭兵は存在していた。彼らと接することも度々あったが、中には完璧な礼儀を持つものもいたが最低限の振舞いしか知らない者もいた。

 それでも敬意を持って接してくれたその姿勢は好ましいものだし、心が在れば作法はいらないと言うつもりは無いが姿勢は自然と心持ちから影響を受けるものだ。礼に欠きすぎる行いは無く、あってもリゼルが平然と流せる程度のものだった。


「とはいえイレヴンは料理もたくさん食べるでしょうし、調子に乗っちゃう事もあるので少し教えておきましょうか」

「げっ」


 鼻で笑うジルは余程根に持っているのか。恨めしい視線を向けながらイレヴンは部屋へと連行されていった。

 それを見送りながらジルはふと明日の事を思う。会いたくない人物は恐らく間違いなく参加するだろう。冒険者など連れず、冒険者など必要ないと言わんばかりに。 

 会いたくない、というよりは会わせたくない。リゼルやイレヴンに知られてしまえば、どうなるのかが簡単に想像がつく。

 その時を思い、ジルはチッと舌打ちをして立ち上がった。溜まった鬱憤は戦いで晴らすに越したことは無い。

 何処のボスを狩りに行こうか考えながら食堂の扉をくぐり抜けて、ふと階段の先を見上げた。


「アイツらに知られれば絶対に」


 呟いた言葉は、誰も居なくなった食堂にポツリと落ちて消えた。




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